栄町ヤマト薬局 - 2010/11

漢方薬局の日常の出来事




2010年11月30日(Tue)▲ページの先頭へ
選択肢
 嘗てコンビニを経営していた人に、ずっと持ち続けていた疑問をぶつけてみた。その人はもう引退しているから若干踏み込んだ質問にも答えてくれるだろうと思ったのだ。ニュースなどで時々報道されるコンビニ強盗、ほとんどが深夜に実行されていると思うが、それに対して恐怖心はなかったのかってことだ。僕だったら一番に身の安全を考えその時点で、コンビニ経営は選択肢からはずれると思うのだが、敢えてその道を選んだ、選べた理由が知りたかった。
「夜仕事をしていて、恐ろしくなかったの?」と尋ねるとやはりそれなりに怖さはあったみたいで「従業員にもしものことがあったら大変ですからねえ」と奥さんが答えた。これは立派な答えだなあと感心した。人を使うって事はここまで責任を負うと言うことなのかと、素人の僕はひたすら感心した。また、牛窓が半島になっていて、通り抜けできないから同じ道を帰ってこなければならないことは、強盗の心理にとって、かなり思いとどまらせる要因になるらしい。通り抜けれる町の方が彼らには都合がいいのだ。又警察と近いと言うことも安心材料になっていたらしい。近いと言っても1kmくらい離れていると思うのだが、1kmはその筋の人にとっては「近く」なのだそうだ。
 さすがにその筋の情報はよく知っていた。僕など全く疎くてひたすら恐ろしいだろうなと推測していただけだ。彼らはそれなりに勉強してリスクを少なくしているのだ。又セコムは駆けつけるのが遅いからあてにならないよとも教えてくれたのだが、天然のセコムをしてくれていたクリが去年死んだので、今は本物のセコムをあてにするしかない。片手で抱けて、誰にでもついていくミニチュアダックスではどう見てもセコムできそうにはない。 危険を上回る収入が得られるからコンビニ経営をしていたのだろうが、感想は苦労しましただった。スタッフ集めや人材教育などが大変だっららしい。まだ若い経営者だから、体力以外の理由で止めたのだろうが、命があっただけでましなどとブラックユーモアがおちではやはり最初から選択肢には入れれない。


2010年11月29日(Mon)▲ページの先頭へ
出口
○○さんへ
 片側3車線の広い道路で渋滞に巻き込まれていた僕らの車を、さっそうと抜いていったスポーティーな自転車の長身の男性がいました。その男性が振り向いて、僕の車の後ろをついてきていた娘夫婦の方に向かって手を振りました。反対車線の歩道を同じ進行方向に向かって走っていた自転車だから、後ろ姿しか最初見えずに、気持ちよさそうに走っている青年だなあと言う印象を持って何気なく見ていました。振り向いた男性は息子でした。こちらは渋滞していますからどんどん視界から消えていきましたが、あの格好や、あの笑顔を僕はいったい何年ぶりに見たのだろうと思いました。
 彼の職業柄滅多に会えない、会えば携帯電話ばかりがかかってきて気もそぞろ、落ち着いて話せる雰囲気など全くありません。こちらは気を利かせて、1時間でも眠らせてやろうとそそくさとおいとまします。こうした状態をもう10年以上続けています。僕は、今では子供達を社会の為に育てたと思っています。ほんの少しでもいいから社会のお役に立てればいいと思っています。僕らにとって都合の良い息子ではありません。しばしば訪ねてきて、語らい、一緒に食事をするなんて事はまずありませんから。自分の家庭を大切にしているとは思いますが、僕らの家庭ではありません。そう完全に自立しているのです。いや独立と言った方が適しているかもしれません。僕らに何かをしてくれることは期待していませんが、人の役に立つと言うことは期待しています。それだけでいいのだと思うようにしています。それ以上は望まないことにしています。僕が自由に暮らしてきたように、彼も又自由に暮らすことが出来ます。親という権利を行使すれば、何もかもが解決する時代ではありません。普通の親は貴女のようにそっと陰で健康や幸せを祈るしかできないのでしょうね。最早、子育ての過去の成功例は役に立ちません。過去に習うほど時代が歩みを落としているようには見えませんから。急ぎ足で走り去る時代を懸命に、かつ闇雲に追いかけているだけです。正解のない問いが日々かせられます。息子さんと過去の僕は似ていると思います。なにもすることがなく怠惰に時間を消費していただけですが、それでも頭は働いていました。生産的な思考はできませんでしたが、低級な哲学くらいはしていたように思います。抜けられないトンネルでもいつかは出口は来るものです。彼もいつかきっと答えを見つけると思いますよ。成功体験だけでは得られない価値あるものは意外と多いのです。
 僕の前では絶対見せない、あの頃の体育会系の後ろ姿を見て喜んでしまう・・・親ってそんなものでしょうか。
ヤマト薬局


2010年11月28日(Sun)▲ページの先頭へ
サイコロ
 介護保険のことは良く分からないが、ある男性が残念がっていた。その男性は父親を家で介護していて、現在要介護3と言う段階らしいが、自己負担代がそれこそ負担になり、介護の甲斐あって1段下がる事を期待していたのだ。ところが介護の甲斐もなく逆に1段評価が高くなったらしい。要介護4となればもっと施設に預けることも出来るが、費用がそれに連れて発生してしまうので、ありがた迷惑になるらしい。結局は権利を全部行使せずに、まず出費できる金額ありきで、受けるサービスを決めることにしたらしい。
彼が父親の改善を期待したのは、アルツハイマーに効くと言われる高価な薬を毎日根気よく飲ませてきたからだ。とても良くできた息子で、徘徊や失禁で手を焼いているが、決して父親を恨むような言葉を吐かない。奥さんに手伝ってもらってもいいようなことまで彼がしている。処方された薬も1日も飲み残しがないが如く処方せんを持って定期的に訪れる。その彼が、今回のことで「あの薬って本当に効くの?」と初めて尋ねた。大きな総合病院にかかっているから期待は大きかったのだろうが「効かないだろう」と僕は答えた。そもそも効いていないから介護度が上がっているのだから、僕に聞かなくても当人も分かっているだろう。それでも尋ねてみたい気持ちも分かる。ただ、数年来真面目に飲んでいるが、患者が医師の前に行ったのは数回しかない。ほとんど息子が代理で薬を取りに行き、医師の前で1分くらい様子を話すだけらしいのだ。もっとも1分話そうが、10分話そうが、1時間話そうが、処方が変わるようには思えない。医師も劇的な効果など期待もしていないだろうから。鳴り物入りで発売された薬も、所詮1年くらい痴呆を遅らせるのが関の山と言われ出したし、そのこと自体も疑わしい。どうして1年遅らせたと証明できるのだろう。その人が薬を飲まなかった場合の1年後など証明しようがないのに。
 立派な製薬会社の餌食になるか、何の意味もない健康食品の餌食になるか、現代人は誰かの犠牲にならなければ生きていけないのだろうか。ほんの少し脅かされればすぐに怯えてうろたえる。20歳過ぎたら皆病気、こう居直ってみたら何が必要で何が無駄かよく分かるのに。
「惜しかった」と残念がる息子に「博打か?」とつっこみを入れたら「そんなもんですわ」と笑いながら答えていた。介護どころか人生のすべてが博打の様相を呈してきている。いい目が出るか悪い目が出るか、振ったサイコロに振り回される。


2010年11月27日(Sat)▲ページの先頭へ
サイン用紙
 医薬分業の建前から言えば良くないのかもしれないが、釘をさしておいて良かったとつくずく思う。
 会社からの指示で病院にかかれと言われて、それを拒否するわけにはいかない。診断書を提出しないと色々な便宜は受けられないだろうから。僕は診断書だけ書いてもらって出された薬は飲まなければいいと助言していた。その通りに彼女はしたらしく、2週間ぶりに合う彼女はまるで別人のような笑顔を薬局に入ってきた瞬間にしてくれた。僕はその時点でかなり良くなっているなと分かったが、数値で表すと10の苦痛が6になったという辺りらしい。でも4割も改善するとどんなトラブルでもずいぶんと楽なのだ。
肩がいつも寒くてゾクゾクする、動悸がする、頭がボーとして言葉が出にくい、急に悲しくなる、便秘と下痢を繰り返す、悪夢ばかり見る、顔が一瞬にしてのぼせる、足が冷える・・・このようにもしお医者さんの前で訴えたら、お医者さんはまず鬱病と判断して沢山の薬を出すだろうと思った。案の定、抗ウツ薬1種類、安定剤2種類、睡眠薬1種類、胃薬1種類、計6種類の薬が20歳代の女性に出された。僕が心配していたとおりだ。僕は彼女が相談に来たとき2時間くらい話した。だから彼女が職場や家庭の人間関係で悩んで深く落ち込んでいることは分かったが、病気だとは思いたくなかった。彼女が悩み身体を傷つけるのは当然だと思ったのだ。それを病気として「頭の薬」をやたら出す風潮についていけない。僕は漢方薬で十分お世話できると思っていた。もっとも遠くの彼女を紹介してくれたのも同じような悩みを漢方薬で解決してくれた友人らしいから、本人も僕の漢方薬で治るつもりでいる。最初から信頼関係があれば数段治るのが早い。まして貴女の夢は?と尋ねた僕の質問にハッキリとある職種を答えたのだから、十分前を見ている。そんな若い女性が鬱と診断されて「頭の薬」をいつ果てることなく飲まされるのは耐え難い。関係者はそんなことはないと言うかもしれないが、そんな人ばかり分業が始まって目撃しているからどうしても製薬企業の主張を鵜呑みには出来ない。そんなに鬱の人が急に増えているのかと、いつも疑問を持っている。
 お医者さんは、彼女が診察室に入ったとき、まず口を開けさせて扁桃腺が赤くなっていますねと言って風邪と診断したらしい。慌てた彼女が、風邪できたのではなく心の相談できたことを告げると、チェックシートを取りだし、鬱と診断したらしい。2時間かけて極めて正常と判断した僕と、超プロの先生を比べるのは失礼だが、どちらがその女性を救う気持ちが強かったかは明白だ。いくら僕が暇な薬局でも必要がなければそんなに時間はかけない。僕は彼女が笑顔を一瞬でも取り戻すことに全力を上げたのだ。決してその日は心から笑ってもらえるような状態ではなかったが、それでもいくつかの笑顔を残して帰っていった。
 環境で陥った心のトラブルは、頭の薬で治すべきなのだろうか。僕は良い人間関係で治すものだと思っている。漢方薬なんて手助けでしかない。ちょっと心の緊張を緩めてあげているだけなのだ。その漢方薬の力足らずな所を「せこい僕」は漁師仕込みの笑いで補っているだけなのだ。
 2週間後の彼女は見違えるほどだった。ある職種を彼女はやりたいこととしてあげたが、僕なら女優を薦める。愁いが表情から消えていた彼女は女優になってもいいくらいの美しさを放っていた。哀しみはあそこまで人の表情を変えてしまうのかと、2週間前を思い出して恐ろしくなった。
 今のうちにサイン用紙を買っておこう。


