栄町ヤマト薬局 - 2011/05

漢方薬局の日常の出来事




2011年05月31日(Tue)▲ページの先頭へ
閉店
 今日で地元のある電気屋さんが店を閉じる。僕が今の場所に薬局を移すまでいわゆるお隣さんだった。僕より一回りくらい上の方で、お子さん達がうちの子供達をよく遊んでくれた。夫婦そろって決して口が上手ではなかったから何かを買わされたという経験はないが、我が家の家電はほとんどそのお店から買ったものだ。今の住所に移ってきてからもなるべくそのお店で買うようにしていた。
値段で決めたことはない。何となく下手な商売が居心地良かったように思う。見え見えの言葉はついぞ聞いたことはない。僕が一番苦手な下手に出られたことも一度もない。全てが普段通りだったように思う。量販店に押されての閉店ではない。僕みたいにいざというときに頼り切っている地元の人は多かった。いざというときがこれからはその日のその時間ではなくて、あちらの都合になってしまうのか。次なるお店を探さなければならないが、出来れば個人のお店にしたいと思っている。弟さんが隣町でやっているからと紹介されたからそちらにしようと思っているが、今までのいざというときとは少しのずれは起こりうるだろう。遠くの量販店よりははるかにその時間は共有できるだろうが、時に危険を伴う家電のいざというときのずれは深刻だ。
 若い頃から、そんなに物に囲まれることを願ってはいなかったが、年齢と共にますますその傾向は強まり、最低限の必需品しか揃えない余り上お得意の客ではなかったが、やはり一つのお店が閉じるのは寂しいものだ。嘗て個人の店が隆盛を極めた頃を知っている世代だろうから、一抹の寂しさや未練はあるらしいが、体がついてこなければ仕方ない。経営者兼下働きだから自分が終われば全てが終わる。懸命に働いて何が残ったのか知らない。いや、残すどころかその日その日が精一杯だっただろう。命が萌える新緑の頃、人知れず落ちる木の葉が螺旋を描いて舞う。


2011年05月30日(Mon)▲ページの先頭へ
正体
 ホームセンターの中を歩いているとこんなものがこんな値段で買えるのかと驚かされることが多い。それこそホームセンターが誕生した頃の驚きは今の比ではなかった。憧れの商品がすごく距離を縮めた時代だ。
本箱やタンスや机は僕らが若い頃は一つそろえると一生ものだった。一生どころか我が家にはまだ両親が使っていたものが未だ健在だ。二生ものだ。下手をしたら娘達も今毎日使っているから三生ものだ。特別高額なものを揃えていたわけではなく、所詮庶民の持ち物なのだがそれでもそのくらいの寿命はある。だからホームセンターでまるで数時間働いて得る給料で買えるものが溢れたときには、自分が豊かになった感覚ではなく、豊かさの定義が破壊されたような感覚になったものだ。そのころ商品と言うものが単なる物に変化したのかもしれない。単なる物に価値を与える余裕はないから、一時の耐久だけを期待して、見栄えのよいものに手を出す。壊れるのを前提に買うのだが、ほとんどはその期待に応えて数年で壊れてしまう。
 数日前に見切りをつけた僕の身長より高い木製のラックを駐車場に出していたら、昨日の台風の雨で濡れていた。ただ濡れていたのなら気にはならなかったが、なんとそれがしわっているのだ。僕の膝の高さくらいのあるケースの上に置いていたのだが、弧を描いて地面に着くくらい柔らかい曲線を描いていた。数日前までは少なくとも堅固に生薬の重力に耐えていたのに。それが一日の雨を吸っただけで弧を描いている。驚いたことに触ると、まるで土のかたまりを指で壊すかのように簡単に崩れた。試みに板を折ってみたら簡単に折れた。よく見ると表面の薄い化粧板の下はコルク状の物だった。だからこのラックは正式に表現すると木製ではなく、コルク製だったのだ。表面が綺麗に化粧板で被われていたから全部が堅固な木で出来ているのかと思っていた。だから数年の寿命でも納得がいくような値段の設定が成り立つのだ。おそらく廃材かリサイクル品を利用しているのだろう。正体見たり。
 でも勿論それは悪いことではない。それはそれでそれ以上でもそれ以下でもない。それぞれがそれをどの様に感じるかだけのことなのだ。だからその事に罪はないのだ。ある人には物の命のはかなさを語りかけ、ある人には使い捨てを奨励しているのだ。善や悪で色分けするものでもない。一皮剥けばに驚くことはない。一皮むけばの人でこの世は成り立っているのだから。


2011年05月29日(Sun)▲ページの先頭へ
労働者
 今日は、労働者。どうってことはない。少し膝がガクガクして、腰がしびれそうになって、息が切れて、ふらっとめまいがして、冷や汗が出て、脱水気味になって、ちょっと気分が悪くなっただけだ。今日は労働者、6時間、4階建ての建物の狭い階段を荷物を持って上がり下りしただけだ。今日は労働者、漢方薬の大先輩が亡くなられて薬局を閉じていたのだが、行き場のない古い薬や調剤器具、棚や本、その他諸々の生活道具を片づけに行っただけだ。
岡山市の嘗ての一等地で開業されていたから、予想以上に薬や器具があった。僕の車で充分だと思っていたのに、結局は義兄の2トントラック2杯でもさばくことが出来なくて、次週に持ち越した。狭い薬局のような印象を持っていたが、アーケードで4階建てってことは隠されていた。各階に薬や器具が収納されていて、予想以上の量だった。予想以上なのは、僕なんかよりはるかに高尚な仕事をされていたのではないかと思ったことだ。土地柄、お金持ちの患者さんが多いと聞いていたが、それを裏付けるような高額な生薬や、僕の知らない処方の漢方薬もあった。ずいぶんと高齢になるまで現役で頑張られていたが、恐らく充実した仕事ぶりだったのではないかと思う。
 今日は労働者。平日力仕事もしていないのに肩や首がこって不愉快なのだが、今日は全くこらなかった。僕には肉体労働の方が合っているのだろうか。若いときからそう思っていたが、実際にはこのひ弱な身体では通用しないだろう。でも心はやはり肉体労働を求めていた。今日は労働者。後ろを人が通るのも困難なウナギの寝床みたいな食べ物屋で、先生夫婦と娘夫婦の5人で昼ご飯を食べた。みんな壁に向かっていた。カツ丼を注文したのに、玉子丼が先に出て来て「はい僕です」と手を挙げたら「お父さんはカツ丼じゃないの?」と娘に言われた。「お父さんは、違いが分からないんだ」と答えた。今日僕は労働者。


2011年05月28日(Sat)▲ページの先頭へ
全勝
 本当に悪いことをした。朝、雨がかなり降っていたから帰ってくるまではずっと降っているだろうと高をくくっていたのだ。この数年カラスには全勝だったので慢心していた。ところが昼過ぎに雨が上がって、カラスが雛を食べたらしい。巣は無惨に壊されていて、親ツバメの姿もなかった。
その光景もいやだったが、もっと辛かったのは、数日後同じツバメかどうか分からないが、壊れた巣を修理し始めたのだ。頻繁に飛んできては泥をくっつけ、又せわしくなく飛んでいく姿のほうが痛々しかった。ツバメに本能以外のものがもしあるとすれば、大家を恨んでいるだろうから、もう少し想像力を働かせて守ってやればと後悔した。自然の摂理に介入していいのかどうか分からないが、人の常でどうしても弱い方の味方になってしまう。誰に教わったのか本来的にその立ち位置を崩したことはない。
 人は本能的に弱い者を守ろうとするのかと思っていたが、どうやらそれは本能ではなく幼いときからの教育に他ならないのだろう。せめて弱肉強食の動物と異なるところを見せてほしいが、どうもほとんど同じと言わなければならない場面ばかりに遭遇する。殺戮を頂点としてサギに至るまで、いやいやもっと善人面した政治や商業、最近では科学までもがほとんど動物並の営みだ。
カラスに悪意がないのは分かっているから、一概にカラスをせめることは出来ないが、雛に重ねて見てしまうものばかりが頭を過ぎるから見て見ぬ振りが難しい。巨悪に見て見ぬ振りをして、こんな小さな生物に見て見ぬ振りが出来ないなんて勝手きわまりないが、どうか世間の皆様には僕の愚行も見て見ぬ振りをして頂きたい。


