栄町ヤマト薬局 - 2011/02

漢方薬局の日常の出来事




2011年02月28日(Mon)▲ページの先頭へ
雨音
 雨音で目が覚めるのは久し振りだ。冬の間、まとまった雨は降らなかった。久し振りにテニスコートも水たまりを作っている。畑作地帯の牛窓には灌漑用水が通っているから実際には困らないのだろうが、自然の雨は地面深くしみこんでいくのに比べて、スプリンクラーで散水したものは畑の表面を少し湿らせる程度だと、いつかお百姓さんが教えてくれたことがある。
およそ人工のものが自然のものに優ることはない。風にしたって温度にしたって湿度にしたって、水の流れにしたって自然に似せて作ることは出来るが、自然を越えて作ることは出来ない。 越えてしまったところで不自然になってしまう宿命を内在しているのだから。届かなくても越えても所詮人工で、そのものにはなりえない。
 南半球で起こった雨による異常気象が再び北半球にバトンタッチされないことを望む。命を育む雨が凶器のように襲いかかるのが昨今だ。山も川も一瞬にして凶器になる。彼らに責任はないが狂気の人類が不遜にも傷つけ支配しようとしたものたちの反乱は想像以上だ。
 雨音は心静かに聞くものだ。雑念を消し時間も消して聞くものだ。蛙になって聞くものだ。およそ恐怖で聞くものではない。


2011年02月27日(Sun)▲ページの先頭へ
「自炊代行業者に警告」 なんて変わった業者もあるものだと思ったし、自炊を代わってあげたくらいで何で警告されなけらばならないのか分からなかった。記事を見てその意味が分かったが、なかなかみんな上手い隠語を作り出すものだ。犯罪の臭いがするのかどうか僕には分からなかったが、流行語大賞に匹敵するくらい印象的な隠語に思えた。
それにしても機械の発達に伴って色々と利用方法を考えるものだ。機械を考えた人もすごいが、想定外の利用方法を考えつく人もすごい。おおむね想定外は御法度の裏街道を行っているみたいだが、思いつく才能はなかなかのもので、その非凡さがもっとほかのところで発揮されたら隠れてやる必要もないだろう。京都大学の入試問題も、みんなで解けば何とかなる。何十年か前にこの手があれば僕の人生も変わっていたのかもしれない。いくら不器用な僕でも、真っ向勝負で挑戦するよりは、手品ばりの訓練をする方が合格の可能性ははるかに高い。これからの受験生は頭より手先がものを言うかもしれない。
言葉の遊びは面白い。傷つけないという最低限の配慮さえすれば、無から生み出した創作品だ。僕ら凡人の言葉は陳列することも出来ないし、複製することも出来ないがその場限りの作品だ。そしてその場限りのはかなさ故に命が吹き込まれているような気もする。目には見えないけれど手では触れないけれど、重さも大きさもないけれど羽を生やして飛んでいく。凍った心に春一番の羽。


2011年02月26日(Sat)▲ページの先頭へ
失望
 こんな奴に長い間支配され、鎖のない奴隷のように生かされていたのかと今更ながら気の毒に思う。どんな極刑にしたら何十年に渡る、そして何千万人にも及ぶ怨念に報いることが出来るのだろうかとよその国の事ながら思う。怒りを無くしてニュースを見ることが出来ない。こうした歴史に立ち会えることは嬉しいが、自由のために今もまだ奪われ続けている庶民の命がもったいない。命を捨てるほどの勇敢を讃えられてもその後の変化を見届けることは出来ない。自由を勝ち取るための代償はいつの世も庶民が支払わなければならないのか。
 それに引き替え日本のそれはなんて軽いんだろう。ただ、ああいった悲劇を見ていたら軽いのは悪いことではない。次を狙っている奴らは、ころころ変わると外国から信用されていないと言うが、とてつもなく強くて質の悪いのが長年のさばるよりはるかに健全だ。所詮使い捨て程度で回っているのだから懸念する必要はない。役人の手のひらでしか何も出来ないことが今回もしっかりと証明されたのだから、あの肩書きが毎年変わるのも悪くはない。貝割れ大根を1回食っただっけで市民派などを名乗り、うつろな目をしょぼしょぼさせて椅子にしがみついているような奴には早くブラウン管から退場して欲しい。(ブラウン管は古いか、現代的にはさしずめ液晶画面かな。語呂が悪いなあ)何かを成し遂げたいなんて理想をもとから持ちあわせていなかったことなど明白だ。名誉欲だけで上り詰める人間なんて桐灰の貼るカイロ程度の値打ちしかない。
 高村 薫がもう政治などに期待しなくて地力で生きていくしかないと述べていたが、全くその通りだ。以前から期待はしていなかったが、せめて邪魔だけはするなと言いたいくらいだ。現代のこの国で庶民にまさか銃口を向けることはないだろうが、失望という名の矢はすでに放たれている。






2011年02月25日(Fri)▲ページの先頭へ
邪道
 ありがたいを越えて悲しくもあり、情けなくもある。
 大正の人の特徴か個性か知らないけれど、何か仕事をしていれば落ち着くのだろう。何かないか?何かないか?を連発するから簡単な作業を沢山常に用意してそれをやってもらうのが日常だ。もし作業のネタが切れたりしたものなら、何かない?お化けにこちらが苦しめられる。
 なんとなく姿勢が左側に大きく傾いているのに気がついた。1週間前にも同じような姿勢を見つけて尋ねたら背中が痛いと言うことを白状した。こちらが尋ねなければ恐らく言わなかったと思う。結構痛そうだったのに、飲み薬とハップ剤で翌日には治ったといって又いつものように手伝いに来た。驚異の治癒力だと感心して、以来気にはならなかった。ところが今日又同じ姿勢で作業をしているのを見つけた。問いただすと背中が痛いのだそうだ。僕が1ヶ月くらい色々な不快症状で困っていたときに、毎日のように一人症状を気にかけてくれていたが、自分のことは言わない。寧ろ出来ないながらも僕の手伝いを以前よりも増してしたがっていた。90歳を越えても母親は母親なのだ。
 老化予防には日々の決められた役割分担がいい。やらなければならないことがあるのは心身共に緊張感を保つことが出来て衰えをずいぶんと遅らせることが出来るのではないかと思っている。もっとも恵まれた環境で過ごし趣味や遊びで人生の後半を充実させれた人達にとっては老いてまで働くって事を邪道だと否定するかもしれないが、何の楽しみも求めずひたすら働いてきた人間にとっては、歳をとっても働くことが唯一健康維持の手段なのだ。母は明らかにこの部類に属す。遺伝子を受け継いでいる僕も実はその事を心配している。90歳を越えるまで働き続ける強い生命力を持っていることを羨ましく思うが、果たして昭和の人間にそんな芸当が出来るか、はなはだ心許ない。気持ちや性格だけでは乗り越えられない壁はある。
 今日は帰って休み、回復するまで手伝いに来ないように諭したら、不平そうな顔で妻に連れられて帰っていった。ありがたいを越えて悲しくもあり、情けなくなもある。


