栄町ヤマト薬局 - 2010/04

漢方薬局の日常の出来事




2010年04月30日(Fri)▲ページの先頭へ
難民
 さわやかな朝の空気をどのくらい害されているのだろうと考え込んでしまう。さて、今日も1日頑張ろうと、夢の中に昨日までの煩わしさを閉じこめて深呼吸しているのに、聞こえるのは非難めいた言葉ばかり。良くもそれだけ人を批判できるなと、うぬぼれ加減にうんざりするが、チャンネルを変えても同じような汚い言葉、自信に満ちた言葉、否定ばかりの言葉が溢れている。
どんな人間だって、あるいは政党だって、いいところも一杯持っているし、いたらぬ所も一杯持っている。自分に都合が良ければいい人になり、不都合なら悪い人になる。でも他者にとっては評価が簡単に逆転する。絶対的に悪とか絶対的に善とかは、人間の営みの中にそんなにあるわけではない。
 ニュースを淡々と伝えてくれればこっちが勝手に判断するのだが、感情を、それも悪意に充ちた感情をむき出しの言葉の繰り返しは聞くに耐えられない。徐々に交換神経を亢進させて活動モードに切り替えていこうとしている矢先に、一瞬のうちに戦いのモードに切り替えられるから、自然な血液循環は阻害され、筋肉は硬直し内臓は痙攣する。
これだけ朝から揚げ足取りを見せられたら、クレイマーを増殖させられているようなものだ。誰もが何かに因縁をつけ、あわよくばと言うのを推奨しているようなものだ。自分のことを堂々と棚に上げる訓練をさせているようなものだ。所詮テレビ局なんか金儲けの単なる会社だから、期待することはないが、僕はそのくだらないワイドショーとやらのスポンサーになっている企業に注目している。良く覚えておいてたった一人の不買運動をしているのだ。批判、非難ばかりのくだらない人間を画面に登場させることを許しているスポンサー企業のものは絶対買わない。朝の破壊者たちを兵糧攻めにするには不買運動が一番いい。誰でも簡単に出来る。僕一人の抵抗では何の意味もないが、そこまでしないと不愉快な気持ちにさせられる実害に気が済まない。
 せめて心地よい番組はないかと、テレビのチャンネルをせわしなく変えるが、このチャンネル難民に当分帰るところは見つかりそうにない。


2010年04月29日(Thu)▲ページの先頭へ
北の国の貴女に
 僕は子育てをするに当たって、一つだけ原則を持っていました。それは決して立ちはだからないと言うことです。僕は命にかかわること以外で子供を怒ったことはありませんし、
子供に何かしろと言ったこともありません。子供がやりたいと言ったことだけを援助することに徹しました。だから我が家の子は、勉強を余りせずに、スポーツばっかりしていました。結婚もしろとも言ったこともないし、結婚が決まったからと言っておめでとうとも言っていません。結婚なんてしようと思えば誰だって出来ます。そんな簡単なことがおめでとうの対象とは思えないのです。寧ろ人生で何をやり遂げるか、いや、そんな大げさなことではなく、少しでも人の役に立てることを優先して欲しいと思っています。その結果の人生にたいして、いい人生だったねとおめでとうの言葉を心からかけてやることは出来ます。勿論その時は僕はこの世にはいませんから、最終的なおめでとうは言えませんが、途中経過は見守ることが出来ます。そしてそこでも又、やはり陰の応援者でしかないのです。成人した子供たちにああしろこうしろは禁句だと思います。
 あなたは過敏性腸症候群を克服してアメリカ留学までした方です。僕には経験がないから分かりませんが、恐らく得たものはかなり大きなものがあるのではないですか。その得たものを如何に他者に還元できるかが、あなたのこれからの人生の最重要課題で、それ以外のものであなたが縛られる事はありません。家族や学校、その他で色々確執があると思いますが、それはあなたをもう一段寛容で勇敢にしてくれるために用意されたものです。
偶然あなたのために存在してくれた多くの素晴らしい人格を持った人達です。恐らくどの方もあなたの到底及ばない長所を持っている方ばかりです。勇敢と臆病、寛容と不寛容、混在した人格を持っているのがごく普通の人です。あなたのなかにも僕の中にも、級友や、教授、家族、すれ違う人達の中にも・・・みんな同じです。
 僕もこうして何十年も生きてくると、人生そんなに力む必要はないとよーく分かったのです。今なら、ごく普通の心温まる小さな日常の積み重ねで人生って充分なんだと言えます。 僕はあなたが多くの言葉をいつも頭の中にため込んで青春を蛇行しながら生きていることをとても嬉しく思います。溢れるネガティブな言葉、間違った判断、不本意な結果など、あなたの人生で使い捨てにするものなど何もありません。悩んで悩んで悩みぬく特権を愉しんでください。僕などもう悩む体力もテーマもないのですから。
ヤマト薬局


2010年04月28日(Wed)▲ページの先頭へ
不健康
 目をつむってその場で足を大きく上げて足踏みを50回くらいする。最初にいたところからどのくらい離れているかで、その人の血管の衰え、特に脳血管の硬化が分かる。何かで見たことがあり、それを再現してみたら結構方向がずれて、距離も元いたところから50cmくらいは離れていた。もう10年も前のことだと思う。さすがにまだ動脈硬化には早い年齢だから、敢えて気にすることはなかったが、この歳になってやってみるとそれ以上にずれている。
自然現象だから仕方ないかと思っていたら、テレビの番組で同じように目をつむって大きく手を振りながら足踏みをさせている光景を見つけた。そして指導者が、大きくずれた人達に、骨盤がずれていると指摘していた。僕はその場面を見て、こちらの方が遙かに説得力があると思った。これならありうると思ったのだ。動脈硬化説にはどうも納得できなかった。長い間そうかなと思いながらも確信が持てなかったから、人に伝えることもしなかった。知ったかぶりをして軽率な振る舞いをしなくてほっとしている。
 もうなりを潜めたけれど、一時エセ科学がもてはやされた。一見ありそうな作り話がまことしやかに本になったりしていた。僕は都合の良すぎる話は信じないたちだから、その手のものに騙されるようなことはないが、喋りすぎの本やテレビに簡単に乗せられる人は後を絶たないだろう。長寿社会に必然の健康不安に乗じて、不健康な意図で不健康な商品を不健康な値段で不健康な合法手段で売りさばいている。健康を手に入れたい人達は不健康の連鎖に巻き込まれ不健康になる。
 僕は高校生の時、鎖骨を折り、予備校から大学卒業まで6年間パチンコ台の前で体をよじって張り付いて、牛窓に勝ってから30年、バレーボールの試合で堅い床の上をアタッカーとして飛び続け、結局は身体中歪みきって骨格系がずれまくっている。だから目をつむって歩むと大きくずれるのだ。
 これだけ体の骨格はずれたのに何で薬剤師としての骨格はずれなかったのだろう。立地や才能に恵まれず、ただ愚直に目の前に現れた人の苦痛を漢方薬で少しでも取ってあげれたらと思ってやって来ただけで、その不器用さが結果的には良かったのかもしれない。


2010年04月27日(Tue)▲ページの先頭へ
 1億の人間が暮らす中で不思議な縁を、送られてきた写真を見ながら感じた。
 まるで落ち武者のように大学を出て牛窓に帰ってきたが、それでも日々新鮮な出会いには事欠かなかった。職業柄当然だし、当時の薬局は雑多な買い物客で1日中賑わっていたから。今でこそ扱いはないが当時は、雑貨やベビー用品、化粧品、ドリンク剤などが主流だったから、それこそ色々な世代の人が来てくれて応対するのも楽しかった。薬の知識もたいしてなかったから来てくれる人に深刻さはなく気持ちも楽だった。
漢方薬を勉強するようになって、僕の薬局から化粧品が消え、ベビー用品が消え、雑貨が消え、ドリンク剤が消えていった。残ったのは個性的なOTC医薬品と漢方薬だけだ。訪ねてきてくれる人の風景も一転して、何かしら不調や苦痛を抱えている人ばかりになった。それらによって生活の質を下げている人がほとんどになった。それでも尚幸せな人も多く、それだからこそ不幸な人もいた。
 今では顔も知らない人の薬を作ることも多い。代理で来てくれた人の説明や電話での声、あるいは文章などから、不調の解決方法を探る。人格の一端は結構それらでうかがい知れることもある。ところが風貌となるとこれはかなり想像するのが難しい。と言うより不可能に近いから想像もしない。だから僕にとっては、その人達は顔のない人格なのだ。それは不思議な光景でもある。もう友人のような関係になっているのに、顔だけが分からない。その人を象徴するはずの顔がない。そしてその顔のないことに僕自身が慣れきっている。恐らく一昔前なら、その事にかなりの違和感を感じていたはずだ。会話するときにこちらの目を見ない人にさえ違和感を感じていたのだから。
 降って湧いたその顔に僕はとても体温を感じた。勿論パソコンの画面に現れた顔だから体温など感じるわけはないが、僕はその方が初めて僕の中で完成した人格になった。僕には出来ないが、恐らく簡単な操作で写真は送ることが出来るのだろう。その簡単な操作で一人の女性が僕の心の中で体温を持った。
 自然な微笑みをたたえていた。この微笑みこそ、僕がお世話した方々が行き着いて欲しい表情だ。何の力みもなく穏やかにカメラの方を見ている。見知らぬ街を無数の人が行き交う中で幸せと呼ぶべき光景が僕のコーヒーカップの中で揺れる。



