栄町ヤマト薬局 - 2010/07

漢方薬局の日常の出来事




2010年07月31日(Sat)▲ページの先頭へ
出演者
 目一杯後ろ髪を引かれながらある少女が帰っていった。今まで沢山の人が泊まっていったがダントツの最年少だ。小学4年生らしいが、隣の県からご両親に付いて来ているうちにすっかり薬局が気に入ってくれて、ついにお泊まりになった。我が家に幼い声がするのは20年ぶりくらいだが、さすがにあのくらいの年齢になると放っておいても何とか遊んでくれるので、振り回されることはなかった。それどころか、ご両親から離れての開放感を楽しんでいる様が伝わってきて、少しだけその点でも役立っているかなと新しい発見をした。
僕が仕事中マッサージ器を使っていたら不思議に思ったのか、どうして使っているのと妻に質問していた。妻が僕の仕事ぶりや体調をその子に説明すると「痛みがわからへん薬剤師に相談しても本当には分かってもらえんわ、その点本人が痛かったら分かってくれるやろな」とまるで大人のようなことを言った。幸か不幸か僕は心の痛みも体の痛みも分かってあげれる権利を有している。こんな権利はいらないが、不幸にして当事者になってしまったのだから、「痛みが分かる薬剤師」でいなければならないと思う。そしてもっと言うと、その痛みから解放してくれる薬剤師でなければならない。
 足がぱんぱんに腫れた老婆が電動自動車に乗ってやって来た。その為に入院もしたらしい。入院中は腫れも引いていたが帰ったらすぐ腫れたと言っている。足を触らせてもらったが押した指の跡がいつまでも消えない。入院中はベッドで過ごしていたから腫れなかっただけで治ったのではない。医師からどの様な診断があってどの様に治療したのと尋ねたが何ら答えはなかった。何も教えてもらっていないと言う。かなりの高齢で歩くのもおぼつかないような老婆に医療スタッフがどの様に接したのか分からないが、それこそその中に「痛みが分かる」医療従事者はいなかったのだろうか。
 負うた子に教えられるのではなく、泊めた子に教えられたのだが、純粋な子供の目は確かなものを見ている。悲惨なテレビニュースをみて顔を歪める子供達がいることを「ニュースの出演者」達もその愚行の瞬間に考えるべきだ。


2010年07月30日(Fri)▲ページの先頭へ
取材
 僕に頼んでくるくらいだから、もう一巡してしまったのだろう。僕もそのメーカーの雑誌は愛読しているのだが、今まで年余に渡り取り上げられてきた薬局は実力があるところばかりだ。載せるべき薬局が尽きて、ほとほと困ったのだろうと言うと、ハッキリとそうですと彼は答えた。彼の予想に反して僕は即座に快諾した。僕はそのコーナーに載ることより彼の依頼を断る方に抵抗があった。人にものを頼むのは結構、やむにやまれぬ場合が多いから出来ることなら協力したい。
 漢方雑誌の薬局紹介コーナーなのだが、僕が彼に「会社にとって都合のいいことは喋らないよ」と言うと「私がいいように書き直します」と笑いながら答えた。僕の所に彼が来て恐らく得るものはない。彼の帳面が一つ消せること以外は。ただ僕には言いたいことがある。折角漢方メーカーの雑誌なのだから、僕と同じように家業として孤軍奮闘している同業者にエールを送りたいのだ。僕らが日常目にし耳にするものはほとんど冒頭のような立派な薬局や薬剤師ばかりで、能力や立地や規模や、もっと端的に言えば客層が断然違う。僕は漢方薬が裕福な人達のものになってはいけないと常々思っている。誰もが漢方薬が適しているトラブルに陥ったときは、最低日数で治らなければならないと思っている。病院でもドラッグでも治らない人は一杯いる。そんな時、最終的に頼りになるのは漢方薬が分かる薬局だと思っている。そんな砦が、経済を極端に志向してはいけない。
 メーカーが主催する勉強会はどこに行っても、よく売る薬局が評価される。経済行為だから当然かもしれないが、果たしてそれで本当の職業的満足は得られるのだろうか。満足を数字で換算するなら空しさだけが残ってしまう。不調が改善したときにふと漏らす笑みに優る報酬はない。「お金には換えられない喜び」をお金に換える愚かな風潮に組みすることは出来ない。
 僕を漢方の世界に引き入れてくれた恩人二人は若くしてもうこの世を去ったが、二人が偶然同じ意味のことを最初に僕に言った。適正な価格と。一人は具体的な数字を上げて上限を決めてくれた。それは単に金額の上限だけではなく、心の上限でもあると今は思っている。僕は決して彼らを越えない。彼らの時間は止まっても僕は越えない。それで謙遜が職業的にも保たれるなら僕は越えない。
 立ったままでも、笑いっぱなしでも処方は決まる。ジーパン姿でも、汚れた白衣でも病気を治すことは出来る。月曜日、僕のどの部分が果たして彼の眼鏡にかなうのか分からないが、恐らくほとんど全部を創作してくれるのだろう。いっそのこと僕の顔の部分を福山雅治に変えておいてもらおうか。







2010年07月29日(Thu)▲ページの先頭へ
悲哀
 今月、偶然同じ人が時間外に2度薬局に薬を取りに来た。1度目は日曜日にお子さんの単純ヘルペスの薬。2回目は、夜閉店後にご自分の胃の痛み。時間外にシャッターを開けることは別に珍しいことではなく、しばしばあることだ。時間を選んで不調は起こってはくれないから、時間外や休みの日でもいれば必ず応対する。これは父の代から当たり前のことで特別なことではない。ところがこのごく当たり前の行動にすごくその方は感謝してくれて、その方の実家あたりでは考えられないと言う。その方は僕が学生時代を過ごした岐阜の方なのだが、僕に言わせれば岐阜の方がはるかに岡山より人情味が厚かったから、偶然その方が居住していた辺りの事情でしかないと思っている。それとも僕の薬局みたいないわゆる生え抜きの地元の薬局が既に淘汰されて消滅しているのかもしれない。僕らは基本的には皆さん顔なじみだから、出来ないこと以外断ることはあり得ないのだ。それは美徳でも何でもなく、単なるしきたりでしかない。急を要するのなら薬局だけではなくどのお店も同様の対応をしてくれるだろう。
ところが、これが処方せんの調剤となると話が全く違ってくる。そう言った時間外には手数料を余分に頂けるのだ。いや、時間外どころではなく平日なら午後7時以降、土曜日なら午後1時以降、同じ薬を作っても問答無用で400円余分に頂ける。全く同じ仕事をしているのに何で400円余分に頂けるのか解せない。この料金を徴収しないとその筋からおとがめがあると言うからしぶしぶ頂いている。患者さんに説明のしようもない。どんな些細なサービス?もすべてお金に換算してしまう風潮にはついていけないことが多い。ほとんどの規則は力ある人達のために作られ、力無いものにはそれが返す刀で襲いかかってくる。正義なんて力ある人達のために作られた虚像で、いつでも容易に歪められるものなのだ。少数派の足許のおぼつかない泥の上でのバランス立ちは、サーカスのスターなみの強い心の鍛錬と孤独に耐える力を要するのか。いやいやそれとも楽屋でうなだれるピエロの悲哀をまとって生きることか。


2010年07月28日(Wed)▲ページの先頭へ
受け皿
 こんな田舎の薬局を頼ろうとする発想はないだろうから、接点は全く考えられないが、産後の鬱でマンションから飛び降りるようなことは本来漢方薬で防ぐことが出来る守備範囲の中だ。もしその有名人が牛窓の人なら今日も又楽しそうに赤ちゃんを抱いていただろう。
出産という大事業を成し遂げたのだから体の中には歪みや滞りをきたしても不思議ではない。その方が当然で、だからこそ産後はゆっくりと休ませてもらうことが必要なのだ。有名人だからその辺りは保証されていただろう。むしろ一人で懸命に育てている若いお母さん達の方を案じる。恐らく高名なお医者さんに治療して頂いていただろうが、なかなか現代薬では本質に迫ることが出来ないのではないか。抗ウツ薬や安定剤などが処方されるのだろうが、なかなか改善しない人を目撃している。そうした篩から零れる人に漢方薬の受け皿が提示されれば希望の光を見つけることが出来るのに。一条の光さえ見つけることが出来れば、人の体はよい方に循環して自然治癒力が湧きだしてくるのに。漢方薬はその様な機序で産後鬱からの脱出を手助けする。これは僕の得意の分野でも何でもなくて、多くの漢方を勉強している薬局で出来ることだ。都会だからそんな薬局はいくつもあったはずなのだが、その種の世界と縁がなかったのだろう。返す返すもったいないと感じた。  漢方薬とは本来このようなものに使われるべきで、棚に並んだ商品を簡単なキャッチコピーで選択するようなものではない。又どうでもいいようなものを治す?のに使う物でもない。大切な資源で大切な人の健康を守るものなのだ。売るためのものではなく治すためのものなのだ。東北の街で起きた悲劇を伝えるニュースを見ながら、産後鬱の処方が頭の中を駆けめぐった。


