栄町ヤマト薬局 - 2011/03

漢方薬局の日常の出来事




2011年03月31日(Thu)▲ページの先頭へ
伴奏
 よかった何も知らないで。2人で胸をなで下ろした。
 教会ではミサの間に数曲、典礼聖歌と言われるものを皆で合唱する。どの時代に作られたものかしらないが、現代的な歌と違ってなかなか上手くは歌えない。リズムを刻むことが無く浪々と流れるように歌うものなので、身体で覚えて身体で歌うようにはいかない。頭で覚えて頭で歌うとしたら、これはもう一種の行だ。
 聖歌の伴奏は2人の女性が交替で担ってくれている。2人とも僕と同じくらいの年齢だから、結構昔はいいところの出だったかもしれない。当時僕と同級生でピアノを習っていた女性は牛窓には一人しかいなくて、彼女は町の有名な家の人だったから、教会の2人もひょっとしたらいいところの出なのかもしれない。もっとも今その片鱗は辛うじて宇野港の浮き桟橋に寄生している海藻くらいしか残っていないが。
 ミサの後で神父様が当日初めて玉野教会を訪ねてきた人を見つけて自己紹介を促した。僕より一回りくらい若い女性だったが、自己紹介の中で職業を「ピアニスト」だと言った。そう言われれば見るからにあか抜けていて不思議とそれらしく見えてくる。こうなれば可哀相なのが○○さんだ。昔取った杵柄でミサのお手伝いをしているのだけれど、ピアノは一所懸命だけが売りのようなレベルだ。丁度僕のフィリピン人が歌うときのギター伴奏の腕と同じくらいだ。僕は神父様に頼まれてやっているのだが、それこそギターが上手い人がいたらとてもその人の前では恥ずかしくて弾けない。ピアニストだったら、僕の適当な調弦や伴奏も耳についたかもしれない。
 でも僕達はそんなことはつゆ知らず、いつものように懸命に役割をこなした。○○さんの実際はどうだったのか分からないが、ピアニストと聞いたのがすべて終わった後でよかった。初めから分かっていたら一体どうなっていただろう。2人で死んだ振りでもしないといけなかったところだ。相手が熊ではないのだからそれが通用するかどうか分からないが。
 ミサが終わってみんなでコーヒーを頂いているときに話しかけようかと一瞬迷ったのだが何故か躊躇われた。素人がおこがましすぎると思ったのか、それともそそくさといなくなっていた○○さんのことを思いやったのか。でもちゃんと挨拶だけは考えていた「ナルシストの大和です」と。


2011年03月30日(Wed)▲ページの先頭へ
表現
 遺族は「原発に殺された」と悔しさを募らせる。
ついにこういった事態が現れ始めた。これは最初の一歩でしかないだろう。こういった災害時には最初力が入って興奮状態になるから何でも乗り切ることが出来るが、ある程度時間がたてば物事を客観視し始め、再起の難しさが大きな壁となって現れてくる。乗り切るか、力つきるか、個性の問題に加えて失ったものの大きさに左右されるのではないか。部外者の威勢のいい応援歌は、歌う方の自己満足になりがちで、耳を塞ぎたい人達にまで届いてしまう可能性がある。
 さて冒頭の記事には違和感がある。原発に殺されたと表現してしまえば、原発という科学の粋を集めた物、あるいは毎日目にするあの建物に殺されたか、概念としての原子力発電所に殺されたと思ってしまう。正確には「原発に殺された」と言うべきではなく、又書くべきでもなく「原発を地元住民の反対の声を無視してあの土地に持ち込んだ、過去の東電の社長を初めとする幹部社員、それらとつるんだ国会議員、利権をむさぼった県会議員や地方議員、誘致で町を興そうとした誘致派の人達」に殺されたと言うべきだし、書くべきだ。そしてこれからは、後々責任を追及するために今マスコミに出てくる学者や大臣達が言っていることを覚えておくべきだ。彼らが守りたいのは企業であって住民ではないのだから、怒りまで都合のよい法律に縛られないために。凡そ法律で守られるのはそれを作った側であって、それで守られると勘違いした側ではないのだから。


2011年03月29日(Tue)▲ページの先頭へ
闇雲
 とんでもないことが起こればとんでもないことが暴露されるものだ。ただとんでもないこととは誰も思わないだろうから、このとんでもないことはすぐに忘れられて、あんな馬鹿なことを言うとはとんでもない奴だと、田舎薬剤師の戯言で片づけられる。
漢方の問屋さんと雑談していて、嘗て取引がなかった薬局からツムラの大建中湯を100本注文をもらったと教えられた。東北の地震でツムラの工場が壊れて当分生産が出来ないから、在庫していそうな所を軒並みあたっているのだろう。問屋さんがそんなにツムラの大建中湯を飲んでいる患者さんがいるのかと尋ねたら、そのくらいは十分出る量らしい。問屋さん曰く、1年間にツムラは大建中湯だけで150億円売っているらしいのだ。恐らく漢方処方は100以上あるから、その中のたった一つでそれだけ売れていたら後は追って知るべしだ。数ある製薬会社のほとんどは、全商品を合計してもツムラのたった一つの処方にもかなわないくらい差がついている。
 毎日山のように持ってこられる薬のパンフレットの中ではツムラの大建中湯も常連になっている。有名なお医者さんが治験例を挙げてこんなに素晴らしいと評価を載せている。専門用語で良くは分からないが、手術跡などに使うと腸の動きが良くなるらしい。数ある現代薬よりはるかに優れていると書いてある。そんなもの毎日見せられたら、そして時に接待でもされたら、患者に使ってみようかという気にもなるだろう。効果があるのかないのか分からないが、少なくとも処方せんを持ってきてそれを飲んでいる人で、効果を体験している人は未だ嘗て僕の薬局ではない。効く?と尋ねると、分からないけど出されているから飲んでいると一様に答える。術後はもとより、何か患者がお腹のことで訴えれば闇雲に出されているのではないかと思えるような感じすらする。
 そもそも大建中湯は人参、山椒、生姜、水飴からできているものでそんなに宣伝されるほどの効果を感じたことはない。こうして成分を書きだしたら薬と言うよりほとんど料理の世界だ。30年近く漢方薬を扱っているが、滅多に必要な処方ではない。お腹が冷えてグルグルでも言えば使ってもいいかくらいなものだ。150億円も一体どんな人に飲ませているのだろうと不思議でならない。僕の所でも、過敏性腸症候群で処方されて飲んでいる人が何人もいたが、効果があった人にお目にかかったこともない。もっとも、効果があったらわざわざこんな田舎の薬剤師に連絡など取っては来ないだろうが。
 放射能の事故で僕らは営利企業の貪欲さと向き合っている。決して彼らが法律を犯したわけではないが、法律で罰することが出来ないくらい多くの被害を与えている。薬の世界でもひょっとしたらよく似た現象が進行しているのではないか。飲ませなくてもよい人に薬を出すという行為が。自然から与えられた恵を金と言うブルドーザーで根こそぎ持っていこうとしている。上から降らせようが、根こそぎであろうが、泣くのは庶民だ。


2011年03月28日(Mon)▲ページの先頭へ
身軽
 安全を言い続けないと今までの人生の否定になるのか、あるいは金蔓でも失うのか、途端に有名になった学者達は10万倍とかという数字をどうごまかすのだろう。下請けに命がけを強いている学者達は、当然命がけでテレビに露出しているのだろうな。
 大いなるスポンサーだからか、同じ企業家同志だからか知らないが、騒いでなんぼのマスコミが妙におとなしい。まるで煽ることがタブーかのような雰囲気だ。煽りに煽って何千万人も殺した反省でもあるまいし、同じように市民が犠牲になるのを今度は口を閉ざして協力するのか。
 大きな所、力が強いもの、権威に守られている人達の保身の言動ばかりが映し出され、それとは対照的な市民の行儀の良い怒りや諦念が哀れだ。今回のことでテレビや新聞に対する信頼感は前にもまして加速度的に壊れたし、なくてもいいものになりつつあることが再認識された。大いなる意図を持ちながら、それを隠して正義面されるのは不愉快だ。
 精神も物理に劣らず身軽がいい。失うものが大きいと哀しみが大きくなりすぎて並の精神では持ちこたえられそうにない。心に肩書きもいらないし経済もいらない。笑い飛ばせるスイッチを一つ持っていればいい。