2011年05月27日(Fri)▲ページの先頭へ
働き人
 一人の働き人のメールに色々考えさせられることがあったので一部引用させて頂きます。「同じだわ〜」と思いながら読んで頂くだけで救われる人もあると思うので。

ヤマト薬局さま
 お薬をありがとうございました。また、メールもありがとうございました。「気を巡らせ血液循環を盛んにし、体の中の不要物の排出も盛んにしてくれます」ということで、たいへんありがたいです。
 実はここ最近仕事でかなりストレスを溜めております。次から次へと自分の限界を超えるようなハードルを課せられているような状態です。まるで50メートルしか泳げないところを100メートル泳げと言われているような...。・・・ 時々感じるのです。ここまで体に無理を強いてよいのだろうかと...。でも、給料をいただいている限り責任は果たさなければいけない、人に迷惑はかけられないと思うと、どうしても体の言う事を聞いてあげることができません。何とか自分の体を守ろうとむやみやたらに仕事を引き受けないように努力をするのですが、結局「文句ばかり言わずにやって」という風にやらざるを得ない状況になってしまいます。どうせやらなければならなくなるのだったら、何も言わずに引き受ければよかった...と、後悔ばかりです。愚痴ばかりこぼしてしまいました。申し訳ありません。でも、聞いていただくだけで、少しは気が楽になります。・・・

○○さんへ
 恐らくこの国の至る所で展開されている人間模様なのでしょうね。余り経済のことはわかりませんが、いわゆるリーマンショック後から加速されている現象だと思います。合理化を極め生産性を唯一の目標に掲げている企業の情景でしょう。何を優先するか、何を守るかが個人に問われますが、日本人の潔癖な気性からしてなかなか個人を優先できないものです。ただ肉体に負担がかかってきますと、心までもが折れてしまいます。限界を知ることが大切なのでしょうが、限界が分からないのも又人の常なのです。僕は数年前限界を知らずにまるでスーパーマンかのように働いて、その後力つきた鳥のように墜落してしまいました。一度経験してみないとなかなか限界って分からないものです。貴女が今どの状態にあるのか分かりません。どれくらい余力が残っているのか分かりません。異常に頑張れる状態の後に、身体が悲鳴を上げ、心が悲鳴を上げます。愚痴をこぼしてください。出来れば会う人会う人こぼしてください。口から出しただけ楽になります。決して道徳に縛られて自分を追いつめないでください。いったん病気の範疇に足を踏み入れると孤独な戦いが始まります。その前になりふりかまわず回りを巻き込んで心を楽にしてください。そうすると身体も楽になります。決していい人などというものを演じないでください。往々にして貧乏くじを引くのはそう言った人達なのですから。落とし穴に落ちても手が差し伸べられるとは限りません。大人の落とし穴は小児の悪戯に比べて深いですよ。


2011年05月26日(Thu)▲ページの先頭へ
総選挙
 学生の頃、「総選挙」という唄を作って歌っていた。時代がそう言ったものを求めていたのだろう、当時は受けていたように思う。昨日昔のテープに小出先生の話を吹き込もうとして、何のテープだったか確認していたら30年以上前に僕が歌っていたものだった。バンド編成でなかなか面白い唄に仕上がっていた。当時軽音楽部の人達がおもしろがってバックを勤めてくれていたことがあり、完全に忘れていた光景を思い出した。
当時存在していた政党をそれぞれ具体的に茶化した唄なのだが、さびの部分は全て共通している。それは以下のようなものだ。
「ホラ吹いて 居直って 札束投げて 酒飲まし やっと当選の暁は 貧乏人から 金絞る」
これは現在でも通用するのではないか。当時の蒼い感性は今の僕にはないから、最早期待できない人に期待して失望のするよりは、期待しないで犬の頭でも撫でていた方がよっぽど精神にいいと居直っている。
 いやいや、それより僕には今すぐ行かなければならない選挙がある。30年目にして心躍りながら投票する総選挙がある。「第3回AKB48選抜総選挙」だ。昨年、初のトップ当選を果たした大島優子が“連覇”へ向け、好スタートを切って、2位は、首位奪回を狙う前田敦子が704票差で追う。なんとしても前田敦子に頑張ってもらわなくては。
時代が変われば総選挙という言葉一つに群がる青年像も違う。ただ明らかに現代の方が明るくて罪がない。それはきっといいことなのだろう。時代が懸命に回転して手にしているのが今なのだから。人々の懸命の努力が実を結ばないはずがない。歌って踊る少女達を応援する青年達に、争いはない。それはきっといいことなのだろう。


2011年05月25日(Wed)▲ページの先頭へ
別に
 別に何かとんでもない高尚さを求めたのではない。水平線よりちょっとだけ高い島を見つけたかっただけだ。別に溺れそうになっていたわけではない。ちょっと遠泳には自信がなかっただけだ。伴走してくれる船も浮き輪を投げ入れてくれる人もいるのに。別に恐怖心があったわけではない。足を地球の方に向かって伸ばせば気が遠くなるほど深いように感じただけだ。それでも未知は未知で残しておいてもいいように思っていた。別に笑っていたわけではない。涙が似合わないことは知っていたから、選択肢が限りなく少なかっただけだ。別に不幸だったわけではない。不幸の反対がもし幸せなら、幸せの鏡には不幸は映らない。別にニーチェでもフルーチェでも良かったのだ。『信仰によって甘やかされた弱者たちの「奴隷道徳」が、他の道徳に勝利している』と言ってくれれば。


2011年05月24日(Tue)▲ページの先頭へ
錯覚
 小出先生が国会議員の前で原子力発電に対して意見を述べた後で、締めくくりとしてガンジーの言葉を引用した。それはガンジーのお墓に刻まれている7つの社会的罪と言うものらしいのだが、具体的には次の7つだ。理念なき政治、労働なき冨、良心なき快楽、人格なき知識、道徳なき商業、人間性なき科学、献身なき宗教。とくに聴衆である政治家に対してハッキリと理念なき政治を戒め、宗教を持っている人には献身なき宗教を戒め、原子力に群がった企業には道徳なき商業を糾弾し、同じ科学者として人間性なき科学を自戒していた。
 嘗てガンジーが言った言葉なのだろうが、今はまるで小出先生の言葉のように聞こえてしまう。嘗て僕達も青春の頃、この7つの言葉のように考え行うように自分たちを律していたように思うが、時と共にこの逆の方向に歩み始めていた。そしてこの逆に進んだからこその果実を得て、それでまずまずの人生だったかのような錯覚に陥っている。今回の想像できない規模の犯罪行為による被害をきっかけに、小出先生のように嘗てのまま純粋に生き続けてきた人がいたことを知った。自分が恥ずかしく思えるし、今からでも遅くはないとも思える。
被害者を救うために東電は何度破産しても償えないし、国も何度破綻しても救えないと言っていた。それだけ一人一人の生活は重いのだ。基準値を意図的に引き上げて被害者と呼ばれる人を少なくしようとしているのだろうが、こんな犯罪的な事故を起こして誰も責任を問われないことも糾弾していた。利権に群がって巨額の金を手に入れた人間達が誰も裁かれないことに違和感を覚えるのは小出先生だけなのか。
 何でもかんでもお上の言うことは疑ってかかり、胡散臭いものをかぎ分ける嗅覚には自信があった。当時の多くの青年のように。ただ、遺伝子を破壊されゆっくりと命を蝕まれる現代の青年達の声が聞こえない。煮ても焼いても消えない恐怖が、煮ても焼いても食えない奴らのせいでまき散らされているのに。