2010年07月27日(Tue)▲ページの先頭へ
ミミズ
 何を血迷って出てきたのか、それとも暑さに耐えきれなくなってパニくったあげくか、テニスコートは今ミミズの墓場だ。沢山の曲がりくねった線がコートの中にも外にも引かれている。そしてその線が果てたところには、周囲を砂で城壁のように高く囲まれたミミズが横たわっている。まだ辛うじて動くのもいるし、ひからびたものもある。
 今までどこに住んでいたのだろうかと思う。まさか堅く踏みつけられたコートの下に住んでいたのでもあるまい。穴が見えないからそこから出てきた気配はない。だとすると、フェンスが立てられている周囲の草むらから出てきたのだろうか。そうだとすると、何故陰がないコートの方をよりによって選んで進んだのだろう。コート上は土までがまぶしくて、どう見ても太陽に焼けて当然のように見える。湿度を好む生き物が乾いた方向へ這っていったのは何故だろう。ほとんど本能しかないような生き物が、本能に逆らうようなことをするのだろうか。それとも暑さはその本能さえ狂わせてしまうのだろうか。
 砂の城壁はどうやら蟻達が築いたもののようだ。小さな虫の死骸の城壁を懸命に蟻達が築いているのを偶然見つけた。蟻の生態について全く知らないが、いったいどのくらいの数の蟻がどのくらいの時間をかけて作ったのだろうと興味をそそられる。大きさから言えば人間に換算したらかなりの巨大建造物のように見えるのだが。それはさておき、蟻達が恐らくミミズを食べるのだろうことにも驚いた。蟻が何を食べる生き物か知らないが、彼らによって「片づけられる」のだろう。自然の循環の丁寧さにも驚く。
 
 最近亡くなった高田渡が曲をつけた死刑囚永山則夫の詩「ミミズの唄」をふと思い出した。彼も何かの体験で僕が感じたようなことを詩にしたのかもしれないが、感受性の差が詩人と凡人をかくも分ける。彼がミミズと呼びかけたのは彼自身のことか、はたまた生かされているだけの僕たちのことか。

目ない足ないお前はミミズ
真っ暗な人生になんのために生きるの
頭どこ口どこお前はミミズ
話せるものなら声にしてださんか
心ない涙ないお前はミミズ
悲しいのなら死んでみろ苦しいのなら哭いてみろ
生まれて死ぬだけお前はミミズ
足跡さえも消されて残すものない哀れなやつ
おい雌かおい雄かお前はミミズ
踏んづけられても黙ってるあほうなやつ



2010年07月26日(Mon)▲ページの先頭へ
どこも
 「旦那が帰ってきたら臭くて息を止めていたんです」奥さんのその言葉を聞いて僕はああ完全に治ったと確信した。
 旦那が治ったのではない。奥さんが治ったのだ。笑い顔を見たこともなく、笑い声を聞いたこともなく、いつも伏し目がちで、最低限こちらの質問に単語で答えるだけ。最早これ以上の不幸は抱えることが出来ない臨界点で相談に来てくれた。
 幾重もの不幸をまといながらも懸命に生き延びてきたその女性を僕は救いたかった。いつか又、素敵な笑顔を浮かべて欲しかった。長い時間を要したが笑顔も戻り、人を畏れることもなく行動範囲も広がった。そんな彼女が旦那の前で冒頭のような言葉をぼそっと漏らした。最早旦那を畏れることもなく言葉を選ぶ必要が無くなったのだ。
 旦那は家族を養うために懸命に肉体労働をしている。2週間毎に奥さんについてきたが自分の汗の薬を買うのは何度も躊躇っていた。奥さんの調子が俄然良くなったところで自分のために出費した。僕の娘が作っている優れものの制汗剤をつけだして瞬く間に汗くささが消えたそうだ。足の裏にもつけて臭いがなくなったらしい。「あれはいいわ」と報告してくれた傍で奥さんが発した言葉なのだ。
 どこにでもいる夫婦が、どこにでもないレベルの不幸を背負い、どこにでもいるような薬局のおじさんと出会い、どこにでもないような漢方薬で、どこにでもあるような家庭に復帰した。どこででも起こりうるような話だが、どこにでも転がっている話ではない。巡り合わせを喜んでくれたが、巡り合わせをより喜んだのは僕だ。本当の喜びは息をひそめてやってくる。華々しいそれなんて大したことはない。喜びとは、留まることが苦手な風の耳打ちに小さくガッツポーズを決めること。


2010年07月25日(Sun)▲ページの先頭へ
貧乏人根性
 車外の温度を示す数字を甘く見ていたのかもしれない。そう言えば車内から眺める光景は、頭にタオルを置きその上から帽子をかぶる集団や、片手を額にかざし眉間に皺を寄せ口を開いている人達が多かった。時に勇敢に自転車を漕ぐ学生もいたが、その勇姿たるや真夏の太陽以上に輝いていてまぶしい。嘗て僕にもそんな時代があったのだと、失ったものの大きさに愕然とする。
昼食の弁当につられ、また駐車場代を僅かに倹約するだけのためにとんでもない判断をしてしまった。それこそ高くついてしまった。
 久しぶりにメーカー主催の講演会に行ってみようと勇んで家を出たのだが、そう言えば朝起きたときから体調はいまいちだった。それなのに駅前の高い駐車場を避けて教会の無料駐車場を利用し、20分歩く方を選択した。運悪く教会の駐車場は満杯ですぐ傍の駐車場を利用したのだが、それでも駅周辺に比べれば半額にも満たない。炎天下を全くの無防備で歩き始めた。繰り返される熱中症の注意喚起はインプットされているから、自動販売機でお茶を買い、まるで若者のように歩きながら飲んだ。これで熱中症にはならないだろうと思いながらも、歩くにつれ何となくけだるさが増し頭や肩が重い。気分も優れず平衡感覚が若干頼りなくなる。会場にやっと着いても昼食が用意されているだろう会場にとても行く気になれなかった。食欲は勿論全くないが、それよりも倒れたりしたら迷惑をかけてしまう。誰もいない部屋の椅子に深く腰をかけ休んでいたが一向に回復しない。弁当の時間は無慈悲にも過ぎ、講演が始まっているのは分かっても、会場に入っていく勇気が湧いてこなかった。何をそんなに自信過剰になっていたのか車の中に持薬はすべて置いてきていた。あの薬があれば何とか3時間くらいは持つのにと思ったが、いかんせん遠い駐車場に置いてきたままだ。体の熱が少しさめ始めて、これなら動けるかと思った僕が取った行動は、情けないけれど駅まで少しの距離を歩き、そこからタクシーで教会まで戻ることだった。タクシーの中で体が冷やされると幾分体調は戻り始めたが、今更引き返せれない。結局タクシーを利用し常に用意している僕の薬箱の中の薬を急いで飲んだ。いつも僕が何かあったときのために用意している優れものだが、計5000円分くらいを飲んだ。たった少しの倹約のためにタクシー代を含めて6000円出費した。毎日薬局の中で規則正しいもやしみたいな生活を送っているから、もやしであり続けるのは簡単だが、たまにもやし以外の野菜になるのはもう出来ないのかもしれない。車外温度39度の数字を見たときに、もう少し想像力を働かせればよかった。それともっと自分を知っていればよかった。炎天下の体力などもう何十年も試したことがないから、あの頃はすでに幻になってしまっているのに。
暑さによる悲報が毎日報道されるが、想像以上にやっかいなものと言うことを思い知らされた。逃がした魚は大きいと言うが、果たして今日の弁当は何だったのだろうと、今頃になって貧乏人根性がしぶとく覗く。


2010年07月24日(Sat)▲ページの先頭へ
物音
2つの物音について。
 眠っていると頭の下で物音がした。頭の下で物音とは状況的にぴんと来ないかもしれないが、僕は冷気を求めて頭を網戸にくっつけて寝ているから、ほとんど路地に頭を出しているような状態で寝ている。だから路地の音はすべて頭の下なのだ。ごそごそと何かが動く気配がする。網戸を外側に頭で押して真下をのぞき込むようにすると、白色の大きなネコが1階の薬局部分の格子のついた窓あたりを見上げている。何かが気になるのか、何かを狙っているのか、まるで攻撃態勢のような姿勢になり身動き一つしなくなった。さっきまでの物音からするとゴミ袋の中の残飯を狙っていたのだろうが、どうやらそれは僕の経験則の方が優っていて、飛び上がれない高さのところに移していたから、ゴミ袋を漁られるのは防げた。ただおずおずとそれでは引き返せない意地がネコの背中に現れていた。僕が上から覗いているのも知らずにネコは何かを狙っていた。しかし何があったのか、何を考えたのか分からないがやがて静かに去っていった。自分よりはるかに巨大な動物が上から覗いていることも分からずにネコは獲物?を狙っていた。動物的本能を少しだけ置き去りにしている様はやはりペットの立場のなせる技かと、少し落胆した。この程度だったらわざわざ息を凝らして上から眺める必要もなかった。息を凝らしているのに見つかってしまう、そんな状況を僕は望んでいたのに、少し残念だった。
2番目の物音は、早朝体育館の傍を歩いていて聞いた音だ。その時間帯に早くも誰かが物置倉庫で作業をしているように聞こえた大きな音だ。作業と言うよりトタン屋根を歩くか叩いているように聞こえた。トタン屋根の上を歩いたらあんな音がするのかなと思いながらその倉庫の全容が見える辺りに来ると、なんとカラスが数羽それこそトタン屋根の上を歩いているのだ。ただ歩いているだけでは音は出ない。どうしてあのような音がさっきまで出ていたのだろうと不思議に思ったのだが、それ以後例の音はしなかった。まるで人間が歩いているような大きな音をどうやってあの軽いカラスが立てれたのか未だ解せない。僕の見えないところに人がいたのだろうかと思うが、その気配はなかった。とても頭がいいらしいから何かを使って遊んでいたのだろうか。
どうも物音って言葉には不快感や不気味さが内包されているらしくて、2つの音を僕はまさに物音と表現した。彼らにとっては単なる生命活動の延長でしかないのに、僕にとっては不気味で不快な音だったのだ。ネコやカラスに同情するのではなく、僕はこの物音って言葉に同情する。根っから否定された言葉に同情する。
 青春期、多くの人の前で歌ったが、ひょっとしたら聞き手は僕の唄を「物音」と感じていたかもしれない。でも政治家の物音よりはまだ嘘がなかったように思うのだが。


