栄町ヤマト薬局 - 2012

漢方薬局の日常の出来事




2012年12月31日(Mon)▲ページの先頭へ
整合性
 365分の1のありふれた1日が終わり又一つページを捲る。もう何十回も繰り返してきた、そして年ごとに何の意味も持たなくなったページだ。口には「あわただしくて・・・」と出す人はいても、その落ち着きようとどう整合性を保つのだろうと首を傾げる。分業が極度に発達して何もしなくても正月は来て、そして過ぎる。
僕の力ではなく、漢方薬の力を試されるような方が来られた。古人の知恵をまるで奇蹟のように頂いて、その家族が少しでも楽になってくれればと祈らずにはおれない。盆も正月も、まして年の暮れも大晦日もない人達の苦痛が、ほんの1割でも和らいでくれたらと願わずにはおれない。極端な不幸や不運は避けられ救われなければならない。復活のない不幸や不運を誰も背負うべきではない。
シャッターを下ろすためにほんの1分くらい外に出ただけで白衣は冷水に浸けられていたように冷たくなった。その寒空の下、暖をとるこも出来ずに朝を待つ人が沢山いる。法を破ることもせず、不器用に生きてきた先がこれでは悲しすぎる。
 行き場のない哀しみや恨みが今夜も又星空の下で凍り付く。


2012年12月30日(Sun)▲ページの先頭へ
 井上陽水ではないがほとんど彼の歌の「傘がない〜」状態だった。
 僕が連れて行ってあげられるのはせいぜいスーパーの中のファミリーレストランかセルフのうどん店くらいだから、娘が気を利かせてくれたのか、今日繁華街の洒落たカフェにかの国の女の子二人と一緒に連れていってくれた。どうしてそんな店を見つけたのだろうと思うくらい、分かりにくい、いや分かるはずがない所にあった。そもそもお洒落な服屋さんの中を通って、2階に上がり、又そこから別の服屋さんの傍の階段を上がって3階にあるその店にたどり着くのだから。ましてその二つの服屋さんは若い女性服の専門店で、商品を所狭しと置かない今のスタイルだから、本来は僕などが入っていけるはずがない。ほとんど父兄という態度で居直ったが、30年前から着ている色あせたスポーツ少年団のジャケットはさすがに不釣り合いだと自分でも感じた。
 カレーとオムライス以外はどんな料理か分からなかった。何を食べていいのか分からなかったからランチを注文したら、豆がやたら多いカレー?いやハヤシライス?だった。その上に目玉焼きが乗っていて、サラダがやたら多かった。例の料理が得意な彼女に尋ねたらいつものように「簡単」と喝破していた。味はと尋ねたらこれ又いつものように「まあまあ」の評価だった。女工として日本に来ているが、ひょっとしたら食の領域で可能性を秘めているのではないかと思われるほど自信にあふれている。
僕は次の用事で店の前で3人と別れたのだが、数分歩いたところで傘を忘れたことに気がついた。店内の傘立てに他の客に混じって立てたのだが、その時点で何故か忘れるのではないかと予感がしていた。そもそも家族の誰かがコンビニで買った透明傘で、すでに2カ所骨が折れている。ワンタッチでは開かないが、手で押し上げれば開くので使っているが、さすがにビニールは開いても円にはならない。でも雨は十分しのげるから捨てるに捨てられない。待ち合わせ場所にその傘で現れた時、かの国の女の子が笑うくらいだから、さすがの僕も未練が無くそのまま次の目的地に向かった。
2時間後ある場所で落ち合ったのだが、なんと彼の傘を一人の女の子が持っているではないか。聞くと僕を見送っていて傘を持っていないことに気がついたらしいのだ。そこでカフェに取りに戻ってくれたそうなのだが、ウエイトレスがあんなに壊れた傘を取りに戻ったから笑っていたそうだ。これは娘が教えてくれた。もうどうでも良いくらいのレベルのものだったのだが、僕がしばしば口に出す「もったいない」を覚えてくれての行動だと思う。傘はともかく、彼女達がとった行動がとても嬉しかった。こうなればもう数本骨が折れ、傘をさしてもずぶぬれになるまで使うぞ。


2012年12月29日(Sat)▲ページの先頭へ
選択
 話の前後は忘れたが、上の姉が「薬も飲んでいないし検診も受けていない」と言った。僕はそれでいいと思う。そのどちらもが必ずしも健康や長寿を約束してくれるものではない。薬で救われないものもあるし、健診で見落とされるものもある。そもそも統計的に何ら抑止効果がなかったと話題になっている健診さえある。寧ろ神経質に健康が全てのような生活を送って、やりたいことをセイブする方が余程生活の質を落としてしまう。昔みたいに、老いて役に立てれなくなれば自然に消えていった頃と違い、老いて役に立てず喜びも少なく、それでも生きながらえることを思えば、悪戯な不健康寿命はどうかと思う。
ここまで書いて話の前後を思い出した。やはり母のことを話していてそう言った言葉が出てきたのだ。つい最近までその健康と聡明さに驚きを持って感謝していたのに、今はその面影はない。順調にありとあらゆる能力を失いつつある老人そのものになっている。職業柄多くの体験者の話を聞いているから、予備知識は十分あったはずだが、現実に展開される光景は「あわれ」という言葉が一番相応しい。読み終えた本をそっと閉じるように人生の最後を安らかに迎えて欲しいと日々祈り、そしてそれが唯一の希望だとしたら、姉の選択が正しいように思えて仕方ない。


2012年12月28日(Fri)▲ページの先頭へ
落語
 パソコンが普及し始めた頃、落語でこんな面白い話があった。お年寄りにパソコンの使い方を教えている場面で「マウスを上に移動してください」と指導されたお年寄りが、マウスを空中に持ち上げた話だ。当時時宜を得た新作ネタに大笑いしたのだが、今日、僕の薬局で同じようなことがあり、居合わせた数人が大笑いした。
2週間前に一緒に買いに行ったパソコンを、2ヶ月前に日本に初めてやって来たかの国の新しい女の子が使い切れないと悲しそうな顔で訴えたので、その道に大変詳しい人にお願いして、今日直接教えて貰う段取りをした。僕のホームページは勿論、ことインターネットに関しては全幅の信頼を置いている漢方問屋の専務さん(肩書きは立派だが僕よりかなり若い)なのだが、最初に、日本語が通じないから「○○○○語で教えて!」と頼んだのがまずかったのか、あるいはパソコンを持って入ってきた二人の女性がまぶしかったのか、それこそ落語の世界そのままを見せて貰った。
 まずかの国の女性が自分のパソコンを開いた。少し出来る友人がある程度は使えるようにしてくれていたのだが、なにぶんウインドウズ8だから、操作の仕方がかなり違うらしくて、うまく設定できなかったり使えなかったりするそうだ。片言の日本語を、良く分かる日本語に変えるのが得意な僕の通訳(?)で何をやって貰いたいかを明確にした。すると専務さんがおもむろにコードレスのマウスを持って作業を開始してくれた。とても慣れているはずの彼が何故か最初から苦戦している。「このマウスは、今までのマウスと反対に動くんですね。さすがウインドウズ8ですね。マウスを右に動かすと矢印は左に動くんです」と感心しながら、しかし手こずっている。それを見ていた娘婿が「マウスが反対です」と指摘した。僕などコードレスのマウスなど使ったことがないから分からなかったが、そう言えばなんか不自然な向きに持っている。専務さんもすぐに気がついたが、鳴り物入りのツウの失態に、一同で大笑いした。かの国の女性達もすぐに理解して、○○○○語で笑っていた。いや笑い声は万国共通か。
仕事納めの今日、日が暮れてから岡山から彼女たちのために来てくれて、いくつもの要求に答えてくれた。彼女達が満足して最後のお礼を言うまで付き合ってくれた。パソコンの持ち主でない方を飽かせないために、娘夫婦が接待してくれた。妻はとっておきの、これは本当にとっておきで、横浜の姉が送ってきてくれたスイーツをわざわざ今日のためにとって置いたのだが、それを3人に出してくれ、まだホームシックから抜け切れていない二人を精一杯もてなしてくれた。
僕ら家族がいくら頑張っても、その結果かなり多くの方の役に立っていても、それは所詮経済行為なのだ。漢方薬を使い始めてから決して経済を目的に仕事をしては来なかったが、それでも所詮経済行為なのだ。ただ、今夜のように、決して豊かな国からやってくるのではない子達に、完全に心を開いて全てを受け入れてあげようと努力することからは一切の経済行為は排除される。歳と共にそうした喜びが比重を増してくる。
膝を曲げてお辞儀するから、かなり異様な光景だが「オトウサン、ヨイオロシヲ ムカエテクダサイ」と覚えたての日本語ではにかみながら挨拶をしてくれる。日本人ともかの国の子達とも、裏表のない人間関係こそが僕の薬局の宝なのだ。