2011年05月23日(Mon)▲ページの先頭へ
覚悟
 朝一番にやってきた老人が咳止めを求めた。咳と痰だけだから作り置きの咳止め薬を3日分渡した。尋ねもしないのにその男性が「この前、頭が悪いから医者に行ったんだけれど、老衰じゃといわれて何もくれんかった。もう80歳を過ぎたら相手にしてくれんわ」と苦笑いしながら訴えた。この男性はそれこそ働き者でかくしゃくとして未だ畑に立っている。往年の力はさすがにないが、同年輩の人に比べればダントツで元気だし、何よりも現役で稼いでいる。本当に老衰という言葉を用いたのなら、それは明らかに国語力の問題だ。何もその老人を傷つけようとして言ったのではなく言葉の選択を誤っただけだろう。悪意は感じられなかった。「もうお歳ですから頭痛くらいあり得るでしょう」なんて丁寧に返事を返してあげれば良かったのだろうが、老衰はいけない。さすがの漁師言葉の僕でもそれは言えない。
 単に選択の誤りなら可愛いものだが、どうも覚悟のない言葉も溢れ前言を取り消すことがしばしばだ。僕ら庶民なら何ら影響はないが、このところ肩書きに酔っている輩のそれが連発している。権力なるものを手に入れると、それを行使してみたくなるのが世の常なのか、口が軽くなるみたいだ。それらの輩は便利な掃除機を持っているのか、前言をあっけなく回収して知らぬ顔だ。その厚顔たるや甚だしいが、その覚悟の無さの方が心配にもなる。煮ても焼いてもなくすることが出来ない、自分で消滅するのを待つしかない、見えない、触れない、感じられない、臭わない、聞こえない殺人物質と対峙しなければならないこの国の人間にとって、覚悟を知らない言葉に導かれるほど不幸と屈辱はない。
 船から落ちれば死ぬ漁師達のホラ話のほうが、余程覚悟を伺わせる。


2011年05月22日(Sun)▲ページの先頭へ
おとぎ話
 ・・・ホーキング博士は「(人間の)脳について、部品が壊れた際に機能を止めるコンピューターと見なしている」とし、「壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人のおとぎ話だ」と述べた。博士は21歳の時に筋萎縮性側索硬化症(ALS)という進行性の神経疾患と診断され、余命数年とされた。「自分は過去49年間にわたって若くして死ぬという可能性と共生してきた。死を恐れてはいないが、死に急いでもいない。まだまだやりたいことがある」と語った。また、人々はどのように生きるべきかとの問いに対し「自らの行動の価値を最大化するため努力すべき」と。・・ 
 これはパソコン上で見つけた文章だが、ホーキング博士だからこそ様になっている名言だ。ただコンピューターどころかそろばんくらいの僕らの脳でも同じことが言える。そろばんが壊れて珠が畳の上にバラバラになって転がり落ちる姿は、パソコンの故障に比べて格好は悪いが機能停止の宣告と捉えれば同じことだ。宗教や宗教家にとっては許し難い挑戦的な言葉かもしれないが、「闇を恐れる人のおとぎ話」という表現は臆病な僕らには痛い所を突かれたような気がした。天国やあの世を作れば恐らく死への恐怖が幾分かでも和らぐ。そうして人々は恐怖から逃れようとしているとも言える。それがよいこととか悪いことというものではなく、科学者らしいとらえ方に、例え方に興味を持った。何千年の無数の人達の信仰の営みを、一人の科学者の言葉と比べることは出来ないが、コンピューターで解決できないものが段々と無くなった時代に吐かれる言葉としてはさもありなんと思う。 
 また「自らの行動の価値を最大化するため努力すべき」という助言も、博士のそれと僕ら凡人のそれは、もたらす結果の天地ほどの差は認めながらも、何となく勇気づけられる。僕ら凡人でもそれなりに考えて、それなりに行動しているのだ。結果に対して遠慮はしていない、それなりの果実を求めている。ただそれが僕らの日常では残念ながら小鳥にさらわれるほどの小さな果実でしかない。誰にも評価されない小さな実だ。それでも考えて努力している。 最近の僕の心情に驚くほどすんなりと入り込んできた博士の言葉は、きっと意図するところがない本音の吐露だからだと思う。この言葉のもたらすものを彼は全く期待していないと思う。この言葉で何かを動かそうとか誰かを救おうとか考えてのものではないと思う。だからこそ地球の裏側ですねた薬剤師が勝手に感動したりしているのだ。 したり顔の何万人の「それらしき人々」を集めても博士のこの短い言葉にはかなわない。


2011年05月21日(Sat)▲ページの先頭へ
貧乏
 4時間くらい色んなことを喋ったが、その間彼女は何度となく「貧乏ですから」という言葉をくり返した。想像でしかないが彼女の言う貧乏と日本人の言う貧乏はかなりの差があるのだと思う。彼女の場合兄弟が8人もいて末っ子らしいから、恐らく食べ物にまで苦労したのではないか。詳しく尋ねるわけにはいかないから想像を巡らしただけだが、日本で働く3年間で少しはそうした環境から脱出してほしいと思った。日本で働くと経済的に楽かと尋ねたら笑顔で頷いていたからほっとした。
例えばグーグルでベトナムの地理を教えてくれている時に自分の生まれ育った町とホーチミン市しか知らないと言ったので、旅行はしないのとつい尋ねてしまったのだが、その時に出たのがあの言葉なのだ。彼女だけでなく多くのその国の人は旅行などしないと言い、そのお金があればものを買うと付け加えた。僕も滅多に旅行しないから同じだといっても説得力は全くなかっただろう。何の気休めにもならない。
2週間前に午後の仕事中に必ず気を失いそうになるというので貧血の薬を上げた。彼女の1日分の稼ぎ以上の値段だから、とてもお金はもらえなかった。今日やってくるなり全然フラフラしなくなったと喜んでいた。あの時僕にどうして病院に行きたくないと言ったのと尋ねたら「私達はお腹が痛くなったら生姜を紅茶に入れて飲みます。しばらくすると治ります。貧乏だから自分で治します」と答えた。そして「仕事中に会社の人に病院に連れて行ってもらうことは遠慮です」とも言っていた
職を得るために彼女は懸命に勉強したのだろう。僅か1年半でほとんどの会話は出来るし、日本人以上に漢字が書ける。貧乏が生んだ向上心に感嘆する。「牛窓工場の人は優しい、牛窓一番」と嬉しい言葉をもらったから、「貴女の努力こそ一番」と返した。彼女と話していると、どこかに置きざりにした心の風呂敷を、ゆっくりと解いているような感覚に襲われる。


2011年05月20日(Fri)▲ページの先頭へ
忍耐
 このところ僕自身も気がついていたし、ブログを読んでくださっている方からも連絡を頂いていた。ブログを開こうとしてもなかなか画面が表示されないと言う指摘だ。僕は自分のパソコンがそろそろ寿命が近いのかと勝手に想像して、手をこまねいていた。指摘してくださった人は、文章を沢山書いて重たくなったのだろうと言っていた。我が家のパソコンの世話をお願いしている漢方問屋の専務さんに尋ねたら、僕の側に問題があるのではなく、運営会社の方の問題でしょうと教えてくれた。そうしている内に運営会社から下記のような連絡を頂いた。
 全くこの手のことには疎くてなすがまま状態だが、月曜日には解決できるのかもしれない。僕を筆頭に、クリックですべてが一瞬のうちに変わってしまうことに慣れてしまった現代人にとって、いつまで待つかわからない忍耐は持ち合わせていないのではないか。話を大きくすれば、混乱を避けることだけが自分の延命につながるオエライ奴らが、永久に帰って来れないかもしれない町の人達の忍耐を何処までごまかすことが出来るだろうかとふと考えてしまう。いくら忍耐強いと評判の人達だって、心のどこかにマウスは持っているはずだから。

栄町ヤマト薬局 管理者様
お世話になっております。「のブログ」事務局でございます。平素は「のブログ」をご利用頂き誠にありがとうございます。最近断続的に、「のブログ」のサーバ全体にアクセスの集中時間帯が発生しており、ご迷惑をおかけいたしておりますこと、お詫び申し上げます。今般の不具合解消を目的とし、下記日程で「のブログ」の緊急メンテナンスを実施いたします。
■メンテナンス日程
2011年5月23日(月)午前1時〜午後6時(17時間)
※メンテナンス中は画面が表示されません。
※メンテナンス作業が完了次第ご利用可能になります。