2010年07月23日(Fri)▲ページの先頭へ
女優
 ゲゲゲの女房で少しはその世界のことが分かったのだが、漫画家の世界も一部の売れっ子以外は大変な世界なのだ。スポーツなど、いやあらゆる分野で言えることではあるのだが。
 昨夜相談に来たお母さんも、そんな大変な世界に足を踏みいれている娘を持っている。お母さんにとっては、娘が成功することより病気にならないことの方が関心事だ。事実昨日も部屋に引きこもりがちになりながらも漫画家を諦めない娘のことで相談に来た。取り立てて体調不良は感じないが、心が追いつめられていることは母親の説明で分かる。かく言う母親もとてもデリケートな心の持ち主で、僕の漢方薬の実力を伸ばすことに多大の貢献をしてくれた人なのだ。自律神経失調症などという言葉がまだ使われていなかった頃から、まさにその素質に苦しんだ方だ。僕は彼女の訴えの通り漢方薬を作り、何が効き、何が効かないかを実地で確かめた。教科書などでは分からない微妙なさじ加減が勉強できた。
 「自分が、その様な性格だからお嬢さんが追いつめられて苦しむのも分かる。遺伝だわ。その繊細な性格が漫画に活かされるのだから仕方ないな」と言うと「似なくてもいいところが似るね」と言い古された返事が返ってくる。「自分もその繊細さで今から何か挑戦したら?」と言うと、「今更何も出来ないわ」と言うから「微妙な心を表現する女優になればいいじゃない」と言うと「女優なんかなれるわけがないじゃないの、結構体力がいるらしいよ」と何で覚えたのか知らないが体力勝負を強調する。そこで僕はこう答えた「体力の前に顔でふるいにかけられるだろう」
 ああ、又漢方ファンを一人失った。



2010年07月22日(Thu)▲ページの先頭へ
最悪の日々
あるお母さんへ
 何も言ってこないのは困っていないから、これは貴女が息子さんに関して想いを致すときに似ていて、僕も貴女に関して同じ事を思っていました。昨日満を持して電話を頂いたのも、1学期を無事過ごすことが出来たことを喜び、もう大丈夫だろうという希望の陰で見え隠れする又いつか来るかもしれない再発の懸念を払拭したかったからではないですか。僕は貴女の話してくださった内容にいちいち自分の青春を重ねていました。僕を含めて多くの凡人は、それなりの逃げ道を用意しておかなければ身が、いや心が持ちません。だから真面目すぎる潔癖な人に対しては、僕は頑張ることより頑張らないことを勧めます。放っておいたら無限に頑張ってしまうのですから。気力体力の保証がない果てしない道は自滅への道です。僕は多くのその種の青年を見てきましたから、得ることより失うものが大きすぎる孤軍奮闘には賛成できません。大学に入って彼が連絡をしてこないこと、そのくせ2個のサークルに入ったりバイトをしていることなどを聞いて、やっと力が抜けた彼を思い安堵しました。いわゆるごく普通の青年の列に又帰っていったのです。授業はさぼり、法律に触れない程度でいたずらをする。それが青春期ではないでしょうか。僕は彼を救ったのはお母さんだと思っています。連絡方法をメールから電話に変えたのも、恐らく僕に情報を多く与えようとしたからだと思いますし、学生時代超劣等生で過ごしても何とかなるという実例を僕に見て、貴女が息子さんに寛容に接してくださったことが大きかったのです。貴女の熱意こそが彼を救い出したと言っても過言ではありません。朝から襲ってくる腹痛でのたうち回ったことは、彼の人生に大きな財産になります。他者の痛みを理解することが出来るし、救いの手も差し伸べることが出来るかもしれません。失った歳月の何十倍も彼はより深い時間として取り返すことが出来るのです。今日も昨日も、受験生などから悲鳴が届きます。ただ残念なことに親の僕に対する不信や子供の苦しみに対する無理解などで彼らに応えてあげることが出来ない場合が多いのです。そう言えば何故貴女がこんな田舎の薬局を少しでも信用してみようと思ったのか不思議ですが、貴女の高いところから飛び込むような勇気が彼を救ったのでしょうかね。1度だけ彼と電話で話して好感を持ったと言う僕の印象に「俺は人によく見られるのは得意」と言った彼の自己分析を時々思い出します。本当は得意ではなく、周囲に気を使って生きてきた、生きていくだろう彼を良く表していたのではないでしょうか。実は今日から娘婿が薬局に参加してくれます。朝からこうした返信を打てるのもそのおかげです。僕もどちらかというと貴女の息子さんに似たタイプですから、これから再び学生時代のように「最悪の日々」を心がけようと思っています。貴女も久々に手にした自由を楽しんでください。主婦の鏡ではだめですよ。
ヤマト薬局


2010年07月21日(Wed)▲ページの先頭へ
呼び込み
 さて、明日からどの様にして時間を潰そうか。山に芝刈りに行くか、川に洗濯に行くか。それとも人生でやり残していること2つ(オートバイの免許を取ることと俳優になること)に挑戦しようか。それとももっと大きな夢を実現しようか。例えば政治家になって消費税をべらぼうに上げ庶民を苦しめるとか。
僕の気力体力が衰え始めたのを察したらしく、娘の婿さんが勤めていた薬局を辞め明日から僕の薬局で働いてくれることになった。昔ながらの薬局でよかった頃は、自分の土俵で相撲を取っていたから、仕事は楽しいしやりがいも感じていたが、今は仕事の半分は病院の薬を作ることに費やされている。だから創造的な仕事ではなく、間違えないようにと緊張を強いられる仕事になっている。そうした緊張感の元の仕事では自律神経の調子を狂わせ、色々な体調不良を経験させてくれる。なんとも言えない不快感と表現した方がいいかもしれない。
 娘夫婦はその道を修行してきたから得てている。でもそれだけでは創造的な薬局にはなり得ないので、漢方薬も一般の薬(OTC薬)も使いこなせるオールラウンドプレイヤーになって欲しい。僕がいればどうしても皆さんが僕を指名しがちなので意図的にどこかに消えていようと思ったりしている。消えるとなるとパチンコ屋か玉野競輪かくらいしかないが、鉛筆を耳に挟んで競輪場界隈をたむろしようか。
 恐らく明日からは、漢方薬を作るのに専念することが出来るだろう。うさんくさい漢方専門などと言う標榜は決してするべきではないが、作業のもっぱらを漢方薬作りに費やされるかもしれない。頼ってきてくださる人達のためにも、又娘夫婦のためにも役に立ちたいと思っているが、決して出しゃばらない為に、ブレーキに足はいつもかけておこうと思っている。
 働き者ではないがよく働き、不真面目だが真面目に働いてきた。続けることをもっとも苦手にしていたが、休むことすら許せない自分がいた。一番避けていた職業に自分は合っているのではないかと気がついた。何かを求めて働いていた記憶はない。がむしゃらに目の前の方に立ち向かっただけだ。地域の人の寛容に実績で返したかっただけだ。
テーブルや椅子を試みに動かして僕の居場所を作ってみるが狭い薬局でぴったり来るところはない。こうなれば薬局の前に出て呼び込みでもしようか。「らっしゃい」「らっしゃい」と。


2010年07月20日(Tue)▲ページの先頭へ
外見
 隣町からもう20年くらい通ってきてくれていると思う。最初は本人の漢方薬を作った。そのうち息子さんの漢方薬がもっぱらになり、今に至っている。僕は問診はするが立ち入ったことはほとんど尋ねない。だから20年のお付き合いでも体のこと以外はほとんど知らないのだ。
 その女性に関しては、ご主人が早くして亡くなり一人で子供を育ててきただろうこと、お子さんに障害を持っている方がおられ施設のお世話になっていることくらいしか知らなかった。そしてそのお子さんも数年前に亡くなった。僕より一回り以上年上だと思うが、苦労した歳月がもっと彼女をフケさせている。僕は彼女にたいして苦労した女性と言う印象だけ持っていて、せめて薬を取りに来た時には平生の苦労を忘れて一瞬の開放感でも味わっていただけたらと思っていた。だから美味しいコーヒー、あればケーキ、そしてチャップリンの映画などでもてなした。チャップリンの映画を見て、それこそびっくりするほど大きな声で笑うとこちらまで嬉しくなった。
今日漢方薬が出来る間、珍しく妻と世間話をしていた。妻は女性特有の知りたがりの面を持っていて、僕が決して踏み込まない範疇にまで話題を拡げていた。そしてついに息子さんの職業や出身高校、大学の話題になった。女性は躊躇って声を出さずに口まねだけで最初は答えたそうだが、「奥さんが尋ねられたから答えるんですよ」と言って、東大の法学部と答えた。僕が長い間彼のために作っている薬からは想像できないような学歴が飛び出したので、一瞬驚いたが、その後すぐにとても嬉しくなった。ああ、この奥さんにもこんな素晴らしいことが人生で起こっているんだと、安心した。苦労ばかりする人は不思議とどんどん苦労が続き、とても誰もが平等などと言う言葉が信じられないような光景を一杯見てきた。だから彼女に、そんなに優秀な息子さんがおられたことは僕の価値観に対しても救いだった。
それにしても立派なのは、20年近く東大卒の息子さんがおられることを一言も自慢しなかったことだ。我が家などその系統ではないからあり得ないが、もしあったら町内に言いふらし、新聞折り込みは勿論テレビやラジオで宣伝してしまいそうだ。持って生まれた謙遜か、それとも弟さんへの配慮か分からないが「お父さんに似ているんでしょう」と言った言葉にも何ら作為的なものを感じなかった。
僕は前回会ったとき、一段高い椅子に腰掛け彼を見下ろしながら、しゃべり方などについても注意した。自分の症状について余りインターネットなんかで勉強しない方がいいよとえらそうに注意もした。僕にとっては焦りすぎの患者さんだったのだ。今思えば、かなりの重責を会社で負わされているせい故の不調だったのだろう。謙遜なお母さんのためにも、当然本人のためにも健康奪取のお手伝いをしなければと思っているが、それにしてもあらためて人は見かけによらずと思い知らされた。見かけからすると僕が東大卒の方がしっくり来るだろう。高校時代、恐らく僕の数倍の点数を取っていたのだろうが、外見だけは負けない。


