栄町ヤマト薬局 - 2010/06

漢方薬局の日常の出来事




2010年06月30日(Wed)▲ページの先頭へ
全国標準
 こんなに詳細に、道路工事現場のガードマンの仕事ぶりを観察する機会がなかったから、目の前に繰り広げられるそれが全国標準かどうか知らない。ただ一つの会社が独自性の追求でやっているとは見えないのだが、もしそうならこの会社はきっと沢山の仕事の引き合いがくるに違いない。
半年に及ぶ目の前の片側通行の交通規制で、営業的には大きな打撃を受けると思っていた。ところが影響はほとんど感じられない。もし影響があるとすれば交通規制ではなく、僕の実力の無さと言ってもいいくらいの範囲だ。何故なら、薬局の駐車場から車が出る時に、必ずどちらの方向に出るかガードマンが尋ねてくれて、東西各50メートルの交通を全部遮断して誘導してくれるのだ。いつもなら左右両方を気にしながら出ていかないといけないのだが、これなら何倍も余裕を持って安全に出れる。また、歩行者には必ず一人のガードマンが付き添い工事現場と並行して歩く。
 傑作なのは、丁度工事現場を前にして建っているお家の方。買い物に来られたときに、騒音や振動が大変でしょうと言うと、それよりも外出が大変なのだそうだ。東に買い物に出かけるとき、西に駐車場まで歩くとき、近所の人と時間つぶしをするために道路を渡るとき、必ずガードマンが付き添ってくれるらしいのだ。そのどの行動もせいぜい数メートルから数十メートルのことなのだが、あたかも総理大臣の警護のように、ぴたりと寄り添ってくれるらしいのだ。偶然通りかかってこの対応を受けるならいざ知らず、毎日何度ものこの過剰気味のガードには、さすがの奥さんも閉口し、外出恐怖症になっているらしい。 例えばガソリンスタンドのように、見えなくなるまでお辞儀をしたままでいてもらう必要はない、例えば手を挟むようにお釣りを渡してもらう必要はない。ほどほどでいいのだ。過剰な慇懃さには透けて見えるものがある。表も裏もない素直な心があれば過剰な演出は必要ないのだ。心を打とうと思えば画策しないことだ。少なくとも僕はそちらを選ぶ。
 道を歩くときくらい自由に一人で歩きたいから、立派な肩書きがなくて良かった。えらくなるにはストレスにも強くなることが必要らしい。そんな不自由と引き替えで手に入るものに大したものはない。仮初めのVIP待遇に病気になりそうという奥さんの感性こそが全国標準であって欲しい。


2010年06月29日(Tue)▲ページの先頭へ
帰化
 何人かのフィリピン人とたわいもないお喋りをしていた時、ある女性が「この人は、帰化したのよ、すごいでしょう」と言った。すごいでしょうと言われても何がすごいのか分からなかった。数人の、日本人男性と結婚している女性達が集っていたのだが、「他の人は帰化していないの?」と尋ねた僕に「しない、しない」と身振りを加えて強調した。帰化と言うのが恐らく国籍を手に入れると言うことぐらいの想像で「どうして他の人は帰化しないの?」と尋ねたら「私達、フィリピンが好き」とお互い顔を見合わせて返事をした。「でも彼女、日本大好き」と教えてくれたことで初めて「すごいでしょう」の意味が分かった。帰化するかどうかはそこの国が好きかどうかによって決めるのだ。スポーツ選手が時々帰化するかどうかで報道されるから、遠い世界の話のように思っていたけれど、実は身の回りにあることで、それもごく単純な動機で決めるものだって事が初めて分かった。余りの無知ぶりに我ながら呆れるが、こうしてくだらないお喋りの中にも勉強になることはいっぱいある。通訳を介しての会話だから歯がゆいことは多いが、同じ人間としての共通の部分が、国民性をはるかにしのいでいることも経験する。若干の造りと肌の色は違うが、所詮同じ人間なんだと思うことがしばしばだ。
その彼女はヘルパーの資格を取ろうとして勉強している。本を見せてもらったが、日本人が使う物で、専門的でかなり難しい。読めない字や分からない語句に黄色で線を引いてあったが、1ページに一つか二つだけだった。それも例えば「打診」等という専門用語だけだった。後はほとんど理解できるみたいだ。20年以上日本にいたらこんなに日本語を理解できるのかと、ほとんど羨望の眼差しに近い。どうしてそんなに日本語が分かるのと尋ねたら、彼女も他の女性も「勉強」と答えた。只住んでいるだけでは言葉って簡単には身に付かないのだ。それなりにみんな努力して身につけているのだと、これも新たなる発見だった。
 何が嫌いと言ってコツコツ努力することほど嫌いなものはない。幸運にも努力なくして手に入るものだけでなんとかやってくる事が出来たから、今更心にも体にもむち打つつもりはない。外国で暮らすほどの気力も体力もなかったから、僕にとって帰化なんてあり得ない話なのだが、行き当たりばったりの目的のない人生は、それこそ気化して何も残らないだろう。おばちゃん達の屈託のない母国愛も僕にとっては「すごい」の範疇なのだ。


2010年06月28日(Mon)▲ページの先頭へ
距離
 この1ヶ月近く3羽の鳩としばしば遭遇する。最初は上空を飛んで過ぎ去っただけだが、そのうち僕の散歩コースに降り立ち遠くから眺めるようになった。それがつい最近になると、僕から数メートルの距離くらいなら自由に降り立ち何かをついばむような動作を夢中で繰り返すようになった。僕はテニスコートを周回するから、何度か傍を通るのだが、別段気にならないみたいだった。傑作だったのは、数日前に、薬局の傍の空き地にやってきて、それこそ建物と2メートルも離れていない距離で遊んでいた。テニスコートと薬局は結構はなれているから、それこそわざわざ訪ねてくれたような格好だ。もっとも空から見ればテニスコートと薬局の距離などないに等しいのかもしれないが。車の行き来が激しい道路を横断する必要もないし。
そんな鳩は野生なのか飼われているのか分からないが、少なくとも僕に対する警戒心はなくなったみたいだ。ところが今朝見た光景は、僕どころか種を越えた温かい光景だった。鳩のすぐ傍、それこそ30cm位の所で、同じように雀が草むらで何かをついばんでいたのだ。お互い邪魔にならないのか牽制し合うこともなく、同じような動作を繰り返していた。僕の疎い知識では自然界は弱肉強食という冷徹なおきてが支配しているような先入観があるから、大と小が共存する姿は不思議な世界なのだ。又心温まる光景でもある。考えてみれば、恐らくどちらも肉食系ではないから争わないのだろう位の推測は出来るが。それにしても、種を越えた共存、争いがないことは単純に心温まる。
種を越えた共存がもっとも苦手な動物はマムシでもワニでもなく、恐らく人間だろう。ありとあらゆるものが人間の手にかかれば食料となる。いやいや種を越えるどころか、同じ種同志でも多くの殺戮が公然と又平然と行われるのが人間社会だ。それこそお腹の足しにもならないのに、殺戮は後を絶たない。嫉妬、欲望、復讐、あるいは正義など、お腹の足しにならない理由で殺戮できるのが人間の特徴だ。ワニの背中に降り立てる小鳥も、人間の頭には降り立てない。どちらが恐ろしいかよく知っている。
 なかなか3羽の平和の遣いくらいでは本当の平和は僕の傍にやっては来ないが、少しでもあやかりたいと、家に帰って早速鳩の餌を調べた。僕の心の平和が底つきそうだから、餌で手懐けておこぼれを頂戴しようと言う魂胆だ。


