栄町ヤマト薬局 - 2008/11

漢方薬局の日常の出来事




2008年11月30日(Sun)▲ページの先頭へ
リンカーン
 唐突だが、ほとんどの人は善人だと思う。時々そうでない人と遭遇するから、多くの同類項がいるのかと思いがちだが、それでは世の中持たない。これだけ長い間なんとかこの国も世界も持っているのは、善人がほとんどを占めているからなのだろう。基本的には警戒感なくして外を歩けるし、人とも接触できる。悪人ばかりなら世の中のシステムのほとんどは機能しなくなる。
 敵対心を持つのは、それに値する人物が現に目の前にいることよりも、むしろ自分の心の中で作り上げた人物像と敵対している場合の方が多いのではないか。直接何の被害も被ったことはないのに、又面と向かって罵られたわけでもないのに、自分が作り上げたストーリーで勝手に悪意を作り上げている。向こうは悪で、こちらは善という都合の良い位置どりも自分だから許してしまう。雨が降ってきたから小走りになる、冷たい北風に身をすくめる、嬉しいことに一人ほくそ笑む、悲しいことに涙する、辛いことに表情を曇らす、全てその当事者の素直な感情表現なのに、全部自分に対してだと考えてしまう。勝手な評価を下し自分を正当化すれば、どちらが実は善人か分からない。向こうにも守らなければならない家族がいて、守らなければならない信念を持ち、それでいてなお愚直で口べたなのかもしれない。誰もが印象とか状況証拠などで判断してしまいがちだが、自分よりずっとずっと紳士であり淑女であるかもしれないし、自分よりずっとずっと不幸を背負っているかもしれないし、自分よりずっとずっと孤独かもしれない。一つの表情や言動で、全てを推し量れるほど人は薄っぺらではない。現れないところで、表さないところで、とんでもない優しさや謙虚さを持っているものなのだ。
 リンカーンには、若い時いつも蔑まれていた弁護士仲間がいた。後にリンカーンが大統領になったとき、その仲間は選挙中リンカーンを大統領にもつ国民は不幸だと反対した。リンカーンは、なんと彼を国務長官に任命した。みんな反対したが彼は「自分は何百回蔑まれてもいい、しかし彼は有能な人物だ」と答えたらしい。この心の広さの何百分の一かでも僕ら凡人に備わらないものか。
 勉強会の帰り、あんパン一つ買って食べながら考えたこと。


2008年11月29日(Sat)▲ページの先頭へ
 そう言えばそうだなと、自分の非科学的なところに感心する。NHKがハイスピードカメラで写した雨の映像を見て、雨って丸い水の玉なのだと気がついた。雨をまさか棒のようには思わなかったが、目に見えるのは、細長い棒のカーテンだ。絵に描くときも決まって白い棒で書く。意識の中には棒で存在している。確か1000分の5秒の世界を鮮明に眺められるのだから、ほとんど未知の分野に等しい。今まで親しんでいた概念が見事に覆される。科学が教えてくれた、見せてくれた、ありふれた世界の驚きの真実だ。
 科学の発達って、こんなにすばらしい世界を見せてくれるのだと、開発した技術者に感謝したいくらいだ。これなら科学がもたらす恩恵を文句なしで受け入れられる。人を傷つけたり、破壊したりの科学とはまるで趣が違う。科学にも体温があるのだと気づかされる。人の心を優しく包む映像は、歴史的に有名な画家の絵画にも負けない。自然の営みが織りなす生命活動でさえ芸術のように見える。計算され尽くした自然の営みが計算出来ないくらいの感激を与えてくれる。
 豪雨の時には空気抵抗に遭い、雨がまるでドーナツのように平らになって落ちてきていた。あの太い線で書くべき雨が、ドーナツだなんて。正式に放映される明日の夜9時に間に合うようになんとしても帰ってこなければ。例え僕の身体が空気抵抗に遭ってドーナツのようになろうと。


2008年11月28日(Fri)▲ページの先頭へ
路頭
 相談を受けているときから僕は治す自信があった。訴える内容は手に取るように分かった。その症状は僕が初めて漢方薬の実力を体験し、漢方の勉強を始めようと思ったきっかけだったので。ところが渡していた2週間分がなくなった頃も連絡がない。もう治ったので関心を失ったのかと思っていたら、1ヶ月程後妹さんが深刻な顔をして入ってきた。何でも僕の漢方薬を2日ほど飲んだ頃気分が悪くなったので飲むのを止めたらしい。その後、路頭に迷い、耳鼻咽喉科や内科など数軒をはしごして、それでもらちがあかないから、大学病院でCTかMRIを撮ってもらうと言っているらしい。そもそも僕のところに相談にきたとき、半年の間に数軒の医者にかかり2カ所でレントゲンとMRIをやっていた。それだけやってもまだ原因が分からずに僕のところに来たのだ。数年前、脊椎管狭窄症を漢方薬で治した人だから、僕をかなり信頼してくれていて、遠くの市からわざわざやってきてくれるのだが、わずか2日で漢方薬を飲むのを止めていたことは残念だった。何かあったら電話をして尋ねてくれたらと思うが、どうもそこまで冷静ではなかったらしい。妹さんは、姉が取り乱して又レントゲンを撮ると言い張っていることを大変心配して、他の薬を作ってと僕に訴えた。何を恐れて何回も発ガンの原因になる放射線をそんなに浴びたがるのか哀れに思ったが、僕は出した薬にかなりの自信を持っていたので、僕の30年前の体験を話して、必ず治せれるから、薬は以前のを安心して飲むように伝えた。牛窓に住む妹さんは家族の不調をいつでも相談してくれる人だったので、僕の話を姉に伝えると言って安心して帰っていった。
10日程経ってお姉さんから明るい声で電話をもらった。その瞬間かなり解決してきたことが分かった。あれから安心して薬を再開したら、日に日に息がしやすくなって、喉を塞いでいたものがとれてきたと教えてくれた。もう少しだけ詰まった感じがすることもあるから念のためもう2週間分送ってくれとのことだった。
 僕は30年近く漢方薬と接してきたから、おおよそのことは分かる。学術的なことは正直大の苦手だが、何となく治し方は分かっている。議論には付いていけないが役に立てるかどうかなら余り引けをとらないと思う。あそこで僕が妥協して、何か次なる処方を試みたらお姉さんは治っていない。路頭に迷い検査漬けになり気を病んでいくのが落ちだ。いずれは精神科の薬を飲むことになっていただろう。検査が必ずしも万能ではない。権威が必ずしも万能ではない。又強いて言うなら、インターネット上の情報が万能ではない。朝から晩まで田舎の薬局で薬のことを30年考えている人間が、「確かな情報」より優ることだってあるのだ。それもこれも縁なのかもしれない。妹さんが、それでも僕に相談してくれたのが、ノイローゼ気味のお姉さんを救った。ただ単に喉が詰まっただけの症状なのに。漢方の世界ではありふれた症状なのに。


