栄町ヤマト薬局 - 2009/08

漢方薬局の日常の出来事




2009年08月31日(Mon)▲ページの先頭へ
恩恵
 恩恵もそれにあずかることが出来る人と出来ない人があるのでは、とても恩恵とは言えない。恩恵という言葉には慈悲を感じるのだが、この国では長い間どちらかというと利益の誘導のような印象を与える言葉のように響いていた。その恩恵にあずかれなかった人達がやっと声を上げた。今まではおこぼれで充分だったのが、おこぼれでは生きていけないことに気がついたから、やっとまともに反乱した。長いものに巻かれていてもなんとか普通に暮らしていけたから、魂を質屋に預けていたが、魂以外に売るものがなくなったらさすがに魂だけは売らなかった。
 いい目を半世紀に渡ってしてきた人は退場だ。代々、いい目ばかりでは不公平だ。何もかも上手く行っている人達の品の無さに壁壁としていたから、それらの顔とお目にかからなくなっただけでもすがすがしい。汚く罵る品の無さが垂れ流しになっていて、不快指数は極まっていた。謙遜を忘れた人、いやいや、元々持っていなかった人達の退場だ。
 何処にも属せず、空しく朝を待つ人達に、手は差し伸べられるのか。口べたで要求することが苦手な人達に援軍はやってくるのか。恩恵などとは無縁だった人達に、些細な優遇は保証されるのか。
 知ってか知らずにか、沢山のツバメが早朝乱舞していた。知ってか知らずにか夜中に鶏が鳴いていた。知ってか知らずにか誰も口にはしなかった。


2009年08月30日(Sun)▲ページの先頭へ
修行
 韓国のことわざに、カボチャにいくら線を引いてもスイカにはなれないと言うのがあるらしい。いくら厚化粧をしても化けの皮ははげると言うそんな嫌みなことわざでもないのだろうが、どうやらかの国ではカボチャよりスイカの方が上ってのは分かる。同時に以下のような言葉も教えて頂いた。本題はこちらにあるのだろうが、おもしろおかしく紹介されたことわざの方が親近感があり、女性を中心に大きな笑いが起こった。
 「外から人の身体に入るもので人を汚すことが出来るものは何もなく、人の中から出てくるものが人を汚すのである」これにはさすがに誰もが一瞬黙ってしまう。人間の心の中から悪いものは出てくると言うのだから僕なんか完全に構えてしまう。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別・・・確かにどれをとっても全部我が心の中に発生したもので、注入されたものではない。誰かのせいにして言い訳が立つものでもない。居並ぶ紳士淑女達もこれを完全に制御するのは難しいだろう。最も人間らしいところを理性で昇華するには並大抵の努力がいる。いや、努力なんてものではなく修行と呼んだ方がいいかもしれない。全て克服した世界がどの様な世界か想像することすら出来ないが、せめて一生修行の身と答えることで許して欲しいものだ。 


2009年08月29日(Sat)▲ページの先頭へ
聖域
 就職した岡大を1日で辞めたから、僕のサラリーマン人生はわずか1日だった。翌日には嫌気がさして辞表を持っていった。以後牛窓に帰って今に至るから、ずっと自営と言うことになる。
サラリーマンの経験がないから、内部から見ることは出来ないし、さほど興味もないから全くの無知と言える。ただ、そんな僕でさえ最近の彼らを見ていると限界を超えて働いているのではないかと、いや働かされているのではないかと思うことがある。しばしばその弊害におかされた人達と遭遇する。一見お門違いと思える僕の漢方薬を求めてくる人が多いのだ。垣間見た程度の知識しかないが、ノルマという名の無理難題をはじめとして、生産性の向上という絶対的な不可侵の麗しい目標のために命を削って働いているのが実情なのかもしれない。嘗てのように縦の人間関係でクッションになる人が少なくなり、横の連帯感も希薄らしい。まるで孤立した人々は僕に言わせれば、体温のあるロボットだ。血が流れて体温があるかないかだけの差のような気がする。まるでロボットのように服従さされ、魂を抜かれている。魂が残っている人が矛盾に苦しみ心を患っているような気がする。
体温を失ったときに人は初めて物になるのに、現代では体温を維持したまま物になっている。首から上を捨てて物になりきって働いているのに、最終的には首から上で苦しむ。なんて矛盾だ。人がもっとも人らしいのは首から上なのに。
 現場経験のない僕に、助言したりする力はないが、へー、へーって驚くことが出来る無知がある。だからこそ、あまりの臨場感に思わず身を乗り出す。するとさっきまで鬱々としていた人達が生き生きとし始める。寡黙も雄弁に代わる。治らないはずがない。みんなそれぞれに首から上に素晴らしい人格を隠し持っているのだから。誰もが侵すことが出来ない聖域はまさにそこにある。


2009年08月28日(Fri)▲ページの先頭へ
万病の元
 朝、目が冷めるとすぐさま自覚される倦怠感。30代の頃も感じていた倦怠感だ。少年の頃昼寝から覚めたときに感じるあのけだるさとよく似ている。その次に痛いところの確認。頭の先から足の先まで、毎日どこかが痛む。目が覚めたら元気になっていたいとはもう思えなくなった。少しでも楽にと段々と謙虚になった。
 1日中立っているようなものだから、足がだるくて仕方がない。靴下の跡もつき始めた。お代わりをすると必ず夜中に背中が痛くなり、夕食にビールを飲むと、服をたくり上げてお腹を出して寝ている。定量以上をさばく能力はなく、その定量も段々と少なくなる。走ってみたいと思うが、おそらく走れば骨格系が悲鳴を上げる。自力では帰って来れないような気がする。
どの段階でか誰もが通る道なのだろうが、なかなかしんどい道だ。若い時には想像すら出来なかったことが日常になっている。若い人には今を大切にとつくづく助言したくなる。どうせ耳には入らないだろうが。嘗ての僕もそうであったように、ほとんどの若者がそうであったように。
酒でもない、煙草でもない、ストレスでもない、公害でもない。老化こそ万病の元なのだ。「歳ですから・・・」には医師も患者も勝てないのだ。


2009年08月27日(Thu)▲ページの先頭へ
大人
 心配しなくても、いつの間にか大人になるものだと感心した。幼いときから知っているから、本来的に悪人ではないことは分かっていたが、親の過度な心配を聞かされるばかりしていたら、どれだけ道を逸れていっているのだろうかと危惧していた。法律を犯しそうな悪友もいないから、彼の日常はまさに青春の表現だと大目に見たらとこちらは思うが、親としたらその程度では妥協できないのだろう。我が子に関して評価がとても低く、それを毎日のように聞かされていたら、何となく勝手な印象をインプットされてしまっていた。
無口でなかなか自分の思っていることを表現できなかったが、1年ぶりに会った彼は、必要なことを全て話した。それも若者訛りではあるが敬語を使いこなして。田舎だから敬語はなかなか身に付かないが、何処で覚えたのか心地よい喋りだった。思えばそんなことが永久に出来そうになかった彼だが、青春前期に身につけてしまったみたいだ。大したものだと感心すると共に、親に心配する必要はないよと早く伝えたかった。
 それにしても親はなかなか大変だ。社会の評価より、より高く我が子を評価することは難しい。謙遜ではなくどうしてもよその子は他山の石になってしまう。愛が深くなればなるほど我が子に対する評価が低くなる。こうあって欲しいと思う余り、現実との乖離に苦しむ。ところが親も又同じことを思われて育ったのだ。昨夜来た彼など、当時の僕などからすれば好青年だ。あの状態であれだけ親から心配されるのだったら、僕の親なんか大変だったろうと思う。ストレスは半端ではなかったのではないか。それが証拠に当時の数年間に及ぶ罪滅ぼしに以後何十年とかかっている。
 具体的には言えないが僕の青春の表現も結構きわどかった。何処でどう救われたのか分からないが今こうして水面で息をしているのが不思議なようだ。潜ったまま、ずっと水中を泳いでいても良かったのに。ひたすら何もすることがなかったから、ひたすら追い求めることもせず、ひたすら怠惰を決め込んだ。ひたすらもここまで徹底すれば何も生まなかった。


