栄町ヤマト薬局 - 2011/09

漢方薬局の日常の出来事




2011年09月30日(Fri)▲ページの先頭へ
糾弾
 凄いとしか言いようがない。ある妊婦が福島で敢えてお産をするというニュースの中で見かけた産婦人科医院を経営しているお医者さんのことだ。自らの病をおしてと紹介されたから何だろうと思ったら、自身は大腸癌が他の臓器に転移しているらしい。それも数カ所に。恰幅がよいからその様には見えないが恐らくかなり身体は蝕まれているのではないか。ところがそのお医者さんの言ったことが「凄い」としか言いようがないのだ。インタビューに答えて「忙しすぎて自分の体調のことは1分1秒たりとも考えたことがない」と言うのだ。癌になって転移もしているのにだ。その事を聞かされてまるで動じていない、いや動じる暇もないってことがあり得るのだろうか。根っからの医者魂か、他に何か悟りを開くようなものがあったのか知らないが、並の人間が到達できる境地ではない。彼を見ていたら確かに病気だが病人ではない。新しい命を取り出すために、又妊婦達を守るために忙しく働いている。
僕の回りにはそのお医者さんのように悟りの境地に達した人がいないから、病気だが病人ではないのと逆の人ばかりだ。病気でもないのに病人になっている人ならいくらでも紹介できる。もっと言えば、テレビでやたら病院に誘導するようなコマーシャルが流れるから、病気でもないのに病人にならされる人も結構でてきた。変わったところでは病気でもないのに病人になりたがる人もいる。
 若者は病気知らずなんてことを無邪気に信じていた時代は終わったのか。病名の付かない不調に翻弄され、製薬会社のコマーシャルに翻弄され、脅迫にも似た健康食品とやらに翻弄され、出口のない樹海を彷徨っている。胃液も出そうにない老人が逆流性食道炎の診断をやたら受け、内気な子が友人関係を築けないからと言って社会不安障害の診断を受ける。不自然が許されないような風潮がある。力を持っている年寄り達の不道徳こそが不自然だと思うが、力無い青年のふと逸らした視線こそがしばしば糾弾される。


2011年09月29日(Thu)▲ページの先頭へ
草根木皮
 喘息ではないから呼吸困難はない。ただ、激しいときは数十秒に1回、咳き込むことを8年間続けたらどうだろう。想像しただけでも絶望的になる。咳続けて結果的に8年にもなるのならまだ耐えられるが、これから8年咳きなさいと言われたら果たして耐えることが出来るだろうか。若い女性があるストレスを切っ掛けにこんな目にあった。
喘息でなかったから(実際には喘息の薬も病院で処方され試みたらしいが)難しかったのかもしれない。現代医学では病因が見あたらないと治療がなかなか難しい。炎症反応も気管支の病的変化もなければ治療に苦労するだろう。ただ運のいいことに漢方薬の場合、目の前で繰り広げられる症状に対して薬を決めていけばいいので、最初の2週間目でかなり改善した。その後咳が収まってから次のこれ又解決が困難と思われていたものも完治した。そして数日前に家族の漢方薬を取りに来たときについに彼女の漢方薬はいらなくなった。2つの解決困難だったものが完治した。
 今彼女は仕事に就いて、あるスポーツ観戦にはまっている。こんな日が来ることを家族の方は想像していただろうか。咳もしない、疲れもしないお嬢さんを何年目撃していなかっただろう。ごく当たり前の誰にでもある日常風景から遠ざかっている人が結構いる。そのほとんどは病院の医師達の手によって解放されるのだが、たまにその手から漏れたもので、漢方薬でしか救えない方に遭遇することがある。それこそが30年近く継続して漢方薬を勉強してきたおかげなのだ。飽き性の僕が良くもこんなに一つのものにのめり込んだと思うが、やはり上記のような感動に時々巡り会えるから、今も尚楽しく意気高く継続できているのだと思う。
このところ嬉しいことに、このお嬢さんのように社会に出てくれる、あるいは復帰してくれる若者が続いている。世の中に沢山いるその筋の匠のように若者を心と身体で導くようなことは僕には出来ないが、漢方薬で同じことが出来ることを沢山経験している。屈折した心で百円玉数枚にその日を賭けていたあの頃の僕が、時代を超えてうじゃうじゃと電子の巷を放浪しているが、草根木皮でこそ癒される傷もある。


2011年09月28日(Wed)▲ページの先頭へ
神経質
 処方せんを持ってきた初老の男性が、薬が出来る間、やたら話しかけてきた。僕は漢方薬の調剤の準備をしていたのだが、彼には暇に見えたのだろう。娘夫婦が彼の調剤をしている間、ずっとほぼ一方通行気味の会話をした。
 ただその中で一つだけ興味深い話があった。持ってきた処方せんの内容とは全く異なるのだけれど、ウンチがよく出て困ると言った。1日4〜5回、それも午前中に集中するから散歩にも出かけられないらしい。かれこれもう50年の癖だからかまわないが、お医者さんに相談したら「神経質なんじゃ」と言われただけらしい。しかし、考え事をしたり、大事な用事があったり、集まりがあったりすると必ずウンチがしたくなるし、物を捜すだけでもウンチが出るらしい。 
この症状は明らかに現代的な言い方をすると過敏性腸症候群なのだが、そんな昔から、ひょっとしたら戦中の方かもしれないのだが、こんな現代的な症状を持っていたってことに驚いたし、医師に相談しても神経質の一言ですまされ、それ以上追求もしないし、諦めていることにも驚いた。不幸にもかかっている医師が過敏性腸症候群のことを知らなかったのだろうが、何処にかかるかで得るもの、捨てるものの差が大きい。医師の方ももう少し耳を傾けなければ、午前中に散歩も出来ない人生がどれだけ不完全なものかを理解することは難しいだろう。結果的にはその不完全さに手を貸し、膨大な時間を無駄に過ごさせたことになる。
 僕はその人と面識がなかったので、それ以上立ち入らなかったが、処方せんを持ってくる人とは距離感が必要だ。むやみに薬局の薬を勧めることは出来ないから、おおむね興味がない振りをする。しかし、今からでも恐らく僕なら改善できる。ただ諦めきっている彼は、それを期待している雰囲気でもないし暗黙の病院と薬局のルールもあるから、ただただ一方通行の会話に甘んじていた。
医師と患者のちょっとしたミスマッチでこうした症状を抱えて暮らす羽目になる。難病ならいざ知らず、ありふれた症状を「神経質」の一言ですませれる職業を羨ましいと思うが、人の良い患者も考えものだ。人の良さではお医者さんを治せない。


2011年09月27日(Tue)▲ページの先頭へ
荒野
 改革派官僚と言われる古賀さんが役所を去った。出版した本を読んでいないから詳しくは分からないが、いつものように辞めてからマスコミはネタにする。彼が本当に力を発揮したらマスコミも電力業界との癒着を暴かれるから、影響力がなくなってからネタにする。本当につまらない奴らだ。マスコミに就職する人間の質がかなり低下しているのだろう。それとも昔から所詮この程度か。彼が能力を発揮できない環境を作った奴らは胸をなで下ろしているだろう。げに恐ろしい国だ。どこかの国のように超権力者が返り咲いて権力を行使するのと何ら変わらない。
それにしても久し振りの美学を見せられた。小出先生と同じような印象を持つ。権力を欲しがらず、権力に盲従せず、正しいと思ったことを曲げない。視線は常に下流にある。あのすがすがしさはなかなか現代では目撃出来ない。上は国家を動かす現場から、下は小さな集団まで、ろくでもない人間が支配したり仕切ろうとする。ろくでもある人はそう言った欲望がないから、ろくでもない力を行使しないが、ただろくでもないやつや胡散臭いやつには一際精巧な嗅覚を持っているから、本能的に対峙する。
 最早正義などというものを教えるところは何処にもないから、それらを身につけた人が出てくる環境にはない。精神を鍛えられるよりは、目の前の問題を如何に効率よく人より早く解くかを教え込まれた人間が、この国の中枢を動かしているのだから、余程の幸運な巡り合わせに遭遇した人以外は、罪を自覚できないまま人を苦しめる。
 正義という名の下に多くの犠牲を強いられた時代に戻れと言うのではない。声高らかに唱えられるのではなく、ささやくように胸に忍び込むものでよいから、誰かがしっかりと伝えていかなければ、巷からそれらはやがて姿を消してしまう。そうなればどんなに生きづらい世の中になるだろう。窒息の荒野では暮らしていけない。