2010年04月26日(Mon)▲ページの先頭へ
辞退
 ほど遠い人に上げてももったいないので「ほど遠いなら辞退してよ」と言いながら、皆さんにはコーヒーやお茶と一緒に差し上げた。ところが結局は誰一人として辞退した人はいなかった。図々しいと言うか、身の程知らずというか、冗談を素直に楽しんでくれると言うか、僕はやはりそんな薬局の雰囲気が好きだ。その雰囲気こそが僕の薬局の一番の宝物だ。
東大医学部に合格した子のお母さんが、入学式に出席してそのお土産に「東大クッキー」?「東大せんべい」?なるものを買ってきてくれた。ただ我が家で食べてしまうのはもったいないから、薬局に来る人達に食べてもらうことにした。出来ることなら二度と口に入らないようなものだから、受験を控えたお子さんやお孫さんがいる方を選んで差し上げることにした。飲み物と一緒に出すときに手に入った経過を説明して先ほどの「ほど遠いならもったいないから辞退してよ」を必ず添えた。全員が「いやいや、うちの子なんかほど遠いわ」と言いながらそれでも全員がおいしそうに食べた。それも全員が笑顔でおいしそうに。この謙遜でないところがいい。確かに全員がほど遠いのだ。ほど遠いのも地球の裏側くらいほど遠い。東大に行くよりブラジルに歩いていく方が可能性があるくらいだ。 こんな田舎でそこまで優秀なものは出ない。彼だってよその街からわざわざ来てくれているのだから。何事も分母に比例するのが自然だ。小さな分母では傑出した人も物も出ない。ただ、それでいいのだ。東大医学部にいけなくたって以下のような傑作なリアクションが帰ってくる。
 漢方薬のセールスの男性は独身だ。結婚しているのかと思ってクッキーを出したのだが、出してから独身だと分かった。だから辞退しろと言ったのだが、彼は自分が食べて将来の子供の肥やしにすると言っていた。その頃まで遺伝子の中に残っていてくれればいいのだが。今度福岡に転勤になるそうで、福岡の女性は素敵な人が多いから、あちらで相手を見つけますと言っていた。だけど博多ラーメンでは東大医学部にはいけないだろう。
 ある女性は、せんべいを差し上げたら相撲取りが懸賞金をもらうような仕草をして「御利益、御利益」と繰り返していた。もうこうなれば僕の薬と同じで、祈れくすれだ。実力もへったくれもない、あるのは神頼みだけ。そんな即興が又楽しい。
 交換神経を目一杯緊張させて暮らしている現代人に一瞬の息抜きは薬以上に薬になる。クッキーもせんべいも「励み」より「嫌み」になったかな。


2010年04月25日(Sun)▲ページの先頭へ
ハンドル

 体調が悪いとモラルも親切も、そんなことは言っておれないのだろうか。我ながらぞっとする経験をしたが、非は僕の方にも大いにある。
バイパスにはいくつかの側道から合流する地点があり、どの車もおよそ80Kmくらいで走っているから、なかなか合流するのも大変なときがある。自分が合流するときも、合流されるときも、ハラハラものだ。これを安全にするには「譲る」に限る。おおむね僕は他の車に優先権を与えて先に行ってもらう方を選択するのだが、疲れていたのかすこぶる判断に迷った。側道から上がってくる車が結構手前から見えていて、どう見ても同じタイミングで合流するように見えた。一瞬いつものようにスピードを落としたが、向こうも気がついたのかスピードを落とした。だから結局は同時に近づくような格好になった。そこで僕はスピードを上げて、その車の前に出ようとした。ところがその車は恐らく僕がスピードを落としたところまでしか見ていなかったらしく、俄然スピードを上げて僕より前に出ようとした。こうなれば合流地点で交差するに決まっているが、向こうは僕の車が死角に入ったのか、交差するところでスピードを落とさずにそのまま本線に出てきてしまった。ほとんどすぐ横あたりを走っていたので、横から体当たりされるようになって僕は慌ててハンドルを追い越し車線の方に切った。運良く追い越し車線を走っている車が、僕を追い越したばっかりだったので、僕はその車のお尻に付くように逃げることが出来た。もしその車が僕の横にいたら僕こそがその車に体当たりしていた。何となく後ろの様子は掴んでいたからとっさの回避行動が出来たのだろう。
 僕と同じようにいったん譲って、その後加速し、僕が衝突の回避行動を取ったことも分からずに悠々と走っている車の運転手がどの世代なのか知りたくて、追いかけて接近してみたら、僕よりずっと上の年齢の人に見えた。
 僕にその人を責める権利も気持ちもなくて、なぜあの時僕がスピードをもう一度落とさなかったのかと、そればかりが悔やまれる。その判断力の欠如だけが悔やまれるのだ。道は譲るものと徹底して決めておけばよいのに、あわよくばとか、ひょっとしたらとかでルールを曲げてしまったことが残念だ。大きな事故になっていた可能性は当然ある。何に守られたのか知らないが、再度、いや再々度、いや再再再度何かに守られた。いつまでも守られる保証はない。ただ譲りさえすればほとんどが守られる筈なのに、譲る気力さえなくなる体調不良が事故を呼ぶ。
 別にハンドルを握ると人が変わるタイプではないのだが、時として集中力が切れるようになった。人生のハンドルは青年の頃からぶれまくりなのだが。


2010年04月24日(Sat)▲ページの先頭へ
写真
 僕があなたと同じ世代の頃悩んでいたものと同じ悩みをあなたは今抱えています。青春期特有の自意識過剰状態です。でも悪いことではありませんよ。成長のためにとても必要な心理状態です。これがあるからみんな頑張れるのです。そして成長するのです。
この年代になって分かったことは、あなたが悩んでいることは他の人も同じように大なり小なり悩んでいると言うことです。僕はこんな事で悩んでいるのは世界中で僕だけかと思っていましたから。このことが分かるまで僕は長い時間がかかりました。そして分かったときに、青春の呪縛から解放されました。
 あなたが苦手な教室での発表は、実は和田アキ子だって苦手だそうです。彼女は今でも舞台の前にはすごく緊張するらしいです。だからあなたが心臓パクパクになってもごく当たり前のことなのです。むしろならない方が不思議なくらいなのです。僕は今、毎週多くの人が集まるところに出席していますが、ほとんどの人がパクパクだって事に気がつきました。寧ろもっとも苦手な僕の方が人より堂々としているのかと思えるようになりました。だからあなたの今回の悩みは、冷静に判断したら決して貴女特有のものではなく、余程のうぬぼれやさん以外は同じだって事を理解して欲しいのです。あなたが暑いと思えば他の人も暑いと思い、あなたが寒いと思えば他の人も寒いと思い、あなたが僕を見て西島秀俊に似ていると思えば他の人も・・・・・思わないのです。
 僕はあなたとお母さん、そして妹さんが写っている写真を大切に持っています。久しぶりにカルテを開いて見ました。あの時のあなたが、今は大学生活やバイトで日々を充実して暮らしていることを知って嬉しく思いました。僕の職業柄、連絡がないのがいいのですが、今度のこともきっと解決していただけると思いますよ。あなたの生真面目過ぎがちょっと足を引っ張っただけですから、僕の不真面目さをコップ1杯分くらい分けてあげましょうか。


2010年04月23日(Fri)▲ページの先頭へ
PTA会長
「コレステロール値が高いのですが、卵は食べてもいいでしょうか」。薬局に帰ってきた頃から繰り返される質問だ。その時々の科学的な裏付けを読んで答えるが、そろそろもう大丈夫と言った方がいい形勢になってきている。確かに鶏卵は、1個当たり約215mgと多くのコレステロールを含んでいる。しかし、実際に卵摂取と心筋梗塞の関連を調べた厚生労働省研究班による研究の結果、卵摂取の多寡と心筋梗塞の発症リスクは関連しないことが明らかとなった。また卵の摂取頻度と血清総コレステロール値との間に関連性は認められなかったらしい。もっとも最近の研究では食事性のコレステロールの割合はしれていると分かっていたので卵でも同じ事が言えるだろう。また、約10年の追跡調査の結果、卵を毎日食べる群に比べ、ほとんど食べない群でも、心筋梗塞の発症リスクは低下しなかったらしいから、心筋梗塞などの動脈硬化性疾患を予防するために、卵を制限する根拠は得られなかったわけだ。僕ももう10年くらい前になると思うが「コレステロール値が高めで、動脈硬化を心配する患者の食事指導では、むしろ魚を積極的に摂取するよう勧めた方がよい」と話される富山大和漢医薬学総合研究所の浜崎教授の講演を聴いたことがある。前述の厚生省の研究では、魚の摂取量が多いほど心筋梗塞の発症リスクは低下する傾向にあることが判明している。「魚に多く含まれるEPAやDHAなどには、動脈硬化性疾患やメタボリックシンドロームといった様々な疾患の予防効果が報告されており、魚の積極的な摂取のメリットは大きい」と話される浜崎教授の言葉を待たなくても、海辺の僕たちは結構魚を食べている。子供の時など魚以外主菜としては食卓に上らなかったくらいだ。
 ところが恥ずかしながら、この僕もコレステロールが高い事が最近分かった。恐らくバレーボールを辞めて運動をしなくなったことと、遺伝をひいているのだと思うが、人間に似て悪玉が多い。善玉に至ってはすこぶる少ない。これも僕の性格そのものだ。一番良くないタイプなのだが、薬を飲もうか飲むまいか迷っている。毎日送られてくる情報誌は脅迫状のようなものだ。恐ろしくて目も通せない。魚はしばしば食べているのに、EPAもDHAも僕には貢献してくれていないのだろうか。PTA会長をいやいや引き受けたのも貢献していないのか。
歳と共に体の中にいらないものが蓄積してくる。血液の中、脂肪の中、まるでヘドロのようなものだ。せめて心の中は空っぽにしたいのだが、心より財布の方が一足先に空っぽになりそうだ。


