栄町ヤマト薬局 - 2011/07

漢方薬局の日常の出来事




2011年07月31日(Sun)▲ページの先頭へ
セシリア聖歌隊
 いつも聖歌隊の中心で歌う女性が、一般の信者が腰掛ける席にいたので、又、20人を超える侍者服(全身を緩やかな白い生地で覆う)の集団がいつもの聖歌隊の席に陣取っていたので、何となく違和感を感じてミサの始まりを待った。時間を告げる鐘の音を合図に突然、聖堂の中に重厚な合唱が響いた。岡山カトリック教会は大きな聖堂だから数百人が入れる。その空間をまるで隅々まで埋めるように清らかで時に力強い混声合唱の歌声が響いた。クリスマスの夜、バチカンの映像が流されることがしばしばだが、映像と共に荘厳な歌声が聞こえる。まるでその映像と共に流れる合唱のように、いや寧ろそれ以上に神を讃美する心が響いてくる。
僕は今日のミサが、まるでプロの合唱団のような歌声と共に始まることなど知らなかった。教会にいつもの時間にいれば近くに住む息子がいつでも会いに来れると思って皆勤で出席しているが、大勢の中から息子を捜すことも忘れるくらい感動的な合唱が続いた。ミサの中でその集団が、韓国の釜山にある中央カトリック教会のセシリア聖歌隊であることが紹介された。余りにも上手すぎるので、と言うのは静かな祈り歌から急に雄々しい旋律に移る所など、まるで第九の合唱を生で聴いているのを彷彿さるくらい迫力があったが、パンフレットを求めて見みてみると、なんと60年以上の歴史を持っていた。とても一教会の聖歌隊とは思えない実力だったので納得した。
今まで30年以上、勝手に潜り込んでいた期間がほとんどだが、今日のミサに優る感動は経験がない。なんて幸運なんだろうと正直思った。こちらからわざわざ訪ねて聴かせてもらうほどのレベルだと思ったから。聖歌がこんなに素晴らしいものとも思わなかった。以前通っていた小さな教会で、オルガン弾きを担当していた女性が、聖歌が好きで教会と繋がっていると言っていたが、彼女の言っている意味が今日初めて理解できた。音楽としても完成しきっている。今日のミサの案内がその小さな教会にも届いているのかどうかわからないが、僕以上に感動する人達がそこにもいるはずだ。その人達にも是非聴かせてあげたかった。


2011年07月30日(Sat)▲ページの先頭へ
陳腐
 生まれて間もない赤ちゃんの写真をメールで送ってきてくれた。目を閉じているから表情は分からないが、恐らくお母さんに似ているのだろう。過敏性腸症候群でずいぶんと困っていた彼女だが、結婚も出産もこれでやり遂げた。今までの苦労が報われたし、本来なら経験しなくても良かったことが恐らくこれからはプラスに働くだろう。
彼女が訪ねてきてくれたときのことを僕は鮮明に覚えている。偶然日にちが合ったので有名な備中温羅太鼓の公演を僕の家族と一緒に観た。楽しそうに彼女も観ていたが、その時でさえ緊張していたのだ。関東からわざわざ飛行機で会いに来てくれたのだから、彼女の過敏性腸症候群を治したい気持ちは本物だったと思う。途中からもう一つのテーマと2兎を追って2兎とも克服したが、家族の協力もあり症状を克服して、いわゆる普通の人の岸へ帰っていった。
 恋愛がいいとも思わないし、結婚が必要だとも思わないし、出産が通る道とも思わない。3月11日をもって世界が変わってしまった(小出先生)のだから、余計あるべき姿などが陳腐に聞こえる。すでにあるべき姿は崩壊しかけていたが、あの日を境にもっとスピードを増すだろう。
 ただ、恋愛も結婚も出産も、過敏性腸症候群を理由に諦めるのだったら話は違う。もし希望しているなら、その為に歩むべきで、お腹もその為に治せばいいのだ。決して治らないものではないのだから、最初から場外に出ずに、リングの中に踏みとどまって治していけばいい。僕のお世話した中でも多くの人が完治し、多くの人が諦めた。目覚めてからすぐに戦いのモードにスイッチが入るような生活から、何気ない朝の始まりに身を委ねる生活に戻ったときの喜びは筆舌に尽くしがたいらしい。脱力した朝の始まりを取り戻せずに孤独な街を放浪している人々に、彼女の快挙が寄り添えれたらと思う。


2011年07月29日(Fri)▲ページの先頭へ
風評被害
 親切な人もいるものだ。匿名だけれど母の痴呆を心配してくれている。息子が二人近くに住んでいながら、非情なのではと言う言外の声も聞こえた。僕はひたすら親切を感謝する言葉を連発した。全くの部外者に対してそれ以上の答えは出来ない。
その女性は声からするとかなりの年配に聞こえた。しばしば母と同じバスに乗り合わせるらしいから、母の不可解な光景を目撃することが多いらしい。その一、家の前でバスを待つ間、手提げ鞄を開けたり締めたりしている。その様子が尋常には見えないのだろう。その二、当然下りるべき薬局の近くのバス停より一つ手前で降りたりしている。その三、バスを待たずに2kmをこの暑さの中を歩いて薬局まで行っている。見ておれないからお節介だけれど連絡したのだと言う。
 教えてもらわなくてもこの一年母の衰え行く能力を嘆かない日はない。僅か一年前には何を任せていてもほとんど完璧にやってくれていたから、急な衰えは否が応でも目につく。ただ九〇歳を過ぎた母の衰えは、記憶力だけだと思っている。人格はほとんどと言って破壊されていないように感じる。毎日数時間薬局に来て一緒に過ごしているからその事に関してはまだ安心している。さすがに嘗ての持っている性格が先鋭化されたような側面はあるが、それは決して人格が変わったようには感じない。娘夫婦が病院用の調剤などを集中的にこなしてくれるようになって、自ずと僕が漢方薬を多く分担するようになった。混雑しているとき以外は僕が黙々と煎じ薬などを作っている光景が、母には心配なのだ。患者さんの相談をしているときは動きがあるからまだ楽しそうに見えるかもしれないが、煎じ薬を作るのは単なる作業だ。うつむき加減で奮闘している息子を見るのが、それを手伝えない自分が歯がゆいらしい。薬局に来たらすぐに掃き掃除を始め、接客後の湯飲みを片づけたり、細かい気配りは昔のままだ。ただ現役で薬局を六〇年もやってきたから薬局業務を手伝えない歯がゆさがあるらしい。夕方になるまで昼食がとれない時など一人僕を心配してくれる。何度も何度もご飯を食べたらと忠告してくれる。
 そんな日常を繰り返している母でも他人様から見れば上記のような印象なのだろう。一に関して言えば、手提げ鞄の中に入れた鍵の確認だし、二に関して言えば、一つ手前のバス停の近くにある兄の化粧品店に寄ってから来るからなのだ。三に関してはこちらが脱帽する。この二週間くらい母は右肩が落ちてかなり不自然な格好をしていた。背中が横に曲がっているように見えた。少し痛みもあったそうだが、最近歩いていないからと考えて意識的に毎日歩いてみたそうだ。そう言えばその甲斐あって以前のように背筋が伸びている。痛みも消えたらしい。僕が渡していた湿布薬も結局は貼らなかったらしい。
 親切な電話の風評被害に負けて思わず強引に母を呼び寄せようかと思ったが、「一緒に住む?」と尋ねると必ず悲しそうな顔をして、「もう少し一人でいさせて」と言う母の意志をもう少し尊重しようと思った。


