栄町ヤマト薬局 - 2008/03
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漢方薬を初め、天然素材の薬を用いて、さまざまな慢性疾患の回復のお手伝い
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口癖
やっぱりなあと言う感想だ。もう何年も前から言われていることだが、やはりコレステロール値の基準が低すぎたようだ。富山大学の浜崎教授の17万人にも及ぶ追跡調査で、コレステロール値が高いほど死亡の危険率が下がるというのだ。例の悪玉コレステロールにしたって、いたずらに悪役呼ばわりする必要もないらしい。もともと、肉食で心臓病患者が多いアメリカ人のデータを持ってきたのだから、無理もない。今まで何をしていたんだと言うことになる。生理活性物質の大切な原料になるものを、いたずらに少なくすると、身体が上手く機能しないだろう。活力に乏しい貧弱な生き様になる。
僕の母など、もう20年近くコレステロールが高いと言われている。350くらいあるのではないかと思う。めっぽう元気だから、薬も飲まない。1年に1回の町の検診で受診を勧告されいやいや病院に行き、そこで又薬を飲まないのは無茶だと叱られるが、必要を感じないから飲まない。ひょっとしたら、薬を飲めと言う立場の人より元気かもしれない。88才になって、頭もさえているし、身体に悪いところもない。
要は絶対的に正しいことなどないのだ。一歩引いてみる癖を付けているのがいい。自分の拠り所をしっかり持っていて、それと照らし合わせながら判断するのがいい。よしんば結果的に的がはずれても、自分の拠り所に従って行動した結果なら受け入れられる。権威にすがっていたのでは、悔やまれる事がある。権威は時として自ら権威を求めることがある。与えられるものではなく、自己目的化する。その時、威は力に変わる。
大した贅沢もせず、黙々と働き続けた世代の人達に、多くのコレステロールの薬が不必要に飲まされ、去勢されたような生活を強いているとしたら、それは一種の見えない薬害かもしれない。「なんかすることはない」の口癖は、高コレステロール血症と僕のほったらかしの親不孝のおかげかもしれない。
電友
この数年、僕が一番会いたかった女性に今日会えた。四国にお子さんを連れて里帰りする途中岡山駅で1時間あまり話をすることが出来た。今カルテを拡げてみると、この春で6年目の付き合いになる。過敏性腸症候群が治り安くもあり、治り難くもありって事を体現してくれているような人だ。
彼女は電話派だから、何があっても電話をくれる。彼女の声と分かるのに1秒も要しない。もう何回、いや何百回話をしただろう。越えがたい壁が現れたときは現場からリアルタイムで電話をしてくる。けたけたと屈託なく笑うくせに繊細な心をしていて、その不釣り合いなバランスが、恐らく彼女の魅力なのだろう。郵便局、美容院、歯医者、外国旅行、お産、入学式、卒業式、コンサート。ほとんどを克服したのに、克服できるという事実を克服できていない。
東京に住む田舎者の遺伝子がお子さん達に受け継がれているのか、2人の男の子がとても感じよかった。お兄ちゃんはわざわざ東京から釣り竿を持って里帰り。途中ご主人の田舎で釣ったり、四国でも釣るらしい。家の近所の池で釣りをすると言うから、東京にも自然があるんだと、少年に教えてもらった。見ず知らずの僕を警戒気味だとお母さんはそっと教えてくれたが、最初からとても楽しく話が出来た。下の4才の男の子はそれこそ無邪気で、天真爛漫だった。お母さんが過敏性腸症候群のために飲んだ薬で、妊娠しやすくなって出来たお子さんだ。漢方薬のすばらしいところで、患部を狙うのではなく、心身共に元気になるって至極当然な目的のための処方だった。
「幸せじゃないの」何回かこの言葉を僕は口に出したと思う。こんな素直なお子さんに恵まれて、それ以上の幸せはないと思った。十分すぎるくらい幸せだと思った。僕は子育て世代のお母さん方をとても美しいと思う。崇高な大事業を成し遂げつつある生き生きとした姿が美しい。優しくもあり、たくましくもあり、色々な人格を積みあげている。
どんな女性だろうと、とても興味を持って迎えたが、駅で一言声を聞いただけで、もう旧知の間のようになり、久々に帰ってきた妹を迎えるような感じで少しの時間を楽しく過ごせた。年のはなれた妹が、子供を2人連れてきたようなものだ。「何かの縁」としか言いようのない、ある雨の日の出来事だった。
小豆
山の上のパン屋さんで買う、小豆入りの食パンが美味しい。所々に小豆が散らばっていて、そこに舌が当たると甘みが増し、得したような気になる。所々というのがきっとみそで、それが小豆だらけでは甘過ぎてすぐに飽きてしまうだろう。何でも滅多手に入らないものが魅力なのだ。簡単に手にはいるものでは感動は難しい。
朝食の時、テーブルの上にヤクルトがあったので、ヤクルトを飲みながらそのパンを食べた。ヤクルトの甘みが強すぎて、ほとんどパンの味がしなかった。小豆の部分に当たっても、甘くも何とも感じない。ヤクルトの味しかしないのだ。これには閉口して、定石通り牛乳でパンを食べる事にした。すると、いつものパンの香りと味、そして例の「得したような甘さ」が味わえた。
僕は朝、そのパンを食べたかったのだ。ヤクルトを飲みたかったのではなく、小豆を食べたかったのでもない。ただ、ほんのりと甘みが誘う食パンが食べたかっただけなのだ。それなのに、ヤクルトを口に含んだだけで、パンはパンでなくなった。ヤクルトの香りがする何かになってしまった。勿論僕は幼い時、ヤクルトにあこがれて育った世代だから、今でもとても好きだ。だから家にあるのだろうが。ただ、ヤクルトでパンを食べたことはなかった。だから二つの好物を同時に楽しんだことになるのだが、ひとつのあまりにも強烈な個性の為に、片方を完全に殺してしまった。引き立つものと引き立てるものが倒錯してしまったのだ。本来、ヤクルトみたいな味が濃いものは、引き立つ存在で、他者を引き立てるものではない。まして、遠慮気味に香る小豆の甘みなんか、赤子の手をひねるがごとく駆逐してしまうだろう。