2011年05月19日(Thu)▲ページの先頭へ
奇遇
 奇遇が2回連続で起これば「ギグウ」と呼ぶのだろうか。
 わざわざ電話で予約を入れて相談に来てくれた人が、○○病院の先生から紹介されてきたと言った。その先生が開業のために退職したときに紹介状みたいなものをことづけてくれていたらしいのだ。だいぶ前のことだったのでその紹介状はなくしていて、今日はその先生の名前だけしか教えてもらえなかったが、どうやら僕にはその先生と面識がない。どうしてその先生が僕を紹介してくれたのかわからないが、内科の先生だと言うからひょっとしたら息子と面識があり漢方薬の話でもしたのかもしれない。ただその事は黙っていた。
 症状を聞き漢方薬を作り会計がすんだ時点でおもむろにその方が「つかぬ事をお伺いしていいですか?」と尋ねた。「私は昭和16年生まれで清心中学、高校の出身なんですけれど、ひょっとしたら大和○○○さんて言う方をご存じないですか?当時牛窓の薬局のお嬢さんって言っておられたんで。確か、学校の傍の○○と言う薬局に下宿されていて、下宿を引き払うときにお手伝いに行ったんですよ。美人で頭が良くて上品であこがれていたんですよ」と言った。すごい記憶力だ。間違いはない。「話の最後の方は違うと思うけれど、それは姉です」と答えると嬉しそうな顔をして「奇遇ですね、奇遇ですね」とくり返した。 確かに奇遇のように思う。恐らく半世紀以上の時を経て嘗て一緒に学んだ同級生の弟の所にやってくるのだから。僕が都会で華々しくやっているのならまだ確率は高いかもしれないが、田舎で開業しているからわざわざ都市部から訪ねてくるのはかなりの勇気がいる。まだちょんまげを結って人々は歩いているのだろうかとか、電気が引かれていなくてランプで生活しているのだろうとか、会計は六文銭でするのだろうかとか、道中で参勤交代に合うとか・・・
 「せっかくの奇遇だから意地でも治るようにお世話します」と言いながら見送ったのだが、相談机の僕の背中に飾ってある薬剤師の免許証の生年月日と、記憶を照合していただろうその方の小さなタイムスリップを僕も楽しませてもらった。


2011年05月18日(Wed)▲ページの先頭へ
皮膚
 毎日ユーチューブで聞かせてくれる小出裕章先生の解説を今か今かと待っている人が増えてきている。マスコミ経由の情報を信じない力がもっと広まれば、情報を握っているオエライ奴らも好き勝手には出来ないだろうに。
小出先生の原発に反対する理由がスッキリしている。東京にはとても作れないような危険なものを、田舎に作るという差別が許せないらしいのだ。危険だけ田舎に押しつけて都会が果実を享受する構造に耐えれれないのだ。先生が何処の出身の人か知らないが、田舎の人間にはとても分かりやすい理屈だ。いや理屈どころかほとんど皮膚感覚でそれは理解できる。こと原子力に限らずありとあらゆる分野で同じ構造は綿々と受け継がれている。 この差別というのはどうも理性を超えて本能に近いような気がする。差別することが生き甲斐のような人もいるし、それを諸悪の根元のように感じ取る人もいる。差別する側が必ずしも悪意がない場合も多いように見える。頑張ることの結果としてそのような構造(差別する側)を全面的に受け入れている。悪意のない無邪気な差別と言う範疇もあるかもしれない。この悪意のない悪意ほど対処するに困難なものはない。いくら回りに不快感をばらまいていても本人にその気がないのだから気づきようがない。かえって確信犯よりもやっかいだ。そんな人には傍観を装うか退避しかない。同じ空間や時間を共有しないことしか解決の方法はない。
 エライ奴らの態度や目つき話しぶりを見ていると、どうもこの種のタイプが多いように思えて仕方がない。だからこそ出世しているとも言える。これに対して心に錨を降ろしている人達はなかなか上手くは生きていけないだろう。小出先生のように才能には恵まれているが、上手く生きていくことを拒否したような器に僕達凡人はなることは出来ないが、肌で感じることが出来る持って生まれた感覚だけは大切にしたい。


2011年05月17日(Tue)▲ページの先頭へ
避難民
 娘が今頃になって水を荷造りしているから理由を尋ねたら、被災地で保護された動物に与える水が不足しているらしいのだ。当然人間様には優先的に届いて、いざ行き渡ったら恐らくそれで終わったのだろう。水は500ccか1リットルかわからないが結構大きいダンボール箱に入れられていた。銘柄は見なかったが動物用ではなかったと思う。そもそも水に動物用があるのかどうかも知らないが、まさか支援の水をペットに分けていたりしたらひんしゅくを買うだろうから、かの地では隠れるようにして与えたか、動物に我慢を強いたかのどちらかだろう。今なら正々堂々と与えられると思う。
 元々は犬嫌いの僕だったが、犬好きの妻や子供達のおかげで20年くらい犬と一緒に暮らしている。嘗て愛犬家の行動を理解できなかったが、今はすべて理解できる。主を無くしては暮らしていけない忠誠心を飼い主は裏切ることは出来ない。いつまでも成長しないような幼子の眼差しで見つめられると、最善を尽くしてそれに応えようとするのは理屈ではない。母親が子供に注ぐ無上の愛と似ている。
 報道される放置されたペットとの再会は涙を誘うが、多くの命が絶えたのだろう。人間の勝手で命を遮断される無念を思う。多くの命を将来に渡って奪うだろう会社の社長の報酬は日当が20万円なり。一月懸命に働いてその額に達しない国民は何百万人かいる。恨むことさえ出来ないなら置き去りにされた動物達と同じだ。もっと心の中を露出させたらいい。無上の愛はペットには届いても避難民には届かないのだから。


2011年05月16日(Mon)▲ページの先頭へ
一声
 本来的な性格か、このトラブルのせいかわからないが、いつも電話の声は暗い。ところが今回は違いがわかるほど明るかった。僕の口癖で「どう?」と毎回調子を尋ねるのだけれど、いつもの様な口ごもりが無かった。珍しいなと思っていると、今度の派遣先の仕事がやっとと言っていいくらい何となく合っていそうなのだ。今まで勤務先が変わる毎に、人間関係で躓いて職場を去らなければならなかったのだが、それは人間関係の煩雑さを超える魅力が職種になかったと言うことの裏返しでもある。人間関係なんて所詮不具合の方が正常なのだから、多くの人は仕事に魅力を感じて乗り越える。彼女も又その都度人間関係を口にはしてきたが実際には働くモチベーションが保てなかったのだ。
過敏性腸症候群のあるパターンを形成しているグループがある。それは進学校に合格し、あげくついていけずに脱落したと言うものだ。それと共にお腹が調子を崩していって、ガス漏れ症状や、腹痛、下痢などで困ったと言うものだ。彼女が今まで経験してきた職種は嘗ての栄光からしたら耐え難いものだったかもしれない。職種を聞くたびに、遠くで暮らす僕までが抵抗を感じた。今回は薬品か何かの分析をするとか言っていた。じっと留まってする仕事でないのも気が楽なのかも知れないが、薬品とか分析とか言う言葉が会話に出てくれば知的な感じになる。彼女自身もそう感じて仕事に熱中しいらぬ事を考えなくなったのかもしれない。症状も改善し、人の目が気になりにくくなったと言っていた。職場の仲間を「いい人」と「悪意がある人」の区別も今回はなかった。
 若い人に教訓めいたことなど言いたくもないから、助言らしきものはほとんどしてこなかったが、収まるべき所に収まるのをまって、それを一緒に喜べるくらいの関係がいいのかもしれない。彼女も又最初の一声で誰だかわかる人の中の一人なのだ。