2012年12月27日(Thu)▲ページの先頭へ
後ろ髪
 いざ出かけようと思って2階に上がってみると、まだ夕方の6時なのに母がベッドの上でモコと眠っていた。せめてクリスマスイブの夜くらい、教会でフィリピン人の歌の伴奏(騒がしい中、たった2,3人で無伴奏で歌う惨めさを味わせたくなかった)をしようと思って母を少しあずかって貰うように兄夫婦に頼んでいたのだが、起こしてまで寒い中を連れていくことは出来ない。火の元を何重にも警戒し、後ろ髪を引かれる思いで出かけた。案の定教会に着いたのはミサの開始と同時だった。ギターのチューニングをする余裕もなかった。
必死の思いでたどり着いた割には閑散としていた。気を利かして遠くの駐車場に車を置こうと思ったのだが、1台も置いていなくて、例年のようにその駐車場を契約していないのだと理解し、より遠くのスーパーの駐車場に図々しく止めた。教会の玄関の扉を開くまで人に会わなかった。僕がそこに通い始めた頃は、本当のクリスマスの過ごし方を見んとばかりに未信者の方を含めて人で溢れていた。僕はいつも片隅でギターを弾くのだが、そのギターの持って行き場に困り、熱気で気分が悪くなることもあった。
その夜の様な光景はすでに3年前から予想していた。その頃から教会が、宣教という布教活動を錦の御旗に、人が人の上に立つようになった。宣教という名で人集めのために安易な娯楽を売り物にするようになった。そしてついには何を勘違いしているのか、自分たちの意に反するものを意図しようが意図しまいが結果的に追い出して、居心地の良い老人クラブを作った。古くから、多くは長崎から移住してきた人達が中心に支えてきていた飾らない、それこそ歴史すら感じていた信仰の風景に取って代わった。長崎出身組の気取らない力まない物腰に嘗て惹かれた僕を含めた多くの人は居心地の悪さに耐えられず去っていった。
 もう何回も経験したクリスマスのミサだから、特別な感情も湧かない。寧ろ痴呆気味の母を置いてきた後ろめたさばかりが繰り返し波のように押し寄せて来た。僕は母を置いてきたリスクより優る何を求めてきたのだろうと自問するが、フィリピン人の伴奏以外に答えを見出すことは出来なかった。
僕の心と無関係に式は進んだ。信者が声を合わせて祈願するまでほとんど式に心は付いていっていなかった。ただそこにいて、伴奏の時間を待っていただけだ。ところがその祈願を先導者に続いて唱えるのだが、その内容がそれはそれは恥ずかしくなるような代物だった。高貴すぎて、高尚すぎて、とても僕ら道徳的に未熟な人間は口に出すことがはばかれる。いやその言葉が行き交う空間にもいられないくらい作為的で耳を塞ぎたかった。どれだけの人格者で初めてあのような言葉を口に出せるのだろうと考えると、僕ら未熟な人間はいたたまれなくなる。高尚な美しい言葉がまるで研ぎ澄まされた刃物のように迫ってくるのだ。そしてその場を逃げ出したくなるくらい恥ずかしかった。ああ、こんな神にでもなれというような理想主義が、実際は教会から人を遠ざけているのだと思った。知性も理性も経済も肩書きも、それに徳まで備えられたら、僕らには太刀打ちできない。そっと退場するしかないだろう。
このことは後日知ったのだが、その場に断酒を頑張っている人達も出席していたそうだ。ミサの後のパーティーではビールもワインも並べられていた。勿論断酒を頑張っている人達の姿はなかった。彼らがパーティーを辞退したのか、あるいはそうさせたかったのか知らないが、本来高尚な人間なら、酒を引っ込めて彼らを引き留め、聖夜を祝うのが筋だと思うが、高尚すぎてそこまで気が回らないらしい。何年も懸命に酒を断つ人のことに思いを至らすことが出来るなら、たった一晩酒を我慢することなど簡単すぎて比べることも不遜だ。もっともおばちゃん達ばかりの教会で誰が一体酒を本当に飲みたいのだろう。
 何も知らないのがいい。知れば知るほど教会というものが崇高な場所から特異な場所になってしまう。救いを求めるところであり続けれるのかはなはだ疑問だ。いやそんなこと
、ひょっとしたら誰も望んではいなかったのかもしれない。祈願の内容と、パーティーでの配慮のなさのギャップを目の当たりにすると・・・僕にはそう思えた。


2012年12月26日(Wed)▲ページの先頭へ
ゼンザイ
 駐車場で煎じ薬を攪拌する作業を終えて裏口の戸を開けると、「オトウサン ゼンザイ」と言いながら、顔の前に小豆色の液体が入ったタッパウェアを差し出された。二人のかの国の女性が嬉しそうな顔で笑っていた。ゼンザイという言葉とそのものは2ヶ月くらい前に倉敷観光に連れて行ってあげた時、大原美術館の傍のレストランで食べさせてあげて覚えたものだ。当時美味しい美味しいと言いながら食べていたが、一人の女性はとても料理が好きでかなり興味を示していた。テーブルに運ばれてきたものをしげしげと眺めながら「コレハナンデスカ?」と尋ねられたが、僕は「大豆とお餅」くらいしか答えられなかった。
 もうそんなことは忘れていた。だから目の前に出されたものが、彼女たちによって作られたものとは思わなかった。近所の優しい農家のおばあさんにでも貰ったのかと思った。ところが「どうしたの?」と尋ねると、「ワタシ ツクッタ」と年長の料理が得意な方が答えた。容器を手に取るとまだ温かい。さっき作って寒い中を自転車で持ってきてくれたことが分かる。それも夜勤に出る前に。ところが僕の例のかの国の料理拒絶症が出て、あまり嬉しくはなかった。恐る恐る蓋を開けると案の定、いつものココナツミルクの香りがした。見ると表面に油が浮いている。ここで本来ならギブアップなのだが、それ以外にはまさしくゼンザイに見えるし、中にある白いものもまた、正真正銘の白玉に見えたのだ。お餅入りのぜんざいも美味しいが、白玉入りのゼンザイは尚好きなので、意を決して一口汁をすすってみた。するとなんと言うことでしょう(ここはビフォーアフターの女性のナレーション風に読む)結構美味しいのだ。確かにココナツの甘い香りはするが、ミル金を食べているような感じだった。ミル金と思えば別に抵抗はない。小豆の歯ごたえ、例の白玉の食感、日本のものとまるっきり同じだった。こうなると俄然僕の口も軽くなって、もうその後は褒めまくりだ。もう一杯だけお代わりをし、3時の楽しいおやつを頂いた。
本当に料理が好きで得意な人は、食べただけで同じようなものを再現できるんだと感心した。車で走っているときに、レストランや喫茶店を見つけると「オトウサン、イクラデスカ?」と建物の金額を聞かれる。かの国で料理の店を開いていた両親の血が騒ぐのか、金額を尋ねてはそのあまりの高さにショックを隠そうとしない。この国にいる間出来るだけの希望を叶えてあげたいと思っているが、このことだけは僕には手助けすることが出来ない。
あれだけ国に帰りたいと言っていた女性が、今は近づいた帰国が恨めしくて涙を流す。その都度僕も心の中で同じ涙を流すが、顔ではいつも笑っている。能力を最大限に生かす所こそが彼女たちの帰るところ、行くところであるべきで、一時のセンチメンタルで足を引っ張りたくはない。ただ僕はこの国の田舎で暮らす人達の善良を、終生忘れないでいて欲しいと思うだけだ。


