栄町ヤマト薬局 - 2008/07

漢方薬局の日常の出来事




2008年07月31日(Thu)▲ページの先頭へ
混乱
 僕自身の青年期を除いて、いわゆる青年と付き合ったのは、バレーボールを通じてだ。毎週2時間、かなりハードなスポーツを30年間笑いの渦の中でやっていた。その場で接する青年は体育会系の人間が多かったから、快活で行動的だった。勿論それは全体的な印象で、温度差は当然1人1人にあった。だが、おおむねひたすら明るく、単純だった。笑うか、怒るか、食べるか飲むかの繰り返しだった。深く話し込むことはいっさい無かった。言葉はいつも笑いのネタでしかなかった。漢方ではこの種の人達を陽と呼ぶのかもしれない。
 陽があれば必ず陰がある。片や陰と呼ぶ人達とも接点はあった。集団での接点は無かったけれど、個人対個人の接点はずっと保たれていた。この種の人達は総じて活動的ではなく、声も小さく、笑いも少ない。集団で行動することは苦手で、規範的だった。思考は主に内面に向けられ、テーマはいつも自分だった。ため込んだ言葉は心から溢れ、ゆっくりと語られる。破壊を苦手とするのに、破滅的だ。思考を得意とするのに創造的でない。この、矛盾した情況を生きる姿こそが僕は彼ら彼女らのすばらしい個性だと信じている。混乱した情況の中で生きている姿は、見ていてとてもいとおしい。青春は混乱するもの。陽一点張りで生きている姿など、何の感動も覚えない。愁いに満ち、うなだれて街路樹の下を彷徨う姿こそ、絵になるのだ。僕が接した人達は全員絵になった。僕の心の中に、それぞれの絵を残していった。1人1人の生き方が、とても個性に満ちていたように感じる。陰だからこそ溢れる個性なのだ。明るく元気なんて、自分の辞書から消してしまえばいい。決してそれが目標なんかではない。生物としてみたら、若いのはきれいに決まっている。愁いに満ちた若さなんて、美の極致ではないか。溢れんばかりの笑顔を振りまくモデルに何を感じる。
 否定しないこと。自分を否定しないこと。何も出来ないと考えることが出来る自分を否定しないこと。溢れんばかりの想いを作品にすること。その想いを宿している自分自身を作品にすること。キャンパスは、空の下でも、海の上でも、横断歩道の上でも、自分の部屋でもいい。自分がいるところが即キャンパスなのだ。世界でたった1人の自分はすばらしい。誰も自分と同じにはなれないのだから。違って良かったではないか。


2008年07月30日(Wed)▲ページの先頭へ
果熟
 さすが畑どころで、夏には色々な野菜や果物をいただくことが多い。昨日テレビニュースで、瀬戸内の漁業は多品種少量と漁協の関係者が表現していたが、陸の産物もひょっとしたら同じ傾向があるのではないかと思えるくらい色々なものをいただく。
 この1週間のうちに2度同じ言葉を聞いた。初めて聞く言葉だったので、一度目は分からなかったが、つき詰めては聞かなかった。トマトを数回に渡って持ってきてくれた奥さんが最初は使った言葉だ。2度目は今日聞いた。自分で作った桃を持ってきてくれた奥さんが、その言葉を使った。「カジュクダカラ、美味しいよ」と言った。本当は数回聞き返して「カジュク」と言う言葉が分かったのだが、最初ははっきりとは聞き取れなかった。僕にその言葉の響きの周辺を探る語彙がなかったのだ。カジュクとは、木になっている時点で熟れたものを言うらしい。だからとても甘く美味しいそうだ。店先で並ぶのは、まだ青い時期に採っているので美味しくないと言っていた。果物も出荷しているお百姓さんが言うのだからその通りなのだろう。美味しくないと言われるとショックだが、店頭のものでもとても美味しく感じる僕の味覚の程度の方が余程ショックだった。美味しくないと言われるものを僕ら消費者は食べさされているのかと思うと、ちょっと情けないが、それは仕方ないことだ。漁師が、獲った魚を船の上でさばき、一番新鮮な味を楽しむのと同じ理屈だ。その道の人だけに与えられた特権だから仕方ない。
「どう言った字を書くの?」と尋ねたら、偶然だろうが話題が変わってしまったので、それ以上答えを求めなかった。手元にある子供用辞書にも、岩波の漢字辞典にも出ていなかった。僕の勘だと「果熟」だと思うのだが・・・ここまで書いて気になったので、広辞苑を調べてみた。やはり「カジュク」に相当する言葉は「家塾」しか出ていなかった。となると、これはこの辺りの人の方言か、造語かもしれない。こんど、あの方達が来たら聞いてみようと思う。
 僕は日本語以外知らないが、やはりなかなか趣のある言葉だと思う。季節も食べ物も、恐らく群を抜いて繊細な感性をこの国の古人は持ち合わせていたのだろう。これから先、生まれくるものなど古人の作ったものに比べれば取るに足りないものだ。もの、モノ、物、もううんざりするほど溢れかえっている。何ら感動も与えられることもなく。たった、一つの言葉の向こうに繰り広げられた人間の壮大な営みに勝てる「もの」など無い。


2008年07月29日(Tue)▲ページの先頭へ
来訪者
 この1週間、立て続けに県外から若き来訪者があった。この年齢で若者と同じ時間を共有できるのは恵まれているのかもしれない。
 今日訪ねてくれた青年のお父さんと僕はまさに同じ時代を生きていたみたいだった。あるキーワードで彼は僕のことを当てたから、きっと、お父さんが話した若かりし日々の事を彼が覚えていたのだろう。ひょっとしたら彼のお父さんと、よく似た青年時代を生きていたのかもしれない。多くの若者が同じ価値観を共有した最後の世代だったのかもしれない。
 大きな荷物を持って入ってきた。一つの青春を負っていた。青春に歌のように光と陰があるなら、彼は陰を負っている。嘗ての僕がそうであったから、訪ねてくる青年は全員がそうだ。光にあたっている人が来る必要もない。来るわけもない。ただ、陰を負っている事は何らハンディーでもないし、卑下することでもない。僕は輝かなかった分、冷静な目で多くのものを観て、軽薄な価値観に翻弄されることもなかった。自慢することは何もなくていい。自慢しないことが、その謙虚さこそが自慢すべき事なのだ。
 懸命に生きても答えはない。繰り返される日常は時計の針を止めるほど退屈だ。ただただ、うらやましいほどの生命力を持った青年期を、否定しないで欲しい。壮大な無駄が青春そのものなのだ。無駄のない濃密な青春なんかぞっとする。おきな鞄に詰め込むのは、砂丘の砂と山陰の大波、それとわずかばかりの照れ笑い。


2008年07月28日(Mon)▲ページの先頭へ
香水
遠くで雷の音を聞きながら 君は帰っていった
君がこの町を離れた頃 景色が急に黄に変色し
空に虹がかかった 何の架け橋になろうとしたのか
雀が3羽 君の後を追って飛んでいった