2010年06月27日(Sun)▲ページの先頭へ
渡辺和子先生
 不覚にも「有難うございました」と手を握り頭を下げたとき声が震え涙があふれ出した。 この2年近く、僕を信じて懸命に漢方薬を飲んでくれていた女性が、その方の講演を聴いて「私のままでいいんだと思えるようになった」と報告してくれた。もし何人かの人に、不幸な人間を想像してみてと宿題を与えても、彼女の生いたち、そして2年前までの実生活を越える不幸を想像できる人は余りいないのではないかと思えるほど悲惨な人生だった。そしてその結果としての症状も壮絶なものだった。心療内科にかかって出された薬を飲んで余計辛くなって、以後飲まないと言う彼女の拘りがあって、僕のもっとも気になる患者さんだった。住んでいる所が近隣の町という幸運もあって、しばしば連絡を取りながら、会いながら漢方薬を飲める状況を造り二人で努力した。おかげで徐々に、苦しんでいた症状が消えて笑顔もこぼれるようになった。彼女が笑ってくれたときなど僕は内心小躍りしていた。そんなたわいもないことで僕は喜んでいた。体調を回復した彼女にとって後必要なのは、過去を清算できることと、将来に希望を持てることだけだと思っていた。それさえ叶えば、元々持っていた人間味や才能が生かされるチャンスが来ると思っていた。丁度そんな時、玉野カトリック教会の献堂30周年記念の講演をシスター渡辺和子先生が行ってくださることになった。彼女にその事を知らせると家族で聴きたいと言った。嘗て外出することすらままならなかった彼女が、もうその時点で大いなる希望の光を感じていたのではないだろうか。僕は仕事で講演を聴くことが出来なかったから、実際の講演内容を知らない。しかし数日後やって来た彼女が、あれだけ完全否定していた過去と現在の自分を受け入れ許す発言をしたことで、如何に先生の話がキリスト教本来の寛容に充ちたものであったか想像がつく。
渡辺和子先生を僕は新聞やマザーテレサと写った写真くらいでしか知らなかったが、その写真から幾年もの歳月が経っていて、写真の面影を見つけることでしかその方だと認識できなかった。丁度今日のミサの時に近くに席を取ることになったので、その女性と非力な僕自身を救ってくださったことのお礼を是非伝えておきたかった。その女性の講演を聴いての気付きを伝えるととても喜んでくださり「是非生きてくださいと伝えておいてね、私も生きますから」と言われた。その言葉を聞いたとき冒頭の不覚が襲ったのだ。彼女とシスター二人の尊い命の狭間で、僕自身の命も蘇生したように感じたのだ。拙い人生に続編を許されたような気がした。
 今日僕の中で初めて、生きる喜びよりも生かされる喜びが優った。


2010年06月26日(Sat)▲ページの先頭へ
蛍光灯
 蛍光灯までうなっている。
 毎晩仕事を終えるにあたって順序が決まっている作業がある。電源のスイッチ切りだ。機械に疎く、なるべく原始的な仕事内容にしたいと思っていても、結構沢山の電気器具を使っている。まずは調剤室の2つの分包器、電子天秤、攪拌機、散剤鑑査天秤、換気扇、そして照明。これで調剤室は暗くなり換気扇の回る音や分包器のヒーターの音が途絶える。次は薬局の中。パソコンを手始めに、ソファーの前のビデオ。BGMを流しているラジカセ。ここで大きな音は消える。レジ、サービスポイント打ち器。すると蛍光灯のうなり声が初めて存在を示す。結構大きな音だったことに気づく。でも音楽や車の音、人の話し声で1日中耳には入っていなかった。そして最後に蛍光灯。薬局から裏の事務所に移り、2台のパソコン、シュレッター、電気ポット、空気清浄機。パソコンから常に出ているノイズが消えるとここでも又蛍光灯の結構大きな音が耳に入る。これだけの音がかき消されていた日中の人工的な騒音の方が気にかかる。
 小さな薬局でもこれだけの手はずを踏まないと仕事が終われないのだ。正直恐ろしくなる。いったいどれだけの電磁波が建物の中を自由に徘徊し、又貫通しているのだろう。いや、むしろそれはもう池のように横たわり、僕らは電磁波の水の中に浮いているようなものなのではないか。僕らの体の中を無数の情報が素通りしていっているのではないか。パソコンに映し出される映像が僕のお腹を貫通して、僕の頭を貫通して遠く九州あたりに飛んでいっているのではないか。
 その種のことに何ら知識はないが、素朴な疑問は湧いてくる。僕の体の中を電磁波が素通りして健康でおれるのだろうか。仕事が終わってからの果てしない倦怠感は、単に労働だけによるものなのだろうか。僅かこの10数年で、人類が経験したことのないおびただしい電磁波の海に暮らすことのなった。余りにも大きな便利と引き替えに、誰もが素朴な疑問に蓋をしているように思える。そして異を唱える口にも蓋をしているように思える。何もなければよいがとアナログ世代の僕は思う。未知の大海に全員で飛び込んだのだからもう陸には上がれない。
 蛍光灯がうなる声を聞いたとき、遠くで点滅していた灯台の灯が消えた。


2010年06月25日(Fri)▲ページの先頭へ
寿命
 テレビも洗濯機も、冷蔵庫もオーブントースターも、電話機も車も、Tシャツもジーパンも、すべて使えなくなるまで使っているのに、このものの寿命だけは異様だ。尋常ではない。理解に苦しむというか、理解できない。何で現代科学の先端を走っているものがこんなに寿命が短いのだろう。何故そのことを誰もが受け入れ、誰も異を唱えないのだろう。そう言えばこのものに関しては、あの怪しげな「エコ」と言う言葉さえ聞かない。さすがに当事者も気が引けるのかその冠は今のところ使っていない。
 機械の調子がおかしいから思案しているところに、ある家族連れが来た。何の根拠もなく僕が「パソコンに詳しい?」とお父さんに尋ねたら、なんとシステムエンジニアだった。その方が言ったパソコン寿命が衝撃的だった。思わず声を上げたが、その数字を受け入れるのに一呼吸必要だった。僕ら素人が使うような機種だったら5年、プロ集団だったら3年くらいで新たに買い換えるそうだ。機械に慣れるのに5年くらいかかりそうな僕にとってはとんでもない短い年数だ。最初から壊れるのを前提に作っているとしか思えない。何年もかかって「イトカワ」まで行って帰ることが出来る機械を作る能力があるのに、何で卓上に鎮座している機械が数年で壊れるのだろう。もうこうなればいいがかりに近いかもしれないが、この分野で長く使える機械を作ることこそ、本当のエコではないか。
 プロの人に実情を教えてもらったので、諦めがついて早速娘が今夜買いに行った。量販店からこの値段でいいと電話してきたが、そんなにする値段で又数年で壊れるのかと釈然としない。なんだか全く希望のない買い物をしているようだ。ニュースでは、指で動かすと本がめくれるような機械を買って飛び上がったりしている場面をやたら見せられたが、僕は買い物をしてあんなに楽しめたことはない。ほとんど買い物の後は悔いを残す。買い物下手というのもあるかもしれないが、本当は買い物嫌いなのかもしれない。
 倹約家ではない。けちでもない。只価値が分からないのだ。時代の先端を走ったり、便利の中に埋もれたりすることの。開発者や販売業者に聞いてみたい。「人の心より精密機械の方が壊れ上手でどうする」と。


2010年06月24日(Thu)▲ページの先頭へ
紫根
 またまた狂想曲の再来か。例のマスク事件で懲りたから今回は冷静に対処している。
昨日の朝から電話が鳴り続けた。全くの不意打ちだ。その中の一人が理由を教えてくれたのだが、ミューズ石鹸の名前に似ている何とかという番組で紫根と言う薬草がシミに効くと言ったらしい。誰がどの様に言ったのか知らないが、水溶液を作って塗ると1ヶ月くらいでシミが取れるのだそうだ。僕が知らないような番組をこんなに観ている人がいるのかと思うくらい電話が続いた。勿論僕は紫根を常時在庫しているが、元々売るためのものではなく、紫雲膏という漢方薬の軟膏を作る為の材料として在庫しているだけだ。だから一袋あれば十分なのだ。最初に電話がかかってきた人はそれでもいいから分けてくれって事だったので、分けてあげた。その後電話が続くので問屋に電話したらもう在庫がないと言われた。さすがに僕の薬局は通常の漢方薬の仕入れが多いから優先していくつかは送ってくれたが、焼け石に水ですぐになくなった。
 それにしてもこんな小さな町でもこの反響だから、日本全国に換算したらとんでもない数の紫根が売れるだろう。どうせ誰かが仕掛けたのだろうが、凝りもせず踊らされるものだ。まあ、その傾向は毎度こんな事がある度に目撃しているが、事がこの程度の罪のないことだからいいようなもので、政治とか宗教とか道徳などの分野で容易に踊らされる人が続出するのは恐ろしい。以前にも言ったが、この国の人はうさんくさいものをかぎ分ける嗅覚が最近極端に落ちている。あの手この手で仕掛けられる罠に、犬並みの嗅覚を持っていないと我が身は守れない。
 新型インフルエンザが後何年連続して流行ってもさばけないほどのマスクを多くの薬局が在庫している。僕も当時、ないと答えるのがいやで沢山仕入れて、未だ一杯マスクを抱えているが、紫根では同じ過ちを犯さないように考えている。そもそも紫根単独でシミが取れるかどうかも疑わしいのだから。紫雲膏を塗っても半年はかかるのに、紫根単独でどれだけ効くのだろう。調子に乗って今回は多く仕入れないようにしている。しみったれと言われようが、取れもしないシミが1ヶ月で取れるように言うよりは気が楽だ。