2008年11月27日(Thu)▲ページの先頭へ
不謹慎
 なんだこれはと驚いたけれど当然修正されるものと思っていた。しかし、その気配は全くない。神聖な時間だから笑うわけにはいかない。一生懸命我慢しようとしたがいつまでもつかって言うせっぱ詰まったものを感じた。もし笑ったりしたものなら不謹慎と思われるので、懸命に笑いをこらえて顔を横に向けていた。いやいや、盛り上げるために懸命に努力してくれているのかと思ったが、その意図はないらしい。ついに表情が崩れて笑い始めてしまった。いけないいけないと懸命に踏ん張ってみるがもう止まらない。ついには手が全く動かずにみんなに完全に背を向けて涙を浮かべて笑いの壺の中であえいでいた。すると4人の男性はさすがに僕の異変に気がついて僕をのぞき込んだが、何ら気にとめることなく我が道を貫いた。近くにいた女性がいてもたってもおれなくなったのか、僕らの傍に来てリードし始めた。それでも最後まで何ら軌道修正は行われなかった。腹筋がいつまでも痛かった。
 甥からフィリピンの人達は音程がずれていても全く気にしないで、大きな声で唄を歌うよと教えられていた。その意味が初めて分かった。今までは特別旨い女性がリードしてくれていたから問題はなかったのだが、その朝男性4人だけってのが分かってうすうす不安を感じていた。ギターの前奏もつけたのだが、最初の音からまずはずれていた。それも4人揃って同じ音ではずれていた。一瞬ハモってくれているのかと思ったが、和音のどの音にも属さない不愉快な声だった。どこから修正されるのかと思ったが、そのずれたままで最後まで貫徹した。数週前旨く歌えた一番若い男性も、もっとも声が大きい男性に引きずられてついに最後まではずれた音で通した。その音のずれようも半音どころでなく、再現不可能な堂々のずれだった。
 このおおらかさがいいのだろう。照れはアジア人共通のような気がするが、照れながらでも良くやってくれる。繊細の求めるところが違うのだろうか。恥の文化に浸っている僕からしたらその辺りはおおらかだ。真似たいとも思う。旨く唄うことと楽しく唄うことの差だけではなく、旨く生きることと楽しく生きることの差も教えてくれているように思う。


2008年11月26日(Wed)▲ページの先頭へ
野良猫
 近所のあるおじいさんは、歩くのがかなり不自由になっても、自活している。一時、嫁いだお嬢さんの薦めで特別養護老人ホームに入居したが、自由気ままに暮らしてきていたことと、そんなにまだぼけていないので飛び出して帰ってきた。「あんなやつらとは一緒におれんわ」と入れ歯のないもぐもぐ口で語っていた。
 しかし、足腰の衰えは相変わらずで、片道1車線道路を横切るにしても並大抵ではない。遙か向こうに車が見えていても、下手をすると渡りきらない前にその車が通りすぎてしまう。だから運転手にとっては、その家の前は要徐行区間なのだ。暗黙のルールが出来上がっている。
 そのおじいさんはとても優しい気持ちの持ち主で、野良猫に毎日えさをやっている。家には何匹も住みついて、もはや野良猫とは言えなくなっているかもしれない。おじいさんが足が不自由なことを知っている猫は、とても利口で、おじいさんがスーパーに買い物に行った帰りには、必ず道路の半分(白線)まで迎えに出る。そしておじいさんと一緒にゆっくりと家のブロック塀まで帰る。そこには数匹の猫が待っている。あいにくその場面に遭遇した車はおじいさんと猫が一緒に渡るのを根気強く待つことになるが、誰もその光景にいらついたりはしない。安全に渡りきるまで待ってあげる。
 調剤室から見える光景なのだろう、娘がこう説明してくれた。犬が頭がよいのは飼っているから分かるが、「猫も頭がいいんだね」と感慨深げだった。
 この話を聞いて「道の半分まで迎えに出る猫は、一番卑しいんだろう。おじいさんが魚を買って帰ってくるまで待てないんじゃないの。」と僕は評論した。娘のロマンティックな想像を一瞬にして壊してしまった。この性格何とかならないものか。まるで結果を問われない経済や政治の評論家と同じではないか。何も産まないくだらない感想。自己嫌悪。猫より劣る。


2008年11月25日(Tue)▲ページの先頭へ
希望
 僕が事務方をしている漢方研究会に北陸から参加していた薬剤師が会を辞めた。嘗ては青年だった彼も、やはり遠路はるばるはきつくなったのだろう、体力的にちょっとと理由を言っていた。僕も20歳代で牛窓に帰り、がむしゃらに勉強会荒らしをやったが、さすがに今はそんな体力もないし、行く価値がないものが多くなってしまった。相変わらず、ものの売り方を話し合う研究会?とやらが多いし、多く売る人が立派な人というような風潮がある。企業にとって見ればそれでいいのだろうが、薬局に救いを求めてくる人にはえらい迷惑だ。中には熱心だなと思われるのもあるが、往々にしてマニアックで医師の領域を侵しそうな危ういのもある。医師がどれだけ勉強しているか知らないのか、聞いていて気恥ずかしくなるのも多い。所詮薬剤師は薬剤師、分相応の命に関係ない安全圏のものを扱わなければならない。どんなに気張っても、所詮薬剤師も自分の最期はお医者さんにかからなければならないのだから。
 彼は僕の研究会の中では極端に若くて、処方箋調剤もすることなく、漢方専門で間口を狭くした営業をしていた。余程漢方が好きなのだろう。医院の門前に薬局を構えれば簡単に生計は成り立つのに彼はしなかった。僕は薬局はオールマイティーであるべきと思うから、何でも屋さんを目指している。何を使っても皆さんが元気になればいいし、処方箋も縁あって僕のところに持ってきてくれた人のは作る。若い人で、昔ながらの薬局をやる人はもうほとんどいない。門前に薬局を開けば一から人間関係を構築して食っていく努力などしなくてもすむ。医師が患者を集めてくれるのだから。医薬分業は医師との対等な関係があってのことだが、それはまずあり得ない。
 いわば背水の陣で漢方薬局を目指したのだろうが、生活の基盤はやっと出来上がったのかな。礼儀正しくて不器用そうで一本気だったから、彼を受け入れてくれる人とはずっとよい関係が保てれるだろう。裏表がないのが一番楽だ。年齢に比例して実力を付けていくだろうが、10年1クールと言われるように、漢方の世界の時計の針はゆっくりだ。僕みたいなイラでない彼の方が、ずっとこの世界にはあっているように思う。いつか又どこかで会うだろうが、その時は実力が逆転していることは請け合いだ。僕はもうすでに人生の下り坂を降り始めているから。先があるって事は、それだけで希望だ。


2008年11月24日(Mon)▲ページの先頭へ
携帯電話
 やはりそうかと思う。いくつとなく出ては消える警告も便利さには勝てないのだろう、すぐ聞かれなくなる。
 今回もアメリカのある機関の発表だが、携帯電話の電磁波が男性の生殖能を低下させるという実験結果だ。健常者23人と不妊患者9人から取り出した精子を2群に分け、一方に携帯電話の電磁波を1時間暴露した。電磁波を暴露した方としない方を比較検討した結果、電磁波暴露群ではDNA損傷に違いはなかったが、運動能と生存率は明らかに低下し、活性酸素種レベルは増加したらしい。簡単に言うと、何か遺伝的なダメージが起こると言うことは考えられないが、妊娠しにくくなると言うことだ。ただでさえ、妊娠しにくいカップルの割合が増えているのだから、ゆゆしき問題には思えるのだが、電磁波自身は痛くも痒くもないから事の重大さを理解することはかなり難しいだろう。
 科学でも政治でも経済でも、当然と言えば当然だが、擁護派と批判派に別れる。どちらを選択するかは個人の自由だが、おおむね僕は批判派に立脚点を置く癖がある。僕の性格は大胆にはほど遠いが繊細でもない。結構いい加減なところも多いのだが、生命に関するところはかなりナーバスだ。政治も経済もそこに立ち入ってくる場合は科学と同じように自然と身構えてしまう。
 携帯電話を通信可能な状態にしてズボンのポケットに入れておくことは避けた方がいいと研究機関では警告を発していたが、ではそれを頭の近くに持ってきてもいいのか。心臓はどうなのだろう。薬局の中でパソコンを使うと、FM放送に雑音が入る。数メートル離れているのに。これと同じものが朝から晩まで、僕の体の中に入ってきているとすれば恐ろしい。ラジオのようにノイズで知らせてくれればまだわかりやすいが、僕の身体はノイズを出せない。でも何かで訴えてくれているのかもしれない。体調不良と言う形で。幸い、僕は携帯電話が必要な職業でもないし私生活でもないから、まるで装飾品のように身につけ続けている人達に比べれば暴露される電磁波は少ないかもしれないが、電磁波は携帯電話だけではない。良くは分からないが恐らく僕らは電磁波の網の中で暮らしているようなものなのだろう。人間様が致命的なダメージを年余に渡って受けないことを、特にこれからこの世に出てくる人達が、せめて生命力に溢れた人間であることを願うばかりだ。
 拝金主義が世界を席巻して、物事のブレーキまでが経済や損得で踏まれる。最期の砦は人の心の中にあるものなのだが、現代はそれが一番危うい。もうとっくに心の中にまで電磁波は届いているのかもしれない。


