栄町ヤマト薬局 - 2011/11

漢方薬局の日常の出来事




2011年11月30日(Wed)▲ページの先頭へ
連帯感
 以下のようなメールを頂き、以下のようなメールを返す。煎じ薬を僕が組み立てて、以下のような方がご自分の家で煎じてくれる。ほとんど共同作業のような感じがして紹介させてもらった。こんな連帯感もあるんだ。

> だんだん寒くなってきましたが、先生やご家族の皆様はお元気でお過ごしでしょうか。
> 先日も、土瓶の問い合わせでお世話になりました。良い情報を頂き、余計な買い物もしなくて済み、本当にありがとうございました。安心して相談できます。 昨冬頃に、お腹がぴたっと止まったような感覚のする処方に変えて頂いてから、かなりお腹が落ち着き、肛門の痙攣みたいな暴れた動きもおさまってきて、最近は、知らないうちに、いわゆる健康的な元気なおならっていう感じにじわじわと変わってきたなあという実感があります。先日煎じ薬をうっかり干上がらせかけてしまい、さらに水を足してひと煮立ちさせたものを飲んだところ、薄くて効きが弱くて、大勢人が集まる部屋で椅子に座って1、2分後に、あ!効いてないというお腹具合で焦るという事がありました。でも1,2分は大丈夫だった訳で、結構自信になりました。長年の苦悩やら記憶やらで、思考パターンまで変革させるのがなかなか大変に思えて、一番後ろ以外の席に座るのはまだまだ恐ろしいので無理なのですが、後ろでも隅ではない席には、何とか座れるようになってきました◎あと、バスなど短時間なら一番前も挑戦して、結構大丈夫でした。多分。つい自分を甘やかしてごまかしがちなのですが、今度は多分本当にです。
> 若い時には自分に言い訳して、香害さんになってみんなに迷惑になってしまっても、病気だからとか、真面目にやってるのだから許されると、勝手な言い訳ばかり考えてあきらめていましたが、やっぱりお互いに気分よく過ごせるのが一番ですよね。煎じ薬でめきめきと快方に向かい、信じられるものが見つかり、気分が楽になって自信も持てるようになってきて、本当にありがたいです。
> 眠っている間の息苦しさも、今までの歯がゆさやら、ストレスで、激発的な怒りがたまっているみたいで、いまだに夢の中で怒りながら息苦しい時もあります。もっと早く対処できていれば良かったのでしょうけれど、お薬が効いていてもまだ長年の蓄積でしばらくお世話になるかと思います。
> 長年色々な所で何度も裏切られ続けてあきらめていた“傷心”者に、本腰を入れて飲みたいと思えて信じられる、素晴らしい処方を提供してくださって、出口のなかったトンネルに希望の光を与えてくださって本当にありがとうございます。

○○さんへ
 香害・・・ 5,6回、読み返してやっとこの熟語の読み方と意味が分かりました。正式に流通している言葉なのか、貴女の造語なのか知りませんが、美しい言葉とその逆の組み合わせですね。まるで世間そのものみたいではないですか。多くの好ましい出来事と多くの望まれない出来事との相殺で危うく成り立っている現代社会のように思います。少しずつ、貴女の心と身体が解放されていることが分かります。心も身体も同時に力まなくなれば完治です。
 ゆっくりとした時間を刻む時代に生活できればこんな理不尽なことで悩んだりしなかったのでしょうが、世は新幹線でも置いてけぼりを食いそうなスピードで走り続けています。
鈍行の時刻表で育った人達に、旅の想い出がトンネルから吹き出す衝撃波だけでは困ります。車窓の移りゆく景色を楽しむ間もなく結果という終点に急かされる人の群れが孤立した改札口に消えていきます。貴女自身のスピードと価値観で、ご自分の生活を楽しんで頂けるお手伝いが出来れば幸いです。
ヤマト薬局


2011年11月29日(Tue)▲ページの先頭へ
朗報
 今日のブログの下書きは出来ていたのだが、夕方朗報が飛び込んできたので急遽変更する。織田裕二の目薬の宣伝ではないが「来たー」って感じ。毎年この時期になると幸せのおすそ分けをして貰えるのだが、恐らく本当に欠かすことなく漢方薬を飲んでくれた青年が、不快症状にうち負かされることなく夢を実現してくれた。僕は若者が、体調不良で夢をあきらめたり、希望を捨てることがないように、少しでも貢献できたらいいなと日々思っている。それが自身のあの頃を肯定できる唯一の方法でもあるのだ。

ヤマト様
お世話になっております。お陰様で、○○は第一志望の東北大学に合格しました。ご支援ありがとうございます。お薬なしで生活できるようになるまでお世話になります。まずはご報告まで。

○○様
 おめでとうございます。凄いではないですか。丁度このメールを開けたとき、神戸の方から漢方薬を取りに来てくれていた家族連れと一緒に喜びました。こうした実例は皆さんにとってとても勇気なのです。幼いお嬢ちゃんに神戸大学目指して頑張ろうって、エールを送りました。もっともお母さんが、「近くて遠いところ」って、関西の人らしくギャグですぐに切り返してきましたが。
 大学に入れば、いや明日からでもお腹のことは気にならなくなるかもしれません。漢方薬とも自然に縁が切れますよ。お母さんも遠くのこんな田舎の薬局を良く信じてお付き合いしてくださいました。合格は息子さんとお母さん、お二人の業績だと思います。息子さんは貴女がお母さんで幸せでした。同じ過敏性腸症候群のお子さんを沢山世話してそう確信します。きっと真面目で頑張りやさんの青年でしょうから、春までに少し変化球の練習もしたらいいかもしれませんね。もっとも僕みたいに直球を忘れてしまったらいけませんが。
 天災に似た人災で日々の苦労は想像以上だと思いますが、逆境の野に咲く花はどんな色彩をこれから放つのでしょうね。
ヤマト薬局


2011年11月28日(Mon)▲ページの先頭へ
解決
「ありがとう。大和さんのメールに笑ったし、スカッとしたし・・・」
巨大な赤い字で「ありがとう」と書いてくれたから、少しは僕の返事が役に立てたのかもしれない。

○○さんへ
 漢方を勉強している人間にとって、夫婦はお互い敵で相手を食い殺す関係だと学びます。
多くの夫婦を見てきましたが、それはかなり言い当てていると思います。僕自身も、患者さん夫婦もその様に理解しています。だからこそ見えるものや解決できるものが多いのです。もし仮に僕が、理想の夫婦像をもっていて、それを患者さんに強いたら、今まで誰も救えなかったと思います。僕はご主人にお会いしたことがありませんが、貴女がその様に悩んでいたことは知りませんでした。ただ貴女が憂うつの中にいることはずっと気がついていました。僕は貴女のような方が相談に来たら旦那を絞め殺してしまえと助言します。教会でこのフレーズを削除されたことがあります。思えばその時から僕の文章を要注意としていた思い上がった人物がいたのでしょう。
 危機を脱したらしいですが、危機なんて夫婦だったらいつだって容易に入り込んできますよ。理想を高くして苦しみを増幅させないのが庶民の対処方法です。キリスト教的な解決方法を僕は知りませんし、そうしようとも思いません。解決方法まで崇高だったら解決方法になりませんから。僕は泥臭い解決方法を職業柄提案しなければならないのです。
時にはヤクザな生き方もいいかも。
ヤマト薬局


2011年11月27日(Sun)▲ページの先頭へ
寄り切り
 それはないだろう。天下の○○○の生薬の現地生産現場にもっとも詳しいと言う方の講演が、薬剤師会の後援であると言うから聴きに行ったのだが、全くの肩すかしだった。案内には、産地の写真や原型生薬を沢山揃えた講演の他、中国に於ける生薬価格の高騰や、国内生薬の放射能の問題にも触れて頂くとあった。ところが洒落ではないが、放射能については本当に触れるだけで、数秒ですんでしまった。あくび一つの時間で放射能に関しての話が終わってしまったのだ。
 ほとんどの聴衆を占める若い薬剤師が、それも女性の方が圧倒的に多かったように見えたが、こんなに無関心でいて良いのだろうかと思った。薬剤師という肩書きがなくても出産という大偉業を無事成し遂げなければならない人達が、放射能の内部被爆によって遺伝子がメチャクチャに破壊されることを意識しないのが不思議だ。ましてそれが薬剤師なら患者の身に同じことが起こらないようにそれこそ指導しなければならないのではないか。以前にも書いたが、それは薬剤師にとって報酬が伴わなければ無駄な行為なのだろうか。薬剤師100年の悲願の医薬分業は、一つ一つが金と引き替えの業務なのだ。
 あまりにもの肩すかしなので、黙っていようと行く前には決めていたのだが一つ質問してみた。「中国からの供給難を見越して、国内に5箇所自社生産できる地域を重点的に整備すると言われましたが、具体的には何処ですか?」と。すると5箇所教えてくれたのだが、その中の2箇所は「東日本大震災以降に指定された自治体から産出された漢方生薬製剤原料を使用した医薬品は自主的に回収して報告する」と厚生労働省からの通知で指定されていた地域なのだ。その事を講師、あるいは会社が知らなかったのか、重視していないのだろう。それが証拠に「あれらの地域は安全ですから、問題ありません」とまるで根拠のないことを言うし「一番可哀相なのはお百姓さんです」などと小声でつぶやいたりしていた。あの事故を最小限に見せようと犯罪的な隠蔽を行っている国でさえ認めた危険地域で、生薬原料を生産しようと言う魂胆が僕には理解できない。
 恐らく今一番の問題点に何ら配慮も勉強もしていないのが見え見えだったので僕は会場を出た。せっかく天下の○○○だから業界をリードするような厳密な対処をしているのかと思ったら、やはりこの会社は巷言われるように所詮政治力に秀でた会社なのだろう。偶然事故現場から一番遠い台湾の漢方薬を30年使ってきていて良かったと、帰りの車を運転しながら再度確認した。もしこの記事を読んでいる人の中で、将来天下の○○○から台湾の漢方薬に変えて欲しいと思う人は処方を教えてくれれば簡単に変えられる。まあそんな人は僕の読者の中にはいないか。ほとんどそれは保険で飲まれている漢方薬だから僕らとは土俵が違う。
 今日僕は完全にあの自信に会場の外まで寄り切られた。


