栄町ヤマト薬局 - 2012/02

漢方薬局の日常の出来事




2012年02月29日(Wed)▲ページの先頭へ
代金引換
 恐い話だ。胡散臭い学者よりなんだか信憑性がある。損得なしで話す庶民の話の方が、損得ばかりのあいつらより心に届く。
牛窓でも長閑な部落に住んでいるある女性が「今年はおかしいよ」と言う。今年どころか毎年おかしいと思っている僕は何事かと思ったが、彼女は「今年は鳥を見ない」と言うのだ。毎朝カラスを見ている僕はぴんと来なかったが、自然豊かなその方の家では、この時期はぎんなんの木にヒヨドリが群がるのだそうだが、「今年は一匹もやってこない」と言う。「雀は確かに日本中で減っているらしいね」と、これに関しては僕も感じていたから同調した。「スズメも勿論少ないけれど、ヒヨドリは一匹も見ない」と当事者でないと分からないような情報をくれた。牛窓では都心?に住んでいる僕には得がたい情報だ。
 「やはり放射能のせいかしら?」と初孫が出来たせいか風貌に似合わないことを言う。放射能など意に介せなさそうに見えるが、しばしば漢方薬を取りに来るから、根っからの自然派志向なのかもしれない。田舎に住んでいるからとってつけたようなことをしなくても、ほとんどが自然派志向になってしまう。
 同じ田舎としてかの地方の苦労は良く分かるが、風評などという言葉に翻弄されて真の犯罪者を見逃してはいけない。のうのうといい暮らしを続けられる人種を許してはいけない。田舎のおばちゃんの勘が当たらないことを祈るが、こんな勘さえ働かさなければならないストレスを代金引換で送りつけてやりたい。


2012年02月28日(Tue)▲ページの先頭へ
 せっかく入った大学で、勉強する意味を感じられずに、友人も作れないとなると、登校する気力もなくなるだろう。勉強する意味は感じられなかったが、先輩や後輩に恵まれた僕でも登校するモチベーションを保つことが出来なかったのだから、その子に学校に行けなんてことは言えない。
ただ彼女には好きな弓道がある。それだけでもしに学校に行きたいのだが、やはり人間関係が邪魔になって、マンションの玄関から出ることが出来ない。そんな彼女が合宿に参加したのだからやったと思ったが、楽しかったとはとても言えないらしい。踏切の警報がけたたましくなる音を背景に電話をしてきたから、恐らく合宿場所を抜け出してかけてきたのだろうが、僕の彼女に対する助言は以下のようなものだった。
 合宿場所が田園が広がる田舎だったらしいから、里山に入り、猪や鹿や狸など動く標的に向かって腕を磨くべきだと。それらの動物は今はお百姓さん達を困らせているから歓迎されるだろう。イタチやヌートリアだったらお金まで貰えるかも知れない。腕は磨けるわ、お金は貰えるわで一石二鳥だ。そこで実力を付けたら、今度は高校時代までいじめられた故郷に帰り、いじめられた子達に弓を構えて脅してやればいいと。
 グッドアイデアだと思ったが、彼女は大声で笑うだけで実行を約束はしない。でもそれまでぼそぼそとか細い声でとぎれとぎれにしか話さなかったのが、幾度かの大笑いで一気に吹っ切れたのか、あたかも踏ん切りがついたかのような電話の終え方をした。後ろ髪を引かれるような終え方が常だったから、少しばかり安心した。
 漢方薬で悶々とした臆病な生活を救ってあげたいと思うが、必ずしも武器がそれだけではかなえられない。破れる程の夢さえ持ったこともない嘗ての青年が、夢という言葉すら存在しない現代の青年にできることは、無惨にも破壊された日々の共有と、笑い飛ばすしかない刹那の解放だ。


2012年02月27日(Mon)▲ページの先頭へ
立地
 隣の県から薬剤師の方が訪ねてきてくれて7時間くらい居たが、今日訪問してくれたことが彼にとって果たして吉と出るか凶と出るか。
僕は、漢方薬局の実際を体験させて欲しいという夫婦を受け入れるに当たって、ありのままを見てもらうのが一番だと思った。僕のどんな解説も評価も彼らの大切な将来を左右する根拠としては希薄すぎる。ましてその決断に責任が持てないのだから、彼らの判断にこちらが介入すべきではないと思った。だから正直に隠すことなく全てを見せようと思った。そしてその通りに振る舞った。写真もメモも自由にしてもらったから、そして何より実際に多くの患者さんの漢方薬を、それも沢山の煎じ薬も作って貰ったから、かなりの情報を持って帰って貰えたのではないかと思う。
 ただでは起きないのが僕の特徴で、勉強を兼ねて実地に薬を作ってくれる彼のおかげで、いくらかの時間を倹約できた。彼が漢方薬を作ってくれている時間に他のことが出来るから、結構楽というか便利なものだと感じた。教えることなど出来ないが、ただ見てもらうだけで、これだけの労働を見返りにして貰えたのだからありがたいものだ。そして何よりも薬剤師が4人も居たら心強い。
 今頃彼は家に帰り奥さんに色々と報告しているだろう。いいところも悪いところも報告して、さて次に奥さんがやってくるかどうか。漢方薬局開業の夢を無惨にも今日の僕がうち砕いたか、それとももっと夢をふくらませたか。断りの大和と異名をとる僕が快く受け入れたことが、夫婦の人生を狂わせたか、それともいつかその県でもっとも信頼できる漢方の実力者となるスタートを早めたか。
 何十年、立地の悪さと戦ってきた気概は残念ながら写真やメモでは伝わらない。実は一番大事なところだったのではないかとも思っている。皮肉にも未だ僕の薬局が残っている最大の原因がそれなのだから。


2012年02月26日(Sun)▲ページの先頭へ
コップ酒
 数年間、ギターで伴奏したり、自分もコーラスで歌ったりしていたのだが、今日みたいに聴き手になったことはなかった。聖堂で、フィリピンの若者がオルガンを伴奏に数曲歌ったのだが、なかなかいいものだと思った。勿論プロではないから完成されてはいないが、それでも独特のメロディーが昼下がりの精神を少しだけ鎮めてくれた。
 やはり信仰の場ではこの様に神を賛美する唄が適している。その事をかねて主張して退場したのだが、自分の主張が正しかっただろうことを、期せずして確認できた。居心地のよい空間を見つけた老人が占拠しているいびつな空間にその後1時間余りいたが、僕の頭の中には明日から再び訪ねてくるだろう人達のことで溢れていた。少しでも心の重荷をとりたくてかの国の女性達と共に訪ねたのだが、その時すでに僕の心は明日に備えて戦闘モードの準備をしていた。
 ある人が数日前、「教会は元気な人ばかりいるから行きづらい」と言った。「外からは幸せそうに見えても重荷を背負った人が一杯いるかもしれないよ」と僕が答えると、その人の息子さんが「今の教会が果たしてそんな人を受け入れる場所になっているかどうか分からないよ」と言った。とても熱心な信者さんである息子さんが僕と同じような考えを持っているのでびっくりした。僕みたいなエセ信者はどう言おうと発言に意味はないが、次世代を担おうかという若者が僕と同じような懸念を持っているのは心許ない。
 身体も頭も酒の中で泳いでいるような人がいるらしい。その種の病院に出たり入ったりしているのだろうか。教会に来て真ん中に腰掛けるべきその人は今日いなかった。美しい言葉は行き交っていたが、元気な人達の間を行き来していただけかも知れない。どんな治療も退院後の孤独を癒すことは出来ない。それが改善されない限り再び酒の海に飛び込まなくてどうして生きていけようか。神聖な場所でお酒を頂く高貴な方々は嘗て彼にコップ酒の一杯でも飲ませてあげたのだろうか。