2009年08月26日(Wed)▲ページの先頭へ
輸入
 元々5〜6割くらいしか効果がないインフルエンザワクチンを、国内だけでは供給できなくて輸入しようとしている。お金がある国はすごい。たった数日の不快な風邪様症状のためにワクチンまで打って防ごうとするのだから。ほとんどの人は数日休息していれば治る程度の病気まで、膨大な税金を使ってかからないようにするのか。僕なんか症状が軽いうちに早くかかって免疫を獲得したいと思っているのだが。でも医者にかからないから実際にかかったかどうかを判断することは出来ない。ただ、2週間くらい前に極端な倦怠感に急に襲われ半日以上かかって治したことがあるから、ひょっとしたらあれが新型インフルエンザではなかったかと期待している。元気なうちに免疫を一つでも多く獲得しておくにこしたことはない。
 アフリカやアジアではエイズですら充分な治療を受けれないのだから、日本がワクチン輸入に回す金額を提供すればどれだけ多くの人が不治の病から生還できるか。金持ちの軽疾患を治して貧困層の死の病を放置することに何ら抵抗がないことが不思議だ。国内ではハイリスクな人に医師や設備を重点的に回すべきで、遊びや仕事のし過ぎでかかった人など家で自力で治してもらえばいい。根性がある人は寝て治せばただだし、薬代に1000円もかければ結構早く治る。僕の所では2300円で治すように薬を工夫している。薬局に来る人はほとんど働きながら治す人だから、そのくらいかかってしまう。家で寝ていてねと形式上は言うが、誰もそんなことが出来ないことは分かっている。
 とても健康とは言え無い僕でも日々職業的に細菌に晒されていると免疫を獲得するみたいで、人一倍病気がちってことはない。菌を運んでくれる人達に感謝だ。だから僕は煎じ薬を作る時以外マスクを使用したことがない。体力の衰えを日々感じるから、細菌でも何でも利用できるものは何でも利用しなければ。転んでもただでは起きぬ・・・か。いやインフルエンザは「転んでいればただで起きれる」


2009年08月25日(Tue)▲ページの先頭へ
夏休み
 夏の終わりのこの時期は、子供心にも何故か寂しかった。いよいよ長い2学期が始まるという覚悟を決めなければならない時期だったし、自分たち数人しかいない広い海水浴場の澄んだ水中を泳ぐ魚たちともお別れの季節だった。お盆を過ぎた海水浴場は、当時泳ぐべきで無いという言い伝えがあり地元の子供以外は泳がなかった。だから水がとても綺麗で透き通っていた。同じ砂浜でもお盆前のにぎわった砂浜とは別物だった。誰にも邪魔されない広大な遊び場だった。 今では高級魚になってしまった大きな黒鯛も飛び込み台の下に一杯いた。
赤とんぼに背中をおされながらも2学期に向けて気持ちを切り替えていった。当時学校は行くものであると何ら疑うことなく信じていた。好きではなかったが苦痛もなく通っていた。他の子供達の実際はどうだったのか分からないが、ほとんどの子が毎日登校していた。恐らく僕と同じように、ただ通うべきものと言う認識で淡々と通っていたのではないか。
現代では84%の学校に心を患った生徒がいるという。もうどこにでもいるってことだ。心を患ってまで懸命に通っているってことだろうか。僕らの時代は、大人は皆働き、子供は学校へ行くことくらいしかすることがなかった。選択肢が他になかったのだ。情報はごく狭い範囲のことしかなかったから、誰もが同じように暮らしていた。自ずと共同体意識が育つから、傷つけるまではいじめたりしなかった。親も華々しい世界とはほとんど縁がなかったから、子供に過度に期待するようなことはなかった。学校が終えた後、又学校もどきに行かす必要もなかった。成績に関して果たして親が興味を持っていたかどうかも疑わしい。だから親が子供を追い込むようなことなどしなかったのではないか。何時の頃から親や社会が子供を追い込むようになったのか知らないが、いたずらに情報や産業に振り回されては子供が持たない。精神科領域の薬を飲んで登校する子がいるなんて想像しただけでも気の毒だ。
 ほとんどが防げるこの種のトラブルは、逆に治すのはかなり困難だ。大きな話をする知識もアイデアも何もないが、丁度今その種の能力を持っている人達が議席を争っている。ほとんどが才能に恵まれた人達だから、想像力を働かせ、心を壊しながらでも懸命に校門をくぐる生徒達のことに思いをはせて欲しい。自分の心を壊してまで命を守ろうとしているいたいけな子供達に思いをはせて欲しい。
赤とんぼが連れてきたのは何処までも澄み切った空。あの色を真似て人はクレヨンや絵の具を作ったに違いない。ずっと眺めていると見上げているのではなくはるか上空から見下ろしているような気持ちになった。空は海にもなれるのだから、幼い人格を破壊するほどの真理なんてあり得ない。


2009年08月24日(Mon)▲ページの先頭へ
細菌
 部屋中に衣装が飾ってある若い女性の、半年間洗っていないジーパンの雑菌を調べたら、およそ1000万個の雑菌が付着していた。これは排水溝の中と同じくらいの数になるらしい。この事実を知ってインタビューをされていた人達は驚いていたが、僕は逆に安心した。
 何万年か、何十万年か知らないけれど、どうせ人間もそれらのものと共存して生き延びているのだから、今更分離する必要はない。寧ろ忌み嫌って排除すればするほど共生関係が崩れるのではないかと思う。何かを売らんとしていたずらに除菌を標榜するが、そんなものに乗せられて清潔志向に走ってしまうと、免疫力が落ちてしまう。清潔を得ようとして抵抗力の無さを手に入れたりしたら元も子もない。
 テレビで検体として登場した女性などどちらかと言えば朝からでもシャンプーしそうな人で、清潔派だと思うのだが、それでも1000万個だから、普通の人はもう諦めた方がいい。ジーパンを洗うものだとは思っていなかった僕など、何億個の細菌と共存しているのだろう。排水溝どころではないだろう。下水処理場くらいか。汚水槽の中か。
 ジーパンはそれでも破れるからこの僕でもさすがに何年かに一度は代えるが、運動靴は破れないからもう10年以上同じものを洗わずに履いている。靴の中の細菌数は億ではきかないのではないか。もっとも心の中は、大人になって一度も洗ったことがないから、無数の雑菌が住みついている。その細菌のおかげで苦しみも哀しみも少しは軽減される。心の免疫が働くのだ。無菌室で育った人達が少しずつ僕のばい菌が移って強くなって、心のトラブルから解放されるから僕の汚れぶりも少しは役に立っている。化学が発達して今では心の抗生物質も作られている。心の中まで除菌して治そうとしているが、哀しいかな抗生物質の限界で、良い菌も悪い菌も殺してしまうように、良い心も悪い心も殺してしまいそう。
 自然の摂理は余り人為で動かさない方がいい。動かないから摂理だったのに。それまで支配して何を得ようとしているのだろう。


2009年08月23日(Sun)▲ページの先頭へ
動物園
 受話器を置いてから、僕は貴女が住む町がどの様なところか知りたくなりました。何故なら「いい所なんだろうな?」と僕が質問した時、貴女が間髪を入れずに「良い所です」と答えたからです。僕は、北海道の厳しい冬を紹介されるときにしばしば耳にする地名くらいの認識しかなかったのです。寒さの代名詞みたいな町と思っていました。だから実際北海道のどの辺りに位置するのかも知りませんでした。
間違っていたらごめんなさい。まず一番に飛び込んできたのが最近とみに有名になった動物園の名前だったのです。家族に動物園に行くような対象年齢の人間がいませんから、そんなに興味を引かれるような施設ではないのですが、アイデアで勝ち取った入場者の多さや質の高さなどがしばしば放映されるものですから、否が応でも知るところになります。動物園を喜ぶ家族がいて、もっと近かったらと思いますが、なんと飛行場が近いのですね。2つあるように思いましたが。勿論鉄道も通っていて考えてみれば牛窓なんかよりはるかに都会なのですね。牛窓が勝てるとしたら、気温の高さくらいなものかもしれません。貴女と話していたら、人情においても到底勝てるように思いません。貴女の優しくてゆっくりとした話し方は、まだ見ぬ草原に僕を誘うし、脱線を知らない貴女の生き方は、凍り付く冬の景色を思い起こさせます。弛緩した精神で心の中まで湿気を含んだ潮風に洗われている僕からすれば、病気なのは貴女ではなく僕の方です。
 貴女がちょっとだけ列車を脱線させて、用意されたレールの上以外を走らせれば、貴女が苦しむような心模様にはなりません。脱線しっぱなしの僕の話や、報われることと縁遠く、それでもなんとか笑いで毎日をごまかして生きている人達の話を聞けば、天から降るのが清楚な雪だけではないことに気がつくでしょう。
 僕はあなたも又病気だなんて全く考えていません。青春の落とし穴に落ちたとても魅力的な女性だと思っています。何ら困難に遭遇せずに、何ら人生に疑問を抱くこともなく、人の目も気にならずわがままに生きていくことが健康ではありません。悩み苦しみ、そして報われる。そんな繰り返しが健康的な生き方ではないでしょうか。心も身体も全く元気なのが健康ではありません。哀しみや苦しみを克服しながら生きていくのが健康ではないでしょうか。電話で話したように、冷静に科学的に自分の症状を見つめてください。不思議なことは起こらないのです。起こらないから不思議なのです。
零下何十度にもなるところに住む貴女の心は温かいです。寧ろ温暖なところにすむ僕の心の方が凍っているように思えませんか。