2011年07月28日(Thu)▲ページの先頭へ
ニアミス
 危ないところだった。ニアミスもいいところだ。
旦那の方が出て行ってから、10分と経っていないのではないか、元奥さんが入ってきたのは。旦那は僕の友人、奥さんは漢方薬大好き人間。どちらとも縁が深くて、どちらも嫌いでないから、もし鉢合わせでもしたら、いつもよりまして八方美人の粋を尽くさねばならなかったところだ。もっともそれは得意だから何とかなったかもしれないが、さすがの僕でもそんな場面に出くわせば、ほっぺたの一つでも痙攣させていたかもしれない。
 別れても尚同じ小さな町に住んでいるからお互い遭遇することはあるだろうが、運良く僕の薬局の中では今のところない。別れる随分前から奥さんに相談を受け、別れればいいじゃないと進言していたが、実行までには数年の歳月を要した。メリットデメリットを考えていたのかもしれないが、離婚にデメリットを見つけることがついに出来なくなっての決断だったのだろう。その後の解放されぶりで決断が正しかったことは証明されているが、気を病んでの不調は気を病まないと言う環境が最も有効な薬だと教えられた。漢方薬も解放感には勝てない。
 全く家庭人として失格だった旦那の方も、叱責されることもなくなって、自由に暮らしている。女性がますます地位を固めたのとは逆に、何もかも失ってしまったが、それも又彼らしい。ぎこちない旦那役を降りて本来の姿に戻ったのかもしれない。形通りの幸せを求めて、型の中にはまりこむのに得手不得手がある。彼はちょっとだけ不得手で、いつまでも続けられなかっただけだ。ただそれは人間失格ではない。
 今も多くの人がぎこちない演技を続けている。朽ちた床の回り舞台で懸命に役柄を演じている。ただ、監督もいない田舎芝居の役者達に贈られる拍手はない。


2011年07月27日(Wed)▲ページの先頭へ
順列
 犬も歩けば暑さにあたる。モコは数日間食べたものを吐いている。獣医さんに診てもらうと明らかな原因はないらしい。暑気あたりだろうか。人間も気張ってないとぶっ倒れそうだから、犬も同じだろう。
今朝テーブルの上でコーヒーを妻から受け取ろうとしたときに手が滑ってズボンの上にこぼしてしまった。出来たてのコーヒーだから熱かったので「アツツツ」と叫んで飛び上がりズボンを足と離すようにつまんだ。丁度テーブルの下にいたモコに向かって「モコちゃん大丈夫?目に入ったら大変よ」と妻は即反応した。その後「手にヤケドしそうだった」と言った。コーヒーをズボンで飲んだ僕はどうやら気にならないようだった。コーヒーだからヤケドするほどではないのでズボンを着替えただけだが、この反応は我が家のいつもの順列なのだ。まずモコが優先され、その後は妻、最後が僕なのだ。モコほど大切にされれば僕の体調ももう少しは良くなるかもしれないが、残念ながら僕はモコほど従順でも可愛くもない。順列の最後尾になるのも当然だ。仕事を辞めて南の島で暮らすしか解決しないと助言された不調は現役の間は諦めざるを得ない。
食事もとれない、便も出ない、そんな癌患者がお腹が痛いからと言って漢方薬を取りに来た。筋肉が落ちてしまって歩くのも地に足がつかないように心許ない。家族がいるが家族に助けられているのを見たことがない。嘗て口を開けば否定的な言葉を連発していたが、今では元気なときの悪態を演じるだけの気力体力もない。彼が家庭でどの順列を確保しているのか知らないが、彼も又ミニチュアダックス以下なのは保証する。いや彼の家はチワワだったかな?いやマルチーズだったかな?


2011年07月26日(Tue)▲ページの先頭へ
ラッパ
 音程のはずれたラッパの音は、遠慮がちに吹いてた季節から解放されて、校舎を越え、道路を越えて夏の太陽の光と共に、汗ばんだ働き人のTシャツの上に落ちてくる。低学年が高学年に追いつく音か、秋の運動会にお披露目する音か、とくに低音が空腹のお腹に共鳴する。あれはトロンボーンの音か、はたまた芽生えの音か。
授業がない校舎にはラッパの音がよく似合う。部活動のためだけに登校している中学生の、短パン姿の自転車漕ぎでさえ楽しげに見える。学生の本分こそが恐らく最大のストレスなのだ。大人の本分の仕事こそが最大のストレスのように。愛情に溢れるべき家庭こそが、実は愛が枯渇した最大のストレスのように。
 夏のラッパは解放の音だ。町を鈍器で砕く青春前期の音に誰も文句を言わない。旋律もないのに、リズムもないのに雄叫びなのに。夏のラッパは蝉呼ぶ音だ。緞帳の前で躊躇っていた命が歓喜する。


2011年07月25日(Mon)▲ページの先頭へ
こだわり
 いつもと変わらぬ甘えん坊のような話し方なので尋ねてみた。「自分、放射能のこと少しは気にしているの?」と。すると彼女は「全然。牛肉も今安いから食べてますよ」とあっけらかんとしたものだ。「今がチャンスだもんね」と僕もこうなればやけくそで応じたが、彼女の一番の関心事は常にお腹のことなのだ。
 僕は当然最初の症状を知っているからもう治っていると思うのだが、本人は絶対認めない。彼女にとって100点以外にはないのだ。ところが彼女はタバコも吸う。さすがに幼い子供達のことは気になるのか、換気扇を回しながら換気扇の下でプカプカやるらしいが、もう20年は吸っているだろう。お腹に関して100点しかあり得ない彼女が、タバコに関してはおおらかだし、放射能に至ってはほとんど眼中にない。電話で話しながらこのギャップはなんだろうとこちらの思考回路を一端ご破算にしなければついていけない。
 人はこだわりで幸せにもなるし不幸にもなる。人はこだわりで身を守り身を滅ぼす。人はこだわりで人を好きになるし嫌いにもなる。固有のこだわりさえ満たされれば人生はバラ色だ。となるとこだわりは少ない方がいい。多くのこだわりで失望したり怒ったり悲しんだりでは身が持たない。最低限のこれだけは譲れないほどでいい。多くのこだわりを持てばそれだけ不自由になる。一つか二つに絞れば後は野となれ山となれで自由に暮らしていける。よし、これから僕は何事にもこだわらない生き方だけにこだわって生きていこう。これだけは譲れない。


2011年07月24日(Sun)▲ページの先頭へ
名人
 僕は彼女のことを謙遜名人だと思っている。時々視線を合わせ照れ笑いを浮かべ、自虐的な言葉を連発する。まずお世辞などは決して口にしない僕が心底褒めても同じだ。しかし大切なことは彼女が慇懃ではないってことだ。また、いっさいの演出もしないってことだ。何処でどう覚えたのか自然流の謙遜名人だ。
なんてことをずっと感じていた。ところが昨日そのルーツが分かった。もう彼女には数年頓服的に漢方薬を作っている。当初相談された症状は完治しているが、以来漢方薬が好きになって、たいていのトラブルは漢方薬でお世話できている。昨日彼女がお母さんを連れてきた。もうかなりの高齢なのに現役で畑仕事をしているらしくて歩くのも杖を頼りにしている。しゃがむのも苦労しそうに見えたが、その膝を何とかしてくれって相談だった。その為に僕は問診を始めたのだが、そのお母さんの話しぶりがまことにお嬢さんに似ている。まるでお嬢さんのコピー、いや本当はお嬢さんがお母さんのコピーそのものだったのだ。一つ話をする毎に謙遜が一つ入り、一つ話をする毎に自虐が一つ入る。ホラの一つでも、自慢話の一つでも入っても良さそうだが全くこのリズムは崩れない。終始謙遜の照れ笑いで通した。
 生を受けてから、いや胎内にいるときからこの母親の話しぶりを聞き続けてきた結果がこうなのだろう。体の特徴が似ているのなら遺伝要素として納得できるが、話し方、話す姿勢までが一致していることに驚く。ある公的機関のお掃除おばちゃんとして仕事に対する自負は話しぶりではなく伝え聞くところで感じることは出来るが、路傍の石の路傍の謙遜にどんな雄弁よりも心を洗われる。