一杯飲み屋で 安酒をあおって 
それで毎日毎日が 忘れられるというのなら
ボクは有り金の すべてをはたいても
有り金のすべてをはたいても
 
夕暮れとなって 青い灯赤い灯が燈り
黄昏が街角を 漂うとき
やけ酒をあおって よろめき歩き
酔っ払いの一人一人に尋ねてみるがよい
本当にお前は それで
本当にお前は それで幸せなのかと
人生の宿命を少しでも
逃れられたと本気で信じているのかと
 
そして千鳥足を真似て
ネオンの眩い 色町あたりをぶらつき歩けば
あぁ ボケた網膜に 又も淋しい
幻が引っかかってくる
                    唄  高田 渡


2012年02月25日(Sat)▲ページの先頭へ
時空
 まだ仕事をしている薬局の2階で、かの国の若い女性達が夕食を作ってくれている。既婚の女性が一人いて、その子がどうやら料理が得意なのだ。10代の若い子が「ジョウズ、ジョウズ」と自慢する。僕はそのたびに大きな鮫を想像するのだが、主語も述語もなければ映画のタイトルかと思う。
せっかくの好意だから有り難く頂こうと思っているが、どうか味付けだけはしないでおいて欲しい。日本のしょうゆかソースをかけて食べればどんな料理も食べられることを発見してから、こそっとそうして頂いているのだが目の前に腰掛けられたらその手は通用しない。こんなに僕が日本人的で融通が利かないとは思っていなかったが、長年染みついた味覚を好奇心がはねのけることは出来ないみたいだ。完全なる和風総本家の自分を彼女たちとの交流で発見させてもらった。
 ただ彼女たちの好意は有り難い。手間暇かけて作ってくれたもてなしが嬉しい。安直にお店で買ってきたものでお返しするのが気恥ずかしくなるくらいだ。どんなに老舗の高級なものをお返しにしても、どう見ても負けて見える。何かの親切くらいが関の山だが、親切に値段は付かないからそれでやっとつじつまが合わせられるくらいだ。
 二人の細くてしなやかな指がその国の人の勤勉さを物語っているのかどうか知らないが、片言の日本語で談笑しているうちに、自分が歩んできた道、いや歩き方そのものが空しく感じたりする。嘗て世界最強の国を敵に回して命をかけた人々の孫達のイメージがどうしても湧かない。僕が二人と同じ年の頃、大学の研究室で誰かが「サイゴンが陥落した」と教えてくれた。腰まで髪が伸びていた僕は訳も分からず喜んだものだ。何十年たって、あの頃の感動ものの孫達が目の前に現れるなんて。とてつもない大きな出来事も歳月によって粉々にされ時空を越えてやってくる。


2012年02月24日(Fri)▲ページの先頭へ
抑肝散
 テレビの力は凄いものだ。ましてNHKならなおさらだ。朝の番組で漢方薬について放送したら何人かの問い合わせを受けた。ある処方が痴呆に効くというのだが、痴呆に効くのではない。痴呆の中の特定の症状をとることに利用できるってことだ。医者が使う場合、効能というとらえ方をするから自ずと痴呆の薬になってしまうのだろう。
30年も前からその薬を僕も患者さん達に使っているから、何を今更と思ってしまうが、僕らは病名では使わない。病名にこだわってしまうと効果が出ない人が沢山出て、せっかくの薬草が無駄になってしまう。僕が恐れているのはまさにその事だ。効果を享受できる人が出ることは勿論歓迎すべきだが、どうせ闇雲に患者さんに投与されることになるだろうから、資源が又捨てられることになる。どうも最近はNHKも受け狙いが多くて、民放なみの低俗番組を作ることが増えた。まあ、震災後、あれだけ原子力発電が安全だと言いふらしたことを反省もしないのだから、品性に期待するところはないが、もはや受信料を請求する権利はないと思う。
 取り上げられた漢方薬は癇を抑える処方(抑肝)だが、そもそも自分たちの癇を抑えろと言いたい。朝からハイテンションでくだらないタレントを並べて、薄っぺらな言葉が行き交う。せめて金を取るところならもう少しましな番組を作れと言いたいが、あるディレクターなるものを知ってから、そんなことは期待しても仕方ないのだと思った。踊る阿呆なら見る阿呆、どこかのお囃子のようにリモコンと化した自分が空しくなる。ああ、こんな時こそ抑肝散か。


2012年02月23日(Thu)▲ページの先頭へ
景品
 これは娘夫婦に教わった。
二人は岡山市の便利なところから毎日通ってきているのに、牛窓で買い物をよくする。普通の人の行動とは全く逆だ。地元の人は車を運転できる人なら出来るだけ大きな店があるところまで出ていくが、二人は逆だ。ちょこちょこ薬局を抜けては牛窓で買い物をする。そのほとんどが個人商店だ。圧倒的な品揃えを誇るところとは比べものにならないくらい貧弱だが、敢えて牛窓で消費するように努めている。この精神は勿論僕にもあったが、この様に潔癖には行動を起こしていなかった。ついつい便利を優先して地元の経済を気遣うことはしなかった。
 二人に触発されて、最近薬局のサービス品に牛窓の特産品を利用することにした。牛窓の人に牛窓のものを配るのは、サプライズがないからどうかなと思っていたが、最近は薬局に来てくれる人の半数が遠くの方々と言うこともあって、思い切って方向転換してみた。まず先月取り入れたのが祇園商店の牛窓の白菜を利用したキムチだ。これは娘が農協の特産品売り場で見つけて美味しいことを確かめていたから、まずトップバッターにさせてもらった。案の定景品で当たった人がその後直接買いに行ってくれたらしい。今月は老舗のきびや菓子舗のまんじゅうや羊羹と、山本さんという農家の方が作っているスイートスプリングというミカンにしてみた。市外から来てくれた人が、当てたいと願掛けてくじ引きに挑んでいる姿が印象的だった。今までに色々豪華な景品も用意して毎月の恒例行事にしていたが、皆さんのくじを引くときの意気込みが今回は違うような気がする。一回がらがらを回す毎に、牛窓が有名になればいいがと、遅ればせながらのこの町への貢献を誓う。
 ひとつ工房と言う山の上のパン屋さんは数年前、かの有名な馬路村から越してきた方々だが、もうすでに有名になっていて今更お手伝いすることはないが、新旧の力を少しでも町外に発信できればと遅ればせながらに思う昨今だ。


2012年02月22日(Wed)▲ページの先頭へ
ホイットニー・ヒューストン
 ホイットニー・ヒューストンの死因の詳細は明らかにはなっていませんが、処方箋薬による中毒が疑われています。私の隣でニュースを見ていた夫(薬剤師)は一言、”I wonder who her pharmacist was.(彼女の薬剤師は誰だったのだろうね)”。
アメリカで薬剤師をしている女性の文章の中のくだりだ。医薬分業が確立している米国で、患者が薬剤師の介入無しに処方箋薬を受け取ることはないから、処方箋薬による事故が発生したときは、薬剤師が捜査の対象になるそうだ。エルビスプレスリーが死亡したときも、「エルビスが薬物中毒であると知りながら規制薬の調剤を続けたのではないか」との疑いで、薬剤師が告発されたそうだ。2年前のマイケルジャクソンの死亡でも、麻酔薬を調剤した薬剤師は裁判で証言台に立たされたそうだ。
 よかった日本の薬剤師で。アメリカでは薬に関して独占的な権利を与えられている代わりに凄い責任も負わされているものだ。権利より責任の方が重そう。パチンコ台の前に5年間座っていて薬剤師になれたような人間にどんな権利を与えるのも恐ろしいだろう。もらう方も恐い。出来れば権利はいらないから責任も少しにして欲しい。しょせん田舎でのんびりと頼ってくれる方々に漢方薬を作っているのがあっている。
 ただ、ホイットニー・ヒューストンが薬を取りに来るのだったら僕でもそのくらいの責任は負ってもいい。マイケルジャクソンなら尚更だ。綾瀬はるかならもうどうでもしてくれ。しかし、バラエティー番組に顔を揃える低能な奴らなら、お断りだ。薬剤師だって相手を見る。顔で笑って、心は北極なんてたやすいものだ。薬剤師が人間が出来ているなんてことはあり得ないのだから、素直に相手を見る。
 ホイットニーの歌声の美しさや迫力は素人でもわかる。言葉を理解できなくても充分感動は伝わってくる。天性のものかと思っていたが、人知れぬ努力や葛藤の賜だと知った。アメリカでは20%の人が処方箋薬を不適切に使っているらしい。日本でも同じようなものだろう。薬は読み方を変え、飲み方を変えればヤクになる。薬なんぞに命を取られたら浮かばれない。製薬会社を儲けさせてなんになる。