2010年11月26日(Fri)▲ページの先頭へ
金縛り
 同じ薬草を使うから一見同じように見えるかもしれないが、実は漢方薬と中医学はかなり考え方が違う。こうしたことに気がついたのは、中医学を学んだお医者さんからの処方せんを持ってわざわざ遠くからやってくる人が数人いるからだ。この半年くらい前からの出来事なのだが、最初は何のことだか分からなかった。お医者さんが折角漢方薬の処方せんを切っても、それを調剤してくれる薬局が病院の傍にも近所にもないから持ってくるらしくて、その内容たるや僕らが日常作っている漢方薬の10倍くらいの量の薬草を使っているから、「なんじゃこりゃあ」と言うのが正直な感想だった。でもこれもありだと漢方の問屋さんに教えてもらって、今は一所懸命調剤している。これがかの有名な中医学というものかと感慨を持って作っているが、巷で売られている薬局やドラッグの中医学とはかなり違っている。治そうとする人と売ろうとする人の違い、あるいは医師と薬剤師の違いとでも言えようか。
 さて、僕らの漢方薬との違いはさておいて、莫大な量の漢方薬を飲むにあたって患者さんに感謝の心が少ない。保険で3割負担なのにそれでも高いと不満を言う。絶滅さえ懸念されている自然の生薬をふんだんに使ってもらって高いと言い、効果にも不満が多い。現代医学で手に負えないからその医師を訪ねて行っているはずなのに、なかなか感謝の言葉が聞けない。なるほど、漢方薬を極めたお医者さんは、そのうち保険診療を止めていくと言われているのが良く分かる。気の巡りを重視し、体のバランスを整えながら治療しようとしている人が、その「気」が欠けた人を相手するのはかなり不愉快だろう。助けられる人、助けなけらばならない人を多く持っているそうした名医にとってはかなりの屈辱ではないか。そう言う僕の先生の先生もそうした人の中の一人で、保険診療を止めて良い患者さんだけを治療したらしい。その先生は他界したが、今でも自費で診療しているお医者さんはいる。治りたい患者さんを治したい医師がお世話する。当たり前のことだが、患者さんも医師も共に努力する。養生もせずに、ひたすら批判ばかりで治ったりしたら運が良すぎる。
 運がよいのか悪いのか分からないが(いや、運ではなく頭なのだが)所詮薬剤師の僕は、全額自己負担の是非治したい患者さんに恵まれている。お金を頂く緊張感はプレッシャーと言うより責任感だ。これが本当の金縛り。お後がよろしいようで〜


2010年11月25日(Thu)▲ページの先頭へ
平穏
 どことなく見覚えがあるが、姉妹がいたからその子だとハッキリは断定は出来なかった。がっちりした体つきで、返事を始め、出る言葉が如何にも体育会系で気持ちがいい。お母さんが最初その子に代わりに僕の質問に答えようとしていたが、すべて僕は本人に向かって話しかけた。
小学3、4年生の頃の彼女を、スポーツ少年団で指導したことがある。当時小柄だった印象はあったが、今はその面影はない。だから目の前の子が当時の小学生とハッキリと結びつかなかったのかもしれない。今何をしているのと尋ねたら「バレーボールです」と答えたので確信した。高校の寮に入ってバレーに打ち込んだみたいだ。春高バレーは強豪校に阻まれてついに出れずじまいだったらしいが、それでも県のベスト4くらいの実力校でキャプテンをしていたらしい。道理で受け答えがしっかりしていた。10年近くぶりだから、もっとうち解けた言葉遣いをすればいいのにと思ったが、最後まで体育会系で通した。それでも笑顔をたやさずにこちらも心地よかった。お母さんに「よい子に育ったね」と言うと、ニッコリとして「そう思う、素直でいい子よ」とこれ又素直に肯定した。
 「自分もいい子に育ったなあ」と今度は母親に同じ事を言った。懸命に働いてお子さんを育てているのはよく知っていたが、こんなにしっかりしたお嬢さんに育てたのはあっぱれだ。若いときからよく知っているお母さんだが、どこか弱音を吐いたり、弱みを見せたりするのが苦手な子で、気が気でならなかった。いつかぽきんと折れてしまうのではないかとこちらが心配するほど、ビンビンに気を張って生きていた。年齢と共に角が取れてきて、最近はやっと安心してみておれるようになった。
田舎に暮らしていると、薬局だけではない他の接点も生まれてくる。そうした接点が交錯するところに色々な人間模様を見せてもらえるが、こうしたほっとするような気が休まる光景はいいものだ。田舎に暮らしても緊張を強いられる場面は枚挙にいとまがない。それでも尚都会で暮らす人よりは緊張の度合いが低いだろうと、数少ない長所を捜して慰める。音のない夜も、明かりのない夜も、平穏を完全に保証することは出来ないのだから。


2010年11月24日(Wed)▲ページの先頭へ
 芸能人には元々何ら期待していないから問題外だが、スポーツ選手、評論家、政治家もテレビで媚びを売って品位のかけらもないから職業的な評価の対象には最早ならない。最近同じ道を歩み権威を失いつつあるものに医者がある。正しいか正しくないかなど二の次でセンセーショナルこそが商売のネタになるテレビの世界で、ある時は神格化され、ある時はタレントもどきを演じさされ、職業的な倫理や評価がそろそろ落ちるところまで落ちてきている。神の手を持つともてはやされた人間が、その神の手を脱税に使っていたのだから、化けの皮ははげている。
 ある医療雑誌の中の記事で
・・・・「消化器外科や呼吸器外科では自動吻合器が広く使われているが、心臓外科は、運針や人工弁の糸の結び方など、職人的な手技にこだわりがち。そうした職人気質が、革新的技術の導入を遅らせてしまっているのでは」・・・と専門家が危惧していた。・・・虚血性心疾患における治療のスタンダードは、既に、心臓外科医が手がけるCABGから、循環器内科医によるPCIにシフトしてしまいました。「心臓外科医は手技に拘泥しがちだが、その腕前のほどは、実は威張るほどの“匠の技”でも何でもないのが普通。だから、自分たちがやっていることを『素晴らしい』『難しい』って周りに言い回っている外科医は、かなりアヤシイ」と○○氏。職人気質の背後に見え隠れする“ブラックジャック信仰”と、それによって失われかねないものが、少々気がかりのようです。・・・・
 思えばメディアなんて奴は罪づくりなもので、責任をとらなくてすむ化け物だから手に負えない。メディアの合法的な洗脳より、インターネットの中のくだらない内容の方がまだ罪が小さい。早くメディアが駆逐されて新しい情報社会が来ればいいと思う。どうせ胡散臭いものを見抜く力が落ちている現代人だから、集団の洗脳は、ワンクリックの洗脳に比べて取り返しのつかない過ちを犯してしまう可能性が比べものにならない大きい。
 ニュースも事実だけでいい。物知り顔の、したり顔の、正義面した、善人ふうの・・・いくらでも仮面を剥ぐことは出来るが、そう言った奴らの不快なコメントなど聞きたくもない。事実だけ見せてくれれば判断はこちらがする。世間の不幸や不運がネタに、生活の糧になるような奴らに公共の居場所はもういらない。胡散臭い「神の手」で人を馬鹿にするのはもう「やめ手」。


2010年11月23日(Tue)▲ページの先頭へ
助言
 何々すべしと言う助言は僕には出来ません。貴女が自分を一番よく理解しているなら、貴女が下す判断が一番正しいし、それ以外の判断に貴女が適応することで苦しいなら、その道は閉ざすべきです。中には「馬鹿にされたりいじられたり」して、自分の立ち位置を低く保つことが出来てとても楽な人もいます。もし貴女が上司や同僚の言葉を額面通りに受け取って「しょっちゅう泣いています」では、いずれ涙では防げない心と身体の傷みに変わってきます。そうするとその先に病気も見えてきてしまうのです。自尊心が明らかに傷ついているのですから。
 貴女の住む街は関西圏ですが、文化も又関西圏なのでしょうか。僕らに伝わってくる関西の文化は、基本的にはボケとつっこみで成り立っているように見えます。もし貴女がボケ役をすることが得てていないのなら、又負担に感じるなら本来的につっこみのタイプなのでしょうか。いやいや、つっこみはもっと苦手なように見えます。あるいはひょっとしたら関西にして関西にあらずなのでしょうか。関西以外なら、ボケとつっこみに分かれる必要がないのですから、身に覚えのない違和感や不快感に日々悩まされてしまうでしょう。貴女にお会いした時とても穏やかな印象を僕は持ちましたが、どちらかというとあの上品さは東京の女性に近いのかもしれませんね。東京の(東京的な)女性はなかなか関西の冗談について行くのは難しいみたいですよ。岡山の女性でも不快に思う人は多いのですから。
 毎日悔しい思いをして、仕事で見返そうと頑張る姿は痛々しいです。仕事で見返したら何を得るのでしょうね。又言われ泣き羨望や嫉妬で不快な経験をするかもしれませんよ。僕は誰よりも低くなく、誰よりも高くない自分を求めています。それを貫くのは簡単なようで難しいし、難しそうで意外と出来るものなのです。誰よりも低くなく・・・は他者を尊敬しないと言うことではありません。どちらかというと僕は尊敬し過ぎくらい尊敬するのです。誰もが自分が持っていない才能を持っていますから、それを見出して心から単純にすごいと思ってしまうのです。そんな誰にも見つけることが出来るすごいものなら僕自身にもあるはずです。僕だけに備わっていないと言うことは考えられません。だから僕も他の人も同じ、みんな同じって考えが底流にあるのです。
 僕はわざわざ訪ねてきてくれた貴女と過ごした薬局での数時間で心を洗われました。貴女の上司や同僚もきっと同じなのでしょうね。恐らく人には言えない苦痛を日常生活のどの部分かで抱えていて、耐えきれなくなったものを貴女にぶつけているのでしょうね。不器用だから誰かに助けてと言えばすむことを、形を変えて訴えているのでしょうね。
「言い返せない」貴女は、言い返さない貴女と別人でしょうか。どちらも貴女自身のような気がします。
ヤマト薬局 