2011年07月23日(Sat)▲ページの先頭へ
風物詩
 今日、僕は熱心な伊勢神宮。学生で牛窓を離れていた10年間以外欠かさずお神楽を迎え入れている。それもかなり熱心に。夏の自身の風物詩と幼き日の想い出を呼び起こすものが一体何か実は知らなくて、先ほど伊勢神宮のホームページを開いてみて初めて明確になった。「伊勢太神楽の信仰の旅。伊勢神宮に お参りにいけない人のために獅子舞が諸国を回り魔除けの旅をする伊勢太神楽(いせだい かぐら)」と説明されていて、なるほどなと思った。幼いときは大道芸、失意のうちに牛窓に帰り親の薬局で仕事を始めた頃は、商売繁盛の神様、その後子供達を育てる頃からは、子供達の守護をお願いし今にいたり、今日は老いた母の健やかな日々もお願いした。妻はモコを抱いていたから、この数日時に嘔吐するモコの健康もお願いしていたに違いない。娘夫婦もカメラ片手に興味深く見ていたからそれぞれの思いでいただろう。写真や動画に撮っていたから出来れば皆さんに見て欲しいと思っている。と言ってもそんな器用なことは僕には出来ないから、それが出来そうな漢方の問屋さんの専務が来たときに頼んでみる。拙い僕の言葉による解説よりも数百倍理解が得られると思うので。
 今日しっかりお願いしたからこれで安心だ。魔除けの舞をしてもらったのだから悪魔はこれで我が家には近づかないだろう。最悪の悪魔が空から日本中に降っているが、どうぞ我が家だけは避けて欲しいと思う。どの家庭も我が家だけはと祈れば家族を守ることが出来る。下手な人情、下手な勇気を持たずにひたすら誰もが我が身を守ればいいのだ。何十年営々と繰り返さなければならない余分な作業を抱え込んでしまったのだから、八百万の神の力を一杯借りて乗り越えなければ。
 此処彼処に出没する生き神様より、日焼けして炎天下、笛を吹き鼓を打ち獅子を舞う社中一行の方がはるかに神様につかえ人のように見える。


2011年07月22日(Fri)▲ページの先頭へ
二回り
 屈強な漁師が入ってきて「フラフラするから血圧を測って」と言う。この暑い時期は深夜から漁に出て、朝方に帰りそれから睡眠を取る。そんな暮らしをしていれば血圧も上がってフラフラもするだろうと自分では思っているらしい。ところが血圧を測るといつも通りだ。病院の血圧の薬で上手くコントロールできている。「血圧ではないみたいだね。何かあったの?」と尋ねると、昨夜初めて睡眠薬を飲んだらしい。「どうして睡眠薬を飲んだの?」と重ねて質問すると「暑くて寝れないから血圧の薬をもらうときに一緒に頼んだ」と答えた。でも実際は暑さではなくて、家族が多くて彼が眠るときには逆に家族が起き出す時間帯になり、騒がしくて眠れないらしい。酒飲みの常で酒の勢いで眠りにつくらしいが、中途で目が覚めて良質な睡眠が得られない。眠れないのは結構誰もがストレスで、つい医者の前で訴えたのだろう。
「薬が効きすぎたのかなあ、医者が酒と一緒に飲まないように言っていたからビールだけですましたんだけどなあ」と若干後悔気味だ。自分ではその後のお決まりの焼酎を我慢したからいいと思っているのだろうが、起きてみてからの不快さでしっぺ返しを食らったと思っているのだろうか。「酒で睡眠薬を飲んで永久に眠り続けた人もいるよ、余程よく効いたんだろうけれど」と少し脅かしてやったが、それ以前に彼に睡眠薬など本来いらないのだ。軽い薬と説明されてもらった薬で、「酒に酔っているよう」と言わせる状態を作り出されたらかなわない。良くそんな状態で車を運転してやって来たなとそちらの方が心配だ。本来数時間は毎日必ず自然に眠れているのだし、家族の騒がしい中で眠れるようにすることの方が僕には不自然に思えた。睡眠に関して病的な要素が全くないのに、いとも簡単に睡眠薬が処方されるものだと思った。これだから中毒患者が作られたり、精神病薬を違法に集めて商売にされたりするのだ。この安易な処方がそもそものこの問題の発端ではないか。川上をなんとかしなければ下流ではいかんともしがたい。
 薬剤師失格かもしれないが「もう飲まなくたっていいじゃない」と彼には言った。どの医院の下請け状態でもないからこんなことが言えるのだが、僕より二回りも若い屈強な漁師が僕より二回りも年がいっているような人間の薬を飲むのはみておれない。


2011年07月21日(Thu)▲ページの先頭へ
危惧
 なでしこジャパンの凱旋を見ていてすごく気になっていたことがある。ほとんどアマ集団がなしえた業績をマスコミが金儲けに使って彼女達のモチべーションを奪ってしまうのではないかと言うことだ。案の定、スポーツウーマンの集団に対して、馬鹿司会者などがほとんどタレントなみの扱いをしていた。雑草だからなしえたことを無視して、ウインドウに飾られた根のない生け花にしようとしている。
それに気がついている選手もいて、湯郷ベルの宮間選手などは東京のマスコミに出ずにさっさと岡山に帰ってしまった。どうして彼女がバラエティー番組にチームメイトと一緒に出ないのだろうと思っていたら、地元での会見で「一時のブームで終わってしまう」ことを危惧しているからだと知った。正確なキックで沢山の得点のお膳立てをした少年のような選手だが、世の中の本質を良く知っていて自制心を持って臨んでいたことを知った。「グランドの中でしか表現できない」自分の立ち位置も良く知っている。
 騒がれれば騒がれるほど理性も知性も勇気も謙遜も忘れ去り、見るに耐えれない風貌に変わっていく人達を毎日のように見せられている。堕落って簡単なことだ。身に余る光栄を演出してもらえば一気に転落できる。ブレーキを鍛えていない人間にとって、過去は一瞬にして失えるものだ。マスコミの使い捨ては常套手段だから、せめて彼女たちには手を出さないで欲しい。餌食にするには余りにも「ごく普通の女性達」だから。
 史上最悪の毒性物質さえ安全と言いふらし、形勢を見て立ち位置をためらいもなく変える奴らだから、湯原温泉の風呂掃除をしながら世界一になった女性など簡単に褒め殺し出来る。君子危うきに近寄らず。寄ってしまったメンバーのその後が気になる。