2011年03月27日(Sun)▲ページの先頭へ
 東北の地震を教訓に、薬局内の棚に使っていたガラス板を全部木製の物に変えることにした。調剤室は勿論、薬局の中にも沢山使っていて、質の悪いことに僕の手製だから、L型金物の上に安易に載せていただけなのだ。地震が来たらそれが飛んで凶器になると以前から妻に指摘されていたが、持ち前の不器用と、差し迫ったものがなかったので延ばし延ばしにしていた。さすがにあの恐怖を見せられたら重い腰も上げざるを得ない。ホームセンターに行き板とねじを買ってきた。
ねじを今まで買ったことが無くて、あまりの種類の多さに驚いたが、もう一つ驚いたことがある。そのあまりの安さなのだ。大きさや用途などを色々思案したあげく僕が買ったのは、82本も入っていて僅か315円のものだ。1本4円という事になるが、それで生産者は利益を得ているのだろうかと思ってしまう。ホームセンターの取り分、流通業者の取り分がかなりあるだろうから、生産者が手にするのは恐らくたいした額ではないだろう。中小企業で生産されたものだろうが、その価値から判断して申し訳ないような値段に思えた。
 その逆のものが水だ。僕は水道水以外飲まないから水など買ったことがない。水は僕にとっては今も昔も出るもので買うものではない。ところが千葉にいる姉に頼まれて、又ついでに僕が漢方薬を送っている同じ県の女性に頼まれて、いわゆる売っている水を手配したのだが、恐らく500ccのものが200円位したと思う。どうして何処かで勝手に湧いているただの水があんな値段になるのだろう。すでに2人には送ったからどうでも良かったのだが、試みに立ち寄った店で水があるかと尋ねたらもう無いですと言われた。どうしても欲しいとは思わなかったから、ただそれだけの事だったが、何をもったいぶっているんだとしらけた気持ちで数軒の店を後にした。
 未曾有の不幸で色々な価値観が問われるが、逆襲された自然には謙虚以外の対処法はない。



2011年03月26日(Sat)▲ページの先頭へ
拡大解釈
 今でもあれはいったい何だったのだろうと思う。
 昨夜いつものようにテニスコートを歩いていた時に、西の空が一瞬光った。まるで雷のようだったが、雷ほど白くはなく、濃い黄色だった。ただ光った範囲は雷よりも狭かったような気がする。僕が最初に思ったのは、車が山を登っていてサーチライトで雲を照らしたのかなと言う事だった。西の空を広く光らせたのではなく、ある程度限局されていたように見えたから。ただ、あの光を造る山の坂道はない。その次に思ったのは雷だ。見上げて空の全体を確かめてみたが、星が途切れることなく一面に広がっているから雨雲は考えられない。念のため、イヤホーンをはずして耳を澄ませてもみたが、ついぞ雷鳴は聞こえなかった。
 このタイミングでそんなものを目撃するとどうしても地震とくっつけてしまう。事実阪神大震災の時も、明け方に光を見た人が何人もいた。ハッキリとは覚えていないが、一瞬夜が明けたようになったと言うような証言を聞いたことがある。その話が印象に残っていたので、散歩を切り上げて帰り、早速パソコンに向かい、牛窓の天気と地震情報を調べてみた。牛窓はやはり晴れマークだし、地震情報もなかった。あれは一体何だったのだろうと、眠るまで何度も頭の中に浮かんだ。
 東に住む人にとっては驚くくらい西の生活は「普通」らしいが、さすがに海辺の人間にとっては想像できる恐怖なのだ。予想できる恐怖と言ってもいいかもしれない。どこかに将来の自分と重ねてしまう思考回路が出来上がってしまっている。今までなら気にもとめなかったちょっとした異変を拡大解釈してしまいそうだが、恐れを封印してしまうほどの勇気は僕にはない。ただ撲に出来ることは失いたくないものを多く持たないことだけだ。実はそんなもの少ししか持ってはいないのだけれど。


2011年03月25日(Fri)▲ページの先頭へ
作業着
 懲りない面々は経済界の人間だ。この期に及んでまだ原発を推進したいらしい。もっともそんなこと当たり前で、金がすべての人間達だから考えを変えることなど期待する方が馬鹿らしい。只、今危険にさらされている人達の、そしてこれからも日常のありふれた生活を奪われる人達の寛容さを甘く見てはいけない。まるで磨りガラスの向こうだった風景を多くの人が見てしまったのだ。一部の人間が、冨を追求するために、市民を虫けらのようにしか評価していなかったことを。彼らにとっては、市民とはいくらでも次から次に穴から出てくる働き蟻でしかなかいのだ。その上、消費までしてくれる便利な存在だったのだ。
 決して汚れることのないおそろいの作業服を着ている政治家も同じ穴の狢だ。そんなに安全なら、政治家も、学者も、経営者もあの県に移り住んで、子や孫を学校に通わせ、地で獲れた魚や野菜を食べ、牛乳や水を飲ませてほしい。嘗て誘致に奔走した人達も同じだ。必ず責任をとることと、自分も苦痛を体験すること、この2つがなくて又磨りガラスでは日常から隔離された人達の気持ちが収まるまい。もう金で人の命を買うのは止めにすべきだし、金で命を売るのも止めにすべきだ。肩書きで守られる社会があってはならない。それは裏を返せば肩書きで見捨てられる社会でもあるのだから。
 汚れない作業服で一体何を守っているのだ。


2011年03月24日(Thu)▲ページの先頭へ
一撃
 過敏性腸症候群が治ってからも、いや他の病気でも同じだが、色々な人生相談をしてくれる人がいる。主に若い人だが、縁が切れないのもいいものだと思う。役に立っているのかどうか分からないが、生きている期間が長い分だけ経験した数が違うから、それなりに役立つこともあるのだろう。
 昨日久し振りに電話をくれた女性は、職場の上司の事で悩んでいて対処の仕方に苦労しているみたいだった。その上司が退職することになったのだが、会社に引き留められることもなく、部下に引継をすることもなく去っていくらしいが、彼女に対しての態度が急変して嫌みなことばかり言ったりしたりするらしいのだ。その事に耐えられなくなって体調まで壊しそうになったから相談してくれたらしい。具体的な言動や行為まで教えてくれたが、僕はすぐに感じたことがある。その辞めていく上司には、直面している不幸な何かがあるって事だ。僕は何か家庭や自分に抱えている不幸があるのではないかとすぐに思ったのだ。幸せ一杯の人が他者に対して嫌みなことを言ったりしたりはしない。何のメリットもないし不快のキャッチボールをする必要もないからだ。そんな態度をとらなければならないのは余程追いつめられた人だ。 追いつめられて自分の言動にブレーキを失ったあげくの行為なのだ。恐らく自分でも言ってはいけない、してはいけないと分かっていても、どうしても精神のバランスをとる為にしてしまう行為なのだ。その人はなにか不幸を抱えているのではないのと尋ねると、彼女も思い浮かぶ節があったらしく病気で悩んでいることを教えてくれた。そこまで分かっているなら、追いつめられた人を思いやってあげるべきだ。被害者ではなく、思いやる立場に自分が変わればいいのだ。その事を言うと彼女は分かったみたいだった。
 これで終わると僕らしくない回答だから、もう一つ選択肢を与えた。彼女は関東からわざわざ泊まりに来たことがあり、その時に色々なことを話したが、彼女が空手を習っていることも聞いていた。試合に出るほどの腕だったと記憶している。だから彼女に「せっかく空手を習ってきているのだから、そんな上司、一撃で倒したら」と助言した。
 嬉しそうに電話を切った彼女だが、最後に「先生の口から意外な返事がもらえたので驚きでした」と言った。意外な返事とは果たしてパターン1かパターン2のどちらだったのだろう。