2012年02月21日(Tue)▲ページの先頭へ
 「ぞうきんで床を拭きます」と言ってくれたが、そんなことを薬剤師にしてもらうわけにはいかない。薬剤師どころか誰にもして貰えない。そんな必要があれば自分でするが、きれい好きではない僕がそんな必要はほとんど感じないからうまくできている。
 ある薬剤師が僕の薬局に行ってもいいですかと言う。薬剤師が訪ねるってことは、業務を見学させてくださいってことだ。ただ訪ねて歓談するようなことはまずあり得ない。そして業務を見学ってことは、あわよくば実際に体験させてくださいってことだ。そして当然こんな不便なところの薬局を指名なのだから、漢方薬に限っての期待だと思う。こうした申し出は僕は即座に断る。考える余地もない。僕の所で見せてあげれるものなどなにもない。暇で一日中何をしようか迷っているくらいだから、これ以上人手が増えたりしたものなら、いよいよ時間を潰すことも出来なくなる。見て貰えるような立派な業務は元々行っていなし、立派な治験もない。漢方薬を作るのがうまくて早いわけでもないし、接客は下品で簡単だし、白衣は汚いし、心はもっと汚いし、顔は福山雅治に似ているし、一体どうしろって言うのだ。そこで僕の口から出た言葉は「いいよ」だった。
 そんなに簡単にいい返事が貰えると思っていなかったのか、その薬剤師はとても喜んでくれた。同じ薬剤師のご主人と県外からわざわざやって来るらしい。夫婦揃って僕の体調を心配してくれる善良な二人の役に立てるならと、しおらしいことを考えたのは実は表向きだけで、夫婦が来ている時間帯にこっそり抜け出して、青春期6年の時を費やしてもかなわなかった、パチプロを目指してやろうと思っているのだ。今日こそは今日こそはと毎日挑んでは返り討ちに会っていたあの頃のリベンジを果たそうと思っている。うーん、考えただけでも腕が、いや指が鳴る。


2012年02月20日(Mon)▲ページの先頭へ
土壌
 この達筆を読んで理解するには、3人がかりくらいでないと出来ない。字そのものも難解だが、文章も難解だ。余程有名な学校を出ているのだろうかと思うが、当時女性はほとんどの人が上級の学校には行っていない。どの様な教育を受けてあのような文章が書けるのだろうと思うが、それが当時の日本人の底力かも知れない。だから教育と言うよりたしなみと言った方が説明は付きやすい。
90歳前の女性が、90歳を過ぎた痴呆気味のご主人の世話をしている。合併して同じ市にはなったが、老人が僕の薬局にバスでやってくるには遠すぎる。まして痴呆の主人を置いては外出できないだろう。介護のせいか姿勢のせいかわからないが、その歳で逆流性食道炎になっている。胃酸がそんなに出るのかと思うが、医師の診断でそうだから疑う余地はない。最近病院でもらう逆流性食道炎の薬が効かなくて頼ってきてくれる人が続いているが、この女性も然りだ。耳が聞こえないという理由で電話連絡も不可能で、この達筆と僕の乱筆との奇妙な文通で治療を始めた。最初の1週間分の漢方薬でとても改善され、今日、最後の葉書で完治だと思うと書いてくれていた。2ヶ月間お世話になりましたと書いてある。その難解な葉書の中で見つけた嬉しい言葉が「嬉しくてぽつぽつと編み物が出来るようになりました」だ。恐らく一時も主人から目を離せないような状況の中で、込み上げる胃酸の不愉快さと同居しての生活だったのだろう。その不快さがとれて編み物でもしてみようと思ったのだろう。
 ありふれた症状を治しただけで大したことはしていないが、この様に最終章の日々が楽で少しでも楽しみを見つけてもらえるとこちらの喜びも倍増する。大きなことは出来ないが、小さな喜びを此処彼処に咲かせることが出来る田舎特有の人間関係の土壌に感謝する。


2012年02月19日(Sun)▲ページの先頭へ
翻弄
 車の運転が下手な僕にとって、駐車場ががらがらなのは有り難い。細心の注意を払って駐車しなければならないような店なら、買わずに帰る。それほどまで駐車場の混雑はストレスだ。
 このところ隣の市に乱立気味の大型店のおかげで、明らかに客が分散していてどこも駐車場が閑散としている。これなら僕だって安心して停めることが出来る。以前なら入り口から近かろうが遠かろうが、隣の車と接近しないところを優先していたから、入り口から遠いところに停めるのが常だったが、今はそんなことを考えなくてもすんでいる。大手がしのぎを削っているおかげで安全運転が出来ている。
 もっともそんなことで喜んでいる場合ではない。大手が田舎の近くまで接近してくるってことは、根こそぎ田舎の商売なんて持って行かれるってことだ。それが証拠に、大手が一つ開店するたびに、親しんでいた田舎の小売店が店を閉める。などと考えていたら田舎だけではなく都会でも同じようなことが進行しているらしい。
今日漢方薬の勉強会があったのだが、都会で開業されている先生が都会の実情を教えてくれた。加えて不景気の時代だから患者さんの出費に限界があり、治療する側にとっても不都合らしい。その点、僕は田舎でずっとやっているから、景気の浮き沈みは余り感じない。都会の人に比べれば田舎の人は浮き沈みではなく「沈み沈み」だからこんな状況は慣れている。元々贅沢は余りしないし、濡れ手に泡の金儲けの経験もないし、人工的なものでストレスを解消しなくても、空も海も青く、山は緑で、空気は透明だから経済で解決しなくても良いことが多い。先行き不透明で頭の中は真っ白の栄耀栄華を経験した都市部とは違う。
 何れしのぎを削っている大手のどこかが破れ去っていくのだろうが、その後には廃墟のような建物、荒れた土地、それと失業者が残る。一時ブルドーザーのようにやってきて、いい汁だけ吸ってやがて根こそぎ破壊して帰っていく。くり返される光景に翻弄されないように、漢方薬の職人に徹するしか生き残れないだろう。合理主義や生産性が礼賛される中からこぼれ落ちる人を救えるのも又、皮肉にも合理性や生産性から疎外された職人達なのだ。