2011年09月26日(Mon)▲ページの先頭へ
韓国
ヤマト薬局様
 22日から25日まで、韓国に旅行に行っていました。すみません。出発前に処方をお願いすればよかったのですが、バタバタしていて今になりました。
 その旅行でのことなのですが、最近日常生活では、少しずつお腹やガス漏れが気にならないようになりつつあったのですが、やっぱり飛行機はまだ克服できませんでした。一昨年学生の時に、ゼミ旅行に行ったときに飛行機でガス漏れして後ろに座っていた同じゼミの男の子に陰口を言われて以来、飛行機や新幹線もちょっと苦手だったのですが今回また乗ってみて、まだああいう他人と至近距離に(とくに後ろに人がいると明らかにわかる場合で)長時間密着して座るのはダメだと気が付きました。なんだかお尻のあたりが温かくなるような感じがして漏れている感じがするんです。心が安定しているときには、お腹もガス漏れなんかあり得ない!という気持ちになれるのに、少しでも心がもやもやしてネガティブでいると、体がまた悪いほうに戻ってしまうんです。でも不思議なのが、帰りの飛行機で後ろに人がいると思っていたのに、実はいなかったと気が付くとガス漏れの感覚が極端に減りました。ほんとに、気にすると出る?ように感じるみたいです。今回の旅行も楽しめたのですが、次に飛行機に乗るまでに、ガス漏れやおなかが気にならないよう、克服していきたいと思いました。新たな目標もできたので、頑張りたいです!

○○さんへ
 若いっていいですね、ちょいとそこまでの感覚で外国に行けるのでしょうね。僕のちょいとなど、近所の自動販売機くらいなものです。行きの飛行機での出来事は最近の貴女の回復に水を差したかもしれませんが、帰りのエピソードは本質を突いていますね。身をもってそんな体験をしたのだから、後は貴女がそれをどの様な教訓として導き出すかだけです。決して無駄な体験ではなかったし、旅行も楽しめたのですから、なかなかの収穫だったと思います。もっと喜ばしいことは、貴女が果敢に挑戦していることです。苦手なことを避けてはこのトラブルは治りません。現場で治すって大原則を貴女は実践しているのです。僕の処方で貴女はここ何年も越えることが出来なかった壁を越えられるようになります。それと並行して内臓の働きが正常にもなります。腸内環境も整います。すでに同年輩の方よりはるかに貴女の方が綺麗なお腹になっていますよ。それで治らない手はないですよね。韓国どころか今度はヨーロッパにも挑戦してみてください。
ヤマト薬局


2011年09月25日(Sun)▲ページの先頭へ
封印
 大きなスーパーの駐車場に車を乗り入れた瞬間、正面に警察官が立って行く手を塞いだ。反射的にポケットの上から手を当てて免許証を確認した。この場面でとがめられるとしたら免許証不携帯か僕の人生の後ろめたさくらいしかないから、取り敢えず前者はクリアした。後者は留置場で警察官と面と向かって数ヶ月の自白でも足りないだろうからこの場でおとがめはないと見た。
警察官を見て慌てるのは僕の青年期からの癖だが、さすがにその傍に10人くらいのたすきを掛けた奥さん方がいたから、逃げ出す体制に入る必要はなかった。窓ガラスを下げた僕に警察官が顔をのぞけて「今日はシートベルトを・・・・・」と説明してくれた。短い棒読みの説明の後、一人の奥さんが近寄ってきてなにやら景品をくれた。こうしたシーンは時々テレビニュースで放映されている。すぐに僕も交通安全運動の一環だと理解できたのだが、見回してもテレビクルーがいない。こんなチャンスは滅多にないのだから、僕が景品をもらって微笑んでいるところをニュースで流してくれればいいのにと思った。又コメントの一つでも促されれば、粋なのを残してあげるのにとも思った。カメラ目線で少し照れながら、出来れば地方の雰囲気を醸し出すために、又人の良さを出すために、華麗な標準語ではなく岡山弁で答えると好感をもたれるに違いない。「今日は突然プレゼントをもらって、うれしいずら。てめえを守るためにシートベルトはちゃんとするずら。皆さん方も大変ずら」と。
 あってもなくてもかまわないような日曜日が、あってもなくてもかまわないような人生を騒々しく横切る。何もかもが小さくたわいもないものに見えてしまう。素通りする時間を呼び止める気力も体力もないが、取り残されて失うものもない。とっておきのカメラ目線も今日は封印だ。


2011年09月24日(Sat)▲ページの先頭へ
肥満
 共通項を捜しても、何一つなさそうな二人なのに同じような人間もいるものだと思った。遠くから来てくれた、若くてまるでモデルのようなスタイルの女性が「食べることに興味がないんです」と言った。古くてまるでプラモデルのようなスタイルの僕が言うのならまだわかるが、テレビの食べ歩きでもすればぴったりのような女性が、僕と同じような、あの頃の僕とも同じようなことを言ったので意外な感じがした。ただ彼女は野菜を中心に食べているみたいだから、それはそれでいいし、あのスタイルはそれで保証されているのかもしれない。
 問題は僕だ。僕の場合、若い頃の唯一の満足は腹十二分だった。腹八分でも、腹十分でもなく、食べ過ぎて吐き気がするほど詰め込むことだけだった。お腹がぱんぱんに満たされれば、内容はいっさい問わなかった。米だけで良かった。塩をかければ美味しくて、カップヌードルをかければさらに美味しくて贅沢だった。おかげで体は悪くしたが、贅沢とは無縁になった。人並みに美味しいものは美味しいが、敢えてそれを求めると言うことは以後一切なかった。与えられたものを食べるだけで、空腹が満たされればそれだけで食べることの目的は達せられた。
 この習性を情けないとも哀れとも思わない。それに費やす努力を恐らく他のものに回しているだろうから。何処に回してどの様な果実を得ているのか定かではないが、体型だけでなく恐らく心もスリムになっているだろう。心も身体も肥満は僕には似合わない。