2011年03月23日(Wed)▲ページの先頭へ
十分条件
 こんにちは。今週忙しくて貰いに行けそうにないので1週間分送ってもらいたいのですが大丈夫でしょうか?。
 全体的にはこの間伺ってから調子が良くて、夢はみますが気持ちよく眠れています!!
寝つきがよいのが何より助かっています。寝る前に余計なことも考えて怖くならずに済むし、体もスッキリするしで眠れることは幸せですね。パニックはソワソワがたまにありますが回数は減っています。ただ子供が保育園に行ってる間、静かで暇で考える時間が増えると呼吸を意識したりパニックを不安に思ったりちょっと嫌な感じになりそうになるので無理に用事を作って忙しくしています。最初の大きいパニックも子供が保育園に行ってボーッとしているときだったのでつい思い出してしまって…。以前のように自分の時間を作って本を読んだりボーッとしたりリラックスすることに対してはまだ恐怖心があります。
1人で過ごすのが少し怖いです。最終的にはリラックスやバイパスや高速道路の運転、本読みができないことや渋滞が怖いことなど克服して、どんな状況でも大丈夫で「パニックになってみろ」と思ってもならないぐらいになりたいです。大好きな紅茶やコーヒー、アルコールを飲んでも平気になればもっと嬉しいです。ちょっとずつで良いのでそのうち治ってくれればいいなと思っています。気持ちが安定しているときは呼吸にもあまり意識がいかないような気がします。ふとよぎって意識しそうになってもいつの間にか忘れているんです。この呼吸を意識からもそのうち完全に抜け出せるといいのですけどね。あれほど怖かった毎日が今は生活に大きな支障もなく過ごせているので本当に先生には感謝しています。ここまで回復させてくださってありがとうございます。以前も言いましたが先生と漢方を頼れば助かると思っているので、不安になっても心配になっても調子が悪くなってもそんなに怖くないですよ。ありがたいです。そんな考えは先生には負担をかけてしまうので申し訳ないですが。まだまだお世話にならないとやっていけそうにないのでこれからもよろしくお願いします。就職活動は相変わらず難航してそろそろ自信がなくなってきました。本当に今まで何をやってきたのか。技術も経験も知識も資格も特技も趣味もこれといってなく、性格もハキハキ明るくできないし何の取り柄もなくて情けないんです。もう仕事に就けないんじゃないかと本当に思っています(苦笑)

○○さんへ
 おおむね調子がいいのはまずまずです。頻便に対しては処方を工夫しました。パニックに対しても少し工夫しました。 あと、僕の真心も少々増やしました。
 えらい貴女は自分に対して評価が低いのですね。僕は貴女は2人のお子さんを育てるという偉業を成し遂げていると思うのですが。・・・技術も経験も知識も資格も特技も趣味もこれといってなく・・・これらの事が僕には人が生きていく上の必須条件ではないと思うのですが。と言う僕だって、必ず効かすことが出来る漢方薬を作る技術は持っていなし、奇跡的な治療の経験もないし、薬剤師という偶然とれた資格はあるけれど人間的には死角だらけだし、特技と言えば不健康なのに元気そうに見せる技だけだし、趣味はパチンコと競馬と競艇と競輪とそれから闘鶏と闘牛と逃走と逃避と逃亡と・・・・ろくな人間ではないですよね。
・・・性格もハキハキ明るくできないし何の取り柄もなくて情けないんです。・・・貴女がもしハキハキと活発で何でも出来る人だったら、ご主人は貴女を好きにならなかっただろうし、今の貴女の友人達も存在しなかったでしょう。貴女が否定している貴女だから良かったのです。貴女を前にして僕は貴女に不足しているものが分かりません。いつまでも今のままでいたらいいと思います。ただ、何でも出来る貴女にはなって頂きたいです。本来的に持っている、又これから身に付くであろう能力を活かせないのはもったいないですから。お子さんを2人生んでも尚モデルのような体型を保っているだけで驚異ですから、それ以上望まないで。人生は必須条件からやがて十分条件を見つける旅ですよ。
ヤマト薬局

(彼女から頂いたメールを割愛して載せようと思ったのだが、パニック症状の具体的な症状や改善の様子がとても自然に書かれているので、割愛せずに載せた。恐らく彼女も許してくれると思う。同じような症状で困り希望の光が見えない方のために少しの勇気になっていただけたらと思う。)


2011年03月22日(Tue)▲ページの先頭へ
信憑性
 戦争中に劣勢に立っているのに勇ましい戦火ばかりを宣伝していたのに似ている。庶民には真実を知らせないのが為政者の権利とでも思っているのか、朝から晩まで安心の大安売りだ。直ちに健康の被害はないと言う権利が誰に一体あるのだろう。日常の1000倍を超えて、危険かどうかの判断をしてもらう必要はない。普通でなければ異常なのだ。異常に甘んじろと誰が言えるだろう。将来の集団訴訟の防波堤を懸命に会社も国も築いているようにしかみえない。
 福島県の避難地域近くで開業していたお医者さんの家族が診療所を一時たたんで岡山県に疎開してきたと新聞に載っていた。知識を持っている人の選択だから、この当たり前の判断を参考にすればいい。入れ替わり立ち替わり現れる安全のスポークスマンがわざわざあちらに子や孫を連れて疎開し、そこでとれる野菜を食べ、牛の乳を飲み、水を飲むならまだ考える余地はあるかもしれないが、安全地帯でいくら「心配ない」をくり返されても信じる気持ちにはなれない。公を信頼しすぎては馬鹿を見る。公を信じて何千万人が殺し殺されたのはまだつい最近の出来事だ。
 もう何日か前に、ユーチューブである人が福島原発について多くを語っているのを見た。テレビで耳にすることとは全く逆の見方で、今起こっていることに対してかなり悲観的だった。彼は、原子力発電所が能力を失っても、火力発電所で十分カバーできるから、停電を起こしていると言うことは火力発電所も大きな被害を受けているに違いないと言っていた。案の定、今日になって初めてマスメディアが火力発電所の大きな被害を伝えた。一人のノンフィクション作家(広瀬 隆)にマスメディアがよってたかって挑んでも勝てない貧弱さにうんざりする。その程度のものを読んだり見たり聞いたりしなければならないのかと思うと情けなくなる。このことからしても朝から晩まで聞かされる情報の信憑性はかなり低いと思ってもいいのではないか。たった火力発電所一つにも思いが至らなかったのだから。
出来れば悲観論の作家の予想が当たらないのを期待するが、不幸な災害まで政権の延命に使う集団の発信するものはまず疑ってみた方がいい。


2011年03月21日(Mon)▲ページの先頭へ
いびつ
 最近娘夫婦が作っている健康ブレンド茶が好評だ。先日も血圧の薬を飲むように医師に言われ続けていた人が、ブレンド茶で血圧が下がり喜んでいた。
今日は休みで年度末の棚卸しの準備を一人薬局に下りてやっていたら、ある看護師さんから電話がかかってきた。休みの日でも用事がある人は大歓迎だが、どんな緊急の用事があるのかと思ったら、例の健康茶が切れているらしい。この方に作っているお茶の内容はカルテに書き込んでくれていて僕にも作れるから、当然来店を促した。彼女がやってくるまでにそのお茶を作っておこうとカルテを見てみると、ダイエットと美容によいお茶と書いてあった。カルテの通りに作って待っていると程なくやって来た。非番でくつろいだ格好をしている。僕も暇だったので一緒にコーヒーを飲もうと提案したら喜んでくれた。
 色々な話をしたが、おもむろにハンドバックから1枚の写真を取りだした。看護師さんの送迎会の時の写真らしくて本人を挟んで3人が写っている。僕とは何の関係もないその写真を見せてくれたのには訳がある。両脇の同僚に比べて圧倒的に輝いているのだ。その事を言いたかったのだ。送迎会の時、「○○さんの肌はぴかぴかじゃなぁ」と皆で褒めてくれたらしいのだ。確かに両脇の人と同年輩には見えなかったが、肌が光っているかどうかまでは写真では分からない。僕には明らかに表情は光っているように見えたのだが。「今でもずっとエステに通っているけれど、こんなにつるつるになったことはないわ」もうお子さんが働いているような年齢になっても「つるつる」は嬉しいのだろう。そう言えばシミの飲み薬や塗り薬も買ってくれているから、かなりの投資をしてくれていることになる。巷言われる「美と健康」の美の方は苦手な僕だが、若い2人がかなりの部分をこなしてくれるようになって、そちらの方の相談も増えているのかもしれない。
 「それだけ元気になって、綺麗になったのだから、いつ東北に救援に行くの?」と尋ねたら「行くもんか、私が倒れるわ」と大きく手を振っていた。「お医者さんはもう行っているのではないの?」と尋ねると「うちの病院は年寄りばかりの医者だから行くもんですか」とこれも又大きな声で笑いながら答えた。確かにそうだ、医師も看護師も体力がないと自分が参ってしまうだろう。ボランティアも体力勝負なのだ。「でも私なんか一番派遣されやすいかもしれないね、子供が大きくなっているから」
 ふとした会話もやがてその話題になる。夕方海岸線を散歩したら、自然に海面と堤防の高さを測っている自分がいた。穏やかな波の音にも恐怖する、いびつな夕暮れ時だった。