2009年08月22日(Sat)▲ページの先頭へ
普通
 普通ってなんでしょうねと言う問いかけをメールでもらった。僕は会ったことはないが、勝手にその女性の輪郭を作っていて、どこにでもいる善良な女性だと思っている。一生懸命仕事をし、お子さんを育てているが、ちょっとシャイなだけ。いわゆるごく普通と思っている。
過敏性腸症候群の人がしばしば使う普通の生活とは、お腹のことなど気にすることなく毎日を楽しく暮らすってことだと思うが、一般論で言うとそれは普通の普通ではない。お腹のことなんか生活全般に渡って考えれば一部のことに過ぎない。しかし当事者にとってはそれが全てなのだ。全てだからそれが解決しさえすれば、決して高望みではない普通が手に入ると思っている。
敢えて尋ねられて、普通は現在では普遍性を余り持たずにすこぶる個人的な尺度になりつつあるのを感じた。普通という言葉を使うのがはばかれると言ってもいい。普通でないものもあっという間に普通になり、あっという間に忘却の彼方に消える。普通が本来持っている許容量を拡大したから、多くの市民権をばらまいた。普通の反対語が異常なのか希少なのか分からないが、普通に拘る必要がないほど現代の普通は寛容だ。
 望むなら、どう見ても素敵な人がありふれた普通などを憧れとせず、今のままで自信を持って生きて欲しいと思う。恐らくあなたも又、普通のど真ん中に位置しているのだから。


2009年08月21日(Fri)▲ページの先頭へ
笑い話
 もう笑い話ではない。
 僕はテレビを見ながら食事をするので毎日午後2時前後には必ずテレビを見ている。夜は8時から1時間くらいテレビを見ている。あまりにもくだらない番組が多くて、(内容、出演者を含めて)リモコン操作でしょっちゅうチャンネルを変えるのだが、やっと落ち着くところがコマーシャルをやっているところってのが最近増えた。スポンサーにとっては、テレビ局の無能が幸いしているかもしれない。チャンネルの避難先がコマーシャルとは情けないが、コマーシャルの方が元をとろうとしているから本気度が違う。もっとも僕はやらせ的なコマーシャルに財布の紐を緩められるほど金持ちではないから、その手のものは決して見ないが。どうして公共の電波を使ってこんなことが許されるのだろうと素朴に考えるが、そもそも公共などという言葉にごまかされているのかもしれない。公共なら公共らしく、少しはまともな番組を作れと言いたくなる。
ボルトをはじめとする陸上選手の力走に圧倒的な感動を喚起されるのは、裏がないこと。一瞬のパフォーマンスのために、何年も血のにじむ努力をしてきた必死さが伝わってくること。想像を絶する努力を惜しまなかった人だけが到達できる境地を誰もが想像できること。
 チャンネルを逃避させる彼らにその片鱗すら感じられない。誰が見ているのを想定してあの低劣な映像を垂れ流すのか知らないが、あの時間帯のエネルギー消費量を放送停止時間帯にして節約した方が、余程地球やその上でリモコン症候群に陥っている多くの人達の精神に優しい。「何もしないことが、何かすることと同じだったりする・・・」と友部正人が歌っていたが、「何もしないことが、何かすることより数段優っている・・」と僕は歌いたい。


2009年08月20日(Thu)▲ページの先頭へ
ボブ・ディラン
 日本人で彼と比べられる人なんていない。だから彼を知らない人にとってどう説明して良いのか分からない。その彼が、警察官に職務質問をされたらしい。今はどの様な顔をしてどの様な格好をしているのか分からないが、少なくとも彼も又歳月を僕が頭の中に植え付けている容貌から30年を加えなければならないだろう。ひょっとしたら、彼を慕っていた人達でさえ、すれ違っても気がつかないかもしれない。人は壮年期を長く過ごし、一気に老年期に入るものだから、彼がその線を越えてしまったら分かりにくいかもしれない。もっとも、彼の存在自体を元々知らない人にとっては、面と向かっても分からない。若い警察官が職務質問をしたのも当たり前だ。ただ、彼ほどの人物でも今だ職務質問を受けるような風貌であることが嬉しい。ノーベル文学賞の候補に挙がったなんて事も聞いていたから。
僕は余り行動的でなくうろうろしないから、浪人時代に1度職務質問を受けて以来その経験はない。それよりも寧ろ無視される方が多いかもしれない。必要に迫られてたまには買い物に行くが、店員さんに近寄られてものを勧められたこともない。折角車を買おうと思って入ったときも誰も相手にしてくれなかったから、こちらから声をかけて売ってもらった。もっとも、1台の車を15年くらい乗るのだから、余りうまみがある客ではないのだが。車ですらそうだから、ほとんどの買い物で気持ちの良い応対を受けたことがない。せめてこんな時くらいと思うのだが、店員さんに見る目があるのか、ほとんど無視だ。おかげでゆっくり出来て、無駄な買い物だけはしなくてすむ・・・と居直っている。
 多くのメッセージを歌に託されて、僕らは倦怠を切り裂いて暮らしていた。答えは風の音の中に聞こえると耳を澄ましたが、木の枝を揺らし、電線を揺らす音以外は聞こえなかった。持たないものばかりが多かった時代に、レコードの針から勿論幸せが降ってくるとは思わなかった。ただ、しわがれた彼の声に今日という日を病床から立ち上がらせてみたかっただけだ。
 彼の名はボブ・ディラン。


2009年08月19日(Wed)▲ページの先頭へ
過疎地
 有名な漢方薬メーカーと同じ名字だから耳に入りやすかった。「若い力」とキャッチコピーで若さを売りにしていたが、それだけではあるところまでは引っ張れるが持続性はない。誰だって必ず老いるのだから。寧ろ僕は政治家らしくない、うそを言うのが苦手そうな所を売りにした方がいいのではないかと、少し話したときに感じた。将来堂々と思ってもいないことを言えるようになる前に、素顔に接して良かったと思う。
その彼が出陣式に牛窓を選んだ。案内の電話があったときに何かの勘違いだと思った。当然大都市の票田を狙って、都市部から始め僻地に次第に場所を移すものとばかり思っていたから。ところが昨日の朝、若者達の叫び声がいきなり聞こえ始め次第に近くなった。運動部の合宿で朝のランニングでもしているのかと思って外を覗くと、そろいの青いTシャツで自転車に乗った若者集団が候補者の名前を連呼しながら通り過ぎた。何となくほほえましい光景だったから眺めていると前から2番目の男性が候補者本人だった。彼も気がついてこちらに手を振っていたが、見る側からすればすっかり若者達の一員に溶けこんでいた。半年くらい前にポスター貼りをしている男性が薬局に入ってきて、本人ですと言ったのを思いだした。ああ、本当に出陣式の場に牛窓を選んだのだと感慨が深かった。牛窓をわざわざ選んだ理由は分からなかったが。
その理由は、今朝の新聞で分かった。過疎地というと山間部寄りってのが常だが、岡山県では、南東部の海岸沿いも過疎地域に指定されているのだ。僕の住む町も例外ではない。県の南西部を偏重した嘗ての県知事の仕業か、他の理由か分からないが、同じ瀬戸内に面していると言っても雲泥の差がある。その県南の置き去りにされた人々の生活支援が気になっていたという彼のコメントが載っていたのだ。ああ、そう言った確信を持ってスタート地点に牛窓を選んだのだと知った。
 経済的、利便的なものでは大いに取り残されたのかもしれないが、取り残されなかったものもある。破壊されなかった風景だ。海と山が生む新鮮な空気と、海と山が育てる不器用な心。経済指標のどれを持っても測ることが出来ない価値あるものは残った。恐らく都市が最後の拠り所にせざるを得ないものが残った。この水も、この空気も、この人情も、人がしばしば口にする「まだまだこの国も捨てたものではない」そのものなのだ。田舎が田舎力を発揮することで都市は存続する。人も空気も水も人情も、都市で生まれたものではない。全てが田舎で生まれたものだ。
彼がどの様な手腕を発揮してくれるのかは分からない。この町のために働く人でもない。ただ彼がこの町に来て感じたことが、豊で貧しい人には本当の豊かさを、貧しくても豊かな人のためにはより豊かさを与えてくれる施策に反映されたらいいと思う。