2011年11月26日(Sat)▲ページの先頭へ
ウニ
 子供の頃何処にでもいて親しんでいたウニとは形も大きさも違う。自分の目で見るよりもテレビなどで見る機会の方が多かったと思う。そんなものが牛窓でとれるとは気がつかなかった。近所の布団屋さんが今朝獲ってくれたらしいのだが、頂いて名前も知らないのでは申し訳ないのでインターネットで調べてみると、どうやらムラサキウニと言うらしい。
 鋭い棘の先で大きさを測るとソフトボールくらいある。店主が食べ方が分からないなら食べれるようにしてあげようかとせっかく言ってくれたらしいのだが、何故か妻はそれを断って我が家で調理すると言ったらしい。どうして頼まなかったのかと、そのウニを見たときには恨めしかった。棘で被われた球体からどうやって中身を取り出せばいいのか分からなかった。すると妻は、ハサミで切るらしいと教えてくれた。そこで台所のハサミで挑戦し始めたのだが、これがなかなか切れるものではない。まさに歯がたたない状態なのだ。色々と角度を変えてやってみたらコツが分かって少しずつ切れるようになった。ところが一番大きなウニを切っているときに、ウニの殻ではなくはさみの柄が折れてしまった。たった4つのウニを食べるのにハサミ一つを失った。
 殻の中には店頭で並ぶ、いや寿司屋で出される綺麗な黄色のウニが入っているのかと思いきや、なにやら怪しげな内臓物に混ざって、くすんだ黄色のウニがほんの少々入っていた。黄色の部分は食用だとは分かるのだが、そのほかの部分はさすがに食べる気がしなかったのでそのまま殻の中に残した。取りだした黄色のものは水で洗うと(このことも店主があらかじめ妻に教えてくれていたらしい)それでも食べてみようかというようなものにまで変身したが、最初その得体の知れないものの中に隠れていたときは、食べてみようとは思わなかった。
 一連の作業で皿の上に載ったのはほんの申し訳程度の量だった。一口どころか半口でもあまりそうだ。「ウニはお金を出して買うもの」今日の結論だ。プロの方がどの様な作業の後にあれだけの商品にしてくれるのか分からないが、「高くてもいい」と言う感慨も又今日の結論だ。
 僕らが子供の頃何処にでもいたウニは茶色でもっと小さなものだった。棘などずいぶんと短かった。見ただけでぞっとするムラサキウニのそれとは違う。当時毎日のように釣りを楽しんでいたが、しばしば魚の代わりに釣り上げてしまったのはこのウニとヒトデだった。純真な少年とはほど遠かった僕は、針にかかったウニやヒトデを海に戻さずに桟橋の上に捨てて日干しにした。それがたたってその後僕は、ヒトデなしになった。


2011年11月25日(Fri)▲ページの先頭へ
出世

 確か伊丹十三の映画だったと思うが、男を出世させる女性の物語があった。どうやらこれがヤマト薬局で再現されているらしい。映画のように女性が主役でもなく勿論僕でもないが、どうやら薬局そのものが持つ力のようだ。
 最近当方の担当になったある若いセールスが、前任のセールスが今は九州担当の支店長になっていて、九州での売り上げを伸ばしているから今度訪ねて行ってノウハウを教えてもらおうと思っていると言った。このご時世で、漢方薬の会社が売り上げを伸ばしていることに驚いたが、もっと驚いたのは、以前担当してくれていた彼が出世して部下を持っていることだった。ヤマト薬局の担当期間がどのくらいだったか忘れたが、確かに律儀で丁寧な男性だった。しかし、いわゆるやり手のようには見えなかった。寧ろどちらかというと物静かに見える。そんな彼が、博多の祭りのように荒くれを想像する九州の地で成績を上げていることは驚きでしかなかった。
 そうこう話しているうちに、その彼の前任者はその上のなんとかという肩書き(次長?)またまたその前任者は取締役部長?になっていることが分かった。僕の薬局を担当してくれた人達は結構若いのだが、4人がそれぞれに上から下まで肩書きを与えられて全員が出世している。そう言えばそうですねと若い彼は言ったが、確かにそう言えばそうなのだ。誰の意図でもなくほんの偶然だろうが、この田舎の小さな薬局を担当させられた災難が何故か福を呼んでいる。僕の所に来て取り立てて漢方薬の話をするわけでもなく、コーヒーを飲みながら世間話をしていただけだが、何となく全員の礼儀正しさにこちらも数字で応えなければならないとはずっと思っていた。彼らの会社が扱う台湾の漢方薬は、品質はとても優秀だが、混ざり物がないぶん扱いが難しく、その上患者さんが高額になってしまうので、一般受けはしないのだが、より良い材料で勝負したいと思えば使ってみたい漢方薬だ。僕は、漢方の道に入った頃一杯知識を与えてくれた同じ年齢のセールス(数年前に亡くなった)の恩もあるしで、律儀にそこの会社の漢方薬を中心に使い続けている。今回原発の放射能まき散らしがあってから、少しでも遠くの漢方薬を使いたいから良かったなと思っている。
 いくらいい材料で高額な物を使っても、良心と工夫次第で他の所よりも経済的になる。田舎で家賃もいらないし、遊ぶところもないからお金はいらない。だからそうしたものを漢方薬の値段に反映させなければ服用して頂く方に負担はかけなくてすむ。僕が漢方薬を始めて、継続できている恩ある方々の中の一人は、今は草葉の陰だが、後輩達を良く育てたものだと思う。空になったカップラーメンの器に囲まれて一人寂しく逝ったらしいが、後輩達との会話の中にいつだって蘇る。僕に1日何円以上の値段を付けたらいけないよと言う忘れられぬ助言は今も忠実に守っている。まだ駆け出しの僕に謙虚を教えたかったのだろうか。無念を自覚する間もなく倒れただろうその人の影を踏む若きセールス達の活躍が嬉しい。


2011年11月24日(Thu)▲ページの先頭へ
地産地消
 「してやったり」と国の偉い人は思っているだろう。インターネットの中に以下のような記事を見つけた。
 福島県産の野菜や果物に含まれる放射性物質を自主的に測定し、安心して食べてもらおうという取り組みがじわりと広がっている。東京電力福島第1原発事故から8カ月がたち、汚染度は野生キノコなど一部を除いて低下した。流通業者らは「消費者に正しい情報を示した上で、農家の応援につなげたい」と意気込みを語った。通信販売のカタログハウスグループは8月、東京・新橋の店舗で福島産農作物の販売を始めた。味と安全にこだわる農業を続けてきた生産者団体から「買い控えが起き、農家が意気消沈している」と聞かされたのがきっかけだ。入荷のたびに放射性セシウム検査を行い、店頭で数値を表示している。検出できる最小値は1キロ当たり10ベクレル。野菜はほとんどが下回り、果物は同20ベクレル程度が検出されることはあるものの、国の暫定規制値、同500ベクレルを大幅に下回っている。客は「思ったほど汚染されていない」「数値が示されていないものより安心」と買い求めていくという。担当者は「ただ『福島を応援して』と言うのでなく、測定した上で安心して食べられると伝えている」と話す。
 言いようのない怒りがわいてくる。誰かがほくそ笑んでいるのが見えるようだ。まさにしてやったり。こちらから言えば、まさに「してやられたり」だ。安心して食べれば安全だというのだろうか。安心は作意だが安全は事実だ。事実を作意でねじ曲げてくる常套手段を民間が踏襲している。基準値より少ない10ベクトルは安全と言われるのと、ほとんどゼロに近かったセシウムが10ベクレル検出されたというのでは、同じことを言っていても印象は全く違う。カタログハウスという会社は後者のように表現すべきだ。カタログで何を売る会社か知らないが、こんな作為的な表現の「もの」を信じることは出来ない。セシウムが基準より大幅に下回っていると言うが、3月11日以前を基準にすると大幅に上回っているのだ。実物を見せないまま物を販売する会社が、言葉の綾を利用するのは頂けない。10ベクレル以下を検出出来ない器機で測られてどうして安心して食べられるのだろう。福島の農家を応援することと国民の命を守ることとは両立されなければならない。あたかも対峙するような空気を作れば又偉い人達がほくそ笑む。福島の作物は東電と政府のエライ方、役所の人間、誘致した地元の偉い人達で食べてもらおう。彼らが好きな言葉があるではないか、痴産痴消って言う。