2012年02月18日(Sat)▲ページの先頭へ
 「おかげさまであの時、親類中から責められずにすみました。よう好きな酒をのませてくれたと礼を言われたくらいじゃあ」と会計がすんだ後言われたけれど、僕にはその老婆の記憶がない。ただ話の内容から思い当たる人が二人いた。二人とも朝だろうが昼だろうがお構いなしに酒にひたっていた人達だ。当人達は家には居場所がないし、体調を崩しても原因が酒なら家族の同情はもとより望めないから、酒の匂いをぷんぷんさせながら薬を買いに来ていた。こんなことをしていたらいけないんだけれどと、後ろめたさは十分ある。ただ酒の魔力から逃れられないのだ。僕の記憶だとどちらも養子だったと思う。当時は今の養子とは全然イメージが違っていて、何となく頼りなかった。ただ彼らは僕との関わりは楽だったのだと思う。まだ薬剤師の駆け出しだったが、曲がりなりにも白衣を着た男が「好きなだけ飲めばいいじゃない」と言ってくれるのだから。また「好きな酒を我慢してこらからの人生に意味があるの?酒も飲まずに長生きして何の意味があるの?」なんて説得力のある言葉をかけられるのだから、後ろめたさから解放されたのだろう。そのおかげで美味しく酒を飲めたはずだ。どうせ酒飲みは自分の都合の良いようになにでも解釈するから、それらの言葉は奥さんに届いていただろう。好きなだけ飲んで人生を終える、当時そうした助言がはどう聞こえるのか僕は考えなかったが、酒にしか逃げ場がない気の弱い男には、それ以上を望むのは酷だと思ったのだ。
 30年近く経って家族から礼を言われたことを思えば、まんざら暴言ではなかったのだろう。恐らく奥さん達も主人を追いやっている原因は気がついていたのだろう。30年近い経験を積んだ今の僕が、当時と同じような助言を酒飲みにたいしてするかどうかわからない。ただ人生を失うほど人生を変えれるものを持っている人に、こじんまりと常識的にまとまって生きているだけの人間が、えらそうに何か言える立場ではない。能力のない僕ら普通の人間はただ背中を押すことくらいしかできないのだ。若い薬剤師は、その人が人の何倍も酒を喰らってその日その日の憂さを晴らすことが出来れば、それに越したことはないと思ったのだ。その日その日を非生産的に過ごした6年間の日々で身につけた僕の中だけで通用する価値観だった。
 指導も助言もおこがましくて出来ないのは当時から変わっていない。


2012年02月17日(Fri)▲ページの先頭へ
価値
 ある写真を見つけて「ベトナム人?」と言った。その写真は僕の母が写っていたものだが、母国の老人に見えたのだろう。老人になると白人も含めて皆同じような顔になっていくのは感じていたが、同じ東洋人だと尚更なのだろう。僕の母がベトナム人に見えるのとは裏腹に、かの国からやって来た二人は日本人に見える。昔、その国あたりの人達を身近に見たことがないから単純に比較は出来ないが、どこの国の人も顔が似てきたような気がする。気候を克服し、同じように快適に暮らし、同じような食べ物を食べるからだろうか、土着の特徴を持った顔つきが減ってきたような気がする。「オトウサン、ナニジン?」と尋ねられたから「白人」と答えたのは、戦後の日本人が持ち続けたアメリカコンプレックスをまだ引きずっているからだろうか。今の僕は明かにかの国の人に代表される東南アジアコンプレックスに陥っているはずなのだが。
 話が弾むのが犬にとっても嬉しいのか、かの国の人にまつわりつく。「ワタシノクニ、イヌ、タベル」と悪戯っぽく笑った。片言の日本語で冗談?さえ言えるようになった。若い子の学習能力に感嘆するが、逆はさっぱりいけない。はいとか、いいえとか教えてもらおうとするが、どうも日本人の舌の構造か、動かし方に根本的な違いがあるらしく、いくら耳をそばだてて聞いても同じ音は口から出せない。百面相のように苦労して顔の筋肉を動かすが、なかなかOKは出ない。
 仕事が終わってほっとしているところに手料理を作って持ってきてくれるが、思えばバレーボールをやめてから、仕事以外のことで他者とこんなに話し込むことなどなかったような気がする。何気ない、とりとめのない時間の価値を彼女らが僕に思い出させてくれる。


2012年02月16日(Thu)▲ページの先頭へ
真剣勝負
 100点は取れなかったけれど、許してもらおう。
 薬局に入って来るなり「行って来れたよ」と安堵の表情をした。行って来れたと言っても、1週間前の話だから今頃安堵の表情をされても臨場感はない。しかし本人にとっては薬局から出ていったようなものだから、今日薬局に来たことで完結したのだろうか。
牛窓の町内から出ていくのもパニくるような人が、こともあろうに東京に行かなければならないと言う。お子さんの大切な用事で拒否するわけには行かない。お母さんの役目を勇敢にも果たそうとしている。そこで頼りにされたのだが、そのトラブルでずっとお世話してきたわけでないから、一発勝負だ。2泊3日らしいが、漢方薬を飲めるのがまさに前日からなのだ。僕の得意の肝っ玉をつける処方を今更飲むわけには行かない。一発勝負でとにかくパニックを防がなければならない。何が恐怖といってあのラッシュを考えただけでも血の気が引くらしい。特に○○に行かなければならないから、それもラッシュの時間帯に行かなければならないから、彼女にとっては最悪の状況だ。地名も路線名も聞いたのだが、具体的には把握できなかった。有名な地名ばかりだったから、都心をうろうろしなければならないのだろうなくらいは想像できた。夜になれば物音がほとんど消え、狸が自由に徘徊する海沿いの田舎から出て行くには、余りにもギャップがある。特に長年出かけていない人だから、ハンディーはこの上ない。
 それが冒頭の言葉で入って来てくれたので、こちらも安堵の表情のお返しをする。自爆していたなら申し訳なくて合わす顔もないが、1回だけパニックに襲われたけれど、その後は「へっちゃら」だったらしい。だからあたかも戦いに行く兵士のように悲壮感漂い出発したが、結構花の都大東京を楽しめたらしい。
 パニックを治すように頼まれたのではない。漢方薬を飲んで苦手なその瞬間を乗り切れるように頼まれただけだ。この女性はどんなトラブルでも3日分しか薬を持って帰らない。ずっと30年そうして僕の漢方薬の力を付けてくれた。幸運にも、その様な気の短い患者さんが数人いて、僕を真剣勝負の世界に閉じこめてくれている。そこかしこにいるカリスマ薬剤師のように、数ヶ月かけて効果が現れてくるようでは、この辺りの人は付き合ってくれない。肩書きより実を、饒舌より実を、舞台装置よりも実をとる漁師やお百姓のおじさんやおばさんに鍛えられた。そして僕が当のおじさんになった。


2012年02月15日(Wed)▲ページの先頭へ
錯和(チョンボ)
 今日、漢方薬の情報誌を読んでいて面白い記事を見つけた。あるえらい学者の講演の要旨なのだが、話が脱線して麻雀言葉の解説になっていた。講演のテーマは漢方薬の名前の付け方というものだったが、学生時代勤しんだ麻雀にかこつけて説明すれば聴衆の理解が得られやすいと思ったのだろう。となれば聴衆は僕ら世代か、それ以上が多かったのだろうか。 
 このブログを読んでくれている世代が麻雀をするとは思えないので具体的なものは割愛するが、僕がその記事を読んで思ったのは、やはり遊びだと抵抗なく、なんらブロッキングを起こすことなく頭の中に入って来ると言うことだ。麻雀で使われる言葉は当然中国語で、ほんの少しだけ日常使われている言葉が変化しただけのものだ。遊びで覚えた沢山の言葉は、実は会話でも使える物が多い。何か麻雀の中でしか通用しないかのように今まで思っていたが、そんなことはない。カタカナで表現することが多かったから英語圏の言葉のように思っていたものだって、立派に中国語で漢字で表記されるべきものだった。
 どうも何にしても、もう一歩踏み出す好奇心を持ち合わせていないから、何かにつけ中途半端で終わっている。麻雀を極めに中国に単身で渡るとか、パチンコを極めに韓国に武者修行に出かけるとか、破壊的な人生も当時なら出来ているのだろうが、守るものをなにも待たないまま守りに入っているなんて、お笑いぐさだ。
 学生時代、どうしても麻雀は上手になれずに錯和(チョンボ)の連続だったが、まさかそれが尾を引いて人生を通しての|錯和(チョンボ)の帝王になるとは思わなかった。|