2008年11月23日(Sun)▲ページの先頭へ
喫茶店
 昼下がり、年配男性二人と海辺の喫茶店でハーブティーを飲んだ。住宅街の細い道路を車で入っていくから、どんな喫茶店に連れて行かれるのかと思った。海岸からむしろ離れるような角度で住宅街に湾岸道路からハンドルを切ったので、降りた喫茶店の庭から瀬戸内の多島美が広がったのには正直驚いた。どうりでひつこく誘われたのが分かった。結構お勧めで自信があったのだろう。少し風があり寒いなと思ったが、テラスに席を取ったのには理由があり、禁煙の室内では煙草が吸えないのだ。余り人に聞かれたくない話題で誘われたから、人目を気にしてのことかもしれないが、僕は内緒話は嫌いだから室内の方がよかったが、誘われたのだから仕方がない。店内にドラムと管楽器が数個あったのが気になって一瞬だけ中に入り物色した。その楽しみは次回にとっておこうと、仕方なくテラスでテーブルを囲んだ。
 メニューには定番の喫茶店にありそうなものが書かれていたが、裏を見てごらんと勧められたので裏返すと、上から下までハーブティーの名前が書いてあった。ほとんど聞いたことがない名前だったのでどれにしていいのか分からない。そんな人間のために、詳しい説明が各名前の後に付いていて、まるで問診票を見せられているようなものだった。内臓疾患にも未練はあったが、結局、精神不安のハーブティーにしてもらった。喫茶店の奥さんが笑いながらオーダーを復唱していたが、僕には一番あっているような気がした。ハーブティーにはお砂糖のシロップが付いていて、なんだか紅茶崩れのような味がした。甘党の僕はそのシロップがなければ美味しく飲めなかっただろう。良いアイデアだと思った。
 僕は偶然海が見える向きに腰掛けたので、二人の話の合間合間に海を眺めていた。まるで入り江のように見えるのは、幾重にも島が重なっているからだ。高い大きな鉄塔が見えたので、あれは何かと尋ねると、香川県のある島の精錬所の煙突だと教えてくれた。高校時代の僕だったら泳いでわたれそうに見える島が、もう香川県だとは驚いた。牛窓と同じ海を見ながら、のんびりと日常から離れての1時間だった。僕にはかなり珍しい時間の使い方だった。ある役に就いてと言う話だったが、終始僕は断り続けた。人の役に立つのに肩書きはいらない。景色の中に何も加える必要はない。あるがままが一番いい。島はいくつ重ねても陸にはなれないのだから。
 


2008年11月22日(Sat)▲ページの先頭へ
近況
 連休で時間をもてあましたのか、久しぶりに突然メールが入ってきた。時々完治した方から近況を知らせてくれる。卒業生を送り出した学校の先生はこういった経験を多くするのだろうかと、ちょっとだけ羨ましくなる。彼女は20分少々のバス通学が怖いと言った書き出しで相談してくれた過敏性腸症候群の子で、そのところがかなり印象に残った子だ。それが以下のように変身するなんて。こんなに変われるんだと体験者の何気ない文章が皆さんの参考になるのではと思い、本人に許可を得てそのまま載せさせてもらった。治るってことが分からないと言う言葉を意外と多くの人から聞かされる。治るってことはこんな日常が戻ってくることではないだろうか。
 
お久しぶりです!滋賀県の○○です。そのつどは本当にありがとうございました!ほぼ
完治してから今日まで、本当に快適な日々を送っています。前のようにいきなり下痢になることが本当になくなりました。生理前後はお腹がゆるくなりますが、今は全然耐えられます!最近は海外旅行でイタリアに行ってきました。ヨーロッパは日本に比べれば施設が充実していないのでトイレに行くのも一苦労でした。以前の自分なら絶対に楽しめていなかったと思います。この旅で私は将来の夢を見つけました。それもこれも健康あってこそだと思いました。治ったからといって調子乗らずにあの頃の苦しみを忘れないようにしています。辛い時はブログ読ませてもらってます。かなり励みになります。またお世話になることがないように頑張りますそれではまた。。。
○○より
 
 すごいじゃないですか。外国まで行って楽しめるのだから、もう貴女に出来ないことなんかありませんね。将来の夢まで見つけることが出来たなんて、苦労した甲斐がありましたね。そんなものなかなか見つかるものではないのですよ。僕なんか未だ見つかっていません。今までの貴女の全てが無駄ではなかったてことです。あのまま貴女が不自由を抱えて生きていくなら、人様の役に立てることはそんなには多くなかったでしょう。もったいない、もったいない。これから長い人生、どれだけ人様のお役にたてれるでしょう。僕の喜びはそれです。僕に出来ないことが若い貴女なら出来ます。そのスタートのお役にたてれて良かったです。ブログが励みになって頂いているのも嬉しいです。何かに躓いたり、落ち込んだりしたときには目を通してください。旨く生きていこうとすることは性にあわなくて、より良く生きていこうと懸命にあがいているごく普通の人間の日常です。
ヤマト薬局


2008年11月21日(Fri)▲ページの先頭へ
 全く幸せな猫だ。商工会の信頼すべき男性から紹介されて税理士さんを半年前から変わったのだが、その方の奥さんが大の猫好きらしい。元々好きだった人が当事者の猫を拾ったのか、拾って育てたことによって猫好きになったのか分からないが、とにかく幸せな猫なのだ。全く猫などに関心のない僕からしたら異常な世界なのだが、猫好きの人にとってみれば当たり前の行為なのかもしれない。
 猫の世界にもエイズが蔓延していて、その猫もエイズにかかったらしい。動物好きの妻と話しているのを調剤室から聞いているだけだが、症状も人間のものと結構似ている。奥さんがインターネットで調べた情報で飲ませたいものを取りに来てくれるので、僕は言うがまま薬を量るだけなのだが、間接的に僕が勉強させてもらっているようなものだ。次第に色々なものが揃って、最近では、僕が癌の方に良く出すものに似てきた。猫は体重が少ないから、人間ほどの量が必要でなく、金額も人間の10分の1ほどですむが、うらやましいほど身体によいものを飲んでいることになる。食べれるようになったと喜んで、オシッコが出るようになったと喜んで、外に遊びに出るようになったと喜んで、又その逆で心配して・・・。その猫を長男と呼びお子さんの序列の頭に置いている。
 猫には引っかかれ、犬には噛まれ、幼いときの記憶はなかなか消せない。どちらも好きにはなれなかったが、犬に関しては15年近く一緒に暮らしたから今は克服できた。トラウマを最終的に克服するには、体力と気力を充実させて、再度それに接近しなければならない。1歩ずつ近づいて最終的にそれに触れれば克服できる。犬や猫なら一生避けていればすむが、自分の行動を縛るものなら逃げ続けることは出来ない。スーパーの野菜売り場に山積みにされている臆病を一つずつ買い物かごに移さない限り、晴れ渡った空の下には出ることが出来ないのだ。


2008年11月20日(Thu)▲ページの先頭へ
青年
> 偶然ヤマト薬局さんのホームページを見つけて、何かにすがる思いで相談メールを送らせてもらいましたが、このホームページにたどり着けたこと、漢方薬のお世話をしていただいたことに、本当に感謝しています。今まで自分のこの悩みを真剣に聞いてくれて、一緒になって考えてくれる人は私の周りには居なかったから、私の不安や疑問にいつも真剣に応えてもらえたことが、私にとって一番よく効いたのだと思います。将来、無事に薬剤師になれたら、過敏性腸症候群の人も含め、本当に困っている人の役に立てれるようになりたいと思います。本当にありがとうございました。