2011年11月23日(Wed)▲ページの先頭へ
一心不乱
今日も薬剤師。
 ペンシルバニア大学の心理学者アンジェラ・ダックワースらの研究で、従来成功の鍵を握るのは知能や先天的な才能だと考えられていたが、それらはほとんど関係なく、根性や感情と言った精神的な特性が重要だってことが明らかになってきたらしい。
これは朗報だ。持って生まれたものが関係ないなら、もう一度この僕だって浮上できるかもしれない。下りっぱなしの人生かと思っていたが、根性も感情も学校時代の成績とは関係ないからどうやら同じ土俵で勝負できそうだ。
 アンジェラ・アキの言葉を具体的に表現すれば、目標を決めたら、その目標に向かって一心不乱に努力することが成功の秘訣なのだそうだ。これはちょっと引っかかる。まず今の僕にはもう目標はない。そしてもともと一心不乱にコツコツというタイプではない。長い間心の腐乱で苦しんでは来たが不乱は縁のない言葉だ。この辺りはアキもお見通しらしくて、「好奇心が旺盛で、様々なものに関心を示す人、目標達成を途中であきらめて新たな目標を設定する人は、なかなか成功を勝ち取ることが出来ない」と言っている。実例として「トーマスエジソンが、天才は1%の閃きと99%の努力と言っていることや、ニュートンが万有引力の法則まで行き着くのに数十年に渡る地道な研究を要した」ことなど上げている。僕は偶然リンゴが落ちるのを見て閃いたのかと思った。その事を真に受けて子供の頃は良く柿の木の下で遊んだものだ。柿の木が悪いのではなく、僕が悪かったのだと今気がついた。
 こんな性格は僕だけかと思っていたら、結構普遍的な人間心理らしくて「人類の歴史の中で一番長い時代は狩猟採取生活を送っていた時代で、その時代にもっとも大切な能力は周囲のあらゆるものに関心を示し、小さな変化も見逃さず、状況に応じて俊敏に行動できるもの」だったらしい。だから好奇心旺盛な生活は遺伝子にインプットされた快の根元らしい。逆に産業社会に変わってからは、目標に向かって計画をたてて行動する能力が求められるようになったらしいのだ。これは本来的に言えば不自然な行動で苦痛意外の何ものでもないらしい。だからこの苦痛に耐えられる人や、苦痛と感じない小数の人が成功者になる確率が高いのだそうだ。
 ああ、これは悲報だ。僕のもっとも苦手としていることだ。人生の華はすでに散ってしまったが、気が散る程度は誰にも負けない。物事に集中できないこと甚だしい。人生で唯一集中できたのはパチンコだけだ。眼を閉じればチューリップがどんな時でもどんな所でも満開だった。その他大勢を地で行く理由が今回良く分かったが、ただ水野アキの理論からは先天的な才能も一心不乱も持っていない僕ら凡人のことが落ちている。落語ではないのだから落ちはいらない。


2011年11月21日(Mon)▲ページの先頭へ
やけん
こんにちは。少しお久しぶりです(^^)
「やけん」の使い方は、少し惜しいですね(^.^)岡山では、どういう方言を使うのですか?広島のお隣やけん、「じゃけん」と言ったりしますか?

ちょっと突拍子もないんですが、留学に興味を持ちました。大学の先生に言われたのがきっかけです。現実的に考えたら、たくさん問題はあるんですが、何か変わるきっかけになるんじゃないかと思ったり。ちょっとこれからのこともわからんし、なにしていいかわからんしでヤケになっているのでしょうか?(笑)ちなみに過敏性腸症候群の人で海外に行った人はいますか?

 それが意外と多いのです。10人はいると思います。不思議と多くの人が外国に行くと体調が良くなるのです。先日○○から2泊3日で泊まりに来てくれた女性も大学を中退していたのですが、調子がそこそこよくなったから3ヶ月の短期留学をしました。働きながらただで学校に行ける方法です。アメリカ人のノリノリにはちょっと閉口する場面もあったようですが、基本的には個性を尊重する接し方がとても合って、とても居心地の良い日々だったそうです、帰国して後、今度は長期に留学したいと働いて学資を稼いでいます。
現在介護の職に就いているのですが、アメリカでその種の勉強を本気でしたいと目を輝かせて言っていました。僕は嘗て電話で何度も話したことがありましたが、当時の不安感に支配されたような雰囲気は微塵もなく、力強くて逞しい素敵な青年に変身していました。
 このように外国で症状が全く消える人は断然多いですよ。結局現代の若者が、息苦しさの中での暮らしを強いられているってことです。回りを見てもそう思いませんか。強欲と引き替えに得たこの国を覆い尽くす窒息しそうな空気です。だから僕の漢方薬が効くのだと思いますよ。戦いのポーズから解放する処方が全員に入っていますから。みんな頑張りすぎ病なのです。そこそこで暮らしていける雰囲気ではないのです。やけん(恐らく岡山弁のしゃあけえ)、貴女も色々な選択肢を考えればいいのです。僕は6年間(不思議ですね、4年制の大学なのですが)パチンコに狂っていました。貴女の言うニートではなくほとんど浮浪者でした。髪は5年間一度も切りませんでしたから心は勿論風貌もそのものでした。でもこの6年間があるから今の僕はあるのです。もし順風満帆な青年期を送っていたら他人の痛みは決して理解できていなかったと思います。人生で無駄なものなんてありませんよ。
ヤマト薬局


2011年11月20日(Sun)▲ページの先頭へ
根こそぎ
 牛窓から町外に出るには、北回りと南回りの2本の県道がある。この1ヶ月の間に一番近い街にそれぞれ、巨大な電気屋が2軒、ホームセンターが1軒、ドラッグストアが1軒オープンした。今まででも十分事足りていたが、何故かしら出店ラッシュになった。今日休日を利用して全ての店を回ってみた。嘗て僕が利用していた店舗は、新店舗のすぐ傍にあるのだが、案の定いつもより駐車している車の数が圧倒的に減っていた。これから競争が始まるのだろうが、もう勝負はついているように見えた。いずれの店舗も全国展開している店舗で圧倒的な規模の差がある。
 電気屋もホームセンターも、巨大で品物は多いのだろうが、欲しいものは何もなかった。勿論昨日まで欲しいものは何もなかったのだから、店舗を回遊して欲しいものがそんなにたやすく見つかるとも思えないし、無駄な出費はしない質だからそもそも買う気でものを見てもいない。
 印象に残ったのは、どの店舗も従業員がやたら多かったことだ。目に付きすぎるくらいいて、すれ違うこと数多だ。これだけの従業員を養い、オーナーの巨万の冨を築くにはどれくらいの売り上げを必要とするのだろうと下世話な想像力を働かせたりするが、根こそぎ地域の百姓や漁師や労働者が懸命に働いて得た金を中央に持って帰るのだろうと思うと、何か空しくなる。生産の分野が置き去りにされ、消費の分野だけが華やかな時世に一抹の不安を感じた。
 あんなに華やかな店舗で、ちょっとした修理を頼んだり出来るのだろうかと考えながら運転して牛窓に入ったあたりで、つい最近電気屋さんを閉めた主人がジャージ姿でウォーキングをしていた。奥さん曰く、もう年だから仕方がないと言う理由の前にこんな現実もあったのだろうか。華やかな店舗の進出で又捨てられる家電が増えるような気がする。捨てられる小規模店の経営者と共に。