2010年11月22日(Mon)▲ページの先頭へ
米原
玉野市でセミプロと言われている人達のフォークグループのコンサートの幕の間、次のステージのセッティングが行われている間と言う条件で昨日玉野カトリック教会で歌わせてもらった。教会で役員の方が持っているスケジュール表を見た時に、わざわざ5分、連絡済みというメモまであり、ほとんどその時点で僕の気持ちは盛り下がり始めていた。とどめを刺されたのは、ここで歌って欲しいと見せられた会場のセットの絵で、舞台の袖、観客から言うとほとんど横向きに近く、マイクは1本、それもミサの時に朗読用に使うごく普通のマイクだ。これでとどめを刺され僕の歌いたかった心は完全に萎えて、どう言って帰ってやろうかと考えていた。オバマ大統領と会わなければならないとか、石川遼君とバレーボールをするとか、福山雅治と演歌の共演をするとか。ところがこんな時に抜群の力を発揮してくれるのが、伴奏をお願いしていた鍼の先生なのだ。彼の特技は、何時何処でも歌えるってこと。どんな悪条件でも歌える才能は目を見はるものがある。ここで出ていって歌うの?何回もそんな場面を目撃しているし、武勇伝は数え切れない。彼が、僕がミサの時に歌っている声を聞いて「大和さんの声ならマイクなしでいける」と言ってくれたのだ。
 ただ、フォークグループの人達が演奏を始めて、いやその前のリハーサルの時から僕には分かっていた。彼らは本当に音楽が好きな人達なのだと。ずいぶんと長いキャリアを有し、PAまでも本格的だった。この人達なら僕をあの絵のままの条件では歌わせないだろうと。案の定、僕が舞台(当然袖には行かなかった)に立つと丁寧にマイクを設定してくれた。もしあのまま僕が舞台の袖でほとんどマイクなしで歌ったら、僕よりも彼らの方が傷付いていただろう。彼らは恐らくこれからもずっと歌い続けるグループだから心の隅にその光景はいつまでも残ってしまうだろう。彼らはその一瞬、僕を歌の仲間だと思ってくれたのだ。
 僕は1週間前に歌わせてもらえることになって教会に2人連れて行きたいと思った。伴奏をその時急遽お願いした鍼の先生と、聴き手としての特異な才能を持っている自称織田裕二だ。鍼の先生は今でもひつこく僕が歌うことを誘ってくれる人で、常に断り続けている。こういった機会に歌うことになったことで彼にたいして免罪符をもらうという意味もあったし、僕よりも彼のグループの方が適しているのではないかという目論見もあったのだ。オーちゃんバンドというグループの演奏を今年の連休中に新見の城山公園の野外コンサートで初めて聴いて、直立不動でリードギターを弾いている青年の姿が印象的だった。静かな序曲を破る突然のドラムも印象的だった。バンドを経験したことがない僕は、ああ、みんなで演奏するって楽しんだと印象づけられた体験だった。オリジナル曲を作って聴き手に訴えようとする気持ちも伝わってくる。彼らこそ僕よりも適しているのではないかと思ったので、リーダーの彼を誘ったのだ。
 もう1人の織田裕二は僕の幼なじみなのだが、身から出た錆で「自分でも定年前にこんなに不幸になるとは思っていなかった」と言うほどの落ちぶれを経験した人で、いやまだ継続中だが、聴き手としての場数は相当なもので、恐らく彼の吐き出す言葉の断片に、当日のコンサートの真価が隠れていると思ったのだ。それと自ら招いたとは言え不遇の身に、少しでも楽しい時間を過ごしてもらいたかったという幼なじみとしての想いもあった。
 最初の1曲目を歌いギターと譜面台を持って席に帰るとき、Yさんが僕の身体にタッチしてくれた。奥さんは小さな声でよかったよと言ってくれた。教会の玄関で朝会った時、Yさんの奥さんが「今日、大和さんの歌を楽しみにしているわよ」と声をかけてくれたのだが、どうもその声が心配してくれているように聞こえた。だから演奏後のその声かけは、「よくやったね」に聞こえた。実はハラハラしながら聞いてくれていたのかもしれない。恐らくフォークグループの上手な演奏の後だから、誰か引き留めてあげたら・・・くらいに心配してくれていたのではないか。
 来日して7年目のキム神父様が「まるで物語のようでしたね」と評価してくださったのも嬉しかった。青春のある日、寒いプラットホームで電車を待っている時に湧いてきた詩
とメロディーをアパートに帰ってすぐ書き留めて出来た歌なのだが、僕の青春の模様を投影しているものだ。一言一句聴いてくださった事に驚いたし、たかが素人の歌でさえすべて受け止めてくださる真摯さにあらためて脱帽した。
 Kさんは「風の中に捨てる町」というフレーズがいいと言ってくれた。恐らく同時代を生きてきた人共通の感慨があったのかもしれない。誰もがそれぞれ固有の歳月を生きてきて、多くの想いを抱いて今を生きている。言葉に出来るものや言葉に出せないものを一杯抱えて生きている。接点のない接点こそが教会そのものなのだと思った。

米原             大和 タケル
@
冬の風に  ロングスカートを  もてあそばれて
女がひとり  プラットホームに  立っています
やつれた顔で  曇り空を  ながめている
ほほを伝う  涙さえも  こおりついているみたい
一人旅は  恋に破れた  女の悲しい子守歌
かたいちぎりは  心の傷跡  もう恋などしないだろ
A
今にも雪が  琵琶湖を越えて  降ってきそう
女はこごえた手に  白い息を  空しくはきかける
遠く聞こえる  汽笛はきっと  貨物列車
北国行きの  汽車はまだまだ  来そうにないよ
冷たく延びた  レールの向こうに  きみを慰める
優しい町の  優しい人が  きみに見えるのかい
おーここは米原  誰もが一度降り立ち  
昨日までの 想い出を  風の中に捨てる町
B
2年前に  東へ向いて  僕はここに立っていた
何かが出来る  予感を胸に  コートの下で震えていた
頭の中を  空っぽにして  からだすりへらし
あしあとさへ  残らない  日々を暮らしてきた
別れの涙を  流してくれる  人もいない
僕は今  西へ向いて  ホームに立っている
C
早いたそがれが  山の駅に  やって来たとき
北国行きの  汽車の中に  女は消えていった
いつかきっと  あの人も  再びここに降り立ち
変わらぬ町に  なぐさめられる  そんな自分をみるだろう
僕は下りの  電車に飛び乗り  窓にうつる
女と僕の  影を重ねて  タバコに火をつける
おーここは米原  誰もが一度降り立ち  
昨日までの 想い出を  風の中に捨てる町

 2曲目を歌った後には、KAさんやKIさんが近寄ってきて「よかったわよ」と言ってくれた。この世代の方々に僕の歌を聴いてもらったことがなかったから、その評価に驚いたし、ああ歌って良かったんだと思った。僕もまだ歌で何かを訴えても良いんだとも思った。漢方薬を覚えて、それが次第に人の役に立てるようになって、仕事にのめり込み、ほとんどギターを持ったり唄を歌ったりすることはなかった。青春の唯一の遺産みたいな「あの頃」を完全に封印していたが、たまには開封して人の迷惑にならないくらいに楽しんでも良いのだと思った。
 初めて会う男性が「生活の柄を歌ってくれて有難う」と言ってくれた。そう言えば歌い始めるとすぐに拍手が聞こえた。聴き手の中にこの歌を知っている人がいてくれた事が嬉しかった。とてもその歌が好きらしい。僕もずいぶんとあの頃口ずさみ、悶々とした心を慰められていた。努力をしない事を棚に上げておいて社会を恨み、秩序を嫌悪していた。なにも求めないことで自分を慰めるしかなかったのだ。歌の内容までは落ちなかったが、何時そこまで落ちてもいいような破滅的な想いの誘惑にいつも晒されていた。歌で疑似体験することで多くの青年が救われたのではないか。「ああ、今日はこの人のために歌った」僕が歌う時にいつも考えるテーマなのだが、降って湧いた出会いに感謝したい。また、フォークグループの中で一際若く見えるボーカルの人からも「よかったですよ」と評価を受けたらしい。鍼の先生が後から教えてくれた。やはり歌仲間なのだと、セッティングを含め感謝したい。
 玉野カトリック教会の最大の特徴は、キム神父様の説教のすばらしさと、それを陰になって手伝うおばちゃん達の自制的な献身だ。彼女たちが振る舞ったのは美味しいコーヒーやケーキだけではない。本来家庭や地域に残っておくべき思いやりだ。想いを致し、いたわる気持ちがお御堂の外にも溢れている。ごく普通の人達の心温まる非日常の日常こそが振る舞われたのだ。コンサートの間、駐車場で自転車を整理していたMさんがレースのカーテンの向こうにいた。
 「牛窓の人は何でこんなに面白いの」と体を折って笑っていたMさん。教職だけでも大変だと思うのに、休日の教会学校の世話などで心も身体も疲労困憊だろう。牛窓の人が面白いのではなく、自称織田裕二が面白いだけなのだ。何しろ教会までの道中、運転が危険なくらい3人で笑いながら至福の時間を過ごしていたのだから。もし、心が疲れたら、彼をレンタルする。機関銃のように飛び出すギャグに張りつめた神経が一気に緩むのを保証する。時間100円もあれば十分かな。
 島根県の秘境で心を休めたい人に自宅を提供しているGさんと鍼の先生が、オーちゃんバンドの島根でのライブを考えてみるらしい。突然歌わせてと出しゃばってしまったが、いい出会いもあった。何かの役に立てたなら幸いだ。足を引っ張った部分は、もう一曲どうしても教会の中で歌いたかった唄を我慢したことで許して欲しい。
 最後に、「失敗したから食べて」と試作のクッキーを出してくれたKさんに感謝。あのギャグが聞ける雰囲気こそが教会の敷居をぐっと下げてくれているのだから。誰もが抱えている越えられない壁は、誰もが越えられる壁であって欲しい。
追伸 MIさん、青春時代を彷彿させるリズム感には驚き。「現代の年配者は20歳引き算した方が説明が付く」を証明しているようだった。

生活の柄  高田渡
1
歩き疲れては 夜空と陸との すきまにもぐり込んで
草に埋もれては 寝たのです ところかまわず 寝たのです
歩き疲れては 草にうもれて 寝たのです 歩き疲れ 寝たのですが 眠れないのです
2
このごろは 眠れない おかをひいては 眠れない
夜空の下では 眠れない ゆり起こされては 眠れない
歩き 疲れては 草にうもれて 寝たのです 歩き疲れ 寝たのですが 眠れないのです
3
そんな僕の 生活の柄が 夏向きなのでしょうか
寝たかと思うと 寝たかと思うと またも冷気に からかわれて
秋は 秋は 浮浪者のままでは 眠れない 秋は 秋からは 浮浪者のままでは 眠れない
歩き疲れては 夜空と陸との すきまにもぐり込んで
草に埋もれては 寝たのです ところかまわず 寝たのです