2011年07月20日(Wed)▲ページの先頭へ
危険
 朝からもっぱらの話題は「台風が来なくて良かったね」だ。何人の方と同じフレーズで会話しただろう。この話題に触れない人は数えるくらいだ。それだけ何年か前の台風被害がトラウマになっているのだろう。僕も深夜、母の家に入ってきた1メートルを優に超える高潮から逃れて高台に避難したし、多くの家が床上まで浸水した。何か余程条件がそろってのことで以来そんなことはないが、台風の直撃コースの予報に誰もが神経質になっている。
もうそろそろだなと覚悟を決めかけている頃から、漢方薬を数組が取りに来た。こんな時間に来れるのとこちらは思うが、県外の方を含めて全員が都会の人で、凡そ台風など恐れるに足りずって言う雰囲気だった。同じ時間に来た地元の人の不安げな会話とはうって変わって、ほとんど関係ないと言わんばかりの落ち着きようだった。恐らく都会人にとって台風は雨と風が強い日というだけで、不便だけれど危険ではないのだ。ところが田舎の人間にとっては、不便でその上に危険なのだ。準備や後かたづけも必要で、かなり無駄な動きを要求されるものでもある。
ところが、僕なんかよりもっと危険と隣り合わせている人がいて、昨夜最終で飛び込んできた人は、さっきまでカボチャを取っていたというのだが、隣の畑の主がいなくなって、荒らしてしまっているから、マムシがわいて自分の畑にはいってきて、カボチャを取ろうとしているときにカボチャに隠れていて恐ろしいと言っていた。普通の蛇なら逃げるのだが、マムシは鎌首を上げて向かって来るとも言っていた。それを笑いながら話すからお百姓は度胸が据わっていると思ったが、僕ならその場で即廃業して俳優になる。
 僕もなるほど田舎で暮らしているが、ここまでの危険はない。自称牛窓銀座に住んでいるから牛窓の中では都会人だ。この手の話なら関係ないと言わんばかりの余裕で聞ける。住む場所、就いている職業によって危険も表情を変える。危険を知らないことが最高の危険が今息をひそめて全国で蔓延している。この危険は風を起こさないし雨も降らせないし鎌首も上げない。心の目で見て、心の舌で味わい、心の鼻で嗅ぎ、心の手で触らない限り理解できない。今研ぎ澄ますべきは五感ではなく知性だ。


2011年07月19日(Tue)▲ページの先頭へ
なでしこジャパン
 詳しくは知らなかったのだが、なでしこジャパンというのは、ほとんどアマチュアと言ってもいいくらいなのだそうだ。有名な澤選手などはプロ契約なのだろうがそれでも収入は月30万円くらいなのだそうだ。そう言った人達が良く頑張ってワールドカップを制したものだと思う。いやそう言った人達だからこそやり遂げたのではないかとも思ったりする。
 日本人は、と言うより多くの国の人もそうだと思うが、逆境にある人達の頑張りにより感動する。僕などひねくれ者だから、若くして億の金を稼ぐ男子のプレーを見ても何の感動も覚えないし、何の連帯も感じない。夢を与えるなんて言われるといらぬお世話だと思ってしまう。たかがボールを蹴るのが得意なだけで、あの報酬はないだろう。たかが経理が得意な人、たかが魚を獲るのが上手な人、たかが野菜を作るのが上手い人、たかが家を建てるのが上手い人、たかが子供に勉強を教えるのが上手い人、たかが火を消すのが上手い人、たかがお客さんを目的地に運ぶのが上手い人、たかがうどんを作るのが上手い人、たかが車を直すのが上手い人、そんなたかがとどこが違うのだ。同じようなものではないか。何ら特別なことはない。それによって利益を得る人がいるからそのたかがに不釣り合いな報酬を与えてしまう。ある日ふとそんな当たり前のことに気がついたから、僕にとっては多くの興業が多くの虚構になった。
 シャッターを揺らす音がしないから今外に出てみたら、なま暖かい風は吹いているが雨は上がって、すでに道は乾き始めている。朝から大きな雨と強い風がいつ始まるのだろうと不安げに天気予報ばかり見ていたが、たかが天気を良く当てる人の予想通り、急激に台風は進路を東にきったのだろう。なでしこたちは多くの人に感動を与えたが、たかが天気を良く当てる人も何千万人の命を守っている。


2011年07月18日(Mon)▲ページの先頭へ
助言
 薬剤師らしい品のある助言が出来たと思う。
 二人の幼いお子さんを連れたある若いお母さんがいつもの漢方薬を取りに来て、漢方薬とは別の相談に乗って欲しいと頼まれた。勿論、何でも屋の僕は喜んで応じたが、運の悪いことに、同じような小さなお子さん連れの漢方相談の夫婦がやってきて、ソファーに腰をかけて待ち始めた。勿論僕が誘導して待ってもらったのだが、この状態では悩み相談は無理だと思ったので、電話かメールで具体的に悩みの内容を教えてもらう約束にした。
 その夜お母さんからメールが入った。ある出来事を時系列に詳しく書いてくれていた。あるお願い事を誠意を持って受け入れてもらえなかったことに関して、相手の態度に合わせて自分も感情的になってしまったことに対して悩んでいた。僕ならあり得ない反省だが、彼女は相手に怒るのではなく、不快な感情を顔に出してしまったことを後悔していた。その後相手や、その仲間達に避けられているとも感じてストレスになっているらしかった。
 僕はその文章を読んで直感的に感じたのは、相手が避けているのは口うるさい?彼女に対しての怒りではなく、「後ろめたさ」故だと感じた。怒れるくらいの人なら心情的に優位に立つから彼女を避ける必要はない。寧ろ人を避けるのはしばしば後ろめたさによるものが多い。いわゆる会わす顔がないのだ。第3者的に見て、何ら非を感じない彼女の後悔は生産的ではないから堂々と暮らしていればいいと助言した。
 ただ、この種のトラブルを解決するもう一つの方法も教えた。稲ワラを拾ってきてワラ人形を作り、毎晩丑三つ時になると五寸釘を打ち付けて呪いをかけると言う方法だ。出来れば白装束で、白はちまきに割り箸2本立ててやるといい。その時に唱える言葉は「たたりじゃ〜たたりじゃ〜」こうすれば相手は毎晩うなされて恨みが晴れる。
 お礼のメールが彼女から帰ってきたが、どうやら後者は採用しないらしい。せっかくのいい助言だったのに。


2011年07月17日(Sun)▲ページの先頭へ
写真
 メールに添付された写真を見て唖然としている。70年前のマスコミがそうだったように、現代のマスコミの無能さもまた負けていない。真実を伝える気概がないのか、知能がないのか、スポンサーしか実は見ていないことの現れか、権力が恐いのか、いずれにしてもパソコンの画面に釘付けになった。
漢方薬を送っている関東地方に住むある女性は、恐らくある会社の社長のお嬢さんだ。電話での話しぶりがいたってざっくばらんだからその様には感じられないのだが、何となくそんな気がする。会社は東北地方にも支店を持っているらしくて、従業員が写した郡山の資材置き場の光景をメールで送ってくれた。作業員姿の男性が写っているなんでもない光景なのだが、問題は一緒に写されている簡易型の放射線測定器の数値だ。2.01マイクロシーベルトを示しているのは、小学校のグランドと接している資材置き場の入り口、14.48マイクロシーベルトを示しているのは資材置き場の中。年間に直すとそれぞれ17oシーベルトと126oシーベルトだ。前者でもほとんど放射線の管理区域(病院のレントゲン室みたいなところ)なみにあたり、後者などほとんどチェルノブイリ以外にはあり得ない数値だ。こうした数値が恐らく日常的に検出されているのに、役所もマスコミも何を守ろうとしているのか部外には出さない。少なくとも市民県民の健康は守ろうとはしていないみたいだ。守りたいのは産業ばかりと見える。経済という名の数字にどれだけの人間が嘗て殺され、今も又殺されようとしていることか。全国紙とローカルの内容は違いますよと付け加えてくれたが、さもありなんと思う。
 知ってか知らないでか、いや恐らく地元の人の中では当たり前のこれらの汚染を、それぞれの理由で耐えている地元の人達が不憫だ。小出先生は、福島の肉や野菜や魚は、絶対に安全だとだまし続けた国会議員や東電の社員に食べてもらったらいいと言っている。僕はそれに加えて、誘致した首長、市町村会議員も加えるべきだと思っている。
 国が責任をとるだなんての常套句で軽くあしらわれる田舎のお人好しに僕らの命を削られたりしたらかなわない。責任をとったやつなど見せてもらったこともないのに。誰も責任をとらなくてすむ産業がこの世にあるのだろうか・・・いやあった。