2011年11月19日(Sat)▲ページの先頭へ
変換
 嬉しい、けれど合わない。かの国の若い女性二人が、手作りのおかずとデザートを持ってきてくれた。妻と二人分にしては量がかなり多い。自分たちの食欲で量ったのだろうが、3分の1で充分くらいだ。数年前、当時牛窓にいた同じ国の人に作ってもらった経験から、その脂っこさについていけないのだ。食後のデザートも、いわゆるスイーツなのだろうが、微妙に加減が違う。デザートはその場で勧められて食べたが、美味しいと無理して言った僕の表情に気がついたかもしれない。たった美味しいと一言嘘をつくのにも顔が硬直してしまう自分が情けない。
 一緒に派遣されていた通訳が国に帰ったから、今日は通訳なしだった。2時間以上話したと思うが、何か業をしているかのようにエネルギーを消耗した。純朴な笑顔を絶やさないから癒されることは大きいが、その代償も大きい。こうなったらいっそのこと英語の方がまだわかるかと思ってそれも試みたが、かの国の人は僕の発音は全く理解できないみたいだった。いわゆるジャパニーズイングリッシュは通用しないのだ。逆に彼女たちの発音はネイティブに近いように聞こえた。そう言えば彼女らの母国語が舌を丸め発音しているように聞こえ、聞き取りがいっさい出来ないから、ひょっとしたら英語を発音するには都合がいいのかもしれない。会社の人であなた達の国の言葉を使ってくれる日本人はいるのかと尋ねたら、一人もいないと言っていた。もう10年近くかの国の人が働いているのに、誰も挑戦しないのだろう。もっとも彼女らの会話を聞いていると、その壁が殊更高いだろうことは容易に想像がつく。
 次回会ったときに食事のお礼を言わなければならないので、どの料理も少しずつ食べてみた。実際に食べておかないと又顔が硬直するので一応は食べたが、すぐに後口にご飯と海苔を食べた。放射能を避けてかの国に逃げなければならないかと思ったこともあるが、これでは逃げられそうにない。日本人の印象を尋ねたら二人が口を揃えて親切と答えた。逆に私達のことをどう思うと尋ねられたから素朴と答えた。もっともこれはインターネットの翻訳機能で伝えたのだが、上手く伝わったみたいだった。それが証拠に二人が目配せをして笑っていたから。本人達にとってはあり得ない評価だったのかもしれない。「本当はワルよのう」と続けて変換を試みたのだが、これは変換不能だった。良かった、いらぬことを言わなくて。


2011年11月18日(Fri)▲ページの先頭へ
使命
 数日前のこと。
 どう考えても分からなかった。どうして本人が訴えるほどの不快感が引き起こされたのか。胸が焼けて胃酸が逆流するくらいなのだから、何か胃腸に悪いことをしているはずだ。普通候補に浮かぶのは、タバコを吸って酒を飲んで、コーヒーを楽しんで、ストレスが一杯の生活なのだが。
 僕より身長が高くて、横幅は倍くらいありそうだ。いくらでも食べて飲めそうだが、本人は健康に気をつけているから、そんなに過食ではないという。その上朝晩のウォーキングを続けているとも言う。タバコは健康に悪いからともう何年も前に止めていて、酒も缶ビールを時にたしなむ程度らしい。ストレスは仕事をしていないから無いと言う。見かけとは違って悪い習慣は全くないのだ。分からない、いくら考えても分からない。不快症状はとってあげれるが、原因を見つけておかないと治りにくいし、すぐに再発してしまう。そうなると申し訳ない。
 いかつい格好でいかつい顔の造り、どう見ても御法度の裏街道が似合いそうな人だ。効かなければ文句言われそうだが、僕の問診もネタが尽きた。まあ、症状は抑えられるだろうからと観念して漢方薬を作った。会計をすました後、その人物が言った。「牛窓のサツマイモは美味しいか?」と。「場所によっては栗と間違うほどの甘いサツマイモがとれるところがあるよ、特に前島と師楽のが美味しい」と、焼き芋にはちょっとうるさい僕が答えると「そんなら、牛窓ショッピングに行って買って帰ろう」と言った。「焼き芋が好きなの?」と尋ねると「昼ご飯の後に毎日このくらいなのを二つずつ食べる」と両手で教えてくれたサイズは20cm近くあった。百貨店で買えば2つで1500円を超えそうな立派な奴と見た。これには驚いた「毎日そんなのを食べていたら胸が焼けて当たり前でないの、原因が分かった。もろ焼き芋ですよ」「そうかなあ、焼き芋食ったら大きなウンチが出て気持ちがいいで、あれは止めれん。まあ、漢方薬で治して」と焼き芋を止めるつもりはない。これではいくら漢方薬を飲んでも薬の方が負けて効くはずがないと思ったので、薬剤師の使命だと思って命がけで言った。「ややこしいものを食うな、可愛すぎるだろう」と。
 今日まだ僕は生きている。


2011年11月17日(Thu)▲ページの先頭へ
着払い
 世の中には理にかなったことをする人がいるものだ。政治家や学者、企業家などに見習わせてやりたい。
 福島市内で採取されたとみられる放射性物質を含む土壌がダンボール箱に入れられ今月、2度環境省に送りつけられ、中にはビニール袋入りの土と「福島市の自宅で採取した土で、環境省で保管、処分してほしい」という趣旨の手紙が添えられ、送り主の記載もあったらしい。
 これは小出先生が常に言っていることだ。福島の原発から飛んで出たものは、元々東電のものだから東電に返すのが正しい。その上に先生は東電を罰したいとも言っている。遠く離れたこの地で出来ることは少ないが、当事者だったら誰でもがこの2つを行動に移すことが出来ると思いながら、いつも先生の話を聞いていたが、ついにある男性がやったらしい。ちゃんと送り主の名前も書いてあるらしいから、単なる義憤ではなく冷静に道理を考えた行動だと思う。出来れば環境省だけでなく、本来の持ち主の東電にも送り返して欲しい。あれだけ出来そうもない除染を繰り返し口にしているのだから、住民は国に協力して着払いで根こそぎ送り返したらいい。そうすれば国の期待通り福島は綺麗になり復活する。
 後者も、どこかの医療機関が損害賠償の裁判を起こすらしいが、損害賠償だけでなく責任も問うて欲しい。パン一つ盗んでも捕まり名前を暴露され制裁されるのに、未だあの巨悪で何も問われない不公平にどうしてみんな耐えているのだろうか。善悪が人々の中で混乱する。力を持っている人達の都合の良さに、どうして庶民が命を削られてまで耐えているのだろう。


2011年11月16日(Wed)▲ページの先頭へ
浪費
 僕は毎日多くの方に漢方薬を作っているが、漢方薬を勉強し始めた当初から現代薬で治るものまで漢方薬を飲む必要は無いというスタンスをとり続けている。何がなんでも漢方薬というスタンスの多くは患者さんの意向より薬局側の意向が反映しているような気がする。経済が理由でそうするのか、漢方お宅でそうするのか、はたまた実力があり過ぎてそうするのかしらないが、患者さんにとっては無駄な出費のような気がする。
最近は違う理由でこのスタンスを強化しないといけないと思っている。それは圧倒的な資源の枯渇だ。それによる価格の高騰も気にかかる。庶民の手の届かなくなることは必至だし、将来の人達が飲めなくなるのも必至だ。ごく普通の収入で飲める時代がいつまで続くのだろうか。そればかりが気にかかる。今も多くの若い薬剤師や医師達が漢方薬の勉強をしているが、知識は習得しても使う材料がないなんて笑い話にもならない時代が早晩やってきそうな気がする。この警鐘を鳴らすのは、長い間自由に漢方薬を使わせてもらった人間の義務だ。何の心配もなく自由に作り推奨できた時代の薬剤師の義務だ。
 テレビでサギまがいの宣伝をし、ドラッグストアに陳列する無駄。セールスの言われるまま処方し、効果を出せれない医療の無駄。この2大浪費をまず慎まなければ、僕ら田舎の薬局が抵抗しても意味はないが、それでも尚僕は、漢方薬でしか治らない人だけに漢方薬を使いたい。石油からいくらでも合成できる化学薬品とは価値が違う。強欲が未来の人のものまで奪い取ることは許されない。何百万年も管理しなければ安全を確保できないものを残して、身体によいものを奪う、なんて罪深い時代に巡りあわせたのだろう。