引き立て役の「名もない人々」なんていない。皆、ちゃんと名前を持っている。ただ、謙遜にねばり強く生きているだけなのだ。強烈な個性を生来持ってはいないかもしれないけれど、地域を懸命に支えている。一握りの強烈な個性でそれらの愚直な営みを蹂躙することは許されない。パンにはパンの味があり、それだけで十分なのだから。
ベース
クラリネットもトランペットも、サクソフォーンも主役だ。旋律を奏でる華だ。耳はいつもそれらの音を追いかけている。逆にベースは本来的には引き立て役だ。リズムをお腹に響かせる。ベースソロ以外はベースを耳で追いかけることはないが、それがない音楽は落ち着きがなくイライラさせる。いわば主旋律を奏でる楽器は交感神経に響いて、ベースは副交感神経に響くのではないかと思う。
若いセールスの方に、ベースが中心の音楽を探してと頼んでいるが今だ持ってきてくれない。そんなものないのかもしれない。主役が不在の映画を探しているようなものだ。しかし、主役ばっかりになりたがる風潮にうんざりしているから、時には引き立て役が引き立っているものを観たり聴いたりしてみたい。決して華々しくはないけれど、しっかりと大地に根を下ろし、ゆっくりと呼吸しているものたちに巡り会いたい。
泳げないネズミ
加害者も被害者も可哀相だ。法律で裁いて抹消してしまえばいいと短絡的には結論づけられない背景が伺われる。たった1日、自由を奪われるだけでも耐え難いのに、何十年もの監獄の中での暮らしの苦痛を想像できないはずがない。一時の逆上の代償としては大きすぎることが分からないはずがない。しかし、それでも実行してしまうのは、ここもそこも、たいして変わらないからなのだ。いや、そこへ行くことが分かっていても、ここを消すことの方がはるかに救いなのだろう。
ここでは何を持っているのか。何を持っていないのか。持つことをマスコミに煽られ、持たないことを家族に罵られ、毎日は自虐の中でしか過ぎない。落ちこぼれる構造の中に追いつめられ、落ちこぼれることを許されない。社会は寛容の顔をした不寛容だ。空腹は一線を越えれば快感に変わる。力ある者の横暴は英雄で、追いつめられた者の抵抗は犯罪だ。息詰まる空間の中で、接点を失えば、ここを抹殺してしまいたいだろう。抹殺こそが生きる道とは、泳げないネズミが海に逃げるようなものだ。
誰を恨めばいいのだろう。何を否定すればいいのだろう。せめて、せめて、傷つけないために、傷つかないために、自分を恨まないこと、自分を否定しないこと。そこに行ってしまえば、帰り道はないのだから。
江戸時代
アメリカの食品医薬品局が最近言い出したことで、風邪の治療が大きく変わることになるかもしれない。
熱はウイルスや細菌に対する闘争反応だから、薬で無理矢理下げるのは良くない。咳は異物を排泄する反応だからやたらに止めるべきでないと言うのだ。恐らくずっと以前から、現場のお医者さんだったら当然気がついていることだろうが、患者さんの要望もあり、極端に自然治癒力に任せるのは出来なかったのだろう。お墨付きをもらえば、現場でも理想的な治療が出来るのではないか。お医者さんは、頭痛などの症状改善、高熱で痙攣を起こす人の予防、脳炎や肺炎の早期診断に比重を移していくものと思う。
今年横浜でタミフルが効かない集団感染があった。国内初のことだ。ところがヨーロッパではすでに、ノルウェーでは66%、フランスでは39%などのタミフル耐性ウイルスが見つかっている。新型インフルエンザがまだ流行りもしないのに、もうすでにタミフルが効かなくなっているのだ。ありふれたインフルエンザに競うように使った結果だ。水分を補給して寝ていれば治るトラブルに、高額な薬を使ったからだ。作ったものは消費しないと利益を生まない。薬だって同じだ。どんどん消費して生産しなければ利益は出ない。使う機会がない方が幸せに決まっているが、それでは開発費も出ない。消費してこそ利益が上がるのだ。何かと似ている。人を救うはずの物が、人を殺す物と似ている。
自然治癒に勝る名医も薬もない。100年かかって振り出しに戻る。風邪を引いたら暖かくして寝ておけって。至極簡単なところに帰っていく。宇宙に滞在できる時代に、江戸時代と同じ治療に帰っていく。
副作用
東京の有名中学(と言っても田舎に住んでいては初耳なのだが)に入った姉の孫がやってきた。どうも初めて会うらしい。その様な気がしなかったのは、やはり義理の兄や甥に似ていたからなのだろうか。恐らく僕の大学受験などよりよく勉強しただろうその子がどんな子か気になっていたが、会ってみて、如何にも少年の雰囲気を漂わせ、穏やかな表情をしていたので安心した。このような仕事をしていると、体の健康がまず気になる。そして心の健康も気になる。それだけで十分だと思うのは、当事者でないからなのだろうか。家族となれば、健康も手に入れて学力も付けてと、望みは留まるところを知らないだろう。 幼い彼が教えてくれたのだが、彼が通っていた幼稚園ではサッカーとか漢文をやっていたそうだ。どちらも耳を疑うが、商業主義の臭いがして、不自然きわまりない。それを目的で入ったのではないらしいから安心したし、漢文は全部忘れたと言っていたからほっとするが、都会だから許されるというものではないだろう。それらの営業方針が親から支持されるのは何故だろう。何を親たちは子供に期待して何を競わせているのだろう。
いつの時代から子供がこんなに沢山の知識を詰め込まされるようになったのか知らないが、その子らの将来が徐々に解明されつつある。薬と同じだ。開発された薬は様々な実験、検査を経て許可され人間に投与されるが、長年飲み続けたときの副作用は、必ずしも予想通りとは行かない。予期せぬ事も時間と共に現れてくる。子供達に過度に施した教育という名の劇薬が、もうすでに副作用を現しているのではないだろうか。予期せぬ出来事は色々な姿を借りて現れてくる。よかれと思い開発された薬が凶器となって向かって来るのは時間に比例する。実験室で石油から出来た薬より、山野に茂り、田畑で育てられた生薬の方が自然だとは感じないだろうか。地味ではあるが、着実に大地に根を下ろしている姿は、頼もしい。ゆるゆると流れる時間に育てられた子供も又頼もしい。結果を早急に求められないゆるゆるが育む活力こそ頼もしい。
流木