2010年07月19日(Mon)▲ページの先頭へ
セット
 夏休みの朝は、けたたましい蝉の鳴き声で起こされた。強い朝陽の差し込みとセットでラジオ体操に追いやられた。
1週間くらい前にクロネコヤマトの運転手さんが「今年は蝉が鳴かない」と言った。僕には夏休みとセットの記憶があるので、まだだろうと答えていたが、夏休みが十分始まっているのに未だ蝉の鳴き声が聞こえない。早朝戸外を歩きながら耳を澄ましても聞こえてくるのはウグイスやツバメや鳩、低音のカラスなど鳥の鳴き声ばかりだ。
何が起こっても素人は異常気象と結びつける。幸い僕はド素人だから自信を持って異常気象と結びつけたい。今朝興味深いことを知った。NHKで東京大学の先生が言われていたことだが、海水温が0.44度上昇しているらしい。僅か0.44度では緊迫感はないが、これの持つ意味を気温に換算すると40度の上昇と同じ意味を持つらしい。これならぴんと来る。先生にして危機的状況という表現を使わさせていた。あの冷静さでこんな言葉が出てくるのだから、余程のことなのだろう。無能な政治家のように声を大にして叫んでくれれば国民も少しは危機感を持てるのだが、学者特有の冷静さが裏目に出て、能天気な日常が又延々と繰り返されるだけだろう。聞きかじりを忘れない間に書いておくが、海水の温度上昇は莫大な水蒸気を供給して大気にエネルギーを与えてしまうのだそうだ。ゲリラ豪雨などと言うものもそれで簡単に説明が付く。世界各地の災害に関するニュースを見ていると規模が明らかに大きくなっているように見える。
 それにしても降った雨が土中に吸収されないのには驚く。街をコンクリートでまるで泉水のように固めたものだから巨大な池のようなものだ。政治はコンクリートから人へとうたい、果たしてそれが実現可能か国民の注視を浴びているが、自然はコンクリートから土へと回帰を促しているように見える。人間が謙虚になり再び自然を畏れ敬うようにならなければ、この反撃には太刀打ちできない。小さな川一つだって下流から上流に流れさすことも出来ないのだから。


2010年07月18日(Sun)▲ページの先頭へ
夕焼けクルージング納涼船
 犬の散歩に少し出ていただけで、黒色のTシャツとジーパンを太陽が焼く。太陽に当たっている側だけが熱くなってくる。手のひらを返すように夏がやってきた。
 前島フェリーのチラシを職員の方が持ってきた。僕の薬局は町外の方が多く来られるので宣伝に一役買ってもらいたいのだろう。一役でも二役でも端役でも買ってあげたい。「夕焼けクルージング納涼船」と銘打ったチラシによると、7/23 7/30 8/6の3日間午後6時半から、日本の夕日百選に認定されている牛窓の夕日を船上から眺めながらのクルージングらしい。
 前島フェリーは本来島民のための足なのだが、このご時世だから、努力して収益も上げなければならないのだろう。いつ誰が考え出した企画か分からないけれど、どう見ても手八丁口八丁ではない人達の集団だから、何となく気にもなるしお手伝いしたくもなる。
 フェリーから眺める夕日はそれこそお勧めだ。観光資源の乏しいこの町で観光を歌い続けている気恥ずかしさから、お勧めできるものは余りないが、あの夕日は本当に綺麗だと思う。過敏性腸症候群で悩める若者達が恐らくすでに50人くらいが訪ねてきてくれ泊まっていったが、彼ら彼女らにあの夕日を見てもらった。そのうちあの夕日を見た人は過敏性腸症候群から脱出できるという我が家だけに通じるジンクスが生まれ、今では意地でも見てもらうことにしている。漢方薬の非力さを夕日で助けてもらうという薬剤師の風上にも置けない発想だが、風上に置いてくれなくて風下でもいいから、彼らが完治してくれることを願う。
 ところでこの数年、過敏性腸症候群で全く効果が出なかった人は数えるくらいですむようになった。何らかの効果はほとんどの人に出せれる。以前のように試しに?2週間飲んでみるというようなドクターショッピングの人が減ったこともあるけれど、600人もお世話すればもう症状は分かりすぎるほど分かるし、何をどうすれば治るかも分かる。それこそつまらない話をしながら夕日を見て潮風を追いかければ心や身体の緊張感はほぐれる。より早く、より高く、より正確に、より能率的に・・・絶え間ない圧力に悲鳴を上げている心や身体に直球はいらない。音戸の瀬戸を渡るフェリーの揺れくらいが丁度いい。


2010年07月17日(Sat)▲ページの先頭へ
 僕も数年前に、母を連れて深夜高台に逃げたことがあるから、自然の恐ろしさは身をもって経験している。それでも尚紹介したい光景をテレビで目撃した。あの光景はいったい何だったのだろうと、昨日までとは一変して刺すような太陽の光に思わず瞼を閉じる今日、何度も何度も思い出した。
 一見すると何も不自然な映像ではなかったのだが、偶然朝と夜、同じ映像が流れたので、どこか違和感を感じていたものの理由が分かった。恐らく中国地方のある町が川の氾濫により水没している映像だろう。丁度交差点付近を胸まで水に浸かりながら歩いている中年男性が写っていた。その時点で雨はほとんど降っていなかったのではないかと思われるが(映像に雨は映らないし雨音も聞こえなかった)胸まで浸かって何処へ行こうとしているのかその男性が、傘をさして歩いているのだ。胸まで黄土色の水に浸かっているのに、小降りの雨を今更傘でよける必要があるのだろうか。色々想像力を働かせてみるが、傘を持つ納得のいく理由は見つからない。黄土色の水には家々の下水やトイレの汚物も混ざっているから、相当汚染されたものだと思うのだが、それが直接皮膚にあたることよりぽつぽつとあたる雨の方が気になったのだろうか。
 何故胸まで泥水に浸かりながら傘をさしたのか尋ねてみたい。どうせなら泳いだほうが早そうだが、さすがにそこまで勇気はなかったのだろう。悲惨な状況が伝えられる1週間の映像の中で、僕が見つけた「何コレ風景」だ。


2010年07月16日(Fri)▲ページの先頭へ
同窓会
 出来れば見せて欲しくなかった。「ワシはどうでもいいんじゃけれど」と言いながら持ってきてくれた写真には、嘗ての面影もない人達ばかりが30人ほど並んで写っていた。面影がないからほとんどの人が分からずに、数人の牛窓在住の人達だけ分かった。それもそうだろう、長い人は40年近く会ってもいないのだから。中学校を卒業して僕は岡山市の下宿がら高校に通ったから、中学校までの顔しか基本的には覚えていない。子供から大人に変わる以前の顔なんて、その人を同定するのに何ら根拠にはなり得ない。
そもそも僕は同級生というものに郷愁を覚えない。だから同窓会なんてあり得ないし、日常気になる人を一杯持っているので、タイムスリップする時間ももったいない。写真を持ってきてくれた彼は「偶然手に入った」と言ったが偶然手に入るようなものではない。僕の所に持ってくる前に出席者の一人に名前を全部教えてもらってきているのだから準備は周到だ。照れ隠しに口から出てくる言葉とは裏腹な想いが透けて見える。ただ彼は警察のお世話になるようなことを最近してしまったから出ように出れないのだが、同窓生の暮らしぶりは気になったのだろう。僕は彼に「出れば良かったのに、出たら話題の中心になれるよ」と言った。すると彼も「惜しいことをしたなあ、出ていればヒーローだったのに」と返してきた。僕たちはこんな仲なのだ。僕とほとんど同じ頃牛窓に帰り、30年近く一緒に田舎生活を楽しんだ。彼のように会いたい人には必然的に会っていたから、何かにかこつけてと言うのは好きではない。
 彼は御法度の裏街道を歩いてしまったから、恐らく根ほり葉ほり空白の時間を埋め合う会話には耐えられないのだろう。未練がましく集合写真を手に入れていたが、彼の犯したことで何を失うか想像がついていればブレーキもかかったのにと今頃後悔をしているだろうか。振り返ることで何かが生まれれば僕もそうすることにやぶさかではないが、まだまだ振り返る歳ではない。今日が何にもまして大切なのだ。昨日でもなく、明日でもなく、今日が大切なのだ。
 それにしてもあの写真は同窓会の写真?って疑いたくなる。どうも写っているメンバーが僕よりずっと年上の人の集まりのように見える。と言うのはうぬぼれで、恐らくあの集合写真の中にいてもなんら違和感はないのだろう。客観的な判断基準をもらったようなもので、彼らを見た印象がそのまま僕に当てはまるはずなのだ。だから会には出ない、写真は見ないと言っていたのに。