2010年11月21日(Sun)▲ページの先頭へ
擬人化
 最高時速160kmで毎日300km泳ぐマグロは口を開けて泳ぎ、えらを通過する海水に溶けた酸素を常に取り入れて呼吸していて、泳ぎを止めると窒息死するらしい。だから眠りながらも泳ぐ。また一呼吸で3000mもの深海に潜り好物の大王イカを食べる鯨もまたマグロと同じように筋肉内に大量のミオグロビンを含み酸素を貯蔵する事が出来るらしい。どちらの赤身も美味しくて身体によいのは共通の筋肉構造にあると言う。いたずらに脂身を求めるのではなく、寧ろ赤身に着目すべきと学者は薬局に送られてくる情報の中で説いている。
 食通でもなく、食い道楽でもない僕は、この文章を読んでマグロや鯨が哀れに思った。ここまでして生きているんだという思いからなのだが。勿論当の本人にはなんでもないことだとは分かる。人は自分の能力にてらして擬人化して考えてしまうから、思い入れを深くしてしまう。単なる魚、単なる海にすむほ乳類と考えてしまえば同情心など起こらない。ただ、泳ぎ続けなければ死んでしまうとか、3000mも潜るなどと聞かされると、その頑張りが哀れに思ってしまう。
 到底真似が出来ないことはしないのがいい。そして真似れないこと自体を悔やむ必要もない。誰もが同じ能力を持っていたら、最早能力ではない。こんな息苦しい時代、堂々と手を抜いたり、堂々と人より遅れることが出来るのも、ほとんど才能だ。人より優ることを強いられて、161kmで泳いでも3001m潜っても食卓に上るだけだ。食通をうならせても命を削っては元も子もない。
トロも鯨の肉も滅多に食卓に上らない我が家だから、少しの罪悪感も感じることはなかったが、敢えて二つを希望しないでおこうとは思った。他の魚には気の毒だが、まつわる物語が届くまで犠牲になってもらう。「所詮、何を食べても同じ」くらいの舌の感覚しか持ち合わせていないのだから。


2010年11月20日(Sat)▲ページの先頭へ
剣玉
 若いお父さんが、一所懸命バンドエイドを品定めしているので、指でも切ったのと水を向けてみると、小学生の息子さんが剣玉の競技会に出るらしい。正式名は良く聞き取れなかったが、恐らくオーソドックスに玉を大皿、小皿に交互に載せるような競技で、それを延々と繰り返すらしい。テレビで見たことがあるから勝手に想像しているのだが。小学生は連続で4時間が限度に設定されているらしい。試合を前にして息子さんが怪我をしてバンドエイドが必要になったというのだ。
 なんでも練習で3時間連続で出来たらしいから、僕が驚きの声を上げると、お父さんは世間ではスポーツなんかが上手なお子さんは沢山いるけれど、うちの子はスポーツは出来ないからと謙遜した。なにも謙遜などする必要はない。素晴らしいことだ。スポーツが剣玉に優るとも思えないし、99%のスポーツ少年が、いずれはただの人になるのだから、剣玉みたいな特異な競技に特化するのも素晴らしいことだ。
僕らの年齢になると、嘗て素晴らしく見えていたものが、実はたいしたものではなく、嘗てさげすんでいたものが、実はとても魅力的なものであったって事を発見することはしばしばだ。逆転とまでは言わないが価値観が大きく変わってくる。力あるもの、華やかなもの、高いもの、早いもの、一見陽に属する価値観が実は排他的で脅迫的で実用主義的であったことに気がつく。非力で質素で柔らかなものに親しみを覚える。学校でよい成績を収め、運動会で活躍し、スポーツ少年団でヒーローになっても大した意味を待たないことに気がつく。与えられた職業や与えられた環境で地味だが力を尽くし、少しだけ人の役に立てたことが実感できればそれはそれで素晴らしいことだと思えるようになる。空を飛ぼうが、道を歩こうが、海を渡ろうがたした差がないことを悟る。
 牛窓を出てほとんど東京に着いてしまう時間を、1度も落とさずに剣玉を続けられる我が子を自慢するわけではなく、淡々と教えてくれた父親の背中を恐らくお子さんは見ているだろう。饒舌よりも雄弁な背中は謙遜がよく似合う。


2010年11月19日(Fri)▲ページの先頭へ
確率
 どの宗教でもあるのかもしれないが、修練する道場みたいな所に送られた男性の話。宗教的な専門用語は左の耳から右の耳に抜けていったから、面白い印象に残った話だけ一つ。
法に触れるようなことをした男性に救いの手を差し伸べてくれた宗教家の薦めで彼は修行のためにその本部がある街で3ヶ月過ごした。修行中街にも出られるらしくて、近隣の地理は制覇したなんて言っていた。人口数万人の街らしいから、威張るほどでもないが。
 ある時ある場所で知り合った男性と話が弾んだらしい。そのうちどこから来たのと尋ねられて、岡山県の瀬戸内市までと漠然と答えた。まさかその地名に反応すると思っていなかったのだが、その人も又同じ瀬戸内市の出だったらしい。こうなると盛り上がるからその次の字名の牛窓を言うと、その人は牛窓に隣接している尻海と言う所の出の人だった。こうなれば人物でも特定できそうな距離だからその人が「牛窓の人なら○○さんを知りませんか?」と尋ねてきたのだが、なんとその○○さんは数年前別れた奥さんのお父さんの名前だった。関係を尋ねると、そのお父さんのお兄さんらしい。要は数年前までの義父のお兄さんなのだ。彼は驚いて、そこから先の話をしないで、自分の名前も名乗らないまま分かれたそうだ。彼がすねに疵がある身分でなかったらそこで話も弾むのだろうが、一気に話は盛り下がったみたいだ。
牛窓から数百キロ離れた街で、偶然出会う。どう言った要素を並べて偶然出会う確率をもとめることが出来るのか分からないが、恐らくかなりの桁数の分母になるのではないか。ロト6よりひょっとしたら分母の桁数は多いかもしれない。彼の人生、地形、心のありよう、季節、信号・・・・いや、分母の要素が分からない。ほとんど分母は無限大に近いはずなのに出会ったのだ。こうした天文学的な確率の出会いを偶然と呼んでいいのだろうか。偶然はもっともっと分母の桁数が少ないイメージなのだが。数学的な考察は苦手だからこの辺りで諦めるが、数字より言葉の方が表現力に優ることもある。
 照れながらエピソードを話してくれた彼だが、その彼も又確率を争う勝負事に都合の良い言葉で対峙して転落した張本人なのだ。


2010年11月18日(Thu)▲ページの先頭へ
分相応
 「パニック障害・不眠症・うつ状態を引き起こし、この三年はいろいろな病院にもかかりましたが、結局、心通じ合う医師とはめぐり合うことができませんでした。」
有名な俳優の奥さんが数日前自分で命を絶った。その後の俳優のコメントの中の一部だ。インターネットの中で見つけた文章だから読んだ人も多いのではないか。多くの漢方薬局の方はこの文章を見て「どうして自分の薬局と縁がなかったのだろう」と思ったのではないか。自分の非力は承知で僕もそう思った中の一人だ。もっとも僕の薬局は田舎にあるから接点など出来るわけがないが、都会の漢方薬局がその奥さんの救いの場所の一つとして頭の中をよぎらなかったのが残念だ。知名度からしてかなり経済的には恵まれているだろうから、都会の漢方薬局の値段でも応えもしないだろう。田舎の薬局の値段だと安すぎて逆に信用してもらえないかもしれないが。
 特別な階級の人は別として、ごく普通の人達は僕の薬局を頭の中で思い描いてくれるらしくて、昨日も3人の方から、単なる相談を頂いた。薬が切れる時期ではないから、それこそ単なる相談、いや単なる話の電話を頂いた。基本的には暇な薬局だから、単なる話だけでも十分お相手できる。そしてこの単なる話こそが大切なのだ。その中から処方のヒントが出てくることもあるし、漢方療法に優る副交感神経の働きを得ることも出来る。口から吐き出しただけ人は楽になれるから、いくらでも吐き出せばいい。会う人会う人喋り倒せばいいと思うのだが、実際にはそうはいかないだろう。僕なら、一応プロだから、話しやすいし、あわよくば解決の方法も提示できるかもしれない。
社会的弱者という言葉があるが、僕は心の弱者がすごく増えていると思う。とても真面目で人に迷惑をかけずに懸命に暮らしているのだが、人の中傷や不快な言葉に免疫を持っていない。又生来の心配性も心を弱くする。心臓に毛が生えていれば何も思い煩うことはないのだけれど、防備する気の強さがないぶん自分だけが傷ついてしまう。他人を攻撃できれば如何に楽に生きれるだろうと思うが、他人どころか自分自身を攻撃してしまう。最大の長所が最大の弱点になってしまう、そんな人を沢山知ってしまった。心の病気なんかではない、単なる個性を現代薬でコントロールされている人達を沢山知ってしまった。心の底に沈殿したものを吐き出すことが出来ずに寡黙な人を沢山知ってしまった。
 僕は綺麗な言葉を使えないし、上品に振る舞えないし、道も説けない。しかし「単なる話」なら出来る。漁師や百姓に育てられた不器用な友情なら届けられる。分相応、これ以外なにもない。


2010年11月17日(Wed)▲ページの先頭へ
大学生活
 夫婦とも大学生活の経験がないから、どんなものかお子さんに説明できないと言って相談を受けた。不安が全面に出ていた文章だったので以下のように答えた。この文章を見て、期待に胸ふくらませてこれから受験勉強に励んでくれるだろうか。尋ねた相手が間違っていたと今頃後悔しているだろうか。