2010年06月23日(Wed)▲ページの先頭へ
白十字
 これは大変だ。強力なライバル店が現れそうだ。今日その計画を教えてもらって、こちらも今から迎え撃つ用意をしなければならないと思った。
さすがに向こうもうちの薬局を良く研究している。まずうちのおもてなしがなかなか良いらしく、特にコーヒーとお茶がおいしくて、お菓子もなかなか凝っているらしい。薬局に入ってくるお客さんを見ていると楽しそうで、楽しい話や暗い話が混在しているのがいいらしい。
 これからの予定を聞いてみると、まず学校で漢方のクラブを作る。大学は薬学部に行き、卒業してからヤマト薬局に修行に来る。漫画家になりたかった夢は、趣味の世界で楽しむ程度にする。薬局を開店するために今から倹約をし、3000円貯まっているお小遣いは使わない。スタッフは接客の仕事をしていたお母さんに店員をしてもらい、システムエンジニアのお父さんに経理全般をしてもらう。薬局の右隣は、料理が得意な友人に喫茶店をしてもらい、左隣は歴史が好きなお父さんを持つ友人に歴史館を造ってもらい、3つの建物を内部で自由に移動できるようにする。薬局の配置は相談しやすいヤマト薬局を参考にするがオリジナルには拘る。周囲は緑と花を植えて自然に囲まれているようにする。
最初に来た時に泊まっていったらと声をかけたらさすがにその気配はなかった。2回目に言った時はすぐに否定はしなかった。今日又同じ言葉を投げかけると夏休みに泊まりに来ると言っていた。夏休みには自由研究に漢方薬を選ぶらしい。僕を見てか、僕の娘を見てか、あるいは建物を見てか、あるいはやってくる人達を見てか、あるいは元気になりつつあるお母さんを見てか分からないが、小学生に少しはよい印象を持って貰えたのかもしれない。聡明な子だからその気になれば当然薬剤師になることは簡単だ。どちらかというと、僕を見てやっぱり薬剤師になるのは止めておこうと思うケースの方が圧倒的に多いと思うから、彼女の場合は少数派だ。ただ、漢方薬をやるにはその少数派でおれる素質が必要だ。限られた素材の中で知恵を絞りに絞って人の苦痛を取り除く地道な作業、長い歳月を必要とする勉強と修行。どれも現代にはない要素だ。合理主義、実利主義などとは相容れない世界だ。
 夢中になって娘と話していた彼女は白十字のおいしいケーキを半分残していた。目を輝かせて夢見る職業の大人と話が出来るのは幸せだろうなと思った。あのような経験は僕にはなかった。だから将来なりたい職業などなかった。目的もなく学校に通っていただけだから成績なんか伸びるわけもなかった。動機のない勉強ほど効率の悪いものはない。ちゃんとした動機さえ見つけてやれば子供は自ずと成長する。今更何の得にもならないこんな気付きが、他県からやって来てくれる家族のために少しだけ役立てるとしたら皮肉なものだ。半世紀前に自分で経験したかった。当時僕の前にいたのは品とは無縁のケンカ早い漁師の大人ばかりだった。だからこうなった・・・


2010年06月22日(Tue)▲ページの先頭へ
社交不安障害
 又新しい病名かよと思ってしまう。これだけ次から次へと病気を作られたら多くの人が病人になってしまう。それが企業の目的だろうから、まんまと乗らされているような気がする。病気だと言われれば反論できないし、治療をしなければならないのかと思ってしまう。昨日までなんとか気力や努力などで乗り切っていても、脳内の物質の異常だなんて言われると妙に信じて良き患者になってしまう。何かのせいにしないと落ち着かない時代がそれを助長しているし、肩身の狭い思いをしてきた人達は、病人になることによってプレッシャーからは解放される。企業の文章をそのまま引用すると・・・

「社交不安障害」とは、「人と接する場面で、注目されたり、恥をかいたりするのではないかととても不安になる」「人前で発表する時にひどく緊張して動悸がしたり、顔が赤くなったり、大量に汗をかいてしまう」「会議や会話をしている時に遠慮してしまって自分の意見が言えず、自己主張が出来ない」などで、人と接する場面を避けるようになったり、仕事の範囲が狭まったりと社会生活や仕事に支障を生じている。人前での緊張や不安は長い間「あがり症」など、性格の問題として受け止められていた。又「内気な性格」と思っている人が多い。しかし近年、原因が神経伝達物質と言われるセロトニンやノルアドレナリン、ドパミンなどのバランスの崩れや、不安や恐怖に関わっている脳内の扁桃体とよばれる部分の活動の異常が関与している可能性が指摘されている。性格だと諦めないで医療機関へ相談することが解決につながるかもしれません。

この文章で一番言いたいのは最後の所だろう。何のことはない患者を発掘して市場を拡げているだけなのだ。その証拠にこの文章の元は心療内科で多く使われる薬の発売元だ。薬が開発された年に一気に心療内科の患者が増えたのを忘れることが出来なくて夢をもう一度かもしれない。大企業の頭脳の蓄積にこんな田舎薬剤師が言うのは失礼だが本当に病気で本当に薬で治すべきものなのか。治るなら薬を止めるタイミングは来るのか。処方せん調剤をしているせいで多くの人が抗ウツ薬を飲むようになったのを目撃しているが、解放されてルンルンの人を余り目撃しない。
僕は雄弁で出しゃばりの方を何とか薬で治して欲しいと毎日のように思っているのだが、どうやらその手の人は薬を飲ませようとしても脅しは利かないから最初から対象外なのだろう。いやいやそれよりもそんな人達が色々な分野で指導者になっているから自分が病気だとは思ってもいないだろう。地球は自分のために回っていると思っている人だから。こうなったら意地でも勉強して、光が常に当たり続けている人達に薬を作るぞ、だって彼らはちゃんとした病人なのだから、「遮光不安障害」って言う。


2010年06月21日(Mon)▲ページの先頭へ
連呼
 いくら何でもそれは出来なかった。考え方の違いは誰にもあって当然だから、僕以外の70人くらいの人が拳を振り上げ「頑張ろう、頑張ろう」と連呼しても全く構わない。僕より年齢が上の人が半分以上いると思うのだが、元気だなあと心底思った。ただ、それでも僕には出来ない。
これだけ業界というものが問題視されているのに、その中の人達は至って元気で、それに寄りかかる気持ちはいささかも衰えていない。業界推薦の候補をなんとか国会にと思って懸命なのだろうが、それが国民にたいしていい事かどうかは分からない。さっきまで県民のために職能を活かそうと崇高な訴えをしていたのに、豹変して、おかかえ議員がいないと調剤報酬が増えないなどとせこい話に急降下する。僅か数分でコンビニ店員の時間給の何倍も稼げる処方せん調剤の報酬をこれ以上上げろと言うのは気が引ける。世の中にはもっと税金を回すべき所はあると思うのだが、どうも「師」がつく職業の人達もご多分に漏れずお金が好きなようで他の業種同様懸命に税金の奪い合いをする。
候補者の名前を印刷した配布物をあてがわれたが、全部置いて帰った。僕には業界を代表する人を推薦することは出来ない。僕自身にとっても職業上は大いにメリットはあるのだろうが、やはり政治家には国民全体を見て欲しい。その場の空気に合わせて拳を振り上げることは簡単だが、何かを得るために特権的な力を利用することを僕は好まない。どんな小さな声すら上げることが出来ない人が一杯いて、そう言った人達も薬局は日常の業務の中で沢山お相手しているのだから。その人達にこそ還元されるべき税金をこれ以上「師」がつく職業の人が奪い合う必要はない。

 人や職業の評価が経済面ばかり優先されて、徳が語られることが少なくなった。たまにその面が取り上げられるとすれば、財を成した人達の成功物語の中だけの話だ。経済的な裏付けがない、持って生まれた人の良さなど古典落語の中に閉じこめられて日の目は見ない。もっとよこせとガンバロウを連呼する人達に、少しだけでもよこせとつぶやく捨てられ人後ろ姿は見えないだろう。