2011年03月20日(Sun)▲ページの先頭へ
参加
 少しだけ肩の荷が下りた。先週の日曜日は薬剤師会だったのであわただしく移動しなければならなかったが、今日は教会にゆっくりいることが出来た。東北地震に対する義援金箱に少しだけ初めて入れることが出来た。有り難いことにカトリック教会は少しずつお金を集める習慣が日常的にあるから、気負いもないし、お金の使われ方に対しても信頼性がある。だから出来れば教会経由でと思っていたので、やっと世の中の流れに追いつけた感じだ。ただ、やたらマスコミで有名人の余りにも高額な寄付が伝えられるので、一般市民は肩身が狭い。たかが野球が少し上手いだけで、たかが歌が少し上手いだけで、たかが口から先に生まれたようなだけでどうしてこれだけの経済的な差があるのかと思うが、そうしたものに価値をおく、いやおかされている庶民の方に問題があるのかもしれない。僕なんかそんなものに価値をおかないから、少なくとも僕のお金がその種の人達に行ってはいないのだが、一所懸命貢いでいる人達が多いのだろうなと思う。才能のない人間のひがみかもしれないが、クールに生きればそんなものどうでもいいように思えてしまう。
 昼ご飯にあるレストランでランチセットを食べたら、サンマにみそ汁に肉じゃがに小さな冷ややっこがついていた。締めて680円。この年齢になると上記のような和食が楽なのだが、このサンマは三陸でとれたものだろうかと食べながら考えた。東京からやってくる薬のセールス達が異口同音に、西に来るとまるで嘗てと変わらない穏やかな生活ぶりで、不思議な感覚に陥ると言っていた。関東では揺れや放射能に対する恐怖やストレス、買い占めによる品不足、電車の間引き運転、計画停電などでそれなりに緊張感があるのだろう。サンマを食べながら一瞬産地のことを考えたが、それは不謹慎にもすぐに舌鼓でうち消されていた。
 恥ずかしくなるような金額だが、まだ何もしていないと言う居心地の悪さから少しだけ解放された。善意のプロフェッショナルとでも言うべき人を沢山報道で目撃するが、善意の素人は後方でのささやかな参加で許して欲しい。


2011年03月19日(Sat)▲ページの先頭へ
嗅覚
「東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡り、米政府が原子炉冷却に関する技術的な支援を申し入れたのに対し、日本政府が断っていたことを民主党幹部が17日明らかにした。この幹部によると、米政府の支援の打診は、11日に東日本巨大地震が発生し、福島第一原発の被害が判明した直後に行われた。米側の支援申し入れは、原子炉の廃炉を前提にしたものだったため、日本政府や東京電力は冷却機能の回復は可能で、「米側の提案は時期尚早」などとして、提案を受け入れなかったとみられる。政府・与党内では、この段階で菅首相が米側の提案採用に踏み切っていれば、原発で爆発が発生し、高濃度の放射性物質が周辺に漏れるといった、現在の深刻な事態を回避できたとの指摘も出ている。」
 貝割れ大根を食ってみせるくらいのパフォーマンスしか出来ない男にこれからを任せなければならないのも不運だ。上り詰めることしか頭になく、そこから先は何も目的がなかった男に、任せなければならないのは不運だ。ありとあらゆるパフォーマンスに終始するのはもう見えている。唯一の目的は保身だけなのだから。
 千葉に住んでいる姉がひょっとしたら孫を疎開させてくれと電話してきた。その時に、ああ、こんな手伝いの方法もあるのだと気がついた。するとプロはさすがにたいしたもので、色々な自治体が被災者を集団で受け入れることを表明している。田舎なんて空き家がいっぱいあるのだから、疎開を受け入れる余地などいくらでもある。疎開などと言わないで移住してもらいたいくらいではないか。まして同じように魚を獲り、野菜を育て、都市部に働きにいくという生活基盤の共通部分が多いから、田舎にこそ誘うべきだ。人の純朴さでも似たり寄ったりだろう。
 肩書きで風を切っている輩の挙動不審に比べて、何も持っていない人達の献身ぶりに感動することが多いが、安全な所に身を置いている知識人の雄弁がやたら耳につく。安心を強調されればされるほど疑いたくなるのは、何年にも渡って築いたこの国の負の遺産だ。疑うことで身を守ってきた人達の嗅覚の方を僕は信じる。


2011年03月18日(Fri)▲ページの先頭へ
船長
・・・事故が相次ぐ福島第1原発の10キロ圏内にあり、避難指示が出た同町の○○病院で、患者を避難させるため自衛隊が到着した際、病院内は高齢の入院患者128人だけで、医師や病院職員らがいなかったことが17日、分かった。同病院の患者のうち14人は、避難途中や避難先の高校で死亡した。隊員が15日、○○病院に向かったところ、300人を超える患者のうち、寝たきりの高齢者ら128人が病院にいたが、病院関係者はいなかったという。県の担当者は「病院職員がいないことはあり得ない。放棄ととられても仕方がない」と批判。(搬出が3回に分けて行われたらしくて、最初だけは院長は立ち会ったらしい。そのうち誰もいなくなったと福島県が訂正している。五十歩百歩だと思うが)・・・
 なんとも分かりやすい話だ。難破した船から船長や船員が先に逃げ出すのと同じだ。海の上で何も出来ない素人が取り残されるのと同じだ。いやもっと質が悪い。寝たきりの人達を放置したのだから。何の選択肢もない人達に置き去りという唯一の選択を強要したのだ。おまけに、避難所で診察しようとした医師は患者の名前も病名も分からずに、手の施しようがなかったと言っている。運ばれてきてから亡くなった方の死因がほとんど病気ではなく、脱水や低栄養だったと言うから殺人に近いのではないか。法律的に何か抜け道は作るだろうが、やったことは殺人だ。それも確信犯だ。放置すれば死ぬことくらい分かっている。県の職員が放棄という言葉を使っているが、僕は遺棄に近いのではと感じている。
 所詮、社会的に名をなしていようがこの程度なのだ。恐らくその行為の前までは地域では著名な人間で、肩書きだけで高く評価されていた人間だろう。化けの皮は完全にはげてしまった。どうせ経済的には恵まれているだろうから法律的な許しは買えるだろうが、家族は許すことは出来ないだろう。多くの庶民が力が及ばなかったことで苦しみを背負っているのに、心が身軽な人はなんとも羨ましい。
 それと真逆の逸話を昨日鍼の先生がメールで送ってくれた。青色の文字でメールアドレスが添えられていてそれをクリックすればその動画が見れるようになっている。僕もウイアー・ザワールドと共に流れる映像に心を打たれたので彼に真似てこの文章に貼り付けてみる。何故か青くならないのだけれど、そのアドレスで見られるからなんとかたどり着いて見て欲しい。他のバージョンも沢山ユーチューブに投稿されていたから、すでに沢山の人が見たとは思うが。多くの犠牲の前には小さすぎる感動かもしれないが、救いの手を差し伸べにくい環境にある人間にとっては救いだ。
http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc&feature=youtube_gdata_player