2009年08月18日(Tue)▲ページの先頭へ
イタリア語
 あの日も、およそ1000人くらいが「手」を読んでくれた。恐らく多くの人が共鳴を持って読んでくれるだろうと思っていたが、今日下記のようなメールをもらった。人生にどこか飛び降りるところがあれば、今にも飛び降りそうな彼女だったが、本当ははい上がろうとして必死だったのだ。だから僕を訪ねてきたのだ。こんな素敵な内容のメールをくれるなんて、まるで別人だ。生まれ変わるってことが実際にあるのだと確信を持てる。彼女がくれたメールは一杯保存しているが、青春を山水画で描いていた。
 僕は過敏性腸症候群を病気だとは一度も思ったことがない。多くの人に接したが、接すれば接するほど自信を持ってそう断言できる。お腹を治せば人生が開けるのではない。お腹を治しながら人生を開くのだ。2人の体験談で過敏性腸症候群や心の不調の改善の仕方を少しでもイメージしてもらえれば幸いだ。
 それにしても彼女がイタリア語だなんて。高校にも充分には行けなかったのに。学校では学べなかったことをその間に学んだに違いない。学校の知識なんていつからでも学べる。焦りも拘りも必要ない。色々なことを成し遂げた人の中でも、学歴がないひとの方が圧倒的に多いではないか。この僕だってパチンコしかしなくて薬剤師になっているのだから、如何に勉強なんてのが適当で、いつからでも始められるかよく分かる。やりたいことが見つかれば勉強なんて苦痛でもなんでもない。社会が如何にその機会を平等に多く与えることが出来るかだ。
今度会える時は、彼女は自分で車を運転してきてイタリアーノとかスパゲッティとかろれつが回らないようなイタリア語を話すのだろうか。

お久しぶりです。○○○○です!
 大和さんのブログ、いつも楽しみに読んでいます。先日の『手』というタイトルの記事を読んで、私もこの人と同じ事を思っていたので驚きました!
 テストも終わり夏休み真っ只中です。小学校以来ずっと勉強、楽しいと思えなかったのに、大学になって勉強が楽しいと思うようになりました。なかでもイタリア語は凄く楽しいです!大学に行ってまだ短期間ですがいろんな事を学んだ気がします。最初の頃は、授業なんか頭に入らなくてもいいから...友達なんかできなくてもいいから...適当でも何でもいいから...と、お腹の無事だけを思って過ごしてました。でも私の大学の人達は、勉強や音楽に一生懸命で揺るがなくまっすぐでした。そして気配りができて、優しい人達ばっかりでした。そんな人達と演奏会や毎日の授業に参加していると、なんて自分は適当なんだろ…と思いました。それは私が見つめていた所をあっけなく通りすぎて、意外にもすぐ傍にあった思いもよらない所で光っていました。このままじゃお腹よりも、変なプライドよりも、何かもっと大事なものがダメになると思いました。自分の為ならもっと一生懸命に生きるべきだ..と思いました。それからなるべく気をしっかり持つようにして(笑)、授業に集中できなければ電車の中で予習するようにし、今まで壁を作っていた友達付き合いも少しずつ自分から話すようにしたり、小さな事でも"出来た"って事をして帰るようにしました。今はいろんな事を勉強、挑戦、失敗したくてたまりません。激しく落ち込む時も不安も迷い、心配もありますが、それよりもこれからにワクワクドキドキの方が大きいです!大学でせっかく貯めたパワーを夏休みで失ってしまわないように8月から教習所に通い始めました!今日は2時間運転してきました!これも楽しいです!!
 ずいぶん長く書いてしまいました(^_^;)笑





2009年08月17日(Mon)▲ページの先頭へ
温度計
 誰にでも天敵みたいな人がいて、あの人さえいなければなんてこの世は楽なのだろうとつい想像したりする。心の中で殺したりもする。それは罪なことと諭す権利は聖職者以外にはない。もっとも心の中でいくら思っても、それを実行に移す人は希有だから、人は大きなブレーキを本来的に持っている。何十年に渡り鉄格子の中に拘束される苦痛を一瞬の激怒で請け負う勇気がある人は別として、ほとんどの人は冷静な諦めの中で暮らす。僕もご多分に漏れずその一人なのだが、長いことその様な環境にあったので、少しばかりそのストレスから開放される方法を見つけた。天敵がいてもストレスを少なくして暮らせる方法だ。以下の方法だが、ずいぶんと気がつくまで時間がかかった。他の大人にとっては簡単なことで当たり前すぎるようなことだが、僕にとってはやっと行き着いた境地だ。早く誰かが教えてくれれば不快な時間を持たなくてすんだのに。人生論など如何に日常会話の中には出なかったってことだ。
 僕にとって不都合な人でも、その人が属する集団では恐らく多くの人の尊敬を集め、多くの人に慕われているはずだし、家族には愛され頼られている。僕が見えない共同体で、恐らく僕と同じような日常を送っている。その人は、僕のために生きているのではない。全く僕とは関係なく生きている。あたかも僕がその人のために生きているのではないのと同じように。僕が与えないのに、僕が報われることを望むのは許されない。論理的に許されないことを感情の世界で解決しようとしてはいけない。馬が走る速さを温度計では測れないように、その人の人生を僕の価値観では測れない。
 僕にとって、僕の家族にとって、僕の薬局にとって、僕の町にとって、僕の属する集団にとって、僕の国にとって居心地がよいことが正しいことではない。それは単なる「都合がいいこと」でしかないのだ。都合を全ての物差しにしたら善良な人でも悪人にしてしまえる。
最近は、否定的な見方がむくむくと僕の中に湧いてきたら、ああ、この人にも大切な家族がいて、大切な仕事仲間がいて、大切な共同体もあるのだと考えることが出来る。だから心の中で罪を犯さなくてすむようになった。感情が暴走しやすい人、逆に心を斬りつけられた人に参考になったら嬉しい。


2009年08月16日(Sun)▲ページの先頭へ
乗り物酔い
 やっと晴れるようになって、観光客とおぼしき人達が薬局にもやってくるようになった。土地柄、乗り物酔いの薬を買いにくる人が多くて、そのほとんどが船酔い予防のために飲む。昨日やって来た若者二人に、いつものように船に乗るのと尋ねたら、カヤックに乗ると答えた。思わず吹き出しそうになったがそれはこらえた。カヤックで酔うのだろうかと思ったのだ。窓もなくて閉じこめられもせず、風を受け、懸命にオールで漕ぐのに、酔うのだろうか。もっとも以前紹介したが、岸壁から釣り竿を伸ばしウキが上下するのを見るだけで酔う人もいるのだから、少なくとも実際に海の上に出るのだから酔っても不思議ではないのだが。僕も乗り物に強いわけではないが、少なくとも、閉じこめられていない状態では酔うことはない。
僕は船酔いの薬を買いに来た人に必ず言うことがある。ちょっと薬剤師らしく、カゼ薬を現在服用しているかどうかをチェックし、この薬は海上自衛隊の指定している銘柄であり、釣りの専門書のお勧めらしいよってこと。本当かどうか知らない、僕が牛窓に帰ってきた頃、セールスにそう教えてもらったことがある。未だ確かめもせず同じことを言っている。これは事実かどうかは問題ではない。まさにこれから酔うか酔わないかの不安いっぱいでやってきた人に、はったりで元気づけてあげているのだ。同じ飲むなら、確実に効いて欲しい。酔えばせっかくのレジャーも地獄だ。このはったりで同じ薬でも何倍にも効かすことが出来る。
 まあ、この辺りまでは他の薬局でも言うかもしれないが、ここからは僕の十八番だ。他の薬局ではまず言えないだろう。「もしこの酔い止めを飲んで船酔いしたら、2度と船には乗らないで」最近はバージョンアップして「これで船酔いしたら2度と牛窓には来ないで」偶然昨日の2人連れの時に新作が出来て「もしこれで酔ったりしたら船遊びは諦めて、登山でもしたら?」
 ヤマト薬局が流行らないのがこれで良く分かる。だけど全員が大きな声で笑う。あれだけ気持ちが緩めば酔わないだろう。ただ僕は新作に酔っているが。