2010年04月22日(Thu)▲ページの先頭へ
平和
 時折、義妹の家での法事などで見かける顔が大きく新聞に出ていた。何年か前の鉄道事故でお子さんを亡くした方だ。記事を読んで心の傷の深さのほんの一端だけを知った。悲惨すぎるお子さんの最期を確かめずにはおれなかった親の苦悩が記事で紹介されていた。目を背けたくなるような写真やフィルムの中からわが子を捜したらしい。
 そう言った方と同席した場合の言葉を僕は今だ知らない。その家での存在感がまるでない僕だから、末席で一人もくもくと料理を頂き、関西人ばかりのにぎやかな話を聞いているのが関の山だ。その方と関係の深い人ばかりが集まっているから、どなたもやはりその話題には触れたがらない。しかし触れないのも又不自然だから、勇気を振り絞ってその話題にリーダー格が敢えて触れる。直視するには余りにも悲惨な内容だから、関西人特有のボケとつっこみでなんとか空気をごまかす。これが関東の人ならどの様な会話になるのだろう。
 この町である若い方が亡くなった。その親と親交のある女性が、どの様に声をかけていいか迷っていた。それを相談されても僕にはやはり上手くかける言葉など考えることは出来ない。どちらかというともっとも苦手としている分野かもしれない。僕はうやむやな言葉が苦手なのだ。聞こえるか聞こえないかの絶妙の挨拶は出来ないし、形式的な言葉なら黙っている方がましだ。沈黙に耐える勇気も持ってはいないが、用意した言葉を吐くのはもっと苦手だ。
 出来ればその様な難しい状況におかれたくない。その状況が必要ないくらいの平和が欲しい。どの家族にも、どの人にも、かける言葉がないような悲惨な状況に巡り会って欲しくない。そんな言葉が必要ない社会であって欲しい。言葉が下手でも構わないくらいの平和が何処にでも溢れていて欲しい。


2010年04月21日(Wed)▲ページの先頭へ
噴火
 アイリスと言うから、収納用品のメーカーか目薬かと思っていたら、どうやら人気のある花らしい。花を買った経験がないから、花が当たり前のように外国から空輸されていることなども勿論知らなかった。花くらい日本で調達できるのではと思うのは、およそその世界とは縁遠い田舎人の発想だろうか。確かに野山では見かけない綺麗な花が一杯店先には並んでいるが、飛行機で運ばれてくるとは想像できなかった。あの花たちのためにどのくらいの経費がかかっているのか、それこそ「空」恐ろしくなる。
花だけではない。アイスランドの火山の噴火で飛行機が飛べなくなって、結構色々な分野で影響が出ているらしい。回転寿司のサーモンやイタリアのなんとかと言うチーズなどはどうでもいいが、緊急を要する医薬品や移植のための臓器などとなると重大な懸念だ。今はどの業種も最低の在庫で効率重視で運営しているから、予備を余り在庫していない。だからこんな不測の事態が起これば瞬く間に、ネットワークが遮断され行き詰まってしまう。
 面白かったのは、多くの旅行客が、日本人も外国人も同じように、早く家に帰りたいと言っていたことだ。家に帰りたいくらいなら行かなければいいと思うのだが、何かぴんと来ないコメントを聞いているような気がした。家にいたくないから出かけていったのに、家に帰れないとなると、早く家に帰りたいと言う。おまけにもうお金がないから、空港から何処にも行くことが出来ないとも言う。そんなにぎりぎりの財布で旅行をしていたのかと思うとなんとも頼りないが、そこが生命力の差だろう。
 火山一つでこんなに混乱するのかと、科学が発達したばかりの災難に驚かされる。そして世界中で人がこんなに行き来していることにも驚かされる。こんなに人が混在して生きていく時代は、敵も味方もなくなり、誰もが隣人になり得る。今もまだ戦いは局地的に起こっているが、いずればかげた戦いは存在しえないだろうなと、そんなことを期待させる光景でもある。
ああ、僕の冷めた心も時には噴火して、日常に覆い被さっている氷河を溶かしてみたい。


2010年04月20日(Tue)▲ページの先頭へ
交通整理
 何も目くじら立てることはない。彼らだってこの冷たい雨の中、身体を温めたいと思うだろうし、緊張を一瞬ほぐしたいとも思うだろう。建物の中からぬくぬくと眺めている僕に何らとがめる資格はない。
道路の片側の交通を遮断して行っている下水道工事で交通整理に当たっているガードマンの動きが何となく違和感があると思って見ていたら、煙草を吸っていたのだ。煙草を吸いながら赤い旗や白い旗を振っているから、何となく緊張感がない。旗を振る合間に煙草を吸っているのではなく、煙草を吸っている合間に旗を左右に振っているように見える。このリラックスした情景は過去に見たことがないのでかなり違和感を持って迫ってきたが、先にも述べたように別に目くじら立てるほどのものではない。ただ何か事故でも起こった時にはかなり責任を問われるだろう。勤務態度がいちいち詮索されるだろうから。そうしてみるとかなり勇敢な行動に見える。余程大胆か無神経でないとこのような事は出来ない。 
 その人がその職業にあっているかどうかの判断は難しい。もし彼が繊細な人なら、かなり神経をすり減らすだろう。万が一の事故が大きすぎるから、又取り返しがつかないことが多いから一瞬の油断も許されない。緊張を四六時中保つことが出来るような人なら、恐らく自分自身の健康を傷つけてしまうだろう。もし彼が大胆な人なら、いつかきっとそれこそ取り返しのつかないミスを犯してしまい、責任を問われる羽目になるだろう。どちらの性格がより適しているのか分からない。
 時代の進歩に従って緊張を強いられる職業がめっぽう増えた。それに人の繊細さも大胆さも付いていっていない。何かを得る替わりに何かを失う構図は、時代と共に比例して増えていっているように見える。何もかも得るというのは困難だ。何かを得ることを優先する人と、何かを失わないことを優先する人との葛藤は続く。どちらも勝者にはなれないし、どちらも敗者ではない。それを草食系と呼んだり肉食系と呼んだりするのだろうが、人間は基本的には雑食だ。貪欲と言ってしまえばそれまでだが、生き延びるためにしぶとい。なんたって、自分の心の整理は出来なくとも、行き交う車の交通整理はくわえ煙草でも無難にこなす事が出来るくらいだから。


2010年04月19日(Mon)▲ページの先頭へ
落とし穴
「過敏性腸症候群のガス型で悩んでます。症状は、ガス漏れで無意識のうちにガスが出て、肛門部があつくなって、不快感があります。周りに迷惑をかけているという気持ちが強く、常に後ろにいる人が気になり、対人恐怖症になっています。ガスもよく溜まり、頻繁に出ます」ある若い女性の最初の相談内容だ。時々どのくらいの期間で治るか質問されるが、それにはいつも分からないと答える。「こんばんは。今日も嬉しい報告です。今、ずっといい方向に向かっており、私が1番苦手な場面でも変わりを感じました。精神面も本当に前向きですし、腸が強くなっているのも感じます。完治するかもしれません。やっと本当の私らしくなれるのかもしれませんと言えるぐらい自信というものが出てきました。お薬がもう少しでなくなるのですが、一旦やめてみようと思います」丁度4ヶ月たった今日ほとんど完治に手が届いた。血液は120日で入れ替わるとよく言われるが、まさしくその日数と一致している。血液が変われば過敏性腸症候群が治るというわけではないが、体は日々代謝を繰り返し、新しくなっているのだから、その生命力を信じて希望を持って努力して欲しい。まして若い人など、治るためのシステムの方が、病気になるシステムよりはるかに整備されているので、大船に乗って回復を待ったらいい。そのうち歳をとると今の生命力がどのくらい価値があるかと言うことを思い知ることになるだろうが、出来れば思い知る前に気づいて、今だからこそ出来ることに挑戦し続けて欲しい。体のことを気遣うのはもう少し後になってでいいのだ。石橋は叩きもせず何も考えずに渡るのが若者だ。
 それにしても彼女は1番苦手な場面とはなにだったのだろう。詳しくは聞かなかったが、僕がいつも言う「現場でしか治らない」を実践してくれたに違いない。又一人の素敵な女性が誕生した。堂々と自由に生きることで周りの人も楽しくできるだろうし、自分が苦しんだおかげで弱い立場の人のことも思いやることが出来るに違いない。青春の落とし穴に落ちた人にしか分からない価値観や行動規範が恐らく将来に渡って沢山の人の役に立てるだろう。若い時に落とし穴に落ちておくのも悪くはない。這い上がる事が出来ないほどの落とし穴は誰も掘ることは出来ないのだから。


