栄町ヤマト薬局 - 2009/04

漢方薬局の日常の出来事




2009年04月30日(Thu)▲ページの先頭へ
敗者復活
 現実を知って愕然とすることはこの所とみに増えてきたが、今日の出来事はその中でもダントツにショックだった。何気なく見つけた鉄棒にぶら下がり、懸垂を試みたのだが1回も出来なかった。何年来、鉄棒にぶら下がるようなことはなかったから、いつから出来なくなっていたのか分からないが、ほとんど腕が曲がる気配もないくらい無力だった。ただ、バレーボールを3年前に辞めた頃なら恐らく出来ていたのではないかと思う。20歳代の青年とコートの上では同じようなことが出来ていたから。バレーに腕力は余り必要ないのかも知れないが、それでもアタックの振り下ろしはスピードがものを言うから、筋力も必要だろうし、その動作の繰り返しで筋力も付いていただろう。
 転げるように坂道を落ちだしたら、明日さえ分からない。明日の自分が想像できないのだ。何処が衰え何の機能を失うのだろうと不安になる。日々成長し、毎日出来ることが増えていった頃とは雲泥の差だ。その喜びを自覚することなく、ただ自然に与えられるものと感謝もせず、空や海が今日も明日もあるように、健康がずっと保証されるかのように思いこんでいたあの頃がまぶしい。罪深いほど生命力を信頼していた。
 腕力だけが選ばれて落ちることはない。恐らく体中の筋肉が落ちているのだろう。身体の動きを支配するもの、熱量を作り出すものとしてとても大切なものだ。指をくわえてみている手はないと一念発起して掲げた目標が、今年中に懸垂が1回出来るようになること。寂しいけれどこれが現実なのだ。朝の空気が美味しかった中学校の校庭で、一度は心が折れたが、敗者復活戦もありだろうとかすかな希望を抱いた。


2009年04月29日(Wed)▲ページの先頭へ
置いてきぼり
 税理士さんが、いくらエコカーを購入するときに補助があっても、元が高いので中古車を数年ごとに乗り潰す方がいいと教えてくれた。国は景気浮揚のためにお金を使うことばかり奨励するが、元手がない人がその気になって使いすぎるととんでもないしっぺ返しを受ける。そもそも、お金を使えと説くのは教育上、道徳上問題があるだろう。質素倹約は幼いときからたたみ込まれた道徳で、それを破棄するのはなかなか困難だ。その教えで危うきに近寄らなくてすんだのだし、他人を欲望のために利用することもなかったのだから。
どこからお金がそんなに出てくるのか知らないが、ありとあらゆるばらまきが行われている。高速道路も利用しないし、車も買わないし、株もやらないし、家も建てないから、恩恵は全く受けない。それでも消費税の大幅アップで数年後はきっと沢山の税金を払うことになる。要は、僕が払う消費税で誰かが高速道路を利用して後楽に行き、誰かがハイブリットカーに買い換え、下がった株を保証してもらい、新築する。僕もここまで貢献できれば本望だが、豊かな人達だけに貢献するのなら空しくなる。
 経済、職業、健康、色々な分野で置いてきぼりの人達が増えている。その光景に敏感に反応して多くの善意を寄せる素晴らしい人達も増えているように見えるが、偉い人達の興味が向かないのが寂しい。何もかも所有している恵まれた人達には、所有できない人達のことを想像するのは難しいのだろう。ちょっと耳を澄ませば、持てる人達はとんでもない規模の善行が出来るのに。所詮ない者のひがみか。


2009年04月28日(Tue)▲ページの先頭へ
集音機
 ある女性からメールをもらった。以下のような内容だ。彼女に返した僕のメールがその下のもの。同じような悩みを持っている人に読んでもらいたい。

「今、落ち込んでます。一週間前にショッピングモールに行ったんですけど、そこで若い男の子にすれ違いざま『ウンコクセ〜』と言われてしまいました」

 都会の中には大変な言葉が行き交っているのですね。その若い子がすれ違いざまにその様な言葉を発することが出来る状況を考えてみましょう。貴女とすれ違い瞬時に臭ったとすると、その子は何も考えることなく反射的に言ったことになります。人が一杯の中で、回りにどんな人間がいるか分からないところでそんな攻撃的な言葉を発する勇気がある人がいるでしょうか。もし相手が悪かったら、かなりの反撃を食らうことを覚悟しなければなりません。いわば命がけの言葉です。逆に決闘でもするように、0コンマ何秒の早撃ちをしようとすればかなり前もって意識して用意しておかなければ出来ません。貴女とすれ違うときではなく、貴女が近づいたときに感じて、構えていればなんとかすれ違いざまに言うことは出来るかも知れませんが、それだったら貴女とすれ違った人達全員が同じ感覚に陥るはずです。貴女はその日何百人、いやそれ以上の人達とすれ違いました。ところがそんな言葉を投げつけられたのはたった一度です。いや、投げつけられたと言うよりも、何のために言った言葉かも定かではありません。誰に向かって言ったのかも確かめる術はありません。ただ、コンプレックスがあったら全ての言葉、態度を引き受けてしまうのです。それは臭いだけに限ったことではありません。みんな同じです。自分が一番聞きたくない言葉を集音機のように集めてしまうのです。青年の単なる一人言か単なる強がりに惑わされてはいけません。そんなものに人生を乱されないようにしましょう。そもそも僕は貴女の倍以上の年月を生きてきて、貴女の何倍も人と接してきました。そんな中で「ウンチクサイ」人になんか会ったことがありません。貴女もそうでしょう。言われたことは何度となくあったみたいですが、貴女と同じような人に会ったことはないでしょう。僕は貴女と同じ悩みの人を沢山知って、沢山治っていただきました。誰も「ウンチクサイ」人はいませんでした。貴女の思い込みよりも、目の前にすごい美人が現れたからひがんでいった言葉のように聞こえる僕の推論の方がまだあたっているかもしれませんよ。どうです、ウンチクに富んだ話ではないですか。
ヤマト薬局


2009年04月27日(Mon)▲ページの先頭へ
恩恵
軽トラックの後ろに一杯工具を積んでいるから職人さんだろうか。がっちりしているが恐らくもう70才は越えているだろう。目が疲れて目薬が欲しいと言うから色々と質問してみた。眼鏡をかけていないからよく見えるのだろう。かすむようなこともないと言っていた。話の中から白内障の手術を両目、時間をおいてしたことがわかった。手術の前には信号の色も見えずに何時発進して良いか分からなかったそうだ。それが今ではハッキリと見え不自由はないと言っていた。思わず僕は良い時代に生まれたねと言った。医術が発達していない時代なら、白内障の手術が行われていなかった時代なら、その時点で彼は隠居していただろう。
 医学の恩恵は計り知れないと思う。皆保険で当たり前のように享受しているが、その陰で看護師さん達が過労死寸前で働いているという。過労死寸前の看護師さんの推計が出ていたが、何かの間違いではないかと思われるような数字だった。全国で2万人の看護師さんが長時間労働でその線上にいるらしい。実際僕も薬局で看護師さんのお世話をする機会が多いが、なるほどよく働いている。不規則な時間、それも長時間の束縛で、心身ともに疲れている人が多い。志が高い職業だがそれだけでは持たない日常が横たわっている。医師と患者の間に位置して、いやいや、家族とも接する機会が多く、気を使い、気を配り懸命に働いている。若さだけで解決できるものではないから、ベテランで歳を重ねた世代でも過酷な勤務をこなしている。
 世の中に不必要な職業があるとは思えないが、命を守る職業の人が命を落としそうに働いているのは、どう見ても不自然だ。人間の尊厳に関わる分野に多くの才能が呼び寄せられ、努力に報いる、そんな当たり前のことに偉い人達の気持ちが少しでも向けられることを望む。実は、巨額な一つの無駄で全て解決できる程度の問題なのに。