2日連続で恋についての相談を受けた。この年になると相手にとっては無防備らしくて相談しやすいのだろう。結構、健康以外の相談もあるのだが、この分野の答えは相手が望む答えになるのかどうか疑わしい。健康面で期待した答えをもらえるから、この分野でもと期待してくれるのだろうが、基本的なスタンスが、恋愛感情はまず煩わしいと言うところから入っているので、今まさに恋が人生の全てと言う人とは温度の差がありすぎる。
失恋した人には幸運だったねと答える。結婚してから別れるのは数倍のエネルギーが必要だ。次を堂々と探す機会をくれたのだから有り難い。地球上に数十億と人間がいるのだから、別れた男より魅力的な人なんか、何百万人もいるだろう。選り取り見取の権利こそ価値があるのだ。
数年待ってくれと言われた人には、その間にいい人と巡り会えるように仕事を頑張れと言った。結果、いい人と巡り会うことがなければ、待った男と結婚すればいい。ただひたすらに待つ必要なんかない。権利は行使しなければ、権利ではない。受け身の必要なんかない。
人が動物でおれる時間なんか高々しれている。ある程度の歳になれば束縛からの解放こそ価値があることに気がつく。ひとつずつ捨てて捨てられて、無駄をなくして、流木のように生きるのも良い。目指すところを持って荒海を渡るのもいいが、結局は流木のように流され流される。いつかは誰もが砂浜に打ち上げられ、乾いた流木になる。無駄も不自由も削り取られた流木になる。
運転席
運転席で、柔らかい言語の往来を聴いているとなんだか眠りを誘われるようだった。日本人の方に、お嬢さん達ですかと尋ねられたくらいだから、彼女ら3人が日本人的な顔つきなのだろうか。又あるフィリピンの女性からはタガログ語で話しかけられたから、フィリピン系の顔立ちなのだろうか。結局は東洋人はよく似ていると言うことで落ち着いたのだが、せめて似ているもの同士、仲良くありたいものだと、狭い車の中で、地球規模のことを思っていた。
この国が彼女らの国の数歩前を走っているとしたら、どうぞ追いつかないでと言いたい。追いついて、追い越していくのなら良いが、この国が抱えている問題をそのままコピーしないで欲しい。追いつく前に、どちらかに舵を大きく切って、固有の価値観を大切にして、その上で発展して欲しい。誰もが、どこもが、どこかの国のように世界中を席巻して牛耳るような国になる必要はない。謙遜とか奥ゆかしさとかは、アジアの人独特の心のありようだ。そういったものをほんの刹那の物質的欲望で失って欲しくはない。
この国で青春の一時期を過ごしたことを、よい想い出として国に持って帰って欲しい。屈託なくしゃべり続ける異国の言葉は、恐らく得たことより与えたことが大きいことに気がついていない。その柔らかい言葉と心が心地よい。
歩き人
ずいぶん立派なお母さんになったと思う。まだ独身だった頃、ある病気の相談にやってきて、ずっと泣き続けた女性だ。その時のことをよく覚えている。お子さんが5才になったと言うから、もう10年近くなる。お産の前後はほとんどこなかったが、最近又しばしばやってくるようになった。泣き虫が、立派な母親を演じている。偶然僕が選んだ薬が功を奏して母親になれたのだが、今の様子を見てつくづく良かったなと思う。
時は振り返ればあっという間に流れるのかもしれないが、僕の回りでは時はよどみながら怠惰に動いている。登場人物も背景も華々しいものは何もない。名もない人達が、通行人AやBを演じている。主役も脇役もない。みんな通行人なのだ。時を飾る花束も楽団の音もない。重い荷物を背負い、道端の大きな石の上に腰を下ろし、目的地を再び目指す単なる歩き人なのだ。黙々とうつむいたまま、誰にも不満を述べず誰にも賛美されない歩き人なのだ。
柔和な表情をしているが目には力があった。10年の間に歩いた道が彼女をそうさせた。表舞台があったのではない。子育てを黙々とやり遂げているだけだ。多くを求めずただ黙々と、歩いているだけなのだ。そんな道が無数に交錯して時が海辺の町に正座している。
劇場
元々、耳は良くない。何を食べても美味しいように、何を聴いても良い音に聞こえる。もう何十年も、BGMを流して仕事をしているが、流している曲のジャンルによって多々不満は聞こえるが、音質に対してはクレームを聴いたことはない。買い物に来ている間だけのことだから、気になっても気にならないのだろうが、ずっとここに留まっている人間にとっては少し気になるらしい。
娘が大学時代の先輩のラジカセをもらってきた。中古だが見た目には立派そうだ。僕のピンクのラジカセは小さくて数千円だったので、小学生のおもちゃみたいだ。もらったのは、大きくてどう見ても僕のより数段高そうだ。「音が割れる」と言う理由で、娘はその中古と換えてくれるらしい。その音が割れるってのが僕にはそもそも分からないが、気になる人には不快なのだろう。試みにいつも聴いているボレロを流してみた。ボレロは小さい音から次第に大きな音に移っていくのだが、あるところを境に明らかに2つのラジカセの違いが分かった。もらったものは高温が柔らかくなり、低音が響きだしたのだ。ああ、これかと思った。もし僕の耳を基準におくなら明らかによい音だ。もし娘の耳を基準におくなら普通の音だ。もし音楽家の耳を基準におくなら、恐らく聞きづらい音だ。
素人の悲しいところで、本物に限りなく遠いところで暮らしているから、ちょっとしたことでも単純に感激してしまう。芸術、文化、スポーツならいざ知らず、日常のちょとしたことにも感激する。余程基準が低いのだろうと我ながら情けないが、見るもの聴くもののすべてが劇場だと思えば慰められる。
反対運動
この高さ、この幅。この田舎町にはこのくらい大きな建物はない。もうすぐ完成予定のリゾートホテルが、我が家の犬の散歩コースにできあがりつつある。滅多に散歩に連れて行かないから、傍を通るたびに大きくなる。最初はなんだこのくらいと思っていたが、今では見上げるとその大きさに圧倒される。都会では当たり前の大きさなのだろうが、回りに何もないところでは一際大きく見える。山の中腹の分譲地に越してきた人達が、建設反対運動をしていたが、これだけ大きければさすがに中腹からの海の景色も少し隠してしまうのだろうか。土着の人間は山と海の間の狭い平坦地に暮らしているので、海は見下ろすものでなく、「あるもの」なのだ。だから景色を遮られる不愉快さには疎い。反対運動が盛り上がらなかったのは、視点の相違があったからだと思う。