2010年04月18日(Sun)▲ページの先頭へ
名札
 数ヶ月通い慣れた病室に名札が無かった。早く安らかにと願いながらも、僕は病室を移されたのだと何故か思った。看護師詰め所で尋ねて今朝亡くなったことを知ったが、心の底ではいつまでも生きていて欲しいと願う心があったことを自分の行動で知った。
叔母の家に行くと座敷で綺麗に化粧をされて寝かされていた。最後に会った時の顔のむくみはなく、以前の元気だった頃の顔に戻っていた。亡くなると筋肉部分の水が無くなるのか、苦しんだ様子さえうかがい知れないいい顔をしていた。これでやっと60数年前戦死した婿さんと一緒に暮らすことが出来る。二十歳の青年と、80数歳のおばあさんではお互い捜さなければ見つからないかもしれないが、一つ墓の中で一所に暮らして欲しい。 こんな不幸は作ってはいけない。人間が人間をこんなに不幸にしてはいけない。誰の欲望でこんな不幸が国中にまき散らされたのかは知らないが、誰にもこんな権利はない。
 日が暮れて暗くなった頃、やっと畑から鍬を担いで帰ってくる。僕にはその光景が焼き付いている。再婚もせずに嫁いだ家を守り続けたモンペ姿の叔母がいる。幼い僕ら兄弟姉妹を我が子のように世話をしてくれた叔母がいる。一杯一杯幸せだったのか、少しだけ幸せだったのか、やはり辛かったのか、天然の明るさの下に全てを隠していた。
 何度も何度も登った坂の途中に僕達をかわいがってくれた人達のお墓がある。そこから先は山で道はない。今日、夕日を映す山の木から、1枚の葉っぱが力つきて音もなく落ちた。


2010年04月17日(Sat)▲ページの先頭へ
笑い
 世の中に勝てないものは色々あるが、これもその一つだ。
 吉本興業の漫才を1時間見て笑うだけで血糖値が17も下がり、同じくリウマチ患者の痛みが病院でもらう消炎鎮痛薬よりよく効いたと言うデータがある。笑いの効用を研究したデータだ。これによく似たことは自分自身でも、又薬局に来られる人でも時折経験する。科学的なデータは僕らには持てないが、何となく感覚で分かっていた。
思えば笑っている時は全くの無防備だ。目をつぶって笑わなければならない時だってある。笑いの壺に入った時など床の上を転げ回らなければならないほどだ。このときの交感神経のゆるみようや激しいのではないか。逆に副交感神経が優位になっていて、一気に血流を促進し、筋肉を緩めて理想的な体の状態になるのではないかと想像する。その状態をもし持続できるとしたらどんなに健康は簡単に手に入ることだろう。この状態を漢方薬でいつも作り出したいと思うが効果はいかがなものか。測る道具がないから効果は結果で判定するしかない。薬が効けば少しは緊張をとれたとし、取れなければまだ緊張状態にあるだろうと推測する。
 誰がどの様に調べたのか知らないが、人は平均1日17回笑うそうだ。笑う動物は人間と猿、それも子供の猿だけらしいが、大人になると猿も笑わないなんて聞くと、笑える。いやいや笑ってはおれないか。40歳から50歳になると人間でも1週間に1度も笑わない人が20%もいるらしいから。進化的に猿に近い人が20%いるのか、笑えないくらい日常が辛いのか、笑う相手がいないのか、性格的に生真面目なのか。どれが原因にしたって問題だ。四六時中緊張状態だと病気へまっしぐらだ。
 僕は姑息な手段だが、自分の漢方の未熟さを笑いで補っている。薬局に来て1回も笑わずして帰したりしない。もし1度も笑って貰えなければ僕が悲しくなる。僕が病気になる。笑ってくれるとこちらも笑えて、お世話をする気力体力を与えられる。笑いは双方向の癒しだ。良い気をお互いがキャッチボールできる。だから「交換」神経というのかな。


2010年04月16日(Fri)▲ページの先頭へ
規格外
 寒さのせいで野菜が不足し価格が高騰している。農林水産大臣が規格外の野菜でも出荷して欲しいと緊急の声明を出していた。よく言うものだと感心する。普段豊富に出回っている時には、大きさや形に拘るくせに、いざ不足して高くなれば、小さくてもいい、形が歪んでいてもいいらしい。
僕は野菜の値段が高騰することを喜んでいる。その事によって、国民が少しでもお百姓の苦労に思いを馳せてくれればこの上ない喜びだ。ついでに魚の値段も上がって欲しいくらいだ。僕が牛窓に帰ってきて良かったと思うことは一杯あるが、その中の一つが第1次産業が盛んな町で、お百姓や漁師の人達と毎日接することが出来ることだ。勿論都市部に働きに行くサラリーマンや自営業者、民宿やペンション経営者なども多くいるが、命を支えている第1次産業従事者と日々顔を会わせることが出来るのは、人として漠然とした感謝の念をいつも抱くことが出来る大きな要因になる。特定の誰かって事ではなく、特定の何かって事ではなく、何となく人様のおかげで生きているって事を実感できるのだ。いくら権力、経済力を身につけても、彼らがいなければ生きていくことは出来ない。巨大なビルの最上階でふんぞり返っていても、食料無くして生きることは出来ない。財布から金を出せば食料が自動的に何の苦労もなくて手に入る。生きていくことは、お腹を満たすのは、こんなに簡単なことかと思われたら、お百姓や漁師が可哀相だ。彼らの実際の労働を出来れば皆に見て欲しい。腰が二重になっても重量野菜を這うように運んでいる老人を見て欲しい。人が眠る頃起きて、暗闇の中に船を出す漁師を見て欲しい。
規格外の野菜や規格外の魚を殺しているのは、規格が好きな人達だ。余程自分の見栄や肩書き、学歴などに自信があるのだろう。僕なんかこの見栄え、この性格でよくぞ淘汰されなかったと胸をなで下ろしている。顔の造りは乱れに乱れて、性格はゆがみに歪んでいるのだから。さながら白衣をまとった規格外だ。


2010年04月15日(Thu)▲ページの先頭へ
根拠
 身の毛がよだつような話だが、これが実際だろう。
 すでにテレビニュースや新聞で見た人も多いだろうが、日本皮膚科学会が男性型脱毛症の診療指針を初めてまとめた。それによると強く勧められるのは、フィナステリドの飲み薬とミノキシジルの塗布剤だけだ。後は全て十分な根拠がないか、それ以下だ。それ以下というのは、根拠がないから勧められないと言うものと、人工毛植毛のように行わないように勧められると言う惨憺たるものだ。要は世界的に治験データが認められているのはたった2つだけってことだ。
 この発表を見て色々なものにお金を捨てさされた人達はどう思うのだろう。田舎の薬局なら全員が顔見知りだから、それこそ会わす顔が無くなる。ごめんこちらの知識不足でしたと謝らなければならない。運のいいことに、眉唾物を見抜く力は備わっているので、怪しげなものは扱ったことがない。そのおかげで人を騙してお金を頂いたことがないから、このようなニュースを見ても後ろめたさは感じない。いやいや、この種の商売をしている人達は元々そんな性格ではないからびくともしないだろう。それにしても一所懸命働いて稼いだお金や、年金などでもらった大切なお金を簡単に巻き上げられるものだ。テレビコマーシャルをやっている天下の大企業も、怪しげな所も鵜の目鷹の目おいしい餌を常に狙っている。地球の資源も財布の中身ももっと大切にして、本当に必要なものだけを作り、本当に必要な人だけに届ければ、もっとゆったりした穏やかな生活が出来るのに。
 不必要なものを懸命に作り懸命に消費する。それで世の中が回っているのかもしれないが、もう少しスピードを落とし、のんびりと暮らそうよと誰かが声を発してくれないものか。いたずらに競争を煽られて命を縮めてはもったいない。眉唾者が眉唾物を氾濫させ眼力が海底で溺れている。
 こんな情けない警鐘を鳴らさなければならないほど騙され慣れている人達に、次回は是非身の毛立つニュースではなく髪の毛立つニュースを届けて欲しい。


2010年04月14日(Wed)▲ページの先頭へ
順位
 この順位には呆れるが、さもありなんなんて気もする。確かにこの僕だって岡山県を代表するもののほとんどを知らないのだから「地元愛」なんてあるわけがない。県の鳥、県の花、県の何々・・・ほとんどのものを知らない。さすがに薬局の更新の許可証をもらうから県知事の名前くらいは知っているが、それも正確かどうかは分からない。全国44位はブービー賞ものだが山口県も健闘している、41位だから。おおむね中国地方は郷土愛にうすい傾向があるみたいだ。
 でも悲観することはない、県民性のイメージでは「理屈っぽい」で5位、「損得勘定を優先する」で全国8位なのだから、相当なものだ。上位にランクされている。この2つだけでも他県の人は敬遠してしまうのではないか。理屈っぽくて損得が行動の規範だったら、相手はたまったものではない。でもさすがに言い当てていて、そんな人一杯いる。僕が属する薬剤師会なんてその典型ではないか。何十年、代議委員として出席しているが、ついぞ本気で患者さんのための議論なんてしたことがない。全部自分たちの利益のためだ。論法として患者のためと言いながら所詮経済的な要求に帰結する。
 岡山県に愛着を感じるものが「気候がよい」だから、言い換えたらぬるま湯に浸かっているとも言える。温暖な気候で災害が少ないから淡泊だと、それこそ少年の頃聞かされた県民性が未だ残っている。最近の気候変動でそうは言われなくなったが、やはり北日本、裏日本の気象の荒さには勝てないだろう。
 ところで裏日本の島根県は「家庭や家族を大切にする」が3位「無駄遣いしない」「協調性がある」「まじめ」「几帳面」の4項目で5位「世話好き」で6位と言うイメージランキングだからどんな所だろうかと思う。島根県の薬剤師会なら「自分を捨てて患者のために」などと話し合っているのだろうか。随分と昔、お嫁さんをもらうなら山陰の女性と教えてくれた薬のセールスがいる。本人はそれを実行して幸せ一杯だった。数年後風の便りで離婚したと聞いたが、山陰地方の言い伝えを彼は知らなかったのだろう。お婿さんをもらうなら山陽以外の男。
 