2009年08月15日(Sat)▲ページの先頭へ
教頭先生
 夏休みの朝の運動場は、僕と雀とツバメとカラスの独占だ。別に悪戯をしているのではないが、僕が近寄ると雀の集団が一斉に飛び立ち場所を移す。伸び放題の雑草の中から飛び立ったと思うと、鉄棒の上に止まり、サッカーのゴール、野球ネットの上と場所を移す。逃げまどうのではなく、まるで僕を案内しているかのように先回りする。2回目の子育てが終わったツバメの巣を脅かすカラスも、今はのんびりと共存している。低い声で威嚇する必要もなく、電線の上で一休み。
雨が多いせいか、草の勢いが止まらない。土を這うようにしていた草は今では高いもので僕の膝上まである。遠慮がちに運動場の隅を囲うようにして生えていたが、今ではトラックの近くまで進出している。人の足で踏まれることがなければいくらでも勢力を伸ばしそうな勢いだ。いっそのこと全てを覆い尽くしてみれば草原に生まれ変わるのにととんでもないことを考えている。
 偶然、以前牛窓中学校の教頭をしていた方の奥さんと会ったことがある。中学校前にある僕の薬局を知っていたので話が盛り上がったのだが、何度も中学校を訪ねたことがあると言う。なんでも日曜日になるとご主人に連れられてきて、中学校の草取りをしていたらしい。僕もいつからか気がついていたが、授業が行われている時間帯に教頭先生が校舎の内外の草取りをしばしばしているのだ。理由を奥さんから教えてもらった。僕らの時代には何処の学校でもいた用務員が今はいないのだ。だから行き届かないところは教頭先生の仕事にいきおいなるらしい。余程草の勢いが強いのか、ご主人が熱心だったのか分からないが、毎週訪ねてきては草を取ってくれていたらしい。見えないところで、奉仕していた奥さんの照れ隠しの笑顔は、どこかしら誇らしげでご主人への評価のようにも感じた。
 生徒のいない学校を、朝夕独占使用しても不審者には見られないみたいで、田舎独特の居心地の良さに感謝。もっとも飛ぶ鳥を落とす勢いなど微塵もないから飛ぶ鳥でさえ警戒してくれない。哀しいかな完全に安全パイ。


2009年08月14日(Fri)▲ページの先頭へ
大和先生
こんにちは。いつもお世話になっています、○○○○です。
『青春の落とし穴』から抜け出したい人に読んで欲しくて、自分の経験を交えて少しだけ書いてみたのですが、内容が正しくないと思われるならおっしゃってください。もし読んでくださって、GOサインなら、ずうずうしいですが先生のブログに載せてやってください。

文は以下です。

「自分の限界を知り認め受け止め許可することで、可能になること」基本的に学校は楽しいものではなかったと思います。一般とされる道からはみ出ることで落ちこばれたくないいじめられたくないという恐怖から嫌々行っていました。気は弱いが反抗心が強くとにかく夢見がちで目立ちたがり屋の人間だったので、相手に求めることが多く、本当に「友達」と言えるような友達は出来ませんでした。見えない重さにつぶされるような閉塞感に襲われ正直とても寂しかったです。教師や親が、納得できない形で何かをやらせようとするのが大嫌いでした。学生だと学校以外にまだ経験したことのない世界があることを知らないので、勉強・習い事・外見・他人からの評価・友達・家族・お金・社会的地位がすべてでそれ以外無い、自分の思い込みがさらにストイックな傾向を強めていました。毎日理想と現実の間でさまよっていました。自分が作った理想なのにも関わらず、実は他人目線が一番の基準であり、本当に自分が落ち着くものとはかなりぶれたものでした。あまりにも理想とかけ離れている自分は、おそらく世界で一番不幸なのだろうと思っていました。なんて可哀そうな自分!と浸っているときに、他の人に自分が一番不幸であることを否定されるのが腹が立っていました。お馬鹿な自己陶酔であることは他人から見れば分かりやすいのですが、これに気付くまでに相当長い時間を要しました。端的に言うとただ話を相手に否定されることなくそのまま聞いてもらいたいという思いが強くねじ曲がっていてそれが負の感情の連鎖を起こしていました。(ただ、素直に話を聞いてくれる人と出会える確立もなかなか少ないと思うのですが)夜は眠ることができず悪夢にうなされ、日中はこんなに毎日辛いなら若年で死んでしまいたいなと頭のなかで繰り返すことが癖でした。とうとう追いつめられて心身共に動けなくなり、誰か助けてと天井に向けて毎日手を伸ばしもがき続けても、遠くから白馬の王子様や魔法使いなど来たりしませんでした。その伸ばした手をある日しっかり握ってくれた手がありました。驚き気がついて見ると、自分のもう片方の手でした。最後まで諦めずにまっすぐ手を差し伸べてくれたのは、他の誰でもない自らでした。その時自分を初めて生きた気がしました。今まで、他人目線の理想を見るばかりをしていて、自分というものを全く直視することなくはぐらかしごまかし知らなかったのだなとやっと理解しました。もし息の詰まるあまりにも苦しい考えが頭をめぐって長い間辛い思いをしている人がいるならぜひ知ってほしいです。こうじゃないんだと理想とのひどいズレを感じているのなら、知らないうちに高すぎた設定を課しているかもしれません。高すぎるハードルは鍛錬でもなんでもなく、頭の上に落ちてきて怪我をするだけです。
自分の限界はだいたいここまでと知ることははっきりいって厳しい作業ですが、不必要なギャップに苦しむ負担がなくなり、かえって着実に一歩一歩を踏み出すことができ心身共に解放されます。ガチガチに縛っているのは、他人ではなく、自分自身なのだとどうか気づいて欲しいです。限界を認めることはただのあきらめではなく、他の広がる可能性をきちんと探すことができるスタートの入り口を発見したという大きなチャンスです。それはあなたが苦しんだ末自らの手でつかみ取った幸せだと大きく胸を張れることだと思います。


勿論すぐにゴーサインを出した。と言ってもお盆なのに沢山の人が電話やメールで連絡をくれ、3時頃までゴーサインを送れなかったのだが。まさにその様な人に読んで欲しいと思った。青春の落とし穴、又人生の落とし穴に落ちている人達にとって、盆も正月もない。寧ろそんなものいらないのではないか。季節を感じる余裕など無く、通り過ぎる時間を恨めしく見送っているだけの人達が多いのではないかと思う。完治を手にした人が、嘗ての苦しかった頃を振り返り、当時の思いを言葉にするのは、なかなかの重労働だと思うのだが彼女はやってくれた。皆さんと同じ視点から書いているから、僕の言葉をいくつ重ねても彼女の一言には勝てない。落とし穴からはい上がるために差し伸べられた手と思ってほしい。


2009年08月13日(Thu)▲ページの先頭へ
個性
 ひょっとしたら、日本中で毎日繰り返されている光景ではないか。専門ではないから、常に遠慮気味に言うしかないが、素朴に考えても合点がいかなくて日々悩みながら、それでも縁が出来た人に僕なりの対処の仕方で接している。専門家の治療から漏れた人の小さな受け皿になるならそれでよいと思っている。逆にそこにしか存在価値がないことも分かっている。
半年ぶりにお母さんだけがやってきた。早く来ないといけないと思いつつ来れなかったと謝ってくれたが、お母さんのかげりのない顔つきで上手く行っていたことは想像できる。1学期は1日も休まず学校にいったんですよと嬉しそうに教えてくれたが、僕は別に驚かなかった。勿論僕も嬉しかったが、僕には彼女が何ら問題がないことは最初から分かっていたし、寧ろ理想的な女子高生のように見えていたから、彼女が休まずに学校に行くことは当然のように思えたのだ。
2年前初めて相談にきたとき、ニコニコして感じがよい子だった。かなりのおしゃれのように見受けたが、下品ではなかった。質問にも必ず笑顔がついて帰ってきた。中学校時代からその兆候はあったそうだが、高校に入ってから、学校に行く時間になると体が重くて、たまに休むようになった。学校にいっても友達が出来ずに、友達が話していることが幼稚なように感じると言っていた。学校自体が面白くないと言っていた。身体がしんどいときには、早退して帰ってくることもあるらしい。学校から紹介されて心療内科にかかり、カウンセリングも受けているらしい。抗ウツ薬と睡眠薬を毎日服用していた。
僕が母親に最初に尋ねたのは、お嬢さんが病気のように思えますかってことだった。僕がお嬢さんと話して得た感触では、少し精神的に早熟な色白でスリムで冷え性で、その上親に沢山愛されて理想的に育てられているという印象でしかなかったから。僕の質問に対して親は精神病のようには思えないけど、全然治らないし段々休む回数が増えるし、しんどそうなので薬を飲まないと治らないと思って飲ませていますと言う返事だった。何が病気だと思うと質問すると、夜2時頃まで寝付けない、朝まるで弱い、学校が面白くない、同級生が幼稚に見えると言うようなことを上げた。僕はお嬢さんは、原付バイクだと説明した。色白でスリムで冷え性、これが揃えば、エンジンが小さいに決まっている。原付バイクのエンジンでベンツを動かそうとしているようなものだ。動くはずがない。余程気力を振り絞って一時力なら出るが持続するはずがない。どうせ血圧も低いから朝まるで弱く夜は何時までも元気だ。頭がいいから同じ年のくだらない話にはついていけないし、学校なんて万人にとって面白くない。何処に異常があるのだろう。僕は全て正常だと思えると言った。僕の説明はお嬢さんにとっては納得が行くらしくいちいち頷いていた。お嬢さんに薬を飲んで何か改善したのと尋ねると、何も変わらないと言った。授業中ボーとして授業が分からないのは、恐らく薬のせいだ。どう見ても病気ではなく単なる彼女の特徴と思えたので、その事を強調すると、親子で薬を止めてみると言い始めた。ゆっくり止めるように指導したが結局はその日を境にぴたっと止めた。僕は心の問題だとは全く考えられなかったので、単なる元気になる漢方薬を作っただけだ。それも真面目に飲んだのは2ヶ月くらいだっただろうか。後は次第にずぼらになり音信が途絶えた。あれから1週間に1日だけ休むような経過を経て、1学期の快挙になったらしい。
僕が多くの彼女のような人に会って思うのは、単なる個性を、又身体の特徴を人と違うという理由で薬で治療しようとすることが正しいとは思えないってことだ。心の病気も細分化され、繊細な心の持ち主ならちょっとした偶然で病気にされてしまう。集団からはずれたら病気なのだ。それが精神科領域の薬で治療されるべきものなのか。僕はそんな常識についていけない。低血圧なら朝が弱いに決まっている。その代わり夜になると俄然強くなる。それは不便かもしれないが病気ではない。睡眠薬で眠らされれば朝が辛いのも当たり前だ。治療が新たなる不都合の原因になることだってある。もっと、想像力を働かせればごく普通のお嬢さんではないかと思わなかったのだろうか。病院に行ったから病人になるケースもある。限られた時間で多くの情報を得るのは難しいかもしれないが、単なる個性を病気にされてはかなわない。まして前途だらけの若い人はおや。
 親の心配をよそにお嬢さんは県外の大学に行きたいと言って努力しているらしい。僕は是非そうさせてと言った。親から離れることは全ての動物にとって自然なこと。人間も同じだ。自由になって法律に触れない程度の悪いことをいっぱいすればいい。社会が後は育ててくれる。