土着の人間にとって、そこに大きなリゾートホテルが建とうが建つまいが関係ないのだ。もともと船舶関係の大きな会社が引き上げた跡地で、工場があろうが、ホテルがあろうが生活を保障されることもないし、逆に破壊されることもないのだ。ある人は夜明け前に海に船を走らせ、ある人は夜が明けてから畑に出かけ、ある人はラッシュに会わないように早めに車を走らせて岡山の方に働きに出る。
何も変わらないのだ。いつもの繰り返しなのだ。犬と一緒に見上げながら、南海沖地震で逃げ遅れたら、この上に登って津波から逃れようと思った。ただ、それだけのことだ。
理由
大したものだ。偉くなると理由などいらないらしい。人を苦しめても殺しても、理由なんかいらないらしい。とってつけたような理由でも構わないのだ。裁かれないから、理由はいらないのだ。言いがかりで人を責めても自分は責められないのだ。ところが、そんな人間を選び作るのは、裁かれる人間なのだ。殺される側の人間なのだ。新聞には数字でしかその死を伝えられない人達が、何を言っても許される人間を作ってしまっているのだ。撃たれて道端で被写体になってしまう人達が、とんでもないことを口に出来る人間を作るのだ。嘘が嘘にらない人達を作るのだ。こんな不平等な世界は見たくないと思ったが、そんな世界が増殖している。乗り遅れた船を岸に戻してくれる船頭はもういない。
若者達、行儀良い人達、脂ぎった老人を信じてはいけない。どこへ導くのか信じてはいけない。正義や愛がなくても栄えることに長けている人を信じてはいけない。身体を丸めて体温を逃さないようにして冬を越した人達、春を信じてはいけない。焼かれる夏も、凍える冬も裁かれないまま地球を一巡しているのだから。
振動音
喪失の深い沈黙の中を、低音で振動音が鳴る。音を消して礼をわきまえているのだろうが、息づかいさえはばかれる亡骸の前では、人工の音は消されない。よりによって、こんな時に、こんな場所で、緊急の用事があるのだろうかと不思議に思う。立て続けに3人の携帯が鳴った。
未だ頑なにそれを持つことを拒否している僕としては、乱入する電波に支配されることは耐えられない。果たしてそれが便利かどうかも僕には分からない。こちらから電話で話す用事など滅多にあるものではない。まして、日常から解放される日にはなおさらだ。例え電波でも繋がっていたら自由を満喫なんか言っておれない。自由とは関係を切ることだ。人との、空間との、時間との、あらゆる関係を切ることだ。
何故こんなに電波という鎖で容易に縛られるのだろう。どんな崇高な、或いは逆にどんな背徳の伝言を待っているのか知らないが、身動きできない心と身体には、一匹の蜂が運ぶほどの蜜の味もしない。
夜の運動場
月も出ていないし、外灯と言ったら広い運動場に2カ所しかない。近寄ればさすがにその下だけは何とかまだ明るいが、ちょっと離れれば、かすんで外灯があることしか分からないくらいの頼りなさだ。外灯が目的を果たしているとはとても見えない。そこにあることだけで何かを許されようとしている感じだ。
土の上を歩く方が膝のために衝撃が少ないと思ったので、最近は中学校の運動場を無断で歩いている。田舎の夜は早いので僕が歩く時間はもうすっかり町は夜の中に浸っていて、時折遠くを仕事帰りの車が通り過ぎる音が聞こえるだけだ。人の気配を感じることはまずない。運動場に面しているある家の方が昨日の朝急に亡くなった。救急車で運ばれるのを家から見ていた。元気な方で亡くなり方もやはり元気だった。
いつものように、暗い中を遠くの外灯を頼りに歩いていた。急に春がやってきたが僕はフードのついたガウンで未だ防寒して歩いている。何周かした頃、温かい風が急に吹いてきた。さっきまで冷気に身を緊張させていたのに。すると僕の足音にあわせて、背後から近づいているのを隠すようにザッ、ザッと言う音が聞こえ始めた。僕は気持ち悪くて振り返ってみた。でも暗い中で目を凝らしても動くものは見えなかった。少し早足で歩き始めるとその音もピッチをあげたらしくてついに耳元で聞こえるくらいになった。絶対誰かがいると思った。走って運動場から逃げ出そうと思ったが、誰もいないたった1人の状況でも自尊心は働くらしくて、僕は再度勇気を出して振りかえった。すると・・・・結局誰もいなかった。
僕は気持ち悪くなって、いや恐ろしくなって、急いで家に向かった。家に近づくに従って足音がだんだん小さくなってきた。はっきりとは分からないが、どの辺りからか足音は消えていた。諦めたのだろうか。恐ろしい経験をした。フードをかぶったまま我が家の階段を上がろうとしてまたしてもその足音が聞こえた。階段の途中で立ち止まると消える。又一段上るとザッと音がする。さすがにこれはおかしいと思って立ち止まったまま顔を横に向けるとあの音がした。何回か繰り返してやっと分かった。フードに自分の耳がすれて音がしているのだ。何のことはない、耳がすれて出る音だから耳元で聞こえるはずだ。恐らくその音は毎晩歩くたびに聞いていたに違いない。ところが今日は亡くなった方のことを思いながら歩いていたから、偶然足音に聞こえた音を恐怖が増幅してしまったのだ。恐怖が新しい恐怖を作ってしまったのだ。
同じような恐怖を経験した人は多いのではないか。全く何でもないことをドンドン増幅していって、勝手に恐ろしがったりした経験はないだろうか。
春の訪れを待っていたかのように体調を崩して相談してくる人が目に見えて増えている。特に過敏性腸症候群の方で多い。この時期にしっかり治っている人もいるから統計的に言えるわけではないが、やはり春に自律神経をかき回され、その自律神経が不安感を増幅しているように見える。もっと自信を持ってとお願いするのだが、それが出来れば悩むこともないだろう。嘗ての僕がそうであったように、なかなか我が心の中の敵は手強い。科学的な判断を心がけるように努めているが、人間らしく生きよと闇ガ誘う。
悲鳴
たまにすれ違う人の服装が、いっぺんに軽く華やかになったように感じた。気温の上昇は人々を戸外に誘うが、嘗て繁栄していた小都市の商店街は、休日の稼ぎ時でも多くの店がシャッターを下ろしていて、営業している店も人影はない。幼い頃はその街へ行くこと自体が楽しみだった。今ならあっという間に車で行けるところだが、当時はすし詰めのバスに揺られ、体力を消耗してまで行きたい所だった。大人になり牛窓に帰り、薬局を継いだ頃は、うらやましい立地という観点でその街のことを見ていた。