2011年07月16日(Sat)▲ページの先頭へ
スイカ
 「今スイカを出荷しているんじゃけれど、捨てるやつを取りに来る?」なんとも奇妙なせりふだが、「すぐ行く」と答える僕はもっと奇妙かもしれない。捨てるスイカでも恐らく見かけで売り物にならないだけだろうからこちらにしては関係ない。甘くて棚が落ちていなければいいのだから。妻がすぐに取りに行って軽四自動車一杯のスイカをもらってきた。当然我が家では食べきれないから、町外からやって来てくれる家族に今日は配ることにした。虫の知らせか偶然か、今日は町外の漢方相談の方が多くて、10数個のスイカが残らずもらわれていった。牛窓のスイカはこの辺りでは評判がいいから、どなたもとても喜んでくれた。あとは予想通り、見かけはまずいが美味しかったと言ってもらえることを期待するだけだ。本来なら県外の漢方薬を飲んでいただいている方々に送ってあげたいのだがクロネコヤマトから堅くスイカは送らないようにと言われているので諦めた。以前漢方薬に隠して、いやスイカに漢方薬を隠して送っていたことがあるのであちらはその事を覚えているのだろう。スイカが割れて大変なことになるケースが意外と多いのだそうだ。 僕が幼いとき、夏休みにはほとんど毎日のように昼の3時に家族そろってスイカを食べた。家の真ん中にあった井戸から冷やしていたスイカを上げて、包丁で切るのは全て祖父の役目だった。僕ら子供は当時祖父が一番エライのだと信じていた。食事も風呂も全部祖父が一番目だった。家の中に順列が明らかに存在していた。スイカをもらう孫達はまるで獲物を捕った親ライオンから餌を分けてもらう子供のライオンのように従順だった。今はスイカ一つで集まる家族は少ないだろう。何もなかった時代なのに、何か確かなものがあったのだろうか。形もない色もない匂いもない、お金では買うことの出来ない素晴らしいものが。
 今頃10数軒の家族が冷やしたスイカを食べてくれているかもしれない。捨てるやつが、捨てたものではないやつに大変身してくれることを祈っている。捨てたものではない素晴らしい個性を持っている人達に持って帰ってもらったスイカなのだから。


2011年07月15日(Fri)▲ページの先頭へ
 嘗て少女はその光景を見ることに耐えられなかった。1年後、同じ光景を少女は希望を持って見ることが出来るようになった。お母さんが教えてくれた。
夕暮れ時、地方の小さな駅から下りてくる学生の集団。恐らくお喋りや歓声と一緒だろう。学校に行けない少女はその光景を見るのがつらくて、その時間帯に駅に行くことは出来なかった。ところが1年後、兄を迎えに行った駅で嘗て避けていた光景を目撃した。すると「私も学校に行きたい」と言った。
 どうして起立性調節障害くらいでもう学校には行けないと医師に言われたのか僕には分からなかったが、僕は淡々と漢方薬でお世話させてもらった。心臓のポンプ力を強くして、やる気を起こさせれば問題は解決すると単純に考えた。その単純な予想通り少女は強くなった。心も身体も元気になったら、ちょっとだけ同級生より大人になってしまって、学校に行くモチベーションを違う形で失ってしまったが、それはそれで異常でもなにでもない。ちゃんと塾に行って勉強しているから高校には行けるだろう。
 優しすぎるお母さんが抑制的にいい距離を作り出している。その距離感がお子さんを救ったのだとも思っている。ちょっとだけ励まして深追いしない。勿論否定はしない。心で10期待しても1しか口に出さない。懸命さが薬局で伝わってくる。その母を持った幸せをお子さんは感じているのだろうかと思うが、きっと感じているだろうと言うことも伝わってくる。
 いい親を持ち、いい子を持つ幸せに優るものはない。又そのことによるストレスのなさは何物にも代えられない。そうした親子関係を築いている家庭は結構多い。さりげない言動の中に見て取れる。なし遂げたものとか掴んだものでは量れない善良な関係は他者には見えないが感じ取ることは出来る。いい気がどんどん伝わってくるのだ。どんどん伝染してくれと思うが、えてして病ほどは伝染しない。
 心に降ろした遮断機を上げた少女の、駅に駆け込む来春の姿を今から想像している。


2011年07月14日(Thu)▲ページの先頭へ
 あまりの暑さに、早く開けた梅雨を恨む声ばかりを聞くが、この男性の言葉は違っていた。大したことを言ったわけでもないが、見かけに似合わない繊細さをもっているんだと意外だった。
「今年は梅雨が明けても蝉が鳴かないじゃろう、例年なら梅雨が明けたらうるさいくらい蝉が鳴き出すのに、やはり蝉にも梅雨明けが早すぎたのかな」と、傍で聞いていれば何気ない言葉かもしれないが、はち切れそうなつなぎを来て油の臭う体で実感を込めて言うから、何故か響くものがあった。如何にも繊細そうな人が言うのならまだぴんと来るのだろうが、柔道部か相撲部がk−1が似合いそうな人が言ったから、その意外性故に心に留まったのだと思う。
 言われてみれば確かにそうなのだ。空はすでに夏満開なのに蝉の鳴き声をまだ聞いていない。どことなく間が抜けた寒暖計だ。鰻登りを演出しても音響による実況中継がない。いわば片手おちの夏だ。まあ、いずれ自然は何処かで帳面を合わせてくるから、あのけたたましさに早晩見舞われるだろうが、今のところ音のない東北の被災地に刺す太陽のようにエネルギーばかりが降ってくる。
山では蝉が鳴かないが、今破れかぶれで鳴いている蝉がいる。破れかぶれになってやっとまともな考え方が出来るようになってはいるが、理由が保身では見え透いている。破れかぶれになられては困る奴らが一斉に包囲網を強いているが、破れかぶれのついでに誰が罪人かさらし者にして欲しい。そんな勇気も気概も持ってはいないだろうから、いずれ森の木から引きずり降ろされるのだろが、せめて抜け殻(蝉退)だけでも後の世に役に立って欲しい。


2011年07月13日(Wed)▲ページの先頭へ
扇風機
 瀬戸の夕凪で有名な町でも、時には心地よい風も吹く。今日はそう言った珍しい夏の1日だ。朝から風が吹いていたので、事務所の窓を開放した。するとスイッチを入れていないのに、窓際に置いてあったおもちゃのような扇風機が勢いよく回りだした。むき出しの羽で、指があたっても安全と言われるようなしろものだが、至近距離だと結構風が来るらしくて妻がパソコンの前でしばしば利用している。その扇風機がひとりでに回りだした。それも結構普通使っているのと同じくらいの勢いで。恐らく扇風機の前に行けば涼しいだろうなと思えるくらいの勢いだった。条件さえそろえば瀬戸内の町でもこの程度のことが出来るのだと思った。
本来的に風が少ない瀬戸内でこうだから、もっと風が吹くところで、叡智を集めれば電気など簡単に作れるだろう。温暖化が悪の権化のように喧伝する最悪の権化などなくてもこの国の電力が不足しないことなど明らかだ。それにしてもこれって犯罪ではないのかなあ。僕は不思議でかなわないのだ。10万人の土地や家屋、職業を奪い、100万人の癌の発病確率を上げ、1億人に不安を与えてどうして罰せられないのだろう。これ以上の犯罪は僕には戦争以外思いつかないのだけれど。もっとも戦争でも罰せられないことの方がほとんどだから、やるなら小さな犯罪より徹底して大きな犯罪ってことか。
 おもちゃのような扇風機が、おもちゃのようなエライ奴らの良心を吹き飛ばす。