2012年02月14日(Tue)▲ページの先頭へ
肥料
 それはないだろう。余りにもひどいからどこで買ったのか敢えて尋ねなかった。知れば余計不愉快になりそうだったから。
2年ぶりくらいにグリセリンと尿素を買いに来たから又何か化粧水でも作るのだろうことは想像できた。グリセリンは容器を持ってきてくれたから、簡単に100cc分けることが出来た。その後にこれを下さいと言って出されたのが、問題の尿素なのだが、その袋を見て驚いた。大きな空になった袋には確かに尿素と書かれていたが、なんと容量が800c入りなのだ。それも肥料と書いてあった。こんな大量の尿素を、それも不純物だらけの物をひょっとして化粧水を作るために買って使用したのかと思ったので尋ねてみると、隣の市で買ったと言った。若い者に連れていってもらい店の人に言うと、同じだからこれでいいと言われたらしい。もう80歳を過ぎている老人の顔を見ると、頬から鼻のあたりに以前にはなかった赤紫の色素班が広範囲に残っている。それが尿素を使って出来たものかどうか分からないが、影響は十分考えられる。持参した尿素の袋は決して古いものではない。一体800cの尿素をどのくらいの期間で使い切ったのだろう。
 明らかに確信犯だ。皮膚に直接接触するものが肥料であっていいはずがない。純粋な医療用のもので、それも極微量混ぜるだけでいい。まさかその事すら知らないのなら確信犯以前に店頭に立つ資格もない。知っていたら確信犯だし、知らなければそれも又罪だ。いくらの売り上げが欲しかったのか知らないが、相手が田舎の老人でその店は助かっている。普通なら訴えられるだろう。
 この様な物を使ってはいけないと説明をしていると、連れてきていた娘?、嫁?らしき人が焦り始めた。何か感じたのだろう。ひょっとしたらその女性が連れて行ったのかも知れない。どうしてこんなに安易なことをするのだろうと、情けなくなったが、同じ町でありながら僕の薬局をその女性は選ばなかったのだから、僕の実力不足だ。何もかも僕の所に来る必要はないが、せめて繊細な問題だけは僕を選んで欲しいと思った。以前は自転車でやって来ていた老婆は最早、自分の足で僕の所に来ることが出来ないから、若い者の言うとおりに従っているのだろうが、薬にたいして安易すぎる風潮は確実にこんな田舎にまで押し寄せていて、正しいことが軽んじられる空しさと時に遭遇することもある。
 僕の娘が調剤用の尿素を10gだけ測って渡していた。値段が付けられないくらい安いが、本物を見抜く力を養ってと言葉を添えたかった。仕事は楽しくて仕方ないが時にこのような空しさに襲われることもある。


2012年02月13日(Mon)▲ページの先頭へ
順調
 過敏性腸症候群の治る過程がとても良く表現されたメールを頂いた。まだ僕の漢方薬を飲んで日が浅い人や、一生治らないのかと一人悩んでいるまだお会いしたことがない人達の参考になってくれたら嬉しい。こんな言われなき病気?で青春を棒に振らないで、みんなで治って欲しい。

 こんばんは。最近は、お腹も気になることがわずかになってきて、仕事も順調に進んでいます。^^♪お腹が気にならなくなると、不思議なもので気持ちに余裕が出て、周りにも素直な気持ちで目を向けられるようになってきました。先輩や上司にも、「私はガス漏れだからホントは嫌われてるかも・・」なんて思いをもたないで素直に優しく接せられるようになりました。そうするとなんだか自然に笑顔も出てきて、(前が不自然な笑顔だったわけではありませんが 笑)なんというか・・・大げさにいうと心から笑えるようになった感じで毎日とても楽しくやっています。たまーにやっぱり気になる日もありますが、その頻度はかなり減って回復の割合は今は7.5か8割くらいかなぁと思います。先月の月末の飲み会も、隣に人が座っていても漏れたと感じることがなく、先生が良くおっしゃる「本来味わえたはずの楽しい日々」を取り戻しつつあるのではないかと実感しています。本当にありがとうございます。
○○

 僕の知らない若い女性が、大都会の中で懸命に暮らしている様子を思い浮かべます。その上最近では、楽しく暮らしている姿も想像できるようになりました。大都会の生活が実際にはどのようなものか余り分からないのですが、決してテレビなどで伝わってくる享楽的なものばかりではないのだと思います。田舎にはないものが多くて、どうしても物質的な豊かさばかりが伝わってきますが、貴女のように縁があって知り合えた人達の、意外にも繊細で自制的な生活ぶりも伝わってきます。嘗て、青春の落とし穴に落とした多くのものを拾い集めて欲しいと思いますし、そこに落ちたからこそ見えたもの、手にしたものを大切にして欲しいと思います。たたでは起きあがらないぞ・・・今の貴女には打って付けの言葉かも知れませんよ。
ヤマト薬局


2012年02月12日(Sun)▲ページの先頭へ
断層
 休日だから、いつもの朝の散歩を10時過ぎにした。テニスコートは十分に太陽に照らされていて、服の上から暖かさが伝わってきた。恐らくこの冬で初めてのことだ。昼過ぎに岡山に行こうと車に乗り込むと温室に入ったように温かかった。これも又この冬初めてのことだ。春は着実に近づいている。
 毎日のようにニュースで雪について伝えられる県の方から、メールが届く。西の人間にとってはまるで異国のような情景が写真や文章で届けられる。雪が深くなるに連れ、体調は崩れ心は冷え切ってきている。そうした人に、春は近いとか、春になればとかの言葉は空しい。春になる前に改善し、春になる前に立ち直らなければならない。季節のせいにするのは、こちらとしては全く責任転嫁以外の何ものでもない。季節も年齢も人間関係も、何もかも悪化だけでなく好転の要因にもなるが、それに期待していたのでは職業ではない。春になれば治るなら、春を待てばいい。歳のせいなら無駄な努力はしないがいい。人間関係が全てなら無人島に行けばいい。悪化したときにだけこれらの要因のせいにし、改善したときは自分の手柄にする。人格が往々にして陥りやすい落とし穴だ。
 涙で雪が解けるなら泣けばいい。軒下まで積もった雪を溶かすにはかの地の人達の涙を集めても無理だろう。災害は孤独だ。台風の夜、母を連れて海水から逃れて高台に逃げたとき思った。何百万人かの人が、昨年のあの日恐怖を味わったのだろうが、降り積もる雪の下で一人、きしむ建物の音を聞きながら夜が明けるのを待つのも同じくらい恐ろしいだろう。体調が悪かったりしたら尚更だ。
取り残された町、取り残された村、取り残された人。人の心にも確実に断層が走った、あの日から。


2012年02月11日(Sat)▲ページの先頭へ
心模様
 果たしてドイツって言葉は日本語なのだろうか。そのたった一つの国名を伝えるだけでずいぶんと苦労した。ドイツ、ドイツとくり返しても駄目だから、ジャーマンとかジャーマニイとかドイチェとかなりふりかまわず口に出してみたが、結局は通じずに最後には地図帳を引っ張り出して指でさした。「おお、ドゥー」とか何とか言ってやっと分かってくれた。何でドイツって言う言葉が通じないのかも不思議だったが、何で3文字がかの国では一文字で表されるのかも不思議だった。
 そんな不思議を承知で我が家としては珍しく2階に招き入れた。滅多他人を2階まで通すことはない。薬局は人を応対するように出来ているし、その場所が慣れているから、わざわざ2階に通す必要はない。1日中、1年中ある意味では接待をし続けているから、プライバシーを極度に守っているとも考えられる。ただ、過敏性腸症候群の多くの若者は例外で、2階どころか3階まで解放して自由に生活してもらった。そうした意味で今晩の二人は異例中の異例なのだ。ただ、休日で薬局を閉めていたこともあるが、なんとなく僕らのスペースまで通すべきだと思ったのだ。異国の地で懸命に働く真摯さと、日本人が忘れてしまった人情を醸し出す表情に、何ら鎧を着る必要はない。言葉の大いなる壁を越えるには十分の心の交流がある。
 この経験が若いときに出来ていれば、もう少し人生の幅が広がっていただろうと思う。出来ることや出来たことは比べものにならないくらい増えていただろう。何の利害関係もなく心が結びつくのは学生時代の関係と同じだが、当時の仲間はなにぶん落ちこぼればかりで生産とはほど遠いところで自虐的に生きていた人間ばかりだった。それに引き替え、かの国の子は、日本人がいやがることを何ら苦とせずにこなしている。「ベンキョウ、スキ」と臆面もなく口に出せるくらい向学心に燃えている。ベンキョウの機会を与えられなかった子達が懸命に自分の力でその機会を掴もうとしている。あの子達が何を期待して訪ねてきてくれるのか分からないが、僕は明らかに、あの子達との肩書きがいっさい必要のない交流で心が洗われていると思う。汚れて淀んだ僕の心がその時だけでも澄んでくるのが分かる。
 心が洗われる・・・・それ以上その時の心模様を表す言葉を思いつかない。