今や全国至る所の商店街が同様の憂き目にあっているのだろ。元々、父の代から商店街などないところで薬局をやっているので、町並みの恩恵を受けたことがない。自分の力で生きていくしかなかったので、この優柔不断の僕でも自分を律することが出来た。立地の良いところの人達が薬局経営を辞めていく中で、僕はしぶとく生き残っている。こんなに人口の少ないところでやれるのかと心配してくれる人もいるが、出ていくものを制御すれば何とかなる。無理をして手に入れようとしたら、より大切なものを多く失う。
今日は車がなかったので、あてもなく歩いてみた。季節が運ぶものは暖かさだけではなく、木の芽立ちに体調を崩す人達の悲鳴だ。冬眠から冷めるこの時期は肝の働きが活発になって自律神経を混乱させる。この数日何人もの悲鳴を聞いている。春は空を明るくし、人々も、草花も、鳥の声さえも生き返らせるが、脱いだ衣1枚分の不調を説明できないもどかしさの中で、心のシャッターを降ろしてしまう人がいる。
僕は帰りを急いだ。
オタク
僕は利用したこともないし見たこともないから特別な感慨はないのだが、寝台急行「銀河」など3つのブルートレインが今日で廃止されたらしい。大勢のファンが見送ったり、迎えたりしているのがニュースの映像で流れていた。どこの局の映像だったか分からないが、詰めかけた鉄道ファンが、出発する汽車に向かって口々に「ありがとう」って叫んでいた。声を合わせてではなかったから、万感迫って自然に出た声なのだろう。大きな鉄の物体に対して、まるで意志を持っている相手に対するように言葉を発する、それも感謝の言葉を発する光景に驚いた。
鉄道が好きな人は本当に好きならしく、僕の所に漢方薬を取りに来ていた少年が、それこそ信じられないくらいの鉄道の知識を持っていた。具体的には教えてもらったことはないが、それこそ駅の名前は勿論、通過時間なども知っている風だと親から聞いたことがある。学業なども特別優秀だったが、いわゆるオタクなのだ。
僕はすべての活動の源泉、それも大成する人の源泉はすべてこのオタク度の強さだと思っている。オタクでない人は大成功はしないだろう。恐らく歴史上の偉大な芸術家や学者、ひょっとしたらスポーツ選手や大実業家までもほとんどがオタクだろう。ある分野に異常に興味がもてるから情報を収集し知識を得る。又努力も惜しまない。僕はオタクってとても恵まれた性格だと常々思っている。本当にうらやましい。思い起こせば、少年の頃も青年の頃も、突出した興味がもてるものには巡り会わなかった。だから何かに力を集中した記憶もない。満遍なく、そこそこに何でも出来る人間で終わって、結局何も大成しなかった。
僕は、如何にも軽蔑の対象としてオタクをとらえる風潮に違和感をもっている。と言うより、そのようにしか見ない側の人間を寧ろ哀れに思っている。何かに集中している人間は、その何かが反社会的でない限り、「勝てないなあ」と思わされるくらい迫力がある。並の神経では勝てない、夢中になっている人特有のオーラを感じる。
例え巨大な鉄のかたまりに声をかけようが、消えゆくものに対するもののあわれを感じる力は、僕ら凡人にはない。ホームに群れた人達を見てやはり「勝てないなあ」と思ってしまった。
人柄
いつもは伏し目がちに必要なことだけをしゃべって帰るだけの人だったが、今日は違った。丁度薬を渡しているときに、ニュースがラジオから流れて、ある悲惨な事件を伝えていた。どちらから言うわけでなく、とんでもない時代ですねと言うことになった。寧ろ戦争中の方が良かったかもしれませんと、戦争体験世代のその人がしみじみと言った。あの頃は悪いことをするような人はいなかったと言うのだ。それに関しては異論があるが、自由を全く奪われて生きたことの方が、現代の欲望むき出しの社会よりいいと感じているのだろう。有り難いことに、田舎にはまだ共同体が幾分か残っているから全く殺伐とした人間関係でないのが救われる。田舎のハンディーが今に長所になるだろう。どれだけ精神が荒廃したところで暮らす事がエネルギーを要するのか次第に気がつき始めた人もいる。
恐らくそんな中の1人ではないか。その婦人の家に今度研修生が来るらしい。関西の都市部から1年間お百姓を学びに来るらしい。頑固なご主人がその人を見て一目で気に入ったらしい。婦人は「得したようです」と言った。県の紹介でやって来るらしいが、顔合わせで初めて会話した時から、その人の人柄に感動を覚えたらしい。都会の人が教職を捨ててお百姓を学びに来るには何か特別の動機があったのだろう。「いい人に巡り会えるほど幸せなことはないです」と続ける言葉に全く同感だ。50年以上土地を守り、この国の人を食わしたのは、偉い人達ではない。日光を浴び続け、年齢以上に老けてしまう、こうした婦人達の謙虚な生き方なのだ。横柄な口の利き方、風を切って部下を従え歩く姿、下劣な放言、うんざりするほどうんざりがここ彼処に溢れかえっている。
万能薬
これはアメリカの話だが、アメリカで起こって日本で起こらないなどはあり得ない。
全米の24の大都市圏で少なくとも4100万人が利用する水道水から、抗生物質や精神安定剤などの医薬品が検出されたらしい。勿論、検出量は微量だから「健康への影響はほとんどない」と製薬業界は主張するが、環境保護局は「懸念が高まっていることは認識しており、深刻にとらえている」と述べている。同じ事実を前にしても立場によって評価は真っ向から対立する。
医薬品を摂取した際に、その成分は人体に吸収された一部を除き体外に排泄されて下水処理されるが、すべての成分は除去できず、自然界に蓄積、循環して再び飲料水として利用するための浄水処理でも除去できなかったという。東部フィラデルフィアの水道水からは高コレストロールや喘息など56の成分が見つかっており、西部サンフランシスコではホルモン剤も見つかっているらしい。
検出量が微量だからと言って、日々延々と口にし続けるのだから、長期間の影響など分かるはずがない。まして油溶性のものは体外に排出されにくく人体に蓄積されやすい。
要はアメリカに行って、水道水を飲めばほとんどの病気は治るって事だ。ありとあらゆる薬が混ざっているのだから。人が飲んで排泄した薬を又飲むのだから究極のエコだ。