こんな田舎の薬局を信用してくれて有り難う。僕がこれから人の役に立てる量に比べれば、貴女のそれは数段多いはずです。僕は若い人が将来を有意義に過ごしてもらえれば、僕の力の数倍役に立ってもらえることをいつからか気がつきました。圧倒的に時間を沢山持っているからです。その時から、もったいないもったいないと思うようになったのです。貴女も又、心で作った病気です。貴女が治したように誰もが治るトラブルです。自信を持って、学生時代を過ごしてください。教科書通りの人生なんてありませんよ。 一杯失敗も重ねてこその人生です。完全でない貴女自身をいとおしんでください。その若さで心身共に元気で生真面目で・・・なら、ぞっとします。今の貴女のままでいてください。治ってくれて有り難う。

 この女性が治ってくれた最大の原因は、2回目のメールでくれた内容が回復への極めて重要なキーワードを含んでいたからだ。ある一言を見つけたとき処方がすぐ浮かんだ。その女性の最大の関心事ではなかったが、ふと漏れた言葉に、大切な内容が隠されていた。僕が治したのでもなく、漢方薬が治したのではなく、彼女が長いメールを書いてくれたことが最大の功労者だ。あの一文がなかったらこんなに早く完治しなかっただろう。過敏性腸症候群をお腹の薬を使わずに治したのだから。こんなことは僕にとってはしばしばあることなのだ。例えば、アレルギー性鼻炎を不妊症の薬で改善したり、男性に生理不順の漢方薬を出したり。限られた処方の中でお世話をしようと思えば、効能書きなんかに縛られたらできない。飲まされる方は心配だろうが、説明すれば分かってくれる。薬局の便利なところかもしれない。お医者さんなら保険の適用が厳しいので難しいだろう。
 相談を受けたとき一番にすることは、頭の中から過去の成功体験を抜くこと。あの人に効いたから次の人に効くなどは漢方の世界では余り無い。えてして成功体験に頼りがちになるが、その都度後悔する。治す方も治される方も、協力して立ち向かうしかない。努力なくしては結果はついてこない。主役は限りなく本人なのだ。自然治癒力、誰もが持っているすばらしい力を利用しない手はない。又一人、すばらしい青年が本当の青年になった。


2008年11月19日(Wed)▲ページの先頭へ
健康
 何年か前、お医者さんが書いた文章で「これからは、サプリメントの飲みすぎによる肝臓疾患が増える」と言う下りを読んだことがある。僕もそれは感じていた。幾種類ものサプリメントを、言われるままに、勧められるままに飲んでいる人が多い。効果を感じている人は逆にお目にかかったことはないが、よくもあれだけの異物を身体に入れて持つものだと人ごとながらに心配していた。口を挟むことは出来ないから、尋ねられたら、健康食品は畑に植えられ、海を泳いでいると答えることにしている。手を加えるごとに自然から段々遠ざかり、不健康食品になってしまう。当たり前の話だ。健康食品は、都会の店で、あるいは通販で買うものではなく、八百屋や魚屋さんで買うものなのだ。
 今日来た女性なんか大したものだ。健康食品を6種類飲んでいたらしい。僕と同年輩で独身だから健康にはすこぶる神経質で、色々気を使っていたのだろう。その結果、3回、肝障害を起こしたらしい。さすがにそれ以降は止めたらしいが、そもそも食事には全く無頓着で、食事の不足分を補っていたつもりらしい。食べ物はビタミンやタンパク質の化学式で成り立っているのではない。植物も動物も、人間が勝手に分析した結果論では説明できない「命」を持っている。その命を頂いてこその健康食品なのだ。光沢鮮やかなカプセルやガラス瓶の中で命は育まれない。
 便利の落とし穴は意外と深い。背丈ほどなら出られるが、時には深い穴もある。得るものより捨てるものが価値があるというしゃれにならないことも多々ある。健康はお金で買うものではなく、お金と縁遠くなれば手に入るもののような気もする。


2008年11月18日(Tue)▲ページの先頭へ
混在
 一歩がわずか10cmと言ったら大げさなのだろうか。厳密に測っていないから確かなことは言えないが、傍で見ていたらその位に見える。歩いているのだが止まっているようにも見える。
 タクシーの扉が開いてから薬局に入ってくるまでかなりの時間がかかった。タクシーが薬局の前に横付けされたのは気がついていたが、誰も入ってこなかったので、人が乗っていたと言うことは考えなかった。むしろ逆に、誰かを待っているのだと思った。ところがしばらくして、杖をついた小柄なおばあさんが、上述の如くゆっくり、本当にゆっくり入ってきた。
 わずか数百円の買い物をして又帰っていく。どこから来ているのか分からないが、恐らく町内だと思う。ちょっとのものの買い物のために、タクシー代を使わなければならないのが気の毒だから、電話をしてくれれば配達すると何回か話したが、その都度断られる。品物の値段より数倍高くつくので気の毒に思うのだが、遠慮する。どう見ても一人暮らしで、身の回りのこともさぞ出来にくいだろうと思うのだが、気持ちをくんでくれない。その遠慮が見ていてつらい。どうしてそこで遠慮するのと言ってやりたいが、その遠慮こそがその老婆を支えてきたものかもしれない。色彩のない服を着て、口べたにやっとの事で意志の疎通が出来る彼女にどんな一生があったのか思いを巡らすが、明るい情景はなかなか描くことが出来ない。
 家には若い者がいて、車もある。経済的にもきっと恵まれている。このような家が逆に遠慮無く配達を頼んでくる。そのこと自体は一向に構わないのだが、得てしてねぎらいの言葉やお礼の言葉の訓練が出来ていない。良くそれで世間が渡れてきたなと思うのだが、その人種に限ってその種のアンテナは持ち合わせていない。学ばなかったものが多すぎて、どこかに触覚を忘れてきた昆虫のようなものだ。回りの善意だけで生かされている。
 老婆が又同じ歩幅で出ていった。僕はタクシーのシートに腰掛けるまで、支えてあげたのだが、運転手はただ見ていただけだ。僕と年齢が近いだろう運転手にとって、老婆は母親を思い出させなかったのだろうか。あの歩みを見て、手を貸さないのはかなり勇気がいる。心温まる光景も、心が凍てつくような光景も混在してこそ世の中なのだろうが、出来れば壁にかけた絵画の中の花でさえ光を受けて咲いて欲しい。


2008年11月17日(Mon)▲ページの先頭へ
 中学校の砂場で中型犬のクリを遊ばせていた。すると突然クリの姿が消えた。大きな声で呼ぶと鳴き声が砂の中からした。僕は手をスコップにして砂場を掘った。するとマッチ箱が出てきて、その中にクリが閉じこめられていた。マッチ箱を拾った穴を覗くと中にお菓子でも入っていたのだろうか紙箱が見えた。それを拾い上げ箱を開けると胎児が子宮の中と同じ格好で詰められていた。触るとまだ温かく、生きているのが分かった。鳴き声も聞こえたような気がした。僕は遺棄事件だと思って警察に連絡した。まもなく駆けつけた警官が、この母親がさっき自殺したと教えてくれた。
 今日も授業に出なければならないのに、どうしても出かけられない。薬学部なのに数学がある。数学がそんなに不得手だという認識はないのに、何故か数学の授業に出られない。他の授業にも出る気がしない。これでは単位が取れないからやばいなと憂鬱になるが、一方で僕は卒業しているはずだと気付き始める。そこでいつものように目が覚め、卒業も国
家試験も一応クリアしていることを確かめて安堵する。
 連続で見た夢か、途中熟睡を挟んでか分からない。でも、想像力たくましいというか、空しいというか、ろくな夢を見ないものだ。何を心配して、何を懸念して、こんな夢を見るのだろうかと思うが、この想像力が生産的なものに向けられないのが凡人の凡人たる所以だ。
 いつの頃からか毎晩夢を見るようになった。熟睡感もあるし、朝もすぐ起きれるから問題はないが、ない頭を常に酷使していることだけは感じる。何の成果も現れないのに、何の報いもないのに、寝てまでも頭を使っている。せめて起きているときにもっと効率よく使えばいいのだが、感性に流されて理性は僕の頭上には停泊しない。悪夢を治療する漢方薬も理論上は知っているのだが、誰も試してくれない。若い頃から何も夢見ることが出来なかった分、今になって夢ばかり見ているのかもしれない。同じ夢という言葉を使いながら、心地が位置するところは天地の差だ。布団の中に未来はなくて、寝苦しさに身体をねじる汗の臭いだけがする。