2011年09月23日(Fri)▲ページの先頭へ
差し入れ
 ありがたい、ありがたい。今日は二人の方に親切にして頂いた。
休み下手なのに意を決して朝からシャッターを開けないでいた。すると9時を過ぎた辺りから数人続けて電話があった。老人の急な紙おむつの在庫切れが2件と漢方薬が丁度切れたって言う電話が2件と、ただ薬局が開いているかどうかの確認の電話が2件。
 今日は一人きりだったので、何年ぶりかに自分で配達をした。僕が直接届けに行ったから依頼者はびっくりしていた。何年も会っていない人で、その衰えぶりに驚いたが、向こうも僕の老けぶりに驚いていたかもしれない。自然の摂理かもしれないが結構残酷なものだ。若い人にはその動物としての大いなる価値(健康と美しさ)に気がついて日々を充実させて欲しいなどと、まさに老人みたいなことを考えてしまう。
薬局が開いているかどうかだけ確かめた女性が、大きなおはぎと、サラダと、ゆで卵を数個持ってきてくれた。まるで僕が今日一人でいることを知っているかのようなタイミングだ。もっともこの数年届けてくれているし、卵は4個だったから、家族がそろっているものとしての行動だろう。でも今日のタイミングは有り難かった。昼はコンビニ弁当と決めていたが、夕食がこれで出来た。
午後からは、遠くのあるお寺さんのお嫁さんが漢方薬を取りに来るついでに梨とブドウをお土産に下さった。おじゅっつぁん(これって共通語なのだろうか?この辺りだと僧侶のことをこう呼ぶ)の奥さんがことづけてくれたのだが、まさか今日僕が一人で食事をし、デザートに困っているだろうなどとは想像しなかっただろう。でもこれも有り難すぎるタイミングだ。一人で食べるには多すぎるし、ブドウが緑色だから覗いてみると、シャインマスカットと書いていた。
 もう随分前だが、お寺さんの奥さん方の集まりで漢方薬について話したことがある。以来、何人かの奥さん方とお付き合いが出来て、役に立たせて頂いている。奥さん方はおじゅっつぁんの陰に隠れてあまり表には出てこないが、結構出来た人物が多くて、意外と奥さんで持っているお寺さんが多いのではないかと感じたりしている。今日訪ねてきてくださったお寺さんにも、素敵なお嬢さんとお嫁さんがいて、特別な職業を特別なようには感じさせない物腰の低さがある。
 東北の津波被害の後、多くの宗教者の言葉を聞いたが、圧倒的に仏教の方が多かった。人口の割合から言っても当然のことかもしれないが、語られる内容は悲しいくらい風土に合致していた。他のものでは変わることが出来ない歴史が大地に根付いていた。有名と言われる仏教者だけではなく、身近にいるおじゅっつぁん達ももっと多くを語ればいいのにといつも残念に思う。恐らく多くを学び修行もしているのだろうに、もったいないことこの上ない。信仰を競わせるようないびつなものではなく、生と死を土着の風土の中で語って欲しいと思う。
 働いているのが一番体調がいいという悲しいくらいの休み下手に、差し入れ上手が二人。


2011年09月22日(Thu)▲ページの先頭へ
冥利
歯医者さんの待合室で10年ぶりくらいにある女性と会った。その女性がしきりに礼を言ってくれるのだが、普通の人とは観点が違う。お礼の内容は、当時フラフラしていたのを治してあげたことではなく、治れば薬は止めればいいと言ったことに対するお礼だった。大きな病院を二つハシゴして原因が分からなかったのだが、それが治ったことよりも、ずっと薬を飲むことなく過ごせたことに対するお礼だった。僕はいつもの口癖で「治ればやめればいいじゃない、どうせ薬を飲むのがたいぎに(億劫に)なるよ」と言っていたら、それを良く覚えていて実行したらしい。以来その症状はもとより他の不調も出ていないらしい。「毒を身体に入れなくてすんだ」と何回か繰り返したが、現代薬は決して毒ではないことは言っておいた。数え切れない人達がその恩恵にあずかっているのだから。ただ時に経済が優先されがちになるって欠点ははらんでいるが、それを言えば漢方薬だってしかりで、時にカリスマを自称する人達がべらぼうな値段を要求するみたいだし、逆に何も分かっていない漢方薬の「売り手」もべらぼうな値段を請求している。
彼女の名前は幾度かあれっと思う場所で目撃していた。体調が良くなってからは助産師の経験を生かして「命」についての講演を学校を含め色々な場所で行っていたらしい。職業柄無駄な薬は飲む必要はないと思っているのだろうが、その考えと僕の考えが偶然一致したのだろう。当時講演をして回るような方になるとは想像できなかったが、今では落ち着いた自信を醸し出している。どんなことが人の役に立てるか分からないが、縁のあった人が活躍している姿を見ることが出来るのは、漢方薬局屋冥利に尽きる。


2011年09月21日(Wed)▲ページの先頭へ
沈黙
 毎月、日本薬剤師会から「日薬医薬品情報」と言うのが送られてきて、新たな副作用情報などを教えてもらえる。今月送られてきた冊子の中に「選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の精子特性への影響について」と言う項目があった。難しいタイトルだがなんのことはない、今メチャクチャ売れている?使用されている?抗ウツ薬のデプロメールやルボックスやパキシルやジェイゾロプトに精子特性を変化させ受精率に影響を与える可能性があると言うことだ。こうした硬い表現では何のことか分からないが、精子のDNAを損傷させる(断片化)可能性があるってことだ。数字で言うと本来の断片化より20%くらい上昇させるらしい。さりげなく書かれているがこれは問題だろう。DNAの損傷なんて放射線か活性酸素くらいしか知らなかったが、薬剤によっても起こりうるのだ。 こうして知識が得られると、処方せんを持ってきた人にこういったリスクがありますと説明して、幾ばくかの指導料なるものをもらうのだろうが、同じDNAを切断する放射線について薬剤師が如何に無関心かは嘆かわしい。その対象者やその威力は抗ウツ薬の比ではないはずなのに、一向に薬剤師から声は上がってこない。まさか、いくら言っても指導料が取れないから言わないのではないだろう。もともと僕を含めて、放射能に関して危機感がないのか知識がないのか分からないが、比較にならないくらいの毒性に対して沈黙するのはどうかと思う。まして副作用に関してのプロを自任して、それに対して税金からお金をもらっているのだから。
 もっとも、もっと専門的な医師会からも声が挙がらないのだから、薬剤師会なんて期待する方が無理かもしれない。考えてみればどちらの会も、長年時の政府を支持しておこぼれを頂戴してきたのだから、お上にもの申すのは仁義の道に反するのかもしれない。自分たちの実入りが大切か、患者の健康が大切かと問われれば、一体本心はどちらと答えるのだろう。
信頼とか信用とかの言葉のデフレに、拠り所を失った人達が彷徨う。


2011年09月20日(Tue)▲ページの先頭へ
思考停止
 なんという名前だったかな、太野?中野?なんか「野」がつくような感じがしたのだが。あっ、そうだ、きっと嘘野だ。
世界に向かって原子力発電所の事故が冷温停止状態になったと発表した。一体それを心底信じる外国の人がいるのだろうか。政治ショーは誰に向かって行われているのだろうか。放射性物質が降り注いだ街で、何もなかったように若い女性が戸外でアイスクリームを食べている。その光景を驚きを持って映し本国に伝えたテレビ局がある。秩序とか勤勉とか礼節を伝えたい日本のマスコミとは全く視点が違う。日本のマスコミが守りたいのは、過去の癒着であって、国民の安全ではない。自分たちの過去の罪悪を正当化したいだけで、庶民が被爆してどの様になっても自らをとがめる良心など持ち合わせてはいない。
小出先生によると冷温停止とは、元々の機能が壊れていないときに行われるものであって、核燃料が解けて圧力容器も格納容器も解かして地中に流れ落ちているものを言うものではないらしい。正常に原子力発電が作動されているときに初めて用いられる言葉らしい。なんてまやかしをするのだろう。隠された情報を今は役人の口以外から手に入れれる時代だ。一体何時代と思っているのか知らないが、陰湿にも程がある。国民を幼稚な、無知な納税マシーンくらいにしか思っていないのだろうか。
 そんなやつが福島の事故の後始末をするらしい。肩書きに酔って、報酬に酔って、冷温停止ならぬ、思考停止に陥っている。いやいやもともと人のためなどと言う言葉は語彙の中に持っていないのかもしれない。だから政治家になったのだろう。是非住所を原発の10km園内に移して毎日の生活ぶりをユーチューブで流して欲しい。説得力とはそうして初めて生まれるものだ。


