栄町ヤマト薬局 - 2010/10

漢方薬局の日常の出来事




2010年10月31日(Sun)▲ページの先頭へ
安上がり
 小太郎漢方と言う漢方会社の雑誌に僕の薬局が取り上げられ紹介されたのだが、送ってくれた原稿をそのままコピーして載せる。文章は取材に来たライターが要約して書いてくれたもので、2時間か3時間薬局で色々なことを喋ってこの長さにまとめてくた。ちょっと格好良く書いてくれている部分もあるが、嘘はないからこのまま読んで欲しい。少しだけ僕の薬局が分かってもらえるかもしれない。念のために付け加えておくが、取材は優れている薬局を選び続けて何年も連載してきたのだが、もうネタが尽きて、丁度岡山で勉強会があったので「ほんのついでに安上がりに取材をすませようとした」今は会社で偉くなっている僕の後輩の○○君の企みだ。彼は僕に劣らず劣等生だったはずなのだが、何処でどう軌道修正したのだろう。

お店訪ね歩記
失敗を重ねて謙虚に弱者に寄り添う
 どこか軽妙な響きがあって、初めて耳にすると奇異な印象を持ってしまう牛窓という地名について、『備前国風土記』は、海上を過ぎる船を巨大な牛が転覆させようとしたので、住吉明神がその角をつかんで倒したという故事から、この地を牛転と呼ぶようになり、それが転訛して牛窓になったと伝えています。
 古代から瀬戸内交通の要衝で江戸時代には参勤交代、千石船の往来で栄え、製塩も古くから盛んでしたが、鉄道が開通した明治期に衰退しました。しかし近年、温暖、降水量が少ない典型的な瀬戸内式気候の風土が地中海に似ているところから「日本のエーゲ海」のキャッチフレーズを掲げて観光に力が注がれ、丘の上にはオリーブ園、海岸にはヨットハーバー、島々を臨む海岸に沿って走る道路上には旅行客向けの各種施設が建ち並び活気を取り戻しつつあります。その一角に、25年前開局された「ヤマト薬局」さんがあります。

“売らなくてもいい”商売
 紺碧の空、丘の緑を背に3階建ての白い瀟洒な建物は、かつて「牛窓千軒、泊り船千艘、船頭さん万人」と歌われた港町の盛況から遠く、ギリシャの漁師町といった静かな風情に溶け合っています。
 道路に面した建物正面の看板や店名ロゴはシンプルで、控えめな佇まい。店内は明るい茶のフローリングで落ち着いたゆとりの空間構成。入り口付近に観葉植物があしらわれ、正面にカウンターと商品ケース、左が待合いコーナー、右奥が調剤室と相談コーナーになっています。
 大和彰夫先生が、ご両親の経営されていたお店2店舗のうち、支店の方を引き継がれたのは25年前で、それまで化粧品や雑貨なども並べられていましたが、この時の改装を期に薬だけで出発されました。
「当初は売ることばかり考えていて、とにかくしゃべり続けて売ろうとしていました。結構、商売として成り立っていましたが、一生やる仕事ではないとも思っていました」
 しばらくして、ある勉強会を通じて大阪の吉岡孝麿先生に出会われたことをきっかけに経営のスタイルが一変します。
「吉岡先生に教えを請いながら漢方の勉強をするうち、売らなくてもいい(しゃべらなくてもいい)商売、しゃべるよりも聞くことが大切だということが分かってきました」
 この経験によって楽になったと大和先生はおっしゃられます。ライフワークを身につけられたのです。
3度の「一期一会」
 岡山市内の進学校を出て岐阜薬科大へ進み、卒業後帰郷して家業の薬局を継いだという先生のプロフィール自体、特異なものではありません。しかし人の生きた道筋にはさまざまなドラマが残されていて、それが人生を決定づける体験となることがあります。先生の場合、3度の出会いがあったといわれます。
「最初は大学時代の先輩から社会正義を教わって、弱者の立場からの視点を獲得したこと。2番目は薬局を始めて漢方をやるきっかけを与えてくれた吉岡先生の、漢方の知識はもちろん、その慢心することのない謙虚な人柄を見習えたこと。そしてもう一つは、玉野市のカトリック教会のキム神父で、金や名誉を求めない謙遜な生き方を学んだこと」
 希望する大学、就きたかった職業をあきらめた挫折、帰郷して家業を継ぐことは本望ではありませんでした。しかし地元で、特別な地位も金もない普通の人々と接しているうち、彼らのすばらしさに気づかれます。
「薬を売っても何割かの人には効かない。効かない薬でも金をもらう。お金をもらいながら学んでいる立場はつらい。勉強して処方を変えて治ると喜ばれるが、それまでじっと我慢してくれる訳ですね。生きていることは失敗の連続。でも人を救えるのは成功体験ではない。都会の富裕層相手のカリスマ的な商売は成功例をもとにしているけれども、ここで相談例の多い心の病は成功者には治せない」
上から目線ではなく、謙虚に弱者に寄り添うことで病を癒すことが先生のスタンスになっています。そして地方で漢方を売るには安くすること、安くても治せることを力説されました。
漢方にこだわらずに西洋薬も扱われていますが、漢方のベスト3については、甘麦大棗湯、温胆湯、麻子仁丸を挙げられました。
スタッフは奥様と今春から手伝いに来られている娘さん夫婦で、さらにアットホームな雰囲気を醸し出しています。営業時間は8時30分から20時まで。


2010年10月30日(Sat)▲ページの先頭へ
こんばんは(遅くにすいません)○○○○です。
私も今朝のウロコ雲の大群、見ました!空にビッシリと、ちぎられたような雲が敷き詰められているかのようで、とっても不思議で異様な光景でした!おばあちゃんと「天井みたいだね〜触れそうだね〜」なんていいながら見てました。倉敷と高梁の友達も同じ雲を見ていたらしく、それって素敵だな〜と思いました。
そして就職、内定貰えました!
11月から一足先にアルバイトに行かせて貰える事になりました。不安で不安で心臓破裂する5秒前です。頑張りすぎないけど頑張ります!!(>_<)(恐怖)
最近、学校がとても充実していて凄く幸せです!!


 良かったですね、おめでとう。メチャクチャ僕も嬉しいです。
 数年前、貴女が高校の制服姿で悲しげにやってきた時のことを鮮明に覚えています。その後貴女は自分と戦い、負けたり勝ったりで(勝ったり負けたりではなかったですね)こうした結果を勝ち取ることが出来ました。このことは僕自身の喜びでもあるのですよ。僕自身の色々な挫折が結局漢方薬に帰結し、その成果として貴女の役に立てたと思っています。
 貴女が同じ雲を見ていたなんて、それも写真に撮っていたなんてとても奇遇です。貴女が撮ってくれた写真を全国の人に見せてあげたいですが、僕にはそんな技術がありません。
いやいや二人の記念(就職内定)の空にして僕だけのものにしておきましょうか。これから貴女は当然社会人としての苦悩も始まります。だけどそのどれもが恐らく越えるべきものとして用意されるものです。若い人は一つずつ克服するべきテーマが与えられます。そうして成長するのです。今日のこの喜びを誰に感謝しましょうか。道行く一人一人に感謝しても足りないくらいです。
 ところで貴女が僕のブログを読んでいるとは知りませんでした。貴女は、僕の過敏性腸症候群の漢方薬を飲んでいて、僕自身と会ったことがある数少ない人のうちの一人です。貴女が読んでいるならこれからは、福山雅治に似ているなんて書けませんね。僕を想像してもらうために誰とこれからは似ていると言いましょうかね。嵐って言うグループの中の、えっと・・・
ヤマト薬局



2010年10月29日(Fri)▲ページの先頭へ
 ミニチュアダックスだから散歩と言っても隣の駐車場をちょいと失敬するだけでいい。5分もいれば犬は満足する。
今朝、その時間にふと空を見上げると、鱗雲の大群が西から東へゆっくりと動いていた。「ああ、曇って流れるんだ」と当たり前のことを発見した。いや寧ろ発見したのは、自分が動きを止めてゆっくりと空も眺めたことがなかったって事だ。勿論戸外にいれば視界の中に常に空はあるが、たいてい動いているのは空ではなく僕の方だ。歩いているか、車に乗っているかで常に僕は動いている。せいぜい信号機で立ち止まるのがおちで、僕の戸外は単なる移動でしかないのだ。そうしてみると、公園のベンチや芝生、あるいは砂浜などでゆっくりとしたことがない。山頂の大きな石に腰掛けたこともないし、一級河川の土手で足を投げ出したこともない。
何をいつもそんなに急いでいるのだろうと思う。何をいつもそんなに急がせているのだろうと思う。たいした実りを手にすることも無いのに、何を焦ってきたのかと思う。日々の暮らしが何のためにあったのかと思う。空とも、海とも、山とも、川とも、田圃とも一体化することなく不自然に生きてきたものだと思う。
 少年の頃、海水浴場の水の中から見える雲だって動いていた。入道雲に追われて慌てて走って家に帰った。あの頃は、僕がいて雲があったのではなく、明らかに雲の下に僕がいた。
 