2010年07月15日(Thu)▲ページの先頭へ
働き人
 大きな会社のかなりのポストにある方の漢方薬を作った後、奥さんを含め雑談をした。そもそも僕の問診はほとんど雑談なのだが、難しい顔をして知識をひけらかせれば病気が治るものでもないし、そんなことをしたら僕の知識の無さが逆にばれてしまう。
その中で彼が面白いことを言った。嘗て職場があった静岡県では、毎朝海に浸かってから仕事に出かけていたのだそうだが、久々に訪ねたその海岸では、じっと海を見ているだけで体の中から黒いものが流れ落ちていくのが分かったのだそうだ。彼の言う黒いものとは鬱々とした心やストレスを指すものだと思うが、岡山に帰り部下を沢山持ってから悩まされ続けている心模様だ。僕はその心の世話を漢方薬でしているから、良く知っているのだが、行動的な彼が自身を忍耐を越えて制御しなければならない歯がゆさにいらだっているのだ。
「海を見ているだけでそんなに心が洗われるのだったら、瀬戸内海を見ていればいいじゃないの、ここから近いよ」と言うと、瀬戸内海ではだめならしい。内海だからだめなのかと思い「それなら日本海でもいいんだな?」と尋ねると日本海でもだめらしい。太平洋を眺めているときだけ、体から黒いものが出ていくのだそうだ。この差には当然興味が湧くから尋ねてみたが、その差を上手く彼自身も表現できなかった。
 僕は海辺で育っているから格段海に興味を持つようなことはない。常にそこにあるもので特別なものではない。だから思い入れも全くない。瀬戸内海はもとより太平洋も日本海も見ているが、黒いものを捨てることが出来る太平洋独自の力を想像できない。瀬戸内海は多島美で必ず海の上には島があり、水平線も必ず島を背負っている。逆に太平洋は海の上には何もなく、立った一本の線で空と区別しているだけだ。僕ら凡人は、その線の向こうには何もないと感じるが、彼はその向こうに何があるのだろうと逆に想像をかき立てられるのだろうか。何もないところでは何も見ることが出来ない人と、何もないところに可能性や夢を見ることが出来る人と、同じ砂浜に腰をかけて海を見ていても、見えているものは全く違う。
 部下も上司もいなくて自由気ままに仕事をしている僕が、数百人の部下を持つ彼の心の悩みをお世話するのも奇妙な気がするが、瀬戸内海も太平洋も日本海も塩辛ければ海くらいの定義しか持たない感受性の無さも、結構心を病まない防波堤になっているのだろうか。日がな一日海を眺めていれば心休まる彼と、彼の日常との乖離が現代の働き人を良く表している。


2010年07月14日(Wed)▲ページの先頭へ
目的
 NHKの朝のニュースで取り上げたから、いよいよかなと思う。もうずっと懸念してきたことだが、このところ漢方薬の値段が上がり続けている。原因は中国での乱獲による品不足と、中国の労働者の賃金が上がったこと、日本以外でも先進国で漢方薬の需要が出来たことの3つだ。3つ目以外はもうずっと懸念していた。それがついにぎりぎりまで来たって事だろう。値段が上がるだけならまだ経済で対応できる人達もいるだろうが、品物がないとなると手の打ちようがない。慌てた日本の輸入業者は栽培に取り組むと言っているが、成分が同じレベルのものを土壌が違うところで果たして栽培できるものなのだろうか。見た目は同じでも成分が微妙に異なるのは、果物や野菜でしばしば経験することだ。
 こんな現実を当然知っているはずなのに貪欲な製薬会社はキャッチコピーだけで漢方薬を売りさばこうとしている。どうでもいいような目的のために、さも効果があるように宣伝して、まるでインスタントラーメン宜しく売りまくる。ほんの少しの良心があれば、金と引き替えに天然資源を枯らしたりはしないだろうが、飽くなき欲望の集合体はうむも言わさず買いあさり、本当に困っている人、高くなれば買えない人達の権利を奪い取る。
有名になれば同じ処方でも売価がどんどん上がるらしくて、僕の薬局で作ったものより、2倍3倍の値段を付けている漢方薬局も珍しくない。余程お金持ちばかりを相手にしているのだろうが、薬局は単純な商売ではない。社会的に責任を果たさなければならない存在でもあるはずだ。大袈裟に言えば社会基盤の一角を占めると思うから、いたずらに相手を絞るのは正しいとは言えない。
 こんな田舎の薬局にも多くの人が漢方薬を求めてきてくれる。僕の薬局にはどうでもいいような目的で漢方薬を取りに来る人なんて一人もいない。アレルギーで現代薬が飲めない人か、病院で治らなかった人達ばかりだ。そんな人から漢方薬を奪わないで欲しい。誰にどの様にお願いすればそれが叶うのか分からないが、どちらを見ても金と肩書きの亡者ばかりで、昨日今日の天気宜しく、重たくたれこめた雲から大粒の涙が降ってくる。


2010年07月13日(Tue)▲ページの先頭へ
京都旅行
ヤマト薬局様
 いつもお世話になっております。先週また駅で臭いと怒られた気がして、先生にお電話した際に、「もうガス漏れはありえないと自分でもどこかで気づいているんだよね」と言われて、その通りだと思いました。あんなに強く信じて、医者が信じてくれないと憤っていた時からすると大きな変化です。便が出る前など、すこしガスが頻発することはありますが、以前と比べると激減しています。体の症状も、心の状態も最も辛かった時の半分になっています。また、漢方のお陰かと思ったのですが、ここ4ヶ月ほど生理不順が治っており、背中上部に背骨に沿ってあったニキビ(10年間少し治ったり酷くなったりで常にお付き合いしてました・・)も数ヶ月悪化していません。
 昨日京都旅行から帰ってきました。旅行中に友達に症状のことを話しました。1年に一度会えるか会えないかなのに、暗い話で申し訳ないと思ったのですが気持ちがとても楽になり臭くないと言ってくれました。あと、電車やバスでも横並びで座席に座ることができてとても嬉しかったです。心身共に、ヤマト先生にどれだけ助けられているかわかりません。以前、先生のブログに娘さんが治りかけたときに「人生で無駄なことなどない」と言っていたと読んだのですが、私もそういう風に思える時が遠くないのではないか・・・と思えます。本物の謙遜の心や自分らしく自然体でいることなど、既にこう生きたいなと思うものに気づき始めた気がします。

○○さんへ
 貴女の今回のメールを読んでいて、僕が目指しているものの多くを含んでいることに気がつきました。逆を言うと僕が目指しているもののほとんどを含んでいると言うことは、貴女はいずれ完治すると言うことです。@ガス漏れなど実際にはないのかもしれないと言う気付きA僕の処方は捨てる医学なので、ニキビなども同じ理屈なのです。血中の脂質を捨てればニキビも治ります。だから過敏性腸症候群とニキビが同じ処方って事も僕の場合あり得るのです。B友人に貴女の悩みをうち明けたこと。人に喋れば喋るほど気持ちが楽になります。一人で頑張っても治らないトラブルです。多くの人を巻き込んで治ればいいのです。C友人に客観的な判断を依頼したこと。このトラブルは主観の落とし穴です。思い込み病なのです。D謙遜とか自然とか、飾らないありのままの貴女でいてくれることが僕の喜びでもあること。
 貴女が嘗て持っていただろう自由の価値と喜びを再発見してもらいたいです。思い切ってやってみたら全部出来ちゃった・・・そうなりますよ。

○○さんが快く許可をくれたのでメールを引用した。頂いたメールを読んでいて治るための条件をかなり満たしていることに気がついたので、彼女にお願いして許可をもらった。治るってこういうものなのかと疑似体験してくれれば、今やっている僕とは無縁の治療が効果を上げているかどうか分かるのではないか。僕のは独自の理論で一般的ではないが、こうした嬉しい報告を聞くと、600人の症例から得た結論が正しいのではないかと自負している。彼女とは不安になったらすぐ電話をしてくれて、その場で解決するように約束している。優しすぎる人には思い悩む時間は過酷すぎる。電話の向こうで都会の騒音が聞こえるが、ああ、こうして無数の人の中で暮らしているんだと、まだ見ぬ人を想像する。 今月の20日過ぎには、娘の旦那が栄町ヤマト薬局に参加してくれる。これで色々な苦手な分野から僕自身が解放されるだろう。その時間を利用すればもっともっと多くお喋りだって出来る。完治を手にして、心おきなく人生を楽しみ、社会のために活躍できる人が一人でも多く出ることのお役に立ちたいと思っている。