2009年04月26日(Sun)▲ページの先頭へ
蛇口
 アフリカの砂漠地帯から東京に来たある部族長が一番驚いたのは、蛇口をひねれば水がふんだんに出てきたこと。彼らにとって水は、遠くはなれた井戸に通い詰めなければ手に入らない貴重なものだ。帰国するときに彼は一杯蛇口を買い、お土産に持って帰った。帰ってから住人を集め得意満面でみんなの前で蛇口をひねった。水が溢れ出るはずだったのだが、勿論水は出てこなかった。
笑い話のような本当の話を神父様が今日してくれた。説教の意図はアフリカの人達を笑うためでは勿論ない。僕らが、あまりにも過程を無視して、実りの所だけ取ろうとしているのではないかと諭すためだ。信仰の面から言うと、良い道、険しい道を歩むことなく、何かを叶えてくださいとお願いするだけの信仰になっていないかというのだ。実生活の面でも当てはまる。勉強をしないで有名校に合格させてと祈ったり、努力もしないのにお金持ちにならせてとお願いしたり。単なるお願い宗教になっているのではないかと言われるのだ。
 恥ずかしながら100%あたっている。僕の方を向いて言っていたのではないからまだ耐えられるが、まさに図星だ。思わず苦笑したのは僕だけではないのではないか。何時になったらこの性癖が治るのか分からないが、なかなか楽な方に舵を切る癖は直らない。宝くじ売り場の前で、折角清められた心を当日のうちに汚したくないので、目の前におかれた餌をじっと我慢する犬のように待てのポーズでよだれを垂らしていた。


2009年04月25日(Sat)▲ページの先頭へ
凄惨
 恐らく青春時代に一番多く口にしたのは「なにかいいことない?」と言う言葉だったのではないか。ほとんど挨拶言葉になっていたように思う。おはようもこんにちわもなかった。先輩や友人に会って、型通りの挨拶をした記憶がない。もっぱら、時間帯も先輩後輩も考えずその言葉を繁用していたような気がする。もっとも、相手もほとんどがその言葉で返していたのだとも思う。
 そのくらいあの頃は何もなくて日々悶々と暮らしていた。目の前には膨大なおよそ消化しきれないような時間がただ横たわっていただけだった。それをどの様に渡って歩まなければならないのか考えただけでも、心は鬱々としていた。鬱々は青年期の専売特許だ。希望は恐らく一つもなかった。まともな先が見える何かが心の中で浮かんでも、夢は布団から起きあがる前にはじき飛ばされ、アパートの狭い壁で砕けて散った。
 鬱々は青年の特権だ。はじけるような希望に満ちた顔もよく似合うが、出口の見えない苦悩のトンネルを肩を落として歩いている姿もよく似合う。それを医療で治そうとすると鬱々が鬱になってしまう。鬱々は創造力をうちに秘めるが、鬱は生産できない。医療の対象になれば病気、青年期の特徴と思えば個性。良くは分からないが、恐らく今まで世に出ている多くの作品が鬱々とした青年の日常から紡ぎ出されたものではないだろうか。
 青年期の鬱々には及ばないが、未だそれをある程度引きずっているのにどうも僕のそれは生産には結びつかない。ここまで来るともう凄惨の域に達して手遅れなのかも知れない。


2009年04月24日(Fri)▲ページの先頭へ
ほどほど
 冷静に振り返ってみれば何でもないことが、その時は大変なことのように思えることがしばしばだ。現役で青年時代を送っている人にとってはまさに毎日がそうかもしれない。自分の姿が鏡に映るたび、ショーウインドウに映るたびに陶酔に浸り、その陶酔を維持するために高きに設定した仮の自分の姿を追い求めなければならない。元々無理があるのだからその行為はとてもしんどくて、途中で息切れがする。そうすると仮初めの自分が現実を通り越して、遙か谷底に一気に落ちてしまう。途中で引っかかり現実に目覚めるのなら救いがあるが、往々にして一気に奈落の底だ。奈落の底は自虐の世界だ。見上げても太陽の光りは注いでこない。本当は届くはずなのに、自分で開いた真っ黒の傘で遮っている。家族や友情の花は咲かず、菌糸体からわずかばかりの生命力が伸びるだけ。崖をはい上がる力は湧いては来ない。大空を飛ぶ鳥は羨望ではなく憎悪の滑空。僕はこれを青春の落とし穴と呼んでいる。
 40年くらい前、その落とし穴に落ちた男が、今落ちている青年達にエールを送るとしたら、受け入れることだ。自分の力量を受け入れることだ。華々しい人生なんてそんなに誰にでも訪れるものではなく、そんなに大した価値もないってことを。ほどほどの人生しか99%の人には待ち受けていないし、そのほどほどが結構生きやすいのだ。苦しんだ分どこかで報われるし、調子に乗った分どこかでしっぺ返しを食う。良くしたものだ。所詮その程度だからいちいち大げさに考えないことだ。学校に行かず、仕事に行かず、それで幸せになった人もいるし、頑張って頑張って不幸になった人もいる。出来れば少しの幸せ、少しの不幸でほどほどに生きて欲しい。振り返ってみれば何もかもが大したことではないのだ。何も持っては逝けないのだから身も心も身軽で良い。ボストンバッグ一杯の人生は重すぎる。ズボンのポケットにはいるくらいの人生で丁度良い。


2009年04月23日(Thu)▲ページの先頭へ
黙々
 黙々という言葉は僕には一番不釣り合いだ。およそその様な言葉が似合うようなことを未だかつてしたことがない。飽き性、根気がない、目移り、軽率な言葉の羅列がそのまま僕には当てはまる。結果を簡単に要求してしまうところも又欠点だ。過程を、特に努力を要するものはほとんど避けるかごまかしてきた。若さとか運とか偶然などと言うようなもので助けられた時だけ結果は手に入ったが、その様なものの援軍がないときにはさすがになにも手にすることは出来なかった。当然と言えば当然だが、それを運の悪さのせいにしたり、人のせいにしたり、社会のせいにしたりして納得していた。最近はもっと都合の良い言葉を見つけて、それを乱用している。継続した努力を怠るにはとても良い免罪符だ。歳のせいは、恐らく最強の免罪符だろう。本人は勿論相手までがそれで納得してくれる。いつから歳なのかよく分からないが、恐らくそれが口に出るようになったときが歳なのだろう。だから人によって実際に歳になる年は違うのだ。ずっと歳にならない人もいるし、早々と歳になる人もいる。
 黙々は似合わなかったが、モクモクは似合っていた。喫茶店の隅や、パチンコ台の前、狭いアパートの部屋でうさんくさい仲間と深夜、紫煙の中で幼稚な青春を送っていた。幼稚な青春は幼稚な大人、幼稚な壮年を経て最終章へ足を踏み入れようとしているが、最終章もどうやら幼稚で過ごしてしまいそうだ。黙々がもっとも似合いそうな年齢に黙々と苦手意識だけは持ち続けているのだから。