2010年06月20日(Sun)▲ページの先頭へ
数字
 天と地の人間が同じ事を考えていたとは我ながら驚いた。いつの頃から僕はその言葉を良く口にするようになっていた。心が折れそうな方が多く来られるようになったからだろうか、あるいは自分が肉体的に衰えだして、実感として口から漏れ始めたのだろうか。
天の方、お釈迦様はどの様な表現を使われたのか僕は知らない。でも僕は俗っぽく「この世は9の苦しみを1の喜びでごまかしながら生きていくようなもの」と表現していた。これと全く同じ事を、数字まで一致しているところがおこがましいが、お釈迦様が紀元前に言われていたらしい。僕は仏教に関して、又お釈迦様に関して全く知識がないから盗作ではない。何でこんな凡人が同じ数字を並べたのか我ながら気が引ける。
 只実際には時代が違うから僕の数字は少し大袈裟かもしれない。お釈迦様の時代には、克服できていないものが多すぎただろう。飢餓、病気、圧政、環境問題等上げればきりがない。そのほとんどを科学や経済で克服している現代とでは圧倒的に生きる困難さが違う。それなのに何故敢えて僕は9対1の数字を上げているのだろう。それは取り残されているだろう人達のことが頭にあるからだ。順風満帆に暮らすことが出来る人は数字を逆転させる方が実体に合っていると思うし、まずまずの生活を送れている人達は、半分以上が喜びで苦しみを上回っているだろう。しかし明らかに喜びから大きく取り残されている人達がいる。それも決して少ない数ではなくて。
 ただ、それらの人達にこの世は苦ばかり多くてとは言えない。出来るだけその苦を軽減できるようにお手伝いできなければ意味がない。カウンセリングの能力もないし医師ほどの医学的な知識も武器もない。あるのは青春期、パチンコ屋の喧騒の中で世の中を斜めに見ていた屈折した視力だけだ。その屈折が現代の屈折を眺めると至極正常に見えるのだ。マイナスとマイナスが出会うとプラスになるのと同じ理屈だ。数字しか頼れなくなった人間が、数字では表すことが出来ない苦の前で立ち往生している。


2010年06月19日(Sat)▲ページの先頭へ
 日曜日の朝のあるワイドショーは、出演するコメンテーターの幾人かに好感を持っているので時々見る。その番組で毎回不快きわまりない一瞬がある。それはスポーツコーナーに入る前に元プロ野球監督が鼻歌を歌いながら登場する場面だ。老人の音程をはずした鼻歌を何で聴かされなければならないのだろうと不愉快この上ない。その瞬間が来れば当然チャンネルを変える。
 最近別にひいきにしているわけではないが、江川紹子がその鼻歌を歌う方ではない元プロ野球選手との考え方の違いで番組を休む(休ませられる?)と聞いた。精神論をぶつその老人に反論したみたいなのだが、その老人の領域を侵したとでも言うのだろうか。これは局の方が判断してその様な方策を講じたらしいが、僕は最近の彼女の気付きに少し期待しているのだ。以前にも述べたが、やたら迎合ばかりのコメンテーター、やたら揚げ足取りばかりのコメンテーターにうんざりしていたので、そのどちらにも属さないテレビ人間はいないのかとずっと思っていた。彼女の他の番組でのコメントを聞いていて、このところの変化に少しだけ救われるような思いがしていた。 いったいどのレベルの人間があのような職業に就きたがるのか知らないが、くだらない人間の話を聞くのは正直屈辱なのだ。テレビのこちら側にいて、一方通行の言いたい放題にはうんざりする。毎日屈辱感にさいなまれていて、まるで自分を安売りしているようなものだった。もうそろそろこの辺りで「いい加減にくだらないやらせは止めよう」と内部の人間が告発すべきだと思っていた。「恥ずかしい」を忘れた人間達にそれが出来るのかと思っていたら、少しだけ彼女にその兆しを感じることが出来た。
 僕は、いたずらに硬質を望むものではないが、得るものの余りにも少ない公共(?)の欺瞞に耐え難くなっている。平和の鳩も「苦苦苦」と鳴きだしたらおしまいだ。


2010年06月18日(Fri)▲ページの先頭へ
座布団
 「座布団をひいてやらないといけないので忙しいんよ」と言われて、これが農業のある作業を表す言葉と分かる人は余りいないのではないか。僕も実は今日初めてその言葉を聞いた。それ以上こちらが質問するようなことはしなかったから詳しくは分からないが、想像では、プリンスメロンの植え付けをするのに必要な作業みたいだ。梅雨に入った今の時期に始まるらしくて、西瓜と合わせて忙しい果物の時期に突入だ。
その農家の婦人が薬局のひさしでもう飛び立とうとするツバメの雛たちを見上げて「今年は何もかもちょっと遅いよ」と言った。何もかものほとんどは僕には分からないが、ツバメがやってくるのや、気温が上昇することや、梅雨などが遅いのは分かった。だけどそれ以上は僕には分からない。農家の方は、その何もかもを沢山持っている。毎日自然と触れ合って暮らしているから良く分かるにだろう。それこそ手にとるように分かるのかもしれない。
 僕など田舎で何十年も暮らしていても、遠景として自然を眺めているだけで、直接手で触れることは少ない。その分、生活に密着した生きた知識はない。さすがに幼いときは、牛の世話も鶏の卵集めもしたし、叔母についていって畑で1日中遊んだり、あるいは生活の一部のように釣りもしたが、成長と共にそれらとは遠ざかってしまった。薬局の建物の中に閉じこもり、休日には都市部の勉強会に出ていくのが落ちだった。自然の微妙な揺らぎに気がつくはずがない。都心の安全地帯で声を落として伝えるニュースキャスターの気持ちの入っていない災害放送と何ら変わりない。
 お皿の上にフォークをさして出されるプリンスメロンに最早命はない。僕らは自然の恵を頂いても自然の営みはほとんど分かっていない。耳を澄ますこともしないし、目を凝らすこともしない。只ひたすらに味覚を磨いているだけだ。50年畑を耕した農婦の言葉を理解する感性を、今日の雨も又潤す事は出来ない。


2010年06月17日(Thu)▲ページの先頭へ
 いくつもの足跡が僕が歩くコースと同じようについていた。最初は同じようなエセウォーキングファンがいるのかと思ったが、余りにも僕の歩くコースと似ていたのでスリッパを重ねてみたら僕のサイズと全く合致した。そこで初めて自分のスリッパの裏を覗いてみたら、土の上に残されているのと全く同じだった。なるほど、雨上がりにこんなところを歩く人間なんて僕だけだろうなと納得した。もう2年以上ほぼ毎日同じ所を歩いているが、他の人が歩いているのを見たことがないから。
その足跡は今日はもう消えていた。まるで整備されたようにテニスコートは表面が平らだった。雨が流したのだ。すべての凹凸を一晩の大きな雨が流していた。たった一夜の雨でこれだけの大仕事をする。だからいわゆる大雨で山から木々や土砂を海まで流すなんて簡単なことなのだ。一瞬の大雨でそうなのだから、長い歴史をへれば水に出来ないことなんかない。山を削り谷をえぐり大岩を丸くし下流に肥沃な大地を作る事なんてなんでもないことなのだ。手からこぼれる優しい肌触りの液体が、巨大な岩をも削り下流へ下流へと流す。
 生きてきた年数に比例して恥じ入ることは増える。思い出したくないことも増え、封印している事も増える。全部水に流してしまえれば楽なのだろうが、完全に流し去ることは出来ない。悠久の水の営みに比べればなんて小さな事かと、自分の器の小ささに気づく。この哀れな人間の営みは単に水に流してしまえばすむことだが、水が流した大自然の造形や営みは人知の及ぶレベルではない。水に流すと、水が流すのたった一つの助詞の違いは矮小な人為と神格化された大自然の究極の乖離。