 僕は毎日昼まで寝ていて、みんなが午前中の授業を終える頃学校の食堂に直行しました。110円の定食を食べ、それから柳ヶ瀬という岐阜随一の繁華街に行き、パチンコをしたり喫茶店に入ったりして夜まで過ごします。その後バスでアパートに帰ってきて、仲間と麻雀を夜が白むまでして寝ていました。試験の前だけ学校に行き、過去問だけ丸暗記し、運が良ければ合格し、運が悪ければ落ちました。だから4年制大学なのに5年行きました。こんな生活はいかがですか。僕は一生分あの5年間で遊びましたから、その後遊びたいとは全く思いませんでした。その後の僕の働きぶりはあなたも知っていますよね。もう20年以上のつき合いですから。
 1年生の時は野球部に入りましたが、髪が肩まで伸びて顧問の教授に髪をとるか野球をとるかを迫られたので、髪をとると言ってクラブを辞めました。それからフォークソングにのめり込み、弾いたこともないギターをかき鳴らしていました。その縁で多くの先輩や後輩を得ました。当然と言えば当然ですが、見事に劣等生の集まりでした。5年間髪を切らずに伸ばし続けたのですから想像はつくと思いますが、自分でも臭うくらい汚かったです。でもそんなこと全くお構いなく、不完全な自分に居心地が良かったです。何にたいしても頑張らなかった日々です。どうです、楽しそうですか。僕は変わった学生だったかもしれません。勉強をしに行くところで、勉強だけしなかったのですから。
 お金は原則として仕送りなしでやりました。最低限のバイトをして足らないのは路上で針金細工をしていた先輩に食わせてもらったりして何とかなったみたいです。僕の人生で学生時代はどう言った時期に当たるのか良くは分かりませんが、何となく価値観だけは出来上がったような気がします。そしてその価値観が未だほとんどぶれていないようにも思うのです。多くの本を読んだこと、多くの会話をしたこと、そんなことが良かったのかもしれません。人生で頑張らない時期をあてがわれたことが良かったのかもしれません。本来は勿論頑張るところかもしれませんが、僕には頑張る理由が見あたらなかったので、輝くことを知らない無彩色の青春だったと思います。大学に行ったメリットを尋ねられましたが、僕の場合、かけがえのない、それでいて頼りない二人の先輩に巡り会えたことと、曲がりなりにも一生使える薬剤師という資格を得たことです。当時はどうでも良かった資格ですが、よくぞ途中で放棄せずに手にしていたと今更ながらに思います。でもあなたやあなたの家族に会えたのも、この免許のおかげですから、感謝しなければならないかもしれませんね。大学生活を楽しめるかどうかは本人次第です。勉強に頑張るのも一つの生き方、クラブ活動に頑張るのも一つの生き方、僕みたいに怠惰を極めるのも一つの生き方。どうでもいいのです。大学生活が楽しいのではなく、親や先生の監視の目から逃れて自由が手にはいることが楽しいのではないでしょうか。そう言った時間が青春期には何年間かあったほうが良いように思いますよ。


2010年11月16日(Tue)▲ページの先頭へ
玉野競輪
 今度の日曜日に、玉野カトリック教会でフォークコンサートがあるのだが、一昨日その打ち合わせをしているところに偶然いた。そこでスケジュール表を見たのだが、3部に分かれていて途中10分ごとの休憩が入る。30分の演奏の都度10分の休憩が入るので中だるみするのではないかと懸念する。そして予定されている曲を見ていて、教会で歌われる曲としての意味を感じることが出来なかったので、何か訴えることが出来る曲はないものかと思案して、嘗て僕が好きだった曲を歌わせてもらえば、何かを考えるきっかけにでもなるのではないかと思い、責任者に歌わせてとお願いした。
スケジュールが狂うことを心配して責任者は当然快諾は出来ないだろうが、時間が余れば最後に歌わせてくれることになった。心優しい人が集まる教会は、それはそれで居心地がいいが果たしてそれだけでいいのだろうかと、日々疑問に思っているから、心地よさの中に加わることが出来ない人達を歌った唄を歌ってみたかった。でもそんな思いは勿論責任者に届くわけがなく、出演者に伴奏をしてもらったらと、ひどく出演者に気を使っていた。責任者と出演者は知り合いみたいだから、僕が介入することを好まないだろうが、ただ、僕も3年くらい教会でギターを弾いて歌っているから、ギター片手にフォークソングを歌うことくらい出来るだろうくらいは想像できそうなものだが。
まあその辺りはいつもの僕のおきまりの立ち位置として、今日鍼の先生と電話で次のような話題で大笑いできたからいいとしよう。どうせ僕は主流を嫌って放水路くらいでしか生きることが出来ない人間だから、余った時間くらいが分相応なのかもしれない。
 鍼の先生もフォークソングが大好きな人だから、当日のコンサートを聴きに来てくれる。僕が1曲でも歌わせてもらえるかどうかに興味を持っていて、色々助言してくれる。実は昨日、責任者からコンサートの最後ではなく、休憩時間に歌ってくれと言われたことを彼に伝えた。休憩時間はさすがに教会では、お客さんにお茶やお菓子を振る舞う時間に当てている。勿論トイレに行く人も多いだろう。そんな時に唄で何を訴えることが出来るのだろうと、ほとんどやる気を失っていたら、彼がそんな時だからこそと励ましてくれた。そんな状態で唄って人の心を掴むことが実力だというのだ。それはそれで正論だが、僕には出来そうにない。「大和さんは、席を立って休憩コーナーに行っていた人が戻り、トイレに行くのも我慢するような唄を歌わなければならない」と言われたが「僕が歌い出したら、今がチャンスとみんながトイレや接待コーナーに集中するだろう。そればかりではなく、こことばかりに帰りたがっていた人達が、そっと消えていくのではないか。それもまだ日が明るいのに、フェリーの最終に間に合わないとか、歩いてきた人までが直島や高松に出る船に間に合わないとか、考えられる最大の断り文句を使っていなくなるのではないの」と答えた。答えながら僕も笑いをこらえられなかったが、彼も思いっきり笑った。お腹の底からの久しぶりの笑いに全身の力が抜けるようだった。こうした一瞬でも身体の弛緩状態を作れるのが、若いときに同じ時間を過ごした人間同志の特権かもしれない。この最大の自虐ネタをぶら下げて日曜日マイクの前に立てるのかどうかはなはだ心許ないが、テンションは地球の裏側まで落ちている。
 もうこうなれば、教えの通り教会に適している人を連れて行く。勿論歌が大好きだから喜んで誘いに乗ったが、懺悔のネタには困らない人だ。招かれざるにして、最大の招かれるべき人だ。僕が歌いたかった唄のタイトルみたいな人だ。場違いな空間で彼が何を思うのだろう。玉野競輪が近くにあることだけが気がかりなのだが。


2010年11月15日(Mon)▲ページの先頭へ
不労所得
 全く僕の無知から始まったホームページなのだが、一つのホームページが今月いっぱいで契約が終わり、抹消される。内容はもう一つの古くからあるホームページに、ある人の好意で移して頂いたから保存される。たいした内容ではないからどうでもいいようなものだが、毎日僕がどの様な方を世話して、どの様な方が改善できたかが分かるので幾ばくかの参考にはなると思って保存して頂いた。薬局には所詮薬局の守備範囲があり、それを逸脱したものは僕はほとんど野師の世界だと思っている。医者でも苦労しているようなものがおいそれと高い確率で改善するわけがない。偶然の産物などは公言に値しない。日常のごくありふれたお世話を載せているから参考にして欲しいだけだ。奇跡を追求するのも邪道だが、薬局がもっともお世話できるようなものを、勉強不足で断ったり、何か効きもしないようなものを煙に巻いて売りつけるのも邪道だ。本分をわきまえて地道にお世話する、これしかない。
冒頭の無知とは、プロにホームページを作ってもらえれば、やりがいがある対象者がどんどん相談に来るなんて思っていたのだ。ホームページを作ってもらってそんなことがあり得ないのだとすぐに悟ったが、その時はもう遅しで、5年間の契約をさせられていて、解約は出来なかった。しょうがないから上記の症例集を淡々と書き続けたがそれが果たしてどれだけの人の目について、どれだけの役に立ったかは定かではない。まあ、そうした後悔も5年も辛抱したのだからずいぶんと薄れて、今では後味の悪さだけ残っているのだが、ここに来て面白いことを経験している。
 電話やメールでしばしば勧誘があるのだが、SEO対策?(単語が合っているのか合っていないのか自信はない)と言って、検索の上位に載せる職業があるらしいのだ。その勧誘がしばしば入る。あたかも僕のホームページの契約が何時終わるか知っているようだった。いや中には不思議だがハッキリ知っている業者もあった。そして一様にそれらの業者が言うことは、我が社のSEO対策をすると上位に入るというものだ。これを言うなら5年前に言ってくれれば良かったと思うし、それが出来るのならどうして5年の間なにもしてくれなかったのかと思う。契約を解除すると通告した瞬間から一生懸命になる。もう騙されないぞとこちらはいたって冷静だ。そもそも、上位に入りますと言って、何軒の薬局を勧誘しているのだろう。もし同じうたい文句で100軒の薬局がその業者と契約したらどうするのだろう。みんな上位なんて不可能なはずなのだが。こうして考えれば如何に矛盾したキャッチコピーかよく分かる。
 そもそも、いい話がありますと色々な所から色々な内容で連絡があるが、本当にいい話などみんな内緒にして、自分だけがそのいい話を独占するのが人の常だ。それなのにわざわざ人を、それも不特定多数を勧誘するのだから、余程悪い話なのだろう。いい話は悪い話、簡単な道理で餌食になるのは防げる。ひたすら働いただけの報酬を得る。これ以外に報酬はない。
 雑誌のインタビューに答えて2万円。我が人生唯一の不労所得だ。


2010年11月14日(Sun)▲ページの先頭へ
水圧
 「塾って、やっぱり効果があるのですか。現代では必需品なのでしょうかね。僕らの時はなかったから余りピント来ません。学生時代、塾で雇われ教師をしていましたが、来ている中学生にタバコをもらって吸っていました。中学生の方が金を持っていましたから。今から思えばなんて塾だったのでしょうね。知らぬは親ばかりでした。こんな時代もあったのですよ。」
 さすがにこんな返事をしたら呆れていた。頑張っている子達に何の励ましにもならない返事だが、僕は励ますつもりなんかない。思えばもう何年も人を励ましていないのだろう。逆にどのくらいの人の足を引っ張ったのだろう。何故か頑張りすぎて墓穴を掘っている人ばかりと接点が出来るから、どうしても頑張らないでと言う機会が多いのだと思う。逆に頑張らないでおれる人、それも堂々と手を抜ける人は恐らく心も体も強いだろうから僕の職業とは縁が出来ないのだと思う。
 僕もそれなりに頑張ったこともあるのだが、頑張り方がどうも下手だったのか、頑張りが足らなかったのか、所詮この程度で落ち着いた。大海で泳ぐ魚にはなれなかったが、ため池ぐらいの広さなら泳げた。暮らすだけの水草も餌もあったから泳ぎ続けて来れたが、すいすいとは行かなかった。でも分相応の生き方をして不足はなかった。大きな事をする才に恵まれていないことは自身で分かっていたから、水門を開けて大海に出ることはしなかった。生あるうちに成し遂げる勇気を持たないことは決して欠点ではない。無理を無理して潰れて溺れるよりいい。世界は人が決めるものではなく、自分が決めるものなのだから。あの人と私の世界は違うのだ。ほんのちょっと偶然交錯する事があっても、私の世界を侵されることはない。生き方に順列は不要だ。どこから円を書き始めるかだけで優劣はない。浮力に逆らう水圧に負けないで。