2010年04月13日(Tue)▲ページの先頭へ
マニュアル
 牛窓に帰って何年になるのかな。2年か3年か。今日は娘の記念すべき日だろう。いや僕にとって、少し力を抜くことが出来る日の始まりかもしれない。正直もうずいぶんと働き過ぎによる倦怠感との戦いになっているから、そろそろこの緊張感から足を洗いたい。
相談机を挟んでなにやら長い時間話し込んでいた。調剤室にいた僕には話の断片しか聞こえてこなかったが、よくある自律神経失調の典型だ。都会に期せずして嫁いだ娘のことがきっかけで調子を崩したらしい。喉が詰まるとか、食欲がないとか、食べるとむっとするとか、不眠とか病気のようで病気でない辺りを娘に訴えていた。病院の治療に見切りをつけたのだろうか。耳に届く症状の内容で、僕には処方がすぐに浮かんでくる。ただ、いつかは独り立ちしなければならないので、ぐっと耐えて僕は僕の仕事をしていた。
 30分は経過しただろう、娘はやっと調剤室で漢方薬を作り始めた。その薬が1週間で効果を出すことが出来なかった。1週間後も長い時間話していたが、娘は自律神経失調ではなく、ウツ傾向だと判断し直したみたいだ。まるっきり処方を変えてもう1週間挑戦した。すると今日その奥さんがやって来て「治ったかと思った」と報告していた。1週間のうちで完全に症状が消えた日が3日あり、症状があってもかなり軽く、自分で治っていっているのが分かると言っていた。こんな報告は治療者側にとってはこの上ない喜びなのだ。この感激のために勉強しているようなものだ。娘は患者さんの前では喜んでいたが、帰ってからは意外と淡々としていた。寧ろ喜んだのは僕の方かもしれない。いつか完全に交替しないといけないし、それは早いほうがいいに決まっている。日々知識を蓄えていっているだろうが、実践で初めてそれは有機的になる。ノートの上の無機質な知識では何の役には立たない。
 今年のいつからか娘夫婦が薬局の中心になる。現代の薬剤師は誰もそうだろうが、僕らが10年20年かかって得た知識や技術をすでにもう持っている。昔僕が青二才で帰って、それでも田舎の人に温かく見まもってもらったと同じように、二人も育ててもらうのだろうが、飾らない自分を晒せば田舎の薬局ほど楽しいものはない。マニュアルで夜も明けないし日も暮れない。軽四トラックから降りてくる日焼けした笑顔に救われ続けた30年だった。
 さてやり残したことと言えば、歌手になること、俳優になること、パチプロになること ・・・どれにしようか。


2010年04月12日(Mon)▲ページの先頭へ
清流
 工事を初めてもう1月近くなるのに、この後まだ8月まで続くのだそうだ。あまりにも進展が感じられないから尋ねてみたら、そう答えられた。毎日薬局の前を中心に左右100メートルくらいが交通規制にかかり、ガードマンが3人で1日中交通整理している。
しばしば問題になる、道路を何度も掘り起こすという「業者のための工事」ではないから、不満は誰からも聞こえてこないが、それにしても長いものだ。トンネルを掘るのでもないのにそんなに長くかかるのだろうかと素人には解せない期間の長さだ。このまま牛窓町全部にこの工事の恩恵が行き渡るのは何年後なのだろう。ひょっとしたら、高額な各家の負担金を払っただけで、設備を使わずに亡くなってしまう人も多いのではないかと懸念する。そう言ったことまで行政は考えているのだろうか。
 ある過疎の町で何故若者が住まないかを調査したところ、トイレがくみ取り式で子供達が怖がるってのが上位の理由にあった。それを町の人達が自分たちの労力を提供して解決したら、若者の定住が増えたってのをテレビ番組で見たことがある。別にそれに刺激されたのではないのだろうが、この町でも全戸がその様な設備に変えることになった。我が家では30年以上前に変えていたので、ありがた迷惑なのだが、台所ゴミも浄化できると言うから、瀬戸内海を守るために勿論協力する。ところが、意外と高額なこと、工期が後何年もかかることを思うと、やはり恩恵に預かれない方(後の世代がいない高齢者のお宅、収入がぎりぎりの方)には十分な配慮が望まれる。
 今日偶然、浄化槽の掃除に来てくれた人に、合併槽の契約をぎりぎりまでしないでと頼まれた。仕事が無くなるからだそうだ。なるほどそうだ。個別の浄化槽なら彼らと契約して定期的に掃除してもらわないといけないが、下水処理場が出来れば契約は必要ない。処理場が出来ると水道代が2倍に上がりますと教えてくれたのも、契約を先延ばしして欲しいからだ。彼らの仕事ももう何年かでこの町から消えるのだろうか。
 清潔で便利は人情より大切ならしい。不潔で不便は忌み嫌われ置き去りにされた。置き去りにされた集落で腰を折り坂道を上る老婆に育てられた人は数多いる。清潔で便利を手に入れればそれで全てが許されるわけではない。山に湧く水も清流のままでは命を育めない。


2010年04月11日(Sun)▲ページの先頭へ
泣き笑い
 総合病院の待合室の隅に、まるで食堂の見本のように料理が展示してあった。食堂にしては質素な料理だなと思っていたのだが、よく見てみると糖尿食の見本だった。1日1200kcalを摂るにはどの程度の内容かを啓蒙するためのものらしい。
見てすぐ思ったのは、なんだ我が家はずっと糖尿食だったのかと言うことだった。糖尿の方に対する食事指導だから、恐らくカロリーの摂りすぎに気をつけなさいと言うメッセージなのだろうが、この程度摂ってもいいのなら我が家には関係ない。寧ろもう少し贅沢な食事にしてもいいかもしれない。1日のうちでパンも食べれるし、肉も卵も、刺身まで食べられるから、僕ら世代にとっては充分だ。
 米は完全栄養食だから米だけで生きていくことは出来るのだろうが、学生時代、米に塩をかけるだけで暮らしていてかなり体調を崩した。若かったから、辛うじて身体が黄色の注意信号を発してくれて助かったのだろうが、今の年齢であれだけのことをしていたら腎臓がすでにやられているだろう。僕が若い方をお世話するときに希望を持って臨めるのは過去の自身の体験による。決して強靱な身体ではく、色白で痩せこけて、風に飛ばされそうだったが、それでも本当の病気にならずに一歩手前で何故か引き返すことが出来た。
 目の前に海が、背後には重量野菜の産地が広がっている町に住んでいるから、やろうと思えば自給自足だって出来る。困難に直面しても、この町の人は生き延びれると思う。
 老人が集まって、起きろと勇ましく声をかけているが、倒した張本人が声をかけているのだから、迂闊には乗れない。ギラギラ光る額に糖尿食でも教えてやりたくなる。どう見てもカロリーオーバーだ。若者が草食で老人が肉食で、冨がそのまま食事内容にも反映している。日本人はその中間を取って、魚に菜っぱが丁度よい。威張りもせずへりくだりもせず、心の中も魚と菜っぱだ。その上にわさびをちょいときかせて、涙を流しながら笑っているのが丁度よい。いい人生って、所詮泣き笑いなのだから。


2010年04月10日(Sat)▲ページの先頭へ
好奇心
 もう朝陽がさしてこようかという時間でも町はまだ物音を立てるのは躊躇っている。遠くで山鳩が時折喉を鳴らす。どこかでたくましく生き延びているのだろう。幼い時にはその鳴き声で朝を知る日々だったのだが。
鳥は優雅に飛んでいるのではなく、ひょっとしたら懸命に力を振り絞って飛んでいるのではないかと、最近思うようになった。人が歩くように、魚が泳ぐように、蛇が這うように、それなりに力を消耗しながら飛んでいるのではないかと思うのだ。テニスコートが鳥の通り道になっているとは思わないのだが、何故か頭上を大きな鳥が飛んでいくことが多い。低いところを飛んだ場合はもちろんだが、意外と高いところ、テニスコートを照らす照明灯の上でも、ブーンブーンと空気を押しのける羽音が聞こえることがある。
 そう言えば落ちた羽を何度か拾ったことがあるが、骨は意外としっかりしている。もっとも昔はそれをペン代わりに使っていたのだから当然と言えば当然なのだが。又渡り鳥の筋肉には特別な成分も含まれていると聞く。そんなことを考えると一見優雅に飛んでいる姿がいとおしく見えるようになった。一生懸命、それこそ懸命に羽ばたいているのだ。僕らが懸命に生きているのと同じだ。風を捕まえて滑空するのは体力を消耗しないための知恵なのだ。僕らが時に上手く世間を渡っていくのと同じだ。時に大きな鳥に襲われ地上に墜落したり命を落とすのも又同じだ。
 毎朝、鳥の声を聞き、鳥の姿を見かける。恐竜の生き残りと言われるその風貌には馴染めないところもあるが、小さな命を感じて僕の汚れた心を浄化してくれる。彼らより僕が優っているとは思えない。鳴き声一つで飛び去る純情に鈍足の好奇心が置き去りにされる。