2009年08月12日(Wed)▲ページの先頭へ
地震予知
 数撃てばあたるのだろうが、そうとは言えないくらいあたっているような気がする。数日前妻は「もうすぐ大きな地震が起きるよ」と言った。いつものことだと僕は聞き流したが、翌々日朝のニュースで静岡の地震を知った。震度6以上だからこれは偶然にしても出来すぎだと思って、妻を起こすとさもありなんとばかりの確信に満ちた顔をしている。
妻が地震の予知を口にし始めたのは数年前からだと思う。30年来、薬の配達で飛び回っているから、毎日のように空を見ている。何時どの様な雲が、又どの様な結果が今の予知癖に結びついたのか知らないが、配達の途中で、独特のまか不思議な雲を見つけては予言しているみたいだ。
 僕は職業柄か、現実に目の前にあることしか興味がないので、その話を毎度毎度聞かされるのはしんどくてほとんど聞き流している。もう一度このくらい大きな地震を言い当てたらさすがに気象庁に推薦しようと思うが、今は気恥ずかしくて誰にも言えない。結果で喋っても誰も何の興味を示さないので、リスクをとって前もって話す勇気はない。動物の危険予知能力がどのくらい人間より優れているのか分からないが、少なくとも地震保険に入るくらいの予知能力しかない人間よりは無防備な彼らの方が優れているだろう。
 願わくば、その能力を何百年に一度の危険より、身近にある幸運に生かしてもらいたいものだ。この人は治っていただけるかどうか。どのくらいの日数で治るか。いやいや、この手の予知能力なら僕でも大丈夫だ。何となく薬を作る時に感じる。いや問診している時にすでに感じる。こちらの気持ちがすごく入っていったり、何か引っかかることがあったり様々だが感じてしまうのだ。例えば今日嬉しい報告を兼ねた注文をくれた女性は、電話で何回か話をしているが、その人の住んでいる街の名前を聞いたとき、卒業して岐阜を引き払うときに後輩達と車で立ち寄ったことを思い出した。僕が覚えているのは、岐阜県境からひたすら下り続けたこと。市内で小さな喫茶店に寄ったことだけだ。表にライブの情報が張り出されていたような記憶がある。たったそれだけが頭をよぎったのだが、僕は何故かその人に幸運がやってくると感じた。いや、やってこないといけない人だと感じたのだ。
 世間をあっと言わす能力が無くても、ああ、この人を治すことが出来ると確信できる能力、あっ、治るんだと感じてもらう能力を与えて欲しい。理不尽な苦しみから誰もが脱出しなければ、それこそ理不尽だ。


2009年08月11日(Tue)▲ページの先頭へ
配達
 ついに起こしてしまったかと思ったが、程度が軽微だったから不幸中の幸いだ。これに懲りて、もう遠慮は止めて配達を頼んでくれればいい。人を傷つけてしまえば遠慮も美徳とは言えなくなるから。
指を折って数えればその多さに驚くが、田舎では、一人暮らしの老人にとって車は足そのものなのだ。山の上の一軒家から、買い物に出ようものなら車がないと自由には出られない。歩くのもおぼつかないのに車を運転してやってくる人が多い。配達をしてあげるから遠慮しないでと言うのだが、そんな人に限って遠慮がちで、見るからに恐ろしい光景をひっさげてやってくる。寧ろ若い夫婦と同居したり社員がいる人達、あるいは何の不自由もない経済的に恵まれている人ほど、気楽に配達を頼んでくる。両親の代から配達を気軽にやる薬局だが、本来は来ることが出来ない人のためにやっていたもので、横着を保証するものではない。職業柄、体調が悪い人のために両親が頑張って自転車で配達していたもので、その心は受け継いでいるが、頼んでくる人の方が変容したような気がする。
驚いたのは、被害者に中る女性の対応だ。最後までその老人を決して責めなかった。近所の世話焼きが数人、手際よく処置してくれたこともあってか、動転からもすぐに回復しその後は終始落ち着いていた。牛窓に海水浴に来ていた岡山市の家族らしいが、お子さん達も戸惑っていたが、いやな顔をせずにおとなしく待っていた。母親は、帰るときにはおじいさんに「大丈夫ですか、お元気でいて下さい 」と声をかけて深々とお辞儀をして西の方に車を走らせた。世話焼き達は「これに懲りず、又牛窓に遊びに来てね」と声をかけて見送っていた。これ以上の教育があるだろうか。雰囲気次第では、老人の境遇を話そうと思っていたがそんな必要は全くなかった。好ましからざる出来事だったが、とてもさわやかな感動的な時間だった。


2009年08月10日(Mon)▲ページの先頭へ
再生
 毎日送られてくる医薬学の情報に目を通していたら、何年後かにはどんな病気でも克服できるような時代がやってきそうだ。何年後というのが問題で、出来れば全部、僕に間に合わせて欲しい。例えば今日のニュースなどすごい。早くしてってお願いしたいくらいだ。読売新聞で報じられていたらしいが、抜けた歯の跡に新しい歯を再生することに成功したと言うのだ。勿論マウスでの実験だが50日後には隣の歯と同じ大きさになり、なんと歯の中心部には血管や神経も出来て、刺激を与えると痛みも感じるらしい。まさに歯そのものだ。
舌を当てるとどうもかぶせものが取れているのかざらざらする。ここ数日の話だ。痛みがおかげでないから放っているが、いずれ浸蝕を繰り返し痛みを感じるようになるだろう。歯医者さんに行くたびに歯が小さくなり、なんとなく気が重くなる。決して復活しないと言う前提があるからなのだが、今日のニュースのように復活するとなると話は別だ。前を見ることが出来るのは希望なのだ。全ての面で前が少なくなってきたから、希望という感情とはすこぶる縁遠くなった。復活を最高の教義とするところに身を委ねている割には、復活を信じることが出来ずに、あの世を待たずに彷徨っている。若くしてパチンコ台の間を彷徨い、 牛窓に帰ってからは彷徨うところを求めて彷徨い、老いて何処を彷徨うのだろう。
 いずれ身体のどの部分も再生がきくようになるのだろう。パーツを入れ替えて何処まで生きるのだろうと思うが、想像しただけでもグロテスクだ。どの部分をとって人は人であれるのだろう。まあ、そんな心配は僕らの世代では必要ないか。でもせめて歯だけでも急いで。