2012年02月10日(Fri)▲ページの先頭へ
脱脂綿
 その老人が帰った後、応対した娘が心配そうな顔をして僕に言った。「お父さんはどうして尿漏れパットだと思ったの?」と。
 敢えてそう言われるとハッキリとした根拠はない。長年の経験で、あのような状況では下のものが相場だったから、迷わず娘に「尿漏れパットだろう」と助言したのだ。丁度僕が漢方の相談に応じていたから、娘も遠慮がちに僕に尋ねたし、僕も偶然耳に入った言葉でそれしか思い浮かばなかったのだ。老人が帰ってから娘に尋ねられるまで何の懸念材料はなかったが、敢えて問われると自分の判断になるほど根拠はなかった。
 その老人は薬局に入って来るなり「脱脂綿みたいな奴・・・」となんだかはっきりしない言い方で、医療雑貨の方を物色し始めた。迷っているらしかったから娘が応対したのだが、脱脂綿と断定しなくて、みたいな奴と何かぼかしている言い方だった。この手のぼかしを使うのは、男性が生理用品を頼まれたりしたときに使う常套手段だ。年齢から言って生理用品ではないから、尿漏れしか頭に浮かばなかった。娘は若いからそう言った特有の言い回しは分からなかったみたいで、僕に判断を仰いだのだが。僕は迷わず尿漏れパットと断定した。あの年齢の人は昔、生理の時にあてるものを綿と呼んだりしていたから、同じ理屈だと思った。
 その男性は迷いながらも娘が勧めた尿取りパットを買って帰った。娘も引っかかったのだろういつでも間違っていたら取り替えますよと言葉を足していた。その娘がしばらくして、その男性の奥さんを思いだしたみたいで、ひょっとしたら本当に脱脂綿が必要だったのではないかと思ったらしいのだ。何故ならその奥さんは糖尿病で自己注射をしている。以前脱脂綿と消毒用アルコールを買いに来たのを思い出したらしいのだ。そこで一気に不安になったらしい。
 「本当に脱脂綿を買いに来たんではないの?」と娘は悪いことをしたなと言う顔で真剣に悩んでいた。でも僕は笑いをこらえることが出来なかった。奥さんはご主人が買ってきた尿取りパットを見て、なんてものを買ってきたのかと怒るだろうなと想像しただけでおかしくなったのだ。とてもおとなしいご主人だから、怒られっぱなしになりそうだ。不謹慎だが、笑いの壺の一歩手前で辛うじて踏みとどまった。
 今日、いつ来るかいつ来るかと待っていたが、結局ご主人は来なかった。僕の勘が当たって、照れ隠しの脱脂綿は尿取りパットのことだったのかも知れないし、奥さんが便利なものがあるんだと喜んだのかも知れないし、侮辱したと絞め殺されて海深く沈んでいるのかも知れない。いずれにしてもおじさんに言いたいことがある。「ハッキリ言って!ハッキリ」


2012年02月09日(Thu)▲ページの先頭へ
 ついに僕の番が来た。我が家には、暗黙の流れがある。
 薬局には毎日薬品がダンボール箱でメーカーや問屋から届けられるから、結構それがたまってくる。昔はそれを燃やして風呂を沸かしていたから有用な資源だったのだが、今はそれが条例で出来ないことになり、ひたすらたまってしまう。幼いときに覚えている光景は、祖父がダンボール箱を丁寧に破って、倉庫にしまい、夕方になるとそれを少しずつ取りだし風呂の焚き口に投げ入れていた様子だ。
 父も僕が薬局の中心になってからは、夕方になると風呂の焚き口の前に陣取り、丁寧に小さく切ったダンボールで風呂を沸かしていた。まだその頃も煙を出してはいけないと言う条例はなかった。灯油と兼用で沸く便利な風呂だったが、ダンボールの処分のためと灯油代の倹約のために、ほとんどダンボールだけで風呂を沸かしていたように思う。
 父が亡くなってからその役割を母が継いでくれた。母の代から風呂で炊くことが出来なくなったから、問屋さんに持って帰ってもらうことにした。ある親切な問屋さんが薬を届けてくれた帰りに束ねたダンボールを持って帰ってくれるのだ。ただし小さく切ってしっかりと紐でくくるという条件付きで。それはそうだろう、大切な荷物を傷つけてはいけなし、仕事の能率を落としてもいけないから。その様な条件はないに等しいくらい当方にとっては助かる。あの場所の取り方と見た目にだらしない光景を避けれるなら、もっとこちらが出来ることをしてもいいくらいだ。母はその作業を十分こなしてくれた。だから僕らはなにもその点にたいして労力を使う必要がなかったのだ。これは結構助かる。
 ところが最近、母の足腰が少し弱ってきたのでそれが出来なくなった。と言うわけでついに僕の番が来てしまったのだ。生産に関わらない分野は、最年長者の分担でと言う暗黙のルールに僕も従っているのだ。人間で言うと動脈から静脈への転換だ。ほとんど処理を担当する分野だ。華々しい舞台から縁の下の力持ちへの転換だ。
 午後のある時間、カッターナイフを手にとってダンボールを形を揃えて切る。祖父や父や母がやってきたことだ。何かとんでもない偉業でも引き継いでいるのならいいが、ダンボール切りでは自慢にならない。ただ3人ともが若い人間を少しでも助けようとした気持ちは良く分かる。望もしないが、僕もそんな年齢になった。


2012年02月08日(Wed)▲ページの先頭へ
貢献
 かなり貢献しているのではないかと自負している。
一人の方が10袋ヤマト薬局製の風邪薬を持って帰った。老人施設を経営している方が、職員の方に頼まれたと言って取りに来てくれた。今はその事業所がある町も合併して同じ市になったから、牛窓と同じ自治体に属する。だから10人分の風邪の治療費として市から医療機関に払い込まれるだろう医療費を倹約してあげたことになる。病院での医療費と薬局での調剤費を合わせると、たかが風邪でも1万円近くかかっているのではないか。もっとも医師の個性によるだろうが、結構かかっているはずだ。それが僅か900円で治療できたりしたものなら、とんでもない倹約になる。早めに飲むと1包ですむ場合があるから、100円で風邪が治ることになる。
 僕はそこまで熱心ではなかったが、若夫婦が今は作ってくれている。なかなか込み入った作業なので僕はもう手を引いてしまっているが、風邪の患者さんが来た場合など、それを出していればほとんどの人が治ってしまうので助かっている。僕はガチガチの漢方屋ではないから、漢方薬を敢えて飲んでもらうことなど絶対しない。より早くより簡単に治るものなら、迷わず現代薬を使う。ましてそれがメチャクチャ安いとなれば、市も患者さんも当方も喜ぶ。早めに○○とか、あなたの風邪はどのタイプ?とか石川遼君でもヤマト薬局の手作り風邪薬には勝てない。実績が物語っていてそれらを合わせた数の20倍くらい僕の薬局では利用されているのだから。
 全国の薬局がこうしたら、医師ももっと重要な仕事に集中できるだろうし、国も財政が助かるだろうしと思うが、こんな面倒なことはしないだろうな。患者より病院の方を見ている方が薬局の収入は圧倒的に多いのだから。