2010年11月13日(Sat)▲ページの先頭へ
舞台
 神戸に住んでいる息子さんが扁桃腺を腫らして高熱が出ているから薬を作って下さいと言ってあるお母さんが来られた。午後の7時を回っていたから、「明日送ってあげても明後日の午前中しか着かないですね」と言うと、これからすぐに持っていくと言う。ご主人がおられないからお母さんが持っていってあげるのは分かるが、今から高速道路をぶっ飛ばして届けるのかと思い、すごいですねと伝えた。するとお母さんは、さすがに神戸みたいな大都会は運転する勇気が無くて、新幹線に乗って届けると言う。これはこれで又驚きだ。新幹線代が神戸の往復だと恐らく1万円以上かかる。でも息子さんの所に泊まって看病してあげれるのだからそれはそれでいいかと、ごく普通の想像力を働かせて言葉を繋ぐと、息子さんは男子寮に入っているから母親でも泊まれないそうで、どこかホテルに泊まると言っていた。もうこうなれば驚きの二乗だ。ひたすら母親の深い愛情を感じるのみだ。その女性はとてもしっかりしていて知性的で、僕も密かに尊敬しているのだが、愛情の深さも半端ではない。「でもきっと息子は怒るんですよ、いらん事をしてって」と自嘲気味に言うから「それはいたって正常です。親から自立している男なんかそんなものですよ。逆に息子さんが喜んで歓迎してくれたら心配したらいいよ」と答えた。「そうですかね、そんなものですかね、そうですよね」と納得して急いで帰っていったが、心はもう息子さんの所だろう。疎まれても出来ることをしてやりたい親の気持ちは良く分かる。僅か数日分の薬を届けるのに旅費と宿泊費代で2万円以上を使う羽目になるのだろうが、母親の愛情に計算機はない。
およそ子供が連絡してきた時などいい事はない。だから音信不通気味が気が楽だ。何とかなっているならそれでいい。何とかならないならそれでもいい。所詮親は尻ぬぐい役だ。端役に甘んじるしかない。何時までも舞台に立ちたいのなら、同じ舞台ではなく違う舞台を持てばいい。子供などには依存しない舞台で何時までも演じればいい。舞台の袖でマイクロフォンを握っている監督は僕らの人生にはいないのだから。自由に立つべき舞台を選べばいい。端役も代役も親なればこそだが、四六時中親である必要もない。四六時中は小さな舞台の主役であればいい。カーテンコールの届かない朽ちた舞台に立てばいい。


2010年11月12日(Fri)▲ページの先頭へ
転機
 「心が自由になれば、健康は後からついてくると先生が言ってくれたことが大きな転機でした」数年ぶりにお土産を持って訪ねてきてくれた女性が、当時を振り返ってそう言った。僕はその言葉を覚えていなかったが、彼女は片時も忘れなかったらしいのだ。
若くて美しいはずの当時の女性は、真夏なのに真冬のような服装をして目の焦点は合わず、ろれつも回らず、接近しないと聞き取れない小さな声で苦しみを訴えた。最初相談に来たときは、絶対薬局の守備範囲ではないと思ったが、懸命に話をしようとするそのいたいけな姿に心を打たれて、僕は介入しようと決めた。従来なら統合失調症は、病名を聞いただけで薬剤師の能力を超えているから断っていたが、攻撃的な症状がないばかりか、自責の念ばかりのその女性が気の毒で、何かお手伝いが出来るのではないかと思ったのだ。
無理に短い日数で薬を取りに来るように設定して、毎週一杯話をした。薬が効いているのか、信頼関係が成立して何でも話してくれることが効いたのか、ゆっくりとしかも確実に改善していった。彼女は病院の先生をとても信頼していて、又病院の先生が漢方薬を飲むことも快く許してくださったこともあって、先生が驚くような改善をしていった。
 いつもご両親が付き添っていたが、そのうち自立していった。幻聴に苦しめられることがなくなった辺りで、漢方薬を止めて僕とも縁が切れた。
 どうやって来たのと尋ねたら自分で車を運転してきたと言う。見ると大きな車を運転していた。人が恐くて何処にも行くことが出来なかった人が、車を運転して自由に出かけているらしい。嘗てとは見た目にも別人のように生気に溢れていて、言葉遣いも丁寧で、気配りに余念がない。僕は近しい関係の人の想像を絶する攻撃によって心の病気を発症した人を沢山知っている。それによって呈した症状によって、鬱とか社会不安障害とか、統合失調症とか諸々の病名をつけられているが、それらが作られた人為の病気であることを知ってから、どれも治るものではないかと楽観的に考えている。特に彼女が地獄から脱出するのをつぶさに見せてもらってから、そうした自分の想いが、素人とやゆされるかもしれないが、正しいと確信している。ただ当然ながら、躁状態とか攻撃型の人は専門医の力以外にはアプローチは不可能だ。力量をよく認識した上でのお世話が大原則だ。
僕の非力な力をすべて傾けよと言うような患者さんが毎年必ず来てくれる。この人だけはなんとしてもと、心の奥底で奮い立たせてくれる方が来てくれる。自分がどうして生きていけばよいか、何がしたいか分からぬままにいたずらに時間を無駄に生きてきた僕だからこそ、そして選んだ道がことごとく裏目に出た僕だからこそお世話が出来るだろう方が来てくれる。すべての裏目がこう言った方との巡り合わせに通じていたのだと、今はその裏目に感謝している。王道を歩んできた人には決して巡り会えない、心優しき普通の人達、いや優しすぎる心の持ち主に会える。これ以上の生かされ方があるだろうかと、振り返って肯定の山を築く。否定の連続が肯定に転じるきっかけを与えてくれたそれらの方々に感謝する。
田舎の薬剤師が他人の人生を救うなんてあり得ない話なのかもしれないが、田舎だからこそ出来ることもある。この田舎に帰る羽目になることこそが僕の最大の裏目だと30年前は思っていたのだけれど。


2010年11月11日(Thu)▲ページの先頭へ
落差
 世の中には自分で病気を作って悩んでいる人がいるものだが、この男性もその中の一人だ。僕も色々な漢方薬を作らせてもらっているが、その前には必ず病院、それも大きな病院にかかってからやってくる。病院で納得する病名をつけてもらえないから、そのあげく諦めてやってくるのだが、その諦めもなかなか持続しなくて、そのうち又病院に帰っていく。これを延々と繰り返している。延々と繰り返していると言うことは、延々と生きていることだからたいした病気だとは思えない。ただ本人としてはどうしても解決したい症状なのだ。不思議なことにある症状がでれば今まであったものは消えて、同時に複数の症状で悩むことは余り無い。どこかが調子悪い、そう言った状態が続いている。
こういった人が好きな病名がある。自律神経失調症だ。この言葉を頂くと何故か納得して、妙に諦めがいい。治療する側からしたら、ほとんど「分かりません」と言っているに等しいのだが、何故かこの言葉は落ち着けるらしい。僕もその傾向に習って、どうしようもない時や信頼関係が築けずに早く帰って欲しいときなどはちょっと拝借する。
 その彼にどうしてそんなに体調が悪いのだろうねと水を向けてみたら、今まで決して口にしなかったことを言った。「歳をとったことを認めたくないんだ」と。そうか、そう言った気持ちが隠れているなら、彼の症状や彼の悩みはすべて理解できる。神経質などと言う言葉で表していた評価が正しくないことも分かる。まだ現役で仕事を頑張っているから、健康でなければならないと言う強迫観念は常にあるだろう。自分の体調が商売の寿命に直結していることも知っている。健康でなければならないと言う前提は、健康でおれる世代にはある意味ではよい緊張感ではあるだろうが、健康がほころび始めた世代には重くのしかかる。だから、すべての不調が病気と勘違いして悩むのはわからぬではない。高々青年の何割かの生命力で、あの頃と同じような気力体力を望めば、すべてが叶わぬ、夢の又夢だ。病気にでもしておかなければ諦めがつかないだろう。現実と理想との落差にこそ彼はとりつかれていたのだ。
「歳だから仕方ないじゃないの」と繰り返す僕にしぶしぶ納得したような素振りを見せて帰っていったが、果たして納得しただろうか。「○○さん、あなたが嘆いているのは、例えば僕が斎藤佑君のボールを打てないと嘆いているようなものだよ。あるいは僕が東大に入れないと嘆いているようなものかな。あるいは僕が東方神起のメンバーになれないと嘆いているようなものかな。あるいは僕がボブサップに勝てないと嘆いているようなものかな。あるいは栄町ヤマト薬局がマツキヨに勝てないと嘆いているようなものかな」(情けないがこんな例なら無限にある)と説得したのが悪かったかもしれない。頭から勝負にならない例ばっかりあげてしまったから。せめて、僕が福山雅治になれないと嘆いているようなものだよと言ってあげれば良かった。これなら結構近いから。




2010年11月10日(Wed)▲ページの先頭へ
律儀
 数年前、脊椎間狭窄症を漢方薬でお世話した60代半ばの方がやって来た。3年ぶりに再発したと残念がっていたが、今回は以前より激しくて、1日何回も歯科医で治療を受けているような直接神経に触る痛みが、足に襲ってきて、おちおち仕事をしておれないと言う。こちらから言わせればまだ仕事をしているのかと、ほとんど尊敬に近いが、本人とすれば働くことが当たり前のような方だから引退は考えなかったのだろう。ただ、この3年のうちに残念ながら3歳は歳を重ねたので、この年齢での3年は大きい。
痛みがなかった3年間はそれはそれは楽だったと、お礼を言ってくれたのだが、現在の痛みの方が当然関心が深くて、今の症状についての不満が口から漏れる。3年歳を重ねたハンディーはあるが、又治ると言っても楽観的にはなれないのだろう。以前と同じように煎じ薬や天然薬を作って渡したのだが、帰りがけに彼の背中に僕が冗談を投げかけると、喜劇でよく行われるずっこける動作をした。足が痛いのに精一杯の演技に僕は心が痛かった。僕は一瞬でも良いから、痛みを忘れるくらいの緊張がとれた状態を作りたかっただけなのだ。痛みで神経も筋肉も硬直しているからそれを緩めてあげたかったのだ。それなのに僕の冗談に答えるかのようにボケで返す。なんとも痛々しい光景だった。
 色々な不幸に直面した人が、例えば災害などで多くを失った人が、インタビューに答える時に結構笑顔を浮かべる人がいる。マスコミのインタビューなど放っておけばよいのと思うが、律儀に答える姿をしばしば目撃する。人間ってどんな時でも微笑むことが出来るのだと驚く。相手を思いやる心が、微笑みになるのだろうが、ただただ頭が下がる。
不運を嘆きながらも背中でおどけて帰っていった彼も又、思いやる心の持ち主なのだろう。