2012年12月25日(Tue)▲ページの先頭へ
メッセージ
 老いた両親が遠くから娘の漢方薬を取りに来た。タウンページで探したがヤマト薬局が出ていなかったらしくて、ぶっつけ本番で来たと言っていた。娘夫婦に漢方薬を作ってもらっている間に、その方に簡単なメッセージを書いた。そして漢方薬と一緒にことづけた。同じような症状で苦しんでいる人がいたら参考にしてほしい。

 大変ですね。びっくりしたでしょう。一人で頑張りすぎましたか。現代を象徴しているトラブルです。誰がいつ同じ症状になっても不思議ではないのです。僕も5年前あなたと同じ症状になりました。働いて貰っていた薬剤師が急に辞めて、一人で毎日数時間睡眠で働きました。3ヶ月くらいはもったのですが、娘が帰ってきてくれて気を抜いた瞬間、起きられない、食べられない、恐怖で道路も渡れない、そんな状態を1ヶ月近く続けました。息子の病院で診てもらって、何か薬をくれと頼んだら、息子がこんな時にこそ漢方薬だと言ってハッと気がついて、その後、自分で研究して今の薬を作りました。あの時息子もさすがに父親に向精神薬を飲ませようとは思わなかったのでしょう。それ以後この処方で沢山の人を救っていると思います。あの時は辛かったけれど、今日のためにああした試練があったのだと今は感謝しています。若くて元気な頃はどんなことが重なっても体力で押し切って耐えられるのですが、丁度更年期に重なるあなたは体力がそれなりに低下していて負荷がかかりすぎたのです。たったそれだけのことです。決して病気ではなく、休めという信号だと考えてください。精一杯横着をして、家族に分担して貰ってください。昔人間みたいに病気にまでなって頑張る人など今はいませんよ。いくら○○(地名)だって同じことです。
 胸が苦しい 食欲がない フラフラする 人と会うのが恐い 朝の3時に目が覚めてそれからが苦しい等々お母さんが教えてくれました。恐らく気がついたらそれらが無くなっていた・・・そんな治り方をすると思います。電話でもいいですから症状の変化などを教えて下されば、あなたの望むがままの薬を作りますよ。


2012年12月24日(Mon)▲ページの先頭へ
初氷
 気象台の発表とは異なるかもしれないが、今日が僕にとっては初氷だ。朝中学校のテニスコートを周回している時に、数カ所、昨日の雨の名残の小さな水たまりに氷が張っているのを見つけた。何の習性か知らないが、そんなものを見つけたら必ず上に乗って氷の硬さを確かめてみる。さすがにまだ12月だから乗っても割れない強者ではなかった。少し体重をかけるとバリバリと音がしてヒビが入るが、氷の下に閉じこめられた水が移動して、それに伴って枯葉たちが万華鏡宜しく踊る。
ただ、こんな情緒を楽しむ余裕はない。凍り付いた朝以上に僕の心は凍っている。昨夜の夢はそんな僕の心を反映していたのかもしれない。いくら考えても直接的な引き金は思い浮かばないのだが、常日頃決して忘れ去ることが出来ない怒りと共に暮らしているから発火したのだろうか。
 何故か僕はガソリンスタンドの主だった。そこに山本太郎がやってきて、ガソリンを入れるのだが、原発問題で意気投合してお互い頑張ろうと言うことで別れた。僕は鍼の先生が名付けたように「動かずのヤマト」だから、お互い頑張ろうなどと言われると疲れてしまう。僕は自分の長年の経験で見つけた流儀でしか対処できないから、そんなに力にはなれないよなと思いながら目が覚めた。
 氷の下に見つけた情緒と、夢でもけだるい日常のギャップに苦笑しながら一日が始まった。


2012年12月23日(Sun)▲ページの先頭へ
春巻き
 今、かの国の女性二人が2階で春巻きを作っている。なんでも80人分作るというから、かなりの手間だと思うのだが、楽しそうに作っている。「お父さん手伝って」と手許を見ないままエビを小さく刻みながらひつこく言う。かの国の男性は料理を手伝うらしいから、何もしない僕が歯がゆいのだろう。もし僕が手伝えばそこら辺りが血の海になりそうだから遠慮しておく。それに僕もしなければならないことがあって、階下でギターをかき鳴らしている。もう1年くらいほとんど弾かなかったので、弦を押さえる指の豆が無くなっていて、弾いている間中痛い。なんとか明日までに豆を作ろうと1週間なるべくギターに触るようにしていたが、それが裏目に出て水泡が今にも破れそうだ。明日の夜は教会で何曲か伴奏をしなければならないのだが、これではほとんど行をする感じだ。
今日はかの国の女性4人を連れて教会に行ったのだが、3年前まではほとんどの席が埋まっていたのに今は半減状態だ。僕がお世話になり始めた頃とは雲泥の差だ。あの頃お世話になった方々や、いてくれるだけで日頃の緊張感を和らげてくれそうな方や、本当に救いがありますようにとその人のために祈らせて貰うような人達がいなくなった。熱心に通ってきていた人達は、今頃何処でどうして暮らしているのだろうとか、一度来て二度と来ない人や、短い期間だけ足を運んできていた人達はどの様な印象を持って去っていったのだろうとか、寧ろそこにいない人達のことばかりが頭に浮かんだ。
この僕でさえ若手と言えそうないびつな世代構成が、より良い社会を反映できるはずがない。何かを求めて足を踏み入れた場所だが、神への讃美の陰で人間への讃美が軽んぜられる雰囲気には戸惑う。広い御堂のなかで、数人のフィリピン人が伴奏なしで聖歌を歌う。その理不尽に荷担したくない唯一の理由を持って、いやそれでも喜びを持って歌うフィリピン人への讃美の証として明日の夜はギターでお手伝いする。


2012年12月22日(Sat)▲ページの先頭へ
聴衆
 僕より恐らく数歳若いだけなのに、恐ろしく幼稚な人間だと思った。ギガだとかテラだとか、そんな怪獣の名前は知らないし、そもそも興味はなかった。僕らの時代はそれこそキングコングとゴジラしかなかった。ほとんど同じ年代なのに、ひょっとしたらいい年こいて、ウルトラマンとかウルトラの父とかを子供と一緒に観ていたのではないかと想像した。そんな話に10分も付き合わされたらかなわない・・・と思っていたら、テラはギガの何倍とか言い出したから、怪獣の話ではないのだと思った。
僕より恐らく数歳若いだけなのに、恐ろしくメカに長けている。ギガとかテラだとか、僕が聞いたことがない単位が次から次へと口から出てきて、まるでカタカナ語で話しているみたいに聞こえる。ほとんど同じ世代なのに、十分時代について行っている・・・と言うより、ユーザーとして先頭を走っている。その手の話を始めると永遠に話せるのではないかと言うくらい話題豊富だが、あいにく僕が付いていけない。
 同じ時代を生きてこんなに興味に差が出るのかと思わせる人物だ。彼から言わせると超アナログの僕が不思議だろうし、僕から言わせれば、何故あんなに時代の先端を行くメカに強いのか不思議だ。人間に興味を持った僕と機械に興味を持った人の差だろうか。それとも安易に答えを求めれば、生まれつきなのだろうか。
 僕は自分でも認める好奇心無い人間だ。それでも何とかなったが、それではなんともならない予感もしだした。遅れをとることに慣れてきたのが自分でも薄気味悪い。一回りも二回りも年上の人達がポケットから携帯電話を取り出すところを目撃したりすると、最早打つ手がないようにも思う。居直りだけがやけに上手になったような気がするが、ギガとかベラとか流ちょうに並べる彼の前で、しっかり僕は聴衆になっていた。