2010年07月12日(Mon)▲ページの先頭へ
機関銃
以前にも書いたが、漢方薬や病院の薬を患者さんに渡していて思うのだが、揚げ足を取る人と心の中に敵がいる人は病気が治りにくい。もうすでに薬を出す時点で感じてしまう、この人には薬は効かないだろうなと。そしてそれがかなりの確率であたってしまうから、今では自信を持って言えるし、この話をするとかなりの人が納得する。恐らく身近に思い当たる人が何人かいるのだろう。
 前者は持って生まれた性格か、親の丸写しか、余程不遇なことがあってその様な性格になってしまったかのどれかだろう。天才的なひらめきで相手を否定する。その才能が何か他のもので生かされたら、とてつもない成果も生む可能性があるのだろうが、人がもっとも嫌う否定を繰り返すものだから、周りから人が消えていなくなる。消えれば消えるほど余計吠えて悪循環に陥ってしまう。回りからの数少ない助言も所詮揚げ足とりの餌食でしかないので、ますます孤立してしまう。
 後者はもまた、皆さん納得して聞いてくれる。これは自分自身に問えることだから簡単だ。1人や2人その様な存在をすでに誰もが持ってしまっているのだろう。あの人さえいなければと何度思ったことだろう。あの人がいない世界はなんて穏やかで幸せに充ちた世界だろうと夢想することしきりだ。人のマイナスの情念がこのような狭い心を作ってしまうがそれから抜け出すのは至難の業だ。
 ところが僕が偶然手にした解決方法は、その人が僕の為に生きているのではないと言う極めてシンプルな考え方だ。家族、職場、地域と、多くの僕の関与しないところで信頼を得て愛されているかもしれないと言う簡単な想像。それでそれまでの根拠のない憎悪から解放される。自分にとっての不都合はその人を判断するには情報として少なすぎるのだ。多くの見えない部分を勘ぐって勝手に否定しないことだ。もっと言えば人を否定できるほど自分は肯定的な人間ではないという謙虚さも必要だ。
長い人生の間で、本当に多くの人に助けられた。それに対してどのくらいの人を助けることが出来ただろう。出来れば受けた恩と、お役に立てた経験を帳消しくらいにしておきたいが、なかなか受けたものが多すぎて非力な僕ではお返しすることは難しい。田舎の比較的温厚な人の中で暮らすと、人間っていいものだなあと思えることがある。犬や猫に比べるのはおかしいが、愛くるしく思えることもしばしばだ。生きる手段として人を否定しなくても良いお互い様が、まだ残っているからかもしれない。
 揚げ足と否定を機関銃のように繰り返し、回りの命をむしばむようにして結局は余りにも早い自滅を選択する事のないように、町の薬局の気付きが生かされれば幸いだ。


2010年07月11日(Sun)▲ページの先頭へ
見かけ倒れ
 肩幅も、腕の太さも、太股の周囲も僕の倍はありそうだ。おまけに僕よりは10歳以上若い。ボディービルと空手で鍛えた彼が言うのだから、僕なんかは逆立ちしても出来ないのは当たり前だ。肉体の強さから言えば比べるのもおこがましいような人が思わず漏らした言葉だから、説得力もある。妙に諦めがついた。これからはただひたすら自分自身をいたわって生きていこうと思った。
体育館で子供相手に空手の指導が数ヶ月行われていたが、最近見なくなった。彼が薬を取りに来たときに「空手の指導はしていないの?」と尋ねたら「もう出来るもんか、体が全然動かない。口だけの指導なら出来るけれど。あれはよその道場」と答えたのだ。最初はぴんと来なかった。若いときの彼を知っているが、僕の中ではいつまでも若いままで、僕と並行して歳を重ねていることがそれこそぴんと来なかった。落ち着いて考えれば嘗ての記憶に僕が経たと同じ歳月をたせばいいのだから、彼も又良い歳になっているのだ。だから彼が出来るもんかと自嘲気味に言ったのも理解できる。「先生、バレーボールまだやっているの?」と今度は僕が尋ねられたが、それこそあり得ない話で「数年前に止めた、いや出来なくなった」と答えた。僕が出来なくなって、彼が気が済むようではいけないが「そうじゃろ」と納得気味だ。
 彼みたいな筋肉隆々の人でも、僕みたいに色白でスリムで冷え性でも行き着くところは同じようなものなのだと安心した。筋肉がないぶん骨格系に負担は来るが、昔取った杵柄はどちらも最早取れないらしいからうらやましがることもない。細く長くをモットーとするか、行け行けドンドンか、すべて血液のなせる技だが優劣を競うほどのものではない。この年齢になってみれば、何もかも大目に見て貰えると同時に、何もかも許すことが出来る。些細なことに一喜一憂していた頃がおかしくもあり悲しくもある。
およそ病気などと縁がなさそうに見える彼がしばしば薬を取りに来る。およそ健康と縁がなさそうな僕が薬局をやっている。見かけなどが如何にあてにならないかが良く分かる。見かけ通りなら、世の中のすべてが予測値ですんでしまう。見かけ倒れがあってこその世の中だ。


2010年07月10日(Sat)▲ページの先頭へ
蜘蛛
 蜘蛛まで馬鹿にしやがって。
蜘蛛の巣は当然獲物を捕るために張られるのだろうから、虫が多く通る場所に張らなければならない。その次に自分自身の安全も確保しなければならないから、天敵に見つかるところでもいけない。だから当然巨大な生き物である人間からも距離をおくはずである。ところが我が家に居座る蜘蛛は大胆不敵にも薬局の出入り口に毎晩巣を張る。何が情けないと言って、入り口に蜘蛛の巣を張られるほど情けないものはない。人が滅多にやってこないのを証明しているようなものだ。毎朝、手で新たに張られた巣を払いのけていたのだが、今日でいたちごっこはお終いとばかりに、ライターで燃やした。そのついでと言っては何だが、ガーデニングの鉢の下を覗いたりすると、気がつかないだけだったのか蜘蛛の巣が沢山はりめぐらされていた。今日僕は凶器を持っているので、それらもついでに焼き払ってしまおうと考えた。ある鉢に蜘蛛の卵が二つぶら下がっているのを見つけた。当然それにも火をつけてやろうとしたら、巣の方を先に焼いて、卵が落ちた。すると落ちた卵から何かがこぼれたように見えた。タイルの上をゆっくり広がっているように見えた。目を凝らしてみると、何とそれは蜘蛛の子達だった。割れた卵から懸命に逃げているように見えた。その数はどれくらいいたのだろう。ああ、これが蜘蛛の子を散らすと形容される所以かと、初めて見た光景がとても新鮮だった。ただ、おびただしい数の蜘蛛の子が四方に広がり始めたので、これをこのまま成虫にしてなるものかとライターに火をつけて近づけると、さすがに向こうは体長1mmあるかなしだからめっぽう火に弱くて、瞬く間にすべてが動かなくなった。
 ふとしたきっかけで目撃した光景だが、長い間生きてきても知らないことばかりだ。実利的な成果ばかり求めて、知的な欲求を満たすことはずいぶんと怠った。結局は実利も知恵も手には入らなかったが、おかげで頭でっかちな性癖に偏ることなく、多くの人と穏やかな関係を築くことが出来た。嘗て蜘蛛の子を散らすように逃げまくっていた青年達も今頃は、ライター片手に鉢を1個ずつ覗いているのだろうか。置き去りにした青春に迫り来るライターの炎。



2010年07月09日(Fri)▲ページの先頭へ
耳鳴り
今日の文章は、ホームページの症例報告(病気の話)の方に書けばいい内容だが、単なる症例報告以上の内容も含んでいるのでブログの方に書く。
月曜日はいつになく混み合っていて、その夫婦には1時間くらい待ってもらった。紹介してくれた女性が、もう今日は無理かなと尋ねてきたが、その夫婦は待ちますと言った。出直して来るには遠い場所の人だったこともあるが、後で症状を教えてもらって、待つと言った理由が良く分かった。抱えている症状の方がそれこそ限界に来ていて、待ってはおれなかったのだろう。
昨年の秋から数回メニエルを起こし入退院を繰り返していた男性は、病院の治療でめまいは起こらなくなった。その代わり最後の入院中から半端ではない耳鳴りに悩まされていた。勿論大きな病院だから退院後も耳鳴りの治療に通っていたのだが、4ヶ月経っても一向に改善しないどころか悪化して、折しも参院議員選挙の候補者の車の後に偶然付いて走った時もウグイス嬢の声よりも耳鳴りの方が大きな音だったらしい。自分の耳鳴りの音ををマイクに繋いで流してやりたかったと言っていた。
 月曜日にやってきたときは、病院からの帰り道だったらしく、意気消沈していた。「悪いところはないからもう耳鼻科でやることはない。心療内科を紹介するからそちらに変わってくれ」とのことだったらしい。「老化現象を治せと言う方が無理で、一生その症状と上手く付き合うことが出来ないなら、心療内科しかない」ということらしい。要は病気を受け入れることが出来ないあなたは、心の病気だって事だ。体裁はいいが僕に言わせれば、治せない病気は自分の腕ではなく患者の心がけが悪いと責任転嫁しているようなものだ。治ったら私のおかげ、治らなければあなたのせいなら、こんな気楽な商売はない。
男性は余りにも大きな耳鳴りのせいで、夜眠ることが出来ずに(横になると一段と音が大きくなり恐ろしくて寝れない)4ヶ月で10Kgやせたらしい。そこまでの心労も察してあげれないのかと情けなくなるが、逆にいたずらに希望を抱かせない方がいいのかとプロの冷静さも伺われる。幸いなことに僕は専門家に比べれば素人も同然だから、僕自身が男性を前にして希望を持ってしまう。そもそも薬局に耳鳴りが発生して数ヶ月できてくれるような人は滅多にいない。ほとんどの人が数年間有名な病院やくだらない市販薬で頑張ったあげく、しかたなく栄町ヤマト薬局にやってくるのだから、こじらせきっている。彼みたいに発病間もない耳鳴りならまだ改善する可能性は十分あると思った。
余り聞いたことのないレベルの耳鳴りだったので、1週間分だけ漢方薬を作って渡した。それこそ鬱々とした表情で奥さんと並んで腰掛けていた彼は、帰るときには希望が持てたと言ってとても感謝してくれた。話を聞いてあげただけだから「治ったら感謝して」と答えて置いた。
 今日で4日目なのに彼が車でやってきた。一人で来たから自分で運転が出来たのだ。その時点で僕はよい変化が起こり始めたのではないかと期待した。案の定、詳細に症状の変化を書き留めた紙を見せてもらうと翌日から音が変化し、4日目にして少しだけ聞こえる程度になったらしい。この程度なら治ったも同じだと言っていた。音色の変化、大きさの変化などが詳しく書かれていたが、嬉しくて来週の月曜日まで待てなかったと言っていた。 ここまで劇的に効くことは確かに珍しいが、彼曰く「もしこちらを紹介してもらっていなければ、どうなったか分からない」状況だったらしい。このように病院でも治らないトラブルは日常いくらでも転がっている。30年近く漢方薬を勉強してきたからこそ救える人達だ。そんな薬局が日本中に網羅されているのか。網羅どころか滅多にない化石なみだ。来年の6月以降、「病院で治して貰えなければ終わり」の人達で溢れかえる。鵜の目鷹の目でそれらを狙う業者が又暗躍するだろう。誰が決めたのか知らないが、身の回りに弱者の範疇にはいる人がいない恵まれた環境の人達だろう。折しも投票日間近。心地よいだけの言葉は燃えるゴミか、はたまた埋め立てゴミか。