2012年02月07日(Tue)▲ページの先頭へ
 東京から来て、牛窓に住み牛窓で働いている若い女性がとても珍しいことを言った。そんな発想は全くなかった。自分にとって当たり前が、ある人達には全く当たり前でないことの衝撃は、たかが島くらいなことなのに結構大きかった。
 「島って珍しいですよ」と言われて何のことかわからなかった。漢方薬を作っている間に「ご両親を牛窓に招いたことがあるの?」と尋ねたことが切っ掛けで、先のような言葉が飛び出した。彼女の言うには島が目の前にいくつも見える光景は東京には無いというのだ。東京で島と言えば三宅島などのことを指すから、はるか水平線の彼方に隠れているもので、かなりの労力を費やして行くところなのだ。ところが牛窓は、多くの島が目の前に点在し、その気になればちょいとフェリーで5分もあれば渡れ、島を自転車で1周出来たりする。これはこの辺りの人間にとってはなにでもないことなのだが、島を知らない人達にとっては、大変なことなのだそうだ。何気ない光景をこんなに賞賛されて照れるが、大きな発見でもあった。
そう言われて頭の中に日本地図を思い浮かべてみると、意外と島って少ないのかも知れない。余り旅行をしたことがない僕だから、実際に見たところは少ないのだが、太平洋や日本海ではほとんど島を見ることはなかった。主に瀬戸内を西に東に移動するだけだから島はいつも電車の中から目の中に入ってくるが、瀬戸内海をはずれると、確かに水平線しか見えない。水平線は水平線でしかなく、変化には乏しい。
 何気ない会話の中に素敵な発見があるものだ。こうして人は他者から多くを補ってもらっているのだろうかと、たわいもない日常に感謝する。


2012年02月06日(Mon)▲ページの先頭へ
遺伝
 まだお昼が来ない時間帯に「こんなにいい結果の人が続くとやる気が出てくるわね」と妻が言った。自分にやる気が出てくると言う意味か、僕に出てくると言う意味か分からなかったが、僕も自然に頷いていた。妻は電話を受ける率が高いので、僕と同じような感覚になるのだろうか。
ただ、自然に頷いたけれど実際はかなり違う。僕はいい結果が続こうと、そうでなくても、やる気は常に満杯なのだ。それが欠けたことはほとんど無い。だからやる気は出てくるのではなく、敢えて出さなくてもやる気だらけなのだ。理由は分からない。それが欠けたことがないから、ごくごく普通なのだ。あって当たり前なのだ。真面目だからではない、正義感もない、経済を無視した聖人でもない。だけど、薬局に入ってきた人全員に好結果を出そうと何故か頑張る。いや、頑張らなくても自然に頑張っている。気持ちの問題ではない。単なる反射神経のレベルだ。治って礼を言われても、嬉しいのはその人が出ていくまでで、次の瞬間からなかなか良い成果を出すことが出来ない人のことに頭は行っている。その繰り返しだ。
 ある人が帰った後に娘が「人が変わったよう」と言った。僕もそう思った。ハイテンションで人の言葉など全く耳を貸さなかった女性が、整った服装をして、ゆっくりと会話をする。体調を良くしてあげるとここまで人格も変わるのかと、本人の喜びに負けないくらい僕も嬉しかった。ただその喜びも、その女性が出ていくまでだ。数分間の喜びの共有で幕は下りる。いつものことだ。ただそれが偶然今日は沢山重なっただけなのだ。
娘が応対した逆流性食道炎の女性が、2週間で深夜の気持ち悪い喉の症状が止まった。それどころか、長年不快だった口の苦さと、不眠までが改善していた。口の苦みも不眠も本来ならそれが独立した訴えなのだが、全部改善していた。さすがに娘は喜んでいたが、それでもその方が帰れば又、施設の患者さん達の調剤にもくもくと取り組んでいた。やる気は出るものでもなく、出すものでもなく、元々あるもの、その辺りは気の毒だが確実に遺伝していると思う。


2012年02月05日(Sun)▲ページの先頭へ
 もういいだろう。これなら自分でも納得がいく。それでも、もう少しもう少しと数ヶ月は頑張ったような気がする。
 前回買ったのは10年前か15年前か、定かではないが、どちらにしても記憶は全くない。どこでどの様なものを買ったのか全く思い出せないのだ。今日で見切りをつけた靴は、息子が使わなくなったのを妻が見つけて持って帰ったものだ。それも学生時代のものだっただろうから、それだけでももう随分前だ。その靴でお払い箱になったのが自分で買った最後の靴だろうから、本当にいつ買ったのか見当がつかない。
 僕はまず靴はバレーで使うものを買う。そしてそれが傷んできたら、道を歩くものとして使う。いわゆる普段履く靴はお古なわけだ。しかし、僕が靴を履くのは日曜日だけだから、そのお古がめっぽう長く持つ。学生時代みたいにかがとを折って履くようなこともしないから、傷みようがないのだ。強いて言えば雨の日に濡れるくらいがダメージと言えばダメージだろうか。何年かの歳月を経て、左足のかがとが無くなってきた。歩くたびに左足の靴だけが脱げるようになった。そこで踏ん切りをつけて今日靴屋さんに行ったのだ。
 ハッキリ言って靴の買い方を忘れていた。見てくれは全く気にしないから、運動靴なら何でもいいが、自分の足のサイズが分からなかった。およそは分かるが、もう何年も前に買っただけだから、変化していることもあるのではないかと思った。店員さんに足のサイズを測るものはないですかと尋ねたら、子供のしかないと言われた。見ると確かに22cmまでだった。それではどうしてサイズを合わせればいいのと思ったが、その時に靴って実際に足を入れてみてフィットするかどうか調べるんだったよなって思い出した。僕はひょっとしたらサイズが合わなくて、買わないものまでに自分の足を入れることを躊躇っていて、「実際に履いて確かめる」と言うことを正直忘れていた。なんだそうだったのかと時計の針を嘗ての常識の時間まで戻した。でもよく考えて見れば、僕が買う靴も多くの人が実際に足を入れて履き心地を試したものかも知れない。その中には水虫の人もいただろうにと潔癖症が顔をのぞける。水虫だけならまだいいが、中には銭の虫や疳の虫、しゃくに障るが勉強の虫までいたかもしれない。いやいやそんなことを考えたら買えなくなる。それよりも今夜は枕元に買ってきたばかりの靴を並べて寝よう。


2012年02月04日(Sat)▲ページの先頭へ
違和感
 「安心して村に戻ってもらう・・・・」何気ない、優しい言葉のように聞こえるが、何となく違和感がある。なにも解決しておらず、これから何十年も危険に晒されるのに、村に戻ってもらうことが最優先のように聞こえる。村の存続が何よりも優先されているように思える。
遺伝子をずたずたに切断されるような所にどうして安心して帰れるだろう。この様なことはインターネットで簡単に得られる知識だ。ニュースを見ていると、あちらの方の人は、この危険性にいたっておおらかなように見えるが、恐らくそれは現実を反映していないだろう。あの会社と共犯者であるマスコミ達は、映像を自分たちの都合の良いように編集しているのだと思う。自分たちやあの会社に対する非難めいたことをインタビューを受ける人間が発したら、放送していないのだろう。さもないと、かの北の方に住む人達が、余りにも権威に弱く人道だけで生きている無垢な都合の良い人間にされてしまう。沢山の怒りに震える人がいるはずなのだが、それらの人は決して映像では流されない・
 こんな男の一存で物事が決まるのかと、情けなくなる。どのくらいの信頼をそこの町で集めているのか知らないが、良くも村ごときのために人の命を危険に晒せれるものだと思う。どれだけの寿命をその男に差し出すのか知らないが、正しく矛先を定め、怒ることを忘れないで欲しい。何もかも奪われて、その上自尊心さえ奪われたら、残るものがない。