不思議な光景だった 家々から人が飛び出て
同じ方向の空を見上げていた
何かを期待して 何かを恐れて
手の届かないはるか上空を 思案していた

虹をかけ 雷を従えて明日に帰る 
渇いた心に微笑みを 傷ついた心に慰めを
孤高の鳥が 翼を休めに舞い降りる
君の香りは瀬戸の水面を渡る風の音


2008年07月27日(Sun)▲ページの先頭へ
入道雲
 バイパスを牛窓方向に走れば、空が視界を占領する。絵をたしなむ人なら、青と白の2色で今日の空を描くことが出来るだろう。
 こんなに立派な入道雲を見たのはいつからだろう。聞いた話だと、上空何キロメートルにも及ぶらしいが、今日の雲はそれを納得させるには十分な雄姿だった。青色のキャンパスに、母は「雪で作ったみたい」と感じたし、僕は「綿で作った」ように感じた。モクモクの使い古された形容が最も適した今日の雲だった。
 嘗てのこの辺りの子は、夏休みのほとんど毎日を近くの海水浴場で過ごした。今日の入道雲は、砂浜から前島のはるか上空にわき上がる雲の記憶以来だ。記憶では、毎日のようにその雲は現れ、それなくしては夏休みの日々は語れない。やがてゴロゴロと遠くで雷の音が聞こえ始め、小さな自転車を懸命に漕いで、家に急いだ。遊びの中で身を守る術を、小さな先輩から受け継ぎ、また小さな後輩に伝えていった。
 10人、20人単位で、学校から帰れば小さな集団で毎日を過ごした。学校とは又異なる集団の掟を守り、成長していった。人間関係の道場は至る所に存在していた。幼い子供達が学んだのは、生きていくための掟で、試験で点数がとれることではなかった。ところが、現代の子が教えられているのは、点取りのテクニックで、人と人が、様々な感情を絡めながら共存していく姿ではない。ごめんという理由、有り難うという理由、そんなものは問題集には載っていない。だから分からない。痛い目に遭わされていないから、痛い目を逢わすことがどれくらい傷つけるかも分からない。
 コンビニで、同じくらいの年齢の店員に、無表情でお金を投げる若者。大切なことを教えなかった親の不幸。大切なことを教えられなかった子の不幸。ガキ大将のかけ声で、稲光と競争で帰った田圃のあぜ道は彼にはなかったのだろう。この国の不幸は大群でやってくる。



2008年07月26日(Sat)▲ページの先頭へ
情景
 つい最近、アレルギーのことで良く来るようになった親子がある。今日は初めて、お父さんも連れてきた。お父さんも自分のトラブルを漢方薬で改善したいと思ったみたいだ。お父さんがいなくても十分幸せそうな光景だったが、お父さんが加わって余計幸せ家族に見える。その事を奥さんに言うと、どうしてでしょうねと不思議がった。こちらも何の根拠もなく、伝わってくる雰囲気で言っているだけなので、何ででしょうと質問されても分からない。ただ、そう感じるだけなのだ。
その奥さんが、うちなんかどこにも出かけないんですよ。夏休みの旅行も行ったことがないんですと言った。笑顔で言っているから、その事が何かに劣るとも考えていないことはよく分かる。何らコンプレックスも感じてはいない。父親を含めた会話を聞いていると、愛情深いのがよく分かる。決して叱ると言うことはしない。ただ必要な場面では注意はするが。
 どこにいようが、幼い子供が元気で遊んでいれば幸せだ。親の笑顔があれば申し分ない。愛情の深さをまさかお金では測れまい。多くの物を与えられても、多くの愛情には勝てない。愛情を注ぐにはお金はいらない。ただ、自分より大切なものと思うこと。成長するまで守ってあげなければならないと思うこと。成長したら、介入しないこと。
 幼い子供を育てている頃の夫婦は充実している。責任感と喜びに溢れている。夫婦の連帯感もある。薬が出来るのを待っている間の情景に過ぎ去りしあの頃を思い出した。


2008年07月25日(Fri)▲ページの先頭へ
居場所
 生半可な暑さではないと思っていたら、やはり37度を超えていた。薬局に入って来るなり「ああ、涼しい」と感嘆の声を上げる人が多かったから、その反応だけでも並の暑さでなかったことが分かる。冷房の温度を、27度か8度に設定しているので、むちゃくちゃ冷やしているわけではないだろうが、外気との差が10度となると、さすがにひんやりと感じるのだろう。
 僕より少し若い女性が、入ってくるなりその言葉を口にした。「ごめんね、別に好きで冷やしているんではないけれど」と答えると、「いいよ、私らは頭が悪いから暑いところで働かないとだめだけど、頭のいい人は涼しいところで働けるものね」と言った。文章に書いてしまうと、何か越えられぬ垣根があるように感じるが、実際には二人で笑顔で話しているから、そんなに陰湿な状況ではない。
 その女性を僕は10年くらい前、直感で救ったことがある。ある薬を買いに来たのだが、尋常でないものを感じてすぐ病院に行くように勧めた。僕が薬を出さなかったので、その人もびっくりして、すぐ大きな病院に行った。そのおかげで若くして寝たきりになるのを防げた。そんな理由でその前も後もえらく信用されて利用してくれるのだが、不幸は自分ではなく旦那に襲ってきた。今では旦那の世話をしながら、戸外での仕事を、女手でこなしている。
 そんな経緯を知っているから、今年の猛烈な暑さも応えるだろうと思って言ったのだが、さっきのような答えが返ってきた。今年は、暑がりで寒がりの子供が帰ってきたから、夏は冷房、冬は暖房を徹底しているが、去年までは、冷房のような、暖房のような状態にしていた。戸を開けてクーラーを使っていたのだ。それは、炎天下で働く人達への、ささやかな連帯の意思表示だったのだ。薬局の中央に立った人だけが、冷房や暖房の恩恵を受けれるようにしていた。僕の居場所にはあたらないようにしていた。だから入ってきた人達に素直に暑いですねも、寒いですねも言えていた。ただ、今年からは、完全にクーラーの恩恵にあずかっているから、寒いも暑いも、白々しくて言えなくなった。
 頭で働き場所が決まるかどうかはさておいて、タオルを首にかけ、汗を拭きながら入ってくるそんな人達が好きだ。日に焼けて真っ黒を恥じる人達が好きだ。汗くさいTシャツが、塗れているのが好きだ。ずーっとそんな人達と過ごしてきた。これからもきっとそうだ。僕もあの女性も今の居場所以外にはないのだ。