2009年04月22日(Wed)▲ページの先頭へ
水彩画
 本来ならこの時間帯は仕事中のはずなので、どうしたのかなと思っていたらこの春で定年になったらしい。だから昼前に薬を取りに来れたのだ。ただ、ついこの前まで働いていた職場の制服姿で来るから、こちらには分からない。彼は何時の頃からか薬局にしばしば薬を取りに来るようになって、そう言った意味では常連さんだ。頭痛持ちで潰瘍持ちで、たまに風邪をひくくらいだった。あるトラブルが治らないからおかしいと思って病院に行ったら癌だった。放射線治療を受け、17kg痩せたが、現在10kgもちなおした。これで歩けるようになったし車も運転できるから、やっとパチンコにいけるようになったと喜んでいた。仕事をしていた頃はさすがに終業後しか行っていなかったが、今はどの時間帯でも行けて、空いている時間帯に打てるから良いよと言っていた。僕らから上の世代は娯楽と言えばパチンコの人が多くて、彼も又それが全てのような人だ。未だ経過観察中だが、パチンコに行けるようになれば彼にとっては回復なのだ。養生のために家にいても仕方がない。命がけとは言わないが、少しの不快な後遺症くらいは薬よりパチンコの方が効く。嫁さんと別れ、自由に暮らしている人の気楽さは傍から見ていると強さにも見えてくる。失うものがない人は強い。そんなに大したものも持っていないのに、人並みな夢を持ち、人並みに手に入れている人は失うことを恐れて臆病だ。人並み程度で臆病になるのだから、人もうらやむようなものを持っている人にとっては、死は恐怖で仕方ないのではないか。全てを失ってしまうのだから。
 ひょうひょうと生きて、真面目な会話もせず、斜に構え、おんぼろの軽自動車にのってパチンコ屋に行く前に薬局に寄るなんて、ほとんど水彩画の世界の生き方で、ギラギラとした熱情で燃えるような色彩の生き方より遙かに小気味よい。


2009年04月21日(Tue)▲ページの先頭へ
新陳代謝
 丁度僕が応対中に電話で相談の依頼があった。電話を受けた妻は娘に替わった。僕はコーヒーを飲んだりしながら常連の人の話を聞いて漢方薬を作ったりしていた。結構長い時間、電話で話しているなと感じていたが、常連の方が帰ってもまだ話していた。細切れに聞こえてくる感じでは、立っていると意識を失い、救急車で運ばれるようなことがあったのだが、原因が分からなく病院でも治療をしてくれない?と言うような内容だった。僕の用事が済んだことは娘は分かったはずだが、電話を最後まで僕に代わらなかった。ハイとか、なるほどとか、それは素晴らしいではないですかなどと、およそ聞き役に徹しながら、容態を探っていたのだと思う。1時間くらい経過して電話を切ってから、症状をまとめ処方を決めていたが、およそ僕の考えと一致していた。
日常の風邪や皮膚病はもう自分で対処出来るが、このような難しい相談を自分一人で完結したのは初めてだ。帰ってきて2年近くを要した。僕が書きためている処方集を見ればどんな病気にどんな漢方薬を使うかは簡単に分かる。ただし、どんな病気かを患者さんの話や様子から掴めるかが問題なのだ。問診のテクニックとそこから推理する能力が大切なのだ。それは唯一経験によって解決するものなのだろうが、経験を積む期間を患者さんが猶予してくれるわけではない。今日の痛みは今日取れなければならないのだから。帰ってから2年間、調剤をしながら僕の応対を傍で見ていて、身につけたものもあるのだろう。妻が「お父さんの話し方に似ていた」と評したが、それは単なるスタート時点でしかない。僕を乗り越え、僕がお手伝いできなかったような症状の方もお役に立てれるようになって欲しい。僕のコピーでは意味がないのだ。僕が漢方の道に入ったよりも10年も早く漢方の勉強を始めたこと、毎月4回修行に出ていること、兄の現代医学の知識などとの連携等、有利な条件を生かして人の役に立って欲しいと思う。
 僕と入れ替わりになるような形で20年前研究会を辞めた先輩薬剤師が、この春薬局を閉じた。僕と共通の仲間が2人いて、不幸にもその2人ともが若くしてこの数年の間に亡くなった。薬局経営の面においても良く知恵を借りていたらしい。良き相談者を亡くし患者さんも減っていたのかも知れない。ごく普通の経済力の人が、漢方薬でしか改善しない症状を治してもらえるごく普通の昔ながらの薬局が又一つ消えた。
足を踏みいれた者がいて、退場した者がいて新陳代謝は終わることなく繰り返される。


2009年04月20日(Mon)▲ページの先頭へ
土砂降り
 口を開くたびに笑顔が広がる人がいる。笑いではなく笑顔なのだ。その笑顔の由来は何なのだろうと尋ねたくなるが、ぐっと我慢している。どうしてそんなに笑顔なのと聞いたりしたら、馬鹿にしているようにとられかねないから。笑顔と笑いは似て非なるものだと思うのだが、混同されてしまう懸念があるから迂闊には聞けない。ただ、笑顔がこぼれるような人は、その様な誤解もしないだろうなと別の判断も働く。
 そのお嬢さんの母親も良く知っている。小学校の校長先生で牛窓に赴任していたが、特別笑顔がこぼれるような印象はもっていない。学校保健委員会と言う奴で、年に1回、役職上顔を合わせるだけだったので、そのお母さんを通してだけで推察することは出来ないが、とても遺伝子のなせる技とは思えない。育つうちに後天的に得た素養なのだろうか。教師はとても過酷な職業だから、余裕を持って育てれるとは思えないし、いやいや、おばあちゃんでもいて溢れんばかりの愛情を持って育てたのだろうかと、推理を働かせるのは、それと対極にしか位置できなかった僕自身の後悔からか、はたまた羨望からか。
薬局に来るくらいだから悩みを抱えている。それを僕に解決できるかどうか分からないが、出来なかったときもきっとあの笑顔で諦めてくれるのだろう。曇り顔が似合わない人に、傘をさしかけられる。今日も土砂降り。