2011年03月17日(Thu)▲ページの先頭へ
逃げ道
 欧米人と日本人の危機意識の違いはこれだけあるんだと思わせる数字だ。危機意識を数値化することは難しいが、いみじくもこの具体的な数値を拠り所にすればその差に気がつく。アメリカ軍は原発から80Km外に撤退した。日本人は30Kmにラインを引いてその外は安全だという。それどころか最近になったら、何の意図が隠れているのか知らないが、朝から登場する学者が安全ばかりを強調している。極めつけは救助隊員は急遽被爆を倍まで許されることにしたことだ。人命を救助する人はつい1週間前までの限度の倍まで許すというのだ。こんな事を偉そうに許されても嬉しい人なんか一人もいない。
欧米人どころか中国人やインド人も続々と日本から離れている。一見おおらかに見える大陸の人も危機に関しては敏感だ。それに反して日本人はおおらかなのか、鈍感なのか勇気があるのか分からないが、勝手に引かれた線で安心している。おまけに、40年前に原発を誘致したことで得た莫大な利権を得たはずの輩に対して悲しいほど寛容だ。その当時甘い汁を吸った輩やその後継は当然今でも存在しているから、生活を返してくれと言うべきだ。いつの世も貧乏くじをひくのは一般庶民だ。何のおこぼれも頂戴したこともないのに、危機にだけは晒される。 そんなに安全なら東京に作れと訴えてきた声は現実にかき消されたが、今又安全地帯から遠隔操作で駒のように動かされるのも又しても庶民なのだ。そんなに安全なら自分達が来て対処しろと誰も叫ばない。
 すぐには健康被害が出る数値ではない、レントゲン3回分くらいにしか相当しない・・・繰り出される言葉を鵜呑みにするほど僕は勇気はない。レントゲンさえいやいや撮っているのだから。何処かしら逃げ道が用意されているような言葉のシャワーにうんざりする毎日だ。


2011年03月16日(Wed)▲ページの先頭へ
同類
 僕の嫌いな人間が、今度の地震について日本人の我欲が招いた天罰だと言った。彼は常に人を(一般市民)を馬鹿にしていて、余程自分が選ばれた人間だと勘違いしているらしくて、出てくる言葉のすべてが不快だ。本人は勿論その家族がテレビの画面に出てきただけで僕はチャンネルを変える。
彼の言う我欲は、庶民の我欲と理解しなければつじつまが合わない。選ばれた者達の我欲で世の中を動かしているくせに、自分たちの我欲は肯定されている。オリンピックの誘致に何百億円も税金を使いどぶに捨てたのに、頭を下げて謝りもしない。誰の我欲のために庶民から集めた税金を使ったのか知らないが、庶民の些細な欲望を否定し、組織だった貪欲を肯定するのだからその図々しさは手に負えない。
彼に言わせれば、どうも天罰はいつも庶民に下るものらしくて、それが田舎だったら余計いいらしい。天罰は都市部やエリートに下るものではないらしい。いやむしろ彼の本心は、天罰を自分で下したいのではないか。権力を好み、権力をもてあそんだあげく、恐れを知らなくなったのだろうが、その精神は中東の同類と変わりない。
 弱者を人間扱いにしない彼を選んだ人々を恨むが、恵まれている人が常にその状況にあるとは限らない。いつか見えない恐怖に逃げまどわなければならなくなるかもしれないし、燃えさかる炎から逃げなけらばならなくなるかもしれない。、又崩れた高層ビルに押しつぶされるかもしれない。天罰が下るべきと言った人達にいつ助けられるかも分からない。
 見方を変えれば、日々口にしている畑や海の恵みを運んでくれる人達に感謝の念さえ持てない低劣さは哀れだ。


2011年03月15日(Tue)▲ページの先頭へ
過信
 ひょっとしたらあの地でも同じような過信があったのではないかと話を聞きながら思った。
 中堅どころの漁師が買い物に来たから、東北の津波について話した。沢山の同業者が被害を受けているから他人事ではないのだろう、珍しく真剣な表情だった。牛窓も海辺の町だから、津波に関しては皆デリケートだ。太平洋に面していないから大津波はやっては来ないだろうが、それでも東南海沖地震だと3mくらいの津波は想定されている。その不安を口に出すと、意外にも一番の当事者だろう彼が「牛窓は心配ないよ」と笑いながら言った。確かに漁師は言い伝えられた独自の天気予報を持っていて、自然を読む力はすごい。ただ、あの映像を幾度も見せられた後の自信にはいくらなんでも懐疑の念を持たざるを得なかった。こちらは素人だが急ごしらえの知識は報道から得ている。「どうして牛窓は大丈夫なの?」と尋ねると体験から割り出した持論が出てきた。「牛窓は小豆島で守られているから、台風が来ても、小豆島の陰に船を動かせば、それまで荒れていた海も嘘のようにおとなしくなるんよ。俺たちはいつも経験しているから良く分かる。だから絶対津波は来ない」いくら小豆島が大きな島で牛窓の前に横たわってくれていても、風で波を引き起こすのとはそもそも原理が違う。「台風と津波では成り立ちが違うよ、台風は風だから島が邪魔するだろうけれど、津波は水の移動みたいだから島なんて簡単に回り込んでしまうよ」とにわか仕込みの知識を披露すると、最初は否定していたが、途中から加わった妻の迫力にも負けて渋々認めていた。
 いわば、漢方薬の話で僕が彼に寄り切られたようなものだから、彼も面白くはないだろう。まして頑固者の多い漁師のことだから、薬局では認めたかもしれないが心の中では怪しいものだ。ひょっとしたら東北のプロ達も彼と同じようなプロだからこその先入観に支配されていたのかもしれない。プロだからこそ落ちる落とし穴もある。あの日を境になにも変わらない西の町々には淡々と頁を捲る音しかしない。運が良かったと安堵する傍ら、今住む町で出来ることを真面目に取り組む事でしか、幸運だからこその居心地の悪さは解決できない。


2011年03月14日(Mon)▲ページの先頭へ
 鳥が見たのはどんな風景だったのだろう。一羽の大きな鳥がゆっくりと滑空していた。
 昨日までの沢山の巨大な巣箱から出入りする大きな動物や小さな動物は何処に行ったんだろうと思っているのか。不快な大きな音を立てて煙を吐いて動き回る大きなものは何処に行ったんだろうと思っているのか。海に浮かぶ大きなものはどうして山の方に移動して動かずに横たわっているのだろうと思っているのか。暗闇の中に昼間のように明るく輝いていたものはどうして輝かなくなったのだろうと思っているか。昨日まで下界にあったもののすべてが何処に行ったのだろと思っているのか。
 鳥の先祖の先祖のずっと昔のご先祖様が飛び回っていた頃の、太古の昔に返ったと思っているのだろうか。それとも毛皮を身体に巻いた大きな動物が、火をおこして暖をとっている頃に戻ったと思っているのだろうか。それとも頭に鳥のような鶏冠をつけた大きな動物が長いものをこしにぶら下げて歩いている江戸という時代に戻ったと思っているのだろうか。それとも、自然があの土地を大きな我が物顔の動物から奪い返したと思っているのだろうか。


2011年03月13日(Sun)▲ページの先頭へ
手のひら
「メールありがとうございます〓なんとか大丈夫です〓 前回の地震と全く違います。停電で信号も動いてません。水が出るのでそれだけで有り難いです。 情報が入らずラジオだけが頼りです。 電話も繋がりにくいです。 いつまで 続くのかな…」
 東北の地理に詳しくないので漢方薬を送っている方々のハッキリした場所は頭に浮かばない。ただ、海沿いの町の名前だけは全国的に有名だから、かなりの部分想像がつく。幸いそうした有名な町の方には漢方薬を送っていないみたいだから、皆さん無事でいて下さると思う。
午前中の教会のミサの中でも、午後からの薬剤師会の代議委員会の中でも自分達のできることが話し合われた。教会では一市民として、薬剤師会では組織だってお手伝いできることが話し合われそれぞれが行動に移されようとしている。恐らく今日の日曜日は全国で無数の善意の思案がなされたのだと思う。豊かすぎる経済力がある国だからやがて支援は行き届くと思うが、それぞれの方が現状復帰されたらいいのになあと思う。生活の手段も衣食住もすべて失ったのだから、税金を使ってもらっても批判は少ないのではないか。だって映し出される姿は将来の自分の姿かもしれないのだから。難しいことは良く分からないが、戦闘機を数機我慢すればひょっとしたらまかなえる額ではないのか。
 皮肉にも西日本の今日は穏やかな春の日差しに朝から包まれていた。すれ違う車もすれ違う人々も楽しげではあるが、恐らく誰もが居心地の悪さを感じている。災害に遭われた人達と何かを共有しないと落ち着かないのだ。少しの寒さ、少しの空腹、少しの渇き、何でも良いと思う。今日の日差しを遮る手のひらでも良いと思う。