2008年07月24日(Thu)▲ページの先頭へ
過貧乏性超商工群
 過敏性腸症候群で、僕の所にたどり着くまでに、色々なことをやっている人が多い。ありとあらゆることをしている人がほとんどだ。
 最近相談に来た人が教えてくれた。ある薬局?で、肝臓と子宮が悪いと言われて、薬を飲んでいたけれど、過敏性腸症候群は全く改善しなかったらしい。そもそも、過敏性腸症候群の相談に行ったらしいが、薬剤師?は過敏性腸症候群という言葉を知らなかったそうだ。それなのに何故か、肝臓と子宮が悪いと言われてその薬を飲んでいたらしい。どうして肝臓や子宮が悪いと分かったのだろうと素朴な質問をすると、生理が不順とか言ったからかなと教えてくれた。
 過敏性腸症候群と言う言葉を知らないくらいだから(その事は問題ではない、得手不得手は誰にでもある)過敏性腸症候群で悩んでいる人達の苦しみの深さは知るよしもない。しかし、相談者を煙に巻いて、ものを売りつけてはいけない。まるで病院のように診断じみたことを言ってもいけない。何の機械も用いずに、医師でない人間がそんなこと分かるはずがない。仮に傾向を読みとっても、ものを売るための脅し商法に使ってはいけない。
 その女性の体格はバランスがとれていて、結構きつい仕事をこなしている。どう見ても僕なんかよりはるかに元気だ。お腹以外に何ら問題は感じなかった。いやいや、お腹も元気に違いない。優しすぎる、繊細な心を強くすれば好転するだろう。一時期、長所が青春のいたずらで短所になっているだけだ。それを再び長所に戻し、生産的な人生を送ってもらえばいいのだ。
 少なくともあの人達には「過貧乏性超商工群」で接して欲しくない。もっと、謙虚に接するべきだ。やたら警笛ばかりを鳴らして走る時代に、汽笛を鳴らすことが出来る人達なのだから。


2008年07月23日(Wed)▲ページの先頭へ
 夏が垂直にやってきたものだから、僕程度の体力では太刀打ちできない。日が昇れば途端に倦怠感が始まり、日が落ちれば途端に虚脱感に襲われる。基礎代謝ぎりぎりの省エネで暮らしているが、睡魔か気を失いそうなのか分からない感覚にしばしば襲われる。自然をそのまま受け入れて、自然のなすがままに身をゆだねて生活することをよしとしているが、この数年の夏を越えた夏には、気力だけでは太刀打ちできないし、そんなものもうとっくに無くしてしまっている。文明の利器に目が覚めれば頼り切っているが、その事に罪悪感すら感じなくなった。若さという武器を無くすると、夏はほとんど脅威になる。
 昼間は暑くて畑には行っておれない。これは、朝早くやってくる農家の人達の言葉だ。さすがにこの暑さでは日中、太陽の下で働くことは出来ないのだろう、僕の所にくる頃には、もう一仕事終えているのだ。僕より二回り以上年上の人達の気力体力に圧倒される。
戦前、戦中、戦後と貧しさの中で懸命に生き抜いた人達だ。「米はなんきん、おかずは黄粉、牛や馬でもあるまいし・・」の世代なのだ。人生の終盤でやっと、豊かな社会のおこぼれに預かった人達だ。働いて、働いて、又働いた人達なのだ。
 僕の幸運は、そんな人達が一杯いる町に帰ってきたことだ。ひ弱を申し訳ないと思う。色白を申し訳ないと思う。何ら生産できないことを申し訳ないと思うが、親しげに話しかけてくれるあの人達の、素朴な言動が好きだ。暑さを恨むわけではなく、寝てやり過ごす度量を顔に刻まれた深いしわが教えてくれる。


2008年07月22日(Tue)▲ページの先頭へ
待ち合わせ
 岡山駅の噴水の前で待ち合わせた貴女を見つけたとき、小さな旅に出た少女を迎えに来たような気がした。体には大きすぎるようなリュックを担いでいる貴女を見たからだろうか。何を詰めてやってきたのか分からないが、大きいリュックがひしゃげているから、詰めるものはたいしてなかったのかもしれない。いやいや、目にはかさばったように見えなかったが、貴女はきっと、抱えきれないほどのトラウマをリュックに詰めてやってきたのだ。
 1泊2日で、その背中に負ったものを軽くしてあげれたとは思っていない。貴女にとって、医学的な知識などどうでも良いのだ。知識で治るなら、医学書を読みあさればいい。貴女にとって、第三者の目も判断もどうでもいいのだ。貴女自身が、貴女に勝つことしか解放の道はない。自分を解放するのは自分なのだ。内なる自分との闘いは困難を極める。気の優しい貴女が独力でうち勝てるとは思えない。僕の漢方薬は、強いて言えば、貴女が自分を責めないこと、いつも戦いのモードで暮らすことを防ぐ処方だ。貴女が僕ら夫婦と一緒に笑い、食べ、、ドライブした時の「楽しいときの心と身体」を記憶して欲しいだけなのだ。 日付が変われば貴女は又、戦場へと帰っていく。しかし、これからの貴女には、少なくともダイヤルを回せば、貴女と同じように青春の落とし穴に嘗て落ちた僕に簡単に接続できる。過敏性腸症候群が治らないわけがないと信じ切っている僕に声を届けることが出来る。もうこれからは、1人で戦う必要はない。1人で戦って勝てるものではない。また、同じ症状の人同志でも勝てるものではない。
 貴女が来てくれたから僕は丘から僕の町を眺めた。貴女が来てくれたから何十年ぶりに島に渡った。貴女が来てくれたからフェリーの上から夕焼けを眺めた。人の出会いって不思議ですね。僕は2日間、貴女だけのための薬剤師になっていたし、貴女は2日間、僕らの娘のようになっていた。
 必ず幸せになってね。


2008年07月21日(Mon)▲ページの先頭へ
伊勢神楽
 人の顔は、日々更新している。昨日会った人は昨日の顔が、5年前に会った人は5年前の顔が、その人そのものだ。それより以前の顔は、新たに認識した時点で消え、明日の顔を想像することもない。
 牛窓の夏の風物詩の伊勢神楽が今日やってきた。幼いときは意味も分からず、その舞いを何かの見せ物のように見ていた。伊勢神社の地方出張のように理解できたのは、お供えを自分で用意しだしてのことだ。幼いときからの楽しみは、僕の心の中では全く色あせず、麦わら帽子をかぶったランニング姿の少年がこの夏も神楽が来るのを待っていた。
 神楽を舞う人、笛や鳴り物の人など7,8人でやってくる。その中に2人幼いときからずっと見ていた人がいる。はっきりといつからとは言えないが、それこそずっと見ている人がいる。不思議なことに、ずっと同じ顔をしているような気がするのだ。何十年変わらない顔のような気がする。そんなはずはないのだが、毎年僕の記憶の中に更新しているから、微妙な変化を感知できずに、結局は同じ顔としか認識できていないのだ。
 薬局の中から、駐車場で舞うのを見ていたら、時々その中の1人が、僕に見えるように、身体を横に傾け、視界の中に入り、笛を吹きながら微笑みを送ってくれる。向こうも当然覚えてくれているのだろう。特にこの何年かは、親しみを込めて挨拶をしてくれる。何とも言えぬ微笑みの余韻に浸っていると、偶然妻が、「あの人とてもいい顔をしてのぞき込んでいたね。お父さんに、いつまでも元気でいましょうと言っているようだった」と言った。僕は妻の推測が当たっているような気がした。炎天下、家々を回るので、話しかけることは出来ないが、何故か連帯の微笑みのような気がしたのだ。全く共通する所がない人間同士が、年に数分神楽によって会うだけでも、回をコツコツと重ねると何かが生まれたのだろうか。お互いの健康を喜び来年の再会を誓い合う無言の連帯の微笑みは、伊勢の神様がくれたものだろうか。