2010年11月09日(Tue)▲ページの先頭へ
絶望
 逆流性食道炎の方が同じ職場の新人だと言ってある青年を連れてきた。1年くらい前に調子を崩していたのが僕の薬で治ったから、新人を連れてきてくれたのだが、その青年もやはり胃の不快感を抱えていた。2ヶ月くらいコンビニで薬を買っては飲んでいたらしいが、そのコンビニで薬を買うという言葉自体が初めて聞く言葉だから都市部で働いていたのだろうが、その彼が全然よくならないんですと言う。全然良くならないことの方が僕にとっては当たり前に思えるのだが、彼にとっては不満らしい。どう言った会話があって、どう言った薬を買ったのか分からないが、いや会話がないのがいいのだろうから薬の表示を見て買ったのだろうが、治るはずがない。僕は彼の症状を聞いて一瞬にして潰瘍か、その手前くらいな想像はつくから、当然その種の薬を出す。急を要するから5日分だけ渡して、野に放たないことにした。これ以上悪化したら大変だから、無理に少ない日数分しか出さないのだ。逆に5日もあればかなり彼の苦痛を改善することも出来る。
コンビニで薬を売らせるなんて、誰がどの様な富を手にするために画策したのか知らないが罪なものだ。無知を逆手にとって冨を築く。どの業界でも同じだが、庶民の金ばかりか命まで知らないうちに一部の大金持ちに貢がされているようなものだ。偉い人が変わってもなにも変わらないと言う絶望感だけが増殖している。絶望の向こうに又絶望では庶民は何時までも浮かばれない。
 「○○円からお預かりします」や「○○円になります」ならまだ我慢できるが、「命までお預かりします」や「治らなくても構いません」とは言わせない。


2010年11月08日(Mon)▲ページの先頭へ
家宝
 家宝と言えるものなど何も我が家にはない。幾ばくかの現金以外、侵入した人も持って帰るものがないのに落胆するだろう。それだけ物に執着しないのだろうけれど、昨日突然に家宝となるべきものが飛び込んできた。これは明らかに我が家にとっては家宝だ。それを手にしたとき僕は思わず感激の声を上げてしまったが、結構妻は冷静で、その道のプロは違うのだとこの辺りでも、初心者の僕はまだまだ修行不足を実感した。それはさておき、早速祭壇に飾った。希望する人には当然見せてあげるが、これはずっと永久にとっておきたい、又とっておくべき物だ。
クリスチャンにとってはマザーテレサと言えばその行い考え方において、模範とすべき存在で、尊敬の的だ。クリスチャンでなくとも名前を知っている人は多い。ノーベル平和賞を受賞した事でも知られるが、寧ろその事によって本来のすばらしさがひどく世俗的になってしまったような印象すらある。寧ろ僕みたいな俗人が軽々しく言葉で紹介しない方がいいのかもしれない。その生き方、あるいは業績などは専門家に任せた方がよい。
 さて、そのマザーテレサが着ていたサリー(インドなどの女性が身につける民族衣装)が昨日突然届いた。恐らく彼女がもっていた物はそのサリーと寝具くらいなものだったと思うが、実際に身につけていたサリーが送られてきたのだ。日本で彼女を支援した人達に送られてきたのだろうが、我が家みたいな末端のほとんど何もしていない家にまで届けてくれたことに驚いたし、それだからこそ、今からでもより良く生きよと、困っている人の役に立てよと叱咤激励されているような気がした。それを頂く価値があるのかどうか分からないが、100kmも200kmも先を歩いている人に追いつけるような生き方をしなければならないと思った。同じこの光栄を頂いた人が恐らく全員感じたことではないだろうか。飛び上がるようにして喜んだ僕とは裏腹に妻はその事を瞬時に悟っていたのかもしれない。
「私の白いサリーは、貧しい人のなかで私も貧しい人の一人だというしるし、私の身なりも生活も、病に倒れた人や、骨ばかりの子供とひとつになるための糧。そして、不親切で冷淡でありながら奇跡をおこなうよりは、むしろ親切と慈しみのうちに間違うほうを選びたい」マザーの言葉より。



2010年11月07日(Sun)▲ページの先頭へ
至福
 外出するのでモコを母の家に預けに行ったとき、ある同級生と出くわした。車に駆け寄ってきて、駅まで乗せてと頼まれたのだが、手に何かを丸めて持っていたので、競艇や競輪なら乗せていかないと断った。その持ち方がその種の趣味のある人達共通の持ち方なので警戒したが、倉敷にジャズを聴きに行く予定らしい。なるほど疲れたスーツを着ているから、一応めかしこんでいるのかもしれない。
 頼まれた駅よりももう少し倉敷に近い駅まで送ってあげたのだが、少し話してみたかったから意識してそうしたのだ。牛窓にほとんど同時に帰ってきて、趣味も似ていたからしばしば遊んだ仲間なのだが、空白の数年間があるからその時期のことを聞いてみたかったのだ。世間では存在を否定されるようなことをした人だが、僕にとっては唯一笑わせてくれる存在だった。僕の人生の何割かの笑いは彼からもらったものだ。職業的に、あるいは本来の性格からして、緊張を強いられることが多かったが、彼と過ごす時間は、副交感神経優位の如何にも緊張がとれた至福の時間だった。この数年縁遠かったから、僕の緊張も高止まりしているのかもしれない。
 普通なら踏み込んではいけない部分もずけずけと踏み込んで尋ねてみた。縁遠い世界のことをそれこそ嘗ての機関銃のような笑いに混ぜて話してくれた。これこそが彼の真骨頂だ。30分くらいの道中だったが、あの至福の弛緩状態を少しだけ再現できた。願わくば、彼が今明らかに幸せだと言える状態で時間を戻したかったが、みすぼらしいスーツ姿が今を語っている。
 体調はいいのと尋ねたら「肩や首が痛かったら整形外科にかかったら、筋肉が落ちて痛んでいるのだからしょうがない」と言われたそうだ。嘗て逆立ちをしたまま階段を上がったり降りたり出来ていた人でもこうなるのだと、自分の衰え方と重ねて納得した。天性のユーモアも生活の糧や規範、強いては体力にも裏付けられなくては発揮できない。失うことに努力はいらない。


2010年11月06日(Sat)▲ページの先頭へ
加工
 ブラジルで女性大統領が誕生した。そのニュースを見ていて思わず「○○さんにそっくり」と大きな声を上げた。傍で見ていた妻も認めたから、自信はある。その時以来○○さんが薬局に来ないかなあと手ぐすね引いて待ったいたら、昨日買い物にやってきた。会計が終わるやいなや「ブラジルで今度大統領になった女性をテレビで見たことある?」と尋ねてみると「ブラジルなんか、遠くて滅多に話題に乗らないから知らないわ」と答えた。見たことがなければ臨場感がないから、出鼻を挫かれてしまった。が、そこで話を止めるわけにもいかないので「その大統領○○さんにそっくりよ」と感想そのままに言うと「そんなに似ているの」と答えながらハハハと笑い声が続き、顔もしっかり声に負けず笑っていた。「本当にそっくりよ、○○さんて、意外と上品なのかもしれないなあ、ええとこの出ではないの」とたたみかけると「そんなわけあるもんですか」と答えながらも笑い声が一段と音量アップされた。顔だけでなく身体でも笑い始めた。「そうなの、そんなに似ているの、あらまあ・・・」挨拶をしたのかしなかったのか定かではないが、記憶では独り言を言いつつ笑いながら帰っていったような気がする。恐らく○○さんにとっては心地よい会話だったのだろう。
 以前これとは逆のケースがあった。それこそテレビの歌謡番組を観ていて天童よしみと言う歌手が出てきたとき「△△さんそっくり」と、今回と同じケースの経験をした。そしてそれこそ△△さんがやってきた時、おもむろに天童よしみに似ていると持ち出しのだが、歌手だから喜ぶのかと思いきやひどく落胆された。声量もあり、歌も上手いし、見方によれば可愛いところもあるので喜ばれると思ったのだが、裏目に出てしまった。痩せる漢方薬を飲んで頂いていた方だから、天童よしみの体型がいやだったのか、あの顔がいやだったのか分からないが、喜ぶどころか顔を歪めて不快感を露わにされた。それ以来似ているという言葉は封印していたのだが、○○さんが大統領と余りにも似ていたので今回封印を解いた。でも考えてみれば、ブラジルの大統領は決して美人でないから、実際にテレビで見たときにどう思うだろう。又してもひんしゅくを買うだろうか。でもまあ、顔を歪めた女性も以来2週間に一度正確に漢方薬を取りに来るし、美味しいコーヒーを一緒に飲んだりしているから、歪んだ顔も緩めてくれているのだろう。僕は思ったことをそのまま加工せずに口に出すから、全部本心だ。もっとも逆説も多いから相手は困ることもあるが、○○さんも△△さんも恐らく吉瀬美智子に似ていると言った方が裏を読まれ信頼を傷つけていただろう。言葉を加工した缶詰なんてまずくて食えない。