2008年11月16日(Sun)▲ページの先頭へ
ホームレス
 朝早く、岡山市内のホテルの前を車で通りかかった。その時間からホテルの食堂はやっているみたいで、玄関傍のショーケースは電灯で明るく照らされていた。小雨だったのでやたらショウケースが目立った。玄関正面にはフロント係が見えた。ホテル内の食堂は中華料理が美味しくて、僕は2回ほどラーメンを食べに入ったことがある。ショーケースの前に初老の男が立っていた。大きな紙袋を下げて、黒色らしきズボンに作業着らしき服を着ていた。らしきが続いたのは、よれよれのズボンで元の色は分からない、よれよれの服で元は分からないからだ。男はじっとショーケースを見入っていた。信号待ちの間ほとんど動きがないように見えたので、余程真剣に見入っていたのか。何を想い見入っていたのだろう。
 「お腹が空いているんだろうな、食べていないんだろうか」と妻に言うと「ホームレスと決めつけてはだめよ」と答えた。僕が黙っていると「でも、その様に見えるね」と言ったから、やはりそうなのだろう。勉強会に県外に行く妻を駅まで送っていたので、勿論そんなことは出来ないけれど「一緒に朝食を食べますかと声をかけて、ラーメンが食べれたらいいのにね」と言うと妻も賛同していた。僕らは出来そうにもないことを言って自己満足しているだけだが、それを、いや、それ以上を実際に行っている人は沢山おられる。圧倒的な心の温かさにただただ小さくなるばかりだ。
 その日の午後の話。
 偶然かもしれないが、二人ともかなりのびっこを引いていて、歩くたびに大きく体が揺れる。マイクを持って自己紹介したが、一人は照れて少し威嚇するような素振りを見せた。勿論悪意は全くない。もう1人は簡単にと言いながら、結構喋られた。二人とも別々の建築現場で働いていた面識のない男だが、共通点がある。まず事故で大けがをしたこと。片や足の複雑骨折。片や足と首の怪我。2つ目は、それが原因でホームレスまでに転落したこと。3つ目はその人達を家族として受け入れているある女性に助けられたこと。その女性が彼らのために、特に足を切断しなければならないかもしれない一人のために祈ってくださいと言われた。そんなことで何の役にも立てそうにはないが、女性にとってはそれで十分なのだろう。僕らに宴曲に奮起を促しているのかもしれない。
 出来ることより出来ないことばかりを捜していじけて暮らしている僕たちに、さあ一緒にと手を差し伸べてくれているのかもしれない。ホームレスの二人にだけでなく、心のホームレスの僕たちも救おうとしてくれているのかもしれない。美しい心の持ち主って、本当に美しい表情をするものだと、同じ部屋にいながら何か遠くにいる人を見ているような錯覚に襲われていた。


2008年11月15日(Sat)▲ページの先頭へ
舞台

 驚いて、喜んで、胸をなで下ろした。
 朝早く放送塔から区長の声が流れるとほとんどがお葬式の案内だ。どこの誰が亡くなり葬式はどこで何時から行われると案内がある。僕の町だけのことか、他の田舎町にもあることなのかは知らない。
 つい最近もその放送があった。まだ頭は完全に覚醒していなかったし、放送の声がわれて聞きづらかったこともあるが、○○さんが亡くなったことだけ分かった。その日曜日には、ある人と行動を共にする予定だったから、妻と葬式に行くかどうか、またはお供えを誰かにことづけるかを話し合った。○○さんは病院で出してもらっていた便秘薬をわざわざ取りに行くのが不便で僕の薬局を利用してくれているだけだから、まあいいかと言うことになった。妻は、若干後ろ髪を引かれたみたいだったが、朝早い出発のため何となくうやむやのまま出かけた。
 薬局の裏で休んでいると、聞き慣れたろれつの回らない声が娘を相手にしていた。声といい、しゃべり方と言い○○さんそっくりだった。○○さんは脳梗塞の後遺症のリハビリ代わりに意図的に奥さんが買い物によこしていた。あれっと思って覗くと、なんとまぎれもなく○○さんがいた。驚いたけれど嬉しかった。ご主人と同じ名字の人がいるのと尋ねたら、近所にいるらしい。それで全てが解決した。てっきりその名字の人は僕の地区には1件だけと思っていたから、名字を聞いただけで決めつけていたのだ。葬式に出席なら会場で気がつくだろうが、香典をことづけるのだったら完全にアウトだった。まさに胸をなで下ろした。
 誰も気がつかない日常の隙間で、小さな小さな舞台が繰り広げられている。俳優も演出家もいない。だけど舞台は延々と続けられる。人生とは観客のいない舞台に上がり続けることかもしれない。
  


2008年11月14日(Fri)▲ページの先頭へ
収容
 特別養護老人ホームの薬を作っている関係で、数回施設の中を見せてもらったことがある。1度だけ往診する医師について全ての患者さんも見た。もう1年以上前のことだが、印象深かったせいかよく覚えている。個室や複数部屋に横になっていた人達もいたが、僕が訪れた時間帯は多くのお年寄りがホールに集まって、いくつかの大きな丸テーブルを囲み、思い思いに過ごしていた。ある人は縫い物をして、ある人は介助されながら何かを食べていた。ある人は虚空を見上げるようにしていた。ある人は僕の動きを目で追っていた。
 それは楽しい光景ではなかった。何か違和感がぬぐえなかった。職業柄毎日多くの老人と接するが、明らかに雰囲気が違い、「収容」と言う言葉が頭をよぎった。勿論、介護の負担に耐えれない現代家族の働き方でこの種の施設が必要なのは分かっているが、異様な雰囲気を感じた。良い悪いの判断ではなく、不自然な光景に見えたのだ。
 隔離された施設の中で、若いヘルパーに助けられ生き延びることが本望かどうか疑わしい。不自由はあっても、地域で子供達や犬の鳴き声を聞きながら過ごす方を望んでいたかもしれない。寝たきりや痴呆など昔の人はよく頑張ってお世話をしたものだと今更ながら感心するが、恐らくそれが出来るくらい、今よりはゆっくり時計の針が進んでいたのだろう。僕が牛窓に帰った頃は、昨日のようにも思えるが、明らかにまだ働き方に余裕があったのだろう、家でほとんどの人が介護していた。愚痴はこぼしていても、まだ主役は老人の方にあった。主役が介護する方に移ってから、全てがシステム化されてしまった。老いて死にゆくこともシステムに乗かっているのだ。
 谷があり、川が流れ、池もあり、橋が架かり、鳥が鳴き、獣たちが通る道があるから山は山なのだ。山だけの山は山ではない。泣きじゃくる幼子、学校へ急ぐ小学生、職場に向かうお父さん達、畑にしゃがみ込み草を抜くおばあちゃん達。みんなみんな、大切な風景なのだ。それらが集まって初めて町になる。寝たきりになっても窓の外に感じることが出来る営みがある。同じ空気が窓から侵入し又出ていく。
 進んでいい時代もあれば、止まって欲しい時代風景もある。