2010年10月28日(Thu)▲ページの先頭へ
峠越え
 メールを読んですぐに返信した。メールの中のある数字が間違いではないかと思ったので。一けた違うだけなのだが、その一けたの差で思い浮かぶ光景はかなり違ってくる。
 「昨日マラソン大会で寒い中、雨でびしょびしょになって14キロ走ったので、風邪をひいたのかもしれません」このメールを女子高校生から頂くとほとんどの人が単位が間違っているのではないかと思うだろう。だから僕はすぐに「14kmなの?1.4kmなの?」と返信メールを送った。ところが彼女から帰ってきたメールは「峠越え(往復で)もしないといけないのでかなりえらいです;女子は14キロで男子は16キロです。一応進学校なんですけど伝統行事らしくて昨日の暴風雨でも走らされました」だった。
峠越え・・・何と旅情に充ちた言葉だろう。恐らくその地の人は日常会話の中で使っている言葉だろう。日本海側のある地方都市で暮らす女子高校生の、息を切らしながら坂道を駆け上る姿が目に浮かぶ。「かなりえらいです」の言葉がデジタル化された文字に体温を与える。その「えらさ」は青春に似て、人生の上り坂を駆け上がっているからこそ感じる「えらさ」なのだ。僕がお世話している症状も含めて、まだまだ続く上り坂の青春を味わい深く過ごして欲しい。自然溢れる地方都市で、いい人に囲まれ育んだ純情をいずれ人のために活かして欲しいと思う。それが出来る人なのだから。
 好きでもない勉強のせいで僕の青春時代なんて無味乾燥だった。どうせ勉強で報われないのなら、スポーツか文化系のクラブ活動にでも邁進して、毎日を楽しく暮らせば良かった。今から思えば何をやっていたのだろうと、まるで記憶の空白地帯だ。その空白を埋めるために大学に入ってから、勇んでみたが、元々合ってもいない大学だから、僕に出来たことはせいぜい勇み足程度だった。頑張る理由を失えば青春なんて何処までも墜ちていける。
 墜ちれば「えらくない」のだ。14kmどころか140mも走らないのだから「えらくない」のだ。峠を越えて走る彼女に悔恨のエールを送る。「えらい」って、時にこの上ない希望そのものなのだから。


2010年10月27日(Wed)▲ページの先頭へ
領域
 ある遺伝子の病気を宣告されたお孫さんのことで、おじいちゃん、おばあちゃんが相談に来た。現代のおじいちゃん、おばあちゃんはとても若いから、語感のようには受け止めることは出来ないが、どんな時代でも子や孫は無条件で大切なものなのだ。
遺伝的に問題がある病気を僕が何とかと言うのではなく、ある決断を強いられて判断に迷ってやって来たのだ。薬や手術で対処できる領域ではなく、奇跡しか解決をもたらすことが出来ないとしたら、どの様な医療の試みを家族として受け入れられるのだろう。そう言った相談だった。
 こんな時何かのせいにして気持ちを紛らわせるしかないのだが、それを理性で懸命に制御しているから、正直に肉体は反応して、二人とも急にやつれていた。それでも一杯口から不安を吐き出してもらったら、自ずと求めてきた答えが出た。その行き着いた結論に3人で満足して1時間に及ぶ話を終えたが、少しの平常心とかすかな希望を得てもらえたと思う。
 神の領域に足を踏み入れた遺伝子医療に一縷の望みを託しながらも、その未知なる故の不安に選択を迫られる。素人の知識が先端医療の実像に追いつくはずがなく、足を踏み込べきではなかったかもしれない医療に望みを託す。矛盾した気持ちをどの様に整理したらよいのか、判断基準を持たない素人は右往左往するだけだ。
 孫の不憫を思い、自分たちの何処に原因があったのか答えを求め苦しむ。自分を否定することで許されるならいくらでも否定するだろう。無条件の愛の前で立ちすくむ夫婦に奇跡あれと願う。


2010年10月26日(Tue)▲ページの先頭へ
不器用
 なんて言って入ってきたのか分からなかった。調剤室にいたのだがやたら大きな声で入ってきた男性に気がついた。何となく薬局に入ってくるときの挨拶とは違和感があった。声に聞き覚えはあるような気がしたが、その挨拶からは誰も思い浮かばなかった。
 顔をのぞけると、時々買い物に来る職人だった。町内のあるお店に勤めている人なのだが、普段はもっぱら現場で工事をしている。今日も服装は普段通りの作業着なのだが手に似つかわしくないものを持っていた。請求書と領収書だ。そのお店につい1週間前トイレの不具合を修理してもらったから、その集金だと言うことはすぐに分かった。だけどその男性はそんな分かり切ったことなのに、何の工事か説明をした。そして金額を申し訳ないような言い方で教えてくれた。その物々しい言い方で僕は勝手にかなりの額を想像したのだが、1000円前後だった。使えなかったトイレが使えるようになって、便利さを痛感していたので、そのあまりの安さに驚いた。すると彼は、悪いと思ったのか値段の正当性を説明し始めた。僕は安い作業をさせてしまったことに気を使っているのに、彼は逆に取っている。そこは説明して理解してもらったが、なんてお金のもらい方が下手な人だろうと思った。恐らく仕事には経験を積んで自信を持っているのだろうが(買い物の時の雑談でそれは分かる)集金業務はほとんど子供の手伝い程度だ。そもそも彼がその様な仕事をしているのも初めて見た。不景気な時代だから一人が何役もこなさなければ中小企業はやっていけないのか、たまたまなのかは分からないが、その似合わなさがいい。スマートに着こなした服装で、スマートな受け答えなどやられたら、こちらが身構えてしまう。騙されようが無いくらい不器用なのがいい。


2010年10月25日(Mon)▲ページの先頭へ
ウイーン少年合唱団
 両極端の経験をした。それも僅か数十分のうちに。
上を向いて歩こうを「田井ーンおばちゃん合唱団」が披露するからと一緒にその男性も飛び入りで練習していた。歌うに連れて他のみんなが我慢できなくて吹き出すほどの音痴だが、それよりも悲惨なのはかなりの歯が抜け落ちているから口笛も吹けない。おまけに痩せて少し姿勢が前傾しているからどう見ても僕よりは年上に見えた。余り深く入り込むと話したくない分野を多く持っていそうだから、ありきたりの会話をしたが、話に躍動感がない。それもそうだろう、恐らく現代を象徴している負の生き方を強いられている人の中の一人だから。「また野宿せにゃあかん」という言葉が飛び出した時、どのくらいの期間そう言った生活を余儀なくされているのか知りたかったので、年齢を尋ねたら僕より15歳も若かった。ああ、多くを失うとこんなに老け込んでしまうのかと驚いた。
もう一方は良い思い込み。逆に僕と同年輩、いやほんの少しだけ年上かなと思っていたのだが、実は10歳以上も年上だった。剣道をやっているから背筋がいつも伸びていて、見るからに足腰がしっかりしている。縁の下の力持ちタイプで、身体を動かすことをいとわない。寧ろ口を動かす方が苦手なのかなと思うが、その方がこちらは信用できる。口の回りの筋肉を動かすだけで多くを得ている人ばかりが目立つが、四肢の大きな筋肉で稼ぐ人は信用できる。そんな人に、あることの意見を聞いてみたくなって話していたのだが、成り行きで年齢の話になって、あまりにも若く見えることでこれ又驚いた。武道で鍛えた肉体と精神が若く姿を変えているのか、あるいは信仰の支えを頂いているのか、持って生まれた遺伝体質か分からないが、寡黙ななかにも自然と漏れる微笑みがすべての可能性を伺わせる。
 下手をしたら、二人が同じ世代にだって見えかねない。堅実さで多くを失わなかった人と、何の歯車の狂いか多くを失った人が、20数歳の年齢差をうち消して接近して見える。暮らしぶりでこれほど生命力を保証されたり奪われたりするのかと、現実を目の当たりにして、薬剤師としての感慨も吹っ飛ぶ。誰が悪いのか、誰も悪くないのか、何か間違っていたのか、何も間違っていなかったのか、街は我関せずとただそこにある。


2010年10月24日(Sun)▲ページの先頭へ
超常現象
 僕は薬剤師だし、本来の合理主義的な性格から、超常現象などと言うものは信じない。テレビでその様な番組をやっていたら即座にチャンネルを変える。また、現れては消える泡みたいなその手のタレントの顔を見るのもいやな方だ。
ところが今朝起こったことは、僕の目の前1メートル以内のことだから全くあり得ないことが実際に起きてしまったと言うしかない。又それに驚くのでもなく、僕はあたかも何もなかったかのようにその後の行動を続けた。
 以前にも書いたが、僕は毎日中学校の裏門から、重いレール式の扉を開けて不法侵入しテニスコートを散歩する。今朝は最近疲れ気味で睡眠が浅かったのか早く目が冷めてしまって、やっと明るくなるのを待っていつもより30分早く家を出た。テニスコートを30分も歩いていたら夜も完全に明けて、いつもの明るい時間帯になっていた。帰ろうとして裏門に近づくと、それこそ1メートル以内に近づいて、さっき数十センチくらい開け放していた扉に手を伸ばそうとした時、あの重い扉がゆっくりと動き出して勝手に閉まってしまったのだ。およそ少し体重をかけてやらないと動かないあの重い鉄のスライド式の扉が、勝手に動いて完全に行く手を塞いだ。 決して僕が寝ぼけているわけではない。まるで出ていくなと何かが押しとどめているような光景だ。でも僕は意外と何も考えずに手で門を開け道路を横切って帰っていった。
 何でもネタにして儲けようとする輩だったら、のどから手が出るほど欲しがるだろう。携帯カメラででも写しておけば小遣いくらいになっていたかもしれない。でも僕はありもしない非科学的なことは信じない。見えない力のせいなどにはしない。だって、今朝はこの辺りとても風が強く、なんなく鉄製の重い扉を動かすのを見ただけなのだから。