2009年08月09日(Sun)▲ページの先頭へ
山鳩
 2回目のツバメの赤ちゃんが巣立ってほっとしたことをある方に話したら、その方の家では鳩の卵が孵るのを見まもっているらしい。ツバメなんかで悦に入ってはいけないのだ。上には上がいる。同じ牛窓町でもかなり環境に差がある。と言ってもその方は牛窓沖にある前島と言う島だから、のどかさは本土の比ではない。
目と鼻の先にあるその方の畑になすびを植えている。竹を組んで蔓を伸ばしているのだが、その竹と竹が交錯する辺りになんと山鳩が巣を作り卵を抱えているらしい。今度の鳩は巣づくりが下手と言うくらいだから初めてではないのだろう。昨日彼が畑仕事のついでに巣を見に行ったとき、遠くから何か黒い紐が見えた。近寄ってみるとそれは蛇だった。卵を狙ってまさに接近していたのだ。勿論彼は棒を持って撃退したらしいが、そんな騒動も知らずその後、鳩は卵を抱いていたと言っていた。
 蛇は卵の在処を知ってしまったから、又狙うんじゃないのと言ったら、そこまでは守ってあげることは出来ないと言っていた。カラスくらいなら網ででも防げるが、蛇はどうやって防ぐのだろう。一度目にすると情が移り、やはり無防備な存在は守りたくなるのだ。人間の本能的な善なる部分かもしれない。可哀相って感情が芽生えるのだ。まるで赤ちゃんに対するように。
 どうして野生の鳩が人間を信頼するのか分からないが、基本的には相性がいいのだろう。平和の使いなどと最高級の賛辞を送っているのだから。どんな根拠があるのかも分からないで。見た目で判断されたら蛇はかなわない。ほとんど地獄の使者だ。本当は殺戮が好きな鳩もいるだろうし、優しい目をした蛇も・・・・いや、これは絶対無い。やはり大の苦手だ。理性では越えられない。


2009年08月08日(Sat)▲ページの先頭へ
高齢犬
 獣医さん曰く、「超高齢犬ではなく、超超高齢犬ですよ」そうか認識を新たにしなければならないと思ったのか、娘と妻が各々クリにこれはと思う漢方薬を飲ませているらしい。そう言えば時々二人とも誰の薬かと思うようなタイミングで漢方薬を量っている。目と耳の機能はもう仕方がないが、せめて元気に散歩をし、美味しく餌を食べ、良いウンチが出ればいいと思っているみたいだ。時々ぐらっとよろめくようなことがあるので、消化器系を強くして筋肉をしっかりさせるようなものを飲ませている。ヤマト薬局では多くの人に飲んでもらっている処方で、自然と強くなっていく。15歳の犬がどれくらいこれから体力を保ってくれるのか分からないが、見かけがとても綺麗に見えるから衰えを受け止めることが躊躇される飼い主側の不安も取り去ってくれたらいいと思っている。それと最善を尽くせば、喪失時の後悔をかなり少なくすることが出来る。人間の場合も同じだが、えてして人間以上に感情移入されているペットも多く、人間並みの介護をすることへの拘りはない。
数ヶ月見ぬ間に別人だった。色々なマイナーの科の処方箋を持ってきていたが大きな病気が隠れていたのだ。アレルギーがひどく、ちょっとしたトラブルは全部漢方薬で治していた。入院治療の負荷に身体が耐えられず(間質性肺炎)家族を集められたらしいが奇跡的に命を頂いたらしい。中心中の中心の治療はもうそれで出来なくなった。周辺部の治療だけしている。処方箋で周辺部の薬を作って渡したが、寂しさを感じ得なかった。今こそ手伝えることがあるのだが、それを勧めることは医薬分業という暗黙の紳士協定みたいなものを破ることになる。我が家のクリだって、あんなに手厚く世話をしてもらっているのに、ちょっと奥さんが僕に声をかけてくれたらと思いながら薬を渡した。今のままではただ衰えていく命を指をくわえてみているのと同じだ。現代医学は、病気を叩く力は偉大だが体力を補う力はほとんど無い。口内炎を一杯だして食事がとりにくいご主人に対して、もっと食べて体力を付けなければと素朴なことしか言えない奥さんにほんの少しの気付きを期待してあるサンプルを渡した。これが出来ることのぎりぎりだ。
と言う僕も、今朝から風邪か極度の倦怠感と戦いながら仕事をしているが、クリほどの同情はひけないみたいだ。私は犬になりたい。


2009年08月07日(Fri)▲ページの先頭へ
入道雲
 医者と違って薬局は命に関係しない病気を扱う。生きるか死ぬかの緊張感がないから、場合によってはとても明るい空間にもなる。冗談が行き交い、笑いが溢れても誰もとがめはしない。逆もあり得る。これから先、仕事のモチベーションを保つのは何だろうとずっと考えていた。着実に体力が衰えてきているから、闇雲に忙しく振る舞うことでごまかせれる時期は過ぎた。動きが少なくなるにしたがって頭だけで答えを求めようとするから、余程のことがないとモチベーションを保てれないのだ。
 そんな僕に最近ある偶然がいくつも重なって答えらしきものを与えてくれるような予感がしている。この半月の間に、4人の人が職に就いた。今日も決まったという人から電話を頂いた。ある人は初めて、ある人は復帰、ある人は全く新しい挑戦とそれぞれだが、重く沈殿していた日常を打破すべく立ち上がってくれた。それぞれが持っている能力を社会で生きていくことに使ってくれるのだ。自分の不調とだけ向き合っていた生活から、他者と、それも全く関係のない人も含めた不特定多数の人と接しながら生きていこうとしてくれるのだ。僕もどんな生き方が理想なのか知らない。どう生きれば幸せなのか分からない。でも圧倒的に善人が多くを占める社会の中で孤立を決め込むことはない。扉を自分の力で押し開ける人もいるし、開いて待ってくれることもあるが、そこを通り抜けるのは個人の決断。その決断に至る過程で、少しだけ僕が、僕の漢方薬が関与できる喜びこそがこれからの僕の職業的モチベーションを高めてくれる唯一のものではないかと気がついたのだ。30年の人との関わりで得た泥臭い価値観も手にした。漢方の知識も少しは増えた。それらを唯一活かせるのが、医者みたいに命を救うのではなく「生活を救う」という使命ではないかと思ったのだ。
 年齢と共に、自分が手にしたいものなどほとんど無くなった。物質的な欲求のために働く意味はなくなった。手に入れたいものはない。ただただ、人が怖くて社会が息苦しくて海底を這って泳いでいる人がいるなら、水面に顔を出しメガネをかけたアザラシのように遠くの島で逆立ちする入道雲を見つけて欲しいだけだ。


2009年08月06日(Thu)▲ページの先頭へ
種明かし
 新聞のエリアニュースだが、ブドウの品評会で入選したとそのご主人の名前が載っていた。彼は毎年この時期になると、近所のスーパーにブドウを沢山卸しに来る。そのついでに寄って僕にもおすそ分けをくれる。彼は20年来、熱心に服用はしないが、思い出したように漢方薬を飲む。それで本人曰く効いているのだから、それはそれでいい。だが、ずぼらに見える彼もことブドウづくりにおいては繊細を極めているのかもしれない。
お礼を言った後「ご主人も有名人になったね」と言ったものだから一度に舌が滑らかになった。そしてとっておきの話を教えてくれた。入選のマニュアル本みたいなものだ。職業が全く違うからつい口を滑らせて教えてくれたのだろうが、まあそれであの美味しいブドウの味にけちが付くわけでもない。本当に美味しくて、つい今し方、喉の渇きがとれるくらい沢山頂いた。
 さてその特ダネだが、入選を狙うなら、それようの木を選別して、一点集中的に世話をするのだそうだ。入選できない人は、一杯実ったものの中から良さそうなものを出展するのだが、彼の場合は違う。あらかじめ良い木を選んでおくのだそうだ。あとは手入れを丁寧にするだけらしい。なるほどこれは理にかなっている。国を代表したり、会社を代表したり、チームを代表したりするときに、あらかじめエリートを作っておくと見栄えがする。 この種明かしを聞いていなければ、より美味しく食べていたかもしれないと思うとちょっと残念だったが、日焼けした顔でまんざらでもない顔をして照れるご主人を見ると、そんな演出は望めない。種なしブドウで面白い種明かしをしてくれたのだからそれだけでご馳走だ。でもご主人、ブドウも甘いが脇も甘い。