2012年12月21日(Fri)▲ページの先頭へ
忍者
 「一緒にいて別に不愉快な想いはしません」と淡々と言ったから、そのせいではない。ただ多くの相談者はそうはいかない。ハッキリと教えてくれる人もあれば、ぼかしてしまう人もあるから、本当のところを見抜く力は必要だ。
 体調不良の原因は無数にあるのかもしれないが、それこそ一緒にいて不愉快な人と暮らしている人を治すのは難しい。常に緊張して怒りや哀しみと共に暮らしているのだから、自律神経のバランスは、攻撃傾向に傾いている。傾くと言うよりは、どっぷりと浸かっているかもしれない。およそ血流はバルブを閉められた状態で、末端までは届かないだろう。命を守ろうとして、内部に集まってしまう。それで健康であれと言う方が無理だ。
 そう言った対象を持たない人のお世話は簡単だ。現代人を治すのにほとんどが緩める方法をとるが、半端な薬では、その逆の人には到底勝てない。いわゆる歯がたたないのだ。漢方薬を勉強するときに、風邪とか寒邪とか暑邪とか湿邪とか、後何だったっけ、分かったような分からないようなものを病気の原因と習ったが、今ではほとんどが、暑さや寒さなどの環境因子ではなく、人間関係だと思う。強いて言うなら忍者だ。いや僕の造語では「人邪」だ。
 人生の第4コーナーに足を踏み入れて近頃感じるのは、何をそんなに力んで生きようとしているのって言うことだ。力んだ結果がこうなら、もっと脱力して、何となく大手を振って、悠々と生きてくればよかったってことだ。地球にとっては誰もが一瞬の塵だ。存在さえ消えてしまうのに何を力んできたのだろうと思う。未練も希望もなく、後にも戻れず先にも進めないなら、道端で大の字になって通りがかりの良き人を待てばいい。


2012年12月20日(Thu)▲ページの先頭へ
演出
 風貌もさることながら、言葉遣いや仕草に圧倒される上品さを備えている。とても牛窓なんかには似合わない女性だが、何故か牛窓を選んで住んでくれている。もっともご主人とお子さんも又彼女に負けないくらいのものを持っていて、良くは知らないが田園調布くらいが似合う家族ではないかと思っている。
背景にはほとんど興味を持たない僕だから、敢えて体調以外は何も聞かない。それでも体調を具体的に説明してくれる時に少しずつ背景を伺わせるものが見え隠れする。それをつなぎ合わせると、やはり東京でかなり知的な職業に就いている。新幹線での行き来が疲れるらしいから、僕の手助けできることも多い。
 その知性と自然薬を愛してくれる感性を信頼して、現在の東京の雰囲気を尋ねてみた。すると彼女は僕の質問の意図をすぐに理解してくれて「沢山の人がマスクをしていて、表情は暗いです。でも、放射能のことなど気にならないみたいです。日常の会話に全く出てきませんから」と教えてくれた。どうやらマスク姿は放射能を心配してではなく、インフルエンザ対策らしい。
インフルエンザなんか所詮一過性のもので、寝ていれば治ってしまう。ところが放射能は、吸い込んだが最後、半永久的に体の中にレントゲンの機械を飲み込んだようなものだ。見えない、臭わない、味わえない、つかめない、五感を駆使しても想像力でしか感じることが出来ないものなど恐くもないらしい。それが日々老化を早め人間を予定された以上に短命にしてしまうとしても。熱が出て体が痛かったりしんどかったりする現実の方が、何年もかけて忍び寄るものよりはるかに恐いらしい。
花の都大東京の知性とか理性などその程度のものだ。恐れるに足りない。いずれ想像を絶する悲劇がそんなに遠くない時期にくる。その時に、今と同じように表面だけ繕った幸せな光景を演出できるだろうか。


2012年12月19日(Wed)▲ページの先頭へ
壊滅状態
 申し訳ないけれど、その地名を地図上に想像することは出来なかった。ただ九州と言うことは分かったが、何処の県にあるのかは分からなかった。クリスマスカードを送ってくれた後輩は長崎の人間だから、九州から便りをくれるのは分かるが、クリスマスカードを送ってくれたこと自体は皆目理解できなかった。僕は年賀状を書かない主義だから、恐らく長い間、何らやりとりをしていない。それがクリスマスカードを送ってくるとは何の心境の変化なのだと恐ろしく?なった。何故なら彼がその様なことをするのはメチャクチャ似合わないのだ。もう、何十年も会っていないから、彼の顔は30歳前の青年のままなのだが、その時の顔つきからしてすでにクリスマスなどと言う顔ではなかった。ほとんど忠臣蔵か、晩年の平清盛みたいな顔、いや西郷隆盛だったかな、要は今風の表現で「濃い」顔をしていたように思う。太い眉毛をしていた人で、左右を段違いにするのが得意で、段違い平行棒などと言いながら喜んでいた。
 地球の裏側みたいな行動に出た彼の真意はと考えていたら、彼の奥さんがキリスト教を名乗る新興宗教に入っていたことを思い出した。となると奥さんが自分の判断でくれたものなのか、あるいは後輩が奥さんの薦めでその宗教に入ったかだろう。どちらにしても、その送り先のリストに僕が入っていたことは嬉しい。僕が数人の先輩のせいで留年したように、彼は僕のせいで留年した多くの後輩の内の一人だ。今の僕を決定づけるくらいの影響を受けた先輩達の遺伝子を後輩に残してしまったのかもしれないが、およそ陽の当たるような性質のものではなかった。
 主人の名前を挙げてカードには、○○は仕事にと書かれていた。そうだ、彼も又、大学を出て堅気になったのだろう。あの失われた5年間に、多くの愛すべき先輩と後輩に恵まれた。学業もモラルも経済もほとんど壊滅状態だったが、濃密な人間関係はその後の人生を保証してくれた。


2012年12月18日(Tue)▲ページの先頭へ
道連れ
 目を合わせるのが余り得意ではないシャイな青年が、微笑みを浮かべながら「仕事についたんで」と教えてくれた。その嬉しそうな表情こそが僕らの職業の人間にとっては真の報酬なのだ。その表情を出して貰うために、ない知恵を絞っている。達成感はかなりのもので、その達成感を途切れることなく得ることで、毎日の仕事に打ち込める。
多くの青年が仕事に溢れる他の国ほどでもないが、この国も知らぬ間にその背中を追っているような気がする。富が老人に集中し、若者は家庭も持てず、液晶画面に空しく向かっている。嘗て贅沢三昧した付けを若者に押しつけ、放射能で遺伝子を傷つけ、次には兵隊にとることで人生で一番解放される時を奪おうとしている。飼い犬宜しく、見えない鎖でつながれ、毎日ドッグフードを皿の上に盛られるのか。
いつでも逃げられるように若者はパスポートを用意しておくべきだ。自分を守ること以外に何を優先しよう。国が国民を守るなんてことがあり得ないことは原発で目の当たりにした。安全安全と言い続けて守ったのは国民の命ではなく東電だ。
 ただ仕事にありつけるだけで、あんなに嬉しそうな表情をする青年達の未来を奪う奴らの増殖を手助けした彼らの親や祖父母達の責任は大きい。我が子やわが孫の首を絞めていることに気がつかない。そんな人間の道連れだけはごめんだ。


2012年12月17日(Mon)▲ページの先頭へ
日本一
 やっとこれで日本一の漢方薬局になれた。いやなれたに違いない。いやなれたかもしれない。いやなれたんじゃないかと思う。いや、なれるに決まっている。いやなれるはずだ。 勿論、効く確率が日本一ではない。売り上げでもないし、客数でもない。スタッフの数でもないしサービスの質でもない。僕が日本一だと自負しているのは駐車場の広さだ。
 今日の午前10時をもって道路の対面にある空き地がヤマト薬局のものになった。113坪の広さの全てが駐車場になれば、1度に20数台駐車できる。これだけの広さの駐車場を備えた漢方薬局が日本中探してあるだろうか。「何、北海道ならありうる?」そうかさすが北海道、そんなこともあるから断定的な言い方は止めよう。ただし、これならどうだ。お客さんの数で広さを割った数字が日本一。これなら自信はある。閑古鳥と言う飛べない鳥を飼っている僕の薬局だから、一台頭で割った数字はダントツの広さを誇るのではないか。これなら相手が北海道でもアラスカでも負ける気がしない。
明日からの仕事が楽しみだ。でも壮観だろうな、想像してみただけでワクワクする。113坪の駐車場に、1台しか留まっていない光景を目撃したら。いや間違った。ワクワクではなく、クラクラだった。