2010年10月23日(Sat)▲ページの先頭へ
愛嬌
 昨日掘り返し埋めたばかりのアスファルトは、黒く光っている。まだ白線を引かれていない道路の真ん中あたりに置き忘れられた布きれが横たわっている。元は白色だったのだろうが少しネズミ色に汚れていて、それが丁寧に何重にも巻かれているから、見方によっては猫が横たわっているように見える。いや寧ろ布きれのように見える猫と言ったほうがいいかもしれない。偶然の造形に調剤室から感心してみていたら、作業員が片づけた。しばしの心の遊びだった。
あごが細いから特徴的な顔をしている。斜め上を向いている顔がこの1年しばしば新聞やテレビで映し出された。満面の笑みを浮かべているのに、ちょっと前までは犯罪者の顔で、今や仕事の出来る有能な役人の顔の代表になっている。全く同じ顔で同じ写真なのに、見方によってはずるがしこい悪人に見え、見方によっては知性溢れる才女に見える。こうした相反する印象を持たせた元凶や共犯者は、何ら傷を負うことなくこれからも存在する。質が悪いことにこれからも今までと同じように正義面のままで。個人は勝手にこけても組織は何ら傷つくことなく生き延びる。何処の世界も同じだ。固有名詞ではなく肩書きだけで事が足りる世界の恐ろしさだ。
布きれが猫に見えるのなら愛嬌ですむ。ただ質の悪い奴らの正義面は愛嬌ではすまない。見方を変えても変えなくても、正義は正義であって欲しい。責任をちゃんととれての正義だ。組織という実体の怪しげなもののために、人が消化されるのではたまらない。実体のないもののために如何に人間が犠牲を強いられているか。そしてその為に如何に人が道を踏み外し、如何に転落していくか。企業や団体が個人より優位にあるという神話から解放されないまま、固定された価値観だけが闊歩する。


2010年10月22日(Fri)▲ページの先頭へ
数学
 若い男性の涙声の電話を切った後、5分としないうちに女性の涙の電話をもらった。どちらも涙の原因は家族だ。病気に関して素人である家族の理解を得ることは結構難しい。完全に理解してもらう必要はなく、僕はただ、苦しんでいることだけを理解してもらえれば充分だと思っている。家族は大切な分、気持ちがより深く入って焦ったり、完全を求めたりする。他人なら気休めも口からでるが、家族ではそれではすまされない。結果を要求してしまうのだ、それも完璧な結果を。
濃密な家族関係はテレビ画面に映し出されるとそれはそれで心地よいものかもしれないが、実生活では結構負担に感じるのではないか。我が家はその逆だから、何かクールな感じはするが、子供達の独立は早すぎるくらい早く、結構自由にやってきた。僕ら兄弟もそうだし、僕の子供世代もそうだ。ドラマになるような家庭生活はなく、家族より仲間を優先して生きてきた。僕の父など今の僕がそうであるように、仕事優先、いや仕事オンリーの生活を貫いていたが、それを見ていて寂しいと思ったことは一度もないし、干渉されなかった分嫌うこともなかった。何となく尊敬していたようにも思う。
いざとなったら確かに家族かもしれないが、いざとなる原因も家族が多い。職場と家庭がなければ現代人のストレスのほとんどが消えて無くなると僕はしばしば口に出すが、ブラックユーモアのつもりではない。結構言い当てているのではないか。漢方薬を勉強したおかげで、家庭に幻想を抱くことがなくなったし、家庭に幻想を抱いて突き落とされた人達のとまどいも良く分かるようになった。漢方薬の目指す中庸と言えば格好いいが、ほどほどこそ居心地が良くて、自然なのだ。バランスのとれた座りの良い状態なのだ。
悲しい時、辛い時は、このほどほどを思い出せばいい。高校の数学で、ほどほどの点数さえとれなくても何ら悲観しなかったではないか。人生で高校の数学以上の点数はとれるものではない。


2010年10月21日(Thu)▲ページの先頭へ
天秤
 奇跡以外では解決できないことがある。それを願って毎日神仏に祈る。ふと通りかかった神社仏閣、当然教会でも頭を垂れる。どれだけの人が同じような行動をしているだろう。恐らく何十万、いや何百万の人が同じような想いで同じような行動を取っているに違いない。科学でも医学でも及ばない苦しみの中にいる人、あるいは取り巻く人達の苦痛は無限。健常の遠く及ばない彼方だ。
深く頭を垂れ祈る人の力を僕は知らない。だけど奇跡を呼び込んだ人達、客観的な裏付けなどは勿論ないが、当事者や、取り巻く人達にとっての確かな奇跡を呼び込んだ人はいる。奇跡としか言いようがないと彼らは又深く頭を垂れる。見えない力を神、仏と崇め跪きひたすら謙遜を実践する。
思い残すことがないことは幸せだ。例え未来を失っても、それは取るに足らない。取るに足らないから失ってもいいのだ。今ある不運を奇跡が救ってくれたら思い患うことなど何もない。取るに足らない未来などとは天秤にはかけれない。
 奇跡を頂く代わりに差し出す事が出来る唯一のもの、それは謙遜。






2010年10月20日(Wed)▲ページの先頭へ
看板
 無口な男性は、如何にも職人らしく人間が苦手なのだろう、目を合わせずに横向きのまま僕と話をする。時にこちらを向くのはやはり、相手を確認しなければ落ち着かない最低限の動物的反応なのかもしれない。彼は年に一度牛窓に呼ばれ、いわゆる大店と言われたお家の庭の剪定をする。
 草1本生える余地のない全面コンクリート敷きの我が家からすると夢みたいな広大な庭を持っているお家で年に数日だけ仕事をするらしく、そのたびに薬局に立ち寄る。いつ来ても黙ってドリンク剤を飲んでいくだけなのだが、今日は何故か口が軽かった。それには理由があって、彼みたいなたたき上げの職人ではなく、大手の「看板をあげている」業者がエンジン付きのバリカンで簡単に頭をそろえて、ハイお終いにしているのが気に入らないらしい。茶摘みの機械みたいなものだろうか僕は想像がつかないが、簡単にスピーディーに出来るらしい。勿論見た目は綺麗だが、節の上だけしか切れないからすぐ延びて縦にも横にも膨張して延び、巨大な生け垣みたいになるらしい。素人相手にもっと専門的に説明してくれて、刈った葉が重なって空が見えないと言っていた。彼は、その節の下を切るらしい。そうすると1年前の状態に遡ることが出来るらしいのだが、まるで林で木を間引くような作業は手でやるしかないらしいのだ。そうすると葉が重ならなくて綺麗なまま成長すると自信満々に言うが、何となく素人にもその価値は伝わってくる。ところが最近は、何処の大店も若干不景気らしくて、「看板をあげている」所の後始末をさせられることが多いと嘆いていた。節約志向の末、大切な木々を枯らすことが多いのだそうだ。職人のプライドを僕に見せても、チューリップ一本咲かせることが出来ない僕の家では、相づちより一歩も踏み出せない。
 何度と無く繰り替えされた「看板をあげている」に何となく共感するのは、恐らく僕の職業だけではないだろう。色々な業種で、昔ながらの丁稚からたたき上げるようなことが無くなり、人海戦術、あるいは機械にものを言わせたうむも言わさぬ攻勢に晒されている多くの職業人に共通した想いかもしれない。無口の雄弁に妙に打つ相づちが多い。
 何年分も話したのに、それも次の相談者が腰掛けて待っているのに、話が終わる気配がない。少し僕は次の人が気になっていたのだが、予期せぬ雄弁に水を差すことを躊躇っていた。すると助け船を出してくれたのが、最近めっきり増えた音もせず飛び、一瞬のうちに血を吸う黒い蚊だ。その蚊が男性の頬に止まった。喋りに夢中の男性は気付きもしない。これで頬が痒くなって帰るだろうと、僕は見て見ぬ振りをして蚊の食欲に期待していた。しばらく気がつかなかったからかなり吸われただろう。そのうち蚊を振り払ったから、いつ痒がるかと思っていたがなかなか痒がらない。これは大変だ、エンドレスだと諦めかけていたとき、もう一組の相談者が入ってきた。さすがに男性は気配を感じてくれたのか、名残惜しそうに出ていった。
 僕は相談机で10分以上待っていてくれた若い男性にお詫びを言って、1週間の彼の経過を聞き始めた。すると一変にほっぺたが痒くなり盛り上がってき。やられた、蚊は1匹ではなかったのだ。