2009年08月05日(Wed)▲ページの先頭へ
不安感
 決して僕の薬局を好いてくれているのではないと思うのだが、相対的に利用しやすいのかもしれない。極端に話下手だけれど見るからに善人。調剤するときも何故か薬局から出て待つ。中にいて待つこともあるが何故かそわそわして落ち着きがない。もう何年も毎月岡山の大きな病院の処方箋を持ってくる。
 昨日は、珍しい内容の処方箋を持ってきた。酒で日常を癒すタイプだから、胃は良くなくていつも潰瘍の薬を飲んでいるのだが、昨日は胃腸の機能を整える薬の名前が書かれた処方箋を持ってきた。こんな簡単なものでいいのかと疑問に思ったので尋ねてみたら、今日2回病院を訪ねたらしい。朝早くと夕方。胸の辺りが締め付けられて息苦しくなったらしい。病院で診てもらっているうちに治り、夕方家で又同じ症状になったらしい。医者がくれたのは吐き気などがするときに飲む薬だった。彼にムカムカするのと尋ねると吐き気はしないけれど胸の辺りが締め付けられてぎゅーっとなったと言う。締め付けられてと言う単語はひょっとしたら僕が誘導して出た言葉かもしれない。全くの口べたが果たしてお医者さんにどの様に訴えたのだろうかと不安だが、処方箋に書かれている薬から判断して彼の症状は伝わっていないのではないかと思った。潰瘍の薬をずっと飲んで胃腸はまずまずの調子だ。胃があの薬を飲んでいるのに悪化するとは考えられない。僕はストレスだと推測した。壮年を終わろうとしている独身男性の心細さ故の症状のように感じたのだ。現代医学的に言えば不安神経症のように感じたのだ。ぎゅーとしたとか、胸の辺りとか、症状を的確に伝えることは彼だけでなく誰にとっても難しい。ゆっくりと、考えながら話す彼を忙しい医者が待ってくれるだろうか。ああ、こんな時にはあの漢方薬を飲んでもらうと治るのにと、心の中で処方を捜しながらも決してしてはならない越権行為に歯止めを掛けた。
 いつものことなのだが、同じ小さな町に住む者同志として歯がゆい。1級上の人で中学校時代の丸坊主姿も覚えているのに。真面目にコツコツ働いてきた人が、何を持って人生を評価するのだろう。そこはかと無く湧いてくる不安感だとしたらあまりにも哀しい。


2009年08月04日(Tue)▲ページの先頭へ
熟睡
 中国、広州市にある広東省中医院が2人の新型インフルエンザ感染者に対して西洋薬をいっさい使わず漢方薬だけで治療した結果、発熱、咳、喉の痛みなどが3日間で著しく改善したと、新華社通信などが報じた。それを又日本の新聞社が報じていた。
使われた薬が小柴胡湯で他に薬草で足湯をしたらしい。小柴胡湯というのはどちらかというと弱い解熱剤だから、日本のお医者さんが発表していた麻黄湯のほうがより効きそうだが、どちらにせよ、タミフルみたいな高額な治療を施さなくても治るってことだ。ハイリスク患者さん以外は恐れるに足りないだろう。ただし、感染したら諦めて寝るってことが全てに優先されての話だが。
 新型インフルエンザの狂想曲の時に感じたのだが、感染者が必ず病院や発熱外来に行くとは限らない。中には、病気より風評を恐れて、中には経済的な理由により、中には根っからの病院嫌いにより薬局で治療しようとする人が少なからずいる。ドラッグにはさすがに行かないかもしれないが、僕のような昔からの薬局スタイルの所にはそうした人が来る可能性がある。実際、あの騒動の時にもどう見ても、風邪かインフルエンザとしか思えないような人が結構来た。発熱外来の話をすると全員が不愉快そうな顔をした。勿論、治すのはそんなに難しくないから3日分の薬を全員に出したが、知らん顔で治して知らん顔で働いていた。期待通りの行動はなかなかしないものだ。
 庭を片づけていた際、何かの箱を動かしたとき蜂の巣があったらしく、手と背中何カ所か刺されたと言って男の人が入ってきた。刺されたところは充分腫れていてみるからに痛そうだったが、本人はそうでもない。何か付ける薬を頂戴と落ち着いたものだ。何時刺されたのと聞くと30分前と言うから安心して、ヤマト薬局特製の塗り薬を出した。この30分が大切なのだ。それくらい経っていれば、アレルギー反応を起こしてショック死することもない。命に関わらないなら薬局で充分手当てできる。この問診は必ずするが、中には勇猛な方がいて、何でも自分で治そうとする。田舎だから何でも自力で治してきた血を受け継いでいる人が多いのか、自立した人も多い。それもそうだろう、毎年夏には10匹以上のムカデが天井から落ちて来るという布団で熟睡している人もいるのだから。新型だろうが旧型だろうがインフルエンザごときの面々だ。







2009年08月03日(Mon)▲ページの先頭へ
平穏
 夢を良くみますという男性は、堅物には見えないが恐らく真面目に教職を全うしたのだと思う。締まった体をしているから今でも挑戦すればかなりのスポーツもこなせるのではないかと思えるほどだ。年齢よりは若く見えるが、その健康すぎた経歴が病気の発見を遅らせた。
資格の期限が切れている夢をよく見ると言っていた。どことなく強迫観念を持って眠りについているのだ。寝てもなお頭は活動しているのだ。根っからの几帳面が災いしているのか、熱血教師ぶりが災いしたのか、病気のことが頭を離れないのか、心地よい夢は見ない。そんな話をしていると、同じ悪夢に繰り返し悩まされる僕と思わず話が盛り上がり、珍しくコーヒーを飲んで帰った。
別に特別な能力もなかったから後悔することもないのだが、自分で許せないのかあの頃のことばかり夢を見る。夢を捨てて、いや捨てざるを得なくなったくらい無気力に過ごしたあの頃を最後に人生の夢は見なくなった。思えば40年夢を見ずに生きてきたことになる。夢など無くてもそれなりに、おもしろおかしくは生きていけるのだ。夢がないから取り立てて努力もしなかった。だから日常はしんどくもない。平坦な道を歩くことくらいは出来る。坂道は二十歳前に上り詰めた。後はゆっくりと惰性で歩けるくらいのなだらかな下り坂。平坦を幾度も繰り返しながら下っていく。
 人生の夢を見なくなってから、毎夜夢を見るようになった。遠くの大きな目標を捨ててから、何かに追われるようになった。眠っても追われていた。追うものをなくしてから追われるようになった。安らかな夜が、人生の急勾配を懸命に登っているときに与えられ、なだらかに足取り軽く下る時に与えられないのは皮肉なものだ。努力して、頑張っているときの方が心が平穏だなんて。
引退が平穏を約束するものでもない。平穏こそが平穏を破壊する最たるもののように暮らしてきたから、平穏を求めて平穏に暮らすのは抵抗がある。今更夢は抱けないが、悪夢に抱かれる夜は終わらない。コーヒーの香りを挟んで悪夢同志が連帯する。あの悪夢に幸あれと心の中でエールを送る。


2009年08月02日(Sun)▲ページの先頭へ
うらじゃ踊り
 漢方の勉強会に行くときも、帰るときも、多くの衣装を凝らした集団とすれ違った。幼い子から若者まで、それぞれグループが奇抜な服装で炎天下を歩いていた。ニュースで昨日今日と岡山の街が祭りだと知っていたから、渋滞を恐れて裏道を車で走ったのだが、会場の大通りに並行して走る裏通りも多くの人が行き交っていた。
 昨夜の花火大会に続いて今日はうらじゃ踊りとメイク(温羅化粧)を競うらしい。だからそろいの衣装を着た集団が移動していたのだ。恐らく僕が研究会に行く頃、踊りが始まり、研究会が終わる頃踊りも終わったのだろう。大通りをおおっぴらに占拠して踊りまくるのはさぞかし気持ちがいいだろう。独創的な衣装、独創的な踊り、制限がないのがいい。若者達が多く参加して、彼らに支持されているのが分かる。運営の全てをボランティアがしきるのもいいのかもしれない。もう15年くらいになるらしいが、僕は正式に見たことはない。ただ裏通りを移動する光景は何回も見ているから、恐らく毎年研究会と祭りの日が重なっているのだろう。
 祭りのメインテーマの“温羅(うら)”は、日本の昔話「桃太郎」に登場する“鬼”だそうだ。ひょっとしたら桃太郎は岡山県で一番有名な人かもしれない。竹久夢二や柴田練三郎など1級の有名人もいるのだけれど、桃太郎には勝てない。温暖な地で、何故勇ましい話が生まれたのか知らないが、どちらかというと現代では温羅のほうへ脚光が浴びているのがいい。総社市には備中温羅太鼓と言って、それはそれは素晴らしい和太鼓集団がある。舞台の上では半端なプロの芸術家よりははるかに完成された演奏を聴かせてくれる。それこそ温羅の衣装で太鼓を力強く乱打する姿は圧巻だ。
うち負かされる側の代表みたいな存在に、思いを致すのは大切だ。時代は桃太郎を要求していない。錯覚している輩は国内にも外国にもいたが、その多くは退場した。所詮些細な善意しか示すことが出来ない僕ら凡人は、日曜日の昼下がり、少ない知識を埋めるためにコツコツと勉強するしかない。ところで勉強会場は「何処の裏じゃ」


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
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