2011年05月15日(Sun)▲ページの先頭へ
忘己利他
 その子の通う中学校は修学旅行で沖縄に行くらしくて、楽しみにしていた。しかし、起立性低血圧でなかなか朝起きられずに学校にも行けていなかった。症状が普通より悪いのかもう学校には行けないだろうと主治医の先生が言っていた。でも昨年から漢方薬などでお世話をさせてもらっているが、学校にも少し行けるようになって、修学旅行も行けるのではないかと期待していた。
お母さんが漢方薬を取りに来て、沖縄に行っていると教えてくれた。空港まで別行動で送ってもらって、少し躊躇った後飛行機に乗り込んだらしい。お母さんも心配だったろうに、良く勇気を出して送りだしたなと思う。そして養護の先生もよく覚悟をして受け入れてくれたと思う。どちらも逆の行動が一番楽に決まっているが、敢えて彼女に想い出を作ってもらうことを優先した。まさに忘己利他だ。
 今から1200年も前と言えば、どんな人達がどの様に暮らしていたのか分からないが現代でももっとも通用しそうな教訓を実践し残した人がいるのだからすごいと思う。ろくなものを食べずに、ろくなものを着ずに、ろくな家に住まず、ろくな教育も受けず、ろくな娯楽もなかった時代に、現代でもっとも欠落しているような普遍的な教訓を残した人(最澄?)がいたことに驚くし、又この国に暮らすことが出来る価値を感じることが出来る。 薬剤師会から帰ってくると二人の若い女性から悲愴なメールが送られてきていた。どちらも調子が良かったのに急に悪化して又不安にさいなまれている。二人とも僕にとっては大切な人。すぐに返事を返さなければならない。県内外を問わず出来ればすぐにでも飛んでいって、一杯会話をして気を抜いてあげたい。真面目で頑張りやさんの陥るトラブルは品のない僕ぐらいな人間の言葉が適している。最近色々なことに巻き込まれて、病気で僕を頼ってきてくれる人達に100%集中できていたかというと疑わしい。僕なりに懸命に努力していたが、忘己利他のかけらでも実践していただろうか。所詮薬剤師の僕が、その肩書きを必要としないところで力んでも何も変えられないことがわかった。僕はやっぱり薬局の中で頑張るしかないのだ。唯一存在の意味を持つことが出来る空間なのだ。最澄の忘己利他と言う教えには背くかもしれないが、僕は「もう懲りた」。


2011年05月14日(Sat)▲ページの先頭へ
退路
 綺麗な日本語を話すし、物腰もとても柔らかく謙遜で非のうちどころがない。漢方薬を作ってカルテを書き留めるために名前を尋ねたら、やたら長い名前を言われた。わかる部分はあるのだが、途中に何かややこしい名前が入ってくる。言ってもだめと思ったのか名刺をくれた。それには日本語のありふれた名字と名前の間にカタカナで長い名前が入っていた。なんじゃこりゃと思って尋ねると、ブラジルの人で2世だった。2世といっても全部日本人の血だから日本人的な顔をしているが、色黒で彫りが深いからどことなく混血のようにも見える。だけど純血らしい。
 本来余り立ち入ったことは尋ねない主義なのだが、漢方薬をとても信頼してくれて数回通ってきている間に好感を持っていたのでちょっとだけ尋ねてみた。「それではラテン語はペラペラなの?」と。すると「ラテン語ではなく、ポルトガル語ですけれど、母国語だから当然出来ます」と答えた。メチャクチャ違和感はあるが当たり前と言えば当たり前だ。今喋っている日本語こそが彼にとっては外国語なのだ。もう日本に来て20年近くになるから日本語もそれこそペラペラなのだ。最初日本に来たときは、頭の中で日本語を文法的に構築してから喋っていたらしいが、今ではポルトガル語で同じ作業をしていると言っていた。日本語オンリーの僕にはわからないが「言語はそれぞれの回路があるんです」と言った言葉が印象的だった。僕には回路と言えば、貼って使うか、もんで使うかの2つの回路しかないので。
又面白かったのは、単純だがどちらの国がいいかと言う僕の問いに対する答えだった。結論はどちらも良くて比べられるものでは無いというものだったが、彼が長所としてあげたのは、やはり日本の治安の良さだ。車に鍵をかけずに離れられるとか、鞄を抱きかかえて歩かなくても良いとか、考えられないような当たり前のことが当たり前でない差だった。またブラジルのよさはと言えばサーッカーやカーニバルを上げた。経済的な差が未だかなりあるから、そのあたりを比較することはしなかった。意外にも天候の過ごし安さっもブラジルの方が優るといっていた。あれだけ皆黒いから熱くて困るだろうと思ったら、意外や意外湿度が低いからさわやかなのだそうだ。
化学薬品に不信感を持って漢方薬を好んで取りに来るくらいだから、福島の放射能についても強い関心を持っていた。やはり家族は帰ってこいと言うらしい。逃げるところがあるのは羨ましいと思った。僕はベトナムに逃げようと思うと言うと、あそこは米軍が枯れ葉剤を一杯撒いているからだめだと言った。さすがに筋金入りの自然派志向は違う。
 退路を塞いで潔癖を貫くのは日本人の美徳だが、こと見えない敵には退路だらけにしておきたい。みんなで逃げまくれば恐くない。


2011年05月13日(Fri)▲ページの先頭へ
安堵
 介護歴5年で未だ継続中。介護を分担してくれるはずの家族と確執中。これだけでウツになる条件としては十分だろう。外出や人混みに恐怖しパニック症状も起こす。毎晩悪夢にうなされて遅い朝を待つ。そんな彼女がけだし名言を吐いた。「母親は毎日が危篤です」と。 一所懸命尽くしても誰からも評価されない。寧ろ非難の声も聞こえる。人を責めればいいのにこんな人に限って自分を責めてしまい、余計自分を追いつめてしまう。それでも僕を訪ねてきてくれたのは、病院の安定剤をダラダラと続けることが受け入れられなかったのだろう。身体がだるくなるだけで、心は何ら軽くならなかったから漢方薬を紹介されて来たらしい。
2週間分を数回取りに来てずいぶんと調子が良くなった。最初、僕より年上に見えていたが、そのうち同い年くらい、そして今はカルテに書かれているようにずいぶんと僕より年下に見え始めた。今日漢方薬を取りに来たときに、笑顔を浮かべて「先生2週間で人を4人殺しました」と言った。一瞬何のことかと思ったが2週間前に僕が彼女に助言したことを思い出して「沢山殺したね」と褒めてあげた。この会話を他の人が聞いていたらなんて会話をしているのだろうと思うだろうが、そう、事実、なんて会話をしているのだ。
僕はこの数年あるきっかけで崇高な話しをしばしば聞く機会を持った。ところがその種の話で救われるだろう人は僕の薬局には来ないってことがわかった。頼ってきてくれる人が崇高でないのか、僕が崇高でないのかわからないが、「いやな奴は絞め殺してしまえ」の方が余程それらの人を救うことが出来ている。一所懸命誰かのために、正しい道という強迫観念にさいなまれながら尽くして、自分の体も心も傷ついて朽ちていく。そんなことが許されてはいけない。僕の評価が落ちようが、ヤマト薬局の評価が落ちようが、僕は漁師言葉であからさまに心の内を露出させて、解放されるのを手伝いたい。漢方薬で解毒し、品のない言葉で素直な感情を語れば、精神的な疾患は治りやすい。「汝の敵を愛せ」ではなく「いやな奴は絞め殺してしまえ」の方が人を救える皮肉に今安堵している。