2010年06月16日(Wed)▲ページの先頭へ
過疎地
 岡山市の中心部に住んでいる親子が漢方薬の相談に来てくれた。どなたかが紹介してくれたらしい。電話で予約してくれていたので「スッと来れましたか?」と尋ねると、親子で顔を見合わせて「途中すごい田圃が広がっていて本当に薬局があるのか不安になりました」と答えた。地方に住んでいる人にとっては珍しい光景ではなく、その間を縫って進むことに何ら不安は感じないのだろうが、人家が途絶える光景に慣れていない人には心細かったのだろう。
それにしても夜でなくて良かった。夜だったら諦めて帰ったかもしれない。この辺りの日没後は都会では深夜だ。いや深夜と言うより明け方に近いかもしれない。民家から漏れる明かりを頼りに目的地を捜すのは困難だ。
 牛窓はバイパスを利用すれば岡山駅まで40分くらいで行けるのだが、いわゆる町の発展からはことごとく取り残されてきた。何か話が持ち上がるとことごとく反対し結局は人口が流出し続けた。残されたのは県南唯一の過疎地という珍しい呼称だ。過疎地はほとんど山間部に存在するのだが、海沿いの町がその仲間入りしている。ただ、さすがに瀬戸内海に面しているから過疎地と言っても温暖で明るい。山は低く海は波も穏やかで暮らすにはいいところかもしれない。
 親子は、転落すれば車が大破しそうなスーパー林道を想像したのか、はたまたいつまでも発見されないダム湖を想像したのか、足許から谷底が見える吊り橋を渡らなければならないと思ったのか、渡し船で渡らないといけないと思ったのか、平家の落ち武者が襲ってくると思ったのか、八つ墓村のたたりがあると思ったのか。
 実は僕はこのギャップを楽しんでいる。こんな田舎の薬局を不安のうちに仕方なく訪ねてきてくれている人達に、想像以上の成果を持って帰ってもらうことに喜びを覚えている。如何にもというような恵まれた土地、如何にもというような建物、如何にもというような風貌、如何にもというような値段、そんなものがいっさい無い僕は、如何にもより優る効果を上げることが喜びだ。如何にも・・・は僕は全く肌が合わない。何ら演出することなく只ひたすらに治ってもらう、それだけだ。


2010年06月15日(Tue)▲ページの先頭へ
魂胆
 どのチャンネルをその時間帯に回してもくだらない揚げ足取りばかりのワイドショーだから、仕方なくその番組を見ることになった。薬局を開ける時間を30分遅くしたのもあるのだが、朝の連続テレビ番組を見るのは「おはなはん」以来ではないか。
一度見始めると見ない日を作るのが何となく居心地が悪くて、毎朝結構時間を気にしている。だけど毎日見ていて気づいたことがある。素人のくせにと思われるかもしれないが、余りにも貧乏をテーマに引っ張りすぎだ。1年間放送を続けなければならないから、脚本も大変だろうが、毎日毎日困窮生活を描かれてもほとんど同じ内容でしかなく新鮮味がない。無理矢理作ったような内容が少し息苦しい。1年間話を延ばすには無理があるのかなと、最近は少し食傷気味だ。
いやいや、こんな揚げ足取りをしてはいけない。毎日見るにはそれなりに評価できる理由があるからだ。僕は女優が演じる奥さん像に羨望の眼差しを送っている。今でも元気で暮らしている方を描いているのだから、悪くは描けないだろうが、あの従順さ、あの優しさ、あのけなげさに世の男性はあこがれるだろう。所詮作品の中と割り切ってはいるが、見ていて気持ちがいい。まさか旦那役になりきっているのではないが、果たせぬ夢を疑似体験しているのかもしれない。ひょっとしたら、僕だけではなく多くの男性がその様な魂胆で見ているかもしれない。嘗てヨン様を架空の恋人とみなした奥様方と同じ心境かもしれない。だとしたら、さしずめあの女優はゲゲゲのヨン様だ。


2010年06月14日(Mon)▲ページの先頭へ
寿命
 ダイアモンドがついているから現代の価格に直すと20万円くらいはすると教えてくれたが、その肝心のダイアモンドが見えない。持ち主も、確かこの辺りだったんだけどと言いながら捜しているから、元々大きくはないのだろう。二人とも眼鏡を外して捜すが結局は見つからなかった。それでも何十年か前に2万円で買った腕時計は、今でも自慢の代物なのだ。
そうしてみると僕はその面でも倹約をしている。卒業してから結局は一度も腕時計を持たなかった。30年以上持たなかったことになるからどれくらい倹約しているのだろう。腕時計を普通どれくらいの期間で買い換えるのか分からないが、10年に1度としても3個分は倹約している。
 昨日残念ながらジーパンを一つ処分した。これも何年前になるか忘れたが、息子か甥にもらったものの中の一つだ。ついに太股の辺りが横断して裂けてしまい、さすがに薬局の品を落とすから処分した。というのは嘘で、外で履くのならまだまだ十分と思ってどう繕ってやろうかと見ていたら、股下が2カ所結構広い範囲で破れていた。これには全く気がつかなかった。いつから破れていたのだろう。そう言えば思い当たるふしもある。僕は皆さんより高い椅子に腰掛けることが多い。何となく僕と話している人が眼をそちらの方にやることが気になっていた。恐らく随分前から破れていたのだ。さすがに皆さん指摘しづらかったのか誰も教えてはくれなかった。もっともズボンの破れなんか僕の日常からしたら違和感は余りなく、気にもとめなかったのかもしれないが。
 ついでにもう一つ。運動靴の寿命がかなり近づいてきている。かかとはもう余り残っていない。10年以上、いやひょっとしたら20年?履いていると思うが、一度も洗ったことがないから臭い。汚れはしっかりと染みついている。何処で脱いでもなくなる心配も、人のと間違う心配もない。ただ、まだ僕の捨てる基準には達していないのだ。僕が靴を捨てる基準は、雨の日に普通に歩いていても水がしみてくること。水たまりでないところを歩いていても靴の中までしっかりと濡れること。これさえ満たせばさすがの僕も諦めはつく。
 正味5円か10円かというお茶を飲むのにペットボトルで飲む時代だ。最早飲んでいるのはお茶ではなく付加価値だ。石油や労賃、運送費を飲んでいるだけなのだ。物の寿命を全うしてやることを考えれば身の回りから贅沢や無駄が少しは消えていく。


2010年06月13日(Sun)▲ページの先頭へ
装丁
 顔がいつも笑っている。顔の構造がすべて丸で出来ているからかもしれない。顔の輪郭から、眉毛、眼、鼻、すべてまん丸だ。こうした造りの人はいつまでも幼い時の純真さを保ち続けていて、心に棘がなく穏やかだ。公園で咲き誇る花でもなく、優雅に生けられた花でもなく、老婆が鍬を置く庭の迎え花だ。
聖書の中のどんな言葉が好きなのと尋ねたら2つ教えてくれた。「見ずして信じるものは幸いなり、天国は我のものなり」と「貧しきものは幸いなり」だ。戦後、田舎の安い給料から逃れて兄を頼って玉野にやってきたらしい。三井造船の下請け会社に職を得て、結局は玉野の人になってしまった。聖書の中の貧しきとは決して経済を言っているものではないが、彼は敢えて経済と重ねた。
 彼はさすがに長崎の方で、キリスト教はそこにあるもので、特別なものではない。このまるで普段着そのものの平常心が僕ら中途入信者には越えられない壁だ。見ずして信じることが出来る幸いは、見なければ信じない合理主義を凌駕する。
 戦後の混乱期、少年は、祭壇の前で神父様と並びラテン語で御言葉を唱えていた。信仰さえあれば生きてけると確信していた少年は、歳月を顔の皺に刻み、謙虚を心の中の天国に積み上げて、小さな共同体の中に咲き続ける。
 ここ彼処で無数の読まれない本が横たわるが、装丁されない表紙にも星は輝く。


2010年06月12日(Sat)▲ページの先頭へ
捨てぜりふ
 この半年くらいの間に、住所変更の連絡が数軒入った。そのほとんどが名字も変わっている。恋愛はもとより結婚なんてあり得ないと言っていた人までその中に含まれている。その話題に触れると、思わず泣き出した女性もいた。あり得ない話があり得たのだから、勝手に諦めたり勝手に居直ったりしない方がいい。
何でも難しく考えないことだ。難しく考えるのは大学の教授や研究者に任せておけばいい。僕ら凡人は深く難しく考えたらますます混乱して出口を失う。専門家は出口を捜すのが仕事だが、僕らは出口を閉ざしてしまい自分で監獄の鍵を閉めてしまう。
例えば過敏性腸症候群は恥ずべきものなんかではなくて、寧ろ人間として繊細さに優れていると何度も言ってきた。その繊細さを芸術とか人助けとか、仕事などに使う事が出来れば最高の長所だとも言ってきた。それなのに致命的な欠点として捉え、上記のように恋愛も結婚もそれを理由に諦めてしまう。恋愛や結婚に意味を認めないならそれはそれで確固たる価値観でいいのだが、もしそうではなく意味を感じているなら俄然過敏性腸症候群を逆手にとって邁進すればいい。自信がないなら謙遜を、勇気がないなら思慮深さを、幸せな人が羨ましいなら平等主義者を名乗ればいい。相手によってはそれらを由とする人も多い。寧ろこんな希望もなく殺伐とした時代にはそんな人の方が合っているのではないか。名乗っている間にきっと謙遜も勇気も博愛も磨きがかかってきて、元々の性格に尚深みを与えてくれるだろう。
 人の価値観や考え方などいくらでも変われる。信念を通すことと正しいこととは異なる場合も多い。正しい事も時代によって結構変遷する。しがみつくほどの普遍の価値観なんて存在するのだろうか。明日の自分なんて分からないと捨てぜりふくらい言えるのが格好いい。