2011年09月19日(Mon)▲ページの先頭へ
青年
 「もうお金なんかいらないから漢方薬を持って帰って」と言おうと思った。
 嘗ては牛窓に住んでいたらしいが、今は岡山に住んでいる。数年前にある病気を漢方薬で治してもらったから又わざわざ来たと言っていた。ドラッグで薬を買って飲んだらしいが、勿論素人判断で治るものではない。
どうして僕がお金なんかいらないくらい喜んだかというと、彼が私達は同じ世代でしょうと、何かの話題で話し始めたのだ。同じ世代?どう見ても彼の方が僕には一回りは若く見える。僕はそんな誤解は気恥ずかしいから年齢を告げると、彼は驚いていた。事実ほとんど一回り違っていたのだが、この嬉しい彼の錯覚に漢方薬代4000円分くらいどうでもいいと思ったのだ。
 多くの先輩達が口を揃えて言っていたことに、身体は歳をとっても心は昔と変わらないと言うのがある。僕も実は同じようなことを最近とみに感じている。肉体的には嘗て出来ていたことのほとんどが出来なくなったような気がするが、心は昔のままのような気がする。何故なら綾瀬はるかがテレビに出てくるとつい薬局で仁先生になりきるし、吉瀬美智子がエコだエコだとテレビで言うと、ついパナソニックの冷蔵庫を買ったり、上野樹里が出てくるとつい指揮棒を振ったりと青年期と同じ衝動を覚える。理性の制御より肉体の衰えの制御を受けてなんとか穏やかに暮らせているが、それらを無理に制御せずまだまだ生産的な日々を過ごしている人も多いと思う。豊かな思考と豊かな経験を色々な分野で生産に生かしている人は多いと思う。
老人は、老人の姿形をした青年なのだ。老人のように振る舞うことを強要された時代のなごりで老人らしく振る舞っているだけなのだ。やきもちを焼き、因縁もつけ、人も殺し、万引きも出来る老人のような青年なのだ。


2011年09月18日(Sun)▲ページの先頭へ
我慢
 こんなことなら1年以上も我慢しなくて良かった。
僕はウォーキングの時、小型のテープレコーダーをズボンのポケットに入れイヤホーンで聴いている。小型のと言ってもずいぶんと古いものだから結構重たい。バレーをやっていた頃からのスポーツ用のズボンは、ベルトではなくゴムでずり落ちないようになっているが、それがもう10年以上前のものだから、ゴムの役割を果たすことが出来なくて、重いテープレコーダーのせいで歩いているとずり落ちそうになる。だから時には直接手で持ちながら歩いたり、最近は少し工夫して、ゴムの部分を何重にも折り返して、なんとかずらないで歩けるようにしている。まるで戦争直後の貧しい少年のようだ。あの頃そんな光景をよく見ていたような気がする。ひょっとしたら自分の幼いときの写真の光景かもしれないが。
 今日岡山市内で3時間も時間を潰さねばならなかったので、似合いもしないのに涼しさを求めるのと兼ねて、大きなスーパーの中を回遊した。いつもなら恥ずかしくて足を踏み入れることが出来ない服のコーナーも、今日はやむにやまれず足を踏み入れた。僕は結婚してから基本的にはあてがわれる、あるいはもらった服しか着ていないので、こういった行動は本当に苦手なのだ。そこで問題のズボンを見てみたら、なんと1480円で、散歩用かスポーツ用か分からないが、今履いているのと同じようなものが買えることが分かった。僕は勝手に1万円くらいはするものだと決めていたから、その安さに驚いた。使えるものは最後まで使うというのが僕の主義だから、一瞬は迷ったが、もうこの辺で前のは暇を出してもいいかなと思った。余りにも安いから試着なんか出来ないのかと思ったら、店員さんがどうぞと言うから、試着してサイズを決めて買って帰った。
贅沢をしたのか、無駄遣いをしたのか今でもちょっと迷っているが、まあズボンがずり落ちることを気にせずに歩ければ、そして録音している内容に集中できればいいかとも思う。何せ僕が毎日聴いているのは小出先生の話だから、真剣に聴いて僕の家族や牛窓の人、薬局に来てくれる人達をすこしでも放射能から守らなければならない。何せ巨大な犯罪者がより長生きしてしまう可能性だってあるのだから。何故なら情報は彼らこそ持っていて、庶民には知らされないのだから、こんな割の合わないことはない。


2011年09月17日(Sat)▲ページの先頭へ
訪問者
 土曜日の朝、NHKの番組で「ぶらり西日本」?と言うのがある。別に好んで観るわけではないが、他の放送局で観るに値する番組がないことで、そこにチャンネルを合わせていることがある。でも見始めると結構、色々な町の風情に興味を持つことが多い。中には引退して時間でも出来れば訪ねてみたいなと思わせるような所もある。
その程度の興味で今朝もテレビを観ていたら、なんと牛窓が取り上げられていた。勿論映し出される場所や人はほとんど分かったが、僕が関心を持ったのは、さてあの知り尽くしている牛窓をどの様に表現して、視聴者に訪ねてみたいと思わせることが出来るかだった。日常漠然と視界に入っているものでも、カメラを通して映し出すと1枚の絵になることは多い。それが誇大広告になっていないか興味を持ったのだ。牛窓の現実と映像とのギャップが分かれば、他の地の映像も同じ尺度で冷静に判断することが出来る。
 感想は誇大広告だった。切り取った風景や風情は、わざわざ訪ねてくる程のものではない。どこの町でも同じようなものは見られるし、同じような風情にも浸れる。何もないところがいい所などと、居直る度胸があるなら今のままでもいいかもしれないが、あの映像を見てきた人には後ろめたさを感じてしまう。
何も力がないからついぞその方面で自分の町に貢献は出来なかったが、僕の薬局に遠くから来てくれる人は徐々に増えた。観光客とは言えないが、立派な訪問者だ。しかし僕の薬局に来たついでに、少しだけ町を散策してくれれば立派な観光客に変わる。漁業者や農業者や観光業の方のように大きな貢献は出来ないが、少し健康になって少し笑って帰って貰えればささやかな牛窓の名産品になれると思っている。この町に対する恩返しはそのくらいしかできない。寂れゆく町を逆手にとって純情を漢方薬に添えて提供したいと思っている。


2011年09月16日(Fri)▲ページの先頭へ
取り越し苦労
 どう考えてもおかしい。僕がインターネットを覗くとしばしば薬剤師の求人の広告が出てくる。表紙にどばっと出てくることもあるし、何かの記事を読んだ後に続いて広告欄があったりする。機械音痴の僕だが、何となく出来過ぎのように感じる。僕の職業がインターネットの会社(ヤフー?)に特定されているかのような気がする。ディスプレーの前でいつも白衣を着てキーボードを叩いている姿がインターネットの会社に届いているのではないかと思われるほどだ。
 コンピューターの世界だから何でも出来るのだろうか。例えば僕は職業的に病気や薬に関して検索することが多い。メールも製薬会社や薬剤師会からのものが多い。こうした状況を分析して僕が薬関係の人間と言う予測をコンピューターがするのだろうか。もしそうならコンピューターに日々探偵されているようなものだ。数式の極みに探偵されるのだから陰湿さはないが、それでも情報が集まるところに集まりすぎるのは気持ちが悪い。
 ただこの危惧は、機械音痴の単なる言いがかりですんで欲しい。薬剤師だから偶然画面に表示される、何ら意図されていない薬関係の情報に目がいくのは当然で、単に目に付くだけのことかもしれない。そうして客観的に観てみると、他の職業、医師や看護師の求人も結構目に付く。いやいやそんなことで妥協してはいけない。薬剤師という縛りでなく、医療関係者という枠で探偵してきているのか・・・・考えれば考えるほど怪しくなってくる。言いがかりを恥じるより、もっと怪しくなってきた。
 これではらちがあかない。この世界に精通した人にいつか尋ねて、スッキリしたい。隠しカメラを意識するようなことはしたくない。パソコンに向かってカメラ目線でもあるまいし、とんでもないことを心配しなければならない時代になったものだ。同じ取り越し苦労なら、もっと他のことでしたいものだ。