2008年07月20日(Sun)▲ページの先頭へ
 どうしてこんなに涙が溢れるのだろう。特別オルガンが上手なわけでもなく、歌が上手なわけでもない。まして歌詞が韓国語だから意味は分からない。それなのに涙が溢れる。幸せなわけでもない、不幸なわけでもない。解決しない心配事はある。
 赤ちゃんの泣き声がした。子供らが拙く聖書を読み上げる。若い母親や父親が、頭を垂れる。いつか通った道が蘇る。懸命に歩んだ道が蘇る。大河が流れゆく唄に聞こえた。僕の心配事を流し去ってくれるのではないかと感じた。望みを繋ぐ唄に聞こえた。
 水銀柱が天を目指す。疲れた顔が日差しを避ける。唄は汗でぬれたTシャツを、折れたハンガーに拘束する。1週間分の元気下さい。消せない想いから解放できる妙薬を下さい。旋律の上で優雅に踊る明日を下さい。


2008年07月19日(Sat)▲ページの先頭へ
舞台

 今年の梅雨は岡山県も、かなり雨量が少なかった。例年の2割くらいだという。
岡山市から30分かけてバイクに乗って来たおばあさんは、大正15年生まれと言うから83才だ。脊椎管狭窄症で台所にも立ちづらかったのに、今日は初めてバイクに乗って自分でやってきた。今までは近所の人に車で送ってもらっていたのだが。
 よりによって、薬を作っている間に、雷の音が聞こえ始めた。小さな音だからそんなに近くではない。夕立にでもなったら気の毒だし、危険も伴う。もしこのまま雷が近づいたら、車で送ってあげようなどと考えながら薬を作っていた。
 運良く会計が終わってからもそんなに雷が近づいた様子はない。これなら安心して帰ってもらえると思い、「ひょっと、夕立にあったらどこでもいいから駆け込んでね、危険だから」と声をかけた。するとおばあさんは、雨が少ないからザーッと降ってくれればいいのにと言った。おばあさんにとっては、今差し迫る雷よりも、田圃を濡らす雨の方が大切なのだ。その答えを聞いて、僕はなんて軟弱な挨拶をしているのだろうと思った。「こんなに涼しいところで仕事が出来たらいいなあ」とは、この時期良く言われる挨拶なのだが、焼ける太陽の下で、汗も出なくなるほど働いたこともないし、しもやけて、指が腫れるほどの寒さの中で働いたこともない。軟弱な人間からは軟弱な言葉しか出ない。
 ずっと働いていたいからと、30分バイクに乗ってやってくる83才のおばあさんの、温厚そうなほほえみの中に秘められた意欲が、腰の痛みも吹っ飛ばした。もうほとんど治ったと思うのだが、100点を取るとは、圧倒されそうだ。どこにでもいるようなおばあさんが、百姓魂を見せてくれる。薬局では毎日、小さな舞台がある。



2008年07月18日(Fri)▲ページの先頭へ
虫さされ
 都会ナンバーの車から降り立った中年夫婦。虫さされの薬がありますかと言いながら、有名なコマーシャル品の名前を挙げた。勿論あるから、ありますよと答えると、又他のコマーシャル品の名前を挙げた。勿論それもある。奥さんが、やたら腕をかいていたので当然目がいった。一目見て、数日前にやられたもので、掻爬(かきむしった)した後が、二次感染し、炎症を起こしているのが分かった。それにはヤマト薬局で作った軟膏が一番効く。季節柄カウンターの上に一杯作って並べているので、それを勧めると、奥さんはかなり興味を持っていたが、主人は又しても他の名前を挙げた。どれもテレビコマーシャルでしばしば見る虫さされの薬なのだが、局所麻酔剤を配合していて、一瞬かゆみを忘れさせてくれるものだ。勿論蚊に刺された直後ならそれでいいのだが、二,三日経って治っていないものに使っても仕方ない。恐らく主人は、ドラッグストアーなどでしか薬を買ったことがないのだろう。彼にとって薬は名前が全てなのだ。
 規制緩和で、どこででも、あるレベルまでの薬が買えるようになる。アメリカコンプレックスの偉い人達が画策したものだ。僕は、自分の専門以外は特に知識がないので、何でもプロの意見を大切にする。僕が電気屋さんにもなれないし、漁師や百姓にもなれない。僕がまるで電気屋さんのように振る舞えば、漏電させて火事になるのが落ちだ。漁師や百姓のように振る舞えば、食中毒を起こすのが落ちだ。一握りの人間達が莫大な利益を得るために、庶民が些細な不利益を無限に繰り返す。集めればどちらが大きいのだろう。
 時代の流れは誰かが画策して作るもの。自然な流れではない。虫さされくらいならいいが、人さされに効くような巨大な軟膏を用意しておかなければ。コマーシャル品でないものを。


2008年07月17日(Thu)▲ページの先頭へ
物欲
 物欲はない方だと思うのだが、いま、あれがあったらいいだろうなと言うものがある。薬局のちょっと南、犬の散歩コースに出来たリゾートマンションだ。勿論住んでみたいというのではない。遠くからやってくる相談者が気兼ねなく泊まれるスペースとして確保できたらいいなと思うのだ。牛窓で一番背の高い建物で、まさに海の傍に立っているから、景色は抜群だ。夕日百景に選ばれている日没も堪能できるだろう。勿論鏡のように光る瀬戸の海面を漁船やヨットが走るのを眺めていても、都会や山間部の人にとっては心が落ち着くだろう。病気が治らないのには一杯理由がある。本来治る力はほとんどの人に十分備わっているのだが、それを十分発揮できない理由があるからだろう。生活環境の中に恐らくそれは凝集されている。その現場を離れないと治らないものが多いのではないだろうか。そういった人達に提供できたらなと思うのだが、手が出る値段ではない。我が家が農家で田圃でも売れるのなら何とかなりそうだが、売れるものは何もない。こうなったらサマージャンボにかけるしかないが、10枚買ったくらいではあたらないだろう。
 漢方の非力をマンションで補おうという魂胆が見え見えだが、漢方でも景色でも、治ればいい。同じように生まれ落ちて、せめて健康だけでも平等でありたいものだ。痛いも、しんどいも、かゆいも、もういい。自分の努力不足なら受け止めるが、遺伝子のなせる技も、劣悪な環境も本人には責任がない。誰もが同じくらい笑って暮せれたらと願わずにはおれない。
 今日、そのリゾートマンションの宣伝を手がけているという会社のセールスが、ポスターを貼らしてくださいと言ってきた。来月出来るらしい。快諾したが、薬局に貼らずに、寝室に貼って、物欲しそうに毎晩眺めながら寝ようかと思った。