2011年05月12日(Thu)▲ページの先頭へ
重心
 絶好調ですと言う言葉の後に、行政書士の試験に合格して独立しこれから事業を立ち上げると言うことも伝えられた。このどの部分に僕が関われたのかわからないが、何処かで少しは役に立ったのかもしれない。
 嘗て優秀なお嬢さんを世話したことがある。彼女は過敏性腸症候群を高校時代に克服してくれて、有名大学に進学し有名企業に就職した。記憶では確か行政書士の資格試験に挑んで不合格になった。お母さんが教えてくれたことに、一番合格しにくい試験ということだった。だから本人もお母さんも意外に気にしていないみたいで、落ちてもさっぱりしていた。
 その試験に彼が合格したのだから、恐らく大したことなのだ。最初お腹の相談を受けたときに性格は?と尋ねた答えがとても意外で、目立ちたがり屋でイケイケドンドンみたいなことを言っていた。どう見ても過敏性腸症候群などと無縁の性格なのだが、何かの落とし穴に偶然落ちてしまったのだろう。恐らく知性も理性も体力もある彼がこんな受け入れがたい症状で苦しむのだから、誰がいつ同様の状態になっても不思議ではない。ストレス過剰の不自然な生活を強要される現代人が、胃か腸か心臓で限界を表現しても不思議ではない。
 彼に続く完治予備軍が数人いる。僕にとって過敏性腸症候群などごくごく普通の相談でしかないのだが、頼ってきてくれる人の悲壮感はすごい。治らない、治りにくいと言う風評被害に遭っている人がほとんどだ。その先入観さえなければもっと皆さん努力してくれるのだろうが、今でも時々一発勝負みたいな人がいる。奇跡は起こせないがしばらく付き合ってもらえればかなりの確率で喜んでもらえる。
 僕の漢方薬を飲んで元気になってくれた人は一杯いるが、行政書士に合格したというのは初めてかもしれない。東大の医学部に合格してくれた子や女子アナになった子から、御法度の裏街道を歩く人までこの幅の広さがヤマト薬局の特徴かもしれない。でもどちらかというと後の方に重心が傾いているのが玉に瑕か。


2011年05月11日(Wed)▲ページの先頭へ
便利
 「ベンリ、ベンリ」と言われても何が便利なのかさっぱりわからなかった。何度もその単語をくり返しながら、パソコンの前に腰掛けてやたらクリックをくり返していた。便利の後は「デキタ、デキタ」とくり返すがこちらは何が出来たのかさっぱりわからない。何となくこれがベトナム語かというような文字とそれらしい風景や顔が画面に登場していた。
 そのうち何かを打ち込んでいたと思ったら、電話のコールみたいな音がして、パソコンの画面に若い女性が3人如何にもカメラを覗きこんでいるような仕草で何かを話しかけてきた。背景はプライバシー丸見えで片づけられていない部屋が写っていた。なにやらそれぞれに話していたが話が通じていたのかどうかわからない。会話が成立しない内に一方的にこちらが切ったようになったが、それにしてもこれがテレビ電話かと驚きだった。こちらにはカメラがないから写ってはいないだろうが、あちらの光景はしっかりと写されていた。僕だってその気になればテレビ電話を備え付けられることを後日日本人に教えてもらった。「タダ、タダ」と言うのは、恐らくこのテレビ電話を利用すれば無料だってことを言っているのだろう。それならさすがに「ベンリ」だ。ただ僕はベトナムの人と話をすることもないし、する必要はないのでベンリだとは全く感じない。それよりもそれ以降パソコンを立ち上げるたびに、かの国のヤフーかなにかしらないが最初の画面が現れるので、いちいち消さなければならない。僕は日本のヤフーだけで良いのだ。今度来たら「あんたのベンリは僕の不便」と言ってやろうと思っている。
 しかしさすがに若者で、生活水準は格段に違っているはずなのに、パソコンなどを自由に操る。もっとも1年で日本語をかなりマスターしたような女性だから才能には恵まれているのだろう。大学も化学系にいっていたらしい。最近は僕に対して遠慮が無くなったのか「日本のコーヒーはオイシクナイ」なんて言うから薬局に備え付けているコーヒーを飲ませてやった。すると「オイシイ」と言いながら不思議そうな顔をするので理由を聞くと、日本の食べ物飲み物すべてが薄味なのだそうだ。濃い味の国民性なのかどうか知らないが、濃ければ美味しいと言う印象を持った。単純なものだと思ったが、どうりで淡泊な気性の僕には最初ついて来れなさそうだった。


2011年05月10日(Tue)▲ページの先頭へ
小沢一郎
 お母さんが快くブログに載せることを許してくれたので、小さな子の便秘で悩むお母さん方のために、交換メールを披露する。

 「こんにちは。4月の終わり頃に娘(5歳)の便秘の相談をさせていただきました。お薬を飲み始めて今のところ調子が良くだいたい一日おきくらいで便が出ています。便意がはっきりわかるようになってきたようで、あわててトイレにかけこんだりしています。腹痛もほとんど無いようです。便はやわらかめで少しべったりしている感じです。本人もとっても嬉しい様で、今度は自分でお薬をもらいに行く(福山雅治に会いたい)と言っています。が、今回は行けれないので すみませんが送っていただけますか?よろしくおねがいします。」     

 先日話していたように、3日に新見の野外コンサートを聴きに行きました。計画通り岡山道を通って行ったのですが、心配していた恐怖の高い橋も、下が見えない構造になっていたので無事僕が運転して通過することが出来ました。これで岡山道を征服できると自信はつきましたが、往復6時間の運転は腰痛の想い出も一緒に残してくれました。昨年中国縦貫道の渋滞で懲りたので、岡山道を選択したのに、やはり渋滞に遭いました。賀陽か有寒とか言うところで5kmの渋滞に巻き込まれ、開演に遅れそうになったので一か八かで総社インターで下りて県道を走っていくことにしました。ところがインターから総社の町まで下りるのが大変で、まるでジェットコースターに乗っているように急な坂をグルグル回って町まで下りていきました。自分で運転しながら酔いそうでした。運転に自信がなかったので御法度の裏街道を行く人と一緒に行きましたが、あまりの風景に二人で驚いたり喜んだりの道中でした。新見が近くなった辺りで、貴女の市が道路標識に登場してきました。なんて遠くから来てくれたんだと驚きもしたし、必ず効果を出さなければと責任もより感じました。貴女の今日のメールを見て胸をなで下ろしています。小さなお子さんが排便で悩むなんて可哀相ですよね。繊細な心をちょっと強くするだけの漢方薬で効果があったのですから何よりです。いずれ漢方薬は止めることが出来ますから、当分は快適なお通じを経験させてください。身体で覚え込めば完治です。実は今日はもう一つ嬉しい結果を頂いているのです。お嬢ちゃんより年下で粉薬が飲めないので、娘夫婦が作っているお茶を飲んでもらったお子さんが、便秘で今まで30分トイレから出られなかったのに、5分でウンチを終えて出てくるようになったらしいのです。ウサギのウンチではなく柔らかくなったので、痛くないようでトイレに行くのを怖がらなくなったとも言ってくれました。お子さんの便秘を治すのは武器が少ないのでハーブで治ってくれれば新しい成功例で、何歳でもこれで対処できると喜んでいます。同じ県内で名古屋に行くのと同じくらい時間がかかってしまう所から良くこんな南の田舎に来てくれました。お嬢ちゃんの役に立てて嬉しいですが、純粋な幼子に嘘をつくのは忍びないですから、福山雅治かと思って行ったけれど、小沢一郎だったと正直に教えておいてください。



2011年05月09日(Mon)▲ページの先頭へ
 ノートを目の前に広げて何か書き込むから尋ねると、僕が漢方薬について喋った言葉だった。鍼の先生の紹介で漢方薬を数回取りに来ている女性だが、運の悪いことに薬剤師なのだ。さらに運の悪いことに最近、漢方の勉強会に参加し始めたらしいのだ。も一つ運の悪いことに、熱心なのだ。最後に致命的なのは謙遜で素朴で好感度抜群なのだ。
細切れの説明に「うーん、うーん」と悩んでいるのか納得しているのかわからないような声を連発されると、必要以上に喋ってしまいそうになる。僕は漢方の勉強を始めるときに、今は亡き先輩から処方をみだりにばらさないことを言い渡された。その約束を守ったからこそ、素晴らしい勉強会に参加させてもらって知識を得てきた。僕は皆さんご存じのように漢方の知識は自慢じゃないけれど未だに貧弱だ。しかし、効くことだけを目指して精進してきたから、結構評価は頂いている。雄弁に理論を語ることは出来ないが、頼ってきてくれる人には満足をかなりの確率で与えられている。陰とか陽とか占いじゃあるまいし、そんな古代の診断法を口にしないから権威は全くないが、現代医学の恩恵を受けながら処方を選定するので、当然よく効く。
 2週間に一度尋ねてきてくれるから、嘗て僕が勉強したよりも頻繁に彼女は処方に触れることが出来る。それも僕が本当に効くかどうかを人体実験で長年確かめて、篩にかけた貴重な処方ばかりに。このままだといづれ追いつかれてしまうから、彼女には独立するのなら県外にしてと言った。ただもう一つ言い忘れた場所がある。東京だ。さすがに東京は人口が多いのだろう、僕の漢方薬を長年飲み続けてくれている人が圧倒的に多い。だから今度来たら東京にも薬局を作らないでと言っておこうと思う。
 彼女が参加し始めた漢方の勉強会は権威もあるし品もある。我流もいいところで、良いところも品もない僕と両極端を並行して学べるのか疑問だが、僕の場合は恐怖の小出しで粘ってやろうと思っている。ただ娘夫婦以外に喋ったことがない処方を上手く喋らされそうで、あの純情を前に僕は鬼になる。