2012年12月16日(Sun)▲ページの先頭へ
加工食品
 買い物カートに次から次に入れていき、山の様になったから、一体いくらするのかと心配になった。肉あり魚あり野菜あり、果てはインスタントラーメンまであるから、それなりに考えているのだろうが、食料品を買ったことなど無い僕には見当がつかなかった。「こんなに沢山買っていったいいくらくらいするの?」と驚きの声をあげた僕に、「1万円」とカートを引いていない方の女性が答えた。
何の根拠で1万円と即座に答えれたのか分からなかったが、不思議なことに本当にほとんど1万円だった。もう2年以上、同じスーパーで買い物をしているからおよその見当はつくものと理解した。僕は妻が食べ物をカートに山盛りにするような買い方をするのを見たことがないので、異様な光景に見えたのだが、彼女たちが僕に説明してくれたのは「二人の2週間分」と言うことだった。となると不思議ではないなと納得するが、それだと新たな不思議が誕生する。二人で2週間分というと、一人だと1日分が350円見当になる。昼も会社に弁当を持参しているから3食で350円とはかなり節約している金額ではないかと思う。まして時々我が家に手作りの食べ物を持ってきてくれたりするのだから、一体どの様な食生活をしているのかと思う。
 ところが彼女たちは至って健康なのだ。ほとんど病気をしない。吐いたときと倒れたときしか病院には行かないと昨年帰った通訳は言っていたが、それも頷ける。そして、今日僕は彼女達の買い物の様子を間近に見て気がついたのだ。彼女たちは出来上がったものをほとんど買わない。インスタントラーメン以外は全部素材だった。全部自分たちで料理するのだ。だからあの食料品代で健康な生活が、そして経済が保証されるのだ。いくら祖国の何倍も給料をもらえても、残せなかったら、そして国に持って帰れなければ何の意味もない。少ない給料の半分でも残せばきっと国に帰った時、かなりの蓄えになる筈だ。
 彼女たちを見習えば我が家でももっと節約できるに違いない。決して贅沢はしていないつもりでも、そもそも基本が違えば比べることも出来ない。手間暇を買う人と、素材を買う人とすでに土壌が違う。
 テレビでは恐らく戦前に戻るのかというような世の流れが映し出されているだろう。不愉快も極まるからもうその手のものは観ないことにした。あいつらには一切頼らず、期待せず生きていく。所詮加工品やインスタントの偽物の集まりだから。


2012年12月15日(Sat)▲ページの先頭へ
唐辛子
 食物も植物も苦手だから、正しく書けるかどうか分からないが、「まいった、まいった」体験をしたので披露する。
雑炊の傍にまるで漬け物のように少しの野菜が添えてあったので、先にその野菜の方に箸を伸ばした。昨夜かの国の女性が作って持ってきてくれた酢漬けのようなものだ。ネスカフェの空き瓶に入れて持ってきてくれていたから、結構沢山あったが、いつもの苦手意識で興味はなかった。昼食にその一部だろうものが小さな皿に載っていたが、少量だったので独特の香りもせずに、ごく自然に箸を伸ばしたのだ。ところが少しばかり咀嚼してその野菜を飲み込んだ後から、口内が、いや唇までもが火傷状態になったのだ。それこそ「ヒイヒイ、ハアハア」言って空気を送っても火傷状態は一向に収まらない。熱いのなんのでいたたまれずに、冷蔵庫の牛乳を口に含んだら少し痛みが治まった。しかし、牛乳を飲み込んでしまうと元の木阿弥で、痛みが復活する。何口も牛乳を含んでは飲み込んだが一向に収まらない。牛乳をそんなに沢山飲むわけにもいかないので、氷を含もうとしたら、製氷室は空っぽだった。ふとアイスクリームが残っているのを思い出して探すと、チョコレート最中があった。まるで雑炊とは不釣り合いだが、そんなことは言っておれないので氷がわりに少しずつ口に含みながら食べた。いつもなら美味しく食べるのだが、冷やすことが目的だから、味気なくひたすら義務的に口に運んだ。一つ食べ終わっても一向に収まらなかった。仕方なく過剰に摂取しても問題がなさそうだから水を含んだり飲むことにした。
 結局、昼のNHKドラマの純と愛の間中「ヒイヒイハアハア」言っていたことになる。
日本みたいに如何にも唐辛子ですよと言うように赤色なら僕も少しは警戒気味に食べるのだが、緑色だし、しかも切っていたので全く想像もしなかった。緑色の唐辛子があることすら知らなかったし、唐辛子を他の野菜とミックスしてサラダのように食べることも想像できなかったので、無防備に食べてしまったが、よく考えてみればかの国の女性はと唐辛子が好きで、薬局の横のプランタに生えていた唐辛子をちぎっては美味しい美味しいと言いながら口に持っていっていた。辛みに対して感受性が弱いのかどうか知らないが、見ているだけでぞっとしそうな光景だった。
いつまでも口の中の火事が収まらないので、一瞬なんでこんな目にあわなければならないのと恨めしく思ったが、誰も非難することは出来ない。善意の結果がこの始末だが、何の落ち度も悪意もない。単なるお国柄の違いだけだ。まさかかの国の人達は口の中を鍛えているのではないだろうな。僕はいへらず口は鍛えてきたが、中まで鍛えるのは忘れていた。


2012年12月14日(Fri)▲ページの先頭へ
野心
 漢方薬を飲んでいるウツウツの方の奥さんが「ヤマト薬局のいいところは、余分なことを尋ねないところ」とご主人が言っていたと教えてくれた。それがいいところかどうか分からないが勿論意識などしていない。その方がどう言った背景を持っているかなどほとんど興味がないのだ。ただ薬が効いてくれればいい。その一点で責任を果たしたいといつも思っている。
 昨日来た女性は歌手だと言うことは分かっている。歌手でも色々あるだろうが、その色々のどれかは分からない。ただ一つだけ言えるのは今をときめく流行歌手ではないことだ。もしそうなら毎日のようにテレビでお目にかかるだろうが、それはない。となると・・・と考えてもその道のことはさっぱり分からない。そしてやはりそこから先は興味がない。
 その方は、あるトラブルで歌えなくなったのが、時間はかかったがほとんど復活してもらえた。再び歌えることを唯一の目標として漢方薬を飲んで頂いていたのだが、女性にとっては有り難い副産物があったと昨日教えてくれた。体力(免疫)を付ける煎じ薬をずっと飲んで頂いていたのだが、不調に陥る前よりも声が若くなったと仲間から言われるそうだ。そしてこれは本人の自覚らしいが肌も綺麗になり、髪の毛も太くなったのだそうだ。これらのことは本人ではないから教えて貰わないと分からない。その人の背景などは興味ないが、こうした服用中の体調変化にはとても興味がある。そして日々の人体実験?から大いなるヒントを貰うことになる。
職業に関わることだからとても熱心に服用して頂いて、曲がりなりにも再び満足に近い辺りで歌えるようになった。こんな田舎の薬局が役に立つことが不思議かもしれないが、こと漢方薬に関してはもうハンディーはないように思う。寧ろ、自分の土地、自分の建物、安い生活費などを考えると、圧倒的に田舎の立地の方が有利のように思う。本当は一番にあげたかったのは「経済的にも、人間的にも野心がないこと」なのだが。