2010年06月11日(Fri)▲ページの先頭へ
塩化アルミニウム液
 僕も全く同じ薬を作って20年以上前から薬局に並べていたのだが、1年間に10本くらいしか売れなかった。それが今年は娘が作って、説明書もつけて化粧箱に入れたら、とたんに毎日のように売れている。別に宣伝しているわけではないのだが、調剤を待っている間に説明書を読んで勝手に帰りに1本買っていく。もうすでに繰り返し買いに来てくれている人もいる。
塩化アルミニウムのローションだから本来は殺菌消毒剤なのだが、使っている人のほとんどは脇や足の裏の汗止めと臭い消しだ。ワキガなんかは他に類を見ない効果だ。単に殺菌するだけなのだがこれが結構よく効く。薬局製剤と言って薬を製造する権利を許可されている薬局しか作れない代物だがマニアックな製品でそんなに普及はしていない。だけどやっぱりその道に精通している人もいて、僕の薬局で見つけて喜んだ人もいる。今までは通信販売で買っていたらしいが、同じくすりが半値で買えるからと喜んでいた。娘は原価から計算して650円頂いているみたいだが、よそではその倍くらいするらしい。どうしてそんな値段になるのか知らないが、都会は家賃などで費用がかさむのだろう。その点田舎は持ち家だし、仕事帰りに一杯もやらないし、原価は安くつく。まさか飲み屋の代金まで薬代には含められないだろう。
 薬局をやっていると化粧品会社などが目をつけて取引を依頼してきたりする。僕は苦手な分野には手を出さないことにしているから、即座に断る。まさか僕が化粧品を売れないだろう。そんなことをしたらみんな驚いて帰ってしまう。薬とは言え制汗ローションすら苦手なくらいなのだから。やはりおじさん主体の薬局では、買う気もしないものもあるのだろう。そう言った意味では薬局のスタッフに若い女性がいることも大切なのだと認識する。
 売る気もしないおじさんと、買う気もしないお客さんで、何で今までこの薬局はもっているのか不思議だが、苦手意識丸出しの商売っ気もたまにはいいのかもしれない。


2010年06月10日(Thu)▲ページの先頭へ
思い込み
 一瞬のうちに目を充血させたかと思うと涙が吹き出る。懸命にこらえようとするのだが、家族の前で気丈に振る舞っていたぶん、一気に堰が崩れ落ちる。
ここ数日僕は毎日その女性の涙を見ている。あるトラブルを自分で勝手に癌だと思いこんでいるのだが、その思い込みをうち破るために僕は四苦八苦している。どんなテーマでも同じだと思うが、思い込みを翻すのはかなり難しい。どう説得しようか、考えられる手段は全部駆使してみるが、涙を止めることは出来ない。合計すると何時間も向かい合って話をしているのだが、少しだけ安心したという束の間の解放感が関の山だ。もっと解放してストレスを全部薬局に置いて帰れるくらいにしてあげたいのだが、帰る姿はいつも後ろ髪を引かれている。出口辺りで一瞬立ち止まり何かを口ごもる。そんな背中を毎日見ている。
 大病院にかかっているから、検査方法や治療薬のことなどを聞いていただけだが、究極の思い込み病を治す方法は、そのトラブルを治すことだと気がついた。現代医学で好転しないから癌だと思いこんでいる。だから漢方薬で治してあげればいいのだと気がついた。漢方薬なら今受けている治療の邪魔にもならないだろうから。医学的な知識も励ましも慰めも、思い込みの前では歯が立たない。唯一の方法はトラブルが治りそうと希望が持てる状態になってもらうことだ。僕は昨夜、今度病院に行く日までの漢方薬を作った。昨夜から飲んでいるはずだ。
 ところが今日はやってこなかった。ひょっとしたら何か良い反応が出てくれたのだろうかと期待している。悪化し続けていたから毎日やって来ては不安を口にし、涙を浮かべていたのに今日は顔を見せない。あの辛そうな顔をする必要が無くなったのだろうかと淡い期待も寄せるが、薬局に来る気力もなくしたかと心配にもなる。今度病院に行ったら、心配が払拭されてルンルンで帰ってくると確信を持っているが、それまでに思い込みで凍り付いた心を溶かす事が出来る漢方の実力が欲しい。


2010年06月09日(Wed)▲ページの先頭へ
トイプードル
 このまま当分信号が変わらなければいいのにと思うほど、それはなんとも言えないほのぼのとした光景だった。岡山市の中心部を走る国道に合流する交差点だから少し長い赤信号にプレゼントされた光景だった。
交差点に面した商店の前の歩道で、跪いているその店主らしき人の膝の上で懸命に1匹のトイプードルが跳ねている。店主の顔をなめようとして必死なのだ。根負けしたのか男性店主はのけぞるのを止め顔をなめさせ始めた。かみしめた唇をトイプードルがしっぽを振りながら強烈になめている。店主は両手でトイプードルの背中やお腹をしきりに撫でてやっている。傍に立ってにこやかに見守っている女性がヒモを握っているから飼い主なのだろう。短い足を懸命に延ばししっぽを激しく振りながら店主の唇をなめているその犬は、いったいどのくらい店主が好きなのだろう。犬を飼っている僕の推測だと、店主と会い撫でてもらうことは毎日の散歩コースの楽しみの一つの筈だ。種を越えてどのくらいの愛情が往来しているのだろうかと犬に尋ねてみたい気きがした。
 何故犬は人間がこんなに好きなのか。人間も又こんなに犬が好きなのか。いつの頃から一緒に暮らすことになったのだろう。動物は他に一杯いるのに、何故犬が選ばれたのだろう。何故人間が選ばれたのだろう。その種の解説書をひもとけば教えてくれるのだろうが、その答えを知りたいのではない。ただただ驚きなのだ。時として同じ種以上の結びつきを感じる異種同志の相思相愛が不思議でならない。種を越えて共存しているケースは恐らく他の動物間でもあるだろうが、生存のための補完関係ではなく、思いで結びついていることが圧巻だ。
後ろの車のクラクションに促されて左折しようとした。すると飼い主とその犬が横断歩道を渡ろうとした。断然僕の方が早く横切れるのだが敢えて目の前を渡ってもらうことにした。日課を終えた犬は慣れた足取りで横断歩道を渡る。自分が高級犬だと決して気がつかないのがいい。人間が勝手につけた価値観が、自覚されないのがいい。鏡がなければつまらないことで優越感や劣等感に翻弄されることもない。自分を知らないことは自分を知り過ぎていることより、時に勇敢で時に独創的だ。



2010年06月08日(Tue)▲ページの先頭へ
懸念
ヤマト薬局様
こんにちは。最近また薬を飲む生活をしてたんですけど、この間彼氏と遊んだ時にお腹が痛くなってきて、もぉ辛すぎて初めて本当のことを話ました。自分が過敏性症候群であること、電車も怖くて乗れなかったことなど。。。好きな人に本当のことを言ったのは初めてなので、凄く怖くて緊張したんですけど、先生の言った通りそんなことで嫌いにならへん。って言ってくれてすごく嬉しかったです!言えたことでスッキリしたのか、最近調子が良く薬も飲んでません。またいつお世話になるか分からないけど、彼氏に言えたことで恐怖心がなくなりました!嬉しかったので報告してみました(*^□^*)