2010年10月19日(Tue)▲ページの先頭へ
遺伝
 毎日僕の薬局に手伝いに来てくれる母は、バスに乗り遅れたら2kmを歩いてやってくる。今日その歩く姿を見て、お母さんが飲んでいる薬を下さいと言って70歳代の女性がやって来た。がっちりした女性なのだが、圧迫骨折をしていて背中が極端に後ろに飛び出て首から上が前傾している。20歳くらい年上の母がさっそうと背筋を伸ばして歩いている姿にあこがれたのだろう。
実は母は病院の薬は飲んだことが無くて、僕の薬も3つしか飲んでいない。どれも何かを治療しようと言うものでなく、何となくよさそうくらいの感覚で飲んでいるだけだ。血液の老廃物を捨てる作用のあるものと、骨格系を守るもの、胃腸を整えるものだ。これを飲めば母のように元気でおれるかは保証の限りではない。人には人の弱点や長所があるから一般論ではなかなか片づけることは出来ない。どれもちゃんとした商品として優れているものだが、同じ薬を乞うてきた女性にそのすべてが必要だとは思えない。だから圧迫骨折の既往があるから骨格系を守るものだけ持って帰ってもらった。
 以前母が父を手伝って薬局をやっていた頃、その元気さを利用して今の話のように自分が飲んでいる薬をみんなに勧めたらって冗談でよく言っていたが、決してそんなことが出来る母ではなく、決して自分を売るようなことはしなかった。思えば商売が本当に下手な両親だった。時代が良くてそれでも生活できたのだが、その精神は、僕はおろか、僕の次の世代まで遺伝しているみたいだ。正攻法しかできないのだ。田舎で商売を許されるたった一つの条件だったのだろう。限られた人数しかいないのだから、裏切ること、欺くことは致命的なのだ。一度失ったそれらを取り返すのは、それはそれは困難を要するから。
90歳元気セットとでも銘打って、母が飲んでいる薬を売り出せば少しは商売が楽になるかと思うが、東大医学部セットも売れなかったから、余りかけ離れたことにはみんな興味を示さないのだろう。来年、僕の漢方薬を飲んでくれている子がテレビに映り出す。やはり売れるのは「女子アナセット」かな。


2010年10月18日(Mon)▲ページの先頭へ
旋回
 この世界も農業と同じで高齢化が進んでいるから、40歳を十分回った彼でさえ若手だ。何となくくつろいだ様子だったから日曜日はどうするのと尋ねたら、「久しぶりに釣りにでも行ってのんびりするわ」って答えた。久しぶりに釣りに行くと言っても彼は漁師だから、毎日海に出て魚を獲っているはずだ。聞き違えたような気がしたから、「釣りに行くって、毎日行っているではないの」と尋ねると、仕事と遊びでは同じ釣りでも違うらしいのだ。禅問答みたいな答えだが、これは何か示唆を含んだ答えなのか、それとも単純な釣りキチか。僕は彼を中学生の頃から知っているから、明らかに後者と断言できる。釣り以外にすることはないのかと言っても、何もないらしい。牛窓の漁業協同組合も彼みたいな人材がもっと欲しいだろう。漁師の鏡みたいな人だ。
さしずめ彼の傾向は他の職業ではどの様な行動パターンにあたるのだろう。ジャンボの機長がセスナに乗る。タンカーの船長が櫓を漕ぐ。外科医がカエルの解剖をする。学校の先生が塾で教える、石川遼君がグランドゴルフをする、中島みゆきがNHKの素人のど自慢に出る。
 趣味と職業が一致している運のいい彼だが、なかなかそんな人はいない。多くの人は食うために働いている、自分の希望はずいぶんと後回しにして。正規の仕事がない不安定な中で懸命に倫理を崩さずに働いている。いっそのこと破壊的に生きていこうかと堰を切る感情に抵抗する高度な倫理を保ちながら。車窓からすれ違う景色もどこか愁いを秘めていて、喜びに沸く息吹に遭遇することはない。あの悲しげな高揚した倫理はいったい何なのか。墜落を免れた紙飛行機が尾根伝いに消えていく。墜ちることの許されない紙飛行機は息も絶え絶えにけなげな旋回を繰り返す。


2010年10月16日(Sat)▲ページの先頭へ
自爆
 全くの偶然なのだろうが、僕自身も惜しい気がするし、本人達もわざわざ休薬を知らせてくれるくらいだから残念だったのだろう。
二人とも僕より一回り以上年は大きいと思う。患っていた期間は男性は10年以上、女性は5年以上にもなるらしい。男性の方は幻視。2階の廊下の突き当たりにある鏡から幼い子供を連れた女性が出てくる。そして部屋の中の椅子の陰からずっとこちらを見続ける。僕の漢方薬を半年前から飲んでくれていたが、「最近は二人が恐ろしくなくなって、消えろって言ってやると消えるんです」と喜んでいた。「こちらの方が強くなった」と薬局の中でも楽しい会話が出来るようになっていた。
 女性は鬱(僕に言わせればウツウツ)男性と同じようにやはり家族の不幸をきっかけに発症したらしいが、本来溢れる才能をいかす場所を失い、そう言ったところに出ると震えて失神しそうになる。2ヶ月くらい漢方薬を飲んでもらったら、嘗て出席していた文化サークルのほとんどに復活できた。
 この二人が相前後して、漢方薬をお医者さんに止めるように言われたと連絡してきた。普通なら僕に黙って勝手に止めればいいのだろうが、敢えて二人は教えてくれた。二人ともとても律儀な方で、黙って止めるって選択は受け入れられないタイプなのだろう。どちらも血圧が上がったから止めるように言われたというのだ。この2週間前は急に気温が下がり始めたから血圧くらい誰だって冬に向かって上がってくるだろうと僕は思うが、詳細は分からないから、ああそうですか、残念ですねと言うしかない。実際どのくらい上がったのか、むくみや尿量の減少、倦怠感などの他の症状もあったのかどうか何も分からない。ただ、本当に漢方薬のせいなのかどうか判断しようがないから、定石通り服用を止めるしかない。
 この二人のあの忌まわしい歳月をやっと克服できるようになった事実を医者が評価しているのかまことに疑わしい。長年恐らく治らないものと決めつけていたのではないか。患者さんの長年の苦しみからの解放を一緒に喜んで、より良い方法を探ってあげればよいと思うのだが、なんだか虚脱感に襲われた。血圧が上がってその原因となるものを探求し排除する努力は当然だが、患者さんの気持ちに本当に寄り添えているかどうかは疑わしい。
 僕の薬局に一番無いものは権威。それがないから頼りないが、それがないからお手伝いできることが多い。歯がゆさも多々味わうが、一番似合わないものを今更求めても自爆するだけだ。ここはイラクでもアフガニスタンでもないのだから。


2010年10月15日(Fri)▲ページの先頭へ
全然
 何も欲しいものがないから意識してお金を使うことはないが(何気なく必需品だけを買っている)散髪代は意識してしまう。昔ながらの散髪屋さんには悪いが、合理主義が頭をもたげて、昔ながらの所には行きにくい。昔ながら・・・に何が対峙するのか正確には分からないが、僕の頭の中には1000円で10分くらいで仕上がる散髪屋さんのことがある。シャンプーもひげそりもない。ただ髪を切って掃除機みたいなので吸い込むだけだ。勿論髪型などは要求できるのだろうが、どんな髪型でも土台が崩れているのだから、何も要求しない。これは物心ついた頃からおなじみの行動だ。何も要求しないでシェフにお任せだ。幼いときには男が格好に拘ることに美学を感じなかったから何も要求しなかったが、今はその意味すら感じなくなった。無駄な抵抗のような気もする。
 確かにカミソリで深く髭を剃ってもらい、柔らかい手でシャンプーをしてもらうのは気持ちがいい。その心地よさの差が3000円以上の価値があると認めている人に横やりを入れるつもりは全くない。僕だってその心地よさは分かる。ところが髭は翌日からもう伸びるし、髪型は一晩眠れば崩れるしで、心地よさだけで3000円余分に払うことに抵抗を覚えるようになった。最初、1000円の看板を見たときには胡散臭くて躊躇ったが、一度経験すると、その1000円の方が普通のように思えて、そこから心地よさを積み上がれば4000円以上になるのだと考えるようになった。4000円から、いや山から谷を見下ろすのではなく、谷から山を見上げるようにした。
 僕に漢方薬を教えてくれた今は亡き先輩二人も同じような考えだったのかもしれない。二人とも何故か僕に金額の縛りを示唆した。少しばかりの知識を得ておごるなと言いたかったのかもしれない。おごるどころか僕には尊敬してやまない先生がいるから、幸運にもずっと謙虚でおれる。おかげで、僕がお手伝いした人達のほとんどがごく普通の人達だったから、症状の改善を心から一緒に喜ぶことが出来た。逆によい結果を手にしていただけなかった人には申し訳けなく思い、僕自身の心も病んでしまう。自分の健康のためにも常によい結果をだし続けることが必要なのだ。仕事の結果が僕にとって薬にも毒にもなる。
 夕方、恐らく東京のど真ん中から電話をくれた女性が、雑踏の喧騒をバックに「全然」と言った。何が全然かと言うと。過敏性腸症候群が治って来ると「世間が今までとは全く違って見える」のだそうだ。同じ都会の中で同じように暮らしているのについこの前までお腹のことで苦しんでいた頃とは全く世の中が違って見えるのだそうだ。このような表現で喜んでくれたのは初めてだったから僕には新鮮な喜びだった。
 僕もその女性も決して眺望の良い山上で暮らす人間ではない。谷川沿いに続く道をとぼとぼと歩いているだけだ。せせらぎの音、鳥の鳴く声、風のいたずら、摩天楼の谷を歩く彼女にも聞こえているはずだ。