2009年04月19日(Sun)▲ページの先頭へ
勝因
 この時期は新たな環境に入っていく機会が多い。そうしたとき往々にストレスが身体に反応を起こす。過敏性腸症候群などはその典型だろう。相談が一度に増える。
高校に入学が決まり、式が迫ってくる頃から下痢をするようになった。自分も過敏性腸症候群のお母さんはすぐに気がついた。でも僕はお母さんと相談をし、決してその病名を口に出さないこと、いやいや、病気という認識を絶対させないことを約束した。心配なのは分かるが、お母さんには演技をしてもらうのだ。おおらかに振るまい軽く聞き流し、漢方薬を何気なく渡す。あたかも風邪を治すような感覚だ。それ以上でもそれ以下でもない、ごくありふれたトラブルとして対処する。休み中、制服などを買いに行くために登校したときに、てっきり腹痛と下痢を起こしたので、入学式の日から漢方薬を飲ませた。下痢も腹痛もなく何とか過ごせたらしい。お嬢さんに軽く尋ねてみて母親も安心していた。その時にひつこく確かめないのがこつだ。結局3日分の漢方薬で治ってしまった。クラスに友達が出来て、登校が苦でなくなった。これで完治。
 勝因は、ストレスで下痢をするなどと言うことを教えなかったこと。冷えでも生理でも食べ過ぎでも良いから原因を勝手に作っておけばいい。その間に治してあげればお腹のことなんか忘れて考えもしなくなる。近辺の人達はこうして治す。青春の、もっと言うと一生の生活の質をこれで落とさなくてすむ。お腹などで苦しむのはもったいない。炎症でも潰瘍でもあるのなら仕方がないが、ただ繊細だという本来なら長所にあたる理由で苦しむのは痛々しい。
 こんなケースは僕の統計に入れていないから、本来ならもっと患者さんは多くて治癒率ももう少しは高いのかも知れない。


2009年04月18日(Sat)▲ページの先頭へ
岡山弁
 ネイティブの英語が話せる女性が泊まっているので、このチャンスを逃さない手はない。日曜日にフィリピンの人達と会うから、ちょっと気取って驚かしてやろうと思う。僕が彼らに話しかけるときは純然たる岡山弁オンリーだから、明日はネイティブイングリッシュで話しかるドッキリを仕掛けてやろうと企てた。ところが昨夜、彼女に教えてもらおうとしたのだが、これが大変だ。そもそも何をいっているのか聞き取れないから、耳でコピーすることは出来ない。何度か口に出して教えてもらうのだが、「何?」「何?」と聞き返すたびに彼女に近づき、最後は耳の不自由な老人のように彼女の口元に僕の耳を近づける始末。これは耳が悪いのではなく頭が悪いのだが、近づけば理解できると思うところがそもそも浅はかだ。
らちがあかないので、ゆっくりと発音をしてもらい、昔と同じようにカタカナで書き取った。「今日は何を唄うの?」と話しかけるのを「waht are you going sing today?」と言うそうだが、どう聞いてもこれを読んでいるようには聞こえない。そこで聞き取れない音を捨てていったら「ワラユー ゴーイン シン トデイ?」になった。このカタカナを読むと彼女が「それらしく聞こえる」と言ってくれた。なんだ、ネイティブとは捨てることかと都合の良い結論を導いて、それ以上は教えてもらうのを止めた。このカタカナの1文以外を明日までに覚える自信はない。
恐らくどの青年も、多くの秘めたる才能を持っていると思う。開花するしないは結果論に過ぎず、硬化した脳みそになにも入る余地がない僕などとは、可能性に関しては雲泥の差だ。僕らが明日を見えないのは仕方がないが、若者が明日を見ないのはもったいない。一人一人の若者のもったいないを集めれば、この夏渇水するであろう早明浦ダムくらい瞬時に満水にすることが出来る。
よし、明日は若者に教えてもらった得意のネガティブイングリッシュでフィリピンの人達を驚かせてやろう。





2009年04月17日(Fri)▲ページの先頭へ
宝物
 どう見ても正反対の人間だろうと言いたくなるが、こと自分のことになると冷静な判断はなかなか出来ない。失礼だから敢えて聞かなかったが恐らく体重は3桁近いのではないか。その彼が2週間咳が止まらないから、最近お笑いタレントの女性がかかった病気ではないかと心配で薬を取りに来た。問診するとおよそその様な懸念はない。寧ろ不摂生の固まりのようなもので、漢方薬を飲んで寝ていれば治りそうだ。いやいや、寝ていなくも彼なら治るだろう。働きながらでも、まっとうな生活をすれば何でも治りそうなくらい素晴らしい体格をしている。素晴らしすぎて、青年がおじさんの病気をしてしまいそうだ。成人病まっしぐらかな。
 皮膚に水分を十分に蓄え、しわもシミもない。髪は黒々として艶があり、身体はしなやかで強靱だ。どんな動きも出来るし声さえも美しい。これが若さなら、心もどれだけ美しくてしなやかだろう。見えないけれど心だけがそんなに置き去りにされることはない。自信を持てばいいのだ。外観と同じようにしわもシミもない心なのだ。未熟は欠点ではない。未完は結果だが未熟はまだまだ経過だ。
 僕は現代が若者にとって好ましい時代かどうか良く分からない。能力を十分生かされているのか、チャンスを与えられているのか、希望の象徴として期待されているのか。職業柄かも知れないが、僕には青年達がとても輝いて見える。あの生命力はどんな科学の力をもってしても復元できない。そんな生命力の固まりを僕は畏敬の念を持って眺めている。社会は彼らを、彼らは自分たちを大切にして欲しい。ゆめゆめ与えられた宝物を川に捨てたり、草むらに隠したりしないように。宝物は輝きを放たなくては。


2009年04月16日(Thu)▲ページの先頭へ
今日話した若者達へ
 何の工事が始まったのか、目の前にある給食センターの大屋根を越えてかなり高くキリンの頸のようにクレーンが顔を出している。ああ、あんなのが3車線の道路に倒れて車や人を直撃したのだと数日前に何回か流された映像を思い出した。無警戒なところに倒れてきたらひとたまりもないだろう。意識がない方の幸運を願うが、その悲劇の何十分の一も、何百分の一も悲惨さや悲しみが伝わってこない。溢れんばかりの事故や事件の報道に接して、心は完全にマヒしている。喜びも悲しみも共有できる感性を失っているのだ。
カーテンの隙間からもれる光に浮かび上がる無数の小さな埃の一つずつに尋ねてみたい、幸せなのかと。浮遊する魂の着立地点を持っているのかと。わずかな空気の揺れにさへ、人生を揺すぶられてしまう危うさの中でしがみつくものは持っていないのかと。物音一つ立てず、息をひそめて生きていくのかと。
 活字にならない不幸も繁殖している。比較を知らない不幸が繁殖している。本当は隣り合わせにいるはずの喜びを知らない不幸が繁殖している。時計の針が追いつかないほどの速さで時間は走り去り、心は濁流にえぐられる。感じる心を失った僕みたいな低体温に昇る気流は起こせない。若さだけで希望なら、若さだけで希望なのだ。描けない明日があるから希望なのだ。失望があるから希望なのだ。回転する小さな埃でもあたる光によっては虹を放つ。漂流は流れに翻弄されることではない。漂流はいつかきっと流れ着くことなのだ。さあ、あなた自身の尊厳にしがみついて、オールを捨てて。