2010年11月05日(Fri)▲ページの先頭へ
 富山県から毎年牛窓にやってくる人によれば、牛窓の海は何処にも負けないくらい美しい風景で、数日間滞在しては景色を堪能するそうだ。この話をショッピングセンターを経営している方から聞いた。富山の方がそのショッピングセンターに買い物で訪れたとき、牛窓の風景をそう評価してくれたととても喜んでいた。
彼の嬉しそうな話に僕はついていけなかった。確かに牛窓には沢山の観光客が毎年来るが、僕は何処が良くて来るのか分からないし、遊ぶ施設が全くないから皆何をして時間を潰しているのだろうと、受け入れる設備の無さに後ろめたさまで感じていた。もっとも僕は観光業者でないから、僕が後ろめたさを感じる必要はないのだけれど、丁度町の真ん中に立地しているために、観光客が訪ねてきては、何処に行ったらいいかと相談を受けるのだ。その時は答えに窮して「ヤマト薬局で健康相談して帰るのが通の牛窓の過ごし方」と答えることにしているが、受ける相手と受けない相手がいる。旅情も求めてくる人には受けるみたいだが、娯楽を求めて来る人には受けない。娯楽施設が全くないのだから、僕がサービス精神を発揮して吉本をやるしかない。
牛窓の海が何処にも負けないと言う富山県の方の印象は、僕の頭にずっと理解不能の言葉として残っていた。それが今朝何となく分かったのだ。夜が明けてから散歩していると、一番手前に前島が濃い緑色に見える。島民や観光客が頻繁にフェリーで瀬戸を渡る。その西に一回りも二回りも小さくした黒島が横たわり、又その西に離れ小島と言って、黒島を一回りも二回りも小さくした島が並ぶ。その3つのなだらかな形をした島の向こうに、香川県の小豆島がネズミ色をして見える。色彩が無くなるほど遠いのだが、結構高い山があり、前島や黒島の背景のように見える。そして目をもっと遠くにやると、四国の山並みが見える。四国の山並みはもうほとんど色彩を失って見えるが、屋島という特異な形をした山をはじめ、海の向こうの遠くの地に思いを馳せらせるようなロマンがある。すなわち、人が往来する瀬戸を挟む距離にある島、その沖にある大きな島、そして遙か遠くの四国の山並み。すなわち奥行きのある1枚の絵画を見ているようなのだ。そして何より大切なことは、島が海の上に浮いているって事だ。よそでよく見かける光景なのだが、川の対岸かと思ったら島だったり、島かと思えば単なる入り江の向こう側だったりと、配置が全くなっていない場合が多い。牛窓の島は見る人が明らかに島だと分かる。どこから見ても島が海に浮いているから。又島自身の数はとても少なく、多島美を誇るところとは対照的で如何にもスッキリしている。
 恐らくこのようなところに惹かれて富山県の人は絶賛してくれたのだと思う。日本海の荒波の方がどれだけ興味深いと思うが、所詮人はないものねだり。水平線しか見えない人にとって、穏やかな海の向こうに暮らしている人々が見えることは心休まるのかもしれない。


2010年11月04日(Thu)▲ページの先頭へ
果実

 社会心理学者Aronsonと言う人が見出した法則によると「人はごく身近にいる親しい人より、関係の希薄な人に褒められた方が、嬉しく感じる」らしい。また、「互酬性仮説」と言う難しい仮説によると「私達は自分に好意を示してくれる人を好きになり、逆に自分のことを嫌っている人を嫌いになる傾向がある」らしい。すなわち、その人の性格や長所や短所だけで好き嫌いを決めているのではなく、相手の自分に対する評価を好き嫌いの判断材料にしているというのだ。ついでにもっと発展させた実験で「相手の評価より、評価の変化の方が、好きになるか嫌いになるかを左右する大きな要因になる。その結果、一貫して好意的に接してくれる人よりも、当初の評価は低くても、ある時点から高い評価をしてくれる人を、より好きになることが明らかになった。つまり、最初から好意的だった人より、当初自分を嫌って冷たい態度を示していても、今は好意的な人をより好きになる傾向がある」らしい。逆も真なりで、「一貫して自分を評価しない人より、自分に対する評価を下げた人の方がより嫌いになる」らしい。
こんな風に言われると何となく頷いてしまう。日常の心理状態として体験的に分かるが、それを学問にまで昇華できるのが学者の学者たるところだろう。普通の人は「そうよね、分かるよね」で終わってしまうから、肩書きも報酬も用意されない。やはり突き詰めていくお宅的な発想がないと学者などにはなれないのだろう。
 常識的なのはその世界では非常識で、非常識でないとその世界では常識であり得ない。そう言った逆転の中での存在は僕たち凡人にはとても耐えることが出来ないが、それでこその居心地に安住できる人のみが非凡であれるのだろう。
 体系的に整理されればそれまでだが、余り感情まで体系化されると面白くない。まるでハプニングの連続だから何となく明日を待ってみようかと思えるので、文字化された明日と同化するのでは面白くも何ともない。研究の成果は僕らに処世術を教えるものではないだろう。多くの成果がそうであるように、対象とされた人達に果実はない。研究対象はいつも成果とは隔離される者達なのだ。
 僕ら庶民にもたらされる果実はせいぜい、垣根の向こうから延びた柿かザクロの実くらいなもの。それも虫や蟻に先手を打たれていたりするから救いようがない。ため息上手の研究ってないのかなあ。僕は良い被験者なのだがなぁ。


2010年11月03日(Wed)▲ページの先頭へ
2010年ヒット商品ベスト30
1位…食べるラー油/2位…3D映画/3位…スマートフォン/4位…プレミアムロールケーキ/5位…iPad/6位…ポケット ドルツ/7位…低価格LED電球/8位…チンしてこんがり魚焼きパック/9位…ハリナックス/10位…1杯でしじみ70個分のちから11位…平城遷都1300年祭/12位…アタック ネオ&トップ ナノックス/13位…ルルドマッサージクッション/14位…Pocket WiFi/15位…怪盗ロワイヤル/16位…鮮度の一滴/17位…エアマルチプライアー/18位…ジガゾーパズル/19位…NEXシリーズ/20位…共同購入クーポン21位…フリクションボールノック/22位…キリン 午後の紅茶 エスプレッソティー/23位…バンド一本でやせる!巻くだけダイエット/24位…Big America/25位…もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら/26位…香る防虫剤/27位…JAN JANソース焼きそば/28位…角ハイボール/29位…ミルミル/30位…アナログトイ

 昨日インターネット上で見つけたものだから、多くの方が見ているのではないか。これで今年がどんな年だったか分かるらしいから僕も30位まですべて目を通したが、具体的に分かったのは2つだけで、実際に買ったものはLED電球一つだけだ。このことをどう理解すればいいのだろう。流行に踊らされれないと好意的にとるのか、時代について行っていないと否定的にとるのか。
僕にとって、物は必要かどうかだけが判断基準になる。不必要な物は欲しくもないし、持ちたくもない。使えない物や使わないものには興味がない。豪華な調度品も高価な装飾品も何もないより優るように思えないから興味の対象外だ。それがないから暮らせないより、それがあるから暮らせないのほうをより重視する。
 恐らく快適を約束する上記の物も僕にとっては単なる「無くても暮らせる物」なのだ。それが証拠に、今までと変わらず快適に暮らしている。物に囲まれて、物に埋もれて本当に見なければならないものが見えないようでは困る。本当に見なければならないものは、いつも控え目で、いつも遠慮がちで、いつも陽が当たらなくて、いつも静かで、いつも悲しげだから、余程こちらの眼力を鍛えなければ見えない。回りに散乱する物や、心の中に散乱する邪念をかたづけなければ視界は開けない。心にサングラスをかけてしまえばニヒルも形無しだ。


2010年11月02日(Tue)▲ページの先頭へ
取り
 何で気がつかなかったのだろう。勝手に、嘗ての雰囲気で決めてしまって、僕が親しんできたフォークソングは、ユーチューブの中になんてあるわけがないと決めていた。当時で言うアングラだから、一般的ではなく、余り日の目を見ないと決めていたものだから、公にはなりにくいと思いこんでいた。それがどうだろう、ふと「労務者の唄」を歌いたくなって、どんな歌詞だったのかなとインターネットで探し始めたのがきっかけで、嘗て僕が傾倒した歌手達の唄が出てくるわ、出てくるわ。嘗ての姿そのままで歌っているのもあるし、現代のライブもある。
 長年彼らのライブを聴いたことはないし、CDなども敢えて買っていない。牛窓に帰ってからと言うものは、薬局の仕事に没頭したし、寧ろ音楽よりもバレーボールに熱中した。長年忘れていた世界だが、ほんの少しばかりのきっかけで、時間を忘れて次から次へと見入った。
 それにしてもさすがにインターネットの中は無限大の情報の宝庫だ。田舎に暮らすハンディーにも、唄と長年離れていた疎外感にも、何ら遮られることなく自由に嘗ての雰囲気が味わえる。僕より少しばかり年上の歌手ばかりだろうが、当時は雲の上の人達だった。話をするのも緊張するくらいだった。歌詞もメロディーも、勿論唄そのものも、憧れの彼方だった。なけなしの金で入場券を買って聴きに行っていた当時からするとクリック一つで次から次へと心酔した曲が流れて来るなんてまるで夢のようだ。時間を忘れて僕は聴き入った。
そんな僕の好みとはちょっと趣を異にするが、今月の21日の日曜日、午後14時から玉野カトリック教会でフォークコンサートがある。案内によるとかぐや姫とかフォーククルセイダーズ、ビートルズなどの曲をやるらしい。セミプロ級の3つのグループだと聞いているから良かったら聴きに来て欲しい。僕も何十年ぶりに1曲歌わせてと頼んだのだがあえなく断られた。ただ僕も反省している。「歌う順番は取り、曲目はきよしのズンドコ節」こう要求したのがまずかったかなあ。


2010年11月01日(Mon)▲ページの先頭へ
修正
 昨日の業界雑誌の記事についての余談。
 何も知らされずに取材を受けたのだが、その後、掲載されると取材代2万円がもらえる事を知った。それと雑誌が何冊必要なのかと尋ねられた。1冊あれば充分だから、怪訝な顔?でその質問の趣旨を尋ねると、親類などに配りたいからと結構要望が多いんですと答えられた。多い人では100部ほど要求されるとも教えてくれた。僕は1冊で良かったが何となく20部と答えてしまった。1冊では格好が付かないから口から出任せの数字だ。さて、実際に20部送って来られたら案の定困ってしまった。こんなもの親類に送っても、読みもしないだろうし、まだそんなだらしない格好で薬局をやっているのかと苦言を頂戴するのがおちだ。折角綺麗な雑誌を送ってきてくれたのだから、有効に使える方法はないかと考えたあげく、僕を知らないで漢方薬を飲んでくださっている人の中で希望される人に送ろうと思いついた。
 そこで、あらためて中身を見てみたら、やはり見るに耐えれない。こんなもの見せたら安心して飲んでくださっている人でも止めてしまうかもしれない。効果が出ている人でも効かなくなってしまうかもしれない。美味しいと思って煎じ薬を飲んでくれている人でもまずいと思うかも知れない。薬局の中は実際よりずいぶんと綺麗に写っているのだが、僕のアップで写っている顔がいけない。元々の素材がだめなのに加えて、ばさばさの髪をはじめとした風貌が良くない。やはり散髪屋さんに行って綺麗にしてもらっておけば良かった。後輩には、僕の顔は修正を加えておくように頼んでいたのに、薬局の風景の方だけ修正したのかもしれない。
 結局行き場の無い雑誌は、廃品回収を待つことになる。昔なら、風呂のたき付けくらいにはなるのだろうが、生憎今は灯油だ。こうしてみると僕にとっては何の意味もないものになってしまった。製薬会社にとっても意味があったのかどうか疑わしい。ただあるとしたら、全国の薬局が雑誌に目を通して自信を持ってくれることかもしれない。「うちの方がましだ」何千回、日本中の漢方薬局で口から漏れた言葉だろう。ああ、又人を喜ばせてしまった。


   


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
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