2010年10月14日(Thu)▲ページの先頭へ
十八番
 こちらが言う前に先手を打って言われたら為すすべがない。その言葉は僕が頻繁に使う言葉だが、本人が口に出し、それも結構本気で悩まれると逆に慰めにかからなければならない。今までにないパターンだ。僕が口に出す場合は100%冗談だから。
体調不良で相談に来る方の中で、堅い人には緊張感をとってもらうためにとっておきのギャグがある。とっておきも頻繁に出しているから最近ではとっておきにはなっていないのだが。「昔、蛇を殺したんではないの?」と思い悩んでいる人に声をかけると、結構そこで一瞬緊張感がほころぶことがある。体調不良の方の多くは、自分を責めているか、環境や見えぬ敵、見える敵を心の中で攻めているから、交換神経は亢進気味だ。そんな時に誰が見ても憎まれ役の蛇くらいに責任をなすりつけておけば誰も傷つかない。もっとも爬虫類をこよなく愛する人には失礼な話かもしれないが幸いにも僕の回りにはその様な人はいないから、今のところ蛇に全責任をなすりつけている。これが蛇以外の、例えばカエルでも、ヤモリでも、オオサンショウウオでも迫力がない。やはりあの手もない足もない体温もなさそうな?いやいや感情も血も涙もなさそうな動物が適任なのだ。
「昔、蛇を一杯殺したからたたりかなあ」椅子に腰掛けるなりその老人は嘆き始めた。おいおい、僕の十八番を取ったら慰めの糸口を失ってしまう。「そんなに沢山殺したの?」「そりゃあそうだわ、百姓だからマムシでもアオダイショウでも一杯殺した」これはもう話題を逸らすしかない。県内の有名な病院は全部かかったが原因が分からないから治療のしようがないと言われ何処も薬もくれなかったというのだ。大きな病院だから科学的な判断を下しているし善良な判断だ。ところが本人は尚更不安になって開業医にかかったが、開業医は簡単に薬をくれたらしい。当然効きもしないから不安になって訪ねてきてくれたのだ。
 薬剤師は検査の資格も知識もないから医師が原因がないと言ったことを覆すことは出来ないし、そんな大それた気持ちもない。ところがそれがかえって功を奏することがある。原因は分からなくても本人が訴えている症状は分かる。ある意味では分かりすぎるくらい分かる。本人と向き合い情報を一杯集める訓練を何十年も続けてきているから。僕はこの男性の症状は、血液検査でいずれ出てくる病気の前兆だと思っている。それが証拠に、その病気の漢方薬を作ったら少し症状がとれ始めた。高度な知識はないから、何々を治しますとは言えないが、何々の症状をとっていこうとは言える。無知も時には知に優ることもある。
 蛇のたたりの十八番を奪われたから、「ご主人、蛇のたたりではなくて、八つ墓村のたたりではないの?」と逆転ホームランを狙ったら、その男性はしらっとしていた。横溝正史の本を読んでもいなし、テレビのシリーズも見ていなかったのだ。折角岡山県を舞台に沢山書いてくれているのに。この気まずい空気こそ「たたりじゃ〜」


2010年10月13日(Wed)▲ページの先頭へ
肯定
 生かされているのは僕自身、救われているのは僕自身、そうとしか思えない二つのメールを昨日同時に頂いた。パニック障害と過敏性腸症候群の女性からだ。年齢が似ているのか性格が似ているのか、同じように僕をいたわってくれて、同じように僕がホームページやブログに掲載を依頼したことに喜んで許可を与えてくれた。
 二人の変化で一番嬉しいことは、過去を否定しなくなった事だ。辛くて長かったトンネルをやっと肯定出来て、自分だけをテーマに暮らしてきたことから、他者への視界が開けてきたことは素晴らしい。その上に、他者にも手を差し伸べようとしてくれている。他者を思いやる余裕が出てきたのだ。本来的には素晴らしい純情の持ち主が、それを発揮出来なかった呪縛をやっと振り払えた。誰もが備えている才能は社会で生かされるべきだ。それは必ずしも労働や奉仕という形を取らなくても、日常で彼女たちが送る眼差し、たたえる笑み、口から零れる言葉で表れれば充分だ。そうした無数の小さな積み重ねでこの国はまだまれに見る住みやすさを保つことが出来ているのだから。

おつかれさまです。
最近、うれしい出来事があったので先生に聞いてもらいたくてメールします。なんと先週、娘のお友達のお母さんたちとランチに行ってきました。ランチに行くことができたなんて本当に本当にすごいです!家から一歩も出られなかった私がランチに行ってきたんです。
先生、本当に本当にありがとうございます。先生に出会っていなかったら今の私はなかったです。今まで、何で私だけ・・・つらい・・・と思っていたけれど、色んなことが幸せに感じています。ご飯が食べられること、外出できること、人と話せること。当たり前だと思っていたことがとても幸せに感じられます。パニック障害になって本当に地獄のような日々でしたが、こんなことになって気付いたことがたくさんあったのでマイナスばかりではなかったと思っています。自分は不幸だと思って生きてきた私に、幸せに気付かさせるための試練だったのだろうと思います。そして、人の苦しみも理解できるようになったと思います。私と同じように苦しんでいる人に言ってあげたいです。私がここまで治ったんだから絶対治るよ!って。まだ時々、先生にお世話になりながら頑張ろうと思っているのでこれからもよろしくお願いします。○曜日は娘の学校で○○大会があります。今年は私が行ってこようと思ってます。先生、本当にありがとうございます!!!!!先生に会えて本当によかった!!!!!

私の経験が少しでも役に立つのであればそれほどうれしいことはありません。
その方に、絶対大丈夫!!この私が良くなったのだから!!!とお伝えください。
誰かを少しでも楽にしてあげることができるなら、私の過去も無駄ではなかったのだとうれしく思います。

こんにちは。お元気ですか?体調すごく良いです。今日は午前中、娘と百貨店へ買い物へ行ってきました。すごい進歩です。自分でも本当にびっくりしてて・・・こんなに楽に過ごせるなんて夢にも思わなかったです。家事もスイスイ終わります。立っているのが苦痛じゃなくなりました。☆まだまだ集団(小中高校生など)でいる人達は苦手なんですが、なんとか克服していきたいと思います。

こんばんは。下手な文章しか書けていないですが、何でも使っていただいて結構ですよ。
過敏性で苦しんでいる人のお役にたてれば嬉しいです。特に学校に通っている患者さんなんて闇の中を歩いて生きている様なものだと思います。他の病気と違って家族にすら相談しにくいから、無理して通学しているうちにどんどん悪化していくんですよね。先生の漢方薬に出会えて本当に良かったと思います。☆百貨店の中をぶらりぶらりと歩いていられたら良かったんですが、実際は子供を追いかけて走りまわって、汗だくでした。
(^^;)それでは・・・お休みなさい。


2010年10月12日(Tue)▲ページの先頭へ
大車輪
 身の軽さでは小学校の頃から抜きんでていて、休み時間のヒーローだった。高学年になると休み時間には鉄棒でよく遊んで、逆車輪が出来るかどうかがヒーローになれるかどうかの最大の分かれ目で、大車輪になるとほとんど中学校の体操部に直結だった。逆車輪だってほとんどの人が出来ないから僕らには大車輪が出来る彼は羨望の的だった。当然その後の彼は体操で有名な高校、大学と進んで、その後はスポーツクラブの指導員などを経て、牛窓に帰ってきた。体操が得意な子の良くあるコースかもしれない。それでもさすがにその道でならした人だけあってオリンピック選手の一人を敬称なしで呼んでいた。中学校までしか一緒の学校に行かなかったから具体的な活躍は知らないが、進む道で人脈というのは出来るものだと感心していた。
その彼がびっこをひきながら薬局に入ってきた。つま先あたりを骨折したらしいのだがその理由がふるっている。段差のあるところを降りていて捻挫したらしいのだが、その段差が僅か10cmくらいしかなかったらしい。嘗て、僕らがテレビで見る体操選手の妙技に近いことが出来ていた男が、僅か10cmの段差を踏み外しただけで骨折するなんて考えられない。プロの音楽家が音程をはずすようなものだ。水泳選手が溺れるようなものだ。マラソンランナーがトラックの中を走っている間に息切れするようなものだ。アデランスの社長がはげているようなものだ。資生堂の社長がシミだらけのようなものだ。大正製薬の社長が風邪をこじらせるようなものだ。スーパーマンが落ちるようなものだ。
話がそれてしまったが、その彼でさえこうなのだから同級生の僕だって肉体的には同じ条件だ。髪の毛がほとんど無くなった頭頂部を叩いて哀しみのヘッドライトと言い、口笛を吹いて下の歯が無くて鳴らなかったと教えてくれるが、彼の話は決して人ごとではない。ただ、酒とタバコで傷めた肌はさすがに実年齢よりも遙かに老けて見えて、それに輪をかけた博打好きは精神までも老いさせている。
 時間を誰の為に使うのか、能力を何のために使うのか、現役をいつまで続けるのか、選択肢の少なくなった閉店前の食べ物屋でメニューを覗く。空席が目立ち、電気も落とされ、居心地の悪さにしがみつく。今日に未練があるわけではないのに明日にふと希望を感じたりする。「なんにもしないことが、なんかすることと同じだったりする」(by友部正人)