国土が狭く、薬好きの日本人がひしめくこの国でも調べれば同じようなことが起こっているのではないか。多くの恩恵をもたらした物でも後世の人には毒になることもある。近い将来、先祖はとんでもない物を残したなと言われるのではないか。山も海も田圃も、破壊しつくしてバトンタッチする、こんな世代は未だかつてなかった。誰かが、もうこのあたりで止めようと言い出さなければもう取り返しがつかないだろう。便利さが分からないほど便利になって、豊かさが分からないほど豊になってどうするんだろう。牛一頭を飲み込むほどの胃袋も持っていないのに。
豊か
「一生懸命勉強して、国の為に役立ちたいです」と微笑む姿に、力みはない。彼女にとって当然のことなのだろう。僕の住む国では滅多に聞かれない言葉だ。彼女の「国」と僕の「国」は違うのだろうか。国は、具体性を持って語れないし、見えるものでもない。蜃気楼のようにつかみ所がなくて、変幻自在だ。ただ僕にとって「国」からイメージできるものは窮屈なものでしかない。
彼女は違う。きっと大きな拠り所なのだろう。政府を指すのか、国土を指すのか、国民、或いは家族をさすのか分からないが、彼女は「国」の役に立ちたいとはっきりという。こんなごく普通の若い女性に想われる「国」は幸せモノだと思う。余程裏切らなかったのだろう。まだまだ豊かな心が残されているのだろう。物質で汚染されていない心が残っていたのだろう。
その国の恐らく純朴な人達に負けない心を、彼女らがこの国にいる間に経験して欲しいが、何しろこの僕も物と引き替えに心を失った部類だ。彼女に与える物はすべてお金で買える物ばかりで、頂く物はすべてお金で買えない物ばかりだ。楽しい会話、珍しい知識、思いやり、礼儀・・・
すべてが物を介して動くこの国の特徴が自分の行為にも良く出ている。本当は心の動きを物は補完するだけでいいのに。まさかこれを豊かと言うのではないだろう。
変身
一瞬顔をのぞき込んで確認した。それでもなおがてんがいかなかった。1ヶ月前に薬を取りに来たその子は、今日同じ名前を言って薬を取りに来た子とは違う。姉妹かなと思ったがそうではなかった。やはり本人なのだ。
親からその子は京都に行くと聞いていた。大学か就職か知らないが、新しい生活を京都で始めるらしい。そのためではないのだろうが、今日は服装もハンドバッグも雑誌の表紙から飛び出してきたような格好をしていた。顔もお化粧をしてなかなか美人になっていた。間違えるのもうなずけるほど変身していた。幼いときから知ってる。とてもおとなしい子だった。こんなに華やかに変身するとは思わなかった。希望に胸をふくらませているのか、とても表情が良かった。前を向いて生きている時は、こんなにいい顔をするのかと思えるほど、顔の中に春が咲いていた。季節がもたらした暖かさよりももっと暖かい雰囲気だった。
生物的に見て、人生で一番美しい時をこれから都会で暮らす。いつまでも今日の表情が変わらないことを祈る。怒りも憎しみも、恐怖も悲しみも、その子に訪れませんように。京都の街がいつも微笑んで彼女を抱きしめてくれますように。
恐縮
たまにはこの種の感動もいいものだ。僕の薬局は、やっている方も普通なら来てくれる人達もごく普通の人達だ。普通の薬局であり続けたいといつも思っているが、それでしかあり得ないのも事実だろう。
ある女性が、ご主人のためにちょっとしたものを買いに来た。僕より恐らく10才は年上だと思うが、若く見えるタイプだと思う。別にけばけばしく着飾って厚化粧をしている風でもないのに、一見してかなり恵まれた人ではないかと思った。服装には特に疎い僕だから服装で判断したのでもないし、持ち物で判断したのでもない。でも直感的に経済的に恵まれているような気がした。
薬について2回ほど簡単な質問を受けた時、知的な人だと思った。難解な質問でもないのに知性を感じた。素人がプロの助言を引き出すのに全く無駄がなかった。堅苦しくないごく普通の女性の言葉だったが、隠せない知性が覗いていた。
会計をするときに、かなり手間取った。なにやらご主人の財布で勝手が分からなかったらしい。結局小銭が見つからなくて、数百円の買い物に対して1万円札で払うことになった。そのことに関してえらく恐縮してくれた。
帰り際に僕を見てにこっとした。丁度、ボブマリーを大きな音でかけレゲエののりで仕事をしていたから滑稽だったのか、はたまた、偶然入ってきた薬局に合格点をくれたのか。その女性と入れ違いにある若いセールスが入ってきた。その女性は薬局の前に横付けにされた車に乗り込んだ。僕は車の横付けは嫌いだが、見るととても縦に入れることは出来ないくらい大きかった。仕方なく横付けしたのだと好意的に解釈した。品のいい人は得だ。すべて良い方に考えてもらえるから。セールス君が教えてくれたのだが、その車はベンツより高い国産車だそうだ。車の名前を教えてくれたら僕も聞いたことがあった。興味本位でナンバープレートを見たら大阪ナンバーだった。
その種の車を初めて意識して見た。その種の車に乗っている人を初めて見た。経済的に恵まれている人でそのことを全くにおわせない人、それどころか極めて謙虚な人と話が出来た。どの階層の人でも共通して謙遜な人、飾らない人、知的な人は気持ちよい。何よりも勝る財産だ。心以外の物差しでは測れないものばかりだ。
構造式
まさにこの感覚こそが薬学生としての躓きの始まりだった。
今日、薬剤師会の薬物乱用に関する講演会があった。講師は岡大医歯薬研究所の教授だった。薬物乱用の講演だから、麻薬とかドラッグについての社会的な状況などが聞けるのだろうと思って参加したが、予想とは全く異なっていた。冒頭から、薬物代謝(薬が体内で何によってどの様に変化し、役目を果たした後体外に排出するか)についての話で、構造式のオンパレードだった。俗に言う亀の甲の連続で、正直全く分からなかった。時折聞いたことのある言葉が出てくるが、ネイティブの英語よりも分からない。2時間、構造式のシャワーの中で、睡魔と戦いながら、頑張って聞いている人達を眺めていた。同じ薬剤師(教授も薬剤師)でもこれだけ違うのかと、我ながら情けなくなる。恐らく教授と年齢はあまり違わないのではと思えたから。向こうがはげて、こちらが白髪くらいの差しかない。