2009年04月15日(Wed)▲ページの先頭へ
木戸銭
 1日200円以下で暮らしている人が、地球上で30億人いるそうだ。こんな記事に触れるといつも複雑な気持ちになる。平生何も考えずに過ごしている後ろめたさと、何も出来ない無力感。贅沢は極力避けているつもりだが、彼らに比べれば犯罪的な贅沢だろうし、偉い人達にお願いでもしたらと思うが、読まれもしないものを出したくもないし、もとより彼らの方がプロでそんなこと分かり切っていると一蹴されるのが関の山だ。
 市会議員の選挙がもうすぐあるらしいが、4年に1度だけ顔を見せに来る図々しい輩が多い。その間何をしていたのかさっぱり分からない。田舎だから顔くらいは見るのだが、近寄っても来ない。僕はおべんちゃらは言わないから、いやいや逆に批判が多いから近づきたくもないだろうが、それならいっそのこと筋を通して選挙期間中は意地でも近寄らないくらいが潔い。候補者の中に残念ながら惚れ込むような人物はいない。牛窓に帰り一時政治に関わったことを今更後悔する。思い出したくないことの一つになっている。期待してはいけないものに期待し、小さな幻想を抱いてしまった自分が恥ずかしい。反動で冷めすぎるくらい冷めたが、この方が遙かに居心地がよい。頼まれもしないのに投票したいほどの衝動に駆られるような経験をついぞすることもなかった。4年に1度の猿芝居に付き合う余裕はない。木戸銭は焼け付く大地に、枯れた井戸に。


2009年04月14日(Tue)▲ページの先頭へ
封筒
 何処にしまっておこうかと迷ったあげく、信州のあるお母さんが下さった素敵な木箱の中にしまっておくことにした。たいして大切なものを持ってはいないので、A4くらいの面積、高さ数センチの箱一つで十分収まる。ひょっとしたら僕の人生の全てがその箱の中に収まってしまうのではないか。それくらい凡人の足跡なんて小さいのだ。
 それでも何となく折角書きためたのだから残しておきたくなった。内容はともかく持続していることだけでも残しておきたくなった。パソコンの知識に関して全て依存している商工会の方がある時、ブログに書き続けている内容は何かにコピーして保存しておいた方がいいですよと教えてくれた。一度書いたら基本的には読み返さない主義だからどうでも良かったのだが、最近嘗て作った唄を鍼の先生に頼まれて引っ張り出したとき、せめて作ったものだけでも僕自身の生の証としてとっておこうかと思ったのだ。集めたり、買ったりしたものではなく、空っぽの頭をフル回転させて作ったものくらいは人並みに大切にしたり、懐かしんだりしても良いのではないかと思ったのだ。誰に残すのでもなく、読み手にはなり得ない僕自身のために残そうと思ったのだ。
 さてその作業は想像しただけでも肩が凝って頭痛がする。もっとも僕の苦手とするところだ。頭も体もついていかない。そんな時ふと頭に浮かんだ女性がいて、依頼したら快諾?してくれた。気の毒だからゆっくりでいいよとお願いしていたのに、ずいぶんと早くやってくれ、わざわざ届けてくれた。若いから何ともないのかも知れないが、僕の技量から推測するとやはりどれだけ大変だったろうと申し訳なく思う。と言いながらとても嬉しかった。僕のホームページとブログの文章が経時的に1枚のCDに収載されていた。
 残念ながら僕の能力では言葉で幸せを届けることも出来ないし、悲しみを消すことも出来ない。ただ一瞬ふっと力が抜けてくれれば十分なのだ。笑っているときの至福の脱力感。あの瞬間を漢方薬で模倣し続けている田舎薬剤師の、宛名のない色あせた封筒なのだ。


2009年04月13日(Mon)▲ページの先頭へ
倹約
 夜の11時過ぎ電話が鳴った。息子さんが40度の熱を出してしんどがっているという。夕方仕事から帰ったら寒気がすると言って寝ていたのだが、今ふらふらしながら2階から降りてきたという。経過を尋ねたら、夕食後PL顆粒を飲ませたという。夜遅くに電話して申し訳ないと謝っていたが、そんなこと気にする必要はない。息子さんが早く楽になることだけが大切で遠慮なんかする意味がない。でもその言葉で家庭の雰囲気が良く分かる。やむにやまれぬ状況なのだ。その状況で僕に電話をしてくることを選択肢の最優先にしてくれたことが嬉しい。
10分もしないうちに薬を取りに来た。僕は家にまだPL顆粒が残っていることを考慮して、一番信頼している体力増強剤を1本と経口保水液を2本渡した。しめて1700円。これで体温が1度くらい下がって彼が楽になればしめたもの。明日は仕事を休んでと言って帰ってもらった。風邪で熱が出るのは、体温を上げてウイルスを殺しているからでむやみに下げる必要はない。少しだけ下げて楽になればいいのだ。結局彼は1日休んだだけで仕事に復帰した。
 イギリスではおおむねインフルエンザはこのように治す。国が方針を定めていて、普通に仕事に行ったり学校にいったりしている大人や子供に対しては、病院にかからずに、まず静養、次に十分な水分補給、その後はアセトアミノフェンやイブプロフェンを薬局で買って治すと言う自己治療だ。インフルエンザごときで病院にかかられたら莫大な税金の無駄と医師の貴重な仕事の邪魔というのだ。インフルエンザにかかったら早めに医療機関にかかりましょうと勧めている日本の厚生労働省とは対照的だ。税金の無駄を排するために医療経済を徹底的に追及した結果、医療効率を高めるための施策だそうだ。徹底した合理性に驚くが、医師不足や患者にも原因がある医療崩壊などを防ぐ手段にもなりうると思う。
 不安を煽り視聴率や購読を促す番組や雑誌に惑わされ、臆病になった人達が不要な税金を使ってしまうが、40度でふらふらしながら薬局に勇気ある電話をしてきた家族が税金を少しだけ倹約してくれた。



2009年04月12日(Sun)▲ページの先頭へ
平等
 僕が調剤室で漢方薬を作っている間、薬を取りに来た女性と妻が話していた。妻は、その女性が何か本来の目的と違う症状を言ったのである薬を薦めていた。別に売ろうという気はなく紹介しただけだったのだろうが、突然その女性がトーンを上げて、「その金額でも買えないんですよ」と言った。その金額は1800円だったのだが、ずっと飲んでいる漢方薬に足すには大きすぎて、無理だというのだ。漢方薬を切らすと、蕁麻疹も腰痛もてきめんに出てきて、この2種類は当分切らせないが、健康投資のためにはお金は工面できないと言う。なんでも、トラック運転手のご主人の収入が半分になったと言うのだ。なるほどそれでは贅沢は出来ないだろう。贅沢どころか今ある苦痛を取り除くのなら仕方ないが、将来陥るかどうか分からない疾患の予防まではお金が回らないと言うのは当然だ。妻は気の毒に思ったのか、1回分の見本を飲んでもらっていたが、そんなもの何の役にも立たない。勧めたことの心理的な免罪符だったのかも知れない。
 地方にいたら経済的に豊かな人は余りいないから、政治力で富や権力を手にする人には余り接する機会はない。その代わり、逆の立場の人にはいとも簡単に出会える。何か政治が動くたびに失う、あるいは落ちていく人達は枚挙にいとまがない。階段は降りるためだけに用意されているのではないかと思えるくらいだ。
 平等などと口に出すと時代錯誤のように思われるかも知れないが、僕はやはり拘ってしまう。まさかその言葉の先に「不」をつけた方がいいとは誰もが思わないだろうが、豊かな人がより豊になるために、今の機構は全て動員されているように見えて仕方がない。せめて健康だけでも、せめて教育だけでも、せめて住む家だけでも、せめて着る服だけでも・・・せめて明日が今日よりは少しでも生きやすいと思える心だけでも平等であってはいけないのだろうか。