2010年10月11日(Mon)▲ページの先頭へ
鶴島
 穏やかな休日、苦手の事務と今日でなければならない6人の調剤のためだけに、肩の力を抜いて仕事をしていた。すると聞き慣れた甲高い声が入ってきた。それも派手なオレンジ色のTシャツを着て。「又来た〜」とでも僕は言ったかもしれない。今思い出そうとしても何を言ったか思い出せない。ほとんど悲鳴に近かったと思うのだが、間違っても歓迎の言葉は出していないと思う。予約の最後の一人がもう10分でも早く来てくれていたら、シャッターを降ろしてあの悪夢のような3人組の乱入を防ぐことが出来ていたのだが。
今日は、日生の鶴島でカトリックの殉教者のためのミサが行われて, 玉野教会から3人の女性が参加したらしい。その帰りに去年と同じように寄ったのだが、段々僕の素性があからさまになるので、どこか近隣に関所でも作って牛窓に侵入させないように手段を講じなければならない。そうしないと誰にも知られない街「玉野」の僕のロマンが崩れてしまう。
今日の乱入にはサプライズが用意されていて、一緒にキム神父様が来られた。おばちゃん達の昨年の再現はあり得るかなと覚悟はしていたが、キム神父様が来られることは想定外だった。コーヒーを飲みながら楽しい話が出来たのだが、その中で感銘を受けた話があったので少し披露する。
 洗礼を受けて数年たったのに、僕はほとんどキリスト教について理解は出来ていない。自信を持ってこのことは言える。ただ何となく頭ではなく心で感じるものは多々ある。僕が玉野カトリック教会に通いだして、一番心に響く言葉は、いやそれだけ頻回に神父様のお説教の中で繰り返されているのかもしれないが、「謙遜」と言う言葉だ。謙遜であれといつも呼びかけられているような気がしていた。そしてそうありたいと常々自省を込めてその言葉を反芻している。そして今日、キリスト教の原点そのものが一に謙遜、二に謙遜、三も四も謙遜だと言われた。神様が人間の似姿をして馬小屋の飼葉桶の中でまるで貧しさの象徴として生まれる、これ以上の謙遜があろうか、それが原点だと教えて下さった。恥ずかしながら今まで全くその事には思いが至らなかった。でもまあ、信仰は理屈でも理論でもないから、僕みたいな感性のみでもいいのだろう。信仰して息苦しくなったりしては本末転倒だから。
 もう一つ、神父様が調剤室に入って十字架を見つけたとき、立派な宣教になりますよと言ってくださったことだ。僕は、調剤ミスを何とか防ぎたい一心で、又拙い僕の漢方薬が少しでも患者さんの役に立ってもらえたらと、それこそ神様にすがりながら仕事をしているのだが、どんなに良い仕事が出来ても、所詮結果的には経済行為でしかないのだ。いくら善意はあっても所詮経済が100%支配し、慈善ではあり得ない。そう言ったジレンマを抱えながら仕事をしていたが、それで許されるって事を今日教えて頂いた。今のままでいいのだと言って頂いたように思う。
 先にも述べたように僕は無知な信徒で、キリスト教について述べ伝える知識はない。又その器でもない。ただ撲の前には、沢山の過緊張を強いられる現代の殉教者がいて、その人達の苦痛を取り除くことが求められる。会社で、家庭で、学校で多くの殉教者が日々生み出されている。ほんの一瞬の笑顔、ただ一度の笑い、それに遭遇するときの喜びを支えに、十字架に守られながら仕事をしている。
神父様を中心に3人の乱入おばちゃん達は1回どころか、1年分くらい笑って帰っていった。3人が丁度僕の一番上の姉と2番目の姉くらいの年齢で、どうも僕には超えられない壁になっていて、あの幸せな笑顔はどこから来るのだろうと考え込んでしまう。どんな宗教でも、心から信頼し身を委ねている人達の特権みたいなものだろうか。いやいや僕には分かっている、手を合わせ神様の御旨のままにと祈れる人と、望を唱える人間との違いなのだ。
今日はおかげで、あの甲高い乱入で大きな頂きものをした。来年は会席料理かフランス料理のフルコースでも用意して、今年以上の頂きものを頂こう。あ、又欲が出ている。これだから当分あの3人の壁は越えられそうにない。


2010年10月10日(Sun)▲ページの先頭へ
 お腹の話になると少しだけ悲しげな表情に変わりましたが、おおむね 貴女は穏やかでした。都会の人を想像させないゆっくりとした雰囲気を醸し出せる人なのでしょう。時計の針はゆっくりと進み、吹く風も寄り道しているようでした。その様に見えた貴女も実際は、人の波にもまれ、沈殿した排気ガスの中で暮らしているのですね。僕らが日常どっぷり浸かっている景色も、あなた方にとっては心が休まる風景だったかもしれませんね。一見何の価値もなさそうな島や海、それにまぶしすぎる太陽さえ、あなた方にとっては戦いの神経を休める景色なのかもしれません。田舎で暮らす僕たちと、都会で暮らすあなた達では、精神の消耗度が全然違います。どこかで充電しないと、平穏な心さえ保つことが出来ないのかもしれません。家庭にも職場にも恵まれているあなたが治らないはずがありません。着実に完治に向かっているのが分かります。
 「午後の腹痛&ガスが激減しました!ガスもだいぶコントロールができるようになり、
トイレでまとめて出来るようになり、もうちょっとかな?と思っています!今日、恐怖?の3時のオヤツをたべたのですが、なんとか、無事でした(^◇^)」
 僕の言う腸がウインナーソーセージから丸大ハムに変わりつつあるのではないですか。
そうなれば完治です。見るからに穏やかな貴女が完治したらどうなるのでしょうね。お節介おばさんになりそうでもないし、会社の主にもならないだろうし、モデルや歌手はもう遅いだろうし、今までの苦しみを忘れて図々しい人間にもならないだろうし、弱い人にひたすら強い人間はならないだろうし、そうか、今までのままですよね。貴女は恐らくいつも自然な貴女自身を見せてくれていたのでしょうから。
 「自然に”人を思いやる”事が出来るのは、とてもシアワセなことですね。お腹の事で辛い思いをするたびに、私に何が足りないのか?そんなに悪事を働いたのか?何故自分ばかり不幸なんだろうって思ってたんですけど、、、そんな事もないかな。と思えてきた今日この頃です。」
 僕は貴女の純朴さは多くの人に大切にされているおかげだと思っています。貴女自身が、貴女自身をもっと認めてあげれば良かっただけです。不幸にも自分と戦っていただけなのです。お腹の不幸を差し引いても、余りある幸せな人なのかもしれませんよ。
 「”人生に無駄なものはない”早くそのよう思いたいです。これを超えられれば、最後の壁越えられますかね?」
 とりあえず最大の壁を越えられるでしょう。その後に来る壁があるとしたら、又貴女を成長させてくれる壁です。後退の壁ではありません。その持って生まれた穏やかな表情が、今度は多くの人を幸せにする壁を越えます。素晴らしいことではないですか。
ヤマト薬局




2010年10月09日(Sat)▲ページの先頭へ
一蹴
 厚生労働省の自殺、鬱病対策プロジェクトチームが、精神科や心療内科の受診患者にしばしば見られる、向精神薬の過量服薬の防止策として薬剤師の活用を提言したそうだ。
もう一つ、同じ向精神病薬について話題がある。複数の医療機関から向精神病薬を処方されている生活保護受給者の7割に不適切な受診があると言うことだ。上品な書き方をしているが要は自分でガボガボ飲んでいるか、横流ししていると言うことだろう。
僕はこれらのことを防ぐのはかなり難しいと思っている。牛窓みたいな田舎の薬局、それも地元で生まれ育った人間ですら、すべての人を把握するのはとても出来ないから、都市部にある薬局など患者の性格や暮らしぶりを想像することなど不可能だ。それにもまして大切なことは、患者がガボガボ飲もうが横流ししようが、薬局を含めた医療機関がそれで利益を得る現実が横たわっているって事だ。患者から直接お金をもらうならまだしも、保険という名の迂回した支給だから誰も懐が痛まないのだ。痛まないどころか潤ってしまう。ほんの少しの良心の痛みを怠慢に置き換えれば懐に入るものをみすみす逃すはずがない。最早多くの薬剤師が、企業の雇い人だから収益を強要される存在でしかないのだ。
 それにしても簡単に手にはいるものだ。偽の処方せんを作って必死で手にいれようとしている人から見れば羨ましいくらいだろう。どんなにその種の薬がいいのかどうか僕は服用したことがないから分からないが、とんでもないものにとりつかれたものだ。僕などせいぜいリポビタンかユンケルくらいしかわざわざ飲みたいとは思わないから、安く済むし、美味しいし、ついでに150円分か500円分元気になる。以前ペットボトルで作ってくれと会社に言ったが、一蹴された。結構僕は本気だったのだが。
社会の信頼関係に依っているシステムが、どのくらい信頼関係そのもので崩れていっているのか分からないが、病気の克服のために研究され商品化されたものが、皮肉にも社会の病根の一つになろうとは、研究者は考えも及ばなかっただろう。