○○さんへ
 良かったじゃないですか。恋愛論は得意ではありませんが、男の気持ちだけは僕にも分かるので、あなたの懸念が、単なる懸念でしかないのは分かっていました。そもそも男は、好きになった女性の欠点など興味がありません。気がつくこともないのではないでしょうか。もし仮に気がついたとしても、それは魅力にもなりうるのです。貴女が牛窓に来てくれた時にも言いましたが、男は寧ろ完璧な女性の方を苦手とするものなのです。長い歴史の中で戦う動物として位置づけられ、女性や家族を守るものとインプットされ続けられたせいで、自ずとその様な立場を好むものなのです。自分の力量はさておいての寂しい話ですが。
 僕は過敏性腸症候群の既婚者の女性からもよく相談を受けます。主人は気がついていないとか、気を使って知らんぷりをしてくれているというのがほとんどです。でも実際にない症状を理解することは不可能です。もし気がついたら有名な病院に連れて行くのが定石です。無関心でも、寛容でもないのです。只分からないだけなのです。悲愴なメールをしばしばくれていた貴女と会って、何でこんなに素敵な女性が思いこみ病のせいで青春を水墨画のように濃淡だけで生きているのだろうと悲しくなりました。青春はやはり激情の色彩で描くべきです。貴女の今回の実践、気付きは僕がお世話している多くの人達にも勇気です。多くの青年達が実際に牛窓にやってきてくれ泊まっていきました。全員が素晴らしい人達でした。それぞれが懸命に生きていることを教えられました。僕の成すべき事も教えられました。貴女がよりによって、こんな田舎の薬剤師を頼ってくれたことに感謝します。僕の苦手な恋愛ごとでお役に立てるとは思いませんでしたが、「男は単純」くらいの助言は出来るのです。だってその最たる僕が言うのですから間違いありません。貴女はもう自分で自分を束縛する必要はありません。自分を、過去の自分から解放してください。自由に自分を追求したらいいのです。今まで我慢していたことを一杯取りかえしてください。自信を持ってさっそうとあの街を歩いている貴女を望んでいます。


2010年06月07日(Mon)▲ページの先頭へ
雨粒
 頬に一粒の水滴が当たる。あれっと思って空を見上げるが雨らしきものは見えない。ただ頬を拭った手には明らかに水滴がついている。鳥でも頭上を飛んでいったのかと思うがその気配はない。実際に雲がどのくらい大きいのか知らない。またどの様に分断されているのか集合しているのかも知らない。ただ明らかに僕は今最初の一滴を頬に落とされた。ゆっくりと空を覆ってきた灰色の雲の先端に僕はいるのだとふと気がつく。
 僕は今たった一つの雨粒の落とし場でしかない。考えて、食べて、働いて、笑ってとそれなりに存在しているつもりだが、自然にとってはたった一つの小さな区画でしかない。そこでは体温も呼吸も言葉も必要ない。只いるだけ、いや只あるだけなのだ。ない頭で考えて、虚弱な体を動かしても雲一つ作れない。
やがてコンクリートにあたる雨の音と共にいくつもの水滴が立て続けに落ちてきた。雨雲が空の上で僕を追い越している。針の穴にも劣る区画は背中を丸めて小走りに逃げ帰る。何を力んで生きているのだろう。そこにある草も、そこにある電信柱も、そこにある乗り捨てられた自転車も何ら重力に逆らうことなく黄色のハンモックで揺れているだけなのに。なんて穏やかな朝の始まりなのだろう。身体中から力みが消えていく。弛緩した肉体から引きつった精神が転がり落ちていく。


2010年06月06日(Sun)▲ページの先頭へ
失望
 同席した二人の女性薬剤師に、店頭で対処に困っている患者さんの処方を尋ねられた。一人の薬剤師は、がんで胃を全部摘出した方の貧血と、血小板が少ない方の対処法。もう一人の薬剤師は両手に広がる痒疹で困っている方と、足が引きつって歩きにくい方の対処法。二人とももう1〇年は熱心に漢方薬を勉強している方。他県から熱心に勉強会に通ってきている。
 昨年から薬の郵送販売が一部規制されているが、これに反対している漢方薬局の団体に厚生労働省から一つの答えが来たらしいが、「漢方薬を含め薬にはリスクがある。遠くにある薬局に行けないなら、近くの薬局に送ってもらい、そこの薬剤師が説明をする方法もある」と言う滑稽なものだったらしい。と言うのは、漢方薬をある程度分かっている薬局が、各県にいったい何軒あるだろうか。僕はひょっとしたら片手で数えるくらいしかないのではと思っている。基準を下げれば両手、もっと下げれば両手両足くらいはあるのかもしれないが、でもそれでは依頼する側が不安だ。いやもらう方も不安だろう。今医院の傍に薬局を出せば簡単に食っていける時代に、わざわざ不効率な薬局製剤の許可を取って営業しようとする薬局がどのくらいあるだろう。それよりも昔からの普通の薬局はどんどん廃業している。優秀な若い薬剤師はほとんど研究畑や製薬企業、病院、調剤薬局に行き、町の薬局には滅多に見られない。廃業寸前の優秀なスタッフが育たない薬局に、懸命の思いで作った薬を送って「安全」が担保されると思っているのだろうか。
上記の二人の女性薬剤師は、それぞれが薬局を経営していてもう漢方薬もかなりの実力を付けている。それでも尚僕が数秒で答えられるような質問をしてくる。それはひとえに3〇年近く勉強した僕の方が年数だけで優っているからなのだ。才能だけでは越えられない時間の壁がある。それだけの経験を要する漢方薬について、何ら勉強していない薬剤師が答えられるはずがない。誰を守って、何を守って作られた規則か知らないが、少なくとも病気で困っている人を守るのではなく業界を守るために出来た規則だろう。病院では治して貰えない苦しみであえいでいる人達の声は、恵まれた地位にいる人達には届かないのだろうか。業界より人を守るよう訴える声は又してもかき消されるのか。時代が変わり、やっと主役になれると思った人達の失望は大きい。


2010年06月05日(Sat)▲ページの先頭へ
ウシガエル
 昨夜から鳴き続けていたのだろうか。ボーウ、ボーウと低音でしかも結構遠くまで響く声で鳴いている。薬局から歩いて1分の、こんな近くにまだ湿地帯が残っていて、ウシガエルまでが生きているなんて何で今まで気がつかなかったのだろうと思う。
朝まだ早いテニスコートは、体育館の屋根に遮られて陽はまだ一部を除いてあたらない。その唯一陽があたっている草むらに僕より早くネコが陣取っていた。飼い猫か野良猫か分からないが、しっかりと太陽の恵みを受けている。体温を上げることで免疫を強くする動物の知恵か、単なる早起きか分からないが、侵入者の僕を警戒して逃げる用意を始めた。いつものように僕はテニスコートの中をフェンスに沿ってグルグルと回り始める。1巡するたびにネコの傍を通るのだが、最初警戒していたのに、回を重ねるに従って、逃げる仕草を止め、じっと身構えるだけになり、そのうち目を閉じたまま僕をやり過ごし、最後にはお尻をむけて気持ちよさそうに物思いにふけっていた。
短時間のうちに僕はネコに危害を加えない動物として認識された。こちらがそれなりの態度を示せばネコにだって信頼されるのだと都合の良い満足感に浸った。猫が好きなわけでもないから声をかけるようなことはしないが、敵意を露わにすることもなく自然体でいたら、あの小さな動物だって理解できるのだと不思議な体験だった。
 人間も同じではないか。多くの人は社会的な営みの中で出来れば争いたくないと思っている。この時代に命をかけて争うような愚かなことはしないだろうが、命を削るような争いは不幸にして起こりうる。繊細な人なら、ほんの些細なことでも神経をすり減らし消耗する。それは時として立ち上がれないほどのダメージをももたらす。何を他者に強いたわけでもなく、何か危害を加えたわけではなく、意図して不快感を与えたわけではなく、ただそこにいただけで争いの中に巻き込まれる理不尽さも蔓延している。あなたに危害は加えないと両手をあげて街を歩くべきか、人とすれ違うべきか、声をかけるべきか。
 ボーウ、ボーウとまるで天敵に居場所を知らせているようなものなのだが、その度胸とおおらかさを見習いたい。また鳴けば鳴くほど餌となる小動物は逃げていくと思うのだがその寛容さを見習いたい。湿地帯で繰り広げられる弱肉強食が人間社会のそれには勝てないとボーウ、ボーウと嘆いている。