2012年12月13日(Thu)▲ページの先頭へ
真骨頂
 なるほど、こういうことを嘆いていたのか。初めて経験した。
都市部の勉強会に出席すると、ある不思議な悩みを聞くことが多かった。勿論、聞いてみるとこの国の仕組みからそれもありかと納得は出来るのだが、実際その様な行動を見識ある、いや経済的にも圧倒的に恵まれている職業の人がとらないだろうと勝手に想像していた。
変骨と言っても右に出る人はいないようなある男性が、今日教えてくれた。その人が数年来困っていたあるトラブルを数ヶ月前漢方薬で解決してあげた。以来時々思い出したようにその漢方薬を取りに来るが、こぼれ話として教えてくれた。
 彼は市外のある病院に成人病の薬を定期的にもらいにいっているが、医師にあるトラブルがこの漢方薬で治ったと僕が出している漢方薬を見せたらしい。するとその医師は、病院にもあるから処方せんを切ってあげようと言ったそうだ。
 都会の勉強会で薬局が多く口に出す悩みはまさにこのことなのだ。折角治してあげても、医師が保険を餌に手柄を横取りするそうなのだ。いや効果が約束されるところまでは薬局だったのだから、手柄ではなく経済を横取りされていると言うことになる。これは面白くもないし、結構経済的に響いて、深刻そうに口々に訴える。僕はそんな経験は一度もなかったので、都会ってドライだなあと、それこそドライに傍観者でいた。ところが今日その男性から同じような内容の話を聞いて、ついに田舎にまで乾燥した関係が入り込んだかと残念に思った。ただ救いは、その変骨の真骨頂として「治してくれたのはヤマト薬局だから、薬はあそこでお金を出して買う」と言ってくれたらしい。
 ああ、あの変人がなんて湿っぽいことを言ってくれるんだと嬉しかったが、こんなことで仕事のモチベーションを削がれたらもったいない。こういったことを昔の人はなんて言ったっけ。鳶に何かをさらわれると言ったような気がするのだが。はんぺんだたっけ、いや、ハムを、いやかまぼこを、いやちくわかな。


2012年12月12日(Wed)▲ページの先頭へ
セカンドオピニオン
 いつかはしなければと思っていたが、最近とみに漢方薬の商業的な使われ方が目立ってきたので、ついに決心した。本当はこれ以上パソコンに向かう時間を増やしたくないのだが、余りにも無知か、悪意か分からないような例を沢山耳にするようになって、今日から始めることにした。今日だって、風邪をひいて5日も経っているのに、そして症状は咳だけなのに、まだ葛根湯を勧められて飲んでいる人が来た。葛根湯が適応する症状は本当の初期の初期だから、初日くらいのものだろう。それを消費させるために風邪薬と称して、わざわざ瓶に入れて飲ませる。高額になるし、環境にもよくない。
 生薬資源が無駄に使われていると想像できる事例は次から次に耳にする。それが少なくとも僕の知識より劣る使われ方をしていたら、軌道修正してもらって生薬を有効に使って欲しいと思う。この考えは恐らく長い間、ひっそりと漢方薬で多くの人をお世話してきた昔ながらの薬局共通の想いだと思う。
漢方問屋の専務さんが、僕のホームページにセカンドオピニオンと言うコーナーを作ってくれた。

漢方薬治療のセカンドオピニオンコーナー
日常の業務の中で一体どのくらいの時間を割いてよい返事が書けるか分かりませんが、最近急激に進行している生漢原料の枯渇、そのせいで高騰する漢方薬市場の現状を目の当たりにするにつけて、将来も漢方薬がごく普通の庶民にも利用できるものであり続けることが出来るのか僕の中で不安が増大しています。病院やドラッグストアで手に入れた漢方薬が一体正しくて、以後も飲み続けるべきか、あるいは的がはずれているものを服用してしまっているのか、判断のお手伝いをして、効果があるもの、期待できるものだけを服用して、出来るだけ大切な資源を後の人にまで残すことに多少の貢献が出来たらと思います。薬局を開いて35年、漢方薬を勉強して25年、病院の処方箋を調剤し始めて10数年。その間に恐らく延べ30万人くらいの方と接することが出来ました。そのおかげでたいていのことは分かってしまうのです。もう少し勇気を持って治療を継続したほうがいい人、早く他の方法を探したらいい人、手に取るように分かります。
 一言で言うなら、自然の限りある恵を頂くなら効果がなければ申し訳ないと言うことです。僕らの世代で「食い尽くす」なんて許されません。後の世の人も又同じように自然生薬の恩恵を受ける権利があるのです。資本家や製薬企業の貪欲の手先にはなりたくないのです。


2012年12月11日(Tue)▲ページの先頭へ
無駄
 昨日の夜、散歩に出ていたら急に呼び戻された。ある女性が朝から吐いているらしい。お子さんの胃腸風邪が移ったらしいのだ。これからご主人が漢方薬を取りに行くから作っておいてとのことだった。なんでも関西に信頼している医師がいて、その医師が胃腸風邪の処方を教えてくれたらしい。出来ればその薬が欲しいとのことだった。ツムラの漢方薬で、一つは吐いているその女性に飲ませ、もう一つは家族感染を防ぐためにまだひいていない家族に飲ませなさいと言うことだった。
 電話の後10分位してご主人がやってきた。何故かご主人が「関西の先生があの薬を飲めば4日くらいで治るとおっしゃっていたんですが、大和さんならどう思われますか?」と尋ねた。僕はどう考えてもその処方では、それこそ4日くらいかかってしまうのではないかと思った。余程信頼しているのは分かるが、こと漢方薬に関してだから正直に言わせてもらった。「僕がお世話するならその薬は使わないよ。まして4日くらいで治ると言われているけれど、4日で治ればいいんだったら、何もしなくても4日もあれば自然治癒するよ。奥さんは早く治らなければならないんでしょう?」と。ご主人の説明によると今大切なことに奥さんが取りかかっていて、それこそ休めないのだそうだ。だから敢えて僕の意見を聞いたのだと思う。
 結局僕の考えた漢方薬を飲んでもらった。そして今日の昼前電話がかかってきて、ほとんどよくなったとお礼を言われた。3回飲んだだけらしい。胃腸風邪は漢方薬がよく効くが、僕は巷で言われている有名な処方が劇的に効くとは到底思えない。まして、すでに家の中に入っているウイルスに対して、これから漢方薬を飲んで免疫をつけるなんてことが出来るはずがない。ことこの処方に関してだけ若干僕が優れていたのかもしれないが、ひょっとしたら大いなる無駄が税金を食いつぶしているのかもしれない。


2012年12月10日(Mon)▲ページの先頭へ
星座
 第九の前座だったのだが、僕は初めてミュージカルというものを実際に観た。テレビでやっていてもすぐにチャンネルを変えるのが落ちだったが、舞台の上で繰り広げられる歌や踊りに興味をそそられた。それこそ歌と踊りで、何の解説もなしに、表現を完成させるのだから、大した芸術なんだと少しだけ理解できた。
 それにしても、人生で触れられるものなんて本当に少ないものだとつくづく思った。何十年かかって初めてミュージカルというものに触れられたことを思うと、人生で一体いくつのものに触れることが出来るのだろうと、余りにも自身の行動力のなさ、好奇心のなさに愕然とした。一つのものに専念することで多くのものを見渡せるほど高みに登ったのならいざ知らず、小高い丘から周りを見回しても見えるものはほとんど自分より高い山ばかりだ。あまりの標高差に多くのものを諦めてしまう。結局は何も知らない、偏狭な人生を歩むことになる。活字や映像で知っているつもりの平べったい対象から、なんら感動を導き出せないまま、知っているつもりの無知のまま終えるような気がした。
今外に出てみると東の空にオリオン座がメチャクチャ綺麗に見えた。片手で余るほどしか星座を知らないが、これも又のっぺらぼうの代表だ。