2010年10月08日(Fri)▲ページの先頭へ
起訴
 「国民に政治への関心を持ってもらうことは非常に大切で、その一つの手段として取材を受けた。正式な手続きを経て、(国会職員の)立ち会いのもとで撮影した」とも述べ、手続きに問題はなかったと強調した。
お得意の白い服を着て国会議事堂の中でポーズでもとったのだろうか。その写真を見る気にもならないがテレビで偶然見てしまった。女優気取りか事業仕分けの余韻を残しての英雄気取りか分からないが、国会議員が何のポーズをとるのだろう。長年ポーズだけの言葉に翻弄された取るに足らない一路傍の石としては、姿形で政治への関心を喚起するなどと、その思い上がった気持ちこそ不愉快だ。こんな人間に1時間700円で働いている人達の声、あるいはいつ首を切られるか針のむしろの上に座らされて働いている人達の声が届くはずがない。届かない声に届いている振りが出来るのがこの種の人間の特技だろうが、理屈は何とでも考えられる。国民にファッション誌を経由して政治に関心を持たすなどと良くも考えついた理屈だ。人を馬鹿にするにも程がある。ナルシシズムか露出狂か思い上がりが露呈してしまったという方が余程説得力がある。
姿形が正義まで変える。全く逆の風貌で追いつめられている男がいる。長年、町の有力者と言えばある政党を支持している人ばっかりで、批判めいたことは口には出しづらかった。ところが、今や悪人の代表みたいにマスコミから叩かれる男によって、その息苦しさはなくなった。恐らく日本中で長年の精神的な圧迫感から解放された人間が多いのではないか。そんな業績を、小さなミスで否定していいのだろうか。混乱こそがマスコミの商機だから、中傷ばかりが垂れ流しにされるが、そんなことで大きな貢献を否定したら誰も後に続かなくなる。愚直に仕事に打ち込むより、カメラ目線で虚像を流し続ける方が肩書きや権力を手にすることが簡単なら、誰もが地道な作業を省略し受け狙いの媚びばかりが氾濫する。
 正義面、潔癖面する女より遙かに偉大な業績を残した男が、平均年齢僅か30歳の小さな集団に貴重な時間をもてあそばれる。もともと1年前の変化に過大な期待はしなかったが、失望するとは思わなかった。ところが、肩書きを得た人間達の自己保存能力のあからさまな醜態に、嫌悪の情が日々募ってくる。言い古された「何処も一緒」「誰がなっても同じ」が妙に親近感を持って迫ってくる。
 この女性、起訴されないの?


2010年10月07日(Thu)▲ページの先頭へ
晴耕雨読
 エネルギー、環境、金融問題を抱えているグローバル経済が崩壊すれば、多額の借金や資源を輸入に頼っている日本は国内総生産が今の半分になるかもしれないと予測し、自給自足に近い生活が出来るようにしているのですと、その人は言う。経済の話は全然分からないが、1980年頃の生活ぶりを想像すればいいらしい。牛窓に戻ってきてがむしゃらに、訳も分からず勉強会荒らしをしていた頃だ。あの頃何かの不便を感じていたかというとそうでもないし、社会に不満を持っていたかというとそうでもないし、将来に不安を感じていたかというとそうでもないし、となると結構幸せだったのだ。だからその頃に戻ると言われても僕には何ら問題はない。当時持っていなくて今持っているのは恐らくパソコンくらいなものだろうし、逆に当時持っていて今持っていないものはいくつもある。
僕も何年も前に良く口にしていた言葉なのだが「売り手の宣伝に踊らされ、使う必要がないお金を使い、多くの人が買い物中毒になって生み出されている今の経済の半分くらいはいらない経済だと思う」とはよく言ってくれたと思う。僕はこんなに上手くは表現できていなかったが「必要ないものを作り、必要ないものを買わされ、それで回っている経済」と言っていた。同じようなことを考えもっと上手く表現してくれた人がいて嬉しかった。全国紙だから沢山の人が読むから影響力も大きいだろうし。
 彼の過ごし方は晴耕雨読そのもので、晴れれば菜園で自給自足を目指して働き太陽の光を浴び、雨が降れば読書をするそうだ。アメリカ人なのに質素な生活に価値を置いていた昔の日本人の生き方が好きなのだそうだ。何となく親近感を持つ。読み進んでいくうちに、彼の実際の生活ぶりが書かれてある。土、日、月の3日間は京都の自宅で晴耕雨読を地で行き、火、水は大阪や名古屋の支社を回り、木、金は東京の本社に顔を出す。社員800人には家庭用菜園の農地を借りるために2万円の補助を出し、自分の家はテニスコートを整理して菜園にして・・・
何が親近感じゃ!読み終わったら疎外感だ。自由は恵まれている人には寛容で、下々には厳しい。選択する自由は、余程の背景がないと手には入らない。選択する自由を保証されても、選択肢の幅までは保証されないのだから、自由なんてあってないに等しい人も一杯いる。多くの人が晴耕雨読どころか、晴れの日も雨の日も耕し続けている、それも人様の畑を。本のページを捲って手のひらにマメが出来るか。


2010年10月06日(Wed)▲ページの先頭へ
手間暇
 ゴミ収集のビンの日は肩身が狭い。10数軒が同じ集積所に出すのだが、9割がたはうちの物だ。僕も含めて家族がドリンク剤が好きなのもあるが、患者さんがカゼ薬などと一緒に飲んで帰るものも含まれていて、上記のような割合になる。その代わり、缶類の日は威張っておれる。我が家が出すのは一つか二つしかないから。毎日曜日車で玉野まで行くが、道中睡魔に襲われたときに自動販売機でコーヒーを買って飲むくらいで、真夏のビールも止めたから日常缶で買って飲まなければならないような物はない。ビン類で迷惑をかけている分、缶類で許してもらえたらと思う。
コーヒーにしたって、ジュースにしたって、ビールにしたって、お茶にしたって、そして薬にしたって、どう見ても中身より器の方が高いように見えて仕方ない。もっとも一番高いのは人件費だろうが、流通経費などを差し引くといったいどのくらいの原価の物を頂いているのか想像がつかなくなる。ひょっとしたら僕たちは僅か10円くらいの材料費の物を喜んで頂いているのではないか。
いやいやよく考えてみたら、原価ってほとんど無料の物ばかりだ。石油にしたって、石炭にしたって、水にしたって、植物にしたって、魚だって、動物だって、本来地球に備わっている物だ。人間が作ったものではない。そもそも最初からあるものを、手間暇かけて値段を積み重ねているだけだ。何かとんでもない人類の叡智のように見えるが、種をあかせば人間が無断借用しているだけなのだ。いや、盗んでいると言ってもいいかもしれない。寛大な地球から盗んでいるのだ。ひたすら消費だけで返すことを知らない人間の暴挙だ。
 それでエコだとか循環型だとか盗人猛々しいとはこのことだ。100奪って1返してそれで許されるなら地球の逆襲も始まらないだろう。でも恐らくもう逆襲は始まっている。不可思議な人の行動など十分脳の中に化学物質の侵入を許している。異物を受け入れないところに侵入を許した報いがもう身の回りで起こっている。
 本来的には物に値段はないのだ。手間暇に対する評価が値段なのだ。こんな事に思いが至るとますます物が欲しくなくなる。地球から奪って狭い部屋を尚狭くする必要はない。何もない豊かさ、青春時代の美学はいつ僕の心の中で置き去りにされたのだろう。


2010年10月05日(Tue)▲ページの先頭へ
宝塚
こんにちは。(*⌒∇⌒*)♪
前回お薬を変えていただいてから今日まで外出前の下痢がなくなりました。外出中におこる便意はまだちょっとあるのですが、全然ましになりました。買い物も落ち着いて出来るようになりびっくりしています。人とすれ違ったりする時に緊張するのはまだまだ残っていますが、お腹の痛い症状がほとんどなくなったので「ずっとおんなじ部屋にいるわけじゃないし、道ですれ違った時にちょっと臭っても大して迷惑かけてないよね〜」と楽観的に考えられる様になりました。18日、牛窓に行くの楽しみにしています。それでは〜♪(⌒∇⌒)ノ""

 便秘くらいなら僕でなくてもいいですから。でもこれでやっと貴女も、自由に何でも出来るようになりますね。元々貴女は、過敏性腸症候群さえなければ、宝塚か女優かフジテレビの女子アナくらいになっていてもおかしくない方。もっとも外見だけで中身は知りませんよ。どれも頭がいりそうですから。でもその道へ行っていたらご主人にも会えなかったし、お子さんもいなかったし。これで良かったのかな。後は今まで我慢していたことを取り返すくらい楽しんでください。これでお子さんが学校に上がっても心配いりませんね。こうなったらPTA会長にでもなりますか。人格が変わってしまえば貴女らしくないし。18日は僕も楽しみにしています。気をつけて来てね。
ヤマト薬局