2011年03月12日(Sat)▲ページの先頭へ
勇気
 僕の数少ない体験から言って、災害も病気と同じように結構孤独なものだと思う。もう何年も前になるが、深夜忍び寄ってきた海水に追われるように母を連れて高台に逃げたときも、荒れ狂う風の音だけで人気は全くなかった。その辺りで一番低かった母の家が浸水し始めたのはよそよりも早く、結果的には胸の辺りまで海水が入ってきていたのだが、まだ膝下くらいの時に逃げていて良かったと、夜が明けて帰ってきたときに思った。臆病が救ってくれたと今でも思っている。
 偶然あの時(昨日の地震)僕はテレビをつけていた。海水が盛り上がり堤防を越える最初の映像だったと思う。テレビで見ていたら画面左の海が盛り上がり、堤防を超え町中に一気に押し寄せるのが手に取るように分かったが、その画面の中を普段と全く変わらないように走る車が数台いた。あれだけの揺れを感じてどうして海岸沿いを普段通りに運転しているのか僕には想像できなかった。逃げるために猛スピードではなくゆっくりと走っていた。一気に入り江の町が海水の下に沈んだときすべてが消えた。
 恐らく地震から津波の到来まで即断していれば逃げる時間はあっただろう。30分くらいあった所も多いはずだ。それだけの時間があればほとんどの人が高い場所に逃げられる。どうしてあんなに沢山の人が逃げなかったのだろうと不思議でならない。どんな勇気があったのだろうと思ってしまう。僕みたいに臆病なら山に向かって走っていただろうに。臆病だから救われる命の方が、勇気があるから救われる命よりはるかに多いと思う。臆病をさらけ出せる勇気があったら命を失う必要はなかったのにと残念でたまらない。


2011年03月11日(Fri)▲ページの先頭へ
本場
 この2週間、まるで合格発表を待つ学生のような気分で過ごした。2週間前、同じ日に東西から僕の常識では新幹線以外あり得ない距離から2組の方が漢方薬の相談に来てくれた。費やしてくれた時間と労力を考えると、効果がなかったで許されるものではない。幸い2週間たってどちらからも電話を頂いて効果が出始めているらしいから胸をなで下ろしている。近くの人は効かなくても気にならないと言うわけではないが、プレッシャーは比較にならない。
 近隣の市からやって来た方が、花粉症の漢方薬を病院でもらって飲んでいるけれど全く効かないと言って処方を見せてくれた。四物湯と六味丸だった。又その方のお父さんが身体が痒くて同じように漢方薬をもらっているのだが疎経活血湯と八味丸だった。漢方薬の場合流派が異なれば処方もかなり違うが、この処方には正直驚いた。前者は婦人科にでも使おうかと思うし、後者だったらロコモの処方に近いと言える。なんでも中国から偉い先生が来て処方してくださるのだそうだが、僕らの漢方の常識から言うと理解を超えている。中医と漢方薬の違いかもしれないが向こうのお医者さんが実際には診断して、日本人のお医者さんの名前で処方せんを切るのは若干の無理がある。日本のお医者さんの方がはるかに優秀に見えるから遠慮しないで良いと思うのだが。漢方の「本場」が邪魔しているのだろうか。そんなにお医者さんでも謙遜なら僕ら薬剤師は立場がない。
 医療経済という言葉があるように、医療もどっぷりとお金の世界に浸かっているから、なりふりかまわずなのだろうが、カリスマではなく地道が評価されて欲しい。僕の背中には30年近く前に頂いた「地道薬材」と言う台湾の漢方薬メーカーの社長の書が掛けてある。日本語で言う地道とは意味が違うらしいが、勝手に「じみち」と読んで戒めている。この歳になっても今だ戒めるべきものばかりで恥ずかしい限りだ。


2011年03月10日(Thu)▲ページの先頭へ
無防備
 英国立医療技術評価機構や米国精神医学界が作成している診療ガイドラインの中で
@認知行動療法などの精神療法を薬物治療に優先して実施する方が有効
A依存性の高い薬物(睡眠薬、抗不安薬等)については長期に使用しないこと
Bプライマリケア(一般医、家庭医)では抗ウツ薬の併用療法は行わないこと
などが取り上げられている。そしてこれらを実践することで両国では自殺の予防に貢献している。このことが厚生労働省自殺・ウツ病等対策プロジェクトチームから示された。薬物の過量服薬による問題にやっと腰を上げた感じだ。
 ところがこんな事今更言われなくても当たり前の話だ。逆に言うと上に書かれているとおりのことが今まで行われなかったって事だ。いやこんな通達が出ても恐らくこれからもほとんど変わらないと思う。ルボックスなどが発売されて一気にウツの患者が増えた(ちょっと心の不調を訴えると専門医でもない医師が気楽に処方した)。発売された年にどうして何倍にも患者が増えるのだろう。あり得ない話だ。医師が製薬会社の口車に乗って治療ではなく商売したのだ。患者はたまったものではない。話すたびに薬が増えるから医師の前ではもう何も訴えないという人さえいる。心の不調を訴えて受診した人が、一杯話を聞いてもらって、日常生活の工夫で乗り切れるように指導された人がどのくらいの割合でいるだろう。患者の顔も見ないでパソコン画面に向かってキーボードを叩き、即薬を処方されるのがおちではなかったのか。僕の薬局も処方せん調剤をしているが、ほぼ全員の人が長期投与だ。10年以上の人も一杯いる。治すという医師と治したいという患者の両方の意志を感じたことがない。又診療科以外でも主なる薬に結構精神安定剤がくっついて処方されている。日本人は安定剤という言葉が好きなのかどうか知らないが、結構無防備に飲んでしまう。所詮睡眠薬と親類なのに朝から飲んでいる。
 この通達が本当に参考にされるなら、まず開業医で安定剤などが最初から出る事はなくなるし、少しでも長く飲みそうだったら、この辺りで減らす工夫をしましょうと提案があるだろうし、何よりも面と向かって一杯悩みを聞いてもらえる・・・そんな心の病に向き合ってくれる医師だらけになるだろう。そうなると僕らの出番もなくなるから、こちらが心を病みそうだが。


2011年03月09日(Wed)▲ページの先頭へ
便乗
「 私は先生のおかげで毎日普通に生活しています。やはり生理前とかには苦しい思いもしますが、乗り切れています。体だけではなくて心も先生に治してもらったので苦しい時も乗り切ることができているんだと思います。何かあっても先生がいるんだ!って思っているといつでも乗り越えられるんです。勝手にすみません・・・(笑)訪問介護でお伺いしているお婆さんが私に、あんたはかわいいな〜って言って下さったんですよ。私に、かわいいですよ!そんなこと生まれて一度も言われたことないから、うれしかった。不細工とか馬鹿とか生まれてこなかったらよかったとかばかりだったから・・・。」
 
 僕は漢方薬を作るとき、「ああ、この方に元気になってもらえれば、何千人、何万人の人を救うことが出来る」と思うことがある。色々な方のお世話をさせて頂いているから、その人が元気になった暁には職業的な能力を発揮して、僕とは全く異なる分野で沢山の方のお役に立ってもらえる。いつの頃からかこのことに気がついて、以来ずいぶんとその事を楽しみにしている。ある若いお医者さんには何十万にもの人を生涯で助けてもらえるし、ある先生には沢山の子供達を導いてもらえるし、ある漁師さんには、沢山の美味しい魚を食卓に届けてもらえるし、あるお百姓には、同じように新鮮な野菜を食卓に届けてもらえる。ずるいけれど僕は皆さんの能力に便乗して喜びを頂いている。
 彼女もそうだ。ほとんど危ない領域で苦しんでいたのにずいぶんと元気になって頂いた。ただ撲はその危ない頃から彼女の魅力には気がついていた。苦しんでいるからこそ回復した暁の彼女の活躍にも期待をしていた。あの頃の経験を生かせば、多くのお年寄りを心からお世話してもらえる。誰一人老人のお世話などしたこともない僕に代わって、これから沢山の方をお世話してもらえる。苦労したからこそ、より身についた彼女のかわいさは本物だ。老人が本物の心ではにかみがちな彼女をかわいがらないはずがない。生まれてきて、生きてきて、生きていく。生まれてきてくれて有難うと僕も言うしご主人も言うしお子さんも言うし、まだ見ぬ老人達も言う。