2011年09月15日(Thu)▲ページの先頭へ
哀愁
 どう見ても30歳代にしか見えないのに、一瞬親の顔が浮かんで「もう40歳になったのかなあ」と言ってしまった。「いやまだまだ」と笑いながら答えてくれたから後を引かなかったが、失礼なことを言った。十分若くて魅力があることをちゃんと僕も認めているから、僕自身も意外と後を引かなかった。お嬢さんよりお母さんが少し老けて見えたのかな。
この導入部分は単なるエピソードだが、その後の会話で彼女が「なかなか上手くは生きられない」と言った。どんな流れでそんな言葉が飛び出してきたのか忘れたが、若い彼女の口から、又心地よい笑顔を見せる彼女から出てきたことで、殊更印象深く聞こえた。さすがに何不自由なく暮らしているようには見えないが、年齢からしたらまだまだ上昇気流に乗っている世代だ。まだまだやりたいこともあるだろうし、それが現在なくてもいつか見つかるだろうし、逆にすでにやり遂げたこともあるかもしれない。それなのに何故あんなに哀愁を帯びた言葉が出たのだろう。彼女について僕は勿論何も知らない。時折、それこそもっと若いときから信頼して色々なトラブルを相談に来てくれるだけの関係だ。笑顔が似合うが、哀愁も又似合うと思った。
 上手に生きることとは彼女にとってはなにだったのだろう。何を持って生きてきた道程を否定の形で表現したのだろう。青春期にセンチメンタルで出る言葉には似ていない。明らかにある判断を持って口から出た言葉だ。個人の心の中に侵入する失礼を敢えて冒すつもりはないが、世代的には中心になりつつある人達が、ひょっとしたら共有している心模様ではないかと思ったのだ。就職氷河期とか超氷河期とか言われる世代なのだろうか。生活の基盤を保証されずに、使い捨てのように扱われる世代なのだろうか。状況も心も漂流を余儀なくされている世代なのだろうか。上手く生きられない人達が、上手く生きる人達を支える屈辱を強いられている世代なのだろうか。反撃する気概を鍛えられずに、従順だけを生き延びる術として植え付けられた世代なのだろうか。
 若い世代にあんな言葉を吐かせる時代が恨めしい。多くを手にする老人達がより多くを求めるから、若い世代に分配されない。放射能だけばらまかれて何もいい目もせずに、寿命まで縮められたらかなわない。自らを守るために気概を持って、金で正義を買ってきた老人達から持てるものを奪い取ることを望む。


2011年09月14日(Wed)▲ページの先頭へ
落ち葉
 彼女はまだ20歳代かな?それとも30歳になったのかな?人が苦手なのか、人が嫌いなのか知らないが、友人は一人もいないと言っていた。現代版友人は、出来るものか作るものか知らないが、僕の場合は前者のパターンしかあり得ない。寧ろ後者のパターンは煩わしくて、必要以上に深入りしないことの方が僕の行動パターンにはあっている。
友人がいるに越したことはないが、いなくても生きていける。寧ろいないことを問題視することの方がマイナスだ。必ずしも人生の前半で出来るとは限らないのだから、いつ出来てもいいのだ。そのうちと言う曖昧さの中に閉じこめておけばいい。
僕は漢方薬を作る人。彼女は漢方薬を飲む人。いつも電話の中でぽつぽつと吐き出す言葉を拾っているのだが、ほんの少々は友情くらいは芽生えているのではないかと思っている。勿論父親くらいな年齢の僕だから、彼女にとっては学校の先生くらいな感覚かもしれないが、僕は素直に彼女の小さな出来事の一つ一つに喜んだり残念がったり出来る。ちょっぴり低い声という以外に何の手がかりもないのに、一人の人物として僕の中にはイメージできている。時折漏らす笑いにこちらも嬉しくなり、倦怠感溢れるろれつにこちらも気分が塞ぐ。
 地球の裏側まで数秒で繋がる時代に孤独の定義も嘗てとは違っている。決して友情の対義語ではない。処理しきれないほどの情報の中で孤独であるのは難しい。体温を媒介に、肉声を媒介にしか伝えられないものの領域がどんどん狭められている時代に感情の移入が煩わしくたって、苦手だっていいのだ。落ち葉に劣る言葉だって冬の心は表現できる。


2011年09月13日(Tue)▲ページの先頭へ
保護
 田舎には何処にでもあり、田舎にしかないものに防災無線というものがある。田舎という定義が難しいが、都市型でない自然に常に対峙している場所と言った方がいいかもしれない。その防災無線で今日、隣町の老人が朝から行方不明になっていると放送があった。年格好や服装などを説明して、見かけたら連絡して下さいとのことだった。
 そこまでは何も感じなかったが、夕方になって発見されたという放送の時「保護されました」と若い女性の声でアナウンスされた後、何となく違和感が残った。保護されたという言葉に違和感を感じたのだ。逃げたペット、例えば亀とか蛇とかトカゲなどが見つかったときに使う言葉のような気がしたのだ。決して間違いではないのだろうが、せめてお年寄りに敬意を表し「おられました」くらいにすればいいのにと思った。一歩譲って子供ならまだいいのかもしれないが、仮に痴呆症の方だって年配者に違いない。何となく上から目線のような語感に不快感が残ってしまう。
 それが役所言葉なのかと割り切ればいいのだろうが、そう言った上から目線がとんでもない隠蔽体質を併せ持つ。知らしめないことが何か徳の裏返しのように押しつけがましいこともある。知らされないことで見えないものを見ないようにする時代では最早ないと思うのだが、それでも見ようとしない人が圧倒的だ。もたらされるものを信頼し頼っていては、とんでもない目に遭わされることをいずれ多くの人が悟るときが来る。信頼に足る人や物はいつも質素で控えめなのだ。感じる力を磨かないと到底見つけることは出来ない。


2011年09月12日(Mon)▲ページの先頭へ
喪主
 「ワシは人がいいから早く死ぬかもしれん」と、いい人ほど早く死ぬって言い伝えを心配している。父親もお兄さんも共に60歳半ばを待たずに亡くなっているから、まんざら可能性がないわけでもないのだろう。いい人と言えるのかどうか分からないが、以前勤めていた職場で「あんたが一緒に飛行機に乗ってくれれば絶対落ちない」と言われていたらしいから、真意のほどは定かではない。
 本人は正装のつもりかもしれないが、僕にはエライ年寄りに見えた。敢えて何処に行こうとしているのか聞かなかったが、向こうから年金の手続きに行くと言った。僕は詳しくは知らないが、最初の5年間は支給額は少なくて、65歳くらいから満額貰えるようになると言っていた。どうせ支給されたお金は酒代に回るのだろうが、「満額貰える頃にはあの世に行っているような気がする」と気弱だ。
 同居しているお兄さんの体調が思わしくないので「長生きしてもらわないと、あんたが喪主を務めないといけないよ」と言うと、兄弟仲の悪い彼は「何でワシがそんなもんするもんか、黒島の沖で水葬じゃ」と言った。それでも言いすぎたと思ったのか言い直した。「黒島の沖だったらメバルに気の毒だからやっぱり土葬じゃ」
 今日はこの話題で心ゆくまで笑わせてもらった。どんな薬局だと思うだろうが、こんな薬局なのだ。人の口から出る言葉に品がないとしても嘘もない。僕も患者さんもどちらにも嘘がない。品を気取って虚飾を競い責任をとらない、僕のもっとも忌み嫌う空間に対峙する空間を30年かかって作り上げてきた。この空間だからこそ再び旅立てる人が出る。