2010年10月04日(Mon)▲ページの先頭へ
偶然
 偶然も、度重なると偶然ではなくなるが、その影には本来、ほんの少しばかりの必然も隠れているものだ。
昨日漢方薬の勉強会で蕁麻疹が取り上げられたのは、最近蕁麻疹の方が多いという感触から故のテーマだった。僕の所では最近一人しかお世話していなかったので、そんなに増えているという実感はなかったが、他の薬局では多かったのだろう。
ところが今日、最初にやってきた方がまさにその蕁麻疹の相談だった。偶然が度重なるというのは、勉強会のテーマに上った症例が即薬局にやって来るという経験なのだ。20年以上勉強会を重ねているが、しばしば遭遇することだ。勉強会で学んだ知識を即応用できる良い機会で、その積み重ねで新しく得た知識の信憑性を確認する。実際の患者さんで試して効かなければ僕の知識からは抹消し、効けばノートに保存する。その繰り返しを愚直に継続してきた。漢方薬は奇跡を起こすものでもないし難病を治すものではない。奇跡や難病を売りにしているカリスマもいるが、商売としては都合がいいのだろうけれど、罪悪感で寝苦しい夜を過ごすのは嫌だ。もっとも睡眠薬やタバコを常用しているカリスマも知っているが。
蕁麻疹の原因は実は70%くらいが不明なのだそうだ。よく言われているアレルゲンに当てはまるのは30%しかいないのだそうだ。今朝来た女性もやはり思い当たることはないと言う。でも僕には分かっていた。薬局に入ってきた時、別人かと思うくらい表情がきつかったから、何か不都合を抱えているのだと。具体的に言わなくてもいいからと前置きをして尋ねると、蕁麻疹が発症する以前からあることでストレスが激しかった事を教えてくれた。だいたいストレス源の想像はつくが敢えては聞かなかった。具体的なストレスのテーマを聞かずして慰めの言葉も出しようがないし助言も出来ないが、ただ一つ「人生ってそんなに楽しい事なんてないよ。9割が辛いことでいいことなんか1割、やっとその1割で9割をうち消して生きているようなものよ」とだけ伝えた。すると一瞬考えていた彼女は「口には出さないけれど誰だって辛いことを持っていますよね」と言って、初めて微笑んだ。
 これで治るかなあとこちらも一安心だ。ストレスから来ている蕁麻疹は皮膚科的なアプローチではなかなか難しい。閉ざした心が1カ所でも開いて、深く沈んだ精神の汚泥が流れ出れば改善する。「牛窓中、ストレス源を喋りまくってきてごらん、すぐに治るから」実力のない薬剤師の言いそうなことだ。


2010年10月03日(Sun)▲ページの先頭へ
動物園
 さすがに煎じ薬と粉薬を二人から一ヶ月分同時に頼まれたら時間は結構かかってしまう。ただこの二人はとても仲が良くて、いつも話をしながら待ってくれる。電話で注文を受けて作っておけばいいのだが、少しややこしい症状だから二人ともその都度問診をして作ることにしている。薬局に入ってきて出ていくまでに優に一時間くらいはかかっているのではないかと思う。
昨日調剤室で粉薬を作っていたら、ガラス越しに二人が話している声が聞こえた。聞き耳を立てなくても大きな声で楽しそうに話すから、ほとんど内容は聞こえてくる。祭りの準備や練習で忙しいというような内容だった。そのせいで疲れ気味だと言うことだ。「祭り」で「練習」となると、僕の町などでは必ず秋祭りで出くわす言葉だ。小学生がだんじりのお囃子や、無形文化財になっている唐子踊りや太刀踊りの練習に勤しむのが毎年この時期なのだ。親たちが「忙しい」を連発するのもこの時期かもしれない。何となく親しみの湧く会話内容だったので調剤が終わった後「自分たちの住んでいるところは田舎なの?」と尋ねてみた。カルテに書いてくれている住所は岡山県の東の端で、今ではいたるところが市になっているから、かえって本当の規模が分からないのだ。聞こえてくる内容だったら結構田舎のように聞こえるのだ。おまけに二人ともおしゃれで、田舎からやってくる患者さんのようには見えない。寧ろ県境の町を利用して神戸あたりのファッションセンスのように見える。
「田舎、田舎、昨日車で走っていたら道路をうり坊が横切っていたよ。猪は出るし、狸はいるし、鹿も猿もいるよ」と一人が教えてくれた。「ほとんど動物園ではないの」と僕がつっこみを入れると、「牛窓のほうが都会だわ」と答えた。僕も昔山陽本線に乗ってその町の駅を通過したことがあるが、その一つ向こう、県境を越えると乗ってくる人の言葉が関西弁に一気に変わったのを覚えている。山陽本線が走るのだから県南に属する。そんな南の町で上記のような動物園状態が残っていることに驚いたし、ほっとする気持ちもあった。服装のセンスが良く、何も喋らなかったら都会からやって来たような二人だが、喋れば親しみ一杯の岡山弁で、海が見え太陽がまぶしい月に一度の牛窓を楽しんでくれているようにも見える。
 偶然その日、近所に瀬戸内市立美術館が完成して、牛窓をこよなく愛して住み続けた佐竹徳画伯の展覧会の初日だった。漢方薬を作る間見てきたらと促したら、二人で楽しそうに出ていったが、あっという間に帰ってきた。絵にはあまり興味がないのだろう。「今日は開館記念でただだった」とその事が話の中心だった。「分かったような顔をして観てきた?」と尋ねたら「うん、格好つけて観てきた」と言っていた。
 土曜の昼下がり、何かの縁でこうして遠くからやって来てくれる人から、寧ろ僕の方が心の安定剤を処方してもらっている。この処方には全く副作用がないから素晴らしい。心の傷にはやはり心が一番。


2010年10月02日(Sat)▲ページの先頭へ
 テニスコートでもさすがに雨上がりだと水たまりを作っていて、歩くのは躊躇われた。試みに少しだけ歩いてみると早速滑って倒れそうになった。そのせいで大きな靴跡、いや滑り跡を残してしまった。勿論僕が歩くのはボールが跳ねるコート外だから実質的な迷惑はかけないだろうが、不法侵入がばれてしまう。テニスコートの表面は粗い砂が敷かれていて水はけはよいように見えるのだが、見た目より多く水を含んでいるのが分かった。
僕の命綱の朝のウォーミングアップを欠かしたくなかったので、フェンスの傍の放置された草の上を試しに歩いてみた。草はまだ雨を含んでいるが、スリッパは水を弾きそうに見えたので、足が濡れる心配はない。するとどうだろう、さっきの土の上のぬかるむ感触は全くなく、何の抵抗もなく歩けた。晴れた日に土の上を歩いているのと同じだ。寧ろ柔らかい草の上だから足にかかる負荷は少ないのかもしれない。
 根の力を漠然と感じた。見える部分は見向きもされない単なる草でしかないが、地中に張っている根の力たるやどうだ。60数kgの僕の体重をしなやかに受け止め、砂の粒子が持ちこたえることが出来なくてずるのをいともたやすく防いでいる。地上に見える茎や葉に比べてどれくらいの根が地下に延びているのか分からないが、その実力に驚く。この実力は山の斜面や土手、堤防、あぜ道など多くの場所で生かされているに違いない。もし草がなかったら、崩れ落ちる斜面はいっぱいあるのではないか。どんなに見下げられた命にも大きな意味を含んでいる。何一つ無駄なものなどないと教えられる。
所詮、雑草のくせに根無し草のような人生でなかったかと、踏みつけてしまった草にまで教えられる。


2010年10月01日(Fri)▲ページの先頭へ
てっぱん
 今週から始まった朝のNHKテレビの連続ドラマ「てっぱん」のオープニングを見ていて何故か僕は涙ぐんでしまう。年齢と共に涙腺が緩んでくるのは仕方ないらしいが、ちょっと重症かもしれない。
バイオリンのゆっくりとした郷愁を誘う奏でももちろんだが、タイトルバックで踊る人達のどこにでもいる様が好きだ。何ら特別ではない、毎日を懸命に暮らす人達の日常のちょっとした挑戦がほのぼのとして気持ちよい。あの踊りが元々尾道の街にあったものかどうか知らないが、フォークダンスや盆踊りや若者ふうの踊りなど色々な要素を取り込みすぎに見えるから、番組のために作られたものだろうか。もしあの踊りが本当にあるのなら一緒に踊ってみたいような気がする。ああ、街って、町って、こんな人達によって成り立っているんだと、安心させられる。人が街(町)の中で濃密につながっている事に気づかされ、その一つ一つの構成員がいとおしくなる。茶髪の青年、短いスカートの女子高校生、着物姿の女将、店番をする老人、農家の人達、漁師、少年野球の子供達、商店主、部活の高校生、商店街を歩く人達、工場で働く人、恋人達、どこにでもいる人達の思い思い?の踊りが共に生きるってことを教えてくれる。
田舎に帰ってきたことの最大のメリットは、このような情景に触れて感動する心も持てたことではないかと今更ながら思う。都市部で競うことを強いられて暮らしていたら、このような時計の針を止めるからこそ得られる感傷に浸るようなことはなかったと思う。争わなくても生活は成り立ち、争わなくても向上し、争わなくても認められることを知った。手を伸ばせば人がいる。当たり前の事かもしれないが、手を伸ばせば学者がいて、手を伸ばせば政治家がいて、手を伸ばせば駅員がいて、手を伸ばせば役人がいて、手を伸ばせばサラリーマンがいて、手を伸ばせばホームレスがいて・・・・・これらとは似ていて全く違うのだ。肩書きはいるけれど、人はいないではつまらない。


   


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