2011年02月24日(Thu)▲ページの先頭へ
選択
 どれだけの決断を迫られたのだろうと想像してみるが、所詮想像の域を出ない。あの若さで膝から下を切断する決心はどれだけ重くて辛かっただろう。ほとんどの人が生涯経験しないレベルのものだ。他者にとっては想像を絶するとしか表現しようがない。
1秒あれば運命は変わる。一瞬で不幸はやってくる。一生かけてもやってこない幸運とはまるで対照的だ。志しの高さも何の保証にもならない。寧ろそれだからこそ遭遇する不運もある。
 無精で志低い僕は、こたつに足をつっこみラーメンを食べながら選ばれた不幸を見つめている。無限の時間と無限の場所と無限の動機のどんな数式が、あの時間とあの場所とあの志し高い人達を選んだのだろうと、無い頭で思案する。被災した人達が数字から個人に変わってきた頃、当事者でない安堵と何も出来ない歯がゆさに、居心地の悪さを感じる。 哀しみをいくつ見せられても、何もなかったかのように朝には日が昇り鳥たちがさえずる。春を呼ぶ風が吹き虫たちが目を覚ます。選択から漏れた安堵が居心地の悪さを伴ってこの国を覆う。


2011年02月23日(Wed)▲ページの先頭へ
胃薬
 ダーゼンと言う消炎剤が実は効果がなかったという理由で回収されている。安い薬だから今まで何年も税金を食い物にしていたけれどそんなに影響はないのかもしれない。嘗て脳に効くと言って汎用されていた薬も同じように姿を消したことがあるが、ひょっとしたらまだまだ無くてもいいような薬が多く出回っているのかもしれない。医者が診察し、薬局が効能を説明し、患者が効くと思って飲んで症状が治った人も多かっただろうから、如何に薬を飲まなくても治る力を人間は持っているかって事だ。放っておいても治るものを、敢えて薬で対処している場合も意外と多いのかもしれない。効能がない薬で医院や薬局が報酬を得、患者が金を払っていたなんて滑稽だ。誰かが謝ろうなんて姿勢はない。うやむやになり話題自身も自然消滅するのだろう。
 いつもの胃薬を取りに来たおばちゃんがまくし立てた。ヤマト薬局に来れなかったから通りすがりの薬局で買おうと思って薬の名前を言ったら扱いが無くて大正漢方胃腸薬を勧めてくれたらしい。でもいつも飲んでいる胃薬だったら1包で効くのに、3日飲んでも全く効かないそうだ。それはそうだろう、僕が出していたのは単なる消化剤だから、大正漢方胃腸薬とは似て非なるものだ。ただ、どちらも胃薬という単純な共通項があるだけで、ほとんど別物だ。ただこれはダーゼンとは違って、その用途に合わせて使えば効果はそれなりに期待できる。薬剤師か店員か知らないが、大正漢方胃腸薬に消化を助けるようなものは入っていないと気がつかなかったのだろう。
つくづく薬は難しい。効かないものでも信用すれば炎症がとれるし、効くものでも目的を間違えれば全く効かない。心理が薬理に優ったりする不思議な世界だ。でもまあ、無理が道理に優る政治屋の世界よりましか。


2011年02月22日(Tue)▲ページの先頭へ
優越感
 このなんとも言えない優越感はなんだ。優越感なんていつから経験していないのだろう。人の感情の中にこんな領域があることすら忘れていたような気がする。
 以前このブログに登場してもらった大工さんが昨日も薬を取りに来た。あるお寺さんの信頼を得て向こう5年間も仕事を直接請け負っている人だ。彼を信頼して仕事を任せきりにしているそのお寺さんについて僕も興味を持ったので、ホームページで少しばかり知識を得ていた。そして薬を渡した後にそのお寺さんのことについて知ったかぶりを披露した。するとすごく驚いて「どうしてそんなことを知っているの?」と尋ねられた。「インターネットで調べた」と答えると「インターネットってそんなことが分かるの?」と又尋ねられた。インターネットだから分かるんだと答えたかったが、実際に見せてあげた方がいいと思ったのでそのお寺さんのホームページを開いてみた。
お寺さんの全景を写している表紙を見たときから彼はハイテンションになり、クリックして画面を変える毎にいちいち解説してくれた。建物の様子だけでなく、歴史や行事、アクセス方法など画面を変える毎に名解説が続く。画面が変わり解説を終える度に「すげえなあ、インターネットってこんな事まで載っているん」と感慨ひとしきりだった。感激ぶりに圧倒されて、いや解説がエンドレスになりそうだったので「他のことも何でも分かるよ、お宅の家だって載っているかもしれないよ」と話題を変えた。すると「わしの家は載っとらんじゃろう(載っていないだろう)」と何故か照れた。恐らく名家だけが載っていると勘違いしたのだと思う。「住所を教えて、やってみるから」と水を向けると興味が湧いたのだろうすぐに住所を教えてくれた。教えてくれた住所は岡山市の結構にぎやかなところで、こんなに遠くから来てくれているのかと内心思ったが、口には出さなかった。googleの地図検索になんと彼の家がハッキリと載っていた。国道沿いに広い畑も持っていた。これには彼も一段と興奮して、自分の家の造りや近所の説明も詳しくしてくれた。「わしらの家まで載っとんか(載っているのか)」「すごい時代だろう、こうして他人の家の様子がわかるんよ。誰がいつ見ているか分からないよ。家の回りを見てみようか?」とマウスを操作して家の側面なども映し出した。すると突然彼は慌てて出ていこうとした。「どうしたの急に!」と尋ねた僕に帰ってきた返事は「早く帰って戸締まりせんといけん。今日鍵をかけてくるのを忘れとった」だった。
 実はこの地図の検索は昨年横浜の女性に教えて頂いたばかりで、超時代遅れの僕だが、慌てて鍵を閉めに帰った大工さんからしたら僕は時代の先端を走っているように見えたのではないか。僕が江戸時代並の遅れをとっているとしたら彼は石器時代だ。あんな人ばっかりだったら僕も常日頃優越感に浸れるのだが、残念ながらあんな人がまれと来ているから自慢しようにもする機会がない。でもまあ、何十年ぶりの優越感はそれなりに心地よかった。
 今度はどの画面を見せようか、作戦を考えておかないといけない。


2011年02月21日(Mon)▲ページの先頭へ
生活費
 学生の生活費が30年前とほとんど同額で困窮状態にあるとニュースが伝えていた。今も30年前も月平均7万円弱で暮らしているらしい。物価が当時よりかなり上がっているから同額では当然苦しいと言うことになるのだろう。でもその頃、1万円程度で暮らしていた僕はどうなるのだろう。当時平均が7万円なら僕は7分の一で暮らしていたことになる。僕を中心に考えると当時の生活費の平均が7万円という数字はぴんと来ない。回りの学生が僕の7倍の生活をしていたようには見えないのだ。もっとも、アパートの隣にあった料理屋は鶏の唐揚げがとても美味しかったが、月に1回利用できればいい僕とは対照的に毎日利用していた人達もいた。仕送りが多いのか、バイトで沢山稼いでいたのか分からないが、それを羨ましいとは思わなかった。
遊びはパチンコだけ、食事は米に塩をかけて食べる、アパート代は3千円、タバコは両切り。バイトも大したことはしていないから恐らくいつも赤字だったと思うが、誰かが助けてくれていたのだろう。誰かを経済的に助けた記憶がないからもらいっぱなしだったのだと思う。僕には金がないで通っていたからとても楽だった。
 7万円を困窮状態などと考えない方がいい。ぎりぎりの生活を経験すればいいのだ。法律さえ破らなければ破壊的な生活もけっこう楽しい。学生時代にしかできない暮らしぶりを楽しめばいいのだ。作為的にでもぎりぎりの生活を体験すれば、将来本当にそうした状況で暮らしている人とも理解し合える。恵まれた暮らしをしている人に知り合いが少ないから、そちら側の人柄を良く知らないが、そちらに行けなかった人達の中には沢山の善人がいる。人から搾取しないで暮らしてきた人達の脱力した善良に慰められたり助けられたりすることはしばしばだ。そうした人達と親しく生きていける土壌を学生時代作っておけばいいのだ。教室では決して教えてもらえない、学べない価値観を作ればいいのだ。
 意図的でもいいから体力があるうちに最低を経験しておけばいい。そうするとその後の不運な巡り合わせも乗り越えやすい。社会に解き放たれればいいことなんかそんなにあるものではないのだから、体力がある間に免疫をつけておいた方がいい。ワクチンは自分の決意の中にある。