2011年09月11日(Sun)▲ページの先頭へ
 行きも帰りも僕はずっと土手の壁を見続けて運転していたように思う。勿論同じ道を往復したのだから、行きは左側に、帰りは右側に延々と繋がっていた。唯一、川の流れを見ることが出来るのは、小さな川に渡している幾本かの橋に出たときだけだ。瞬間的に川の流れを確認すると、ほんの数メートルしか水の幅はなくて、その数倍もの河原が広がっていた。
その土手の壁を見上げながら運転しているのに、反対側に広がっている住宅は、2階建ての屋根の部分が辛うじて土手の高さに優るだろうかと言うくらいで、これでもし水が溢れでもしたら、つい最近映像で見せられた近畿地方の川の氾濫と同じことが起こるだろうと、容易に想像できた。今まで考えても見なかったことだが、多くの都市部が意外と低地に広がっているのが分かった。それはそうだろう、いつの時代に堤防なるものを考えて作り始めたのか知らないが、元は堤防などなく、川面と土地は同じ高さだったに違いない。上流で見る風景は遙か下に川は流れるが、下流に至っては、寧ろ水の流れを狭めている分川面の方が高くなっている。
川のない町で生まれて育ったから、余り川の知識はない。ただ近畿地方の豪雨の映像を見ると、川は恐いと思う。水の流れがある分破壊力がすさまじい。ほとんど津波と同じだ。僕の町にも高潮に注意と避難勧告が出るが、高潮は流れではない。じわっと忍び寄るような感じだ。膝から上に浸かっても恐らく歩くことも出来る。金銭的な損害は出るが命までは持って行かれない。
氾濫するたびに堤防を高くし続けてきたのだろう。川沿いに走りながらほとんど川を見ることが出来ない不可思議な道がそれを物語っている。恐らく以前の土手の上が、現在の土手の下になっているのだろう。目に見える危うさならこうして理解出来るが、色も形も臭いもないものには想像力が届かない。


2011年09月10日(Sat)▲ページの先頭へ
 昨夜東北の女性と電話で話をしていて、彼女が新聞の購読を最近やめたと言った。僕もこの数ヶ月いつやめようかと考えていたから同じようなことを考える人がいるものだなあと心強く思った。偶然同じ新聞社のものを長い年月読んでいて、恐らく同じ理由で新聞を読むことをやめたのだと思う。
まず新聞社に良心がない。精神もない。単なる金儲けの手段だ。福島のことでもうそれは見え見えで読んでいる方が恥ずかしくなるくらい、権力の構成員に成り下がっている。いやいやもとからそうだから成り下がってはいないか。素のままだ。恩恵を被り続けた相手の批判は出来ないと見た。過去とつじつまを合わせるために、懸命に事実を隠し続けていると見た。不都合な相手は十数年に渡って紙面を利用して追いつめるくせに、自らの過去を正当化できないとなると、真実の報道をしない。
 どうやら醜く肥満したドジョウも、原発を廃止するという閣僚が出るとは思ってもいなかったのか、マスコミを利用して追い出すつもりだろう。原発反対などと口走れば、政府、役人、企業、マスコミの総攻撃に遭うらしい。「死の町」だなんてことは口には出さなくても誰もが知っている。百年帰れない町が生きていると言えるのだろうか。「放射能つけた」のも、事実なのだ。その衣服には放射性物質が付いているかもしれない。いやついているとして考えた方が、幼い子供や妊婦を守ることが出来る。なんて言う名前の大臣か知らないが、又弁護する必要もないが、原発に反対する人間はこうして寄ってたかって悪意の集中砲火を浴びるのだ。とても先進国ではない。常日頃馬鹿にしているどこかの国と何ら違いはない。 早く集金に来ないかなあ。紙面から得る情報より紙面から溢れる不愉快さの方が優っている。月々いくらか知らないが、その浮いたお金で競馬新聞でも買おうかな。いや、競艇かな。いや競輪かな。鉛筆をなめながら紙面に線を引こうか。それとも裁かれない巨悪に線を引こうか。


2011年09月09日(Fri)▲ページの先頭へ
患者
 ある方に連れられて初めて相談にきた方が、次から次へと治してもらいたい所を並べた。紹介してくださった方も病気の多さと服用している薬の多さに驚いていたが、年齢から言ったら仕方ないのかもしれない。その方は机の上に置いてあった僕の薬局で治った人の例を見ながら、「私もこれがある、これもある・・・」と言って症状を並べた。並べた症状は多岐に渡り、病院なら内科、整形外科、耳鼻科、皮膚科、心療内科、肛門科などをハシゴしなければならないだろう。僕が色々な分野の治った例を書いているからその女性は「先生は何科ですか?」と尋ねた。そこで僕は以下のように答えた。「文句あるん科。このチラシに書いているのがわからんの科。どんな病気でも治せれると思っているん科。漢方が好きだったらおえんの科。僕が向きになって治そうとするのを知らんの科。ところでお宅の方も台風で雨が沢山ふったん科。避難勧告が出たん科。言うことを聞いて逃げたん科。ボランティアには行かんの科」と。「さて、僕のどの科にかかる?」
 沢山の診断名に沢山の薬、別の見方をすれば単なる老化のようにも見える。漢方薬ならそれらを抗老化薬としてまとめることは出来るが、それではありがたみを感じて貰えない。やはり一つ一つ丁寧に薬をあてがった方が喜ばれる。しかし、高齢の方の腎臓の機能の余力を考えれば、結構負担になっているのではないかと思う。何かを治すたびに腎臓は着実に負担を受けて、一方通行の機能低下を起こしているのではないかと思う。
 ただ、多くの人にとって、僕もその中の典型だが、将来より目先なのだ。目先の楽の方に将来の楽よりも価値を置く。今さえ良ければいいのだ。まして将来を約束してくれるものなど何もないようなご時世だから、直近の結果をせわしなく求めて、右往左往する。それらを高い所から見下ろせる一部の人種のみが、先を読んでいる。自立した市民を気取っても、僕らは所詮危うい社会の患者なのだ。