2010年07月08日(Thu)▲ページの先頭へ
子育て
 これでは指導助言ではなく、嘆き節だ。だから場の雰囲気は一気に和んで、こちらも笑いの壺に陥りそうだった。
恒例の学校保健委員会が開催され、受け持ちの4校を2週間に渡って回る。今日は2校目だったのだが、出席の父兄も少なかったので和気藹々と言う雰囲気だった。だから会議が始まってすぐに緊張感はなくなっていた。学校歯科医の先生が話好きなのでしばしば脱線するのだが、その脱線で出席者が救われる。西小学校の担当の内科医はとても気さくな先生で、父兄にも学校の先生にも特別視させない度量があり、みんなが井戸端会議のように遠慮無く発言できる。
 僕はと言えば何処にいても不真面目に真剣にがモットーだから、ある一つの主張以外は全部カーブだ。直球はここ一番で決めるから意味があるので、投げ続けてはバッターにもキャッチャーにも飽きられてしまう。だから生活習慣を養護教諭が統計にまとめているのを見ても、おおむね良好との簡単な判断だけだ。田舎の、それも人情味の厚い地域で道を外れるような子は出にくい。親を見ていれば想像もつく。社会的な悪以外はほとんど許されていい。遅くまでテレビを見たりゲームをしたりも構わない。どうせ小学生の間は「いつまで起きているの」と口うるさく言っていた親が、中学校に上がるやいなや「もう寝るの?」と口うるさく言うのだから。
 僕は若いお母さん方の、お父さん方も同じだが、子育てを羨ましく思うことが多い。人生で一番充実している期間ではないかと思う。勿論つらいこともあるのだが、それは山登りをする辛さでしかない。目的のある辛さなのだ。いわば生産性のある苦労なのだ。僕ら3師はすべて子育てが終わっているから、どちらかというと覇気がない。お母さん方の方が如何にも生命力がある。それを指導だなんておこがましい。だから「僕ら3人はもうほとんど終わっているのだから」とか「あなた方を見ている方がはるかに生産性がある」とかほとんど自虐的な感想に終わってしまう。教科書通りの子育ては出来ないし、それがいいとも思わない。それぞれの個性が学業や職業に反映されれば充分だ。背伸びを強いずに子供時代にしかできないことをすべてやらせてあげて、子供を心おきなく卒業するように手助けしてやれば充分だ。
「来年はきっと、僕たち3人は呼んで貰えないだろうね」と最後も又自虐的な挨拶で終えたが、僕ら終わりかけの人間が役立てる地区ではないのだ。何もかも十分。安堵の光が雲を割って校庭を照らしていた。


2010年07月07日(Wed)▲ページの先頭へ
図星
 シャッターを開けると間もなく若いお母さんが小児用の浣腸を取りに来た。使い方が初めてらしいから説明していて、何となくどうして浣腸が必要なのか聞いてみたくなった。お子さんがお腹が痛いと訴えたので病院に連絡をすると、病院に来る必要はないから浣腸をしてあげてくださいとのことだったらしい。それで慌てて買いに来たのだ。ただ、便の状態を聞いて果たして病院の言うように浣腸が正しいのかと疑問に思ったので「お子さんはストレスが多くない?」と尋ねると、お母さんの顔色が一瞬にして変わった。まさに図星なのだろう。「心当たりがあります」と即座に答えた。「お子さんは今頑張りすぎていない?」と重ねて尋ねると「頑張っています。私がそうさせています」と正直に教えてくれた。もうその時にはじわっと涙が浮かんでいた。「お子さんはね、口では言えないから、体で訴えているよ。心が悲鳴を上げ始めているよ」とお子さんの便秘の意味を教えてあげた。するともう涙は目に留まることが出来ずに、頬を流れ始めた。病院の指示だから当然浣腸を持って帰ってもらったが、もし解決しなければ漢方薬を作るよと一言添えた。するとそのお母さんは、ひょっとしたらお願いに来るかもしれませんと言って、足早に帰っていった。
恐らくこのお子さんは、安易に下剤などで対処されたら過敏性腸症候群になる。小学校の高学年からなった人も時々はいる。今くい止めれば一過性のお腹が悪い状態ですんでしまう。それなら誰にでもある症状だ。ところが今対処を間違うと、青春期を、下手をするとこれからの人生をお腹のことで棒に振ってしまう可能性もある。
 何十年も多くの人を見てきたら色々なことが分かる。科学では裏付けしきれない人の機微もある。その辺りの蓄積が多くの人を救う武器になる。そう言った昔ながらの、あるいは問診を駆使する漢方薬が得意な薬局がどんどん消えていっている。雨後の竹の子のように日本中に生えている調剤薬局ではまずあり得ない光景だし、貢献だ。どうして我が子がお腹の痛みを訴え続け、回復しないのか分からなかったお母さんに、今日恐らく正解を見せることが出来た。あの涙は、自分を責めてのものか、子を哀れんでのものか、はたまた解決がつきそうな希望を持てたことか分からないが、少なくともお母さんの今日の気付きでお子さんは精神的な重圧から解放されるだろう。千万人以上と言われる過敏性腸症候群の患者の予備軍を今日一人減らせた。
「頑張りすぎないでね、貴女も」という僕の言葉に素直に頷いたあの若い母親の懸案を一つでも解決してあげれたら、ひつこく昔ながらの薬局をやってきた意味がある。


2010年07月06日(Tue)▲ページの先頭へ
瞬間移動
 羽が生えているのだから横着せずに飛び越えろって言いたいような光景だった。でもよく考えたら、遊び心一杯の雀なのかもしれない。
テニスコートのぐるりには当然ネットが張られている。何メートルあるのだろうか結構高くて、余程ホームランを打たない限りボールが外に飛び出すことはないみたいだ。そう言えばテニスコート外でテニスボールを見たことがないので、生徒達は皆上手いのだろう。
 そのテニスコートにいつものようにツバメや雀や鳩が時間差で降りたって遊んでいた。僕が近づくとさすがに鳩以外は逃げる。その中で雀が今日面白い行動を取った。2羽の雀が、ネットを越えて飛び去るのではなく、僕の顔の辺りの高さのネットに止まると、そのまま網の目をくぐり抜けテニスコートの外に飛び立ったのだ。強引にくぐるのではなく、一瞬のうちに向こう側に瞬間移動したような素早さだった。どう見てもとっさの行動ではなく、しばしばやっていることの再現のように思えた。それこそ目にも留まらぬ速さで網の向こう側にいたから、どれくらいの目の大きさかと思って近づいてみると、ちょうど3cm四方くらいだった。このくらいの目なら瞬間移動できるのかとさすがに野生の身のこなしに感心した。
昼頃、声を落として相談なんですけれどと言って入ってきた奥さんがいた。どんな重病かと思ったら、コウモリがしばしばお嬢さんの部屋に侵入するから防ぐ方法はないですかって話だった。勿論僕はそんな知識が全くないから、答えを持ってはいないが、確かにこうもりはやっかいだ。夜しか動かないし、噛まれたら狂犬病になるなんて話もどこかで聞いたような聞かないような。誰にも答えられるような返事しかできなかったが、それこそコウモリはかなり小さい穴でも侵入できるらしい。奥さんも穴なんかないはずなのにと嘆いていた。雀の瞬間移動ならまだ可愛いが、これがコウモリとなるとちょっと後に引く。「ニンニクでもぶら下げておいたら」と根拠のないことを言うと「ドラキュラではないのだから」と奥さんもつっこみを入れる。でも本当は笑い事ではないのだ。今夜も又お嬢さんは不安な夜を迎えることになるだろう。
夜明けを待って鳴き声を上げながら元気そうに飛び回る鳥たちと、夜陰に紛れて獲物を狙うコウモリとどちらに相性が合うかと言えば、一応この僕でも夜明け派だ。夜になるに従って元気になる体力はもう無いし、権謀策略を巡らす野望もない。瞬間移動して再現したい過去もないし、たぐり寄せたい未来もない。ただ、今日の労働の対価の倦怠感を少しばかり網の目の向こうに置き忘れてみたいだけだ。