2011年07月12日(Tue)▲ページの先頭へ
 乗り過ごしかけたから慌ててバスの運転手さんに止めてもらって降り立ったら、丁度縁石の上で思い切り膝をねじってしまったらしい。大の大人が大きな声をあげてしまったらしいが、無慈悲にもバスは行ってしまった。よくあることもこんな落ちが付いたらたまらない。
さてその男性が杖をついている理由をひとしきり話してくれた後、最近の不調続き(奥さんの骨折、自分の喘息)は蛇を3匹も殺したたたりではないかと思うと神妙な顔をして言うから、「僕もそう思う」と思いっきり真剣な顔をして答えた。
 以下は彼が教えてくれた数日前の出来事だ。
昼下がりぼんやりと家庭菜園を眺めていた。確か昨日までは大きく育ったキュウリが3本ぶら下がっていたのに、今日は2本しか見えない。おかしいなと思って眺めていると、風もないのに長いロープみたいなものが揺れている。確かめるために菜園に向かうとなんと1メートルくらいある蛇がキュウリを飲み込もうとしていたらしいのだ。キュウリの長さを手で教えてくれたが30cm近くありそうだった。それの3分の1ほどを飲み込んだままでぶら下がっている。だからキュウリが1本なくてロープがあるように見えたのだ。キュウリを食べられた腹いせに彼は数日前に丁度買っていた鎌を蛇の首めがけて振り下ろしたらしい。首めがけて振り下ろしたと彼は言ったが、僕にはどこから何処までが首か分からない。首と胴体の区別はどうつけるのだろうか。でもとりあえず首を切られた蛇は当然キュウリを口から放し地面に落ちた。それを池に捨てたのだが、隣が空き家になった今年は草がぼうぼうに生えて、蛇やムカデが沢山出て困ると漏らしていた。
 本人にとってはとんだ夏の始まりだろうが、僕には興味深い話だった。隣が売りに出ていると聞いたのは最近の話だ。だから恐らく最近までお隣さんには住人がいたのだろうが、ちょっと住む人がいなくなるだけで、人の気配がなくなるだけで、好まざる生き物達が占拠してしまうのだ。もっとも人間は巨大な生き物だから、他の生物にとっては脅威だろうから共存はなかなかできないが、空き家になればすぐに生き物たちは悟って住処となすのだろう。
 国破れて山河あり、そうした風景がそこかしこに見られるが、こうして自然にいずれ返ってしまうのかなとセンチメンタルになることがある。そうなるべきとも思ってしまう。人間の強欲で壊し続けた山河をいずれ返さなければならないような漠然とした予感がする。


2011年07月11日(Mon)▲ページの先頭へ
マムシ
 今日も過敏性腸症候群の辛い症状を抱えて、受験勉強どころでない地獄の時間を過ごしている多くの受験生がいるだろう。関東地方のあるお母さんとのメールのやりとりのほんの一部だが紹介する。大学に入れば分かってもらえるが、高校時代のあのなんとも言えない束縛から解放されるから、心身共に弛緩して暮らすことが出来る。勉強以外のウエートが一気に増えるから、やりたいこと楽しいことが日常でどっと増える。我慢が主なる心の持ちようではなくなるから、あのお腹の奴さえリラックスしてくれる。元々生命力の固まりみたいな年代なのだから、治らない不調なんてないのだ。過敏性腸症候群の青年の身体でもアラブの王様だったら100億円出しても変わって欲しいと思うだろう。

栄町ヤマト薬局様
いつもお世話になっております。○○は一年前に比べたら嘘のように元気に大学に通っています。普通の大学生と違い夜遊びが苦手で不規則な生活を続けてしまうと胃腸の具合が悪くなりますが○○部の練習が今のところ楽しいようで元気に通っています。勉強より○○の練習に学校に行っているようなものですけど。ガスがたまったり、下痢をしますが数日で治るようになっています。○○月は外国研修があります。○○の開発に興味があり、貧困問題、人権問題をやりたいといっています。ゲストハウスに宿泊し、マムシが出るかもしれないという農村で研修をするそうです。なんでこんな授業をとってしまったんだろう…と本人は後悔してますけど。疲れると体調を崩す体調が悪いと落ち込む…の繰り返しですが落ち込んでいる日が確実に減っています。お薬がなくなりましたのでまた送付をお願いいたします。暑い毎日ですがどうぞお体に気をつけてお過ごしください。
○○様
 理屈抜きで嬉しいです。どんなお嬢さんか分かりませんが、いつも懸命に生きている青年を思い浮かべています。そんな青年が、大海で堂々と泳ぐようになって欲しいといつも思っています。志を高く持つか、破壊的に生きるかそれぞれでしょうが、いつか足跡を後悔を持って眺めるようなことだけはして欲しくないと思っています。お嬢さんが、活動の場を見つけて楽しげに通っておられるとのこと、こんな嬉しい報告はありません。いつか漢方薬を卒業できましたよと報告を頂ける日も来ます。お腹になんか構っておれないそんな当たり前の青春の風景がお嬢さんにも訪れます。落ち込んでいることを逃げの一手でごまかしていた僕などよりずっと立派ですよ。それにしてもマムシはちょっとね。僕ならこの時点で留年を決めます。
ヤマト薬局


2011年07月10日(Sun)▲ページの先頭へ
宿泊施設
 こういった効果の判定方法もあるのかと思った。
過敏性腸症候群で悩んでいるある女性が、2年前に沖縄旅行をした。つい1週間前にも同じ沖縄に行った。条件が異なるのは、当時は僕の漢方薬を飲んでいなかったが、この1年くらい真面目に飲んでいるってことだ。過敏性腸症候群の症状で改善していたことを具体的に教えてくれたのだが、電話で聞いていただけだから思い出す分しか紹介できない。メモをとっていれば良かったと思う。
 首都圏の人だから当然沖縄へは羽田から飛行機で行く。当時はその飛行機からまず難関だ。乗る前に気になり何回もトイレに通い、飛行機に乗ってからも通う。ところが今回は朝トイレをすまして、その後頻繁に通うこともなく沖縄に着いたらしい。沖縄では前回では考えられないくらい、食べたいものを食べたらしい。前回はどうしてもお腹のことを最優先にして、ゴッテリしたものなど食べれなかったが、今回は折角来たのだからと食べたいものを食べようと決めたらしい。その決意ができたことだけでも大きな進歩だと思うが、その結果も何も起こらなかったらしい。とても大きな進歩だ。もっとも煎じ薬を作らなければならなかったから、滞在したのはホテルではなく、なんと言うものだったかな、自炊できる宿泊施設のような名前だったのだが。僕は旅行をほとんどしたことがないからハッキリは分からないが、確かコンドミニクル?コンドマタクル?コンドミニキテ?コンドミツケル?とか言っていたな。
 沖縄では海を始め自然の景色や、のんびりした人の風情を楽しんだらしいが、話しぶりから都会で働く人特有の戦いのポーズからしばし解放されたように感じた。僕の漢方薬が効いているのか沖縄の自然が効いているのか分からないが(行きの飛行機から調子がよいからやはり漢方薬かな)能率や効率や生産性などで過度に緊張をしいられている現代人の悲哀も伝わってくる