2008年11月13日(Thu)▲ページの先頭へ
コロッケ
 「車の持てない私にとって、高速道路が安くなろうが、石油が安くなろうが他人事のように聞こえます。公園で百円のコロッケを食べながら、過ごす休日だけが、唯一の楽しみです」
 ある男性から薬の注文を受けたとき添えられていた文章だ。今日は何回となくこの文章が頭に浮かんできて切なくなった。いやいや、この文章で世俗を超越した生き様を感じ、歓びのおこぼれを頂戴すればいいのか。解釈は前者に分がある。
 僕の薬を飲んでくれている人の中に、彼と同じような働き方、生き方をしている人は多いのではないかと思う。巨大な社会の歯車の一つになって懸命に毎日を過ごしながら、報われることの少なさに不満を届ける場所も持たず、疲れ果てた心と身体にむち打っている人達が。社会の多くをこの人達に負っているのに、なんて冷徹な世の中なのだろう。幸運な一握りの人のために太陽は光を注ぎ、小鳥はさえずるのではない。地を這う虫にも光は届き草は芽吹く。
 都会の公園の風景を知らない。池がありカモが泳ぐのか、遊具の上で子供達の歓声が響くのか、借景にいくつもの摩天楼をいただくのか。油の移った紙袋からおもむろにコロッケを取り出し口に運ぶ男性の顔も声も僕は知らない。でも今日、僕の頭の中に彼は顔も声も持って生きていた。


2008年11月12日(Wed)▲ページの先頭へ
介護
 もう彼女は、お父さんを何年看病しているのだろう。ひょっとしたら10年は越えたのではないか。血圧が高いことなどもろともしなかった豪傑だったが、ある日逝きそこなった。以来、奥さんが働いてお嬢さんが世話をしているみたいだ。若くは見えるが恐らくお嬢さんも中年が近いのではないか。冬には冬の、夏には夏の着古した服装の女性が、、紙おむつを持って帰る姿を見るのは忍びない。新聞紙や包装紙で包んで分からなくするが、いつもそれだけのことにも感謝してくれる。
 最近になって時々ツケを要求される。何日まで待ってと小さな声で申し訳なさそうに言う。当方にとって好ましいことではないが、仕方がない。もし拒めば、お父さんは瞬く間におむつかぶれを起こしてしまうに違いない。また家中に尿の独特の臭いが充満するだろう。そんなこと簡単に想像できるから、又いたいけに看護しているお嬢さんの様子を見るとむげに断ることなど出来はしない。お互いが分かる田舎の薬局では当たり前だ。
 ただ、時々こんな暗黙の了解を裏切る人がいて、数ヶ月服用している薬を最期は数回ツケにして姿を現さなくなる輩もいる。田舎の人間にしてはおしゃれで、時には家族旅行に出かけたりして、経済は問題なさそうに見えるのだが、いとも簡単にこちらの真心を踏みにじる。一度踏みにじられるとそこから回復するのに少し時間を要してしまい、あのお嬢さんのような人に遭遇したときに健全な態度がとれなくなる。負の心の連鎖など当人は考えても見ないだろう。
 お上が全員にお金を恵んでくれるらしい。紙オムツを買えない人も、遊びのためなら良心を踏み倒す人も同じように恵んでくれるらしい。その金額が取るに足らない人にも恵んでくれるらしい。お上はそれで何を買おうとしているのだろう。まさか下々の人間の心を買おうとしているのではないだろうな。それならあまりにも安すぎる。心を買える金額などない。買えるのは唯一反感だけだ。恵んでもらえば屈辱感だけが残る。お金は必要な人のところに届けられるべきだ。声を上げれないほど懸命に生きている人達に。恐らくそんな人は一杯いる。耳を澄ませば聞こえてくる、主張することが苦手で臆病な人達のうめき声が。


2008年11月11日(Tue)▲ページの先頭へ
ご祝儀
 色々な製薬会社から、毎月セールスの人が情報を持ってやってくる。もう数年同じ人が回ってくると情報をもらうと言うより、単なる世間話で終わることが多い。今日来たセールスの人も途中数年のブランクがあったが、僕がまだ30代の時からやってきている。取り立てて優秀だとも思えないが、何故か気が合う。色々な理由があるのだろうが数点拾い上げてみると・・・
 まず、業界トップの会社ではない。だから就職するときも、トップの会社に蹴られたか最初から選択肢に入れなかったはずだ。僕は、規模の大小を問わず一番は嫌いだし、エリートとは肌が合わない。もっとも向こうはもっと合わないだろうが。第2は、サッカーをやっていたこと。それも大阪の名門高校で。そして大学で挫折したこと。社会人になってその面影もないくらい太っていること。当時僕もスポーツ少年団を立ち上げたばかりの頃で、何となく親近感を持った。第3は、相撲取りの魁皇に似ていること。魁皇は稽古場の横綱と言われて久しいが、結局は度重なる怪我と運の無さで万年大関に甘んじている。そんな不器用さが僕は好きだった。偶然彼にそっくりなのだ。最期は彼が関西人だと言うことだ。これが実は最大の原因かもしれない。
 関西以外の人には分からないが、彼らは人といるとすぐにボケとつっこみにあうんの呼吸で別れる。大切な要件でもギャグにしてしまう。関東のセールスの人が全く冗談を言わずひたすら情報を提供して、こちらの機嫌を損ねないように気配りするのとは雲泥の差だ。どちらがより優秀かは分からないが、関東も関西も首にならずに又顔をのぞけてくれるから、僕の薬局に来る人達はそれなりに優秀なのだろう。
今日の彼の最高のギャグを一つ紹介。
彼が担当している薬局のお母さんが、孫のことでオレオレ詐欺にかかったらしい。それは気の毒な話なのだが、その事で、おばあさんがえらいお金を持っていたことに家族が気がついて、一悶着あったらしい。そのこと自体もさりありなんと面白かったが、「僕なんか、子供のために電話で金を何百万用意するように言われたら、分割にしてもらえへんやろかとお願いしないと払えませんわ」と笑いながら言った。何とも言えない間をおいてちゃんと落ちをつけるから彼らはやはりすごい。
 まだ在庫はあったが、数点ご祝儀に注文してあげた。笑いに優る薬を僕は知らないから。


2008年11月10日(Mon)▲ページの先頭へ
ノックダウン
 筑紫哲也が亡くなって後、惜しむ声が色々な局の色々な番組で報道されている。戦友と呼ばれる人達、あるいは後輩にあたる人、何となく頷けるが、昼の健康(?)番組で日本中を騙し続けている男が同業者と言ったのは笑えた。マスメディアの寄生虫みたいな男が、まさかこの国の座標軸を目指しているのではないだろうな。
 僕にとってテレビはニュースを見るためにある。仕事が終わって、ニュースのはしごをしながら頭と身体をクールダウンしていく。毎晩夢ばかり見、目が覚めたときには身体がぐったりしているから、実際にはクールダウンしてはいないのだろうが、他にその時間帯に何かが出来るほど気力も体力も残ってはいない。ほとんどぐったり状態で仕事を終える。クールダウンよりノックダウンかもしれない。
 僕が今、考え方を参考にしているのは、名前は確か「テラシマ」と言ったと思うが、西郷隆盛みたいな体格と顔をした人だ。時々テレビで見かけるが、ついつい聴き入ってしまう。ボリュームを自然と上げてしまう。聞き漏らさないためだ。他のどんなコメンテーターとも違った視点で物事を分析し提言する。しばしば沢山のコメンテーターを番組に配置するが、彼だけにしてもらいたいと思うほど、他は頼りない。ましてその中にタレントなどが含まれていると、時間を返せと叫びたくなる。
 困難な時代に煙幕を張るかのようなテレビ局の低俗ぶりに、憤慨しながらテレビのスイッチを入れてしまう自分が情けないが、若者がテレビを見なくなったというのは救いだ。車に乗らなくなったと言うことほど貴重だ。片や精神が、片や地球が救われる。強きを挫き弱きを助けるものなどが存在するなどとも思わないし期待もしていないが、そんなものが出てくる余地が今のところないことが、この国の救いかもしれない。