2008年07月16日(Wed)▲ページの先頭へ
 まかれた種が道端だったら鳥にすぐ食べられ、石だらけで土が少ないところだったら、すぐに芽を出すが、日が昇ると焼けて根がないために枯れてしまう。イバラの間に落ちた種は、イバラが伸びて成長を妨害される。土壌豊かな畑にまかれた種だけが、百倍もの実
を結べる。
 こんな教訓を2000年前に述べた人がいる。この話を聞いて僕は、ああ、僕は石だと思った。いくら良い種をまかれても、僕が何も寄せ付けない石なら何も実らせないだろうと思ったのだ。良い話を聞き、有り難い忠告を聞き、親切な助言を得ても、僕にはよい耳も、素直な心もないから、何も生まれないだろうと思ったのだ。何十年も、心の中を耕して、立派な土壌にするのを怠っていたから、まかれた種は、焼けるか飛ばされるか、鳥に食べられるか、決して実りはしなかった。多くの種はまかれたに違いないが、何も実りはしなかった。
 大人になるに従って、多くを得、多くを失った。得たもののほとんどは世俗的なもので、失ったもののほとんどは心だった。何ででも代用できるようなものを得、何にも代え難いものを失った。不純をまとい、善なるものと隔離され、土にまみれることはなかった。セメントのように硬直した心に何も実るはずがない。ぬかるみに足を取られもがいていたら、まかれた種は実を結んだかもしれない。居心地は生き心地とは似て非なるもの。


2008年07月15日(Tue)▲ページの先頭へ
紫蘇ジュース
 紫蘇という植物は生命力が強いのだろう、母の石ころだらけの畑でも良く育ち、ジュースの材料には事欠かない。次から次へ葉を茂らすので次から次へ母がジュースに姿を変えて持ってくる。そのジュースを次から次へ薬局に来てくれる人達に飲んでもらう。母が直接運ぶこともあるし、家族が運ぶこともある。
 紫蘇の香ばしさは、誰もが知っている。クエン酸と砂糖の共演でとても美味しい飲み物になる。飲み物になっても紫蘇本来の薬効は保たれると思う。と言うのは僕は紫蘇の葉っぱが使われる漢方薬をよく飲んでもらうのだ。1日何人かが紫蘇の葉っぱが入っている漢方薬を飲んでいる。そんな紫蘇の葉っぱに期待している薬効は、心を軽くすることだ。西洋のハーブと同じ理屈だと思うが、漢方の世界でも落ち込んだ心を癒すためにハーブ効果が利用されるのだ。科学が未熟な時代に、西洋も東洋も心の薬としてハーブを利用したことを偶然の一致とは思えない。嗅覚が大脳に及ぼす影響を個人は感じていたのだ。
 小学校の保健委員会と言うのに出席した。去年お願いした、生徒の心の健康について養護の先生が調査してくれていた。身体についてはかなり行き届いた医療環境にあるからあまり心配はないが、心についてはまだまだ環境が未熟だから、寧ろ心の健康に留意すべきだとこの数年感じていた。心の不調はなかなか外部には探知できないことが多いので、生の声を聞くべきだと思っていた。子供が悲鳴を上げているかもしれない。それが気になっていた。
 子育ては大変なこともあるだろうが、出席していた親を見ていてうらやましいなと感じた。子育ての現役達は見ていて充実感がある。それに引き替え、出席したお医者さんも歯医者さんも、勿論僕も子育て卒業世代だから何となく気概に欠ける。帰りの車の中で歯医者さんが僕の感慨に同調してくれた。同じように感じているんだなあとその事が又感慨深かった。
 どうも紫蘇のジュースが必要なのは、漢方薬を取りに来る人達ではなく、漢方薬を作っている僕の方かもしれない。冷蔵庫にいっぱいあるから、心が赤くなるまで飲んでやろうか。 


2008年07月14日(Mon)▲ページの先頭へ
豚と牛
 僕が臆病なのかもしれないが、薬局でCT(コンピューター断層写真)を受けたことを自慢げに話す人がいたら、尊敬してしまう。どうしても仕方ないときと言うものがあるのだろうが、好んで医師に依頼してやってもらったりしているから、その勇気に感心する。アメリカのコロンビア大学の研究チームによると、これから発病する癌の2%がCT検査が原因で起きる恐れがあるらしい。日本人は、医師にも患者にもCT信仰が根付いているので、ひょっとしたらアメリカの数字の何倍にもなるかもしれない。日本のCTを開発した偉い先生も放射線は浴びない程良いのは確かと言っている。しかし、1億円近い機械を購入した医療機関が、それを頻繁に使ってお金を回収しようとするのは容易に想像が付く。だから、患者に夢のようなことを語っても、患者は最低限自分を守らないといけない。本当に、聴診器だけで治らないのかを考えなければならない。
 CTに限らず、医療に留まらず、美辞麗句が毎日闊歩し、消費者を混乱させている。企業は知識を集積して、ありとあらゆる手段で、消費者の防御服を破ろうとする。余程強靱な知恵と言う名の防御服を着ていないと容易に短剣は刺さる。華々しいものには裏を見る癖をつければいい。欠点のない話は、それ自体が欠点だと思えばいい。うさんくささを見抜く訓練を日々しなければならない。自分に都合の良い話など、うさん臭さの筆頭だ。特に鼻の頭が丸い人は気をつけて。人を信じてしまう相だ。僕みたいに鼻がとんがっている人は、良い話ほど信じない持って生まれた自衛の手段が備わっている。そのおかげで守られもしたが、良い話にも巡り会わなかった。まあ、トントンだからそれでいい。ギュウギュウだと息が詰まる。分かるかな。


2008年07月13日(Sun)▲ページの先頭へ
猛暑日
 なるほど、ガソリンの値段が上がっていることを実感した。日曜日以外、車を使わないのでガソリンはそれほど頻繁に入れない。前回いつ入れたのか分からないが、今日は満タンにしたら1万円では足りなかった。恐らく1万円で足りなかったのは初めての経験だろう。朝8時頃だったと思うが、セルフのスタンドに、僕1人だった。都会からやってくるセールスが、交通量が減っているなんてことを教えてくれるから、その気になって見ていたが、行き来する車の数の減少までは実感できなかった。寧ろ意識してみれば、これほどガソリンが上がっても、結構日曜日に車は走っていて、実際にはそれほど家計に響いていないのではないかと思ったりした。ニュースでは、通勤の足を車からバイクにしたり、バイクから自転車にしたりするのを取り上げていたが、果たしてそこまでする人がどのくらいいるのだろう。豊かさに慣れた人々が、何の努力をするというのだろう。持たなくてもいいものを一杯持つ人達が何を倹約するというのだろう。恐らく、家計の破綻が見えてこない限り、従順な消費者であり続けるのだろう。
 不必要な行楽のためのガソリンなら、値段が上がって多くの人が車を走らせなくなるのもひょうたんからコマだ。しかし、職業的に油を利用する人達にとっては死活問題だ。牛窓は漁業も盛んだから、他人事ではない。今週の全国的な休漁にも参加するらしい。パソコンに向かって、ただ大量の金を動かすだけで利益を得るような人間が、世界中で、貧困を加速させている。合法的だから処罰も出来ないだろうが、いわば合法的な犯罪だ。金のためなら何をやってもいい。億の単位の人達が飢えてもいい。貧困層の人達と接点もないから、罪悪感なんてさらさら無いのだろう。
 猛暑日がそろそろ伝えられるようになった。自然の災いも貧乏人から襲ってくる。人間が作り出した災いも、貧乏人から襲ってくる。まるで淘汰を待っているようなものではないか。木陰からはみ出された虫けらが、コンクリーの上で焼けていた。