2011年11月15日(Tue)▲ページの先頭へ
合理性
 なんとも優しいお子さん達だ。何年にも渡って体調不良で困っているお母さんに「お金を残しても仕方ないんだから、ヤマト薬局で漢方薬を早く作ってもらっておいで」と背中を押してくれたらしい。勿論病院にはかかっているのだけれど、気鬱や自律神経失調を併発していたらちょっとやそっとでは治らないだろう。もう何年も処方せんを持ってきているから、治っていない、いやひょっとしたら症状が進行しているのは知っていたが、こちらからそんな人に漢方薬を勧めるのは御法度だ。処方せんを発行している病院に失礼だし道徳上それは出来ない。ただ、向こうから所望されれば話は別で、体調不良の克服を病院の治療を助けるようにお手伝いすればいい。大切なことはただ一つ、患者さんが健康を取り戻し、心優しいお子さん達の肩の荷が下りること、これに尽きる。
ただ、この例は恐らく珍しい方にはいるのではないかと思っている。どちらかというとその逆で、病気のことより財布のことが気にかかる関係の方が多いと思う。経済的に余裕がある家庭でも同じ傾向がある。病院で治ろうが治るまいが、保険診療以外の出費は惜しいのだ。国民皆保険が果たした役割はとてつもなく大きいが、それが壊した心のあり方もとてつもなく大きい。票稼ぎの受け狙いによる福祉?のばらまきで、すさんだ権利だけが闊歩している。感謝を忘れた人間こそが道路の真ん中を闊歩している。
いいお子さんですねと言うと「優しい、いい子達よ」と笑顔を取り戻した。忘れがちなその笑顔が誰かのちょっとした会話だけでも取り戻せられるのにと思ってしまうが、現代人は全てそれらを病気と考え、医師や薬が治すべきものとしてしまう。何か違うと最近それに抗っているが、僕の方が正しいと思えることもあるし、自分の非力さを見せつけられることも多い。田舎の方に薬剤師として育てられたお返しの時期に入っているから出来るだけ良い仕事をしたいが、時代の合理性の方がはるかに足が速く待ってはくれない。不器用な生き様などで救えるほど時代は立ち止まってはいないのだ。


2011年11月14日(Mon)▲ページの先頭へ
覇気
 若い人が仕事についたと報告してくれるのは嬉しいが、若くない人が同じような報告をしてくれるのも嬉しい。もう立派に老人の域に達した人が、元気になったからと言って仕事に復帰したり、乞われて新しい仕事についたりすることがある。こういった現場に立ち会えるのは嬉しい限りだ。
社会との接点が能動的に復活すると、色々な変化が生まれるみたいだ。自然とこちらに伝わってくるものも多い。一言で言うと覇気が出てくる。それは言葉遣いや立ち居振る舞いに出ることもあるし、もっと簡単には服装に出てくることもある。仕事の為の服装は別として、ハッと驚くような色鮮やかな服装で来たりすることがある。内面の現れだ。どの年齢でも責任を持ち、やりがいを持ち、頼りにされ、結果を評価されることは心地いいのだ。その心地よさを年齢や体調で奪われたら、とたんに覇気を失う。何でも生産に関わっていることは大切だ。与えられることより与える方がはるかに心地よいに決まっている。与えられることは誰だって出来るが、与えることはいくつもの要因をクリアしてからでないと出来ないのだから。
 多彩な趣味を持っている人とか、立派な肩書きから抜けられない人は別として、ごく普通の人達にとって、労働で社会と繋がっていることの心や肉体のいわばセーフティーネットはこの仕事をしていたら否が応にも感じることが出来る。言い方を変えれば簡単に元気になれる方法だってことだ。勿論耐えられる範囲でと言う条件は付くが、それさえクリアすれば最高の薬になる。どんな人だって何かしらの能力を持っていて、それで長い間社会に貢献してきたのだと気づかされることが多い。普通の人が愛おしく見える瞬間だ。そんな機会を多く与えられている自分の職業的な環境をありがたいと思っている。だって、ワル以外はみんな良い目で見ることが出来るのだから。
 薬局にやってくる人達を見ているだけで救われる日々だ。


2011年11月13日(Sun)▲ページの先頭へ
総社市
 なんとも皮肉なことだ。今日総社市のある所に映画を見に行ったのだが、グーグルマップで詳細に調べて自信満々で行ったのに、ほとんど1時間探し続けた。その場所は市民文化センターの近くだ。その市民文化センターは過去2度行ったことがあるからそこまでは自信があった。いやそこからほど近い会場も余裕で探すことが出来ると思っていた。冒頭で述べた皮肉とは、まず最初の目標にして行った市民文化センターに僕が追っかけている備中温羅太鼓のいつもの大きな車が横付けにされていたことだ。恐らく今日が年に一度のコンサートの日なのだ。今年も案内が来ていたが、何となく訪ねることに疲労感を感じて申し込まなかった。なんと僕はその会場に時間も体力も余裕を持ってたどり着いているのだ。初めて山陽自動車道を使って行ったのだが70分で着いてしまった。およそ2時間をみていたのに。こんなことならチケットを購入しておけば良かったと悔やむことしきり。映画は午前中だし、コンサートは午後2時頃だから両方楽しめたのに。
なんとも皮肉なものだ。新聞に記事として大きく載っていたから、その辺りに行けば誰もが知っているのかと思ったら、20人くらい通りすがりの人に尋ねても誰も知らなかった。1時間近く歩き回っていたから、同じ人に2組尋ねてしまった。その二人は哀れに思ったのか2回目に会ったときは一緒に捜してくれた。小さな子連れの若いお母さんは、自転車を押しながら「さっき気がつかなかったんですが、新聞に載っていた月というような名前の店があるから連れていってあげます」と一緒に歩いてくれた。そして連れていってくれたのがスナック「ムーン」という店の前だった。親切は本当に有り難かった。でも僕が日曜日の朝10時からスナックに行くような男には見えないだろう・・・いや見えたのかな。繰り返し言うが、親切は本当に有り難かった。僕は新聞の切れ端を若いお母さんに見せた。「スタジオブーンです。スナックムーンではないんです」もう一度言うが親切は本当に有り難かった。
 恐らくすぐ傍にいながら近所の人に全く認知されていないことに不安を覚えた。訪ねていくほどのものではないのかと思った。せっかく遠路はるばる来たのだから総社の町を見ておこうと歩き始めたら、クロネコヤマトの店舗があった。毎日漢方薬の発送でお世話になっている会社だから親近感を持っているし、プロ中のプロだから事務所で尋ねてみた。なんとここでも分からなかったが、事務所から運転手に電話を入れてくれて、運転手さんが遠隔で教えてくれた。僕が探していた場所からは100メートルくらい離れていただけだ。それでも尋ねた人全員が知らなかった。
 上関原発に反対している祝島の漁師達の生活ぶりを追い続けた映画だったのだが、生活に根ざした素朴な抵抗を上映する場所が、町から遊離していては意味がない。同じ地平で暮らし地域に認められていなければ、何か特別なこと、特別な場所、特別な人で片づけられてしまう。発信力が落ちてしまうのはもったいない。恐らく多くの意味がある活動をしている人達なのだろうから、日常をまとい「特別」を回避して欲しい。
カーナビは勿論携帯電話も持っていない。おまけに公衆電話など全く見かけなかった。グーグルと人の親切さえあれば簡単にたどり着けると思ったが、それだけではたどり着くのが難しいところもあるものだ。ひつこく繰り返すが、若いお母さんの親切は本当に有り難かった。そこまで僕の品も落ちたか!


2011年11月12日(Sat)▲ページの先頭へ
ヨーグルト
 偶然かもしれないが、昨日過敏性腸症候群の漢方薬を飲んで頂いている二人の女性と同じような内容の会話をした。
 二人ともまずまず順調に改善傾向にあるのだが、この2週間思いがけず調子を崩したというのだ。二人の共通点はヨーグルトだった。二人ともがヨーグルトを意図的に食べているらしかった。お腹のためによいと思って食べているのか、牛乳の代わりに食べているのか、好きだから食べているのか分からないが、少なくとも3番目の理由ではなかったと思う。僕は3番目の理由なら食べてもいいと思うが、何か健康にいいからと言う理由では実はそんなに重きを置いていない。病院からも乳酸菌製剤が処方されて出ていることが多いが、何か特別それで元気になっている人を目撃しない。抗生物質を飲むときにお腹の善玉菌も一緒にやっつけられるから予防で飲むことはあるが、それ以外には余り意義を見つけられないのだ。お医者さんもそんなに期待しているふうにはない。ましてそれがヨーグルトとなると、冷蔵庫の中で冷やされている分、冷たい食べ物と言うところばかりが目につく。真夏ならいざ知らず、最高気温が20度に届かない季節となれば、いくら着衣を重ねていてもお腹の中は冷えるだろう。
 そもそも、農耕民族で牛乳など飲む習慣がなかった民族に、乳製品を消化吸収する能力が備わっているのかどうかも疑わしい。それが証拠に牛乳蛋白を受け付けずに、飲めば下痢をする人の割合が結構高い。形を変えても所詮乳製品に違いないのだから、完全に消化吸収されるのかは疑問だ。僕も善玉菌を増やす材料を多くの方に使っているが、東洋人には植物由来のものがあうような気がする。
 テレビであれだけ宣伝されれば身体にいいと思うだろうが、すべての人にとは言えないのではないか。過敏性腸症候群で、時に食事療法を聞かれることがあるが、いつも好きなようにと言っている。敢えて頑張らないことがいちばんの薬だと思っているから、「好きなように」が大切なのだ。過剰な養生はいらないと思っている。あの忌まわしい性格(過敏な精神)はずぼらでしかうち消すことが出来ない。とくに僕ら凡人は。