2010年06月04日(Fri)▲ページの先頭へ
教職
 ほぼ完治ですね、おめでとう。一生付き合っていくものと決めていたらしいけれど、結構、過敏性腸症候群もパニックも治るものでしょう。僕の立場で言うと、巷で言われているほど特別なものではないのです。いつの頃からか治らないものという風評が広がって、薬を依頼してくる時点で治らないと決めている人が多く、戸惑っています。でも200数十人がもう完治して自由に暮らしていますから、僕自身は治るものと逆に決めつけています。
あなたがご主人の反対にもかかわらず、こんな田舎の薬局を信じてくれたことに感謝します。聞けばあなたも四国の小さな島育ち。一気に僕も親近感を持ちました。あなたの出身を聞いてすぐに、アンジェラアキの「手紙」?って唄を思い出しました。あなたの出身の県の小さな島の中学生が、NHKのコンクールに出場する過程をドキュメンタリーで追っていたものです。同じ瀬戸内海に面する町で暮らしたもの同志の勝手な連帯感です。
今まであなたが飲んでいた精神安定剤や胃腸の薬に僕は疑問を持っているのです。僕の所に来る人全員がその種の薬を飲み続けています。でも僕はあなたを含めて、ほとんどの過敏性腸症候群の人が病気とは思えないのです。単なる「まじめ過ぎ病」「頑張りすぎ病」にしか思えないのです。胃腸科にかかれば胃腸病、心療内科にかかれば鬱病や社会不安障害などの病名をもらいます。病名をもらったときから病人なのです。僕は600人の人と今まで知り合いになりました。でも彼ら彼女らが病気とは決して思えないのです。僕はあなたもその他の人もただ元気にしてあげただけです。心も身体も元気になって克服できない病気?なんかありません。
 僕の言う、青春の落とし穴に落ちる人は繊細で素敵な方ばかりです。そんな人が理不尽な悩みを一生抱えるのは気の毒です。そしてまるで病人のように扱われて次第に自信を喪失していくのを見るのもつらいです。恐らくあなたも驚くほど僕に品がなくて大丈夫かと二の足を踏んだと思いますが、今まで知識や品で人を治せたことがないのでこれからもこのまま変わらず泥臭く人の世話をしていきます。素敵な人達が病人にならないために。 あなたが仕事に就いたばかりか、外食まで楽しんでいるだなんて、僕にとっては最高のプレゼントです。伊予かんは頂かなくても構いません。その代わりもっともっと幸せになって、失われた数年間を倍返しで取りかえして下さい。教職にもう一度チャレンジしたら?


2010年06月03日(Thu)▲ページの先頭へ
機関銃
 ご両親は又始まったと当惑気味だが、決して注意するわけではない。ただ優しく見守っているだけだった。そこで強引に介入してこなかったのがいい。僕はとても楽しい時間を持てたのだから。「又おいでね」と言ったのは社交辞令ではなく情が移ってしまったからとっさに出た言葉なのだ。
お母さんの症状を尋ねている時に、横に座っている小学生の女の子が間髪を入れずに答える。最初は当然本人に尋ねていたのだが途中から僕はそのお子さんにお母さんの症状の変化を尋ねだした。それは的確な表現で答えてくれたこともあるが、より客観性を担保できると思ったからだ。その時点で僕はすでに彼女を大人並みに信頼している。最初ご両親の傍に腰掛けた幼い姿からはただのかわいさしか伝わってこなかったが、いざ喋り始めると、語彙の豊富さ、的確性、洞察力などで決して大人に引けを取らなかった。いや下手な大人より話し上手だ。関西人特有のユーモアを所々にちりばめて、聞き手を飽きさせない、と言うより話に引き込まれそうだった。
 僕はいたずら心を出して「沖縄問題についてどう思う?」と尋ねてみた。すると彼女は一国の総理の定まらないリーダーシップを嘆いていた。まるで政治好きのおじさん同士の話みたいだ。喋る度に驚き感動していたから具体的な内容は覚えていないが、もし録音でもしていたら一つのテレビ番組でも出来そうな内容だった。下手な無能芸人より数段面白く楽しかった。
単なる早熟か、あるいは才能か。どちらにしても、まるで意図的なものを感じなかった。あたかも反射の如く飛び出す言葉に計算尽くの余地はない。まるで自然体なのだ。あどけない笑顔から機関銃のように出てくる言葉は、僕の心を見事に撃ち抜いた。


2010年06月02日(Wed)▲ページの先頭へ
舞台
「お薬ありがとうございました(^O^)お陰で頑張れました!学校頑張れてます!コワい時も寂しい時も不安な時も多々あるけど、でも生きてるな―って思えて気持ちいいです。6月に舞台で歌うんです。ドレス着て。一人で。心臓、吐きそうなくらい今から緊張してます(泣)でも、それを希望したのは自分なんです。出とけば良かった‥って後悔したくなかったのと、大勢の人達のあの緊張感の中で、勉強した事を何処まで伝えられるか試してみようと思いました。だんだん今を過ごせるようになってきて、充実していて凄く幸せです。今日は授業終わって友達と沙美海岸?で初めての釣りをしました!楽しかったです!!最初は今の学校も辞めようとしたけど、辞めなくて本当に良かったです。この学校の、この友達に会えた事も本当に感謝です。まだやっぱり人の多い静かな場所は恐いけど、少しずつでもそんな恐さも忘れるくらい正直に前だけを見つめていられるようになりたいです。」

 この子が突然やって来たのは何年前だたっけ。制服姿でやって来た。学校には行けないから家を出て電車やバスを乗り継いで僕のところにやってきたのだ。ダンスが好きで、レッスンだけは受けていたらしい。その種の大学に行きたくて過敏性腸症候群を克服したがっていた。受験を始め、色々なここ一番で僕を頼ってくれて、次第に過去のトラウマから脱皮していった。僕はその成長過程も見せて貰えた。まるで自分の娘のようにその過程を喜んだ。悲しいとき、不安なとき、でも逆にこのように克服して達成感に浸ったときも報告をしてくれる。もしこの子がずっとあのまま人を怖がり引きこもっていたらどうだろう。一人の大切な人格が実を結ぶこともなく下草のように隠れていたらどうだろう。家族は勿論、将来に渡って巡り会うはずだった人達の損失だ。そして何よりも本人が辛すぎる。才能をいかす場すら得られずに、毎日天井や液晶画面を眺めて足踏みした時間をもてあますのが人生だとしたらどうだろう。
 30数年前、僕も同じような理由で同じような行動を取った。緊張の余り心臓が痛いということを初めて味わった。不安で物が食べられないのも知った。だけどその一瞬にかけたおかげで僕は大学時代を不毛から救った。唄がなければ僕は一介のパチンコ打ちでしかなかった。拙いけれど詩も書き曲をつけ青臭い表現を聴衆にぶつけた。唄は僕が唯一僕を残せた砦みたいな物だった。それがなければ、僕は僕である必要はなかった。
 今彼女が同じ冒険をしようとしている。どんなステージになろうと失う物はなにもない。きっと大きな拍手をもらい青春を生きた証を心に刻むだろう。歌い終えた彼女にはきっと生活の中でも新たな舞台が用意されるだろう。


2010年06月01日(Tue)▲ページの先頭へ
立体感
 昨日偶然二人の方と初めて電話で話をした。もうずっと薬を送っているのだが、声を聞いたのは二人とも初めてだ。メールで多くの情報をもらっているが、やはり生の声は文字では到底及ばない立体感を持っている。
それにしても二人ともなんて優しい語り口なのだろう。一人は関西の男性、一人は北海道の女性だったが、何に例えたらいいのか分からないくらい優しさが伝わってきた。もっとも二人だけではない。今まで沢山の過敏性腸症候群の人達に会ってきたが、多くがこの二人のように穏やかだった。いや、今思いついた。まるで波のない早朝の湖面を、ボートを漕いで渡っているような感じに例えられるだろうか。オールさばきが上手い人は波しぶきも立てないし、かすかな音しかたてない。まるで人生を静かに漕いで渡っているように見える。ただ、それはあくまで表面的なものでしかなく、オールを持つ手に込めた力はある人は強く、ある人は熱く、ある人は涙で濡らしている。 
 時代を上手く生きる能力は、不器用にしか生きられないことに優っているのか。不器用にしか生きられないことは否定されるべき事なのか。争わないことは臆病なのか。自ら落ちた青春の落とし穴も、悪意の手で背中を押されて落ちた穴も空が見えない同じ深い穴。僕が差しだす手が届くのかどうか分からない。漢方薬が縄ばしごになるのかどうか分からない。だけど嘗てその穴に落ち、そして幸運にもはい上がれた先輩として、脱出できる方法を僕は知っている。自分を否定しないこと、人と比べないこと、上手く生きることは諦め、より良く生きること、他人に評価されることを望まないこと、人を誉めること、赤信号では渡らないこと、ゴミは分別して出すこと、インスタントラーメンの汁は残すこと、カラスに石を投げないこと、宝くじは10枚以上買わないこと、10円拾っても喜ばないこと・・・そして湖ではジェットスキーには乗らないこと。 


   


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

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〒701-4302
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