2008年11月09日(Sun)▲ページの先頭へ
実体
 ある集まりで、イベントの役員選出と作業内容などの検討会があった。僕が一番若くて、いわゆる唯一の現役世代だ。一回りくらい上の人が多いのだが、共通した感想は、皆さん有り余る時間と、体力と、好奇心を持っていると思った。付け加えれば、経済的にも安泰なのではないかとも思った。経済的な裏付けがないとなかなか人の世話など出来ないだろう。あの世代の人が、この国の貯金のかなりの部分を持っているらしいから、あながち僕の想像は間違ってはいないのではないか。それよりもむしろ若い人の集まりに行ったほうが、経済的な不安定さが気になってしまう。僕は立案のところでは深く関われるのだが、実際の現場では仕事の関係で不可能だ。要はそのイベントの時間は働いているのだ。単純だけど一番わかりやすい。でもそれがなかなか受け入れられなくて、若干のブーイングがあった。
 年配者が持てるものを利用してよく勉強し社会に貢献している。若者は、ひたすら働き、遊び、ぐったりしているからそれ以外に余力はない。だから経験も知恵も付きにくい。インターネットを伝わってくる実体のない知識は幾ばくかはあるかもしれないが、形も温度も硬さもない。年配者は利害に敏感だが、若者は利害を主張する智恵もない。与えられることよりむしろ一方的に奪われているように見える。
 もう長い間、集団としての若者の「NO」の声を聞いたことがない。余程満ち足りているのだろうか。満足と従順は似て非なるものだ。物事を検証して満足しているのならいいが、検証もせず従順なのはよくない。取り返しのつかないものは、いつも従順の向こうから勇ましくやって来るから。


2008年11月08日(Sat)▲ページの先頭へ
1億円
 全くの素人だが、こんなニュースに触れるとなんてことだろうと思ってしまう。非正規とか派遣とかと呼ばれる雇用形態の人の割合が、4割近くに達するのだそうだ。意図してその形態を選択している人は別として、時代に翻弄されて余儀なくされている人達の苦労はメディアで伝えられ憤りすら感じる。
 20歳〜60歳まで働いた場合の正社員と派遣社員の生涯賃金の差はなんと約1億円だそうだ。差が1億円とはどう理解すればいいのだろう。最低限生きていくために必要なお金など両者にそれほど差はない。食費が数倍かかるわけでもないから。その差1億円は、生きていくだけと、人生を楽しむとの差なのだ。生活するだけの人と、生活し余力で人生を楽しむのとでは天地の差だ。生きていくだけなら動物でも出来る。いくつもの感動を重ねるのが人間の生き方だ。その資金は前者には与えられない。
 ひたすら利便的な労働を提供しながら、享受するものはいたって少ない。そんな都合の良いことが許されていいのだろうか。彼らは市民であって安全弁ではない。パッキンがすり減った安全弁ではない。苦労はいくつかの喜びで穴埋めされなければ拷問でしかない。喜びはいくつかの苦労で導かれないと傲慢でしかない。
 冬空に凍えようと、一人部屋の中で凍えようと、凍てつく心に差はない。何の温もりもなくて春を待てよう。


2008年11月07日(Fri)▲ページの先頭へ
大山
 この辺りから大山(中国地方で一番高い山、鳥取県にある)まで車でどのくらいで往復できるのか知らないが、僕など県外と聞いただけで大儀になる。とても車を運転して行く気にはなれない。電車で行くか、観光バスが関の山だろう。ところが70歳代になった高齢の方達が、それも女性だけで車で往復するってのだからその気力体力好奇心に感服する。そのどれももっていない僕は、ただただ土産話に耳を傾け色付き始めた山々を想像するだけだ。
 逆流性食道炎は嘗ては若い人のトラブルだと認識されていたと思うが、現在はそうとばかり言えなくなった。印象からすると若者、年長者、半々のような気がする。出過ぎた胃酸が食道を上がってくるのだが、余程の若者で余程不摂生をしない限り余りかえるほどの胃酸は出ないと思うのだが、その症状を今では高齢者が簡単に起こす。腰が曲がっている人は別として、ごく普通の高齢者でもその症状を起こす。ただただ若いのか、ストレスが一杯たまっているのか、焼き肉屋でビールを傾ける猛者なのか分からないが、いずれにしても若くて元気がいい。
 切れる老人も多いと伝えられているが、胃が若いのに、気が若くても不思議ではない。悟りすぎて何にも淡泊な若者がいて、片や未完成な年輩者がいて何とも奇妙なバランスを保っている。どちらを見ても、教科書がなく手探りの時代だが、人の心に咲く花は目立たず香らず寄り添うように咲くのがいい。
 


2008年11月06日(Thu)▲ページの先頭へ
熱狂
 熱狂の果てで、爆弾に吹き飛ばされた人々。歓喜の陰で肉片と化した人々。遠く貧困の地でうつろな民衆。磨かれた言葉に酔う大衆。自国以外の事象に無知集団。欲望の権化。自由も民主主義も欲望の免罪符。殺人集団。
 「後は心の持ちようだけ」と言い切った貴女の方を僕は信じる。テレビに映し出される群衆の熱狂を僕は信じない。自分と戦い、克服しつつある貴女の力と将来を信じる。敵は我がうちにあり。本当は誰も貴女に敵意なんか抱いていなかった。貴女が自分で作り出した仮想の敵意。体調を上げさえすれば、そんな邪念が次第に消えていくことを貴女は学んだ。出来ないことをゆっくりと、でも確実に克服した。出来ないことは挑戦すべきことになり、やがて出来たこと、出来ることに変わっていった。もう貴女は、はっきりと射程内に収めている。やがて完全な自由を、自分自身から、過去のトラウマからの自由を手にするだろう。貴女がふと漏らした決意を大切に心にとめて、羽ばたいて欲しい。
 多くを望んでいない、大きなことをしようともしていない。ごく普通に、誰もが手に入れ、誰もがするであろうことをしてみたかっただけなのだ。もうこれでいくらでも取り返すことが出来る。失った以上に得ることが出来る。感情の機微や同情、慈しみまでが貴女の武器になる。
 肩書き一つ持たず不平一つ言えなかった貴女を信じる。貴女の対極にいる人々の独善と欺瞞にうんざりしているから。


2008年11月05日(Wed)▲ページの先頭へ
花屋
 薬局という無機質な空間にいても、その人、あるいはその子がいるだけで幸福に浸れることがある。
 素直で飾らず、田舎の中学に通うその子はお母さんと遠くから来てくれる。親と一緒にやってきて、親と普通の会話が出来る。まずそれが第一だ。親と一緒に入ってきても、まるで他人のよう、あるいは敵のような関係もままある。その雰囲気はこちらにも伝わって、仕事をする気が失せてしまう。母親とやってくるのはまずまず。父親とやってきて普通の会話が出来たりしたら、もうそれは感激もの。どれだけ旨く育て、あるいは育っているのだろうと尋ねてみたくなる。
 うらやましいくらい旨く育っているそのお子さんについてお母さんの心配は、高校生になって色んな人と接して、傷つかないかと言うことだ。もっと幼いときからばい菌に触れて抵抗力を付けておいた方が良かったのだろうかと、しばしば引用される懸念を口にした。僕はそれには反対だ。お母さんも口ではそう言うものの、意図的にそんなことが出来るわけがない。幼くても、人格が引力になって善良な仲間が出来ることは多いだろう。敢えてその中に異質を放り込むこともないし、そもそも異質の側も耐えられないだろう。田舎でのんびりと純朴に育ったことは大いなる宝物だ。続く限りそれを大切にすればいい。世間の荒波に耐えられるのは必ずしも早咲きの雑草ばかりではない。穏やかで競うことが苦手で、戦うことがいやな子がその個性を押し隠し混沌とした現代の秩序に迎合する必要はない。むしろ無味乾燥な時代のオアシスにあの子達はなれるのではないか。砂漠と化した人の心に潤いをもたらせるのはあの子達ではないか。近づくべきはあの子達にではないか。旨く生きていくのが目的ではない。より良く生きようとしている人がより良き生きれるように世の中の方が変わらなければならない。範となるべき人間が欲望の化身となり下がる時代に可憐な花を咲かせる鉢植えが、純朴という名の花屋の店頭に沢山並ぶことを願う。