2011年11月11日(Fri)▲ページの先頭へ
昼食
 役を引き受けすぎて留守がちな妻が用意していった食事が、余りにも貧相だと思ったのか、娘が自分たちのおかずの残りを食卓の上に置いていてくれた。嘗ては二人で2階に上がっていき昼食をとっていたのが、最近は昼食を交代でとっているからどうかしたのかと思っていたら、やはり僕のことを考えて、昼食の時間帯も僕が一人で薬局を切り盛りしないようにしてくれていたのだ。僕は何十年、まともに昼食をとったこともないから慣れているのだが、かき込むようにして降りてくる僕がさすがに心配になったのだろう。早い時は5分もすれば昼食をすませて降りてくるのだが、それが珍しいケースではないのだ。ただそんな食生活が正しいとも思っていないし、いいとも思っていない。出来れば食後少しの時間でもいいからゆっくりとしていたいのだが、残念ながら今まで誰もそれを促してはくれなかった。僕は30年以上常に元気で働く者、働ける者だったのだ。
 ついに僕も同情をひくような年齢になったのかと一抹の寂しさもあるが、気を配ってくれた娘夫婦の思いやりに感謝する。さりげなく置いてくれていたサラダや、何も言わずに昼食時に薬局にいてくれるなど、押しつけがましさのないのがいい。二人が薬局にやってきてくれる人達に接しているのと全く同じスタンスだ。若いからと言う理由が大きいだろうが、謙虚に自然体で応対している。力以上を演じないで、実力の範囲内でお世話できたらいい。焦っても時間でしか保証されない知識や技術も多い。特に漢方薬は多くの人と接して初めて、文献などでは決して表現できないさじ加減を拾得できるのだ。実力を付けるのではなく、お客さんに実力を付けてもらうのだ。その事さえ忘れないでいたら人様のお役にきっと立てる。それ以上のモチベーションはないだろう。
 米に塩をかけて食べるだけの学生時代の生活からすれば今は何を食べても贅沢だが、基本的には我が家は粗食ではないか。それがいい目に出るか悪い目に出るか分からないが、妻のやむにやまれず受けた役が終わるまで、やせ衰えないでいたい。


2011年11月10日(Thu)▲ページの先頭へ
通知
 10月14日、漢方薬メーカーや生薬問屋に対して厚生労働省から通知が出た。「放射性物資に係わる漢方生薬製剤の取り扱いについて」というタイトルだ。概略は@放射性物質が検出された生薬を含む製剤について医薬品として製造販売を禁止A東日本大震災以降に指定された自治体から産出された漢方生薬製剤原料を使用した医薬品は自主的に回収して報告することの2点だ。当たり前と言えば当たり前だが、こんな当たり前のことが7ヶ月もたってから出されることを危惧する。この7ヶ月の間は許されていたことになるのだから。賢い人間だったら、出来るだけ早く売ってしまおうと考えて事実そうしたはずだ。 運がいいのか悪いのか分からないが、僕が主として使っている漢方薬は台湾のものが中心だからほとんど気にしなくていいが、唯一十薬(ドクダミ)と言う和漢薬は日本産がいいと言われていたからそれにこだわっていたが、急遽外国産に変えた。安全安心を標榜していた日本のものが使えない屈辱感を今少しだけ農家の方と共有している。
さて皆さんも気になるだろう、指定された自治体とは何処か。大切なことだから、どこから何処までと言う表現でなく全て列挙する。青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島、新潟、茨城、栃木、群馬、千葉、埼玉、東京、神奈川、山梨、静岡、長野の1都16県なのだ。 ここで又一つ新たな疑問が皆さんも浮かぶだろう。人によっては一生口にしないもの、あるいは病弱な人でも毎日の食事に比べれば圧倒的に口にすることが少ない漢方薬を、これだけ「正しく制限」して、毎日口にして圧倒的な量を摂る食べ物や水に制限がされない不思議を。
 せっかくというか珍しくと言うか、国が漢方薬にたいして正しい判断をしたのだから、食べ物や飲み物にも同じ基準を適用すべきだ。上に列挙した県のものを口にはさせてはならないと。その上でお百姓さんには一所懸命米や野菜を作ってもらい、漁師には一所懸命魚を獲ってもらい、工場には一所懸命ものを作ってもらい、それを今まで通りの値段で東電の社員や政治家、誘致した田舎の首長や議員に食べてもらえばいい。工場製品も買ってもらえばいい。絶対安全ですとだまし続けて、家庭や職場や地域を破壊した人達に買ってもらえばいい。想像を絶する利益を今まで得ているのだから、それを吐き出させればいい。
 人の心理に上手くつけ込んだ風評被害なんて言葉に惑わされてはいけない。完全に実害なのだ。みすみす分かっていながら実害を被る必要はない。自分や家族を臆病に守ればいいのだ。かの地のものは口にしてはいけないと国の役人はちゃんと分かっている。だからこんな通知が出たのだ。漢方薬だけでなく全ての食べ物にたいして同じように周知させるべきだ。何ら戸惑うことなくかの地のものを買い物籠に入れる若い母親を見ていて、恐ろしささえ感じていたが、国は庶民には見えないところで上記のような通知をちゃっかり出しているのだ。
 庶民が時に風上に立つ勇気を持たなければ。


2011年11月09日(Wed)▲ページの先頭へ
 90歳のおばあさんに「立派な見立てじゃ」と褒められた。
お嬢さんと言っても60歳代なのだが、その方のために作っためまいの漢方薬をお嬢さんが勝手にお母さんに上げた。それを飲んだお母さんが調子が良くて、自分用の漢方薬が欲しくて遠くから来てくれた。
 めまいはその漢方薬で収まっていたのだが、おばあさんには懸念があった。どうやらその懸念について僕に尋ねたかったのだと思う。1週間ほど前に何がなにやら分からないうちに倒れたのだそうだ。その後家族に病院に連れて行ってもらい検査をしたらしいが原因が分からないまま帰された。結局もらった薬はめまい止めだった。それ以後、外出するのが恐くなって家に引きこもっているらしい。外であのように倒れ込んだらと言う恐怖から逃れられないらしいのだ。周辺症状の問診をしてもおばあさんはその事ばかりを繰り返す。すでにトラウマになっているのだ。
 僕はおばあさんに、一瞬にして倒れて、一瞬にして気がついたのではないのと尋ねた。するとおばあさんはその通りだと答えた。シビレなどはなかった?と尋ねたら「病院でも聞かれた」と答えた。ここまでだったら病院と同じことになるが、僕は病院と違って大いなる暇があるのでもう一段話を進めた。「奥さんこの1年以内に転んだか、どこかに身体を打ち付けなかった?」と尋ねた。するとおばあさんが「半年くらい前に転んで頭を打った。顔が紫になったし、右腕も紫になった」と答えた。
 これで僕には充分な情報を得られた。おばあさんにその出来事の解説をしてあげると、私もなんかそんな気がしていたと言った。そして「今日来て良かった、今日来て良かった」と手を合わせて繰り返してくれた。暇な僕だからおばあさんのこの1年の出来事を尋ねたり出来るが、忙しいお医者さんではできっこない。だから検査で異常なしのおばあさんの気がかりをとって上げることが出来たのだ。90歳を過ぎていたら、どうでもいいとは思わない、90歳を過ぎたらじっと体調不良に耐えるとも思わない。恐らく僕や、もっともっと若い世代と何ら心のもちようは変わらないと思う。心のわだかまりがとれたときの嬉しそうな顔は、年齢には関係なかった。見立てを褒められたが、実はいちばんの功労者は本人で、記憶を辿ることが出来る、衰えを知らない脳の持ち主だ。手を合わされた僕の方がその脳を分けて欲しい。なにせ衰えっぱなしなのだから。 