2011年09月08日(Thu)▲ページの先頭へ
赤点
 初めて見るおばあさんが胃薬の名前を言うのだが、どうも聞き覚えがない。いくつかの候補をインターネットで検索してみたが見つからなかった。実は最近こんな方が増えている。僕が帰ってくる前から牛窓で薬局を開いていた方が店を閉められたから、今まで余り見かけなかった方が、今まで扱ったことがないような商品名を言ってやってくる。僕の薬局では長年服用して頂いているものは別として、余り商品名を言ってくる人はいないので若干戸惑っている。多くは老人だから、出来るだけ仕入れてあげるようにしているが、薬の使い方が僕の考えと反することもあり、クエッションマークを伴う応対をしている。
 しかし反省するところも多々ある。30年以上の間、僕の薬局をどうして利用しなかったのだろうか。何があの人達を満足させれなかったのか、何の波長が合わなかったのだろうかと考えさせられる。多くは簡単な薬で、薬剤師が応対しなくてすむものばかりだから、嘗て手を抜いた応対をしたのだろうかとか、腰掛けて身体とは関係のない世間話を好む昔の「お客さん」タイプだからいやな顔をしたのだろうかとか、考えてしまう。直接どうして今までこなかったのと聞くわけにもいかないから、なるべく僕が牛窓に帰ってきた頃の昔ながらの応対を心がけているが、なかなか今の薬局の雰囲気では難しい。多くの漢方薬の相談の人が出入りする中で居心地の良さを感じてもらうのは難しい。
 遠くから相談に来た人が今日「話を聞いてもらっただけで治ったような気がする。こんなにリラックスして色々な話しが出来るから、治るんでしょうか」と僕に言った。病院にかかればお医者さんがパソコンばかりを見て話を聞いてくれないし、以前紹介された薬店では効きもしないのにぽんと高額な健康食品とやらを渡されたらしい。僕は僕の治し方を追求しているだけで、公式があるわけではない。知りたい情報を全部教えてもらって初めて薬を選択できる。当然のことを繰り返しているだけだ。そんな30年に渡る日常の繰り返しで、つい接待の手を緩めてしまったのだろうか。接待より治すことに集中した雰囲気が、少なくとも息苦しかった人達を作ってしまったのだろうか。
 何かに偏ることなくオールランドプレイヤーを目指してきたつもりだが、しっかりと赤点はつけられていた。


2011年09月07日(Wed)▲ページの先頭へ
達成感
 こんな達成感はない。
 他の薬を求めている人が出入りしている中で、彼女は僕が開いたパソコンの画面をマウスを操作しながら真剣に眺め入っている。その画面から僕が紹介した介護支援センターの情報を懸命に引き出している。僅か1年前には考えられなかった光景だ。
1年ぶりの彼女は、本来の体型に戻ってがっちりしていた。3年前に初めて訪ねてきてくれたときは、前を向くのも躊躇って、伏し目がちでわずかに僕の質問に少しだけ顔を上げて答えてくれた。あまりのストレスで激やせして、食事もうまく胃に収まらなかった。家から電信柱数本分しか恐ろしくて外出できなかった。夜な夜な襲ってくる動悸と不安でパニックになり、頭痛、冷や汗、吐き気は四六時中。のどはつまり微熱はし、家事なんてとても出来ない。便は10年間浣腸で出していた。これらの症状に追い打ちをかけていたのが、自分の存在価値を完全否定していたこと。過去に苦しめられ将来に絶望していた。 よその町の人だから勿論面識なんてないが、何故か知らないが最後の望が僕だったそうだ。ほとんど2年かかったが、全部の症状が完全にとれた。そして1年くらい時々頑張っているというメール以外は連絡はなかった。ところが昨日ヘルパーの仕事着で寄ってくれた。引きこもっていた彼女が今はバリバリの職業婦人だ。車の運転なんてとても出来なかった彼女が、高速を運転して県外に行っているなどの最近の様子を聞かせてもらっているうちに、彼女の受け持つ利用者が偶然今月から会社の都合で減ったことを知った。これ又偶然だが、僕の知り合いの建設会社の社長が1年前介護支援センターを立ち上げ、瀬戸内市地区のヘルパーを捜していた。立ち上げた社長は漢方薬が縁で遠くから来てくれる人だが、人物的には信頼している。漢方薬以外には能力もなく、又経済的に人と繋がることの少ない僕を通して、珍しく人と人が繋がりそうになった。インターネットでくまなく確認して、又僕と気が合うと言うことを聞いて彼女から紹介してくれるように頼まれた。唯一の心配は、僕の知り合いだからと言うことで、彼女がその社長を、品と知性が溢れていて、色白でスリムでグンソクっぽい顔立ちと勘違いしそうなことだった。会ったときのショックを和らげるために、正確に彼のことを写実して教えてあげた。
その日の午後彼女から電話があり、早速社長の面接があることを教えてもらった。どちらも僕が保証できる人物だから恐らく上手くいくだろう。僕の苦手な分野でのお節介がトントン拍子にいって、なんだか昨日はそれだけで楽しかった。
 不思議かもしれないが、こんな田舎の薬局の中でこの様な物語はいくつも生まれている。田舎ののんびりとした薬局の中で交わす言葉が精気を呼んでくれるのか、未完成な僕の漢方薬が役に立てているのか分からないが、不思議な縁で心の不調から脱出してくれている人は数多くいる。笑顔を忘れた人が心から笑い、又うれし涙を流す光景は、そこそこにしか生きて来れなかった僕に対する見えないメダルだ。首には誰もかけてはくれないが、これでいいのだと見えないメダルを時に自分でかけている。


2011年09月06日(Tue)▲ページの先頭へ
言葉
 迷走台風が連れてきたのは、秋の空気。気温も湿度も、ついでに不快指数まで下げて、深い眠りに高い空。
迷走台風が残したものは、このさわやかな日が明日もきっとあると何も疑わずに思っていた人達の無念。誰がこの先1秒後に命を奪われると思うだろう。誰が青空をもう二度と見ることが出来ないなどと思うだろう。
 森を養い海を養い、毎年実り豊かな作物を与えてくれる雨は慈悲の雨。牙をむけられたのはその雨と共存してきた人達。雨を知り尽くした人達。いくら数字を並べられても、天災は孤独なものだ。濁流の中で土砂の中で恐怖をただ一人で受け止める。これ以上の恐怖はないだろう。
 自然と共存している地方が、自然にやられて、自然を破壊している大都会が自然に強い。なんと皮肉なものだ。田舎の忍耐と寛容で都会を養っているのに、やられるのは田舎の人達ばかり。これでは割に合わないだろう。
 段波。崖崩れが起こした川の津波か。知らない言葉を数多く今年は聞く。知らない方がよかった言葉を沢山聞く。知らないでおきたかった言葉を沢山聞く。知らないですまされなかった言葉も沢山聞く。
 夜、もったいないほどの星が降る。


2011年09月05日(Mon)▲ページの先頭へ
禁じ手
 これは禁じ手かもしれないが許してもらおう。今まで二人にしたことだが、どちらの家族にも喜んで頂いているし、本人もずいぶんと楽なそうだから。
ある訴えで訪ねてきて頂いたが、その治療を漢方薬でしている間に、家族からの訴えでこそっと本人にとっては目的外の処方を追加した。本人もご家族も、僕が信頼しているから、又その新たな要望が一方的に家族だけを利するものではないことが分かるから、その様な禁じ手を行使した。この様な場合は、僕を信頼ではなく、僕が本人や家族を信頼していることが大切なのだ。改善すべき症状が、本人にとっても家族にとっても望まれるものでないと、企ててはいけないことだ。ただ効果が現れて、本人が楽になり、何となく家族がしっくり行っている姿をみると、してやったりと思ってしまう。
 出来上がった薬を販売するだけならこんな喜びは得られない。処方せん通りに薬を作るだけでも遭遇できない喜びだ。立派すぎる人は滅多に来ないし、礼儀を知らない人も滅多に来ない。この町がそうしてくれたのか、僕自身がそれ以外の磁石しか持ち合わせていなかったのか分からないが、心を傷めながら仕事をこなす必要がないことは大いなる救いだ。 初めて相談に来たとき感激して手を握って涙を流してくれた人が、今日決して越えることが出来なかった壁を越えたことで感激して涙を流してくれた。70億分の1の人と巡り会って、喜びを共有できる不思議を時に感じることがある。禁じ手でも、奥の手でも、やめ手でも何でもいいから、縁が出来た人には少しでも不快症状から抜け出て欲しい。特に言われなき症状からは。