2011年05月08日(Sun)▲ページの先頭へ
 僕だけのことかもしれないが、およそ楽しかったことなど思い出すことはない。長い人生でそんなものがなかったかと言えば勿論不幸の連続であったわけではない。苦虫をかみつぶすように暮らしてきたわけでもない。だけど思い出すほど実は楽しくなかったのか、いやな思い出の方が圧倒的に優っていたのかわからないが、折に触れて思い出すのは不愉快な想い出ばかりだ。
 昨夜、ある女性と電話で話をしていてまたまた思い出してしまった。半世紀くらい前のことなのに鮮明に覚えている。教室での僕とその二人の女子生徒の位置関係まで覚えている。
何年生の時だったか忘れたが、当時新しい学年になると自己紹介をさせられていた。子供が何を紹介するように先生から求められたのか記憶にはないが、ただ一つだけ鮮明に覚えている光景がある。二人の女の子が親の職業で口ごもった。催促する先生に抵抗できずに最終的には言ってしまったが、二人とも泣いていた。幼い僕でも先生の配慮を欠いた画一的な指導に疑問を持った。今の時代では何ら恥ずかしがることではないのだが、50年前、明らかに二人は親の職業を口に出して言えなかったのだ。具体的に出すと田舎町だから特定されてしまうので書かないが、幼い心がどれだけ理不尽な大人によって踏みにじられたか想像に難くない。
 その時以来、自己紹介は自分の場合でも他人の場合でも得意ではない。多くの語れるものをもっている人の雄弁と、名前しか言えるものを持っていない屈辱と、どちらの側に立つかと問われたら明らかに後者だ。誰に教わったのではないが、当時抱いた違和感は大人になっても肯定できるものだ。悪意はなくても無神経の刃で人の心なんか簡単に切り裂かれてしまう。守るべき盾を持っていない人には配慮こそが盾になりうる。


2011年05月07日(Sat)▲ページの先頭へ
爆発
 朝から晩まで、ワイドショウは当然としても、ニュースの中にまでお涙頂戴が織り込まれている。美談が氾濫し、あたかも今怒りの感情を露わにすることがはばかれるような雰囲気だ。そしてそれは必死で誰かが作り上げているような気がする。東北人の忍耐強さを殊更クローズアップして、欲しがりません勝つまではの合い言葉宜しく、都合の悪い輩の都合の悪い企てから目を逸らさせている。
ひょっとしたら今この瞬間にも、とんでもないことが進行しているかもしれない。情報を握っている一部の人間の都合で、生かされたり殺されたりしたらかなわない。数年後、10数年後を保証するものなど何もないのだから、自分の嗅覚を便りに納得のいく落としどころを主体的に決めなければならない。自分の判断なら諦めもつく。
 いくら札束を積まれても病気は誰とも共有できない。痛さも苦しさも固有のものだ。何もなかったかのように地球は回り人は笑い鳥はさえずる。こんな何もなかったかのような日常さえ手の届かない彼方のものとなる。天災を諦め人災を恨まないとしたら、孤独な終わりの見えない闘病は拷問だ。怒る権利を放棄せず、押さえ込まず、感情に逆らわないで期待される美談などには振り向きもせず、あるがままの感情を爆発してほしい。


2011年05月06日(Fri)▲ページの先頭へ
スイーツ
 関東の人が伊豆に旅行に行って、そこのスイーツを僕に送ってくれても何ら特別な話ではない。ただ、彼女が送ってくれたことに意味がある。
この女性は数年前に、過敏性腸症候群の相談で関東から泊まりに来て、その後数ヶ月漢方薬を服用して完治した。ここまでなら沢山の人が同じことをしている。ただこの女性はそれ以後も、ことある毎に悩み事があると僕の意見を聞いてくる。若い女性だから僕の苦手な分野のこともあるが、何故か上手くその都度危機を乗り越えてくれている。だからお腹の方も再発しないのだと思う。僕は時として父親のように答えを出すし、近所のおじさんのようでもあるし、会社の上司のようでもある。勿論薬剤師のようでもある。
 薬局で一緒に並んで写した写真を見ながら相談するようにしているから、電話越しながら結構臨場感を持つことが出来る。だだあれからもう数年会っていないから、実際にはもう少し大人になっているだろう。今回は傷心の一人旅ではなく、彼との旅行を楽しんだのだから、どこにでもいるごく普通の女性として、何らハンディーを持つことなく暮らしているのだろう。繊細なくせに体育会系という独特の雰囲気を持っているが、都会の中で青春を復活させてくれていることをとても嬉しく思う。牛窓に来たときに僕が話したのか、あるいは沢山会話しているから僕の好みがわかったのか、まるで弓矢で的の中心を射抜いたようなスイーツの選択だった。こんなに美味しいものがもらえるのなら毎日でも相談してあげたい。
招かれざる体調不良が縁で多くの人と知り合ったが、完治の後もこうした縁が持続する人が時々いる。長短はあるが人生のある期間をお腹ごときで無駄にした人達の復活劇ほど僕を勇気づけてくれるものはない。クロネコヤマトで送られてきたスイーツは、僕や家族や患者さんの胃袋に収まったが、僕の心の中にはいつまでも甘いままで残る。


2011年05月05日(Thu)▲ページの先頭へ
桁違い
 僕の質問に考えられないような数字が並んだから、「えっ?」「えっ?」と何度も聞き返した。いくら酒が残らないようにしてくれと言われても桁が違いすぎる。それでも何人かが、恐らく同じグループだと思うのだが、二日酔いにならない薬を頻繁に取りに来るからよく効いているのだろう。
「二日酔いにならない薬を10人分作って!」と言いながら入ってきたのは今まで見たことがない青年だった。とにかく大柄だった。190cm、90kgは保証できそうだ。白い大きな長靴を履いているからすぐに漁師か水産物の加工業者だとわかった。二日酔いの薬を頼まれたので普段頻繁に来る人達の仲間ってこともすぐに想像できた。
 会計がすんでから「一体自分たちはどのくらい酒を飲むの?」と尋ねてみた。この答えが考えられないくらいの数字だったのだ。「イベントでもあれば、だいたい2升くらいかな。焼酎が5合くらいで、その後ビールが10本くらいかな」と答えるから、「それを何人くらいで飲むの?」と尋ねるとなんと一人でそのくらい飲むのだそうだ。こんな答えを聞けば誰だって聞き間違いだと思って何度も聞き返すのではないか。少なくとも僕の常識の中にはこの数字はない。平生は飲まないのと尋ねると、飲まない日はないらしくてほぼこの半分くらいに抑えているという。
 もし顔の造りが悪かったら道ですれ違うのも恐ろしくなるような体格だが、良くできたもので結構童顔なのだ。口を開く度に笑顔が零れる。そこで僕も素朴な疑問を投げかけてみた。どう考えても健康でいられるはずがないから「どうして生きておれるの?」と。すると彼は一瞬だけ間をおいて「酒のおかげじゃろう」ととっておきの笑顔で答えた。なんて上手い答えを返すのだろうと感心したから僕も「死ぬまで通っておいで」とエールを送ってやった。