2011年02月20日(Sun)▲ページの先頭へ
 明らかに夜が明けるのも早くなったし、日が暮れるのも遅くなった。手袋を忘れたら取りに帰ろうと思わせる寒さも和らいだ。一歩ずつ春が近づいているのを実感する。何処に冬眠していたのか、いつものセルフのうどん店もスーパーマーケットも人で一杯だった。行き交う車も多かったように思うし、湖面で遊ぶ水鳥も多かったように思う。一筋の飛行機雲も緊張を忘れてだらしなく春を待っていた。
 「家に引きこもってる時は大嫌いな季節でしたが・・・・」僕の大切な人からのメールの中の一文。偶然僕をインターネットの中から見つけてくれてもう随分のつき合いになる。こんな人が社会との接点を失い生きていくことは、大きな損失だと思った。勿論彼女だけではなく、多くの同じような境遇の人と漢方薬を媒体に知り合った。素晴らしい青年、壮年の人達ばかりだ。冬しか知らず、春が来ることがなかった人達にとって、人々が解放されて全身に陽光を浴びる姿は、彼らにとってまぶしすぎたのかもしれない。人並みの喜びが高嶺の花だったのだ。こんな理不尽があるだろうか。
今彼女は、嘗てまぶしすぎて目をそらせていた光の中で暮らしている。何気なく営まれている様々な暮らしが彼女を包んでいる。当たり前の朝が来て、当たり前の生活を送っているのだ。当たり前の喜びを得て、当たり前の苦労もしている。誰もが当然の権利として持っているものを、失ってはいけない。失わせてもいけない。春は消してはいけない季節なのだから。


2011年02月19日(Sat)▲ページの先頭へ
助言
 お母さんとお嬢さんが一瞬びっくりしたようなので驚きすぎたかなと思ったけれど、嬉しいのだから喜ばないわけにはいかない。向こうは当然分かっていたことだが、僕にとっては初耳なので喜びが爆発的だったのかもしれない。
このご家族を4人お世話している。遠くから2週間毎来てくれるが、以前薬店に半端ではない暴利を長年に渡ってむさぼられていたから同業者として奮起せざるを得ない。あんな店があるからドラッグストアで薬を買っても同じだろうと言うことになるのだろうし、寧ろ高価なものを押し売りされないからドラッグストアの方がましだと言うことにもなるのだろう。幸運にも4人の方のかなりの症状を改善できている・・・と、薬剤師の仕事を懸命にさせてもらっているのだが、今日の朗報は息子さんが就職されたという内容だ。以前の職場でいやなことがあり、退職して家にいたのだが、ウツの薬や逆流性食道炎の薬を飲んでいた。こうして飲んでいる薬を上げられると明らかに病気なのだろうが、僕にはそうは見えなかった。能力のある方で特殊なお仕事をされているから、人間関係で悩んでも不思議ではない。その結果精神的、身体的な不調が現れたのだろうが、本当に必要だったのは薬ではなく助言だったのではないかと思っている。僕が作った漢方薬は、戦闘モードが身体に影響を及ぼしにくくするもので、現代薬のように頭の中に薬の成分が侵入できるものではない。いらぬ力が入らなくなるようにしただけだ。頑張る心や頑張る身体が少しだけ力を抜くと思わぬ健康が手にはいることがある。
 いやな上司には「首を絞めたら」と言う僕の助言は最近影を潜めて「嫌みを言う上司はきっと家庭に不幸を抱えているよ。本当に幸せな人は他人に悪態をついたりしないよ。そんなことをする必要もないくらい精神が安定しているのだから」と助言している。結構この助言はあたっていて「向こうの方が大変でした」と言う報告を聞くことがある。精神が不安定な人ほど、自分の心のバランスを保つために他人に攻撃的になったり陰湿になるものだ。このことを理解しておけば、対処の仕方は自ずと分かる。余力があれば包み込むか、なければ哀れむだけでいい。
仕事がないとか、仕事に行けないとかで社会との接点を失うと病気は治りにくい。生活が保障されていることは病気を治す上でかなり重要な要素だ。生活基盤がなければ不安に押しつぶされるのではないか。あるいは自暴自棄になることも考えられる。せめて仕事で社会との接触が保たれていたら、精神的な孤立は免れる。病気は本来孤独なものだが孤立は避けなければならない。差し出す手も、差し伸べる手も同じ人の手なのだ。


2011年02月18日(Fri)▲ページの先頭へ
3拍子
「つくづく健康が有り難いです。元気なのが一番幸せ」と言いながら2週間ごとに漢方薬を取りに来るのだから、こちらとしてはまだ健康ではないと思っていたが、本人の評価は十分元気なのだ。どんな客観的な指標よりも本人の自覚が優先されていいと思う。検査で標準値に収まらなくても元気で仕事や日常の楽しみが出来ていたらそれでいい。逆に、検査値がすべて基準内に収まっていても不快症状が出ていたら何にもならない。健康とはいたって主観的なものなのだ。
僕より少しだけ年下だから、健康が一番を自覚できる年齢に達したのだろう。「ほんと、元気だったら何もいらないよね」と言う僕の投げかけに対して「私ら、顔も悪いし、頭も悪いから、せめて元気だけでもないとね」と謙遜な答えが返ってきた。すべてにこの女性は謙虚で、自分の持っているものをアピールするようなことはまずない。でもいつも笑顔が出るから言葉の通り自分を否定しているわけではない。顔も悪い、頭も悪いと言われたら返す言葉はないが、本質的に優しい僕は「心も悪いから3拍子そろっているではないの」と慰めてあげた。
ある公の機関の掃除婦として毎日一生懸命働いている彼女は、頑張りすぎて腱鞘炎になった。めまいも始まった。絞られるような便秘(表現が分からないではないが痙攣性便秘のこと)は若いときから。そのすべてが、今は3日分の漢方薬を2週間で飲んでいれば消えていてくれるらしい。だから本人にとっては元気で健康なのだ。僕としては薬が必要な間は完治させてあげていないから、そのおおらかな判定に感謝するばかりだ。2週間に一度その謙遜な笑顔に接し、少しばかりの言葉を交わす。数年前ある日突然やって来てからの繰り返される光景だが、つくづく人の縁を感じさせられる。縁が出来たら気の毒な職業の僕だが、冗談を言い合って治ってくれるのならいいだろう。難しい顔をして、深刻な顔をして値段をつり上げたりしたら、相手の目がつり上がってしまう。病気は出来れば笑いながら治したいものだ。