2010年07月05日(Mon)▲ページの先頭へ
門戸開放
 まだどう見てもお札の出し入れに難儀する年齢には見えないのだけれど、その女性はやたら時間をかけて財布にお釣りの千円札を数枚しまった。その間カウンター越しに僕はじっと待っていたのだが、妙な沈黙が流れたことを悟ってか女性が訳を教えてくれた。一枚一枚財布にしまっていたのは、上下を合わせていたのだそうだ。それも人物像の頭をすべて下に向けて。理由はと言うと、お札が出て行きにくくする為なのだそうだ。足の方から出ていくのは不便だから、逆立ちにさせておけばいつまでも留まっていてくれるのだろう。今日釣り銭で返した野口英世には、財布の中で倒立させられているのだから気の毒なことをした。
「よく言うじゃろう」とその女性は言うが、僕は初めてこんな話を聞いた。よく言う割には誰も言ったのを聞いたことがない。その家の言い伝えなのではと思われるが、ひょっとしたら瀬戸内海のある島の出身の人だから、島の中だけで「よく言う」話だったのかもしれない。それにしても庶民の慎ましやかさが良く出ている。最近公開義務により発表が続いた会社役員の高額な報酬1秒分にも満たない金額を、後生大事に出ていかないでと願掛けているのだ。
食うに困らない年金をもらっているはずはないのだけれど、どうしてみんな食えているのか良く分からない。田舎だから田畑を持っている家が多いから、それこそ食べ物には困らないのか、あるいは兼業農家で現金収入があった時代に蓄えが出来ているのか、遊ぶところがないから自然に貯蓄できていたのか。豊であることは田舎だから難しいが、とことんまで貧困に陥る可能性も少ないのかもしれない。ほとんどが普通の人達、僕の好きな条件だ。ずいぶんと豊かな人達にはお目にかかったことがないから、そちらに気を使う心配もない。真逆の人達には精神的には寄り添ってあげたいが、実利的な援助が出来る能力がない。その苦手な両極端が少ないのが田舎の住みやすさかもしれない。
その女性を真似て僕も時間をかけて財布の中で倒立させておこうと思うのだが、僕の財布はいつ買ったのか記憶にないくらい古いので、もうちゃんと裏戸が開ききっている。倒立させておいても頭からスッと出ていけそうだ。自慢ではないが、つい先日スーパーで買い物をしてしまった釣り銭が、床の上に大きな音をして転がった。ちゃんと財布に入れ、ちゃんとズボンの後ろポケットに入れたのに。門戸開放もここまで行くと不自由だ。


2010年07月04日(Sun)▲ページの先頭へ
欠点
 色々迷ったあげく、358円のカツ丼を買って帰った。今食べ終わったところだがなかなか美味しいものだ。もうずいぶんと長い間、食堂のカツ丼を食べていないからどちらが美味しいのか分からないくらいだ。丁度店頭に並べられたばかりだったのか、容器がまだ暖かくて例のチンをしなくてすんだのもよかったのかもしれない。
ただ一つ、いつまでも口の中に塩辛い感覚が残ることが気にかかる。これだけ美味しく味付けするのだから、塩も砂糖も調味料も何もかもが多く使われているのではないかと思う。確かに美味しいが、健康的かと言えば肯定しづらい。ぼくは滅多にこの種のものを食べないが、テレビなどであれっと思う人が食べているシーンを見かけることがある。今まで気になったのは、カリスマ医師達が、あるいは崩壊仕掛けの地方の医療体制を立て直した医師達が、おもむろにビニール袋からコンビニ弁当を取りだし、無表情に口に運ぶシーンだ。脱税額だけで普通の人の10年分以上の所得があるようなカリスマ医師が、コンビニ弁当をかき込む姿など、視聴率稼ぎには格好のシーンなのだろうが、どうもいただけない。患者より自分の方を気をつけろと助言したくなる。もっとも平生は庶民が心配してあげる必要はないくらい贅沢なものを食べているのだろうが、忙しさの余りコンビニ弁当ですませる風潮を作り出したりしたら、肩書きに傷が付く。
 色々迷ったあげくカツ丼だったのだが、実はかなり後ろ髪を引かれたものもあった。筆頭はにぎり寿司弁当、次はスパゲッティーと3種類のサラダの組み合わせ、その次がコロッケ、その次が幕の内弁当、その次がおにぎり、その次が菓子パン・・・。結局僕がカツ丼にした一番の理由は、見るからにギトギトして美味しそうで安くて体に悪そうだったから。言うこととすることの違いが大きいのが僕の欠点。


2010年07月03日(Sat)▲ページの先頭へ
田の神さあ
 田の神様がなまって「田の神さあ」になったのだろう。鹿児島県の農村地帯にまるでお地蔵様のように石で出来た「田の神さあ」が奉られている。田圃の傍や農道の縁、家の庭などに奉られている。ユーモア溢れるものや個性的なものが多くてどこか統一性が無いように思われるが、お百姓の米作りにかける共通の思いは、根底で脈々と流れている。
どこか整っていない感じがするのは、恐らく手作りに近いからではないか。専門の職人が作ったようには見えない。そこかしこに1000体以上あるらしいから、昔、農家の方が自分たちで作ったのかもしれない。田植えの前には豊作を願い、稲刈りの後には収穫を感謝し、災害から守ってくれることにも感謝を忘れない。毎日語りかけるようにお世話をする光景がテレビで放映されていた。
 自然を相手の仕事だから、お百姓さん達ははるか高いところに向かって祈るしかなかったのだろう。その見えない大きな力に神を感じ、その力を目に見えるものに表したのが「田の神さあ」なのだろう。日常の中に溶け込んでいる神様に対する敬愛と親しみが農家の方達の表情の中に伺われる。あの屈託のない信仰がその土地の風土を築き、人の心を穏やかにしている。日本の原風景を思わせる田園風景を守り続けている人達に思わず感謝したくなる。あの人達によって大地は守られていると言っても過言ではない。空気も水も、勿論食料も、いやいや日本人特有の奥深い人情さえも、あの人達のおかげでまだ汚れることなく享受できる。
 この国の中の此処彼処で失われたもの、もう取り返しがつかないものの多くをあの人達はまだ残してくれている。これ以上進んだら、これ以上欲張ったら、これ以上失ったら取り返しがつかなくなる辺りにたむろしている人達の安全弁に、いつまで寛容でいてくれるだろう。「田の神さあ」を担いでひょうきんに踊る姿に涙腺が緩むのは何故だろう。


2010年07月02日(Fri)▲ページの先頭へ
飽き性
 超飽き性の僕でも時々何故か続くものがある。このブログもひょっとしたらそのうちの一つかもしれない。元々は、薬剤師がお膳立てしてくれて、僕の薬を飲んでくれているまだ見ぬ人達に、僕や、栄町ヤマト薬局を少しでも理解してもらうためだった。唯一それだけを目的に始めた。今でも恐らくそれが唯一の目的に違いないが、只こうなれば書き続けることも目的化してしまっているような気もする。毎晩ページを開いてくれる人達に白紙は余りにも失礼なような気がして、余程健康を害しない限り書き続けた。その結果、皆さんに読んで頂いた回数が100万回を越えた。敢えて祝う程のものではないからそっと通り過ぎるが、素人の文章を寛容な心で読んで頂いていることに感謝する。
 実は、ブログで読んで頂いている以上の文章を僕は毎日何人かから頂いている。毎日入れ替わり立ち替わりだから、色々な個性に巡り会うことができる。何年もその様な文章を頂いて、多くの方の生き方を垣間見せられた。ぼくと接点が出来る人は何らかの不調を抱えているが、その不調は湧いてでたものでもなく、親からもらったものでもない。効率を重視し、浅い呼吸で回転している現代の交換神経優位の社会の有り様を、まともに精神に反映させた人達なのだ。誰もが過度に自分自身を鼓舞し、超人を気取らなければ生きていけないのだ。そんな仮初めが長く続くはずがない。いつか息も絶え絶えになって部屋に鍵をかける。
 飽きもせずに毎日数時間パチンコ屋の中で過ごした青年は、飽きもせず薬局で12時間毎日働いた。どうあがいても抜けることが出来なかったあの6年間の金縛りは何だったのだろうと、未だ夢でうなされるが、不思議なことにそれ以降の人生を生きる価値観はあの6年間に培ったものなのだ。どんどん落ちていく感覚にあがなうことが出来ずに、安物のタバコをくわえ、パチンコのバネを弾くことで膨大な量の時間から逃げていた。何も生産しなかったあの6年間に、皮肉なことに誰にも譲れない価値観だけは作れていた。自分の拠り所だけは探し当てていた。
 多くの悩める人達に自慢できる足跡を残していないし、教訓じみた原体験もない。只ひたすらバネに弾かれる玉を目で追っているだけでも、時は流れた。時間に意味を持たせることで何かが許されるとしたらぼくは永久に逃亡者だった。意味のない非生産的な、泥沼のような惰性を嘆くことはない。明日が変わらないなんて誰にも言えないのだから、力む必要はない。


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