2011年09月04日(Sun)▲ページの先頭へ
うっちゃり
 僕がお世話させてもらっている勉強会に夫婦で来ているのは一組だ。二人は高齢化しているメンバーの中では一際若い。僕の娘が加入する前まではダントツだろう。ただその年齢が世間で若いと評されるかどうかは別だが。二人の特異さは二人とも調剤薬局で働いているってこと。他のメンバーは全て開局者だから、これ又二人だけの特徴だ。二人に漢方を勉強する理由を尋ねてみた。分かったような分からないような答えだったが、「知識を得るため」のような結論でいいのかなと思えた。色々な思いを簡単な言葉にまとめる方が難しいのかもしれないが、僕達のように得た知識を即座に患者さんに反映できる立場にはなくて、それでいてあの熱心さは何なのだろうと、勉強する後ろ姿を見ていていつも思っていた。
 勿論その知識を反映させる機会がないことはないらしい。医師によると二人の知識を信頼して尋ねてくれることもあるらしい。反面、とんでもない処方を見る機会が多くて、立場上それに口を挟むことも出来ずに、処方せんに書かれたままを効果が期待できないことが分かっていても調剤しなければならず、忸怩たる思いをすることも多いらしい。二人の知識があれば処方設計の所で介入できるはずだが、勿論医師にそんな度量はないだろう。ある超有名メーカーの漢方薬だから効かないのか、元々処方がくだらないから効かないのか分からないけれど、効いている人は少ないと言っていた。それに、どんどんくだらない処方が増える傾向にあるとも言っていた。
 僕がしばしば懸念を書いているが、とても貴重な漢方薬の原料を医師とドラッグストアが金儲けのために枯渇させている。法律的には何ら問題はないが、倫理には反するだろう。山林破壊と同じではないか。僕は漢方薬を30年勉強して営業の中心にしているが、それでも漢方薬しか期待できない人、漢方薬が他のものより確率高く結果が出せる人以外には、漢方薬を使わなかった。経済の正義が庶民の正義と一致しないことは分かっているが、経済人も家庭に帰れば一市民だ。行き帰りの電車の中で、心の衣服を着替えてどうする。土俵際に押し込まれて後がないことに誰もが気がつかなければ。どの分野でも、うっちゃりが通用しなくなったのは明らかだ。山が高いほど落とされる谷も深い。


2011年09月03日(Sat)▲ページの先頭へ
夕張メロン
 「深夜でも開けてあげるよ、夜の10時でこれだけ貰えるんだったら、深夜だと西瓜くらいはかたいな」と、お礼のトマトをもらいながら照れ隠しに言った。
 風呂にまさに入ろうとしているときに電話がかかった。ご主人の脈が5つくらい打ったら飛んで、しんどいと言っているらしい。不整脈の薬を作ってと言うことだった。ご主人もよく知っている人だから、不整脈の誘因はおよそ想像がついた。尋ねてみると図星だった。となれば漢方薬で十分対処できるから、3日分の不整脈の漢方薬と起死回生の漢方薬を1回分作って、取りに来た奥さんにことづけた。
 翌朝、その後どうなっただろうなと思いながらシャッターを開けた。明けて30分もしないうちに奥さんがビニール袋片手に入ってきた。夜遅く開けてもらったお礼をまず言われ、30分後ぐらいには、脈が30打って1回飛ぶくらいに回復して、寝る前には脈は飛ばなくなっていたと経過も教えてくれた。「3日分作ってもらったんだからお父さん真面目に飲まれっ」て言って出てきたらしい。
実はビニール袋は外から透けて見えていたから、全部トマトだと思っていたが、女性が帰ってから開けてみるとトマトの下に、立派な茹でたエビが詰められたトレイがあった。話しているときはそれには気がつかなかった。僕がエビを好きなことを知っているのか、少し味が濃いめに茹でられていた。深夜なら西瓜と言ったが、西瓜ではバランスがとれない。今度来たら「深夜なら夕張メロン」と訂正しようと思っている。
 こんなエピソードは都会に住んでいる人にとっては理解しづらいかもしれない。まずどうして不整脈でしんどくて、夫婦で恐怖感を味わっているのに、救急車やかかりつけ医ではなくて僕なんかに連絡してくるのか。時間外に薬局を開けてもらったが、料金を払っているのに何故余分にお礼をするのか。実は僕にも良く分からないのだ。前者の行為で鍛えられ、後者の行為で謙遜を教えられたのは確かだが、それでは僕がチャングンソクに似ているという証明にはならない。
福山通運でも軍足でもかまわないが問題は夕張メロンだ。


2011年09月02日(Fri)▲ページの先頭へ
竹槍
 何処でどう間違ったのか、台風がどんどん西に進んで明朝には牛窓の真上を通りそうだ。寧ろこの台風の一つ前のものを警戒していたのに、その台風は急に衰えて中国大陸の方に行ってしまった。ノーマークだったものがいつの間にか発達して、それもはるか東の大東京を伺う台風かと思っていたら、はるか西の田舎を通過したいらしい。
幼稚園の先生も台風の進路に気をもんでいた。明日にずれ込むことになったから休園などの措置はとらなくてすむらしいが、先生方は園や市役所に詰めるのだそうだ。僕は休園や休校になれば先生方も家に帰って、子供と同じ「儲けた」感にひたるのかと思ったら、どうやらそうは問屋が降ろしてくれないらしい。前回かなり接近した台風の時は、夜、園の先生方も市役所の支所に詰めて、ヘルメットをかぶり椅子に腰掛け台風の危険が無くなるまで待機していたらしいのだ。人が足りないのか市長のパフォーマンスか分からないが、彼女らが雨もあたらない部屋で待機していても何の力にもならないだろう。飛んでくる飛行機に竹槍で向かっていた時代があったらしいがその光景を僕は想像した。
 どうせ役に立てないのなら、家に帰って我が家を守りたいだろうに。消防団員のように何らかの訓練と覚悟を持っている人ならいざ知らず、子供の相手をするのとでは勝手が違う。恐らく本人達も不本意なのだろうが、誰に何処に訴えていいのか分からないのだろう。それとも何か不自然さを抱えたままなすがままを決めつけているのだろうか。
 日本を覆い隠してしまいそうなあの巨大な雲の渦には誰も勝てない。岸壁につながれた漁船のように息をひそめて通り過ぎるのを待つしかない。小石1個分のヘルメットが何となく滑稽だった。


2011年09月01日(Thu)▲ページの先頭へ
通り雨
 「通り雨かな」余韻を残す言葉だ。久々に聞いたような気がして新鮮だった。ただその言葉を発したのが国際柔道選手権の無差別級に出てもいいような恰幅の「ごく普通の人」だから面白い。職業柄雨は好ましくないらしくて、一瞬にして上がってくれという期待が、まるで独り言のようなつぶやきに滲み出ていた。
 最近こうした美しい言葉が耳に入ってくることが少ない。殺伐とした言葉が世相を反映してか溢れているが、美しい言葉を使う機会が少なくなっているってことだろうか。使う機会が少なくなっているのに加えて、もともと使える人も少なくなっているのではないかと憂えたりする。
 空虚に響く言葉は、政治家、役人の専売特許だったが、これに最近はマスコミと科学者が猛追している。後の二つももう最近は信じないことにしている。信じないことに決めたら、新聞の記事の浅はかさに呆れるし、報道番組の保身、無知、したり顔が耐えられなくなる。多くの頁を読まずに捲り、チャンネルの中から報道番組を抹殺し、見るもの聞くものの軽量化を図っている。もう新聞はいらないなあと思っている。機会があれば新聞屋さんに連絡しようと思っている。伝えなければならないことを掘り下げる勇気もないものに朝から触れる必要はない。テレビはイ・サンと水戸黄門が見れれば十分だ。
 普通の人の無防備な日常にしか真実の隠れ家がないとしたら、この国は終わっている。


   


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