2012年02月03日(Fri)▲ページの先頭へ
武器
 最近、ある時に妻がしみじみと言った。「お嫁に来たときからお父さん(僕のこと)が治すという言葉を良く口に出していたのが不思議だった」と。勿論僕はそんなことを覚えてはいない。ただ、妻は薬局などとは全く縁のなかった家の人だから、薬局は薬を買う所で、治してもらうところではなかったのだろう。僕も決してお医者さんのまねをするつもりはなかったが、お金をもらう以上は結果が出て欲しいと牛窓に帰った当初から考えていた。
 メーカー主催の勉強会はありとあらゆるものに出た。全くの白紙で帰ってきたからそれはそれは役に立った。考えてみると昔はメーカーも力があって、教育?にかなりの力を費やしていた。もっとも自社の製品を販売して欲しいという企みなのだが、それでも手っ取り早く医学薬学の知識を得るには打って付けだった。そこで勉強してきたことを薬局に帰り実践して、少しずつ力を付けたように思う。でもそれはあくまでOTCと言う、いわばドラッグストアにでもあるような武器でしかなかった。知識と経験で、いつのまにか使う術は上達したが所詮武器不足だった。
 偶然、ある人の紹介で漢方薬の講義に出席させて頂くことになって、それまでとは比べものにならないくらい「治す」腕が上がった。いわば失意のうちに田舎に帰ってきたけれど、その教えを請うてから一段と治すことにのめり込んで、しかし逆に力むことなく淡々と訪ねてきてくれる人に接することが出来た。病院みたいな高度なことは薬局には出来ないし、求められてもいないが、現代医学からこぼれた患者さんの役に立てるようになった。経済が介在する仕事だから、出来るだけ満足してもらいたい。そうしないとこちらに後ろめたさだけが残る。この様に今も思っているが、最初から無意識のうちにそんな風なスタンスをとろうとしていたのかなと、懐かしく妻の話を聞いた。
 何故か、僕をふとその道に導いてくれた今は亡きその人に感謝。


2012年02月02日(Thu)▲ページの先頭へ
北から南まで
 こんなやりとりで漢方薬の処方が決まっていく。

昨夜Aさんから
 こちらは大雪 雪崩 低温 暴風雪 注意報です。今朝は−12℃でした(^_^;) 今年一番の真冬日です。写メは今の処の雪の状態です。上下左右真っ白です。私はけっして屋根の雪下ろしはしません(笑) できません! こちらはインフルエンザ大流行中。マスクとRー1で凌いでいます。くれぐれも ヤマトさんもお身体大切に…

今朝Aさんから
 今朝 起きたら 更に雪が…音も無く しんしんと 我が家は片屋根なので 軒下 3メートルです。一晩で積もった雪が全層雪崩状態…一晩で50センチ降ったみたいです。(雪壁の向こうの景色の写メ)

今日僕から
 ついさっき大変なことが起こりました。急に薄暗くなったと思ったら、雪が横から降ってきたのです。雪は上から降るものと思っていましたが、道路と水平に速いスピードで流れていきます。道路の向こうの空き地が少し雪化粧になりました。娘達はもう仕事を放棄して見入っています。今外を見てみるともうほとんど止んでいます。10分くらいのショーだったでしょうか。北国の人には申し訳ないような素敵な光景でした。昼のニュースでそちらの積雪模様が紹介されていました。インタビューに答えて「うんだ、うんだ」と答えていたのが貴女だったでしょうか。

その後Aさんから
 今日は、どこの家でも仕事を休んで雪かきです。車庫から車を出せません。バスも電車もストップです。学校は休みです。こんな大雪は初めてかもしれません。我が家も 先程、ようやく終わりじゃないけど 今日の分は一応おわりです 。一応です…私は殆どしていません。
「うんだ うんだ 雪いっぱいで やんだぐなっずねー」と言っていたのは私です(・_・)エッ....? ヤマトさんところのショーは 海が近いので浜風に煽られた 地吹雪状態でしょう。今 大変なことが起こりました。 隣の家のじいちゃんが 屋根の雪降ろしをしていて 落ちて救急車で運ばれました。幸い 命には別状ないようですが…板金屋さんに勤めていたので 屋根の上は慣れているはずなのに… 身近でこんなことが起こるなんて…気を付けないと…寒い 雪多い 困難だらけだけど…春は必ずやって来る。信じて頑張ります。

最後に僕から 
ごめん、めっちゃ晴れてきた。澄み切った青空です。もう犯罪的です。責任はないけれど責任を感じます。

さっきAさんから
自然は凄いです! こんな小さい日本列島、北から南までこんなに違ううんですねー。確かに ヤマトさんは犯罪を犯してます(笑)


2012年02月01日(Wed)▲ページの先頭へ
親近感
 東の方の人には分からないかもしれないが、この辺りでは香川県の讃岐うどんは横綱だ。他に追随を許さない。香川県ではラーメン店よりうどん屋さんの方が多いと言うから余程だ。なんて感心していたら、好きな人は1日3食うどんを食べるらしい。
 若い頃はあらゆる勉強会に出席していたから、香川県にも瀬戸大橋を渡ってしばしば出かけていた。ある時、時間があったから商店街を歩いていて「香川で2番目に美味しい店」と言う看板を掲げているうどん屋さんを見つけた。良くある手だと思いながら、のれんをくぐってかの有名な讃岐うどんを注文したのだが、きつねと少々のネギが載っているだけの極めてシンプルなものだった。これがかの有名なうどんだと喜び勇んで食べたけれど、特別美味しいとは思わなかった。ひょっとしたら、香川で2番目に不味い店に入ったのかと思ったが、ネームバリューに負けて、これこそが本当の讃岐うどんだと言い聞かせて店を出たものだ。
 そんな記憶を呼び起こしたのが、今日発表された生活習慣に関する調査結果だ。ニュースで見たのだが、調査したのは厚生労働省かもしれない。その中で全国で一番野菜を食べない県として香川県が上がっていたのだ。毎食でもうどんを食べて、ほんの少々のネギですませていたら圧倒的に野菜が不足するのは目に見えている。なるほどなあと合点した。僕もそうだが、ツウにとって余分なものは少ないのがいい。シンプルに優るものはないのだ。香川の人の王道追求がなせる調査結果だと思った。
 海岸に出れば海の向こうに見える県だから親近感を常日頃持っているが、野菜を食べない日本一だと聞いて余計親近感を持った。うどんは「素どん(すうどん)」がいい。ラーメンも「素ラーメン」がいい。人間も「素浪人」がいい。


   


漢方薬を初め天然素材の薬を用いて、さまざまな慢性疾患の回復をお手伝いします。
お店のホームページ
お問い合わせフォーム

☆★ FAXで漢方相談 ★☆
※漢方のご相談は「漢方相談FAX用紙」を印刷し、ファックスもしくは郵送でヤマト薬局までお送りください。

新着エントリ
本丸 (6/23)
必然 (6/22)
生花 (6/20)
武器 (6/19)
偏差値 (6/18)
感性 (6/16)
修正 (6/14)

新着トラックバック/コメント
沈黙 (6/23)
(6/23)
友情 (6/23)
成長 (6/23)
奇跡 (6/23)
普通 (6/23)
平穏 (6/23)
緊張 (6/23)
接点 (6/22)
禅問答 (6/22)

■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
[URL]

カレンダ
2012年2月
     
     

アーカイブ
2006年 (266)
4月 (25)
5月 (29)
6月 (31)
7月 (30)
8月 (31)
9月 (29)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (30)
2007年 (354)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (30)
4月 (31)
5月 (30)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (22)
11月 (29)
12月 (31)
2008年 (366)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2009年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2010年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (30)
11月 (30)
12月 (31)
2011年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2012年 (365)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (30)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2013年 (366)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (32)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2014年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2015年 (364)
1月 (31)
2月 (27)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2016年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2017年 (174)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (23)

アクセスカウンタ
今日:1,447
昨日:5,202
累計:6,568,813