教授と僕の当時の受験勉強のレベルは恐らくそんなに違いはないだろう。好きではなかったが、どの科もまんべんなく点数はとれていた。いわゆる偏差値はあまり変わらなかっただろう。ところが決定的な違いは大学に入学してすぐやって来る。僕は、薬剤師は病気を治すものと父を見ていて勝手に思いこんでいたから、薬大が化学者を育てる学校だと最初の授業で分かって、「こりゃ、だめだ」とすぐにさじを投げた。そこで一からやり直すかどうかの判断をすればよかったのかもしれないが、勉強嫌いの僕が、受験生に戻る選択肢はなかった。恐らく、今日講演された教授は、化学式大好き人間で試験管に触っていたら幸せ一杯の人なのだろう。受験の為に化学の問題をいやいや解いていた程度の人間が、その道で努力してもなかなか成果は現れない。構造式を見ただけでもうブロッキングを起こしている。良く卒業できたものだと今更不思議でかなわない。人生は、しがみついて頑張るほど長くない。諦めるのと、転向は似ているが違う。
あれから30年も経っているのに、やはり僕には構造式は理解できなかった。何ら知識は進歩していなかった。ただ一つの救いは、漢方というものに巡り会って、「治す」ってことに関われるようになったことだ。あのまま薬剤師としての自分を否定したまま生きていたら、道さえ間違わなければ努力は報われるって事に気がつかなかっただろう。だからこれからの若い人に言いたいのだ。道を選べと。好きで頑張れる道を。嫌いでは頑張れないし、努力が空回りする。
ホームごたつ
敷き布団の上にホームごたつを置き、かけ布団はお腹から上にかける。こんな寝方をしたのは何十年ぶりだろう。中学校を出てから下宿やアパートで暮らしたので、10年くらいその様な寝方をしていた。ホームごたつの足が当たる布団の場所は深く沈んでいて、ほこりがいつも溜まっていた。ほこりも年季が入ると綿のようになる。
一見寝心地は悪そうに思えるが、これがなかなか気持ちよい眠りをもたらしてくれる。同じようなことをしている人は結構いると思うが、苦肉の策を越えて、意外と利点は多いのだ。まず足が冷えないので、頭寒足熱が保たれて、頭に血が上らない。と言うことはいらないことも考えなくて眠りが深くなる。また、布団の上げ下げをしなくていいから、面倒でない。いつでも眠りに入れるし、いつでも眠りから覚められる。おまけに、日常の服装のままだから、一日の始まりが素早い。顔を洗い歯を磨けば即、活動開始だ。精神も日常活動も支離滅裂で不合理だった青春時代には、いたって合理的な習慣だった。
久しぶりのその寝方は案の定、とても気持ちよかった。時折目は覚めたが足先の暖かさが心地よかった。4畳半ではなくなった。家賃も払わなくていい。洗面器で番を取らなくても入りたいときに風呂に入れる。寒空でバスを待つ必要もなくなった。ご飯にカップヌードルをかけて食べなくてもよくなった。ねたみ、ぐちり、嘆き、批判するばかりの会話から遠ざかれた。 幸せかと尋ねられれば首を傾げ、不幸かと尋ねられても首を傾げる。リヤカーで引っ越しできる身軽さは手が届かないくらい貴重になり、しがらみの重圧で骨格筋が悲鳴を上げる。体温より少しだけ高い赤外線の温度に安堵する。求めないことがやっと身に付き始め、足を組んだままホームごたつで眠ったあの頃が、屋根瓦を一枚ずつはいでいく。
棚
今朝、早起きして念願の(?)山の上のパン屋さんに行ってきた。この所、週に5回くらい食べているのでパンを買うことが目的ではなかった。パン屋さんの2人が、手作りで何でも作ってしまうと言うのでその作品を見に行ったのだ。お店で使う什器などは建物を造った残りの木ぎれで作ったそうだ。
ログハウス調の外観、イギリス風のガーデニング、どこかの雑誌が取材に来ても充分応えられそうな趣がある。ほのかな甘い香りがする店内にお目当ての手作り什器があった。素人が作りましたという雰囲気は全くない。繊細なところを見る僕の目が素人なので、ただただ感心ばかりしていた。先日2人が薬局に来たときに、薬の陳列棚を作ってくれる事になったので、イメージだけでもつかみに訪ねたのだが、これだと、薬局の薬が棚に負けてしまうかもしれない。棚が売れるかもしれない。
お店にいる時に感じたことがある。恐らく器用だから2人が作れるのではなく、作ろうとするから作れるのだと。少なくともお店を訪ねるまでは、棚は業者に依頼して作ってもらうものだった。ところが、まだデビューしてすぐと言う表面の木目が鮮やかな棚を見ていると、自分でも出来るのではないかと思った。不器用には自信があるが、作品を見ているとなんだか器用と不器用の垣根がなくなったような気がした。この気付きは僕にとっては瓢箪から駒だった。この所、新しいことに挑戦することに全くご無沙汰しているから、気概と言うものが自分の心から消えていることに気がついていた。何かを始める気力も体力もないのだ。
もう一度、僕の心に棚を作って、培った知識や経験を整頓してみて、小さな挑戦をしてみようと思った。棚は勿論、手作り。
懸念
正直、あまり見たくない光景だった。牛窓が嘗て経験がないくらいの高波に襲われた台風以来だから数年その女性を見ていないことになる。平屋の家に夫婦で住んでいて、天井近く海水に浸かったという話だから、てっきり家を諦めてお子さんの所にでも行っているのだろうと思っていた。ところが今日の昼前、薬局の前の道路を、前のめりになりながら小股で歩いているその女性を見かけた。まるでパーキンソン病の人の歩き方に似ていた。髪は真っ白で、顔は無表情だった。嘗ては、町のために色々な役を引き受けて一生懸命やっていた。決して出しゃばる人ではないから、頼まれれば断れなかったのだろう。良く笑い、時には照れながら住民のために尽くしていた。
あれから僅か数年で、こんなにも老けるのだろうか。まだ嘗てのように充分自転車で飛び回り、知恵と手間を町民のために役立てられる人だった。災害の後遺症か、病気のせいか、はたまた単純な老化か分からないが、一気の老け込み様は似つかわしくなく勲章としては寂し過ぎる。生きることは単純に心臓の鼓動を繰り返すことではない。社会の歯車になってエネルギーを次の歯に伝えることだ。与え与えられ、大切にし大切にされることだ。与え、大切にしてきたあの女性が、今、与えられ大切にされているのか気になる。そんな懸念を持たされる姿だった。
消防車