2011年07月09日(Sat)▲ページの先頭へ
お墓にひなんします
「このたび3月11日のじしんとつなみでたいへんなのに 原発事故でちかくの人達がひなんめいれいで 3月18日家のかぞくも群馬の方につれてゆかれました 私は相馬市の娘○○(名前)いるので3月17日にひなんさせられました たいちょうくずし入院させられてけんこうになり2ケ月位せわになり 5月3日家に帰った ひとりで一ケ月位いた 毎日テレビで原発のニュースみてるといつよくなるかわからないやうだ またひなんするやうになったら老人はあしでまといになるから 家の家ぞくは6月6日に帰ってきましたので私も安心しました 毎日原発のことばかりでいきたここちしません こうするよりしかたありません さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい」
 93歳の老婆の上記の遺書を今日多くの人が目にして涙を流したのではないか。僕も涙が溢れるのを隠すことができなかった。哀しさと、怒りが込み上げてきて抑えるのに苦労した。これは完全に殺人だ。どうしてこんなに何の罪もない、何の欲もない人達を死に追いやって罪に問われないのだろう。原発を誘致した政治家や地元の首長、議員はまだかなり生きているはずだ。金欲しさに原発が安全などと口から出任せを言った学者達も生きているはずだ。どうしてこの種のことに秀でている弁護士などが、彼らを何十年にも遡って追跡し法廷に引きずり出さないのか不思議でならない。また多くの家族を破壊し、多くの土地を奪いどうして法廷に引きずり出されないのかも不思議でならない。たったパン一つを盗んだだけで警察に引っ張られる飢えた庶民と、幾万の人の生活を奪った奴らとどちらが犯罪者なのだ。人一人殺せば殺人犯で、戦争で沢山の敵を殺せば英雄になる矛盾を映画で訴えたチャプリンの悲しげな顔が浮かぶ。
 こんな理不尽と共存しなければならないやりきれなさを味わわされる時代の巡り合わせを恨むが、これから先が今まで以上に良くなる予感はしない。さりとて帰りたい時代もないし、こうして当てもなく精神を放浪させるしかないのだろうか。せめて奴らの内の誰かが断罪されるのを目撃して溜飲を下げてみたい。多くの物言わぬ忍耐強い人達と一緒に。


2011年07月08日(Fri)▲ページの先頭へ
基準
 昔ならあり得なかったような気がする。医師や歯科医師は自民党の長期政権の元でいい目をしてきたから、政府のことを彼らの前で批判するのははばかれた。だから学校保健委員会で医師や歯科医と同席してもその種の話題は出さなかった。しかし、昨日原子力発電所事故の危険性について父兄の前で話したとき、とにかく国をはじめ力を持っているところや学者を信用するなと強く訴えたのだが、その事に関して医師も歯科医師も賛成してくれて寧ろ僕をフォローしてくれた。
今度の福島のことで色々明らかになったことがあるが、原子力に群がる学者と呼ばれる人達の無節操ぶりもその中の一つだ。学者という肩書きをなくしたらいいと思うくらいだ。金が好きで肩書きが好きで、強いものにはすり寄る無節操さの持ち主で、科学的真実も我欲のためなら簡単にねじ曲げる人種だ。ほとんど軽蔑の対象でしかない。政治家は言うに及ばず学者までが品のない人生を送っていたことが露わになった。最早信じられない、信じない肩書きになってしまった。
父兄の前で話していて自分でも面白い比喩だと思ったものがある。年間1oシーベルトの基準を突如20oシーベルトに政府が変えたことに関してだ。交通規則で時速40Kmで昨日まで走っていたところで、今日から時速800Kmまで許すと言われているようなものだと説明した。この比喩は父兄には具体的に理解しやすかったみたいで多くの共感が得られた。毎日数字ばっかり出てくるから数字の大小だけにとらわれているが、こうして具体的な分かりやすいものに置き換えてみれば如何に国民の生命を軽視しているかが良くわかる。
 うんざりとするような不信感の中で今日も夜が明け日が沈む。人よりいい目をすることが人生の目的のようになり、人の命さえもてあそぶ。今は何時代なのかと思う。そうか「少女時代」だ。よし、整形してこよっと。


2011年07月07日(Thu)▲ページの先頭へ
おかげ
 僕より身長が少し高い。恰幅は格段にあちら様の方がいい。姿勢もあちらの方がいい。背筋がピンと伸びている。大きな体がほんの少しばかりビニール袋に入れた野菜を持ってきてくれた。無造作にカウンターの上に置いて、「わしが作ったんじゃから食べて」と言った。すこぶるゆっくり話す。時速5kmくらいの会話のスピードだ。スピード違反気味の僕は合わせるのに苦労するが、野菜を持ってくるのにも照れている純朴さにブレーキは自然とかかる。
 いつものように胃薬と漢方薬を所望する。「ご主人は元気じゃね、同級生で一番元気ではないの?」と尋ねると、二人の名前を挙げて、一人はよぼよぼしてやっと歩いていると言い、もう1人は特別養護老人ホームに入っていると言った。そのうちの一人は僕も良く知っているが、とても同級生には見えない。2kmくらい離れているところから自転車で買い物に来るこの男性と、施設に数年前に入った人が同級生にはどうしても見えない。「90を過ぎて自転車でウロウロしているなんかわしだけかもしれないな」と言うから「えっ、90歳を過ぎているの、絶対そうは見えない」と感嘆の声をあげると「ヤマト薬局のおかげじゃ」なんて可愛いことを言う。「僕もそう思う、僕のおかげじゃ」と返すと「ヤマト薬局の建物の半分くらいはわしが立ててやったようなものじゃ」と一転して可愛くないことを言うから「ご主人のおかげは、この植木鉢一つくらいだわ」と返してやった。
 大学を出て何の役にも立てなかった頃から、いやそれ以前父の代からずっと来てくれているのだが、元気で長生きを日々実践してくれているような人に関われたのは幸いだ。その逆は職業柄否応なく沢山経験させられるが、いくつになってもこのようなたわいもない会話を楽しめる健康を多くの人に得てもらえればと思う。


2011年07月06日(Wed)▲ページの先頭へ
 「昨日この辺りも雨が激しかったかな?」と尋ねられて「激しいとは言えないのではないかな、雷も鳴ったけれど、大粒の雨とは言えないだろうね」と答えた。基準が分からないから曖昧な答えをしたのだが、「滝のように道路を水が流れたよ」と言われると、たいした雨ではなかったというのが正しいだろう。
 こう尋ねられたのは隣町に住んでいる女性だ。父の代から通ってきてくれている。隣町といっても牛窓との丁度境界に位置しているところの人で、文化圏から言ったら寧ろ牛窓に属する。ただその方の所までには二つの峠を越えなければならない。車で行くと10分くらいだろうか。僕の昨日の雨が大したことはなかったというのを聞いて彼女は「夕立は馬の背を越すと言うからな、峠の一つで全然違うんじゃろうな」と感慨深げに言った。僕は結論部分はさすがに分かったが、馬の背を越すと言う表現は分からなかった。この諺が全国共通か、極めてローカルなものか知らないが、ひょっとしたら父がやっていた頃も同じような会話をしていたのだろうかとふと思った。我が家にとっては3代に渡るごひいきと言うことになる。恐らくそう言った方はもっとおられるのだろうが、口に出して昔を懐かしむ雰囲気が今の薬局にはないから、話題には出してもらえないのだろう。病院の処方箋を調剤しだしてから、薬局は念願の?医療機関に指定され、井戸端ではなくなった。
今では馬の背どころか、はるか彼方から来て下さる人や相談して下さる人が増えたが、ミニチュアダックスの背辺りの人も大切にしている。昔ながらの雑病の相談も専門的な漢方相談も処方せん調剤も医療機関などとかたぐるしい響きとはほど遠い精神でやっていきたい。
 薬剤師悲願の諸々は僕にとては所詮彼岸の悲願でしかない。