2009年04月11日(Sat)▲ページの先頭へ
機関誌
 もうずいぶんと長い間、毎月ある個人医院が機関誌を送ってくださる。医学的な内容ももちろんだが、医師の雑感を楽しみに読ませてもらっている。温厚だがちゃんと言いたいことは言っている。権威があるから堂々と意見を述べているのだと推測できる。さもなければ医院の経営にもマイナス要因になってしまうだろうから、それをはねのける自信があるのだろう。
今月号では少し感情がむき出しになっていた。抑えても隠せない怒りが行間ににじみ出ていた。怒りの対象は国の医療行政だから、立場によって客観性が保てれるかどうか疑問だが、その内容よりも、怒っているその医師の姿が想像され、如何にも人間的で親しみを覚えた。あまりにも完成された人格や、評論家のように自説に過信気味な人間は息苦しい。どこか弱点や、欠点を持ち、懸命に隠しながら生活している人の方が本物らしくていい。完全武装されても、とりつく島がなければ物理的な距離を遙かに越えて異次元の生き物になってしまう。出来ればこちらがちょっと優越感を持てるほどの人間味を持ってもらうのがいい。
 停滞した経済を立て直すために、金をくれたり、安くしたり補助するからと盛んに消費を促されるが、使い切った後に消費税でも上げられたら元も子もない。環境に配慮することなどどうでもいいような何でもありに乗せられまいと、意地でも壊れるまで使ってやろうとへそ曲がりが顔を出す。僕には権威がないから余りえらそうなことは言わず、ひたすら自分を守るくらいしかできないが、偉い人のうまい話は「聞かんし」くらいは出来る。


2009年04月10日(Fri)▲ページの先頭へ
作業着
 もうその男性は1年くらいは配達で毎週1回来ているのではないか。どう見ても定年は経験している年齢だろう。紺色の作業服を着て、軽トラックから注文の医療雑貨を降ろし、判をもらい、不要のダンボール箱をいくつか受け取って帰っていく。ほとんど私的な会話はない。荷物の確認と、お互いの簡単な労をねぎらう挨拶だけだ。要は配送係なのだ。セールス活動には違う日に若い社員がやってくる。
 そんな彼が初めて私的な会話をした。「今日はジャズがかかっていないんですね」と。実はかかっていたのだが、音量が外の騒音に負けていて聞こえなかったのだろう。毎週1回訪ねてくる数分の間に、きっと彼はジャズを耳にしていたのだ。年齢と風貌からジャズという言葉が出てきたのには驚いた。しかし、その後から出てきた言葉にはもっと驚いた。「スタンダードなジャズは良いですね、落ち着きますから。実は昔ジャズバンドをやっていたんですよ」
 なるほど、言われてみれば年齢はまさにジャズ年齢かも知れない。ただ、こちらの勝手な決めつけで、あの年齢なら演歌という言葉が出てくる方が自然に思えたのだ。それがジャズって言葉でバチッと決められたので、先制攻撃を受けたようなものだ。一瞬僕の言葉が止まった。それにしてもバンドをやっていたと言うから、僕みたいなテイクファイブオンリーのつまみ食いファンとは年季が違う。
もっと格好良いのは、それだけを言うと無駄話はせずに、ダンボールを束ねたものを2つ抱えて出ていったこと。配送係が、踏み込むことは許されない敷居を完全に彼は理解している。(僕は雑談大歓迎なのだが)
 歳を重ねるってことは、肉体的な喪失以外は意外とまだまだ得るものが多いのではないかと思わせる彼の振る舞いだった。まさに作業着の紳士。



2009年04月09日(Thu)▲ページの先頭へ
愚問
 いったいどのくらいの高さを飛んでいるのだろう。声の近さに比べて見上げれば小さくカラスが旋回しているのが見える。島の上に昇った朝日はもう空を一面に青く染めていた。雲一つない朝の空気を透かして、僕はカラスを、カラスは僕を見ている。夜勤あけの中学校の大時計は観客のいない運動場の一人歩きを無機質に見下ろす。幾種類かの小鳥の鳴き声は、待ちわびた一日の始まり。朝はやってくるものではなく、ロープに繋いで引きずって来るものなのだろう。
「えっ、もう」と言うような時間帯なのに中学生が登校してくる。早朝の部活動なのだろう。この間まで小学生だったような背丈の可愛い子達が大きめのヘルメットを深くかぶり、黄色い声でカラスと競っている。身の危険がない、のどかな朝の風景に、平和とはこんなことを言うのだろうかと、平和な時代しか知らないのにふと思ってしまう。空から降ってくるものもなく、山の上から飛んでくるものもなく、水平線の彼方から狙われることもない。朝食のパンにバターを塗るか、イチゴジャムにするかが問題なのは、カラスが僕を見下ろしているのか、僕がカラスを見上げているのかを問うくらい価値ある愚問なのだ。


2009年04月08日(Wed)▲ページの先頭へ
ついにスタートを切ったのだと感慨深い。最初に配属されたのが救急救命の部署らしいから、かなり過酷だろう。もっともまだ新米だから余り役には立たないだろうが、採血くらいはさせてもらっているらしい。後は小間使いか。そうやって、やがて立派な医師に育っていくのだろう。
 朝は7時には出勤し、立ちっぱなしで昼食も4時頃になると言う。その後9時までいて帰るのだが、何を食べているのか気になる。どうせろくな食事はしていないと思っていたがやはりコンビニ弁当レベルだった。若いからなんとか体力も持つのだろうが、過酷な労働ではある。使命感とやりがいがなければなかなか続かないだろう。それでも学生よりは数段楽しいはずだ。人の役に立てるのは何よりも喜びだから。
 シャワーは冷えるから風呂に入れと、まるで親のようなことを言いたくなるが、両親とは別の意味で僕にとっても誇りなのだ。謙遜を守り通し立派な医師に成長して欲しい。循環器をいずれ標榜するみたいだから、その道で才能をより開花させて欲しい。多く持っている人は、多くの良いことが出来る。それは経済でも才能でも同じことだ。多くを与える人になって欲しい。
 その地の桜はどのくらい咲いているのか分からないが、あなたには満開で咲き誇る花弁よりも、春を呼ぶ風でいて欲しい。