2012年12月09日(Sun)▲ページの先頭へ
第九
 当然大好きな第九だから、感動に浸りながら、なおかつ終わらないでくれと願いながら聴いていたのだが、途中からなんだか悔しくなってきた。良くは知らないが、ベートーベンがフランス革命に身を捧げる人達にエールを送って?作った曲だとしたら、今の日本でこそ唄われ、人々が勇気づけられ立ち上がるべきだと思ったのだ。
それなのに、まさに一緒に行ったかの国の若い女性が言うように聴き手は「おじいさんとおばあさんばかり」だった。全体を見渡せばなるほどその指摘は正しくて、時に若い人を見かけるというのが実情だった。もうほとんどすんだ人達がいくら煽られても力はない。まして老後をなんとかつつがなく暮らすことが出来ればそれでいいのだから、これからの若い人の苦難を想像したり、それを回避することに何ら思いも至らないし、まして手助けなんかもってのほかだ。
僕は合唱のボルテージが上がるに連れて、東に住む人達の無念を思った。何もかも奪われ、反撃するチャンスさえ見いだせない人達の吹き飛んだ自尊心を思った。何ら有効な武器を持たず、何ら有効な言葉を持たず、何ら有効な結合が果たせず、まるで何十年前と同じ、一部の年寄りが得る利益のために何百万人の若者が死んだ構図とまるで同じことを繰り返している。
 巷ではマイクを持ってぬけぬけと、自分の臆病を隠すために勇ましい言葉が連呼されている。弱い犬ほどよく吠える。一歩退いてみれば透けて見える悪意が空を覆っている。僕らは精神の奴隷ではない。


2012年12月08日(Sat)▲ページの先頭へ
千春殿
 それは不思議な光景だった。日暮れ前だからまだ結構明るくて、目の錯覚ではない。もう太陽は西の空に沈みかけていたから空を見上げてまぶしくもなかった。だから僕はハッキリと見たのだ。
鳴き声が近くでするから僕は空を見上げた。すると3羽の鳥が戯れるように僕の頭上を旋回している。まるで僕の歩みと共に飛んでいるように思えた。よく見てみるとその鳥たちは、あたかも骨格だけがあって透明な魚のように、透明なのだ。だから羽を通して空が見える。何故か僕は驚かなかった。珍しいと思ったが、あり得ないことはないと、何故か目の前で起こっていることに寛容だったのだ。
 家に帰ってしばらくすると、武井咲と言う女優が二人の男性スタッフと一緒にやってきた。何の用事があるのか僕には分からなかったが、とにかく家の中に通すことにした。何の話をしたのか忘れたが、一つだけ覚えていることがある。僕は話ながら心の中で目の前の女優を快く思わなかったのだ。何かが引っかかり女優だからと言ってその引っかかるものを捨てようとは思わなかったのだ。だから僕にとっては感激のないどうでもいい時間を過ごしたことになった。朝から晩までやたらコーマーシャルに出てくるから、煩わしかったのかもしれないし、吉永小百合のデビュー当時に似ていると言われたから快く思わなかったのかもしれない。
そうしているうちに目が覚めた。覚めてみて、それが夢だったことを恨めしく思わなかった。現実の僕の心を正直に投影している夢だったから。これが咲様(綾瀬はるか)だったら話は違う。夢から覚めたくなくて睡眠薬を飲みまくっていたかもしれない。そうなれば薬剤師もへったくれもない。睡眠薬飲んで追っかけじゃあ。いや最近の僕はここでは終わらない。咲様ではなく千春殿かもしれない。(NHK薄桜記)


2012年12月07日(Fri)▲ページの先頭へ
癒し犬
 娘が思わずガッツポーズをした。動物病院の診察を終えた妻からの電話を受けた後だ。つい最近紹介した、高額な菌糸体を飲ますように発案して、毎日しこしことまるで美味しいお菓子のようにモコに与え続けていたのが功を奏しているのが今日分かったのだ。レントゲン写真を食い入るように眺めていた獣医が「おかしい」を連発したらしい。1ヶ月前に撮ったレントゲン写真と比べながら、肺にあった癌が2箇所完全に消えていたそうだ。もうそれで全て無くなったのか、2つだけ無くなったのか詳しくは聞いていないが、家族中が喜んだ。そもそも今数人の人にその菌糸体と漢方薬を服用してもらっているが、みんな結構元気なのだ。診察日に他の癌患者と会うらしいが断然自分が元気だと本人達も認めている。体力を付け、免疫力を増すから当然と言えば当然だが、病院の治療が副作用を感じられないくらい容易に受けられるのも大きなメリットなのだろう。結構沢山の方に喜んで頂いているから、この種のものも大きく訴えればいいのかもしれないが、どうもそれは気がひける。本来的には病院の専門分野だし、そもそも帰結が不幸になる確率が高いから、そこまで引き受ける勇気も体力もない。どうしてもと頼まれれば全知識を動員してお世話させて貰うが、積極的に訴える種類のものではない。
 ところでモコが今日病院に行ったのはその為ではない。妻がどうも好きだった歯磨きをいやがるので、口の中に何かが刺さっていると疑ったのだ。奥の方だが、触ると何か固いものに当たると言っていた。よく犬の口の奥の方に手を入れることが出来るなと感心するが、犬と話せる妻には簡単なことなのだろう。獣医も最初は何もないと診断したらしいが、妻が奥の方にあることを教えてあげると見つけて抜いてくれた。出てきたのはなんと大きな魚の骨だった。魚など餌としてやったことはないので、ごみ箱を漁ったに違いない。モコはミニチュアダックスでとても愛らしくて、癒し犬だと思っていたが、実は「いやしい」犬だった。


2012年12月06日(Thu)▲ページの先頭へ
予想外
 これは予想外だった。こうなると人ごとではない。
ある漢方薬メーカーの社員が一月前教えてくれた廃業予定の薬局が、実は僕がお世話している漢方の勉強会に数年間通ってきていた薬剤師が経営する薬局だと言うことを、今日、他の漢方問屋の社員が教えてくれた。若くて熱心な薬剤師だという推薦で勉強会のメンバーに迎えたのだが、その推薦どおりで、又謙虚な性格だったので、少なくとも勉強会仲間の評価は良好だったと思う。先生の講演内容を一言も漏らすまいと必ず一番前の席に陣取り毎回ビデオテープに撮っていたのが印象的だった。一人遠くから(5時間くらいかけてきていた)来ていたから、それが負担だったのか数年で退会したが、その後も半分くらいの距離の勉強会に参加して熱心に勉強していたらしい。半分でも2時間以上かかるのだが、彼の住む地方には、県庁所在地ではあるのだが、彼の研究心を満たす勉強会はないと言っていた。
 10年くらい漢方専門薬局をやっていたらしいが、聞くところによると彼は結構アカデミックな人で、理論で固めなければ満足できないいわゆるくそまじめタイプだったみたいだ。その対極にある僕は結構そんな彼を評価していたのだが、彼にしてみればなんとも頼りなかったかもしれない。僕が事務方でお世話している勉強会の先生も、決して理論ぶったりしない先生だから、誰かに陰とか陽とか実とか陰とかそれらしい用語を連発されれば、そちらに引き込まれる素養を持っていたのかもしれない。効かせることにおいて誰も僕の先生の右に出る人はいないと自信を持って言えるが、なんとも立派に見えないところが、その手の人達には物足りないのかもしれない。僕らはそこにこそ最高の親近感を抱いているのだけれど。
 あれだけ好きだった漢方薬局を止めて人生のモチベーションをどの様に保ってこれから生活していくのか分からないが、自称カリスマ達の繁栄の陰で又一人職人薬剤師が消える。