2011年11月08日(Tue)▲ページの先頭へ
迂闊
 迂闊だった。ある方の漢方相談に長い時間を費やしたら、終わってから肩のこりを強く感じた。いつも手元に置いてある塗るとスッとする肩こり薬を早速肩や首に塗りたくった。そのうち患部が冷えて楽になるから一時肩こりは忘れている。肩こりも忘れているが、その薬を塗ったことも忘れていた。何かの拍子に目が痒くなったので、さっきその肩こりのジェルを塗りたくった手で片方の目をこすってしまった。そして目を開けるとしみるわしみるわ(これは標準語だろうか、刺激が強いときに使う表現、もっと言うなら岡山弁では走ると表現する)目を開けておれない。その上に何を勘違いしたのか、新製品で目に刺激の強い目薬が届いたばっかりだったので、良い機会だと思って使ってみた。清涼感を売り物にした目薬なのだが、差すとすぐに目薬の清涼感とさっきまでの刺激の相乗作用で、走るわ、走るわ、涙まで出だした。そこで初めて、原因が結膜にあるのではなく、瞼を肩こり薬を塗った手で触ったことだと気がついた。そこで洗面所に行き顔を洗うと次第に刺激感が無くなった。手にぬるっとした感覚があったので、まだ十分皮膚の上には塗り薬が残っていたのだと認識した。 
 迂闊だった。漢方問屋の専務さんが今日来て「体調は回復しましたか?」と尋ねたので、いつも低空飛行なのに今更と思い何のことか尋ねたら、先週風邪をひいたことをブログで読んだと言った。運良く数時間で治ったのだが、その時に漢方薬で治されたんですかと尋ねられたので、現代薬で治したと答えた。若夫婦が作っている風邪薬を2回飲んだだけだ。後は贅沢な栄養剤を飲んだだけだ。こんな時は「○○湯」を飲んだらすぐに治ったなんて答えていたら格があがるのに、つい風邪の時にはヤマト薬局は現代薬を使うから正直に答えてしまった。何を用いても早く治ればいいと言うのがヤマト薬局のモットーだから、漢方薬にはこだわらない。なにでも漢方薬で治すなんて言えば格調は上がっても患者さんが喜ばなければ何にもならない。
 迂闊だった。煎じ薬を作るための土瓶のパンフレットがないかとある方に電話で尋ねられた。沢山の方に煎じ薬を飲んで頂いているが、最初に僕はやかんでも鍋でも何でもいい、材質もなにでもいいと言っている。効果に差が出ることを証明できなかったと何かで読んだことがあるからだ。だからその方にも家にある何でもいいですよと答えて、敢えて土瓶を使う必要がない理由も教えてあげた。その方は理解してくれて、工夫してみますと言った。黙っていれば土瓶が売れたのに自然に口から出てしまう。土瓶の製造業者さんごめんなさい。
 今日は迂闊3兄弟。


2011年11月07日(Mon)▲ページの先頭へ
徒労感
ある神父の文章を毎月送ってくれる。今日来た文章の中の一部。

 ある国立大学の医学部1年生に講義をさせてもらった。「全人的ケア」の必修科目の中で「スピリチュアルケア」がテーマだった。必修科目しかも3時間(9時〜12:10分)の講義であった。そのため、学生の積極的な参加を促すように講義中「講義に対する関心度合い」「人生の意義」「人生の目標」のワークシートを配布し記入してもらった。こうしてもある学生たちは途中で何度も寝てしまった。最後にわたしは「それでは講義を終わります」と言った後、学生から何の反応もなかったことに驚いた。今までに講演や特別な講義を年に数回させてもらうことがあるが今回のことは驚きだった。ちなみに担当教員は、学生が最後に頭を下げ、それがお礼の形であることを説明してくれた。そうであってもわたしには彼らの態度は意外に感じられた。将来の医師とはこういうものであろうか。幼稚園は別として、高校を卒業するまでの12年間の教育は何であったのか。この講義を受講に来た50代の婦人は「学生の学ぶ欲求のない態度に驚いた」ということばはわたしの気持ちを反映してくれる。

 優秀な人物の集まりを前にした神父の徒労感が伝わってくる。恐らく共通して優秀なのは受験テクニックだけで、その他の知性や人格は人それぞれで、受験で勝ち得た結果と必ずしも比例するものではない。寧ろ神父が感じたように、受験の果実とは反比例しているのかもしれない。医者の卵にしてこれだから、そのほかでも同じようなものだろう。いや寧ろそのほかの方が精神を大切にしているかもしれない。高尚な言語を用いなくても日々の生活で体感的に身につけているかもしれない。そもそも敢えて学ぶことでもないのかもしれない。
 他の優秀を気取る集団がこの国を食い物にしている。よその国でもおおむね同じようなものだろう。嘗て飼い犬を殺された恨みを成人してその集団にいる人間に果たした人間がいたが、今年土地や仕事や社会や家庭を奪われた人達は後々どの様な行動を取るのだろう。一匹狼の牙でも世の中を震撼させることが出来るのだから、もし恨みが群れを成したらどの様な逆襲が起こるのだろう。物言わぬ民と侮っている奴らにどんな反撃に出るのだろう。その引き金は恐らく数年後、幼い子供を持った家庭からひかれるだろう。言われ泣き幼子の苦痛を誰も受容できるはずがないのだから。
 歯がゆさの中で季節だけが巡る。


2011年11月06日(Sun)▲ページの先頭へ
食欲
 ごく普通の食生活さえすれば、僕の所にやってくる必要はないのだろうが、持って生まれた食欲か、持って生まれた卑しさか知らないが、縁が切れない。むちゃくちゃな食生活のくせに、病気にはひどく敏感で臆病で、その乖離が個性を際だたせている。
 僕より随分年上なのに、食べている内容と言えば若者のままだ。僕などそのメニューを聞いただけで胃がもたれそうなのに、毎日その種のものを食べている。当然その結果、ありとあらゆる血液検査の指標が悪くて、内科の薬も欠かせない。ただ余りの食欲の豪快さに現代薬も歯がたたず、漢方薬の出番が多い。東西の英知を結集して彼の食欲禍と闘っている。
 漢方薬を作るのに立ち話で十分だ。町内の人だから気楽に漢方薬を取りに来るからほとんどカウンター越しで落着する。ところがその日は僕が疲れていてテーブルを挟んで腰掛けた。するといつもは同じ目線にある彼だが、ひどく僕が見上げるようになった。そして横幅も僕の倍くらいあるように迫ってきた。「○○さん、太ったのではないの?」と尋ねると「分かる?」と答えたから当然「分かる」と答えた。これだけ太れれば基本的には元気だ。体調が悪いときに、安定剤などを服用していることを除けばなかなか太れるものではない。「なんキロあるの?」と尋ねると「87kg」と答えた。「おしいなあ、もう3キロ太って90キロの大台に乗せようよ」と励ました。照れながら笑っている彼にもう一押し勇気を与えた。「ギトギトギッチャンのものを沢山食べて、ギトギトギッチャンになれば人生太く短く生きられるよ」と。こんな応対をすれば普通なら二度と来ないだろうが、きっと今週中には又来るだろう。つくづく田舎で薬局をしていて良かったと思う。いくら僕が都会的に洗練されているにしても、そう思うづら。


2011年11月05日(Sat)▲ページの先頭へ
補聴器
 困っていないだろうか、分からなかったのだろうかと気をもむがどうしようもない。
 色々な忘れ物や、落とし物を経験したが、これは初めてだ。結構高いものらしいから、なくしたことに気がついて訪ねてきてくれればと思うが、もう一月近くその様な気配はない。
 薬局の前で肌色の小さな補聴器を拾った。耳に装着するタイプだ。薬局に入ってくるときに落とせばスタッフの誰かと必ず会話するから気がつきそうなものだが、いやいや帰りがけでも車の音などが聞こえないから気がつきそうなものだが、誰も名乗りでない。入れ歯ではないから保管するのに気持ち悪いことはないが、それでも何となく人様が装着していたものだから気持ちよいものではない。手に触れずにずっと同じ場所に置いている。
見たくないもの、聞きたくないものばかりだから、確信犯的に落としていったか。何十万の人の命を縮めてなおのうのうと税金をかすめ取る奴ら、共犯だから一向に批判しない奴ら、たかが事務処理を大犯罪のように仕立て上げ、比較にならないくらいの大罪に目をつむる奴ら、見たくない聞きたくないことばかりだ。若者がテレビを見なくなったらしい。若者だけではないだろう。芸無しを並べてコマーシャル代をかすめ取ることに付き合わされる所以はない。何ら世界規模の犯罪を断罪することなく、寧ろ隠蔽に手を貸す新聞も、何を今更という記事ばかりでテレビと同じ読む価値もない。
 乾いたコンクリートの駐車場に妙になまめかしい補聴器が一つ。写真家が撮れば時代をを糾弾する一つの作品に仕上がるかもしれないが、なにぶん僕には携帯もカメラもセンスもない。あるのは胡散臭い奴らの表に出ない声を聞くやっかいな耳だけだ。