2011年02月17日(Thu)▲ページの先頭へ
股裂き
 こんなのどかな田舎町の疾患別順位で精神科領域が一番だとは驚いた。昨日、市の国保委員会に出席したときに教えてもらった。確かに心が病みやすい時代だとは思うが、癌や糖尿病、高血圧などを抑えて一番だとは思わなかった。田舎町でこうだから都会ではとつい想像してしまう。
昨年の同じ会合で、職員による説明がさっぱり分からないから、数字の羅列ではなく日本語で意味が分かるようにとお願いしていたら、なんと昨日渡された資料には初心者用に解釈が添付されていた。僕ら素人に役所の作った膨大な量の表が読めるわけがない。おまけに専門用語ばかりだから、余程帳面づけに精通した人間でないと説明について行かれないだろう。それが証拠に、医師も歯科医師も僕も全く発言しない。何か意見を言わなければと思うが、内容が理解できないから言いようがないのだ。その上少しばかりの日当が出るからよけい居づらい。全くのボランティアなら居るだけでもかまわないが、数千円いただけるばかりに分からないのに分かった振りをして椅子に腰掛けているのは辛い。
解釈をつけてくれたのは若い職員だった。ちゃんと昨年お願いしたことを覚えていてくれたことに感謝すると共に、公務員を否定しがちな風潮にちょっと違和感を覚えた。能力のある人が平均的にそろっているのだから、それらの力を使わない手はない。役所が誰のために奉仕するのかを明確にすればもっともっと市民の生活が改善されることは多いだろう。能力を否定するのではなく、発揮してもらえる体制こそが必要だろう。いや体制より心制かな?
 瀬戸内市の場合、国民保険料を払わない人、払えない人、安くしてもらっている人を含めると5割に近い。恐らくこの町に特有な比率ではなく、日本中で近い値が出ているのではないか。こうしてみると年金ではないが近い将来破綻するのは見えている。良くある話のように、払える人が払えない人を養っていることになるのだが、払わない人を払える人が養うのには抵抗があるだろう。払えないのと払わないのとでは天地の差がある。食っていけないから捨てる道徳もあるし、飽食を求めて捨てる道徳もある。股裂の道徳が橋の欄干からダイブする。


2011年02月16日(Wed)▲ページの先頭へ
乗り物
「口の中にスクーターみたいなのが一杯出来るそうなんです」少し口を開ける格好をして指を横断させた。ご自分の更年期障害が煎じ薬でとても改善したから、同僚が困っているのを相談してくれたのだが、ちょっと意味不明だった。僕の知らない病気なのかと思ったが、そんなに深刻な様子ではない。「しょちゅう出来て痛いらしんです」何も答えなかった僕にたたみかけた。「1週間位したら又次のスクーターが出来るらしいですよ」どうやら病気の名前ではなくて何かの比喩らしい。「口の中でスクーターが走るの?そんなに痛いってこと?」「いえいえ、良くあるでしょう。口の中がえぐれて熱いものがしみて食べれなくなる病気、スクーターみたいな形をしているらしいですよ」「それって、口内炎のことかな」「そうそう口内炎、月の表面にあるくぼみみたいになるらしいですよ、クレーター、あっクレーターでした」クレーターがなんでスクーターになるのか分からないが、上品な奥さんのこのぼけは面白かった。気がついて照れていたが、照れる必要はない。吉本でも通用しそうなぼけだった。穏やかで上品な奥さんだから普段との落差が激しく、2人で大笑いした。これが意図的に作られたものならたいしたものだが、そのことを尋ねた僕に、考えて言ったものではないと答えた。
 余りにもくだらない番組が多くて、見る価値もないものばかりのテレビだから、今日もこの女性に軍配は上がる。仕事が終わってテレビを見ていてもくつろげることはほとんどないが、たった一つの素人のぼけに、僕は今日緊張を少しばかりほぐしてもらえた。自分でも何をむきになって日々頑張っているのか分からないのだが、硬直した心と身体は悲鳴を上げている。今日のように声を出して笑うとき全身の筋肉は弛緩し、行き先不明だった副交感神経が顔を出す。圧倒的な戦いの神経の酷使で持っている社会がいつまでも続くはずがない。どんな道具も使わずに人の緊張をほぐしてくれた無意識の作品に今日は感謝。


2011年02月15日(Tue)▲ページの先頭へ
童謡
 犬は喜び庭駆け回らず、猫はこたつで丸くならず。嘘を歌わせてはいけない。練乳を買ってきて車の上に積もっている雪にかけて食べれば美味しそうな朝、モコ(ミニチュアダックス)は用を足す草むらを捜して、雪の上を3本足でウロウロしていた。あの小さな頭で、足を一本でも上げていればそれだけ冷たくないのが分かるのだろうか、止まるたびにどの足かを一本上げていた。さすがに不安定だから2本足にはならなかったが、犬でも冷たいのはいやなのだと思った。雪の上を元気に走り回ることもせず、早々に引き上げたい雰囲気が見え見えだった。
 アスファルトの上は雪が解けていて本来の水に濡れた色だったから、まさかそれが凍っているとは思わなかった。片側1車線の道路を渡るのに2回も滑って転げそうになった。車の直前を走り抜けるような暴挙をしていなくて良かったと、後から考えるとぞっとした。だから中学校のテニスコートは敢えて草の上に積もっている雪を踏むように歩いた。その方が転倒する可能性が低いと思ったから。でも案の定、草が切れている土の上では転びそうになった。見ると土の上に薄い氷が張っていた。薄氷を踏むような毎日を送っている僕にとっては、なんとも皮肉な氷だった。
帰りも何度か転びそうになってやっと無事に着いた。2階に上がりリビングのテーブルの傍に立っていると、妻がそのテーブルを少し移動させた。するとテーブルにもたれかけさせていた折り畳み式のテーブル、結構大きくてしっかりしているから重たい、が突然倒れた。気がついて思わず足を引っ込めたが、丁度そのテーブルの角が僕の右足の甲の上に落ちてきた。たかがテーブルが倒れてきただけなのに結構衝撃はあった。痛かったけれど折れているかどうかの方が気になった。痛いながら色々な動きをしてみたら指が自由に動いたので安心した。ずっと立てかけたままのテーブルを見て、モコが歩いているときに倒れたら大変だろうなと気になっていたが、結局本人がやられるまでついぞ行動には移さなかった。
 なんて危険な1日だったのだろう。地震の時に家具が凶器になることも実感として分かったし、凍った路面の恐ろしさの片鱗も体験した。家の内外に危険は潜み隙あらばと狙っている。でもまあいいか、隙だらけの僕の心を狙う輩はいないみたいだから。持ってなければ狙われない。心も身体も財布までも身軽が一番安全だ。


2011年02月14日(Mon)▲ページの先頭へ
齟齬
 薬の情報誌を読んでいたら「齟齬(ソゴ)」と言う言葉が出てきた。読み方も何となく分かるし意味も何となく分かるが、さてこの字を書けと言われたら恐らく、いや絶対書けていなかった。患者さんとのやりとりを解説する場面で使われていたのだが、なかなか日常では使われなくて、会話では聞いたことがない単語だ。読むのも前後の文脈の流れから読めただけで、試験のように突然提示されたら読めたかどうかわからない。
漢字は子供の時から飽きもせず18年も毎日学校に行きその積み重ねでやっと覚えたものだが、これだけ覚えようとすればかなりの労力を費やしたはずだ。だが、その種の想い出として残っていないのだから、意外と学校に行き勉強をすることに対しての負荷は少なかったのかもしれない。大学に入った瞬間力は尽きたが、それを差し引いても意外と頑張っている。僕に限らず、寒い中をランドセルを背負って登校する児童や、頬を真っ赤にして風を切って自転車を漕ぐ中学生を見ていても思う。意外と学校って行きたくないところではないんじゃないかと。それを証拠に、全く勉強をしそうにない子供だって嬉しそうな顔で登校している。
 僕はほとんど興味はないのだが、漢字に異様に強い人がいる。教養かオタクか分からないが、僕は最近オタクに関してとても評価している。こだわりこそが最強のモチベーションで能力を導き出す源泉のように見える。僕にはその様に特化した興味を持てるものがなかったから、何でも出来る子で、結局何も出来ない子だった。この年齢で齟齬を見つけて喜んでいるのだから如何にこの道でも極められなかったか明らかだ。そんな僕の人生なんて所詮たどり着くべきところがなく世間の片隅で齬齟齬齟(ゴソゴソ)生きている虫けらのようなものだった。