2010年04月09日(Fri)▲ページの先頭へ
就活
 黒いスーツに、黒いズボン。髪はぴたっと頭にくっつけたような形。入り口に立ったその女性を見て見覚えはあるのだけれど、一瞬誰か分からなかった。ニコッと彼女がしたところで分かった。良く知っているお嬢さんなのだが、姿形でごまかされた。まるで別人のように見えた。これがいわゆるリクルートファッションらしい。就職活動の帰りに漢方薬を取りに来てくれたのだ。
かなり立派なお家のお嬢さんなのだが、時代には勝てず就活で苦戦しているらしい。明日も試験を受けに行くと言う。その会社はこのあたりでは有名な山陽新聞なのだが、ぼくが「コネはないの?」と尋ねると、お母さんが冗談とも本気とも取れるような言い方で「誰か紹介してください」とお願いされた。あてにされたら俄然僕は頑張るタイプだから即座に「山陽新聞を毎朝配っている人なら知っているけれど、紹介しようか」と答えたが、もう答える途中から笑いがこらえきれずに、その短い返事さえ何度も途中で息を継いだ。しばらく笑いが止まらずに、他人の苦況をネタに不謹慎にも笑いの壺に入ってしまいそうだった。笑いの壺に入ってしまえば僕は立っておれないから危ないところだった。もっともそのお母さんもおおらかな方で、一緒に笑ったが。いやお嬢さんも一緒に笑った。不謹慎もなんのその、腹筋が痛くなるほど笑わせてもらった。こんな人間関係の中で長年仕事が出来たことは幸せこの上ない。その上でほんの少しお役に立てれば申し分ない。
 就活と言えば今日、東京のある女性から助言を求められた。過敏性腸症候群歴30年の女性だが、2つの所から仕事の内定が貰えそうだと言うのだ。一つはファミリーレストラン、一つは診療所の受付事務。どちらがいいかというのだが、僕は当然やりたい方を選択するように助言した。静かなところが苦手だから前者を選ぼうかと言うのだが、そんな消極的な理由で選択しては悔いが残る。いつまでも安全地帯に留まっていたら、折角の飛躍のチャンスを失ってしまう。何歳になっても留まっていてはもったいない。多くの自主規制でそのチャンスを逃がし続けて来たのだから。今では妹みたいなその女性が診療所の受付に座っている姿を想像しただけで嬉しくなる。
悲喜こもごもも、桜の花びらが落ちる速さをしのがねば、全て日常の手のひらで受け止めることが出来る。


2010年04月08日(Thu)▲ページの先頭へ
秘書
 会社勤めの経験がないから想像の域を出ないが、仮に一般職から秘書課に配属されたら栄転に当たるのではないだろうか。経営者の、情報も含めて近くに位置することになるから余程の信頼感がなければ任されないのではないか。もし僕がその様な立場にあったら、余程信頼できて、人当たりがよい人を選ぶ。大きな会社組織の中でも同じような判断が働くのではないかと思う。
過敏性腸症候群で苦しんできていたある女性が秘書課に配属されることで悩んでいた。彼女の不安とは逆に僕はその知らせを聞いてとても嬉しかった。自分の評価は卑下してかなり低いのかもしれないが、ちゃんと周りの人は正当に評価してくれていたと言うことなのだから。過敏性腸症候群の方が他者に対して何か評価が下がるものを持っているかというと、僕は何も持ってはいないのではないかと思う。気持ちをすり減らして懸命に頑張っているから、さすがに自分はかなり消耗してしまうが、回りの誰も傷つけていない。寧ろ気を配りまくっているから、周りの人は心地よいかもしれない。
 風を切って自転車を漕いで会社に向かうのか、それとも早足で陸橋を越えるのか。スカートを風がもて遊ぶのか、それとも黒いスラックスでさっそうと歩くのか。長い髪を風になびかせるのか、活動的な短く切った髪か・・・・・僕は想像するしかない。でも沢山の言葉のやりとりで僕には分かる。その女性が愛すべき人であり、愛されるべき人であることが。多くの過敏性腸症候群の方の共通した要素を彼女も又持っている。争いを好まない、自分を低く見る、それはそれでいいことなのだが、時には人の好意に安全ベルトをはずして欲しいこともある。

「貴女を出し切れないなんてどの様な状態なのでしょうね。貴女は自分を出してきたのではなく、貴女から溢れるものを他の方が評価してくださったのだと思いますよ。自然に肩肘をはらずに謙虚に、それに優る貴女はありません。虚飾はすぐに見破られます。不器用でも精一杯、それでいいのではないでしょうか。上手く立ち回れる人を会社が求めていたなら今の配属はなかったのではないですか。人は悪意は不愉快ですが、失敗って結構許すことが出来るものです。完璧な貴女だったら、誰も見向きをしてくれませんよ。欠点を晒して誠意を持って、これに優る貴女の武器はありません。僕は今まで、多くの過敏性腸症候群の方の世話をし、又日常生活で恐らく何百万人の人と接して生きてきているはずですが、悪臭がする人間なんて一人も遭遇したことはありませんよ。貴女もそうではないですか。そんな方と今までの人生で会ったことがありますか。世の中にそんな人は一人もいないのですよ。ヤマト薬局」


2010年04月07日(Wed)▲ページの先頭へ
吐血
 2週間楽しませてもらった。たった一つの話題でずいぶんと薬局の中に笑い声が上がった。今日でこの手書きのポスターは終わりにする。
そのポスターはレジに貼り付けているのでほぼ全員の目に止まる。又薬を待っている間にも自ずと目に付く位置にある。急いでいる人はさすがに関心を示さないが、急いでいる人が来るような薬局ではないので、ほとんどの方が興味を示した。
「東大医学部に勉強が嫌いな人でも合格する漢方薬あります」自分は勿論、子供や孫でも余りに縁遠い学校だから、どなたも結構おおらかに受け止めてくれる。これが後一歩で及ばなかったとか、本当に目指す人にとっては羨ましくて、神経を逆撫でする言葉になってしまうのだろうが、僕の薬局に来る人でまずそんな人はいないから、大いなる肯定から皆さん入ってくれた。僕も彼の合格は嬉しかったが、全く見ず知らずの青年の快挙に心から喜ぶ人も何人かいた。僕の拙い漢方薬が少しは便乗して実力以上に輝くのだろうか。そんなことは全く期待していないが、これをネタに話が大いに盛り上がり、笑い声が普段の数倍も上がったのは、僕のもくろみ通りだった。人それぞれの感想を聞けて楽しかったが、一番傑作だったのは、歯周病で歯がほとんどなく、遠くからガスターをわざわざ取りに来る僕よりちょっと年下のおじさんだ。彼はつい最近吐血して、真っ青な顔をしてきたのだが、病院に行けと言っても意地でも行かない。恐らく医師にかかると、めちゃくちゃな生活を叱られるから行きたくないのだろう。体に悪いことは全部しているという猛者だ。本当は気が小さくて繊細なくせに見かけも言葉も悪ぶっていきがっている。彼が「おしかったなあ、ガスターを飲んでいたから娘は岡大だったんじゃ。漢方薬を飲んでおれば良かったなあ、東大にいけたのになあ」と言ったのが一番受けた。どう見ても東大はもとより岡大すら結び付かない人が言ったのでこれが一番面白かった。人は見かけによらなくて外見で判断してはいけないが、外見で判断してもらいたくて悪ぶっているから、そこは僕のつっこみが冴える。「漢方薬も貢献したけれど、親の遺伝子が一番大切よ。お宅の遺伝子が行っていなくて良かったじゃないの」と言うと、痩せこけた顔を尚しわくちゃにして「それはそうじゃ」と、数日前吐血した青白い顔に血色が戻った。
 恐らく勉強などとは無縁に生きてきた男の、この上ない自慢のお嬢さんなのだ。いつもはガスターを手にするとすぐに帰っていくのに、自分で椅子に腰掛け長い間話をした。東大で盛り上がり、岡大で盛り上がり、こうしてみんな時々訪れる幸せを味わいながら生きていくんだと、何故か嬉しくなった。ほどほどの幸せっていいなあと、力まない人達の緩やかに打つ鼓動に慰められた。