2008年07月12日(Sat)▲ページの先頭へ
一言
 薬局の備品も急激に進歩して、IT機器無くしては語れない。何とか付いていっているのだろうが、何周も遅れて走っているランナーのような気がする。機器を導入した会社の若い女性に教えてもらっているが、恐らく機械の性能の10分の1程も利用していないだろう。昨年子供が帰ってきたのをきっかけに、ガラリと機器を入れ替えたのだが、その女性と子供とは意気投合して楽しそうにやっている。
 昨日もその女性がふらりとやってきて、色々アドバイスをしてくれた。珍しく僕は時間があったので、教えを請うたが、ほとんど意味がなかった。今復習しようとパソコンに向かったら、すっかり忘れていた。24時間も記憶されないのかと情けなくなる。まあ、こんな情けない話はおいといて、昨日彼女の会話で一つ感心したことがある。
 昨年、自動分包器とレセプト用コンピューターシステムを導入したのだが、どちらもユヤマと言う会社の機械を導入した。調剤薬局でもない当方に根気強く訪ねて来たセールスの熱心さに応えて、他者と比べること無く導入した。導入後も良く訪ねてきてくれてお世話になっている。コンピューターの指導は前述の女性で、彼女も良くフォローしてくれる。彼女が昨日、誰か(薬局)を紹介してくれって話の中で、コンピューターの開発元(三菱メルフィン)の名前を言った僕に、わざわざユヤマメルフィンと言い直したのだ。レセプトコンピューターを紹介するときに、メルフィンとだけ言ったら、彼女が属するユヤマって会社には何のメリットもないのだろう。若いからまだ末端に位置するだろう女性が、会社の成績を考えて、勿論自分の成績でもあるのだろうが、固有名詞に拘った気配りになかなか感心した。企業って、やはりこうした個人の集合体で、だからこそ強いのだろうと想像した。僕ら個人経営にとってはうらやましい限りだ。あらゆる分野で大企業が席巻しているが、立ち向かえるわけがないと妙に納得した彼女の一言だった。


2008年07月11日(Fri)▲ページの先頭へ
下宿
 良かった、良かった。昨夜学校をもう辞めようかと相談を受けた女性が、今日は行けた。今日恐らく学校に行けないだろうから、薬局に漢方薬を取りに来ると言っていたが、夕方になっても来ない。ひょっとしたら行ったのではないかと期待していた。案の定行ってくれたらしい。丁度電話があったのは、過敏性腸症候群を克服して医療系の専門学校に今年入学した女性と話をしていて、その子も行けるといいなと2人で心配していたところだった。このトラブルの先輩である彼女は、2日学校に行けなくて今日休んだらもう恐ろしくて学校には行けなくなるだろうと言うのだ。丁度その様な話をしているときに電話がかかってきたので、2人で喜んだ。彼女は丁度試験前で、体も疲れているが、1学期を乗り切ったことが自分自身も不思議な感覚のようだった。信じられないと言うような顔をして話をする。高校時代の地獄のような教室、フリーター時代の挫折感。全てを克服した彼女が、同じ道を歩んでいるその子のことを本気で心配して、喜んでくれる。こんな光景は僕にとっては最高のプレゼントだ。
 実は、その子は今日学校に行った後、邑久駅経由で牛窓に来るつもりだったらしい。いや、邑久駅までは来ていたのだ。ところがバスに乗ったら又岡山の方に帰っていったらしい。専門学校の彼女とまさに薬局で会えた時間帯なのだ。彼女は、車で30分くらいの所に住んでいるので、役に立てるなら回復の体験談をいつでも話に来ますよと言ってくれているので、出会えなかったのが本当に惜しかった。
 その子は2週間前突然やってきた。県北の子だから当然その気になれば来れるのだが。2週間分の漢方でまだ改善はみられなかった。学校を辞めたいというのが不憫で、1時間くらい電話で話をした。目が覚めれば胸が苦しく、お腹が張り、痛くなるらしい。ところが僕と電話で話をしている時間治っていたのだ。2週間前、薬局で数時間一緒に過ごした時も治っていたらしい。そうか、僕が傍にいるか、話をしているときに治るのなら、いっそのこと牛窓から学校に通えと提案した。海が好きな子だから丁度いい。治るのだったら、漢方薬でも、僕のギャグでも、海辺の景色でもなにでもいい。将来を一杯持っている青年がお腹ごときで頓挫するのはもったいない。縁あった子が、幸せになるなら何でもするのが大人としては当然のこと。それが軽薄な人生を送った人間の当然の恩返し。少しでも人生が許されるなら、出来ることはさせてもらうのが当たり前。いくら頑張っても恐らく社会から受けた恩恵の万分の一も返せれない。一つの涙が、一つの笑顔に変わるよう、小さな手伝いが出来たらいい。分相応の。


2008年07月10日(Thu)▲ページの先頭へ
防風通聖散

 「脂肪をとる」が売りの漢方薬がとてもよく売れているらしい。如何にもそれらしい名前を付けて、痩せ効果や、メタボ対策に有効なことを印象づけている。僕が帰ってきた頃から繰り返されていることで、メーカーの手段を選ばない商売にうんざりする。忘れた頃に又ぞろ復活するのが世の常なのだ。
 利用されているのは防風通聖散で、脂肪をとる効果も痩せる効果もない。医薬品の許可を取るときにわかりやすいように申請した結果が何十年も残っているのだろう。それを利用する人がいて、それにだまされる人がいて、大切な資源が枯渇していく。本当にその処方が必要な人だけが飲めばいいのに、必要もない、適応以外の人が興味本位で買ってしまう。四川大地震による生薬の高騰がいずれ始まるだろう。中国人の賃金も上がってきた。これからは以前のような安い漢方材料は入ってこないだろう。材料が少なくなると値段が上がり、誰もが漢方薬を飲めなくなる。若い人で漢方薬を必要とする人も沢山いる。彼らが飲めなくなったら気の毒だ。
 漢方薬に普遍性を持たせるのは難しい。同じ病名なら同じ薬を飲むなんてのはあり得ないのだ。こつこつと地味な努力で適した処方を捜していくのが漢方薬だ。大量消費を企てて、大切な資源を絶やさないで欲しい。売れればいいなら、どうぞ漢方の世界から手を引いて欲しい。石油から出来た大量に創れるものを、是非売って欲しい。
 1人1人は善良に生きているのだろうが、企業という集団になるとどうしてこんなに勇猛になってしまうのだろう。些細なことにおびえている人達が、勇者に変身する。自分たちの非力を認めてもっと謙遜に振る舞えばいいのにと思えて仕方ない。