2011年02月13日(Sun)▲ページの先頭へ
なまこ
 山間部や都市部の人が知っているのかどうか分からないが、今日、無性になまこが食べたくなった。祖父が生きていたときは、なまこは海からとってきて祖父が料理してくれていたが、今はスーパーで買えるらしい。最近パックに入っている、勿論小さくすぐ食べれるように切っているものだが、なまこを売っていることを知って思いたったので通りすがりのスーパーに寄ってみた。
魚コーナーの棚を一通り見てみたがなかったので、以前妻が買ったという生協の共同購入でないと買えないのかと思って諦めかけていたら、魚屋さんらしき人が奧から偶然出てきた。尋ねると発泡スチロールの蒸籠(この言葉が正しいのか分からないが、木製から発泡スチロールに変わっても魚を入れる容器を昔から魚市場ではこのように呼んでいる)に入っているのを教えてくれた。氷水にパックごと沈めるように陳列されていた。やはり鮮度を要求されるのか、あるいは足が早いのかもしれない。そのスーパーから家まで30分はかかるので大丈夫かなと思ったが、窓ガラスを開けて冷たい空気を車の中に入れながら帰ってきた。そこまでして食べたかったなまこは、ちょっと少な目だったが298円だった。2つ買おうか迷ったが、結局は1つにした。何故なら僕はなまこがあれば、いくらでもご飯を食べてしまうのだ。恐らく2パックも買って帰ったらいつもの倍はご飯をお代わりしてしまうだろう。少しばかり理性が働いた。
久し振りに一人で車を運転して教会に行き、久し振りにフィリピンの人の伴奏をし、久し振りにホームセンターで事務用品を補充し、久し振りに孫に本を買い、久し振りに疲れを残さずに帰ってきた。こんなたわいもないことだが、体調を崩しているときにはそのどれもが困難なのだ。以前東京の過敏性腸症候群の女性の調子が良くなったとき「景色が違って見える」と電話で教えてくれたことがある。僕は勝手に電話の向こうに聞こえる騒音から、都心のオフィスビルの下を歩く彼女を想像したが、ビルの一つ一つ、横断歩道、渋滞する車、おしゃれなショウウインドウ、果ては信号機の色までが違って見えたのかもしれない。僕の通る道にはおしゃれなものはないが、人々が織りなす日常が輝いていた。
一昨日と昨日、2夜連続で無縁社会をテーマにした番組がNHKで放映された。あそこまでは深刻ではないかもしれないが、僕にも似たような言葉が投げかけられることがある。その言葉が理解できる原体験、それを受け止めてあげれる気力体力、そしてその苦痛を軽減してあげれる漢方力を要求される。たわいもない1日さえ送れないようでは期待に応えることは出来ないから、少しばかりの養生を心がけようと思っている。298円の贅沢で、298円の幸せが買えるのだから、景色が変わるくらいの幸せを顔も知らない多くの人達に味わってもらいたい。


2011年02月12日(Sat)▲ページの先頭へ
悪代官
 昨日は休日だったが、家を一歩も出なかった。夕方ふとつけたテレビで水戸黄門をやっていた。東野英治朗がやっている水戸黄門だから恐らく僕が学生時代のものではないだろうか。彼の印象が強すぎて、以後誰がやっても今一に見える。可愛い娘役をやっている女優に見覚えがあったから、誰だろうとしばし考えたあげく、嘗て風邪薬のジキニンの宣伝に起用されていた女優だと分かった。今でも時々テレビで見るが、あの子があの人になっているのだから、この子がこれになっているのも仕方ないと、変なところで印籠を、いや引導を渡された。
 飽き性の僕が一番続けることが出来たのはバレーボールだと思っていたが、よく考えてみれば一番長いのは水戸黄門だ。大学生の頃からアパートで米を(おかずがなかったからご飯とは言えない)食べながらよく見ていた。牛窓に帰っても何故か水戸黄門だけは見ている。年寄り相手の番組だと世間では思われているかも知れないが、何故か青春期から好きだった。印籠を見せて一件落着が権威主義だと揶揄されるが、僕は権力者の悪を暴くところが好きだ。出来れば平民の力によって解決すれば、先のように揶揄されることもないだろうが、どちらにしろ悪が滅びるのは痛快だ。当時(僕の青春時代)も今も、悪は形を変え常にはびこり、庶民は報われることのない日々を暮らしている。いや報われるどころか日々の生活すら壊れそうなぎりぎりの生活を強いられている。
エジプトで悪代官が追放された。権力を思うがままにしてきた奴が辞職なんかで許されるのかと思うが、水戸黄門はいないから「おって厳しき沙汰があるから覚悟しておけ」とはいかないのだろう。僕なら迷わず打ち首獄門だがさてどうなるのか。権力が集中して冨が一部の人間に独占される世の中よりは、ころころ変わる日本の方がましだ。どうせ役人の方が数段優れているのだから、そもそも必要のない職業のように政治家が見えてきた。冷静に考えれば、彼らが何かの役に立っているのだろうか。横やりを入れて懐を肥やすくらいしか脳がないのではないか。彼らがいなくても役人が何とかやってくれそうな気もする。
 ころころ変わることが良くないと自分で言う馬鹿が今だしがみついている。揚げ足取りしか能がなかったことは国民の誰もが気づいているのに、この悪代「管」は虚ろな目で役人の原稿を棒読みしている。受け身になると途端に弱くなる奴の典型だ。


2011年02月11日(Fri)▲ページの先頭へ
代償
 昼前に消えてなくなった久し振りの雪景色も、毎日北国の苦労を見せつけられていたら、喜ぶ気にもなれない。映像では屋根に上がっている人も、玄関先で作業している人も高齢者ばかりで、見るからに痛々しい。恐らくあの世代の人だったら、身体のどこかに一つくらい痛みを抱えているだろうし、力を入れるたびに息も切れるだろう。娘や息子を都市部に送り出し、陰で高度成長を支えた世代の代償は、取り残された孤独と、置き去りにされた孤立だ。
 北の苦労と時を同じくして南にも苦難が襲っている。降るものの色が黒いだけで状況は同じだ。ここでも又、穏やかな言葉を話す高齢の人達の姿が胸を打つ。誰を責めるではなく、自然と共存して生きてきた人達の懐の深さに温暖な地に暮らす人間はたじろぐ。
 そんな苦労の一つも知らない偉い人達が、誰に頼まれたのか又その人達を切り捨てようとしている。まるで税金泥棒のように報道されることはあっても、彼らが守ってきた田畑への、ひいては治水や環境への貢献なんかは誰も伝えようとはしないし、感謝もしない。荒れ果てた大地の逆襲を辛うじて防いでいる彼らに今退場を強いている。余り聞いたことのないオーストラリアの洪水は、北半球の予告編のような気がする。車一台を売るために、穏やかに話す地方の人達がどれだけの苦難を以後背負えばいいのか。
 胡散臭いものばかりのるつぼの中で、ゆっくりとした北の国の言葉や南の国の言葉に心を洗われる。そろばんを弾かないやりとりの中にしか雪との共生はないのだろう。守らなければならないものを持っているからこその勇気が屋根から滑り落ち果てる。