2009年04月07日(Tue)▲ページの先頭へ
郷愁
 僕が牛窓に帰ってきた頃は、この男性は今の僕より若かったのだろう。当時はずいぶんと年上に見えていたのだけれども。何を気に入ってくれたのか、しばしば薬局に来ては煙草を吸いコーヒーをすすりながら、人生や政治について語った。もっともそんなに程度が高い内容ではなく、田舎のおじさんの蘊蓄だった。そんなのんびりとした薬局の時代は10年くらい前に終わってしまったから、彼も次第に足が遠ざかり、時々薬を取りに来るくらいになった。
 今朝一番に薬を取りに来て、僕が暇そうだったから少しカウンター越しに話を始めた。しばらくするとある老人が入ってきたので気を利かせて出ていった。老人は簡単な買い物をしただけだったのですぐ帰ろうとしたのだが、カウンターの上に車のキーを置いたままだったので、それに気づいた僕が呼び止めてキーを渡した。老人はありがとうと言ってキーをポケットに入れて薬局を出ようとした。薬局の入り口あたりで、さっき帰ったはずの男性とすれ違った。男性は慌てた様子で「キーを忘れていなかった?」と尋ねた。とっさにさっきのキーは老人のではなく、男性のだったのだと気がついたから、「あ、あのご主人が持っていった」と大きな声をあげると、車に乗り込もうとした老人を「おじさん、おじさん」と呼び止めた。「おじさん、ワシのキーじゃが」とたしなめるのだが、果たしてそんな権利があるのか。自分が忘れて出ていったのが一番の原因なのに。老人は人のキーを言われるままに持っていった。男性は自分が忘れたのに老人をたしなめた。僕は勝手にキーが老人のものだと決めつけた。3人3様のドジで、最初は照れ笑い、そのうち顔を見合わせ大笑いになった。ひとしきり笑った後、「今日は朝から面白かった、こんなに笑うことなんて滅多にないものね」と言うと二人も「ほんと、ほんと」と同調した。
 こんな、何でもないことで大笑いできるような薬局にいずれ又帰っていきたい。疲れ気味の僕にはどこか郷愁を帯びた笑いだった。


2009年04月06日(Mon)▲ページの先頭へ
腰痛
 僕が事務方をやっている漢方研究会に、珍しく夫婦で参加している一組がいる。珍しくと言うのは、何故か会員は独身女性が多いのだ。薬局を経営していたら自立できるし、面白いからか、又そもそも漢方をやろうと言うのは男も女も変わり者が多いのか、3分の2位の女性が独身だ。その中で夫婦者というのも少数派だし、夫婦で出席というのは他にはない。
 その夫婦の夫が、ずっと腰を痛めていた。かなりの痛みらしくていつも表情は暗かった。ところが昨日は一見して表情から苦痛が消えていた。痛みに関しては僕も同類だから気になっていたし、心から同情できるから、時々声をかけていた。何でそんなに調子が良くなったのと尋ねると、鍼が良かったと答えた。ついでにきっかけは僕がくれたと言ったが、その記憶はなかった。ただ、僕は鍼治療の効果は十分認めているし、患者としても僕はファンだから、そんな経験談を話したのかも知れない。痛みや筋肉の緊張をとるのは一番旨いのではないか。駐車場まで一緒に歩いたから不思議に思って車で来たのと尋ねると、彼が運転して尾道まで帰るらしい。ここまで良くなれば安心だ。
 40歳前後の夫婦だろうか。若くて真面目そうで、熱心だから、体調にハンディーがあればモチベーションが下がってしまう。今は二人とも勤めらしいが、それでも漢方の勉強を熱心にしていることに頭が下がる。今は日常に余りその知識は活かせないだろうが、守備範囲が広いのは患者さんにとっては有り難いだろう。知らないですまされたらかなわないから。また、正しい漢方薬を伝えていく次の世代の人達も必要だ。ワンクリックで又効能書きを読んで自分で選んでもまず効かない。効けば偶然だ。漢方薬はよく効くという風評を再構築できる若い次世代の人達の奮起が必要だ。そうしないと情報操作できる大企業に天然材料を根こそぎにされてしまう。何故なら漢方薬が必要にない人にまで売り込んでいるのだから。


2009年04月05日(Sun)▲ページの先頭へ
 「過敏性の自分も含めて自分が大嫌いで、自分も誰も信用してなくて、他人と自分を比べては卑下してたけど、バイトして学校がまた始まって好きな音楽を学んだり触れられるって思ったら‥なんだか嫌いではなくなってきた気がしてきました。他人と接触する事を恐れていたけど、30日に久しぶりに学校に行って、友達に会って話て笑ったり一緒に帰ったり‥なんだかそれだけで嬉しくて駅から家まで春を見ながら1人ポカポカしながら歩いて帰ってました(^^)」
 こんなことを言っているが、本当は方言のとても魅力的な若者だ。自分で殻を破りさえすればきっと脱出できると思っていた。こんなに明るくて前向きな言葉を彼女から聞いたのは初めてだ。1年休学していたが、自分の意志で戻っていく。誰かに言われたのではなく、1年間外に出て他人と多く接触したことが彼女に勇気と客観的な判断力を与えたのだと思う。「春を見ながら」なんて、なんて素敵な表現だろう。以前の幼く見えた彼女からは想像できない。着実に成長している。若干の遠回りは敢えてした方がいいだろう。最短距離では目に触れるもの、聞こえるものが少なすぎる。
 同じ日、「お父さん早く死ねばいいのに」と電話で言った女性がいる。その表現が可笑しくて二人で笑った。そんな会話で笑いあえるようになった。禁句が禁句でなくなったとき、彼女も又仕事に出てみたいと言いだした。パニクッて自分を制御できなかったのに、ずいぶんと落ち着いて魅力的な大人の女性に戻った。こんな会話で不調が治るのだから、僕の薬局の権威の無さが幸いしている。普通の人が誰でも来れる。来た人は僕を見て、自分より不健康でだらしなくて品がないと思う。それは正しい評価だ。そのどれもが僕にとっては居心地が良いものだ。逆を演じることなど出来ない。
 春を見つけた女性も、春は過ぎ去った女性も僕にとっては希望だ。勿論家族にとっても。




2009年04月04日(Sat)▲ページの先頭へ
移動
 普段僕の薬局が狭いと思うことはないのだが、この時期だけはその狭さを実感する。
 春は学校の先生の移動時期でもある。中学校が1つ、小学校、幼稚園が各3つ。計7つの学校の先生方が、それも出ていくグループ、入ってくるグループと入れ替わり立ち替わり挨拶に来てれくれるので、一度に6,7人も入ってこられたらさすがにいる場所を見つけるのが難しい。入り口付近にたたれると姿勢を変えるだけで自動扉が開いたり締まったりを繰り返す。別に僕になど挨拶に来てくれなくても良いのだが、律儀にもう30年近く来てくれる。
 牛窓に赴任してくる先生の中でも運悪く僕と縁が出来てしまう人がいる。その縁がかわっていた学校で又新たな縁を作ったりして、意外と漢方薬を飲んでくれている先生は多い。それだけ激務なのだろうと察しがつく。事実学校の先生が寄るのは、夜がほとんどだし、土曜日しか遠方からは来られない。目の前にある中学校の職員室の電気も毎夜10時頃までは灯っている。
 この春移動していった中学校の二人の先生は、毎朝7時には体育館に来てバレーを教えていた。土曜日も日曜日もほとんど2台の車が体育館の前に駐車していた。部員がぎりぎりくらいの過疎地のバレー部を、岡山県大会でベストいくつかまで導いたと聞いた。こんな熱血漢の先生は珍しくなって、今はどちらかというと父兄や教育委員会に気を使いすぎて萎縮している先生が多いと思う。モンスターペアレントに精神を消耗されて本来の教育に集中できないのではないか。そのせいで、お世話をするのは心が折れた症状や自律神経がバランスを崩しているものが多い。漢方薬が得意な分野ではあるが、時間がある程度かかってしまう。おもしろ可笑しく不真面目に真面目に取り組むが、その職業の価値が高い故に何とかお手伝いできないかと、こちらも焦ってしまう。教育の専門家が叱責されたり酷使されたりする傍らで、教育の亜流がもてはやされる。何とも不思議な国だ。子育てに臆病になっている親たちの漂流のせいなのだろう。滅多に親を越すような子供は出来ないのだから、過剰な期待をせずに、ほどほどを楽しめば子育てはめっぽう楽しいのだが。そのしわ寄せを先生方が一身に背負っている。まるで冗談のように教えられる環境をつくってあげれば、子供達は多くのものを引き出してもらえるのに。もったいない、もったいない。