2011年05月04日(Wed)▲ページの先頭へ
正直
 昨日、新見の野外コンサートからの帰り、岡山市に住む若手の鍼の先生と一緒に帰った。勿論御法度の裏街道を行く人も一緒にだ。さすがの吉本新喜劇ばりのギャグも往復6時間は持たないだろうと思っていたところに助け船で、あっという間の帰路になった。もう着いたの、もう着いたのと3人ともが驚きの声をあげていた。
 ギャグが途切れた時間に鍼の先生が漢方薬についていくつか質問をしてきた。その一つ一つに答えていると彼が「大和さんは正直だから面白いですね、講演でもしてもらいたいですわ」と言った。後の方は興味がなかったが、正直だから面白いという部分は耳に残った。そうか、僕は人から見れば正直なのかと言う意外な認識をさせられた。正直と言うことがあたかも希少価値であるかのようにも響いた。
 もっとも彼が言っている正直というのは薬剤師としての僕のことだ。それも漢方の分野においてと言う狭い範囲でのことだ。私生活に限れば福山雅治に似ているなんて公言しているのだから、正直どころか、いやこれは事実だ。
 彼が一番共感してくれたのは、僕が漢方薬を作るときに一番重視しているのが現代医学の診断結果だってことだ。3000年前か4000年前か知らないけれど、何も診断器機がなかった頃の診断方法(舌診、脈診など)をまるで金科玉条のごとく神聖化して、固執している人達が、それこそ神聖化されて達人ぽく振る舞っている。陰じゃ陽じゃ、裏じゃ表じゃ関係ない。ミクロの世界まで現代医学は解き明かしてくれている。その結果を何千年前の何もなかった頃の診断方法に優先させない理由など全く考えられない。何かしら権威っぽく振る舞わなければならない人達には有用なのかもしれないが、僕みたいな末端の人間にとっては、病院の診断が何よりも優先する。
 彼曰く、鍼の世界にも同じようなことがあって、日曜日など全然勉強にならない講習会にも出席させられているらしい。いいことを教えてもらっても、それを実地で検証した方がいいよと言っておいた。講演用の受け狙いだけのものなんていっぱいあるのだから。
 どの世界にでもあるものだと思いながら彼の話を聞いていたが、意外と正直と言うのは楽なのだ。無理をしなくてもいいから一番楽かもしれない。正直で失うものもあるが、不誠実で失うものに比べたら、とるに足らない復活可能なものばかりだ。僕がもし他者からそんな評価を受けているとしたら、これに優る楽な生き方はないと思っているから無意識に実践しているだけってことだ。楽を避けて生きるほど僕は強くはないから、恐らく正直の中にどっぷりと浸かることで人生を全うしようとしているだけのことだ。
 何気ない彼の感想に、僕の患者さんにも是非正直な生き方を勧めてみようと思った。失う前に失っていれば何も失わないのだから。


2011年05月03日(Tue)▲ページの先頭へ
 去年もこの山の上で次々に登場するミュージシャンの唄を聴きながら、どんな唄が適しているのか考えていた。今年は姿を見なかったが偶然津山市でライブハウスを経営している人が隣に腰掛けていて、同じことをつぶやいていた。
どの歌い手も、勿論グループもオリジナル曲がほとんどだったから、何か訴えようとしている姿勢は十分わかる。ただ城山の野外コンサートだから、聴き手のみんなが必死で舞台に集中しているわけではない。腰掛けている人もいれば、懸命に屋台でものを売っている人もいるし、公園に偶然遊びに来た人もいれば、学校帰りの高校生もいる。幼い子供から80を超えたような人もいた。どの年齢層に向かってどんな唄を歌うのか判断に誰もが迷うだろう。ただ、多くの場合、当然と言えば当然だが、同世代に向けての投げかけのような感じはした。
 その中でトリで歌ったグループが際だって会場を盛り上げた。9番目に出てきたグループだったが、彼女のグループの唄を聴いたとき8番目までは前座だと思った。2番目に歌ったのが鍼の先生だったので、彼も含めてと言うことだが、勿論この評価は彼にすぐにコンサートの後に伝えたから、かまわない。思った通りを言っているし、彼もさすがに「やられた」と言うくらい評価していた。
 昨年彼女(WAKAKO)は鍼の先生のグループで出たのだが、今年は驚くほど上手くなっていて、会場を盛り上げた。歌唱力や詞や曲の自然さ、仲間や聴き手に対する謙虚さも言うことなかったし、ほとんどの素人バンドは、素人の宿命で自分ばかりが楽しむのが常だが、彼女にはそれがなかった。仕事で培った立ち位置があるのかもしれないが、聴き手に満足を与えることを心がけていた。
 県の南東部の牛窓から、県の北西部の新見市まで対角線に移動しなければならないので、大阪に行くより時間がかかり、今帰ってきてあくびの連発だ。昨年も行ったが、高速道路で渋滞に巻き込まれたので今回は違う道を行った。すると今回も又渋滞に巻き込まれて、やっと開演に間に合った。今回は去年の教訓で、渋滞になっても気持ちがいらつかないように、そんな時こそ俄然存在感を増す知り合いを誘っていた。すねに傷を持つ身で、今までに霊柩車以外全部乗ったというような人物だが持って生まれたジョークの達人で、笑いの渦の中で往復6時間近く過ごせると思ったのだ。案の定、眠気覚ましのドリンクがいらないくらい頭の中で心地よい気が巡っていた。
 5時間用意された鉄パイプの椅子に腰掛けて聴いていたが、自分でもその体力に驚いた。首こりも腰痛も胃の不快も、大したことがない。身体中の筋肉が弛緩していたのだろう。それは個々の作品の力もあるが、非日常を用意してくれたすべてのスタッフの人達のおかげでもある。その中でダントツは、うどんやサンドイッチ、焼き鶏やコーヒーなどを売ってくれていた近くの高校の父兄達かな。何故高校の父兄がと言う謎は未だ解決していないのだが。


2011年05月02日(Mon)▲ページの先頭へ
落ちこぼれ
Aさん
 「10連休というありがたいGWのお陰か、この3日間は”超”快適です。美容院も久しぶりに行きました。ドキドキでしたが、なんとかクリア。人気のお店の行列にも並べて、鶏の唐揚げをゲット。一人で、でしたがマクドナルドで、コーラとハンバーガーをほお張れました。とても、とても些細な事ですが、大きな1歩です。お腹のが痛くならず、お腹の事を考えない生活。普通の生活を送れる生活。幸せです。」
Bさん
 「先日はありがとうございました。おかげさまで2時間の説明会を無事にやり過ごす事ができ、少し壁を壊せた気がします。質問があります。ご飯を食べなかったときはお薬も飲んでいません。お薬だけ飲んでも問題はないでしょうか?では、またお薬をよろしくお願いします。」

 上記のメールをくれたAさん以外にも、震災後何人かの過敏性腸症候群の方が声をそろえて言った言葉がある。「元気だったら東北に駆けつけて何か手伝いたいんですが、だけど私なんかが行ったら、お腹が痛くなって逆に迷惑をかけてしまう」と。せっかくの志を大きく上回る不安が優って行動に移せない人達だ。ただそれはそれでいいと思う。志だけで充分だ。 屈強な心と肉体の持ち主はごまんといるのだから、彼ら彼女らに任せ、こんな時落ちこぼれても何ら気にすることはない。日常をつつがなく過ごすだけで十分貢献している。手を差し伸べなければならない人は、今に始まったことではなく見渡せば手の届くところに一杯いるのだからチャンスは無限にある。寧ろ、東北に行くわけでもなく、そんなことに気がつく術もなく、空虚な強気を振り回し、己の快感だけに浸っている輩よりは比較にならないくらい人道的だ。
 被災地を思って自粛しろから始まって、今では被災地のために金を使って楽しめ。どちらも、誰かに強制されて同じ歩調を強いられるものではない。個人の感性で判断して自由に行動するべきだ。どさくさに紛れて大きな力が小さな心の中に土足で踏み込んでこようとしている。自分の小ささを自覚し、より小さきものに対しての思いやりさえ大切にすれば判断なんて滅多に間違えるものではない。風向きだって潮の流れだって漁師は日焼けした深い皺で読んでいる。


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