2011年02月10日(Thu)▲ページの先頭へ
暇つぶし
 健康保険で特定疾患の指定を受けて、調剤費がただになった人がいる。回復が難しく長期療養になる人のために国が定めた病気があって、それに適応するのだそうだ。処方せんを持ってきたのは昼過ぎだったが 、頬を酒でほんのりと赤く染めて幸せそうな表情をしている。2人並べば僕の方が患者に見えるだろう。目の下にクマを造り青白い顔をしているのだから、彼に白衣を差し出したいくらいだ。
「浮いたお金で又パチンコが出来る」と嬉しそうだった。元パチンコキチガイの僕にとって、あの年齢でまだ頑張っている理由をふと聞いてみたくなって「どうしてパチンコに行くの?」と尋ねてみた。するときょとんとした表情をした後に「暇つぶしかなあ」と答えた。暇つぶしにしては昨日負けたという5万円は高すぎると思うが、いくら考えても所詮暇つぶしなのだ。家一軒建てるくらい負けていると冷静に分析しているが、恐らくもううずうずしているだろう。嘗ての僕も同じで、理性なんて何の役にも立たなかった。経験がないから分からないが、恐らく薬物に負けないくらい当時の僕は中毒になっていたと思う。でも僕も又暇つぶしだったのだ。まさかお金を稼ごうなんて思ってもいなかったはずだ。300円もあれば遊べた時代だから、時に儲けさせてもらってもたかがしれている。勝負は単なる偶然の結果論であって、やはり時間つぶしだったのだ。牛窓に帰って毎日12時間働きだしたら、それこそ潰さなければならない時間なんて少しもなかった。寧ろ逆に如何に時間をひねり出すかが必要な日々になった。4月1日と言うある日を境に、同じ時間の筈なのに対峙の仕方が全く逆になってしまったのだ。
 そそくさと帰り始めたから「返り討ちに会わないようにね」と背中に声をかけると、ずっこける格好をして手を振って出ていった。何処が特定疾患だと思うが、特定疾患だからこそ今を忘れたいのだろう。恐らく蓄えなんか持っていないし、そのつもりもないだろう。それはそれで一つの生き方。大きな墓を造っても仕方ないし、嫁さんも子供も出ていったのだから、財産を残しても仕方ない。金も想い出も、良い噂も悪い噂も残さずに誰にも迷惑をかけないのもいい。
 パチンコ台の前で何時間も粘れる体力が心底羨ましい。


2011年02月09日(Wed)▲ページの先頭へ
路上ライブ
 彼女が帰っていってから僕が思ったのは「血がつながっていないだけだ」と言うことだった。久々に帰ってきた娘と話しているようだった。県内の患者さんの中には同じような人間関係を築けた人が何人かいてこのように時々会いに来たり、様子を知らせたりしてくれる。薬剤師冥利、漢方冥利に尽きる。
 数時間話したけれど、嘗て途方に暮れて高校の制服姿でやって来た女の子が、大学の卒業と就職の報告に来てくれた感慨にずっと浸っていた。幼かった女の子がとても優しい穏やかな立派な大人になっていた。言葉使いも丁寧で、社会人の入り口に立てる準備は十分出来ている。本来的に敵を作らない性格だから、きっと先輩達にかわいがられるのではないかと思う。
 僕は、彼女と話をしていて、僕がずいぶんと長い歳月と沢山の人のお世話をして得てきた価値観を共有していることに驚いた。だから彼女の成長ぶりが僕のそれの何倍速かのように思えたのだ。多くのメールを交わして僕の考え方などが少しは役に立ったのだろうかとも思うが、多くの苦難が、本当の友人や恩人を造ったらしくて、ほとんど一言も否定の言葉が出なかったのは立派だと思った。これからの人生が素晴らしいものになるといいねと言うと、今でも素晴らしいと言った。嘗て学校に行けなかったことでこの子は何を失ったのだろう。ひょっとしたら何も失わなかったのではないかとも思えた。寧ろ得たものは莫大で、今では背伸びもしない卑屈にもならない自然な生き方を良しとしている考え方が印象的だった。
 岡山県では就職率が50%余りらしいから、たくましく職を得たことを一緒に喜ぶことが出来た。働きながら路上ライブをするらしいから、いつか倉敷駅あたりで見かける人もいるかもしれない。この子は今、あの頃の僕と同じように歩き始めた。


2011年02月08日(Tue)▲ページの先頭へ
満面の笑み
 いいとこの奥さんは、見た目で分かる。何歳になっても服装はあでやかで、化粧も手を抜かない。気持ちはしっかりしていて、未だ他人を支配する。悪気があるのではない。長年染みついた習慣なのだ。今でもタクシーを待たせてゆっくりと話をする。僕はタクシーを待たせることが出来る人は半端ではないと思っている。余程階級意識でもないとなかなか気が引けて、そわそわしてしまう。階級意識などが死語になりつつある現代に死語を死語と思わない意識こそが新しい階級意識かもしれない。
80歳を回っても未だしっかりしている奥さんが、かかりつけの医者の前で人の名前が出てくるのが時間がかかるようになったと訴えた。するとその内科医はアリセプトを処方してくれたそうだ。この奥さんが買い物に来たときに教えてくれた。80歳も充分すぎた女性が人の名前が出てくるのに時間がかかるなんて当たり前だと思うのだが、それに対してアルツハイマーの薬が出てくるのは当たり前とは思えない。内科医にアルツハイマーの診断が出来るのかどうか僕には分からないが、まさかあの気位の高い奥さんに面と向かってそんなテストは出来ないだろうし、奥さんもそんなテストを許すはずがない。それ以前に、しっかりし過ぎているくらいしっかりしているのは誰が見ても分かる。プライドを傷つけないように一言一言こちらが気をつけなければならないくらいなのだから。奥さんが買い物の機会にわざわざそんな話題を持ち出したのは、奥さん自身がその薬を疑っているのだ。薬の名前を尋ねた僕にわざわざ帰ってから電話で教えてくれたのは、その薬を飲む確証が欲しかったからなのだ。単なるもの忘れがアルツハイマーなら、中年以降は皆アルツハイマーだ。アリセプトは高価な薬だ。生理的なただの老人の物忘れに若者の税金が費やされる。又これで医療従事者と製薬会社が利益を得る。政治の恩恵を受けれる人達のなんと効率の良い労働だろう。
僕の薬局は処方せんを持ってこずに意見だけ聞かれることが多い。つくずく医院の下請けでなくて良かったと思っている。もしあの奥さんが僕の所に処方せんを持ってきていたら「いい薬を出してもらいましたね」と答えざるを得ないのだから。満面の笑みを浮かべて。


2011年02月07日(Mon)▲ページの先頭へ
 耳を疑ったが、同じような人は意外といるらしいと教えてくれるから、こうなれば片耳ではすまされない、両耳を疑った。
僕はこんな青年が増えればいいなと、いつも彼を見ながら思う。薬局に来るのにわざわざ着替えてこなくてもいいのにと思うのだが、土建業に勤めて1日働くと作業着が泥だらけになるから着替えてから来るらしいのだ。この生真面目さが災いして、心労で苦しんでいたのだが、それは煎じ薬で回復したから今は予防目的だけで飲んでいる。彼が一昨日やって来たとき偶然血圧の話になって、家系的に良くないんだと不安な表情をした。聞けばお父さんが人工透析をしたあげく亡くなったらしい。遺伝要素があるのかと若干僕も気の毒になったのだが、彼の口から出た次の言葉に冒頭の状態になったのだ。「親父は、スイカやメロンやパイナップルにもしょうゆをつけて食べていたんです」どの様なリアクションを僕がしたのか忘れたが、半端ではない驚き方をしたと思う。果物にしょうゆをかけて食べると聞いたのも初めてだが、意外とそう言った人が多いと医師が教えてくれたと言うのを聞いて又驚いた。 驚きにも色々なものがあるが、自分の嗜好から判断して全く考えられないことだから、ほとんど未知との遭遇状態だ。いい話を聞いたとは思わないし、面白い話を聞いたとは思わない、唖然としたというのが正しいのかもしれない。唖然が驚きの範疇に入るのか分からないが、僕一人が聞き手ではもったいないと思った。
 「良かったじゃない、それならお父さんは自業自得だから、自分には関係ないよ」メチャクチャ辛党だったらしいから仕方がない。いわば確信犯だ。10年近い父親の闘病を見ていたらしいから彼が同じ轍を踏むことはないだろうから安心だ。遺伝子に潜む暗い予感をどこかにしまって過ごすのはいやだろう。変わった嗜好を思いっきり茶化して、笑いで終わるのが一番いい。人生は文学ではないのだから、出来れば日々の小作品でもハッピーエンドで終わりたいものだ。