2008年07月09日(Wed)▲ページの先頭へ
本末転倒
 昨夜、何の番組だったか忘れたが、ある会社の社長が「今は時代が数倍早く動いている」と言っていた。広大な工場敷地を不景気のために売却するという話題だった。嘗て大きな利益を生んでいた会社らしいが、時代の流れに付いていけずに、整理するらしい。
 そんな大きな話と混同しているわけではないが、数倍早く時代が動いているというところだけ耳に残った。実は僕の机の上でまさに同じようなことが進行しているのだ。時代の流れが何倍速でやってくると言った方が的を射ているかもしれない。
 毎日郵送やセールスの持参によって様々な薬に関しての資料が届く。以前ならその全てに目を通すことが出来たが今は違う。読んで捨てるものよりはるかに多くの資料が毎日届く。その結果、資料を重ねた机の上の山は次第に高くなり、あたかも乱雑に散らかっているかのように見える。そんなつもりはないのだが、如何にも整理が苦手な人間の机に見える。恐らく同業者には同じようなものが同じくらい届いているのだろうが、果たしてどのくらいの人がこの資料に目を通しているのだろう。僕みたいな暇な薬剤師でさえ、読めないのに、忙しい薬剤師では到底無理だろう。何か大切なことが書かれていて、それを知らないでは後れをとってしまうから、必ず目を通したいと思っているが、それはもう出来ない時代だと悟りつつある。毎日多くの研究の成果が発表され、新しい知識が生まれ、新しい薬品も生まれる。道具の発達は時間の生産性を人間が付いていけないくらい上げた。
 読みたい、読めないのジレンマは僕の情緒を侵害しつつあるから、いっそのこと思い切って読まないまま捨ててやろうかと思うが、逃がした魚は大きいの理屈で、なかなか勇気がでない。知識欲を通り越して、知らないことの恐怖のために読むなんて、これがまさしく「本末転倒だ」


2008年07月08日(Tue)▲ページの先頭へ
 痛みで夜が眠れないと言う。愚痴の一つでも言えばいいのに、電話口では相変わらず礼儀正しい。数回会っているから、僕にはその辛さがよく分かる。どうしてこんな人にこの病気がと思ってしまう。これさえなければより快活に、より楽しく暮らしているはずなのに。何の因果か、単なる偶然か、どの様な可能性を考えても納得がいくものではない。どうして選ばれなければならないのか。
 役にたちたい。心からそう思う。失った時間を取り戻して欲しい。不可能を可能にするくらいの力が欲しい。耐えて耐え抜いている時間を幾分かでも少なくして、解放感に浸ってもらいたい。笑って食べ、笑って出かけ、笑って恋人と巡り会い、一杯幸せを味わって欲しい。現代医学でもなお改善出来ない病気がまだたくさんある。もっともっと、医学が発達してあの人達を救って欲しい。僕程度の人間を頼らざるを得ない不幸から早く救って欲しい。あの人達が、いっぱい、いっぱい笑っている姿を見たい。
 夕焼けが西の空を染めていた。暴れ雨が降っているところもあるらしい。災難や不運ばかりが聞こえてくる。不完全を受け入れれるほど僕は完全ではない。おびえながら生きている野の羊だ。


2008年07月07日(Mon)▲ページの先頭へ
勝負
 日本で一番稼いでいる会社の減税が1700億円くらいらしい。今のご時世に減税をしてもらっているところがあることに驚く。政治が誰の為に機能しているかよく分かる。機能している人達の熱心さは尋常ではなく、恩恵が及ばない人達の無関心、無気力も尋常ではない。尋常ささえ、二極化したのだから、今の格差がより拡大していくのは間違いない。いくら石油が上がったとしても、田舎の狭い道路にまで高級車は溢れているし、コンビニは時間がくれば弁当を大量に破棄する。豊かな国の貧しさは、食えない貧しさではない。贅沢が出来ない貧しさに過ぎない。
 今更貧乏は出来ないが、質素なら出来る。豊になって心が貧しくなったが、貧しくなって心がすさんでしまっては取り返しがつかない。選択を迫られているのに、何とか今のままで生き延びれるかのごとく紙で折った平和が覆っている。虎視眈々と地球が狙っている。地球にとってとんでもない生き物が、これ以上繁殖しないように。大地が裂け、空気が燃え、海面が溢れれば、勝負あり。


2008年07月06日(Sun)▲ページの先頭へ
カニ
 最近、アトピーの相談でくるようになった親子がいる。幼い男の子2人をお母さんが連れてくる。気取ったところが無くとても正直なお母さんだ。ドライでもなくウエットでもなく、程々なのがいい。
 昨日来たときに丁度カニが薬局の中を這った。海の近くだから時々迷い込んでくる。それを見つけたお母さんはさすがに驚いていたが、上のお兄ちゃんが「爪がとれている、かわいそう」とすぐに言った。それからカニの後を追いかけながらずっと見守っていた。以前から、何かしら幸せ感が漂ってくる家族だなと感じていたが、その子の目が、傷を負ったカニにむけられたことで、僕の想像があたっていることを実感した。アトピーというハンディーを負っているが、その何倍もの優しい心をいただいていると思った。
 それとは全く逆の光景を数年前に見て、今でも忘れられない。
 幼稚園くらいの孫を、あるおじいさんが買い物に連れてきた。ドリンク剤を定期的に買いに来るおじいさんに付いてきたのだ。おじいさんは、この町では有名な株好きで、いつも相場をラヂオで聞いていた。まるで若者のようにいつもイヤホーンを耳に当てていた。おじいさんがストッカーの前に立っているとき、偶然1匹の大きなアリが入ってきた。僕と3人が丁度入り口にいるような感じになっていた。最初おじいさんがアリを見つけて「大きなアリだな」と言った。するとすかさずその幼い孫が、靴で踏んづけたのだ。あっという間の出来事だった。さすがのおじいさんも慌てて、その行為を注意していたが、僕は背筋が凍るような感じがした。無表情でとっさに生き物を殺す行為がその幼さからは想像が出来なかったから。
 そんなことがあった半年後、その子の父親が蒸発した。公の職場で株ばかりして損を出し、町にいられなくなったと噂に聞いた。祖父、父親と2代に渡って、不労所得を追求している姿が、孫の心に影響を及ぼしたのかどうか分からない。ラジオの向こう側の数字の上がり下がりに一喜一憂していたその姿が、幼い子への愛情を欠如させたのかどうか分からない。ただ、小さな、それこそ踏みつければひとたまりもない生き物にたいして何の感情を持たない能面は、持って生まれたものとは思えない。
 出来れば、前者のお母さんのように育てて欲しい。アトピーだからと言って、やたら制限していないのがいい。身体も心も、制限せずに、おおらかに育てて欲しい。他人にも、幸せ感を分けてあげれるような今の家族のままでいてほしい。