2009年04月03日(Fri)▲ページの先頭へ
試してガッテン
 今週の試してガッテンという番組で、過敏性腸症候群を取り上げていた。見た方も多いと思うが、恐らく今悩んでいる人にとっては、そんなの分かっているよって感じだったろう。当事者はありとあらゆる情報を集めているから、今更目新しいことはなかったのではないかと思う。僕も考えていたとおりでその結論ですませるなってところだったが、ただ一つ、腸のX線写真は僕がずっと思い続けた理屈を証明してくれたので有り難かった。
今でこそパソコンで返事を出すことがもっぱらだが、数年前までは手書きで返事を書いていた。その時にしばしば簡単な腸の絵を描いていた。あなたの腸はこんなになっているのですよと、簡単なデッサンだが、それが放映されたX線写真と同じ理屈だったのだ。やっぱりそうだろうとしてやったりの気分だったが、逆に根拠のない張ったりでなくて良かったと胸をなで下ろした。沢山の方と話していると想像がついたのだ。だから薬も作れたし、4割くらいの方が完治近くまでいってくれた。
 番組を見終えての印象は、やはり今作っている漢方薬で治らないはずがないと言う確信だった。勿論治療だから絶対などと言うことが許されない分野だが、僕自身が自信を深められたことは大いに意味がある。難しい症状に立ち向かうとき、こちらが気弱にならないことが大切なのだ。こちらが折れれば効く薬も効かなくなるから。番組では自律神経をリラックスさせると治るようなことを言っていたが実際はそんなに簡単なものではない。自律神経の漢方薬では治らないから良く分かる。そんなに簡単ではないのだ。それ以前の強化が僕は全てだと最近は思っている。それともう一つ、痛々しいくらいの不器用で非生産的な繊細さを愛すること。


2009年04月02日(Thu)▲ページの先頭へ
撃沈
 昨日、ある若いお母さんから頂いたメールが、深刻な内容を一杯含んでいるのに何故かほほえましくて、何度読み返しても笑いを禁じ得なかった。本文はもっと長いのだがエキスを抜き出したら以下の文章にまとまった。読みながら、今はほとんど友人のように接してくる東京に在住のお母さんとの交流の経験を重ね合わせて、こんな人一杯いるのだろうなと想像した。僕だって、ある、ある、分かる、分かると何度もうなずいて読めたのだから。過敏性腸症候群の人の心理状態や、行動様式があまりにもリアルに又面白く又哀しく表現されたその文章を同じトラブルで悩む方々に紹介したいと申し出たら、快く承諾をもらったので掲載出来ることになった。この文を読んで、私だけが特別ではないと感じてくれれば幸いだ。特別ではないのだから治るってことも感じてくれればなお幸いだ。

・・・過敏性腸症候群になって以来、こういった不幸があった時など、悲しむより何より「お葬式=静寂 お腹大丈夫?」が一番にきてしまう事が情けないです。しかも途中で生理がきてしまい、生理前〜生理中はガスが特にひどくなるので、大袈裟でなく地獄でした。極度の対人恐怖症もあって会話もままならない上に、お腹がいつ暴れ出さないかと冷や冷やでさらに挙動不審になり…無理に用事を見つけては外出して、お店のトイレにこもり、葬儀場でも火葬場でもトイレばっかり行ってました。寒かったので、暖房器具の音が大きかったのがすごく助かりましたが、それでもふとした静寂の間に、お腹の音が轟いてました。慣れない環境にびっくりな上に、お腹の事ばかりで私に全然かまってもらえない息子はぐずって泣いてばかりで可哀そうでした。でも、その騒がしさにどれだけ助けられたことか。静かにお昼寝されるとつねって起こしたくなりました。対人恐怖症も含めて、自分の情けなさに帰ってからもかなり落ち込んでしまいました。人並みのような気持で暮らしてるけど、いざという時にこんな状態じゃどうしようもない、何としても治さなくては生きる道はないとあらためて感じました。かすかな希望は感じています。以前ならもっと症状がきつくて、あの状態にはとても耐えられなかったと思います。(只今2ヶ月漢方薬服用中)でも、正直に言えば、今回のような法事で、例えば静かな教室でのPTAの集まりで、映画館で、平常心でいられる自分がまだ想像できないのです。ごめんなさい、落ち込み過ぎですね。また49日法要で撃沈しそうです。あの状況で煎じ薬を作って「体にいいお茶なの〜」と明るく言える勇気があればこんな病気に苦しまないのかな?・・・






2009年04月01日(Wed)▲ページの先頭へ
肉汁
 ほんのちょっとだけ照れるような言い方だったが、一瞬の間に僕はすぐ予想がついていた。案の定秋に結婚が決まったと教えてくれた。反射的におめでとうと言ったのは、彼女だからで、僕はそんなに素直に結婚に対しておめでとうというタイプではない。
まだ完全ではないけれど、もう踏ん切りを付けてもいい状態にはなっているのだろう。もう一つの不調もやっとこの所調子が良くなった。間に合ったというのが僕の実感だ。僕はただ、過敏性腸症候群が結婚の障壁だとは全く思っていない。若干の不調は持っていた方がおおむね謙遜だし、他人を思いやることも出来る。健康すぎる人の横暴な立ち居振る舞いよりは遙かに気持ちがいい。一見マイナス要因のようではあるが大いなる長所だ。さすがに実利的な有用性はないかも知れないが、染みついた臆病は攻撃的なスタンスをとるにはあまりにも不向きだから。
 結婚も、進学も、就職も、やりたければすればいい。判断基準はやりたい気持ちだけだ。決して出来ない理由にお腹を挙げてはいけない。お腹に全部を押しつけて本心を逃げ隠れさせてはいけない。正直な希望を口に出せば援軍は自分の中にも外にも現れる。正直に自分を晒せば正直な援軍が現れる。自分をオブラートで包めば、当たり障りのない居心地の良さそうな解決のない避難所しか用意されない。お腹のことで捨てるほど人生は無意味ではない。喜怒哀楽をミンチにして鉄板の上で焼いてみれば、人生を腹一杯食ってみろと肉汁が誘う。


   


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