2010年04月06日(Tue)▲ページの先頭へ
嗅覚
 「昨年12月、CT検査での放射線被曝により癌がどのくらい増えるのかを、シミュレーションモデルを使って求めた研究結果が発表された。それによれば、2007年の1年間に米国民が受けたCT検査により、将来、約2万9000人が癌になる計算だという。これは、米国で毎年発症する癌の約2%に相当する。こうした“警告”が出される背景には、CT検査が米国の医療現場に急速に浸透してきたことがある。米国で年間に行われるCT検査は、1980年は約300万件だったが、2006年には約6200万件に増えた。1回の検査に伴う被曝線量は、胸部単純X線検査(前後方向)は0.01mSv(ミリシーベルト)であるのに対して、成人の腹部CT検査は10mSv。単純計算で、腹部CT検査を1回行うと、単純X線検査1000枚分の被曝を受けることになる。これは米国での話であり、日本は関係ないと思うのは早計だ。冒頭の研究と行ったのと同じ研究者は2004年に、X線検査と発癌との関係を、日本を含む先進15カ国で比較した結果を発表している。それによると、人口1000人当たりのX線検査は、米国が962回だったのに対して、日本は1477回と約1.5倍。X線検査による発癌の推定数も日本が最も多く、年間7587人だった。しかもこの推計値は、日本におけるCT検査が他の先進諸国と同程度として計算したもので、日本の実態を考慮すると、年間9905人に及ぶという注釈が付けられた。“CT検査大国”は、米国よりむしろ日本なのだ。」
洪水のように情報が毎日入ってくる。僕らの所に入ってくる情報は当然精度が高い。もし上記のような情報を一般の方が見れば恐ろしくてCT検査なんかできないのではいか。当然僕は恐ろしいから、余程のことでないと検査を受けるような選択はしない。得るものと失うものを天秤にかけて選択する。日本の医師にアンケートした結果では、患者の放射線被曝について考えると答えた人は半数にも満たない。それよりも被爆自体に無知か無関心の人が意外と多いらしい。となると自分を守るのは自分でしかない。医師は目の前にある病気を治そうとして懸命に、又善意でCT検査を勧めるのだろうが、何年後かの結果には当然責任を持たない。
 上記のようにCT検査大国に誰がしたのだろう。そうすることによって莫大な利益は誰が手にするのだろう。そうした推理を働かせれば本当のことが見えてくる。昨今の新型インフルエンザやテレビなどのマスコミでやたら効果を煽る健康食品についても、同じ推理を働かせれば正しいことが見えてくる。患者のためという美辞麗句は怪しげに響く。うまい汁を吸っている人達が恐らくうじゃうじゃしているのだろう。やたら恐怖心を煽られ自分の身体を差し出して、自分が稼いだ蓄えさえ差し出して、うまい汁を吸わせてあげている。哀れな善人達は、金で健康や幸せが買えると信じ、逆に金で健康や幸せを与えている。過度の治療も過度の健康食品とやらも、治療を受けたり飲んだりする人が健康になるのではなく、治療を施す側や売る側が健康になり、そのあげく幸せになっている。皮肉なものだ。持ってうまれた猜疑心が時に役に立つのが現代だ。うさんくさいもの程輝いているから、さび付いた嗅覚では太刀打ちできない。人格を疑われても我が身を守るふてぶてしさが必要だ。


2010年04月05日(Mon)▲ページの先頭へ
 昨日の夕方、勉強会から帰ったのだが、家に入ろうとして鍵を持って出なかったことに気がついた。どこか家に入れる所はないかと思案したが、その道の素人には到底出来そうにない。命がけでならなんとか可能なのだろうが、それでもセコムの警報が鳴り響いてしまうだろうから、諦めていつ帰ってくるか分からない妻を待つことにした。
 ただ、こんな状況でも時間を有効に使おうと思ってしまう悲しい自分がいていろいろ思案を巡らせた。まず、疲労をとるために車の中で寝ること。これは恐らく僕の骨格系が持たない。次に車の中でギターの練習をすること。でもこれもちょっと狭すぎる。それでは外に出て草むらでギターを弾き唄の練習をすること。これはちょっとキザすぎる。それとまだまだ夕方は寒すぎた。そこで最終的にはウォーキングに決めた。歩いていれば寒くはないし、身体のためにもいい。どのくらい歩き続けていれば妻が帰ってくるのか分からないが、時々家が見える辺りまで帰ってくればいいと思い、海岸の方に歩いていった。
 如何に時間を稼ぐかが問題だから、回りをゆっくり眺めながら歩いた。平生素通りしている光景が俄然、存在感を増す。多くの新しい家が山の中腹に建っていて、山の手とでも呼ばれるべき集落を作りつつあった。地元の人が出ていき、都会の人が入ってくる。結局は無い物ねだりなのだ。
 港に今まで見たことのないような大きなヨットが係留されていた。おきまりの白色ではなく、ウッディーな感じがそのまま残っていて、坂本龍馬でも乗っていれば似合いそうだった。ヨットと呼ぶより帆船と呼んだ方がぴったり来そうなその船は、隣に係留されている漁船の3隻分くらいの大きさだったからかなりの大きさだ。個人の所有か、企業の所有か分からないが、まるで冨の象徴のように威厳があった。
 冨の象徴と言えば、海岸を見下ろし、遠く四国の島までハッキリと肉眼でも眺められるリゾートマンションは、今も入居者が少ない。豪華な造りや、地元の人間でも綺麗だなと思わず声を上げそうな眺望を誇るが、どうも買い手が少ないらしい。そのせいかつい最近1000万円近い値下げをして売りに出されていた。リーマンショックのあおりをもろに受けた格好なのだが、さすがに都会の人もセカンドハウスを持つほどには経済が回復していないのだろう。
 また、そのマンションの前、それこそ釣り糸を家から垂らせそうな立地の新築の家は、ずっと買い手を求めていたが、初めて住人を射止めたらしくて、家族連れがリゾート気分を味わっていた。広いベランダで暮れゆく瀬戸内の自慢の夕焼けを眺めていた。絵に描いたような幸せ家族の光景だ。余り見つめると悪いので僕は視線をずらしながらその家の傍を通りすぎた。
 思えば僕は牛窓に帰ってきてから時間を止めることが苦手だった。永久に止まっていそうな時間の中で過ごした岐阜の生活からは一変した。いつも何かに追われているように働いた。若かったから何かを追っていたはずなのだが、何も手にしなかったからやはり追われていたのだろう。それは肉体が悲鳴を上げだしても変わらずに、僕の習性に深く入り込んで人生行路の舵は今だ固定されたままだ。面舵も取り舵も浸水した機関室に取り残された油まみれの機関士には荷が重すぎる。
 時間をもてあました散歩人のように何度も何度も同じコースを繰り返し歩いた。気温が下がるに連れて心細くなってくる。幾度もなくサギが頭の上を羽音を立てて飛んでいく。帰るところのない同じ境遇に見えたのか。「同情するならカギをくれ」


2010年04月04日(Sun)▲ページの先頭へ
報告
 嬉しい報告が続いた。偶然だが2人の女性が仕事に就けた。そして1人の女性が、懸案だった研修旅行を乗り越えた。乗り越えたどころか、楽しかったという表現を使った。同じ日に、果たして過敏性腸症候群はどのくらいの期間で治るものでしょうかという質問も頂いた。良い報告も、後者の質問も良くあることなのだ。時に全く効果が出ないと言う人もあるが、その様な人は最近ではかなり珍しい。効果ならかなりの確率で出せると思う。その中の何割かがいわゆる完治まで至るのだが、その期間は本当にまちまちで、言い当てることは出来ない。その人が苦しんだ期間、発症の原因、家庭環境、職業や学業の有無、土地柄、本来的な性格、友人関係など要因を挙げればきりがない。その中のいくつかの条件が整った人が完治する。 
もう1人、とても素直な報告も頂いた。
「こんにちは。今日は、すごく嬉しい報告です。前回処方をして頂いた時、調子がいいときだったので、自己診断ではありますが、少し飲む回数を減らしていました。またその頃、心境にも変化があり、症状が劇的に軽減しました。私自身もものすごく驚いています。今は、一喜一憂していると思いますが、これから軽減、増悪を繰り返すかもしれません。ですが、必ず快方に向かうことを信じています。今日は、今の途中経過をお伝えしたく、メールさせて頂きました」
 全く具体的な内容がないので、プライバシーは保たれると思って引用させてもらったが、何か彼女のうれしさがひしひしと伝わってくる素朴な文章だ。過敏性腸症候群は若い人には限らないが、若くして発症してしまうとその後の失うものが大きすぎる。まだほとんどのものを手に入れていない世代が、又ほとんどのものに挑戦していない世代が、果てしない自制の中で暮らすのは余りにも残念だ。挑戦する前に諦めてしまうとしたら、一生後悔してしまう。恐らく愁いばかりの日常だった彼女の中に「喜」が顔をのぞけ始めてくれたとしたらこんなに嬉しいことはない。彼女が喜べば彼女の周りの人が楽しくなる。そしてその輪がどんどん広がっていく。良い波紋を終わらせる必要はない。何処までも何処までも、少年の頃の夢のように果てることなく。