我が家の老犬がけたたましく吠えた。見知らぬ人が通りかかった様子もない。お腹が空いている時間帯でもないし、散歩の時間でもない。無駄ぼえかと思った娘が、コップに水をくんでクリの近くにかけた。クリは水を嫌うのでこれは苦手だ。普段ならこれでおとなしくなるのだが、今日は違った。10分もたっただろうか、火事を知らせる役場のサイレンが突然鳴り響いた。調剤室から外を覗いた娘が「煙が出ている」と言うので外に出てみると、数百メートル離れた尾根の向こう側から、黒煙が勢いよく上がっていた。ある農業用の倉庫が焼けたらしい。
嘗て、我が家の前で交通事故が続いたことがある。不思議なことだが、その事故の前何故かクリが落ち着かないのだ。100%とは言わないが、何故か大きな事故がある前は落ち着かない。臆病な犬だから良く吠えるのを差し引いても確率が高く何かを予知しているように見える。雑種でしぶとく生き抜いてきた生命力が五感を発達させたのだろうかと、家族で勝手に推測して悦に入っている。後からこじつけて喜んでいるだけなのだが、ひいき目とは困ったものだ。せめて犬のことだけにしてもらいたいと、まるで他人事のように言っているが、僕も完全に当事者なのだ。
何台か薬局の前を走った消防車の中に、一台だけ遅れて来た軽トラックがあった。運転手が1人乗っていただけだ。服装から消防団の人だと分かる。恐らく平日の午後だから部落に若い人が残っていなくて、1人で駆けつけたのだと思う。現場に着いてホースをのばし、エンジンをかけ放水するのを1人でやるつもりだったのだろうか。数時間たった今でも現場に向かって走り去った光景がはっきりと思い出せる。あの赤い小さなトラックは、現場に勇気と責任感を運んでいた。孤高の小さくて赤い消防車だった。
鳥
自発的な浪人生が希望校に合格したとお母さんから連絡を頂いた。これで今年少しでも縁があった若者達の受験がすべて成功裡のうちに終わった。浪人生から現役、日本語検定試験から高校受験までとても多彩な年だった。ハンディーを抱えての、或いは克服しての挑戦だから応援したくなるのも当たり前で、合格の知らせの度に感動をもらった。日々緊張感のない生活をしているので、ハラハラドキドキの臨場感も満喫させてもらった。
現在の受験制度がすべて肯定されるものかどうか分からないが、青年が鍛えられる一つのきっかけであることには違いない。特殊な才能に恵まれた一部のスポーツ選手や芸術家志望の若者以外はなかなか人生をかけるほどの努力や緊張を強いられる機会は少ない。受験は普通の青年にとって単純に頑張る理由になりうるものだ。進学を希望する青年が平等に同じ土俵で戦えるようになればいいのだが、実際には用意された環境には大きな差がある。それを乗り越える猛者もいるが、なかなか立ちはだかる壁は精神力だけでは越えられないものも多い。
残念ながら春を運ぶ風が届かなかった青年も沢山いる。季節が再び一巡する頃、今度こそ春を見つけて欲しい。春は小川のせせらぎに、里山の小枝に隠れて君が見つけてくれるのを待っている。ほんのもう少しの希望、もう少しの努力、もう少しの信頼、もう少しの忍耐で見つかる。鳥は墜ちながら飛ぶ。青春とはそういうものだ。
詮索
まさに「気になる人」だった。あまり人に関心を寄せない僕だが、その人は気になった。しかし、詮索は好きではないから、ことさら尋ねることはしない。向こうが話せば聞く。それだけのことだ。ある日、ひどい虫さされを治してあげたことで、僕の薬局をとても気に入ってくれた。風邪の後遺症で必ずあるトラブルになるのだが、それも漢方薬でよく回復する。数日前に「私の処方を書いていてください」と頼まれたことで初めて彼女の住所が分かった。牛窓の人かと思っていたら、隣の市からいつもわざわざ薬を取りに来てくれていた。
僕が彼女に関心を寄せたのは、彼女の服装のみすぼらしさだ。いや、その表現は間違っている。みすぼらしさではなく、質素、いや、これはもっと間違っている。合理的、実務的、気にしない質、気にならない質、いやいや違う。そうだ、まるで浮浪者のようだ。ああ、これが一番近い。まさに、今しがた、公園のテントから出てきたようないでたちの女性なのだ。
顔色は日に焼けて黒く、冬が近くなるまで素足だった。横浜育ちの彼女はお百姓がしたくて転々と田舎を回っているらしい。今は隣の市で、畑を借りて作物を作っているらしい。田舎の人でもやりたがらないことを希望して、生き生きと自然に身をゆだねて、心もゆだねて毎日土と触れ合っている。土に汚れた顔や手を隠そうとは決してしない。我が道に迷いは全くない。忙しすぎてバテていると言うから、身体を使い果たしたら眠ればいいけれど、心を空っぽにしたらいけないよと言うと、「心は満タン」とすぐに答えが返ってきた。「心は満タン」とはうまいことを言ったものだ。僕はえらく感心した。
女性は清楚で美しいのもいい。華麗で寄りつきがたいのもいい。知的でクールなのもいい。だけど、身だしなみを全く気にしない中身だけで勝負する人はもっといい。勿論男も同じだ。本当の驚きは中身でしか味わえないから。
図書館
以前から一度行ってみたいと思っていた県立図書館に初めて行くことが出来た。その気になればいつでも行けるのだが、いつも優先順位が下の方だった。今日は2つの行事の間にぽっかりと空白の時間が出来たので、念願の(?)最新図書館を見ることが出来た。大きくて立派な建物だったので以前から気になっていた。そんなに読書好きでもないので、本より建物に惹かれていたと言った方が正確だろう。
巨大なドミノ倒しを思わせる書棚が延々と続いていた。どのくらい蔵書があるのか分からないが、ありすぎて結局は探せないのではと思った。本探しだけで疲れそうだったが、そこは良くしたもので、パソコンで探すことが出来るのだ。好きな作者を検索すると、140冊くらい関連の本のタイトルとその内容が表示された。そしてその本の在処が棚の番号で案内された。さすがに完成して間もない最新式の図書館だと感心した。
まま、
感心したのは設備だけではない。利用している人の多さだ。恐らく僕みたいな野次馬は紛れ込んでいなくて、純粋に本が好きな人ばかりだろう。館内至る所に設置された椅子やソファーに腰掛け真剣な眼差しをページに落としている。本好きの一種独特の雰囲気が身体全体から発せられている。どこが天井かと分からなくなるような高さにまで壁面のガラスが張られ、岡山城が広い庭園の向こうに見える。悲しいかな、僕は持参していた薬の本を読み、時にうつらうつらと居眠りをし、日曜日の午後を又一つ置き忘れた。