2012年12月05日(Wed)▲ページの先頭へ
格差
 おおなんて言う贅沢犬なんだろう。決してそのようには育ててはいないのだけれど、10倍の格差があるとは。
僕は気がつかなかったが、妻と娘はモコのお腹に沢山のしこりがあることに気がついていた。獣医に診てもらったら癌のようだと言う。手術をするかどうかはこちらの選択に任されたらしいから、娘は自分で治してやろうと思ったのだろう、その日以来、癌の患者さんに使うある漢方薬を飲ませている。いや食べさせている。美味しいのか喜んでかけらを食べるらしいのだ。その甲斐あって、しこりが少し小さくなったと娘も妻も評価している。そこでさすがに娘も考えたらしくて、同じ薬草でもっと安いのはないかと僕に尋ねた。問屋に照会すると、なんと値段が10分の1のものがあった。耳を疑ったがさすがに犬に飲ませるものだからそれでもいいだろうと思い、早速取り寄せた。
 それで全て解決と思っていたら昨日娘が、モコがその菌糸体を食べると口の回りを痒そうに舐めるばかりするというのだ。その上以前のように飛びつくようにして食べないのだそうだ。人間の量で言うと1日分が1000円する薬草だが、それが100円ですめばほとんどの癌患者さんに使えると内心喜んでいたのだが、やはり値段が10分の1には何か訳があるのだろう。そもそもそんな値段のものが存在するなどとは考えたこともないから、モコのことがなければ目にすることもなかったものだが、しかし確かに流通しているのだ。ピンからキリまでと言えばそれまでだが、犬が嫌うと言うことは何か不自然なものが含まれているのではないかと勘ぐりたくなる。
 早速今日から又高級なやつに戻したらしいが、その菌糸体を漢方薬と一緒に飲みたくても経済的に飲めない癌の方が多い中で、我が家のモコは、たとえ人間との体重比で10分の1の量しか飲んでいないにしても、薬局に貰われてきて幸せなやつだ。もっとも前に飼っていたのが医者だから、不幸になったのかもしれないが。


2012年12月04日(Tue)▲ページの先頭へ
合掌
 「中央自動車道の笹子トンネルで起きた天井崩落事故で、警察は業務上過失致死傷の疑いで道路を管理する名古屋市の中日本高速道路本社など関係先に家宅捜索に入りました。」
なんだこのニュースはと思う。何かしっくりと来ない。この素早い警察の動き方はなんなんだ。誰もが期待している公正な捜査が、ただ一つのことに関しては全く行われない。巨悪は何もしても罪にも問われない、司法も行政もマスコミも巻き込めば何も恐れるにたりないことを去年の原発の事故は示した。何十万人の健康と土地と仕事と日常を奪ったのは、罪にも問われないほどトンネルの落下に比べて些細なことなのだろうか。
 最後の拠り所が、こんなに不公平なら、何も信じることは出来ない。何の意図の元に警察も検察も動いているのだろうと、心ある国民は疑念を持つだろう。誰のために国家という権力が使われるのだろう。なけなしの税金を払って、僕ら庶民はまるで奴隷のように家畜のように生かされているだけなのか。
若者の生き血を吸うが如しの老人達が又ぞろおおきな口を叩く。若者達に未来を語らせることが出来るのか。放射能に汚れた食物を望まなくても体内に入れ、どんな未来を選択しろと言うのだ。未来を潰しておいてどうしろと言うのだ。立ち上がったこともない若者達の、遠吠えも聞こえない若者達の抜け殻のような人生に合掌。


2012年12月03日(Mon)▲ページの先頭へ
人脈
 意外や意外。専門家に母の家を診てもらったら「屋根さえ直せば大丈夫ですよ」と言われた。一瞬耳を疑って聞き直したがやはり大丈夫と繰り返されただけだ。
母が半年前まで住んでいた家は、いったいいつ建てられたのだろう。昭和か大正か明治か、さすがに江戸ではないと思うのだが、かなり古い。僕の祖父から住んでいることは確かだから、それも明治の人だから・・・分からない。
 放射能から逃げてきた東日本の方に住んでもらえたらと思いいざ提案してみたのだが、地震で壊れたりしたら仇になって何をしているのか分からないから、専門家の人に診てもらった。それも今日偶然僕の家のことで訪ねてきた人に診てもらった。話をいったん意識的に脱線させると、この一年僕は心地よい人間関係を作れている。例えば友人とかという類ではなく、仕事の、それも他分野の仕事のプロだ。僕が知り合うと言うくらいだからその道で名をなしているような人ではない。肩書きも見せて貰うほどのものでもないし、向こうもそもそも見せない。10年くらい前から妙に気が合う井戸掘り屋さんとの縁で彼が紹介してくれた内装屋さんの腕と良心に幾度もなく助けられているのだ。若いのにもったいない精神が旺盛で、無駄な出費を全くさせない。多くのお金をかけて不満が噴出するのがその手の商売とまかり通っているところもあるのに、彼の場合はその逆だ。倹約を勧められ、でも結果には満足できる。ふと彼が今日連れてきた人が偶然にも大工さん?屋根屋さん?これ又名刺ももらっていないから肩書きを知らない。でもその道のプロらしく、内装屋の彼がすぐに現場を見ますと言って、3人で母の家を見に行った。ここで脱線終わり。良心的なプロは存在し、その水準で人脈が完成していることもあり得るってことを言いたかっただけだ。
大工さんは、家をさっと診ただけで、しっかりしていると言った。にわかには信じられない僕が何故という顔をしていたのだろう、具体的に部屋を回りながら説明してくれた。昔の誰の意図か、結構柱が効果的に使われていて地震にもかなり耐えられそうだと言う。もっとも屋根は「本瓦」と言うものらしく重いから、吹き替えないと駄目らしいが、彼も又スレートかなんとか、安いものを紹介してくれた。家を本来は倒すつもりだった僕の意図を十分くんでくれてのことだ。
 この際もう一度話を脱線させてみようか。この1ヶ月の間全くの偶然だろうが、僕に漢方の相談に来た人の中で数人(地元の人ではない。地元の人はそんな経済の余裕はないから)、以前とんでもない高額なものを飲まされていた人がいる。敢えて「もの」と言ったのは、漢方薬でもない、勿論現代薬でもない、僕に言わせればものでしかないのだ。販売した薬局に悪意があるとは思いたくないが、ほとんど信仰に近いものがなければ販売できないような代物だ。熱心さのあまり薬局自身が催眠療法にかかりそれを患者さんに推奨しているのではないかと思わせるようなものだ。「とても親切」らしいから、とても親切らしくない僕が何か言うと嫉妬のように聞こえるかもしれないが、そんな「もの」を何かのおかげのように販売できる能力を、本当の勉強に割いたらどうかと思う。僕は皆さんに説明する時必ず守っていることがある。それは相手が医者でも同じことを言えるってことだ。素人を煙に巻いて何かを販売するようなことは決してしない。必要なものだけ出すって簡単な鉄則だ。これは田舎で末永くどんな仕事でも続けるためには最低限必要なことなのだ。田舎の純情に甘えて悪意で生活の糧は稼ぎたくない。
善良そうな職人達の連鎖に、我が業界のことを思い羨ましいと思った。


2012年12月02日(Sun)▲ページの先頭へ
限界
 妻がぼそっと、「うちにくれば良かったのに」と言ったが、さすがに僕は即座にそれはうち消した。レベルが違う。お子さんの苦悩の質と、その家の良質さが。僕がお世話できるのは超庶民のウツウツとした生きにくさくらいまでだ。本当に死を考え、今にも実行しそうな人を薬局ごときが救えるはずがない。
朝のテレビだったと思う。ゆっくりと放す語り口で何となく引き込まれていくかの有名な東京大学の先生、ほとんどそれは僕などからすると知性のかたまりのように見えるのだが、そのお子さんが若くして命を絶ったらしい。何年も苦しんでいたらしいが、あの地位で、あの知性でも防ぐことが出来なかったのかと悔やまれる。ただ僕の経験だと、それこそが彼にとっては重荷だった可能性もある。普通の人間には分からないが、親とか家とか親類とかの名声が、それも上質であればあるほど重荷になってのしかかることはあり得る。僕ら庶民みたいに、たわいもないことを考え、たわいもないことをし、たわいもないほとんど無駄と言っていいような時間を過ごすことが出来れば自死は防げていたかもしれない。そう言った意味では僕の家などそのたわいもないことのるつぼだから、妻が言うように見せてあげれば良かったのだろうかと思ったりする。
 凡人が心に響く言葉など投げかけることは出来ない。ただ、言葉にならない気持ちを投げかけることは出来る。不器用でもあるがままに接することで、言葉以上の投げかけは出来る。作為のない風景の中に招くことは出来る。余力を残しながらの精一杯。これが僕の限界だ。


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■住所■
〒701-4302
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