2010年04月03日(Sat)▲ページの先頭へ
 彼女が首にならないか心配だ。
今日、久しぶりに豪華な結婚式に出席した。最初からこれはちょっと違うなと思ったので、身内の人に今日の結婚式は1億円くらいかかるのではないのと尋ねた。もしそうなら、式を盛り下げないように上品に振る舞わないといけないから。僕のせいで破談になったら申し訳ない。
 何が豪華なと言って、何もかも豪華だった。僕ならこれも必要ないあれも必要ないというオプションが全て残っていた。ありとあらゆるサービスや企画が延々と続けられた。付いていくのがやっとで、訳も分からず手ばかり叩いていた。そこにはまるで観客の僕がいた。
 彼女は僕たちのテーブル専属の若い女性だった。彼女たちの職種をどう呼ぶのか知らない。テーブルが沢山あったから係りの女性も沢山いたが、いずれ劣らぬさわやかな女性ばかりで、常に笑顔を絶やさなかった。歩いているときも笑顔だから、かなり訓練されているように感じた。彼女たちはまるで兵士のように訓練されていた。さしずめ笑顔の兵士だ。登場するときも、退場するときも深々と礼をし、一糸乱れぬサービスぶりは舞台の上で繰り広げられる演劇にも似ていた。
 僕は出てくる料理をどの様に食べていいのかほとんど分からなかった。勿論胃袋に納めてしまえばいいのだが、一杯並んでいるフォークやナイフはもちろんのこと、香辛料は何をかけていいのか、どの様にかけていいのか、その都度手を挙げて彼女に質問しながら、「正しく」頂いた。極めつけはデザートの器で、お菓子で出来ているとは気がつかなかった。ひどく粗雑な器だなと思ったのだが、隣に座っていた甥がその器を食べ出したことで分かった。その隣にあったチョコレートみたいな器は噛んだら歯茎から血が出たから、本物の焼き物だった。出来たら説明書を添えて欲しいものだ。「噛んだら危険」と。
 耳にイヤフォーンをつけた男性スタッフや、進行係のスタッフなど総勢20人はいたと思う。何かをしてくれる度に、又何かの展開の度に彼らがおじきをするので、それに返すお辞儀で疲れた。僕はお辞儀をされると必ず返さないと気がすまないし、跪かれたりしたら余計にお礼を言わないと耐えられないので、今日、式の間に何回頭を下げただろう。慣れない正装もどきの上に礼ばっかりでどっと疲れた。
 彼女に貴女は僕のテーブルを担当して運が悪かったねと言った。慣れない席なので僕の質問がまるで冗談のように聞こえたかもしれないが、その都度丁寧に答えてくれた。訓練されたとおりの作法も、最後には段々和んできて、本来持っているだろう性格と相まってとても気持ちの良い時間を過ごさせてもらった。彼女の職業を越えた笑い顔や親近感が上司の目に留まったら、評価が下がってしまうだろうかと心配したから、アンケートに一杯褒め言葉を並べてきた。もっとも、こんなに豪華な結婚式に呼ばれることはもう無いから二度と会うことはないだろうけれど。
 どうやら首を心配した方がいいのは僕の方かもしれない。
 


2010年04月02日(Fri)▲ページの先頭へ
対等
 ああ、又いつもの光景かとうんざりする。どうしてこの種の人がこの種の職業に多いのだろうと思ってしまうが、30年も人間を観察し続けているからあながち当たっていないことはないはずだ。
その時二組の方が薬局の中にいた。一人は薬を渡した後、薬の飲み方などを僕に尋ねていた。もう一組は、親子で、ソファーに腰掛けて順番を待っていた。そこに数人の集団が入ってきた。僕は薬の説明をしている人の肩越しにその集団が見えた。毎年この年度替わりに行われる学校の先生達の挨拶回りだ。学校薬剤師をしているから毎年去る先生や、赴任してこられる先生方が挨拶に来てくれる。全て学校ごとに集団で来られる。
先頭で入ってきた男性教諭が恐らく一番の上司に当たるのだろう、入って来るなり用件を大きな声で話し出した。着任の挨拶なのだ。背後から大きな声がしたので、まだ話が途中の70歳代の女性はびっくりして振り返った。そこに数人のスーツ姿の人が立っていたから恐縮してしまって、誰にともなく頭を下げながら出ていった。恐らくまだ薬の飲み方の確認や、養生法なども尋ねたかったに違いない。薬袋に書いてあるからいいけれど、なんだか頼りげなかった。
 普通なら、まず順番を考えるだろう。暗黙のルールって何処の世界でもあり、当然それが守られているからこそ、不快な日常を避けることが出来ている。明文化するほどでもない、ごく当たり前のことが出来ない職業の筆頭に僕は迷わず学校の先生を上げる。勿論僕も多くの先生方を知っているから、個人的には優秀な人が多い職業だと言うことも分かっている。だが、ニュースを賑わすことが多い職業だと言うことも知っている。3面記事に載る回数と、本来的な志の大いなる乖離を感じるのは果たして僕だけだろうか。
 人の優先権を踏みにじる権利が誰にあるのだろう。何を思い上がっているのかと思うが、僕には思い上がれる根拠が分からない。すれ違う人は皆各々才能を持っていて、それぞれがそれぞれの職業で立派な専門家だ。だからこそ社会は成り立っていて、いわばすれ違う人はみな師なのだ。そんな単純なことが分からなくて、子供を正しく導けるのだろうかと心細くなる。 
 会議などでは必ず「失礼します」と訳の分からない導入句を使い、謙遜なのか慇懃なのか分からないような態度を取るくせに、一歩社会に出るとイロハが身に付いていない。僕はこのギャップに悩み続けている。どちらが本当なのだと問うてみたいが、恐らく運悪くそう問われたことがない人が、ニュース欄を賑わすようになるのだろう。高慢でもない、慇懃でもない、対等な人間関係に素直に徹すればいいのだ。元々対等な人間関係を教えることが出来る素晴らしい職業なのだから。誰もが誰よりもえらくもないし、劣ってもいない。人間なんてそんなものだ。


2010年04月01日(Thu)▲ページの先頭へ
打楽器
 たわいもないありふれた会話の中からとんでもない発見が生まれることがある。中学校の時からわだかまっていたものが一瞬にして吹き飛んだ。その結果、今まで許せないでいた先生を許すことが出来た。他人から言わせればなんでもないことなのだが、本人にとっては結構後を引いていたことなのだ。40年ぶりの解決になる。
 中学校のブラスバンド部に、成績がよいからと言うわけも分からない理由で入らされた。当時はそんなことが許されていたのか、余程その先生が力を持っていたのか分からないが、毎年新入生を成績順に良い方からブラスバンド部に入れていた。ある日音楽室に呼ばれて、うむも言わさず入らされた。勿論僕だけではない。その先生が牛窓中学にいた間はずっと行われていた暗黙の儀式だ。別に音楽が好きではなかったが、NOと言える根拠もなりたての中学生には思いつかなかったらしくて、それに従った。その上不運にも、体格がいいという理由だけでトローンボーンの担当にならされた。当時のブラスバンド部は運動会の行進曲ばかりやっていたから、トロンボーンは後打ちと言って、ほとんどリズムを取る楽器になっていた。3年間、メロディーを吹いた記憶がない。ウンパッ、ウンパッって、まるでリズム楽器だ。そのあまりにおもしろみの無さ故に僕は中学を卒業してから楽器はすぐに止めた。音楽も好きにはならなかった。ただ、トランペットやサクソフォーンと言った、一生楽しめるような楽器をさせて貰えなかったことだけが悔やまれた。
先日鍼の先生とあることからその話になって、彼がひょっとしたらその過去はよかったのではないかと意外なことを言った。僕に同調してくれるのかと思ったら全く異なった視点から彼は評価した。トロンボーンでリズムを刻み続けたことが大学に入ってから始めたフォークソングに良い影響をもたらしたというのだ。僕はもっぱらギターをかき鳴らして語るように叫ぶように唄っていたから、綺麗なアルペジオなどは出来もしなかったし、必要もなかった。ただメッセージが伝わることだけを考えていた。だから基本的には自分で作った唄ばかり歌っていた。勿論ド素人の域を出ないのだが、当時はそれを許して貰える土壌があった。多くの若者が歌詞から唄に入っていた時代だったから。僕は恐らく歌詞をメロディーに乗せていたのではなく、リズムに乗せていたのだと思った。彼の一言で、その事がハッキリと分かった。僕にとってはギターも打楽器だったのだ。
 そうしてみると最近フィリピンの人達と唄うときに、僕のギター伴奏が唄いやすいと言ってくれる理由が理解できる。彼らが外国人だから、父親みたいな年齢の僕にお世辞を言ってくれているのかと思っていたが、確かに唄いやすいのかもしれない。フィリピンの若者で僕の数倍も綺麗なギターの弾き方をする男性が今一緒にやっているが、彼のは静かに聴くにはいいが、歌の伴奏としては上品すぎるのかもしれない。嘗てみたいにボーカルではないから、如何に彼らが楽しく歌えるかを考えて伴奏しているが、いみじくも最近僕はギターを叩いていると感じていたのだ。まるで打楽器のように、ひょっとしたら和太鼓のように叩いて伴奏をしていると感じていたのだ。その方が僕自身も楽しいし、フィリピンの人達も乗って唄ってくれる。ひょっとしたら嘗てよりギターが上手になっているのではないかと錯覚してしまいそうなくらい、僕も又彼らの唄に乗らされている。
 この気付きはまさに青天の霹靂だ。そして人を恨むという自分自身でも不愉快な心模様を一つ捨てれたことに感謝する。もっとも後100人はいるから空くらいでは足りなくて、銀河の霹靂規模でないと僕の心は清くはなれないが。


   


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