2008年11月04日(Tue)▲ページの先頭へ
○(まる)
 いくつ○をとったら僕らの日常の感覚になるのだろう。それだけのお金で持ち主は何を買うのだろうと想像する前に諦めてしまう。そのお金で買えるものが分からない。一つの町丸ごとでも買えそうな金額だが、具体的なものは皆目浮かばない。そんなに○をつけなくても必要なものは全部買えている。買えないものは買わないから今の○の数だけでいい。 毎日1万円の食事をしろと言われたら困る。米にみそ汁に魚に野菜。1日1000円あればいい。服装を整えろと言われたら困る。もらい物の未だ袖を通していないお古がダンボール箱の中に出番もなく押し込められている。旅をしろと言われたら困る。体調を壊して訪ねてきてくれる人がまだまだいるから。
 働いて手にした額で暮らす。お金でお金は増やさない。まして騙したり盗んだりはしない。質素は富より気高く、貧乏は無知より悲しい。


2008年11月03日(Mon)▲ページの先頭へ
時計
 意識してみるわけではないが、偶然見た映像や写真で、僕がまだ幼いときの時代の貧しさを認識させられることがある。比べるものを持っていないので、その時その時にそんなことに気がつくわけもないが、現代の豊かな日常風景からしたら雲泥の差があることに気がつく。何もかもが変わったと言っていいのかもしれない。変わっていないものは何なのだろう。それを見つけることの方が難しい。目に入ってくる全てのものが変わっている。
 目には見えない心、あるいは精神は見えるものとは違った時計を持っているように思う。山が削られ、海が埋め立てられ、電車が走り、車と人が溢れ、コンクリートの中で暮らし、ジェット機が世界を結ぶようになるには半世紀もかからなかった。見える時計はますます加速度を増し、昨日はいともたやすく今日に取って代わられる。
 ところが見えない時計はゆっくりと悠久の時間を刻む。今でも多くの人が紀元前の偉人の教えを守り心の拠り所にしている。会ったこともない、見ることも出来ない、触ることも出来ないお釈迦様やキリスト、マホメッドなどを魂の拠り所にしている。またルネッサンス時代の美術に心を奪われ、200年前の音楽家の曲を世界中で奏でる。価値あるものは滅びないのだ。時間を止めるくらい、いや逆戻りさせるくらい力強い。
 外見は歳月と共に衰えるが、心の中は青年期のままのようでもある。偉大な人達が時間を超えて生きるのには比べられないが、凡人の心も少しは立ち止まることが出来る時計を持っているのかもしれない。


2008年11月02日(Sun)▲ページの先頭へ
洪水
 この親にしてこの子か、この子にしてあの親かと思わせる体験を今日してきた。それも好ましい方の体験を。
カトリックでは神父は生涯独身を通す。財産も持たない。だから、なかなかなり手がいない。神に祈りを捧げ、キリストの言葉を伝えることのみに生涯を捧げる。世俗的な人間が欲しがる全てのものを放棄する。当然生半可な覚悟では出来ない。仮に本人にその気があっても、親が許さないことも多い。
 僕が所属している玉野教会に今日韓国から3人の方が訪ねてきた。神父様のお母さんとお兄さんと叔母さんだ。偶然僕はその人達の隣に腰掛けたのだが、叔母さんの民族服でその人達が家族の方だと分かった。キム神父様は神父では珍しく韓流スター並みの風貌をしているのだが、そのお母様の美しさと品は半端ではなかった。恐らく60歳前後だと思われるが、ミサの間の振る舞いやミサ後の自己紹介のなんて奥ゆかしくて理知的だったことか。神様に息子を差しだすには、信仰の深さの他に、他者に対する慈愛を身につけていなければ出来ないのか。息子をよろしくなどとは一言も言わなかった。教会に集う信者の幸せをひたすら祈っていますと繰り返していた。何で繋がったのか分からないが、僕はずっと吉永小百合の微笑みを思い浮かべていた。何となく雰囲気が似ていたのだろうか。
 そのお母様の前で、説教をされたが、人は死ぬ寸前に3つのことを後悔するらしいと言われた。施さなかったこと、我慢しなかったこと、頑張りすぎたこと。お金持ちでもそうでなくとも、もっと人に分かち合えなかったのか、あの時我慢しておけばもっと変わった人生になっていたのでは、がむしゃらに生きてきて、楽しむ余裕もなかったと言うことらしい。死ぬ寸前でなくてもすでにどれも当てはまっている。寝ても覚めても後悔の洪水に襲われている。世俗の中にどっぷり浸かっている僕は、内的要因ではなかなか生き方を変えることは出来ない。1週間に1度、見えるものは何一つ持たず、見えないものを大切に育てている人に会い、自分の見たくないものを一つでも減らせれたらと玉野市に通う。


2008年11月01日(Sat)▲ページの先頭へ
お願い
 病気でまっすぐ歩けないから、入り口のドアにぶつかったり、カウンターにぶつかったり、椅子につまづきそうになる女性は、主人の代わりに処方箋を持って入ってくる。喋るのも旨くしゃべれないから、聞き取りにくいし、財布からお金を出したりおつりをしまったりするのもかなり不自由だ。別に立て込む薬局ではないからじっと待っているのだが、主人は運転席から降りても来ない。処方箋を受け取るたびに心が痛む。出ていって奥さんをいたわってと言いたいが、処方箋といういわば公のものに関わっている瞬間だからぐっと感情を抑えている。それがOTCや漢方薬だったら全部自分の責任だから、薬を出すことを断るのだが、処方箋調剤はお医者さんの下請けみたいなものだから感情を表に出すことは出来ない。なかなか不便なものだと思いながら薬剤師という肩書きになりきる。普段はその肩書きは似合わないし、極めて自然体で皆さんに接しているから楽しいのだが、よそ行きは疲れるしストレスがたまりすぎる。
 僕なら新幹線以外では行けないところから若い夫婦がやってきてくれた。都会の医院や薬局にかかっていてらちがあかずに訪ねてきてくれたのだろうが、向こうはどうか知らないが僕には全く最初から垣根はなかった。連絡があって数日のうちに訪ねて来れる身の軽さにまず感心した。2時間くらい一緒に過ごしたがとても楽しかった。薬を作っているときの二人の笑い声が印象的だった。「お血」だ「血虚」だと難しい単語を前の薬局で聞いて知っていたが僕は難しい話は出来ないから、岡山弁丸出しで、笑いでごまかした。漢方用語を覚えてもらうより、1回でも大きな声で笑ってもらった方が良く治る。田舎から出ていっているであろう奥さんの隠せない訛りとご主人の柔和さが、僕の思考力をむち打つ。遠くから来て頂いた分、大きな土産を持って帰ってもらいたい。薬局で聞こえた楽しそうな笑い声の何倍も大きな笑い声を持って帰って欲しい。
 同じ夫婦でも天地の差だ。別にべたべたしなくていいが、せめてクールないたわりくらいは見せて欲しい。奥ゆかしい日本人だから、外国人のようにとってつけたことは出来ないが、せめて危険から奥さんを守るくらいはして欲しい。所詮「犬も食わぬ」かもしれないが、命には代えれない。
 病院ほどでもないが、小さな薬局の中にも様々な人間模様が繰り広げられる。


   


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