2011年02月06日(Sun)▲ページの先頭へ
先生こんばんは
 なんと、私、今月から仕事をしています。
せっかく先生に生きかえらせてもらった体なのだから、何か誰かのために役立てたいとずっと思っていました。なので、昔の経験を生かしてヘルパーをすることにしたんです。今はまだ訪問先は一軒だけだけど、おばあさんに訪問介護させて頂いています。おばあさんのお世話をしながら先生のことをたくさん思い出します。先生ありがとうって何度も何度も思います。先生のおかげで今、一人のおばあさんのお世話ができているんです。こんな気持ちで・・・
 私、実はいつも先生が父だったらな・・・って思っていました。こんな人生送らなくてよかったのにって。でも、あんな人生送ったから、たくさんの素晴らしいことを知ることができたし、今の私がある。何だか複雑な気持ちになるけれど、やっぱり先生は私にとってお父さん、尊敬する人、命の恩人・・・です。
先生、忙しいのは十分わかっているんですけど、また時々、メールさせてください。過去の最悪人生の話じゃなく、先生が作ってくださった今、これからの私の人生の報告を時々させてください。なので、先生、ずっと元気でいてください。先生に助けてもらった体で小さいことながらも役にたってるのかな、って思うと幸せで幸せで。

 嘗ての言葉の断片から、この女性以上の不幸を知らないし、心と体の不調もかなりのものだった。多くの方がこの一瞬も自分の不遇や不調を嘆いているだろうが、こんな嬉しい展開もどこかで待っていてくれている可能性はある。非力な僕でなくても良い、一番は病院、それで叶わなければ僕みたいな漢方をかじっている薬局。どちらかで引っかかって欲しい。治らない病気と決めつけないで欲しい。いや、病気と決めつける必要もないのかもしれない。老化が病気ではないように、優しすぎる心も華奢な肉体も病気ではない。飛べない鳥も飛ばない鳥も二つの羽は持っている。


2011年02月05日(Sat)▲ページの先頭へ
無関心
 僕よりだいぶ若そうなのに歯がないから、見方によっては年上に見えるが、恐らく年下だろう。「今日も埃まみれになった」などと言いながらやってくるから勝手に解体業者と決めつけていた。僕は他人のプライバシーには余り興味が湧かないので、根ほり葉ほり聞くことはまずない。赤ちゃんが産まれたと教えてもらっても、男の子か女の子か聞き返したこともない。だから後で妻に質問されても答えられたことがない。それだけ病気以外の話題には無関心なのだ。元々の性格か、薬局人生の中で身につけた術か分からないが、何も知らない方が何もかも知っていることより都合がいいことが圧倒的に多いから、この性格を変えるつもりはない。
いつも来る時間帯より随分早いから、「珍しい時間帯だね」と言うと、「今日はお寺さんで豆まきがあるから早くしまった」と答えた。「どうしたの、豆をまくくらい有名人なの?」と茶々を入れると彼の仕事を教えてくれた。もう10年は通ってきていると思うが、名前は勿論住所も職業も尋ねたことがない。彼の職業は僕の勝手な決めつけの逆で、大工さんだった。如何にも壊しそうな顔をしているのに、造る方とはたまげた。そう言えば痩せこけて身は軽そうだ。潰瘍の薬を10年も、わざわざ遠くから取りに来るから、いわくありげなのに結構堅気と言うミスマッチが面白い。吐血して今にも倒れそうな顔色でやって来たりするから、表沙汰に出来ないことでも抱えているのかと、気を使ってあげたのに、ひょっとしたらあのくしゃくしゃの笑い方の中に隠れているのは単なる臆病なのかもしれない。
 名前を聞いたら結構有名なお寺さんの仕事をしていて、その仕事が5年くらいかかるらしい。余程信頼を得ているのだろうか、業者を通さずに直接仕事を請け負っている。このメリットをかなり強調していた。「やいやい言われなくてすむ」と言う表現を使っていた。自分のペースで出来ることのありがたさを語っていたが、門外漢の僕でもその心理は理解できる。職人特有のプライドを潰されないと言うところだろうか。「血を吐いて倒れたときでも、ゆっくり養生してくれればいいと言ってくれたんだわ」と言う彼の言葉に恩を受けた側の心が良く覗いていた。
「だったら酒も止めて恩に報いないといけないな」と言うと「酒は一滴も飲まない」と言う。だったら、何で血を吐くほどの潰瘍になるのと言いたいが、まさか甘いものの食べ過ぎでとも答えられないだろう。さすがにあの歯が抜け落ちているのは甘党のせいかもしれないが、血を吐くのは優しすぎる心のせいだろう。電話をして1時間くらいかかるところからわざわざやってくるのは、僕の無関心さが彼の気持ちに優しいのかもしれない。愛の反対は無関心だと言われるが、時には愛おしいからこそ無関心もいいのかもしれない。



2011年02月04日(Fri)▲ページの先頭へ
繁華街
 「先生は体調いかがですか?もうやめられるのかとヒヤヒヤしてましたがもう少し頑張られると聞いてすごく安心しました。鬱やパニックになっても先生に相談して話を聞いて貰って、漢方飲んだら何とかなるという安心感ができたので先生にはこれからも頑張っていただきたいです。正直初めは半信半疑だったし怖かった漢方(以前病院でもらった漢方薬を飲んだとき起きた症状を副作用と思い続けていた)ですが今では頼りきっています(笑)先生とヤマト薬局の漢方に出会えて本当に救われました。大げさではなくパニックを発症したときは生きるのが怖かったので先生の漢方飲んでなかったら…と思うとぞっとします。本当になかなか良い漢方薬局を探すのも難しい気がしますね。これからもいろいろ相談させていただくと思うので先生にはご迷惑おかけしますがよろしくお願いします。あまり無理されないようお体に気をつけてください。また伺います。失礼致します。」
○○より

 僕もあなたと同じようにいつも戦いのモードなのです。どうしてこんな性格に生まれついたのだろうと思ってしまいますが、これでこそ得たものも多いし、これだからこそ得た友人、知人もあるのだと思います。時にこんな性格を恨めしく思うこともありますが、こうでない自分を想像も出来ませんし、そんな自分を好きにもなれないと思います。貴女は僕とそっくりな性格です。体力的に保証されている間は、大いなる長所として貴女も活躍できますが、今回のように悪条件が重なると、落とし穴につい落ちてしまいます。でも最近の貴女はとても穏やかな顔をされています。最初薬局に入ってきたときとは別人のようです。お子さんを2人も産んでまだモデルのような体型を保っているのだから、少しは落とし穴に落ちてくれないと人が羨むかもしれませんよ。でも、貴女はもう落とし穴の深さも、脱出の方法もかなり分かってきましたから、いずれ完全に忘却の彼方に今度のことも追いやれます。決して無駄な体験ではなく、貴女が一段上に上がるための試練だったと思ってください。きっとこんなマイナス体験こそが役に立つのです。僕もそうした挫折しかあなた方に伝えるものを持っていませんから。貴女がいつか又、嘗てのヤンキー?のように繁華街を闊歩できるまで頑張ります。
ヤマト薬局