2011年03月08日(Tue)▲ページの先頭へ
生け花
 カレーライスをお代わりするなんていつの頃からだろう。美味しかったのか牛肉入りのカレーが珍しかったのか、ついお代わりをしてしまった。2杯目も充分な量が盛られていて一瞬戸惑ったが食べてみればすんなりとお腹に収まった。沢山の人と会話を楽しみながら食べた勢いか食べ終わった後ももたれた感じはしなかった。若いときの大食いの一瞬の復活劇だ。
何十人分も作ってくれた女性が僕が2杯も食べたのを見て、その後のコンサートで眠くなるよと言った。丁度その歌い手が僕の前を通っていたときだったので「あの美声を聴きながら眠くはならないよ」と答えたのだが、いざ始まってみると睡魔との戦いだった。良くは知らないのだが、世界中にアベマリアという曲はいくつもあって、その中の有名なものだけが耳に届いているらしい。その色々なアベマリアをソプラノ歌手が連続で披露してくれるのだが、歌っている言葉が何語か分からなくて、いや何語か分かっても内容が分からないから歌い手の熱意は僕の心の中には届かなかった。寧ろソプラノの響きは僕のお腹に届いて、果てしない睡魔を呼び起こした。胃を充血させて消化に全勢力を注いだから頭が虚血状態になったのか、歌声が心をリラックスさせていたのか分からないが、戦いは9勝1敗で睡魔が勝利した。
 その1敗の時間、僕は(ある理由で最前列に腰掛けていたのだが)祭壇(その時は舞台にもなっていた)に飾られている生け花と至近距離で向かい合っていた。頭を上げて歌い手を見ればいいのだが、その姿勢だと僕が眠っているのがばれてしまうから、まるで聴き入っているかのように身体を前傾し居眠りしていたのだが、懸命に瞼を開いた瞬間には常にその生花があった。単なる結果論だが、僕の人生でこんなに生けられた花を見続けたことはない。目の前にあったから見ていただけなのだが、結構綺麗なものだと思った。真ん中に数本の赤いバラが咲き誇っている。その両脇には純白の水仙と凛と延びたつぼみが位置し、可憐なミモザの黄とかすみ草の白が全体を縁取りし、まるで突如空間にキャンパスが現れたような感じだった。片や咲き誇る勇姿と片やけなげに咲く命のコントラストが興味深かった。
 まるで不真面目な聴き手ではあったが熱唱を子守歌に何も考えない何も作らない弛緩した時間を過ごさせてもらった。ためらいがちに降った雨は満腹の空から落ちてきた安堵の雫なのかもしれない。

追記 花の名前は百合以外分からなかったから生けられた方に教えて頂いた。


2011年03月07日(Mon)▲ページの先頭へ
奇遇
○○さんへ
 今朝妻から、昨日の神父様の説教の内容について僕の話を聞きたがっていたと教えられました。奇遇ですね、ひょっとしたら同じ事に気づいていたのかもしれません。敢えて話題にすることはしませんでしたが、もしみんなでお茶を飲むときに話題に上ればお話ししようと思っていました。勿論その引っかかりは昨日の記念すべき行事のあわただしい準備や後かたづけの中ではありませんでしたが。
 さて、僕が引っかかったのは、バスが故障した時に乗客がとる行動が3つのパターンに分かれると言うくだりでした。バスから降りて一所懸命押す人、かけ声だけよいしょよいしょと繰り返す人、軽くバスにタッチするだけで押している素振りだけの人。こうでしたね。直感的に二つのパターンが欠落していると僕は思ったのです。それはバスから降りない人と、リーダーシップだけ働かせて陣頭指揮を執る人です。ただバスから降りない人には二通りのパターンがあります。確信犯的に降りない人と、気持ちはあっても降りれない人です。例えば腰痛のように骨格系に故障を持っている人や狭心症のように心臓に故障を持っている人は手伝う意志があっても力仕事は出来ません。これらを訴えてくれなければ確信犯的な人と区別は尽きません。誤解してしまうでしょう。ただ確信犯的に傍観者を気取る人を僕らが責めることも出来ません。僕らが仮によいしょよいしょと押す人種であっても、それが確信犯的な人に優るものとは思えませんから。偶然その場所において善人であり得ても、それは何ら普遍性を証明する理由にはなりません。多くの不完全を内包している僕達ですから、他者を批判する立場にはないのです。気力体力が自分に充実していたら彼らを受け入れればいいし、自分に自信がなければ彼らを避ければいいのです。僕らは誰かの見本になるような生き方をしているのではありません。そんな器であることを期待されたらあっという間に心が崩壊してしまいます。自分の力量は病気という形ですぐに教えてもらえますから。恐らく自身の心に鬱屈したものを多く抱えてバスから降りない人を受け入れる寛容さを保証する心身の充実をはかりたいものです。
 すぐにリーダーシップを発揮する人も忘れてはいけませんね。才能に恵まれているのか持って生まれたものか分かりませんが、どの様な状況でもその立ち位置に納まる人がいますね。寧ろ僕はこの人種のほうが苦手です。必ず欠点やあやうさを内包しているだろう−完全ではあり得ないと言った方がわかりやすいかもしれませんが−人間に多くを任せたり依存する勇気は持っていません。特に謙遜のかけらもない人は本能的に信頼しません。
 ただ長い間薬剤師と言う職業で沢山の人を見続けていると、誰もが懸命に何かを守りたくてそれぞれの行動をとっていることが良く分かります。みんな懸命なのです。家族や友人、隣人、地域、職場、国、そして自分自身、守りたいものはまちまちなのです。誰にも触らせたくないもの、触れないものを持っているのです。
 今日は急に晴れたり急に降ったりの変化に富んだ1日でした。自然でさえためらいがちなのですから僕ら凡人の心が漂流するのは致し方ありませんね。このか弱さこそが愛おしいとこの頃は思えるのですが。
大和


2011年03月06日(Sun)▲ページの先頭へ
滑り込み
 朝出かけようとしている時に電話がかかってきた。国立大学の受験を前にして、本番で緊張しないための漢方薬が必要な子のお母さんだった。センター試験もその漢方薬で十分実力を発揮できたみたいだから、本番でも利用するらしい。毎年この手の漢方薬を取りに来るケースはままあるが、そのお子さんは過敏性腸症候群で学校に行くことが危ぶまれていたのを漢方薬で完全に克服してくれた子だから、僕自身も想いが入っている。合格したらお母さんや声だけしか知らないお嬢さんの喜びのおすそ分けに預かれる。僕ら世代になると自分で何かをやり遂げ勝ち取ることなどとはなかなか日常では巡り会えないが、人様の頑張りのお相伴には毎年預かれる。
シャッターを1枚開けただけで急いで応対したのだが、言ってはいけないことを言ってしまった。「これで落ちても思い残すことはないね」と言ってしまったのだ。明日試験を受けに行こうとしている子の親に、落ちても・・・なんて事を言ってしまった。僕の立場からすれば、彼女が他の受験生と同じ条件で試験を受けることが出来ただけで十分なのだが−それを期待されて相談に来たのだから−親にとっては合格に届かなければ意味がないだろう。僕は腹痛や頻便に苦しまなくてその後学校に完全に行けたこと、センター試験もお腹の不安無くして受けれたこと、又明日からの本試験もハンディーなく受けれそうなことで十分だと思ったのだ。しまったと思ったが、良くできているお母さんだから同じ土俵で戦えることを評価してくれた。
 でも僕はなんだか合格するような気がしている。お母さんにも言ったのだがまさに滑り込みセーフだったのだ。試験前日に漢方薬を取りに来るとお母さんが約束していた日がお母さんの勘違いで今日の日曜日にあたり、本来ならもっと早い時間帯に僕は家を出ていたはずなのだ。何となくゆっくりしていたことで家を出る直前の電話が間に合った。この滑り込みセーフが試験で再現されるといいようなことを言ったのだが、ひょっとしたら又これが失言だったかもしれない。滑り込みどころか余裕の合格の実力者かもしれないのに。 奇問難問を解くための受験テクニックに投資できた家庭の子が有利になるような試験制度だからこんなマイナスの言葉が口から出てしまうのだ。門戸が平等に開かれているならこんなに受験に翻弄されることもないだろう。ケータイ電話の受験生を非難しない人が多いのは、何となく胡散臭い今の受験制度に気がついているからかもしれない。
 人生のほとんどを滑り込みアウトで過ごしてしまった僕に贈る言葉はないが、土俵に送り出すことぐらいはお手伝いできるかもしれない。