2011年07月05日(Tue)▲ページの先頭へ
共食い
 せっかくのお土産だが、これでは共食いになる。
ある若いお母さんが念願の福山雅治のコンサートに行って来て、お土産を持っていつもの漢方薬を取りに来た。2つくれたお土産のうちの一つが「追憶の飴」というタイトルと共に彼の上半身の写真が印刷された飴だ。さすが人気者だけあって、飴にまでタイトルが付けられている。ただドアップの写真が載っているから、僕にとっては自分で自分の飴を食べているようなものだ。ほとんど共食いになる。
 福山雅治のファンは多いと見えて、薬局でも話題になることが多い。この2つのお土産はなるべく手をつけずに長いこと置いていて、熱狂的なファンに悔しい思いをさせてやろうと思っている。頭に浮かぶだけでも、数人候補者がいるから今からわくわくする。
 お土産をくれた女性は「もう治ったのかと思った」と言った。それはそうだろう、最高の心の高ぶりが今まで停滞していた気を巡らせ、その結果血液を巡らせ水を排泄したのだろう。(漢方で言う気血水の理論だが)心や身体の状態を最高潮にしてくれたのは間違いない。3時間のコンサートが僕の漢方薬の2週間分より高いのだから、そのくらいの効果がないと意味はないが。
 例えば彼女のように、元気になるための動機付けが誰にもあるといい。元気になったらやりたいことがある、元気になったら行きたいところがある、元気になったら会いたい人がいる。どんなものでもいい、それがあるとないとでは回復力に大変な差がある。振り返るものしか持たない人間でも、少しは明日への理由があっても許されるだろう。


2011年07月04日(Mon)▲ページの先頭へ
女優
 かかとの荒れを治したい理由が、結婚式に出席するときに夏用のサンダルを履くから他の人に見えてしまうと言う心配からだった。50歳を回っているのにそんなもの放っておけばよいと思ったが、そこは本来的に優しい僕だからそんなことは言わない。「かかとなんか誰が見るもんか。あんたは女優か」どうだ、この優しい心配り。
早く綺麗に治してと言うからその理由を尋ねたら、足の爪のマニキュアを塗ってもらうのに汚いかかとを見せるのは申し訳ないとまた、同じような理由を教えてくれた。そこで又僕は優しく声をかけた。「あんたは女優か!」
どうも僕には解せない。女優でみんなの視線を集めるのでもないし、好きな男性がいるのでもないのに、一体誰の視線を意識してこんなにおしゃれをするのだろう。それとも対象は必要なくておしゃれ自体が目的化しているのだろうか。かなり過酷な仕事をしている女性だから健康にはかなり気を使って、漢方薬をもう10年以上飲んでいて嘗てとはうって変わって元気そのものなのだが、最近は健康より美容に関しての要求が強くなった。そこまで体力に余裕が出たって事かもしれないが、こと美容に関しては僕はほとんど脳がなくて手伝ってあげれることがかなり限られている。最近は娘がその種の訴えに対処してくれるから僕も悪態をつかなくてすんでいる。
 娘のおかげではないだろうが、どう見てもヤマト薬局に来るようには見えない若くて華やかな娘さん達が毎日のようにやってきてくれる。全員のお目当てが娘夫婦が作っている汗止めローションだ。汗の臭いが650円で気にならなくなるからとても喜んでくれて、口コミで広がっているらしい。最近はファッション雑誌から出てきたような若い女性が入ってくると、僕は最初から応対しないことにしている。せっかくのローションが効くものも効かなそうに見えるから。
 どうやら僕にはかかとの荒れより心の荒れの方が似合っているらしいし、脇の汗より冷や汗のほうが似合っているらしい。不得手なことには首をつっこまない方が無難だ。どうせか細い一本道しか歩いてこなかったのだから。


2011年07月03日(Sun)▲ページの先頭へ
救急車
 牛窓の外れにある三叉路を過ぎるときに、救急車が僕の進行方向の左からやって来ていることに気がついた。交差点を通り過ぎて路肩が広いところを捜して待機し、やり過ごすことにした。岡山方面に向かっている僕だから救急車も必ず追いかけてくると思ったのだ。案の定サイレンは段々近づく。ところが意外と救急車はゆっくり走ってきて、追い抜かれると言うより待ってあげたような感覚だった。
救急車が通り過ぎると僕はすぐに車で追いかけた・・・つもりだったが、なんと救急車は制限速度を守って、それも牛窓町内に限っては30Kmをちょっと超えるくらいでそれこそゆっくりと走った。岡山市に入ってから制限速度は40Kmになったが救急車は今度はそのスピードで走った。思わず追い越していこうかと思ったが、何か意図があってのスピードだろうと興味もあったのでそのまま後をついていった。途中いくつかの段差があったがそこでは明らかに減速して、衝撃を減らしているのが手に取るように分かった。マニュアルの通りか、プロの配慮か分からないがその減速の瞬間は人の優しさを少しだけ共有させてもらった。
 途中2カ所で赤信号にかかった。最初の一つはついうっかりして一緒に突っ走りそうだった。2カ所赤信号で置いてけぼりにされたことで救急車を見失ったのだが、ある場所に来ると再びあのサイレンの音が聞こえた。救急車がバイパスに上ったのだ。バイパスには大きく弧を描いて上がらなければならないから、少し引き返すような感じになる。その時間のロスで追いついたのだが、バイパスに上ると言うことは市内の大病院を目指しているって事だ。中小病院ならバイパスに上らないほうが近い。僕もバイパスを通って岡山市に行くから同じコースを辿ったのだが、バイパスに上がってからはさすがにスピードを上げたらしくて、最早追いつくことはできなかった。
もう半年以上も前になるが僕もある理由で救急車に乗った。その時に救急隊員の一挙一動を目撃させてもらったが、その時も受け入れてくれる病院が決まるまでゆっくりと動いて少しずつ街の中心部に近づくようにしていた。そしていざ行き先が決まってから猛スピードで走りだした。その時のことを思い浮かべながら追走したのだが、一刻を争うような感じはその時も今日も意外としなくて、元気でいることが一番だと、当たり前すぎる結論を出して一人納得していた。
 今日僕は思わず救急車になりきるところだった。


2011年07月02日(Sat)▲ページの先頭へ
 一体何処に隠れていたものが出てきてこんなに繁殖したのだろうと思う。それともどこからか胞子が降ってきたのだろうか。
 テニスコートの柵の内側1メートル近く、角になると2メートルくらいが黒い苔に被われている。梅雨が始まってから次第に柵の下あたりからテニスコートの中央を目指して砂上を占領し始めた。もっとも生徒がテニスボールを追いかけて走り回る辺りには全く生えていないが、踏まれることのない場所には密生している。今年は梅雨が早く始まり、期間が長いから余計に繁殖しているのか、黒い絨毯の範囲が例年に比べてかなり広い。恐らく毎年目にしているのだろうが今年は一際目立つ。
 もう一つ今年その存在を否応なしに意識する理由がある。それは、雨が多いせいで常にその苔が濡れているのだ。だからしばしば滑る。運良く倒れなくてすんでいるが結構きわどいことが多い。僕のスリッパの底がすり減って摩擦がなくなっていることが原因として大きいのだけれど、それにしてもよく滑る。まるで幼いときに、海水浴場の傍の岩場でまだ乾ききっていない海藻の上を歩くのに似ている。今でこそその時の危険性を想像できるが、当時は後頭部から岩場に頭をぶつけていれば命を失う程危険だとは考えもつかなかった。幼い子供が自由にそんな遊びができていた時代を懐かしく思うし、親の度量の広さにも驚く。
 苔はもし乾いていたら緑色をしているのだろうと思うがいつ見ても黒と表現した方が近いように見える。環境が変化しないところでひたすら這いつくばるようにして繁殖する生命力は僕にはないが、何度も何度も「こけ」た人生だけは負けないかもしれない。いや薬剤師の端くれとして「こけ」にされた回数も負けないかもしれない


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
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