2011年02月03日(Thu)▲ページの先頭へ
訪問介護
 建設業を営む知人が、ヘルパーを紹介してと言って訪ねてきた。医療と介護が同じ土俵かどうか分からないが、僕にはそのつてはありそうでなさそうでなさそうである。いい人をお願いと言うが、まず自分がいい人であるかどうか疑わしい。そもそもあの顔で何で訪問介護などを思いついたのか不思議でならない。僕がこの顔で俳優になると言うよりまだ図々しい。
求人用のパンフレットを持ってきてくれたのだが、施設名を見て驚いた。介護する人に対して「明日もねえ」とはなんて験の悪い言葉だと思った。何でこんな名前を付けたのと尋ねると心外とばかりに「明日もね」と読むらしい。明日も元気でお会いしましょうと言う意味でつけたらしい。でも牛窓でこの字を見せられたら「明日もねえ(ない)」と誰だって読んでしまう。気取ってカタカナにしているから牛窓の人間には「明日もない」になってしまうのだ。「明日もねっ」と言う意味だったらちゃんと日本語で書いたらと提案しようと思ったら、さすがにその下に日本語で書いていた。「みんないい名前だって言ってくれるのに、そんなことを言うのはあんただけだ」と笑っていた。それはそうだろう、僕は顔も悪いけれど口も悪い。ついでに運も悪いし歯並びも悪いし、胃も悪いし・・・。
 彼とは違って、同行してきた、恐らく中心になってやっていくだろう女性は、精悍で誠実そうな顔つきでまさに体育会系そのもののような印象を受けた。僕らのやりとりを楽しそうに聞いていたが、彼が専門外のことにも打って出れるのは彼女のような存在があったからだろう。市のママさんバレーで優勝したらしいから、まさに僕の印象通りだった。24時間介護、年中無休、介護タクシー、果ては施設などと抱負を語る2人に「会社でバレーボールのチームを作ったら。岡山だったらシーガルズが有名だから、真似してシリガルズ(尻軽ズ)にしたら」なんて提案したら、彼もさすがにこれでは自分の評価を落とすと思ったのか「この人はこんな事ばかり言っているけれど、漢方はすごいんよ、それとこれでもクリスチャンなんよ」と頼みもしないのに弁解してくれた。でも言われてみて気がついたが、どちらもえらいニッチだ。所詮隙間でしか僕は生きていけないのかと自虐的になるが、そう言えば最近ニッチもサッチもいかないのはそのせいかと思った。
色白でスリムで冷え性の僕に対して、色黒でがっちりしていて暑がりの真逆の彼だが何となく馬が合う。今で言う草食系と肉食系かもしれないが、夫婦と同じで似たもの同士は窮屈だ。あの品の無さが僕には居心地がよいのかもしれない。向こうはどう思っているか知らないが。


2011年02月02日(Wed)▲ページの先頭へ
牡蠣
 「これは瀬戸の○○でとった種だから広島や松島の○○とは違うよ。食べてごらん美味しいから。美味しいけれど○○だからむくのは大変なんよ」
さっき剥いてきたばかりだという牡蠣を3袋持ってきてくれた女性が立て続けに説明してくれたのだけれど、専門用語が3カ所あって、意味が余り分からなかった。広島は牡蠣の養殖で有名だから、まして同じ中国地方だから素人でも一目置いているが、松島というのはひょっとしたら宮城県だろうかなんて、何となくの記憶に頼らざるを得ない。恐らく女性が言いたかったのは、牡蠣の種付けを人工的ではなくて自然の方法でやったと言うことではないだろうか。「これは美味しいけれど、剥くのは大変なんよ○○だから」と又専門用語が飛び出した。「こんな事を言ってもわからんわな」と勝手に結論つけて帰っていった。要は、特別な牡蠣を僕に食べて欲しくて置いていってくれたのだ。
 牛窓も牡蠣の産地だ。隣の日生という町は牡蠣をお好み焼きに入れた「かきおこ」で今度B級グルメの大会に出るらしい。瀬戸内の養分にとんだ水が牡蠣の生長にいいのかどうか分からないが、僕が牛窓に帰った頃には養殖業者が沢山いた。そして町の奥さん達が冬の間だの仕事として牡蠣むき作業に従事していた。これは結構重労働のように見えた。次から次に水揚げされる牡蠣を1日中寒い小屋に腰掛けて剥き続けるのだ。本当に根気がいる仕事で、熟練も要求された。手首を痛めて腱鞘炎になるし、肩こりは激しいし、冷えて膀胱炎や腰痛に苦しむものも多かった。でも、冬の間だの小遣い稼ぎの需要と相まって多くの女性を集めていた。時代の流れと共に業者の高齢化で撤退が相次いだが、今でも数軒頑張って事業を継続している。その中の一軒に牡蠣むきとして永年勤めている女性が先ほどの女性だ。何十年のキャリアで、名うての牡蠣むきだ。オーナーでもないのに、自慢げにくれたのは、長年培ったプライドの故だろう。
 テレビで美味しそうに牡蠣を食べている光景と牡蠣むき女の実際が、流通経路に乗ってそのままにはつながらないが、あの作業場の冷たさ、服にしみこむ臭い、鎮痛薬でごまかさなければしのげない身体の痛み、それらも一緒に届いたらいいのにと思ってしまう。


2011年02月01日(Tue)▲ページの先頭へ
4倍
 なんとも情けない姿で、なんとも情けない言葉をつぶやきながら入ってくるからどうしたのかと思ったら、「先生、私は今日はほとほと情けなくなった」と腰掛けるなりことの顛末を教えてくれた。
「今日畑に行ってみたらヒヨが100羽くらい一斉に飛び立ったんですわ。折角作ったブロッコリーなのに」この言葉でこちらは人身にかかわることでないことが分かったから一安心だ。最近お姑さんを看取り、跡を継いで慣れない農作業をしているらしいのだが、見よう見まねで育てた作物を鳥にやられたからショックなのだろう。鳥の防護まで頭が行かなかったのかもしれない。「奥さんの畑だけやられたの?」と尋ねると、案の定、ネットを張っていないからねらい打ちにされたらしい。その辺りに住む野鳥を全部集めたような感じなのだろうか。
 ヒヨとは恐らくヒヨドリの事なのだろうが僕にはぴんと来ない。名前は聞いたことはあるが実際には特定できない。「ヒヨって、ヒヨドリのことですよね、ヒヨドリって大きいの?」と尋ねると即座に「4倍」と答えが返ってきた。考えた形跡はない。当然とばかりの自信に溢れた返事だった。僕はその断定ぶりが印象に残った。普通なら手を広げてみてこのくらいかなあと思案しても良さそうなのだが、吐き捨てるように答えたその数字に女性の消沈ぶりがよくでていた。
お姑さんが健在の時は、その圧倒的な働きぶりに不満を並べていたが、いざ自分の代になると同じようなことをしている。家を守る、畑を守る、どんな本能に操られているのか分からないが、守らなければならないものを持っている人の気丈夫さはそれでもしっかりと隠している。戦前の価値感を宿す最後の世代だろうが僕らより数段芯は通っている。ほとほと困った表情の中にも反撃の機会をうかがっている目が光っている。


   


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