2008年07月05日(Sat)▲ページの先頭へ
笑顔
 黒塗りのタクシーが薬局の前に着く。どんな人が降りてくるのかと思ったら、骨粗鬆症で背が縮み小さくなったおばあさん。足がかなり衰えていて、歩幅は小さくゆっくりとしか歩けない。僕は調剤室から見ていたのでおばあさんからは姿が見えなかったのだろう。小さな声で「ごめん下さい」を2度繰り返した。欲しいものを言われたがすぐには理解できずに、確認しあいながら目的のものを手に入れてもらった。ソファーに腰を降ろしていたが、レジを打つと、立ち上がりレジの所まで来た。わずかそれだけのことでも、おばあさんにはたいへんな作業なのだ。僕がソファーの所まで行くからいいと言っても、律儀にあちらから来る。財布からお金を取り出すのも時間がかかる。僕は一連の動作を見ていて涙が出そうになった。僕の勘では、恐らく老夫婦だけで暮らしているのだろう、いやもしかしたら1人住まいかもしれない。買い物に出る足がなく、仕方なくタクシーを頼んでいるに違いない。質素な普段着のまま、わずかのものを買うにも高いタクシー代を払ってやってくる。80才はゆうに回っているだろうと推測できるが、生きるってことは、生きぬくってことはたいへんなものだと思わずにはおれなかった。
 僕に出来ることはとびっきりの笑顔だけ。おばあさんが今日出会う中で一番良い笑顔をすること。いやいや、今週中で、今月中で一番良い笑顔をすること。


2008年07月04日(Fri)▲ページの先頭へ
あるお母さんへ
 学校へ行けないのでしょうか。学校へ行かないのでしょうか。また、そのどちらもが重複しているのかもしれませんね。僕の場合は、入学して1ヶ月もすれば、思っていたところと異なっていたことに気が付きました。それで授業に全く興味を持てず、徐々にさぼるようになりました。1年生の時は野球部に入っていましたから、夕方には学校にいました。
それまでは恐らく学食にたむろして、煙草を吸って、劣等生同士で時間を潰していたのだと思います。2年生からは野球部も辞めて全くフリーになりましたから、昼頃学校に出かけ90円の定食を食べ、その後バスで柳が瀬という岐阜一番の繁華街に行って、パチンコをして夜まで過ごしました。夜アパートに帰ってきて、先輩や後輩などと麻雀したり唄を歌ったりして深夜まで遊びました。これを5年間くり返しました。勉強は試験の前だけです。授業に出ても、出席の返事をしたらすぐ抜け出ていました。僕の同級生は、60人ですが、4年間で卒業したのはどのくらいいたのでしょうか。僕ら1年留年は優秀な劣等生でした。2年以上留年の猛者もいるのですから。大学ってこんなものなのです。時代も学校も違うから一概に言えないかもしれませんが、厳しいと言われている薬科大学でもこんなものなのです。ところで僕の同級生は、その後けっこう真面目に生きていっていますよ。長い道草をしたようなものです。ちなみに去年帰って今一緒に仕事をしている娘に、学校に行っていたのと尋ねたら、あまり行っていなかったと言っています。もしおこさんが県外にでも出ていたら、全く今の状態に気が付かなかったでしょうね。1人で悩んでいたかもしれないし、SOSをお母さんに発信してきたかもしれません。おこさんが色々なことを考えて、悩むのは大人の階段を上がっている証拠です。上手くいくことなんか滅多にありません。あの頃の僕は、学校に行かなければならないと思いつつ、いけなかったです。行く理由が見つからなかったのです。それでも卒業したのは、他に能力がないことを良く知っていたからです。少なくとも免許がもらえる学校だったのが救いだったのかもしれません。
 僕の煎じ薬はおこさんが、ご自分の心を傷つけるのを防いでくれると思います。自立への脱皮が苦悩を伴わないとしたら、青春は色あせたものになってしまいます。思い出したくないことばかりが想い出になってしまうのが青春ではないでしょうか。
栄町ヤマト薬局


2008年07月03日(Thu)▲ページの先頭へ
幸せ
 有り余るお金があるのは都合がいいが、幸せではない。地位があることは都合がよいことが多いが幸せではない。足が速いのは便利ではあるが幸せではない。歌声が響くのは、気持ちよいが幸せではない。美しい景色は心を和ませてくれるが幸せではない。家族みんなが健康であるのは恵まれてはいるが幸せではない。贅沢な食事は舌を満足させてくれるが幸せではない。豪華な衣装は人の目を集めるが幸せではない。ダイヤモンドの輝きは原石を掘る坑夫のことを思い幸せではない。良い職業を持つことは誉れではあるが幸せではない。
 幸せは木の枝にじっと留まらないもの。一瞬で消えるもの。幸せをまだ知らないことは不幸ではない。命に代えて守りたいものに出会ったときに感じる心。それをもしかしたら幸せと言うのかもしれない。


2008年07月02日(Wed)▲ページの先頭へ
腕時計
 30年以上腕時計をしなかったので、どこの街に行っても商店の時計をのぞき込むばかりしていた。僕にとって必要な時刻は、様々な街で開かれた研究会の開始の時間だけで、それ以外はあまり意味を持たなかった。何とか開会の時間に間に合えば良かったから、ホームに立ち、来た電車に乗った。早く着けば商店街をぶらぶら歩いたし、遅れそうになれば雑踏の中を走った。どこにいても腕時計がないための不便は感じなかった。身に何かを着けることが生理的に耐えられないタイプだから、手首に金属や皮があたることを考えただけで鳥肌が立つ。だからしたことはないがネックレスなんてものはほとんど僕にとって拷問に近いのではないかと思う。
 幸運にも身だしなみにはほとんど興味がないから、かなり倹約できているのではないかと思う。下着と靴下以外は今でももらったものを大切に使っている。基本的には何でも破損して使えなくなるまで使うタイプだから、衣服も1枚あれば数年使える。倹約の結果が何に変わっているのか、どこに残されているのか分からないが、実はそんなことより、はるかに心を解放してくれたところに価値があった。どこにいても、どこに行っても、ほとんど日常に近い僕がいた。特別な自分はどこにもいなかった。いつもの言葉で喋り、いつもの顔で笑い、いつもの口で食べた。肩から力は抜け、心は穏やかだった。飾らないことは僕にとっては最強の防御だった。評価が下がれば下がるほど僕は自由になった。
 持たないことは失わないこと。本当の自分を失わなければ恐れることはない。虚飾は自分ではぎ取って、いつでもどこでも平常心でありたいものだ。


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■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

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