2011年03月05日(Sat)▲ページの先頭へ
寒暖計
 自分はどんな性格なのと尋ねたら「小心者だと思います」と答えた。言い当てているのかどうか僕には分からないが、あたかもそれがマイナス面のような印象を持った返事だった。ただ撲に言わせれば恐らく彼女の最大の長所のような気がした。長い時間話して、聡明さや礼儀、謙虚さなどは十分うかがい知れたし、父親の話をするときの楽しそうな表情でとても大切にされていることも容易に想像がついた。彼女がこの春から就く職業はそれこそ繊細さが要求されるものだろうから、小心を繊細に置き換えれば打って付けの職業かもしれない。
 日々多くの人と話をしていて、同じようなケースに巡り会うことがある。今のように気が小さいことは繊細につながるし、臆病は用心深いにつながる。ずぼらは寛容につながるし、ハンディーは理解につながる。何もかもに恵まれ、何もかもが備わり、何もかもに勝りでもしたら、恐らく何も持っていないのと同じになってしまうだろう。
 今朝草むらで遊ぶ1羽のヒヨドリと10羽くらいの雀を見た。群れから離れたヒヨドリと至近距離で同じ仕草で何かをついばんでいた。ヒヨドリがちょいと飛んで場所を移せば雀たちも従って又同じように場所を移した。争いもせずあたかも先生に引率された生徒のようだった。しばらくその光景に見入ったが、何も優らず、何も劣らず在る姿は寒暖計よりも雄弁だった。


2011年03月04日(Fri)▲ページの先頭へ
次善
 最初は遠くからにらまれていた。面識はなかったが、何か僕がした?と尋ねたいくらいだった。家族の漢方相談について来ていたのだが、数ヶ月間の家族の回復を見て本人もついに相談してくれた。
 相談を受けたとき作られた病気だと感じた。社会によって作られ医療によって固定されたと感じた。環境によっては発症を回避でき、環境によっては酷な病名をつけられずにすんだのではないかと思った。病院の治療を邪魔しないように、病院の治療を側面から補えるように立ち位置を定め、その人の復活の為に懸命に漢方薬を考えた。その甲斐あって、笑顔が零れ、会話が弾み、心も体調も良くなっていった。家からも出るようになり、小さな冒険もした。そしてついに、仕事についた。なんと8年ぶりの社会への生還らしい。人の視線をもう恐れることが無くなり、人を許すこともできはじめた。再び他者と交わることが出来るようになったのだ。家族という名のシェルターからの脱出に成功した。穏やかな顔で入ってくるたびに僕は幸福感を感じた。僕らは1対1の仕事。芸術家やスポーツマンのように一度に沢山の人を感動させることは出来ない。小さな仕事ではあるが、喜びを身近で分かち合うことは出来る。
長い間この仕事をしていて出来ることと出来ないことの見極めが少し出来るようになった。やっていいこととやってはいけないことの見極めも少し出来るようになった。難病を標榜しカリスマを演じる人達もいるが、所詮薬局は薬局で漢方薬は漢方薬なのだ。漢方の権威やカリスマが癌になって現代医学にすがらないのを見たことがないし、血管の病気になって現代医学以外で救われたのもみたことが無い。誰も最後は高度な現代医学の世話になるのだ。謙遜に謙虚に目の前の人に向き合わなければならない。僕らは所詮普遍性を持てない次善の職業なのだ。


2011年03月03日(Thu)▲ページの先頭へ
本物
 ついに出た。
 もう10年近く、健康維持と美容のために漢方薬を2週間分ずつ取りに来ているから、何を今更見に行く必要があろうかと思うが、本物はやはり違うのだろう。
 そう言えば閉店間際に入ってきた時もかなり興奮していた。数日前からの皮膚病の症状を説明してくれるのだが、的を射てない。喋っていることのおさらいをするようにこちらが確認してやっと理解できた。皮膚病そのものは簡単だったが、その原因を除去するのは面倒だ。確かその作業を僕が説明していたのに、何でここで話題が変わるのかと思うくらい唐突に彼女が話題を変えた。「皮膚病はどうでもいいの?」と言いたくなるような慌てようだった。
 「実はね、先日福山雅治を見に行ってきたんよ」ほとんど上段の構えから面狙いのように打ち下ろしてきた。人生のほとんどを小手先でしのいできた僕は、大上段に構えられると弱いのだが、僕も福山雅治と言われて引き下がるわけにはいかない。もう皮膚病なんてそっちのけでコンサートの話に聞き入った。アコースチックギターやエレキギターを駆使したようなことを言っていた。さすがにアコースチックギターと言う単語は使わなかったが、エレキギターに持ち替えてと言ったから恐らくそうだったのだろう。ただ驚くに足りない。彼が鎌から鍬に持ち替えたというなら僕も驚くがこの手のことでは驚かない。「最後は赤い服まで着たんよ」これにも驚かない。赤いパッチをはいたのなら驚くが芸能人だったら赤い服やズボンは良くあることだ。「あれだけ困っていた肩こりがいっぺんになくなったんよ」と言いながら右手で天をつくような動作を数回繰り返した。これにも驚かなかった。「ノリノリで良い気が巡ったのではないの」と言うと「アドレナリンが一杯出たんじゃろうと息子が言っていました」と自覚していた。チケットがなかなかとれなくて知り合いの人は行けなかったらしい。これも驚かない。彼は男性にも人気があるからチケットが引く手あまたのは想像がつく。観客も50歳の彼女が違和感がないくらいもっと年上の人から、5歳くらいの子供連れまで幅広かったらしい。「自分、家に帰ってきてから旦那を見てどう思ったの」と究極の質問をしてみたら「顔見ても話なんかするもんか、どうしておるんで(居るの)と思ったわ」これにも驚かなかった。福山雅治は男性がなりたい顔の2年連続のトップらしいから、誰も彼には勝てない。「そりゃあ、比べる相手が悪いわなあ、天と地だもんね」よく考えたら悪口みたいな事を言っていたが陶酔している彼女はそんなことは意に介さない。閉店の時間を過ぎても話は止まなかったが、助け船の男性が漢方薬を取りに入ってきた。話し半ばで後ろ髪を引かれっぱなしみたいだったが「素敵な人を見てきたんだから、町中言いふらせよ」と言う僕に笑顔で「もう一杯言いふらしてる」と答えていた。
 コンサートと言えば天童よしみくらいしか話題に上らないヤマト薬局でついに出た。究極の僕のライバルの名が。


2011年03月02日(Wed)▲ページの先頭へ
独裁
「三時間半の道中で、初めて、一度もトイレに行かないですんだので、夫婦で驚愕しました(笑)本当にありがたいことです!!」
 このメールを頂いた後電話で少し話したが、まだ完治もしていないのにとても喜んで頂いた。完治したらどれだけ喜んでいただけるだろう。偶然だがその女性の近くの県の青年がほぼ完治した。過敏性腸症候群で友人から離れ、孤独に学校で過ごしていたらしいが、友人にもうち明け、クラブ活動にも復活し「あとは僕の心がけ次第だけだと思います」と力強く言っていた。気持ちも随分落ち着いてきて、数回電話で話をしたが、とても好感の持てる青年だった。ただ、少しだけ真面目すぎるかなあと思ったが、彼が目指している職業はそれが一番要求されるから、過ぎる・・・はないのだろう。恐らく彼は数年後夢を叶えている。そのお手伝いが出来てとても嬉しい。会ったことはないが、あの青年が消臭パンツなるものを履いていただなんて気の毒すぎる。もっと早く知り合っていたらそんなものに手を出すこともなかっただろうにと悔やまれる。介護が必要な方なら分かるが、若者にそんなもの必要であるわけがない。一体どんなものか僕は知らないが、過敏性腸症候群で相談してくれる人達の中でも何人かは利用していたみたいだ。
 越えられない壁を越えれる漢方薬を作ってから、かなりの人が自分の壁を壊してくれている。高速道路は勿論、渋滞でも何故かしら気にならなかったとか、エレベーターに乗れたとか、会議が苦痛ではなくなったとか、人それぞれの壁が崩れ始めている。中東の独裁の壁は漢方薬では壊せないが、個人の長年の壁なら漢方薬で十分壊すことが出来る。壊して飛び出さなければ何も始まらない。まるで違った光景を見てもらうために僕もお手伝いをしたい。まるで変わらない光景ばかり見て薬局の中に閉じこもっていた男が言うのも口幅ったいが。


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