2011年11月04日(Fri)▲ページの先頭へ
愛車
 何処か不具合がありますかと尋ねられたので、時計が数分進んでいることと、エアコンがきかないことだけを伝えた。会社に帰ってから見積もりを連絡しますと言われたから、そんなものは必要ないと言おうとしたが、何となくその言葉を飲み込んでしまった。
翌日見積もり結果の電話をもらったとき、連絡なんていらないと言っていなくて良かったと思った。僕は不具合は2箇所くらいしかないと思っていたのだが、実際は何カ所もあってその名称と金額を一つずつ教えてくれた。その名称はほとんど理解できなかった。一つずつはたいした額ではないけれど積算していくと結構な額になる。そして極め付きが意外にもエアコンで、単なるガス欠かと思っていたらどこかの管が破損していて、エアコンの修理だけで17万円かかると教えられた。どうしましょうと尋ねられたから僕は即答した。「クーラーはいいです。窓を開けて走りますから」と。これで決まった。来年の夏は暑い。窓を4箇所全開にして走らなければならない。と言っても若い頃はそれが普通だったのだから、特別不便なようには感じない。まして僕の車に他人が乗ることはほとんどないので、人を不愉快な目に遭わすこともない。自分が耐えれば何ら問題はないのだ。
 車屋さんと話すときはいつも向こうがニヤニヤする。もう良かろうという声が聞こえてきそうだ。随分長いこと乗っているからもう買い換えてくれても良かろうと表情から読みとれる。そんな時は、随分いい車を世話して頂いたからいつまでも乗れると機先を制することにしている。すると向こうは、いつまでも乗って頂いて有り難いですと言わざるをえないし、事実その様に言う。痛し痒しなのだろう。ただ新しい車に乗って何か良いことでも起こるならその選択もあるかもしれないが、何もときめかないのだ。日曜日岡山に用事をすます為だけに利用しているのだから、ときめきもへったくれもない。止まらないように動いてくれればそれでいいのだ。車には安全しか要求していないので、当分この車でいい。動いている間は車だけれど、お暇を出せばその瞬間からくず鉄だ。乗ってさえいれば、生きているうちからくずと呼ばれる人間様よりはずっとずっと立派だ。僕の愛車ボロボがそう言っている。


2011年11月03日(Thu)▲ページの先頭へ
助言
 祝日ですることもなく2階でぼけっとしていたら、インターホンが鳴り妻が裏の戸を開けていた。するとけたたましい話し声がし、皮膚病の方が来ているから降りてくるようにと催促された。
シャッターを開けて体制を整えると表から入ってきたのは年に1度くらいやってくる老人だった。勢いのよい人で何もこちらが尋ねないうちに機関銃のように話し始めた。色々症状を訴えるが、僕は患部を見ればすぐに分かった。患部と言っても頭部だし、髪もすでにかなりまばらだから頭皮がよく観察できる。見たところかなり年季が入っていて、この数年のトラブルのようにはなかった。随分前からではないのと尋ねると、小学校の時からと言う。その男性の小学校の時からと言うと四捨五入すれば1世紀前のことだ。昔はシラクモと言って・・・と説明をしてくれるのだが、当然シラクモではない。「ご主人これは栄養取りすぎ病だ」と言っても、何のノスタルジアか知らないが70年前のシラクモが治っていないと言う。何軒もの皮膚科に行っても治らないし痒くて仕方ないから、スッとして気持ちがいいからと水虫の薬を塗っているらしい。時として脂漏性湿疹の場合白癬菌が影響していることがあるから、それはそれで偶然正しいのだが、あたかもチックを塗っているかの如くべとべとに光っているので、塗りすぎではないのと注意した。
「先生、この頭には苦労させられているんじゃ。ワシは昔、油を使う仕事を長いことしていたから、結構ガソリンなんかに触った後がスッとして気持ちがよかったんじゃ。だからガソリンを頭に擦り込んだことがあるんじゃ」一瞬聞き間違いかと思ったが「ガソリンを塗ったの?どうかならなかった?」と尋ねると、やはりガソリンを塗ったらしくて「一皮むけた」と答えた。「一皮むけたのに治らんのじゃ」と残念そうに言うから、僕はそこで笑いの壺に入ってしまった。
 退屈な1日だったが、良いタイミングでこの方が来てくれた。僕も薬剤師らしいところを見せなければならないから、今までの苦痛が軽減されるような皮膚病の薬を出した後「どうしてガソリンを塗ったあと火をつけなかったの」と専門家らしい助言をした。
 たった一言で救われた1日だった。


2011年11月02日(Wed)▲ページの先頭へ
上司
 いつも来る若いセールスが上司を連れてやって来た。ある漢方の製薬会社の部長だが、最近はどんな立派な肩書きを持っている人でもほとんどが年下になった。牛窓に帰ってきた頃はどんな下っ端のセールスがやって来ても年上だったのに。
あることに対するお礼に来てくれたのだが、部下からどの様な情報を得てやって来たのか、若干面食らったところがあったのかもしれない。あることとは、会社が企画したイベントにたいしての少しばかりの心遣いだったのだが、そのことにえらい恩をきてくれて、わざわざお礼にやってきたのだ。ただその心遣いは僕の力ではなく、結局は僕の漢方仲間や、僕らの共通の先生の力なのだが、ただ窓口でしかなかった僕の力と勘違いしてくれたのかもしれない。だからどんな立派な薬局だろう、どんな立派な薬剤師だろうと思ってやって来て、予想に反していた節が読みとれた。
その一つ、漢方専門薬局ではないんですかという質問。僕は漢方薬だけで皆さんをお世話しようとなんか思っていない。サロンパスで治るものを理屈をこね回して漢方薬を飲んでもらうつもりはない。お金を頂く理由がないし、ただでさえ原料が枯渇しそうな生薬の無駄になる。専門薬局を標榜して、洋服の青山のスーツを着て、毎月散髪に行き、高級な調度品を揃え、流ちょうな標準語を使い、軽症でも重病のように応対すれば、料金が何倍にも跳ね上がる。いくら高くても許される雰囲気になってしまう。それで漢方薬の効果が上がるならいいかもしれないが、効かせることとは全く連動しない。だから僕は昔のままのごくありふれた薬局の、ごくありふれた薬剤師で通す。それよりもなによりも居心地が悪すぎて僕が病気になる。だから今のパターンしか選択肢はないのだ。
 もう一つの質問。相談は予約ですか。この答えも簡単だ。僕は漢方薬を求めてくる人を予約にして応対するほど忙しくない。また根ほり葉ほり質問しなければ処方が決まらないわけでもない。30年以上人と接していればポイントは自ずと分かってくる。だからまるで尋問みたいな光景はないし、やたら説教するほどの節制も僕自身がしていない。
 わざわざ遠くから来て肩すかしを食らったかもしれないが、こんな薬局もあるんだと立派な肩書きを持っている人だから知っておいて欲しい。一握りのセレブを世話するカリスマ薬局もあってもいいが、その他大勢を世話するその他大勢の薬局も必要だろう。もっとも福山雅治似の僕にとって今の薬局は所詮カリスマイ薬局なのだが。


2011年11月01日(Tue)▲ページの先頭へ
遠慮
 親にとって子の幸せに優る喜びはない。自分のそれに比べることも出来ない。もし成人した子供が家から出ることが出来ないとしたら、心痛はこれ又推し量ることは出来ない。 その人も又、長年その環境にあった。だから顔も知らない単なる薬剤師に礼儀を逸する態度を取ってもさもありなんと僕は思っていた。(ある方にお世話してあげてと紹介された人)背負っているものがあまりにも大きくて、礼儀なんてものに気持ちをさく余裕もなかっただろう。悪意ではないのだ、礼儀知らずはいわば悲鳴だったのだ。
 抑揚のない気持ちの全く入っていない事務的な電話しかもらったことがないから、今日は受話器をとった瞬間に、事態がかなり好転しているのではないかと思った。案の定、お子さんがほぼ毎日仕事に出かけているという報告と、漢方薬が切れたと言う報告だった。いつもは淡々と後者の連絡だけだったのだが、今日は相手から前者の報告をしてくれた。沈んだ声しか聞いたことがなかったから、ごく当たり前の話し声に安堵した。心の重荷がとれれば、いつだってごく当たり前の人に戻れるのだ。これで家の中が少しは明るくなるのではないかと思った。
何の偶然でこうなったのか分からないが、僕の薬局は珍しいことだが若者に漢方薬を作る機会が多い。漢方薬と言えば年配者が利用するもののようだが、僕の薬局に限って言えば圧倒的に若者が多い。それも少しだけ気持ちが落ちている人が多い。気持ちが落ちれば付随して体調も悪くなるが、その辺りはさすがに若者で、臓器が傷んでいるわけではないので、早く回復する。鬱々とした日常を解放してあげれば自ずと体調も改善する。
 いくら病院で精密に調べてもらっても身体に異常はない。ただ本人の苦痛はその事とは全く関係なく大きい。対人関係が、家族、友人、地域社会、職場で築きにくいご時世で、上手く生きていくなんて至難の業の人が多い。上手く生きて行かなくてもいいのに、上手く生きていくことを良しとする価値観から逃れられない。
 一部の有能な人を除いて、人を高きに導くことなんか出来ない。ただ人は常に高きを目指すものではないから、谷底に落ちた人に、それが浅いか深いかは別にして、手を差し伸べることくらいは出来る。僕ら凡人でも小川に落ちた人に手が届くことくらいはある。その手も、嘗て小川に落ちた経験がある人なら上手に伸ばせるし、谷底に落ちた経験がある人なら、妙案を思いつく。
 人がそれぞれの分相応の志をもって歩く道に帰ってきて欲しい。監獄のような日常から戻ってきて欲しい。河原の石ころをポケットに忍ばせ上がってきて欲しい。一人部屋の中で忍ばないで欲しい。生きることに遠慮しないで欲しい。


   


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